憎みたい 愛したい
殺したい 愛されたい
ぶつかり合う言葉
せめぎ合う心
そしてメビウスの輪の如くこの身体を駆け巡る
何が正しくて何が悪いのか
そんな事は関係が無く
己がどうしたいか…ただそれだけ…
「お前の好きにすれば?」
不意に掛けられた言葉
顔を上げれば目前にアイツが居て
「お前にはその権利がある」
俺の心中等知らぬ筈
なのにまるで全てを理解している様な言葉
愛憎どちらが勝るとも解らぬまま目の前の男の首元へと腕を伸ばす
「キンタロー…」
触れた手に微動だにせず
懇願でも同情でもない眼差しを向けてくる
その態度に苛立ちが募る
このまま力を込めて全てを終わりにするのは簡単な事だ
「力を貸せ」
短く放たれた言葉
好きにしろと言いながらもまだ未来を作る気の男
その矛盾さに苛ただしさを押さえる事無く首に触れた指に力をゆっくりと加える
それでも苦しさからか僅かに眉を潜めただけで身じろぐ事なく言葉を繋げた
「…青でもなく赤でもなく、俺にしか出来ない方法で良くしていきたい」
『何を』とも『どんな』とも言わない自分勝手な言葉
それでも見つめる瞳は熱い決意に溢れていて…
俺は指を解いて離した
急に開かれた気管に流れ込む空気にむせ返る男
何故俺は手を離した?
情熱にあてられて…いや、違う…
「コホッ…まあ、何だ。お前の力も必要なんだよ。四の五の言わずに貸せって。その代わり…」
一旦途切れる言葉
長い髪を掻き乱し逸らされた視線
再びソレと合った時には笑みを浮かべていて
「その代わり、ソレが終わったらこの命だろーと何だろーとお前にやるよ。しょうがねェからな」
諦めた訳でも無く本当に『仕方が無い』と全てを受け入れた様にふっと零した笑み
唐突に理解した 俺はこの笑顔が見たかったのだと
包み込む様な優しい眼差し 暖かい表情
それは一瞬で消えてしまったのだけれど…
その温もりは確実に凍てついていたこの心を溶かして…
「シンタロー…」
張り付く喉から無理矢理に出した声は霞んでいる様に感じる
初めて呼んだかつては自分の
そして今は半身である相手の名
「ンだよ、文句でもあるってのかよ?」
嬉しそうに笑いながら
でも何処か拗ねた響きを含む声で掛けられた問い
気がつけば俺自身も笑みを浮かべていて
「…良いだろう。その時までは俺が全力でサポートしてやる。お前を止める役所が必要だろうしな」
「待て、止めるって…何でそーなるんだよ」
「此処は感謝する所だぞ。血の気の多いお前を止める損な役割をしてやるんだ、素直に感謝の意を示しておけ」
「はーいはいっと。だったらお前無しじゃ困るって言わせる位に頑張ってくれよ」
「当然だ、俺を誰だと思っている」
自信はあった
これから入れなければならないであろう膨大の知識を入れる苦労も
シンタローとなら平気な気がした
「…凄ェ自信だな」
目を丸くして俺を見る半身は次の瞬間に肩を揺らして笑い出す
俺は何か可笑しな事を言っただろうか…?
