『仕事が全く進まない…』
パソコンの画面から視線を移動させると、俺をじっと見つめるシンタローと眼があった。
一体彼に何が起きたのか全く判らないが、俺がいるこの研究室にふらりとやってきて、一言二言言葉を交わした後、来客用のソファに座ると何をするわけでもなくずっとこっちを見つめている。シンタローが俺のことをこんなにも長い時間見つめてくるなんてことは今までに一度もなかった。はっきり言って俺は困っている。何故ならば、ドキドキして仕事に集中出来ないからだ。
いいか。あのシンタローが黙って俺のことを見つめているんだ。視線を合わせても一切逸らすことなく真っ黒な眼は俺の方に向けられている。これでは早まった鼓動は一向に落ち着かない。
「シンタロー」
これ以上ドキドキしていたら心臓に疾患が見つかりそうで、俺はシンタローの意識を他へ持っていこうと会話を切り出した。名前を呼べば普段と変わらぬ声で「何?」と返事が返される。
「今日は一日オフなんだろう?せっかく時間が空いたんだから、コタローのところにでも…」
「もう行った。朝からずっと顔見てたんだけど、今はメディカルチェック中で傍にいらんねぇ」
「………そうか。では偶には少しは長く睡眠をとった方が…」
「昨日は上がりが早かったからその分早く寝たし、俺はピンピンしてんぞ」
「………それなら良かった。ならば…」
「昼飯は親父が何か作るって張り切ってた。夜は俺が作るから楽しみにしとけよ」
「……………楽しみにしておく」
シンタローの台詞に頷きを返すと、会話が終わってしまった。これではダメだ。一緒にいてくれるのは嬉しいが、今はダメなんだ。このデータを早くまとめなくてはならないし、昨日送られてきた資料に目を通して、それを元に実験データと合わせて今日中に別の資料を作成して通信で送らなくてはならなくて、それから───とにかく、この仕事に集中出来ない状況は困るんだ。
そう思いながらも俺がシンタローに向かって「一人にしてくれ」と言えないのは、アイツが自分の意志で俺の傍にいてくれるのが嬉しいからだ。
滅多に休みを取らないシンタローが周りの説得に応じてやっと一日休むことを了承したというのに、何故俺は仕事なんだ。仕事でなければこの状況を手放しで喜ぶことが出来るんだが。
シンタローの視線をじっと受けながらこの状況をどうしたらいいのかと思案を巡らせていた俺は、アイツが動く気配で意識を現実に引き戻した。シンタローがゆっくりした動作で俺の傍まで歩み寄ってくる。それだけでも心臓が一際大きく鼓動を打った。俺は末期かもしれない。
「何か、全然進んでねぇーみてぇだけど?」
「………お前がいるから全く集中出来ない」
困り果てて本音を洩らすと、パソコンの画面を覗き込んでいたシンタローがふっと笑って俺の方を向いた。至近距離の笑顔に俺は思わず見とれる。
「お前が普段やってることと同じことをやっただけなんだけどな」
そう言ってシンタローは更に顔を近づけ、俺の唇に触れるだけの軽い口付けをくれた。
あのシンタローが陽の高い内から、俺の髪でも額でも目蓋でも頬でもなく、唇に、だ。
俺が驚きすぎて硬直状態にいると、シンタローは耳元に唇を寄せ「じゃぁ仕事終わったら俺のこと構えよ」と囁き、ひらひらと手を振って研究室から出ていった。
意外とあっさり去っていくシンタローの後ろ姿を俺は呆然としながら見送る。
仕事をするのはとても好きなんだが、今日ほど仕事を憎く思った日はないだろうな…。
パソコンの画面から視線を移動させると、俺をじっと見つめるシンタローと眼があった。
一体彼に何が起きたのか全く判らないが、俺がいるこの研究室にふらりとやってきて、一言二言言葉を交わした後、来客用のソファに座ると何をするわけでもなくずっとこっちを見つめている。シンタローが俺のことをこんなにも長い時間見つめてくるなんてことは今までに一度もなかった。はっきり言って俺は困っている。何故ならば、ドキドキして仕事に集中出来ないからだ。
いいか。あのシンタローが黙って俺のことを見つめているんだ。視線を合わせても一切逸らすことなく真っ黒な眼は俺の方に向けられている。これでは早まった鼓動は一向に落ち着かない。
「シンタロー」
これ以上ドキドキしていたら心臓に疾患が見つかりそうで、俺はシンタローの意識を他へ持っていこうと会話を切り出した。名前を呼べば普段と変わらぬ声で「何?」と返事が返される。
「今日は一日オフなんだろう?せっかく時間が空いたんだから、コタローのところにでも…」
「もう行った。朝からずっと顔見てたんだけど、今はメディカルチェック中で傍にいらんねぇ」
「………そうか。では偶には少しは長く睡