「その調子で頼むぜ、キンタロー」
気がつけば笑いを収めた半身が俺の肩を軽く叩いていて
俺の横を通り抜ける表情は大きな何かに立ち向かう不安…
それを覆い隠すほどに強い意思を露わにしていた
「行くぞ」
背中越しに掛けられた短い言葉
それを当然の如く受け止め後に続く
その不思議な感覚…決して嫌ではない
全てを終えた時本当にくれるのだろうか
お前の命 お前の心
お前の全てを
「キンタロー?」
立ち止まり不思議そうに振り返ったシンタローに何でもないと首を横に振る
引っ掛かりを覚えた様子の相手はだがそれ以上は聞かずに再び歩き出した
終わりまで待てるかは解らない
けれどその時までは共に歩いていけたら…と思う
シンタローと言う名の長く深い闇の中に見つけた一筋の光のお前と…
殺したい 愛されたい
ぶつかり合う言葉
せめぎ合う心
そしてメビウスの輪の如くこの身体を駆け巡る
何が正しくて何が悪いのか
そんな事は関係が無く
己がどうしたいか…ただそれだけ…
「お前の好きにすれば?」
不意に掛けられた言葉
顔を上げれば目前にアイツが居て
「お前にはその権利がある」
俺の心中等知らぬ筈
なのにまるで全てを理解している様な言葉
愛憎どちらが勝るとも解らぬまま目の前の男の首元へと腕を伸ばす
「キンタロー…」
触れた手に微動だにせず
懇願でも同情でもない眼差しを向けてくる
その態度に苛立ちが募る
このまま力を込めて全てを終わりにするのは簡単な事だ
「力を貸せ」
短く放たれた言葉
好きにしろと言いながらもまだ未来を作る気の男
その矛盾さに苛ただしさを押さえる事無く首に触れた指に力をゆっくりと加える
それでも苦しさからか僅かに眉を潜めただけで身じろぐ事なく言葉を繋げた
「…青でもなく赤でもなく、俺にしか出来ない方法で良くしていきたい」
『何を』とも『どんな』とも言わない自分勝手な言葉
それでも見つめる瞳は熱い決意に溢れていて…
俺は指を解いて離した
急に開かれた気管に流れ込む空気にむせ返る男
何故俺は手を離した?
情熱にあてられて…いや、違う…
「コホッ…まあ、何だ。お前の力も必要なんだよ。四の五の言わずに貸せって。その代わり…」
一旦途切れる言葉
長い髪を掻き乱し逸らされた視線
再びソレと合った時には笑みを浮かべていて
「その代わり、ソレが終わったらこの命だろーと何だろーとお前にやるよ。しょうがねェからな」
諦めた訳でも無く本当に『仕方が無い』と全てを受け入れた様にふっと零した笑み
唐突に理解した 俺はこの笑顔が見たかったのだと
包み込む様な優しい眼差し 暖かい表情
それは一瞬で消えてしまったのだけれど…
その温もりは確実に凍てついていたこの心を溶かして…
「シンタロー…」
張り付く喉から無理矢理に出した声は霞んでいる様に感じる
初めて呼んだかつては自分の
そして今は半身である相手の名
「ンだよ、文句でもあるってのかよ?」
嬉しそうに笑いながら
でも何処か拗ねた響きを含む声で掛けられた問い
気がつけば俺自身も笑みを浮かべていて
「…良いだろう。その時までは俺が全力でサポートしてやる。お前を止める役所が必要だろうしな」
「待て、止めるって…何でそーなるんだよ」
「此処は感謝する所だぞ。血の気の多いお前を止める損な役割をしてやるんだ、素直に感謝の意を示しておけ」
「はーいはいっと。だったらお前無しじゃ困るって言わせる位に頑張ってくれよ」
「当然だ、俺を誰だと思っている」
自信はあった
これから入れなければならないであろう膨大の知識を入れる苦労も
シンタローとなら平気な気がした
「…凄ェ自信だな」
目を丸くして俺を見る半身は次の瞬間に肩を揺らして笑い出す
俺は何か可笑しな事を言っただろうか…?
「その調子で頼むぜ、キンタロー」
気がつけば笑いを収めた半身が俺の肩を軽く叩いていて
俺の横を通り抜ける表情は大きな何かに立ち向かう不安…
それを覆い隠すほどに強い意思を露わにしていた
「行くぞ」
背中越しに掛けられた短い言葉
それを当然の如く受け止め後に続く
その不思議な感覚…決して嫌ではない
全てを終えた時本当にくれるのだろうか
お前の命 お前の心
お前の全てを
「キンタロー?」
立ち止まり不思議そうに振り返ったシンタローに何でもないと首を横に振る
引っ掛かりを覚えた様子の相手はだがそれ以上は聞かずに再び歩き出した
終わりまで待てるかは解らない
けれどその時までは共に歩いていけたら…と思う
シンタローと言う名の長く深い闇の中に見つけた一筋の光のお前と…
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「黄色い薔薇ァ?」
総帥室でシンタローの仕事の補佐をしながら何気に聞いた言葉。よほど驚いたのか、突然問われた内容を聞き返す従兄弟。不思議そうに見つめる視線が何となくおかしくて、声を押さえて笑うと従兄弟は俺を一睨みしてすぐに視線を外す。
「ンだよ…ソレがどうかしたのかヨ、キンタロー。」
書類に視線を落としたままそっけなく言い放つ言葉も拗ねてると解れば愛しい限りで…それを悟られない様にと、見つめていた視線をごく自然に逸らすと笑いを収めて促されるままに言葉を続ける。
「いや、高松がよく俺に黄色い薔薇をくれるんだ。赤でもなく白でもなく黄色の薔薇だけを。不思議に思ったからグンマや当人に聞いてみたんだが、教えてくれなくてな。」
総帥である従兄弟から回って来た決裁済みの書類に印を押すべく印を取ると、その手を止めてシンタローを見て言外に聞き直してみる。
「バーカ、少しは雑学も頭に入れておけヨ」
深い溜息と共に吐きだされる言葉。確かに人生経験が少ない俺は雑学もそう詰め込んではいない。だから反論こそはしなかったがやはり少し悔しい。心中が態度に出てしまったのか、相手の瞳に映る呆れた色が深くなった様な気がする。
「お前、相当大事にされてんのナ。確か…黄色の薔薇は『家族愛』だったと思う。そんで白い薔薇は『死者へ手向ける愛』赤い薔薇が『恋人・伴侶への愛』…花言葉だとそうなるんだ。要するに愛する家族って事で黄色い薔薇を送ってたんじゃねェ?」
「花言葉…?」
予想にしなかった返答に俺は驚く反面、恐らく『豆鉄砲を喰らった鳩』とはこの事を言うんだろうなと冷静に思う自分を感じた。
家族…俺の肉親は居ても家族はもう居ない。そう、どれだけ望んでいても手に入るものでは無い筈の存在。なのに何故此処でその単語が出るのかが不思議で仕方が無い…暫しの間思考を巡らせていると紙が落ちる音が聞こえ、シンタローの方を見遣る。従兄弟は手にしていた書類を机の上に放り出し、呆れた眼差しを隠そうともせず向けていた。
「お前はルーザー叔父さんの息子だしお互いの立場上言えねーんだろうケド、高松にとっちゃお前は息子同然って事じゃねぇの?血は繋がってなくても親子…か。良かったな、キンタロー」
「…その台詞をそのままお前に返しても良いか?」
「五月蝿ェよ。」
今や家族とは血の繋がり所か存在さえも不安定な目の前の男は短く反論するとそっぽを向いてしまった。その態度が少し切なそうで…
「シンタロー…」
呼んでも振り向きもしない従兄弟に机を挟むように近づいて、腕を伸ばして頭を抱える様に己の胸に引き寄せる。吃驚して離れようとするシンタローを抱き締める腕に僅かな力を込めて囁く。
「ありがとう…俺は幸せだな。俺を一族の一員と認めて貰って、家族と思ってくれる俺も大事な高松が居て」
そこで一度言葉を止めて、腕の中の人物を見る。高鳴る心臓の音が聞こえやしないかとハラハラしたが、シンタローは至って冷静そうで。軽く落胆の吐息を吐くと瞳を伏せて額に口付けて言葉を続ける。
「そしてお前が居る…」
言葉の所為か行動の所為かは判断がつかなかったが、明らかに照れたシンタローは力いっぱい俺を押し退けると一つ咳払いをして放り投げた書類を手に取る。
「…ホラ、早くやんねーと終わンねーだろ」
明らかに話題を逸らした相手にそれ以上言うつもりの無かった俺は従う事にして、再び仕事に取り掛かる。
しばらくして小さな声で聞こえた小さな礼の言葉。僅かに笑みを浮かべたが聞こえない振りをして…
-シンタローを大事に想う気持ちはまだ己の中に秘めておこう
少なくともこの気持ちに自信が持てるまでは-
総帥室でシンタローの仕事の補佐をしながら何気に聞いた言葉。よほど驚いたのか、突然問われた内容を聞き返す従兄弟。不思議そうに見つめる視線が何となくおかしくて、声を押さえて笑うと従兄弟は俺を一睨みしてすぐに視線を外す。
「ンだよ…ソレがどうかしたのかヨ、キンタロー。」
書類に視線を落としたままそっけなく言い放つ言葉も拗ねてると解れば愛しい限りで…それを悟られない様にと、見つめていた視線をごく自然に逸らすと笑いを収めて促されるままに言葉を続ける。
「いや、高松がよく俺に黄色い薔薇をくれるんだ。赤でもなく白でもなく黄色の薔薇だけを。不思議に思ったからグンマや当人に聞いてみたんだが、教えてくれなくてな。」
総帥である従兄弟から回って来た決裁済みの書類に印を押すべく印を取ると、その手を止めてシンタローを見て言外に聞き直してみる。
「バーカ、少しは雑学も頭に入れておけヨ」
深い溜息と共に吐きだされる言葉。確かに人生経験が少ない俺は雑学もそう詰め込んではいない。だから反論こそはしなかったがやはり少し悔しい。心中が態度に出てしまったのか、相手の瞳に映る呆れた色が深くなった様な気がする。
「お前、相当大事にされてんのナ。確か…黄色の薔薇は『家族愛』だったと思う。そんで白い薔薇は『死者へ手向ける愛』赤い薔薇が『恋人・伴侶への愛』…花言葉だとそうなるんだ。要するに愛する家族って事で黄色い薔薇を送ってたんじゃねェ?」
「花言葉…?」
予想にしなかった返答に俺は驚く反面、恐らく『豆鉄砲を喰らった鳩』とはこの事を言うんだろうなと冷静に思う自分を感じた。
家族…俺の肉親は居ても家族はもう居ない。そう、どれだけ望んでいても手に入るものでは無い筈の存在。なのに何故此処でその単語が出るのかが不思議で仕方が無い…暫しの間思考を巡らせていると紙が落ちる音が聞こえ、シンタローの方を見遣る。従兄弟は手にしていた書類を机の上に放り出し、呆れた眼差しを隠そうともせず向けていた。
「お前はルーザー叔父さんの息子だしお互いの立場上言えねーんだろうケド、高松にとっちゃお前は息子同然って事じゃねぇの?血は繋がってなくても親子…か。良かったな、キンタロー」
「…その台詞をそのままお前に返しても良いか?」
「五月蝿ェよ。」
今や家族とは血の繋がり所か存在さえも不安定な目の前の男は短く反論するとそっぽを向いてしまった。その態度が少し切なそうで…
「シンタロー…」
呼んでも振り向きもしない従兄弟に机を挟むように近づいて、腕を伸ばして頭を抱える様に己の胸に引き寄せる。吃驚して離れようとするシンタローを抱き締める腕に僅かな力を込めて囁く。
「ありがとう…俺は幸せだな。俺を一族の一員と認めて貰って、家族と思ってくれる俺も大事な高松が居て」
そこで一度言葉を止めて、腕の中の人物を見る。高鳴る心臓の音が聞こえやしないかとハラハラしたが、シンタローは至って冷静そうで。軽く落胆の吐息を吐くと瞳を伏せて額に口付けて言葉を続ける。
「そしてお前が居る…」
言葉の所為か行動の所為かは判断がつかなかったが、明らかに照れたシンタローは力いっぱい俺を押し退けると一つ咳払いをして放り投げた書類を手に取る。
「…ホラ、早くやんねーと終わンねーだろ」
明らかに話題を逸らした相手にそれ以上言うつもりの無かった俺は従う事にして、再び仕事に取り掛かる。
しばらくして小さな声で聞こえた小さな礼の言葉。僅かに笑みを浮かべたが聞こえない振りをして…
-シンタローを大事に想う気持ちはまだ己の中に秘めておこう
少なくともこの気持ちに自信が持てるまでは-
ある日、キンタローが、グンマと共同開発をした装置の説明のため、シンタローの元を訪れようと総帥室に向かって歩いていると、丁度、総帥室のドアが開き、アラシヤマが眼魔砲に吹き飛ばされたところに遭遇した。
「アイタタ・・・。シンタローはん、何もあんなに照れんでもええのに。まぁ、初々しくてかわいおすけど」
後頭部をさすりながら、ブツブツ言って身を起こすアラシヤマに、
「貴様、また、しょうこりもなくシンタローの気に障るようなことをしたのか?」
と、キンタローが声を掛けると、
「あぁ、キンタローか。言っときますが、今のシンタローはんは、非常――にッツ!危険どすえ?いくらあんさんがクラッときても、シンタローはんはわての恋人やさかい、手を出したら容赦しまへんからナ?ほな、わてはこれから任務がありますさかい、これで」
そう言うと、アラシヤマは起き上がり、去って行った。
(一体、何なんだ?)
不審に思いながらもキンタローはドアをノックし、
「シンタロー、入るぞ」
と扉を会けると、そこには、少々目が潤み、顔が上気し、服装がいかにも慌てて取り繕ったような感じの新総帥が椅子に座っていた。
「何だ?」
とシンタローが言ったので、キンタローは装置の説明を始めたが、頭の中では別のことを考えていた。
(なんだか、シンタローは、いつもより可愛い。いや、可愛いとはちょっと違うな。うーん、そうか!これは“艶っぽい”だ!!)
キンタローは自分が的を得た表現を思いついたので、満足した。
シンタローが、
「立ったまま話すのも疲れるだろ?あっちに移動しよーゼ」
とソファの方を指し、キンタローの横を通り過ぎようとしたが、キンタローは、
「ちょっと待て、シンタロー」
とシンタローの腕を取ると、自分の方に引き寄せた。
「シンタロー以外のにおいがする。先程、この部屋から出てくるアラシヤマを見かけたから、これはアラシヤマの可能性が高い。となると、今日のシンタローが艶っぽいのは、アラシヤマのせいということになる!」
キンタローは、原因の説明がついたのでさらに満足したが、黙ってそれを聞いていたシンタローは、いきなり、
「眼魔砲ッツ!!」
と、キンタローに向けて眼魔砲を打とうとした。しかし、キンタローがシンタローの手の上に自分の手を重ねると、眼魔砲のエネルギーが打ち消された。
「シンタロー、何でも眼魔砲で片付けようとするのはよくないぞ」
と言うと、少し呆然としていたシンタローは我に返ったようであり、すねたように、
「最近、お前、前と違ってかわいくねェナ!」
と言った。
キンタローは、
「かわいい方がいいというなら努力してもいいが、それは、無駄な努力というものではないか?」
と、生真面目に返答すると、
「イヤ、別にかわいくなる努力はしなくていい・・・。ただ、ちょっとあの頃が懐かしかっただけだ」
と、シンタローはこめかみを押さえていった。
「そうか」
と、キンタローはあっさりと言い、
「それでは、続きから説明をはじめるぞ」
と言って、ソファに座り、説明を再開した。
説明の後半、キンタローは、説明のために必要な資料の一部を研究室に忘れてきたことに気づき、シンタローに断って研究室まで取りに戻った。
総帥室に帰ってくると、シンタローはソファで眠ってしまっていた。
キンタローは、とりあえず自分が着ていた白衣をシンタローの上に掛けると、総帥室の書棚にあった本を持ってきてソファで読み始めた。
時間が経ち、西日が窓から部屋に差し込むようになると、眩しかったのか、シンタローは目を覚ました。
「あぁ、起きたのか?」
キンタローが、本から目を上げ、シンタローに向かって声を掛けた。
「えっ?今何時だ?俺、いつから寝てたんだっけ!?」
「ほんの数時間だ。疲れていたんだろう。今日は特に予定がないと聞いていたから起こさなかった」
シンタローは、
「ありがとナ」
と笑顔で言い、キンタローに白衣を返した。
その笑顔を見て、キンタローは、(恋人でなくても、シンタローの中に俺の居場所はある。今はそれでいい)と思った。
突然、シンタローは何やら思い出したらしく、
「そういや、グンマから聞いたんだけど、お前、好きな子がいるんだって?どんな娘なんだ?教えろヨ」
と、悪戯そうな笑顔で言った。
キンタローは、当の本人にそう訊かれたので、少々複雑な気持ちで、
「それはとりあえず秘密だ。今は恋愛がどうこうよりも、ただ、そいつの傍にいたい」
とのみ、言った。
『仕事が全く進まない…』
パソコンの画面から視線を移動させると、俺をじっと見つめるシンタローと眼があった。
一体彼に何が起きたのか全く判らないが、俺がいるこの研究室にふらりとやってきて、一言二言言葉を交わした後、来客用のソファに座ると何をするわけでもなくずっとこっちを見つめている。シンタローが俺のことをこんなにも長い時間見つめてくるなんてことは今までに一度もなかった。はっきり言って俺は困っている。何故ならば、ドキドキして仕事に集中出来ないからだ。
いいか。あのシンタローが黙って俺のことを見つめているんだ。視線を合わせても一切逸らすことなく真っ黒な眼は俺の方に向けられている。これでは早まった鼓動は一向に落ち着かない。
「シンタロー」
これ以上ドキドキしていたら心臓に疾患が見つかりそうで、俺はシンタローの意識を他へ持っていこうと会話を切り出した。名前を呼べば普段と変わらぬ声で「何?」と返事が返される。
「今日は一日オフなんだろう?せっかく時間が空いたんだから、コタローのところにでも…」
「もう行った。朝からずっと顔見てたんだけど、今はメディカルチェック中で傍にいらんねぇ」
「………そうか。では偶には少しは長く睡眠をとった方が…」
「昨日は上がりが早かったからその分早く寝たし、俺はピンピンしてんぞ」
「………それなら良かった。ならば…」
「昼飯は親父が何か作るって張り切ってた。夜は俺が作るから楽しみにしとけよ」
「……………楽しみにしておく」
シンタローの台詞に頷きを返すと、会話が終わってしまった。これではダメだ。一緒にいてくれるのは嬉しいが、今はダメなんだ。このデータを早くまとめなくてはならないし、昨日送られてきた資料に目を通して、それを元に実験データと合わせて今日中に別の資料を作成して通信で送らなくてはならなくて、それから───とにかく、この仕事に集中出来ない状況は困るんだ。
そう思いながらも俺がシンタローに向かって「一人にしてくれ」と言えないのは、アイツが自分の意志で俺の傍にいてくれるのが嬉しいからだ。
滅多に休みを取らないシンタローが周りの説得に応じてやっと一日休むことを了承したというのに、何故俺は仕事なんだ。仕事でなければこの状況を手放しで喜ぶことが出来るんだが。
シンタローの視線をじっと受けながらこの状況をどうしたらいいのかと思案を巡らせていた俺は、アイツが動く気配で意識を現実に引き戻した。シンタローがゆっくりした動作で俺の傍まで歩み寄ってくる。それだけでも心臓が一際大きく鼓動を打った。俺は末期かもしれない。
「何か、全然進んでねぇーみてぇだけど?」
「………お前がいるから全く集中出来ない」
困り果てて本音を洩らすと、パソコンの画面を覗き込んでいたシンタローがふっと笑って俺の方を向いた。至近距離の笑顔に俺は思わず見とれる。
「お前が普段やってることと同じことをやっただけなんだけどな」
そう言ってシンタローは更に顔を近づけ、俺の唇に触れるだけの軽い口付けをくれた。
あのシンタローが陽の高い内から、俺の髪でも額でも目蓋でも頬でもなく、唇に、だ。
俺が驚きすぎて硬直状態にいると、シンタローは耳元に唇を寄せ「じゃぁ仕事終わったら俺のこと構えよ」と囁き、ひらひらと手を振って研究室から出ていった。
意外とあっさり去っていくシンタローの後ろ姿を俺は呆然としながら見送る。
仕事をするのはとても好きなんだが、今日ほど仕事を憎く思った日はないだろうな…。
パソコンの画面から視線を移動させると、俺をじっと見つめるシンタローと眼があった。
一体彼に何が起きたのか全く判らないが、俺がいるこの研究室にふらりとやってきて、一言二言言葉を交わした後、来客用のソファに座ると何をするわけでもなくずっとこっちを見つめている。シンタローが俺のことをこんなにも長い時間見つめてくるなんてことは今までに一度もなかった。はっきり言って俺は困っている。何故ならば、ドキドキして仕事に集中出来ないからだ。
いいか。あのシンタローが黙って俺のことを見つめているんだ。視線を合わせても一切逸らすことなく真っ黒な眼は俺の方に向けられている。これでは早まった鼓動は一向に落ち着かない。
「シンタロー」
これ以上ドキドキしていたら心臓に疾患が見つかりそうで、俺はシンタローの意識を他へ持っていこうと会話を切り出した。名前を呼べば普段と変わらぬ声で「何?」と返事が返される。
「今日は一日オフなんだろう?せっかく時間が空いたんだから、コタローのところにでも…」
「もう行った。朝からずっと顔見てたんだけど、今はメディカルチェック中で傍にいらんねぇ」
「………そうか。では偶には少しは長く睡眠をとった方が…」
「昨日は上がりが早かったからその分早く寝たし、俺はピンピンしてんぞ」
「………それなら良かった。ならば…」
「昼飯は親父が何か作るって張り切ってた。夜は俺が作るから楽しみにしとけよ」
「……………楽しみにしておく」
シンタローの台詞に頷きを返すと、会話が終わってしまった。これではダメだ。一緒にいてくれるのは嬉しいが、今はダメなんだ。このデータを早くまとめなくてはならないし、昨日送られてきた資料に目を通して、それを元に実験データと合わせて今日中に別の資料を作成して通信で送らなくてはならなくて、それから───とにかく、この仕事に集中出来ない状況は困るんだ。
そう思いながらも俺がシンタローに向かって「一人にしてくれ」と言えないのは、アイツが自分の意志で俺の傍にいてくれるのが嬉しいからだ。
滅多に休みを取らないシンタローが周りの説得に応じてやっと一日休むことを了承したというのに、何故俺は仕事なんだ。仕事でなければこの状況を手放しで喜ぶことが出来るんだが。
シンタローの視線をじっと受けながらこの状況をどうしたらいいのかと思案を巡らせていた俺は、アイツが動く気配で意識を現実に引き戻した。シンタローがゆっくりした動作で俺の傍まで歩み寄ってくる。それだけでも心臓が一際大きく鼓動を打った。俺は末期かもしれない。
「何か、全然進んでねぇーみてぇだけど?」
「………お前がいるから全く集中出来ない」
困り果てて本音を洩らすと、パソコンの画面を覗き込んでいたシンタローがふっと笑って俺の方を向いた。至近距離の笑顔に俺は思わず見とれる。
「お前が普段やってることと同じことをやっただけなんだけどな」
そう言ってシンタローは更に顔を近づけ、俺の唇に触れるだけの軽い口付けをくれた。
あのシンタローが陽の高い内から、俺の髪でも額でも目蓋でも頬でもなく、唇に、だ。
俺が驚きすぎて硬直状態にいると、シンタローは耳元に唇を寄せ「じゃぁ仕事終わったら俺のこと構えよ」と囁き、ひらひらと手を振って研究室から出ていった。
意外とあっさり去っていくシンタローの後ろ姿を俺は呆然としながら見送る。
仕事をするのはとても好きなんだが、今日ほど仕事を憎く思った日はないだろうな…。
「なぁ、キンタロー…」
「何だ?」
俺は背後にピッタリくっついて離れない金髪の従兄弟に向かって何度目になるか判らない抗議を上げるべく名前を呼んだ。それに対するキンタローの返事は、相変わらず淡々としてる。
ここ三日間、キンタローがずっと俺から離れようとしねぇ。朝から晩まで、それこそ寝るときもベッドに潜り込んでくる始末だ。原因は判ってるけどいくら何でもやり過ぎだろと俺は思う。
「あのさ…お前は何でそんな…」
「傍にいたいからだ」
俺が台詞を言い終わる前に、もう何回聞いたか覚えてないくらい耳にした台詞を返してきた。
「いや、だから…」
「嫌なのか?俺が傍にいるのは」
「そーじゃなくてだな…」
口調はいつもと変わんねぇし、飄々とした態度も少し鋭い視線も普段通りで、上品なスーツを着こなす紳士の姿もずっと見てきたもんなんだけど、その何でか漂う哀愁は何とかなんねぇのかよ。おかげでこっちは強く出れやしねぇ。
「ならば、良いということだな」
「……………」
何でコイツの頭の中はゼロか十しかねぇんだよと思いながら俺は閉口した。
キンタローがこうなった原因は俺にある。
一週間、俺はキンタローのことを完全に放置した。その原因が仕事だったらこうはなんなかったんだろーけど、久しぶりに会った仲間と盛り上がって連日飲み歩いてたのが理由だから、俺は何も言えなかったりする。だけど異なる任務で帰還日が全員バラバラだったんだから仕方ねぇだろ?…って言ったらグンマに怒られた。確かに目先の楽しみに捕らわれて、まだ時々不安定になるキンタローを完全に放っておいたんだから原因は百パーセント俺にある。あぁ、判ってるよ。
だけどほぼ二十四時間ずっと一緒だぞ?三日間だから七十二時間……やりすぎだろ、コレは。
そう思って抗議を上げてみたものの、キンタローは傍にいるのが良いのか嫌なのか、二択で問い返してくるから、返答に窮するんだよ。嫌じゃねぇけど限度を知れって言ってやりてぇ。言ってやりてぇけど、コイツが背負ってる何とも言えねぇ哀愁がその邪魔をしやがる。
あーあ、と心の中で溜息ついて、俺はキンタローをじっと見つめた。それからふと思いついて動物を愛でるような気持ちで綺麗な金糸が輝く頭を撫でてみた。
そしたら漂ってた哀愁が消えて嬉しそうな空気が俺等の周辺を取り巻いた。何だよコノ反応。
「………お前って、ホントに俺のことが好きだな」
「今更だ」
嫌味を言ったつもりが真顔で肯定されて、また俺は閉口する羽目になる。
今度はキンタローの目の前で盛大に溜息をつくと、俺は「…行くぞ」と促した。
後ろを歩いてくっついてくるキンタローを気配で確認しながら、何だかんだでコイツを受け入れてる俺も相当なもんだと思った。ホント、俺もお前のことが好きだな。
「何だ?」
俺は背後にピッタリくっついて離れない金髪の従兄弟に向かって何度目になるか判らない抗議を上げるべく名前を呼んだ。それに対するキンタローの返事は、相変わらず淡々としてる。
ここ三日間、キンタローがずっと俺から離れようとしねぇ。朝から晩まで、それこそ寝るときもベッドに潜り込んでくる始末だ。原因は判ってるけどいくら何でもやり過ぎだろと俺は思う。
「あのさ…お前は何でそんな…」
「傍にいたいからだ」
俺が台詞を言い終わる前に、もう何回聞いたか覚えてないくらい耳にした台詞を返してきた。
「いや、だから…」
「嫌なのか?俺が傍にいるのは」
「そーじゃなくてだな…」
口調はいつもと変わんねぇし、飄々とした態度も少し鋭い視線も普段通りで、上品なスーツを着こなす紳士の姿もずっと見てきたもんなんだけど、その何でか漂う哀愁は何とかなんねぇのかよ。おかげでこっちは強く出れやしねぇ。
「ならば、良いということだな」
「……………」
何でコイツの頭の中はゼロか十しかねぇんだよと思いながら俺は閉口した。
キンタローがこうなった原因は俺にある。
一週間、俺はキンタローのことを完全に放置した。その原因が仕事だったらこうはなんなかったんだろーけど、久しぶりに会った仲間と盛り上がって連日飲み歩いてたのが理由だから、俺は何も言えなかったりする。だけど異なる任務で帰還日が全員バラバラだったんだから仕方ねぇだろ?…って言ったらグンマに怒られた。確かに目先の楽しみに捕らわれて、まだ時々不安定になるキンタローを完全に放っておいたんだから原因は百パーセント俺にある。あぁ、判ってるよ。
だけどほぼ二十四時間ずっと一緒だぞ?三日間だから七十二時間……やりすぎだろ、コレは。
そう思って抗議を上げてみたものの、キンタローは傍にいるのが良いのか嫌なのか、二択で問い返してくるから、返答に窮するんだよ。嫌じゃねぇけど限度を知れって言ってやりてぇ。言ってやりてぇけど、コイツが背負ってる何とも言えねぇ哀愁がその邪魔をしやがる。
あーあ、と心の中で溜息ついて、俺はキンタローをじっと見つめた。それからふと思いついて動物を愛でるような気持ちで綺麗な金糸が輝く頭を撫でてみた。
そしたら漂ってた哀愁が消えて嬉しそうな空気が俺等の周辺を取り巻いた。何だよコノ反応。
「………お前って、ホントに俺のことが好きだな」
「今更だ」
嫌味を言ったつもりが真顔で肯定されて、また俺は閉口する羽目になる。
今度はキンタローの目の前で盛大に溜息をつくと、俺は「…行くぞ」と促した。
後ろを歩いてくっついてくるキンタローを気配で確認しながら、何だかんだでコイツを受け入れてる俺も相当なもんだと思った。ホント、俺もお前のことが好きだな。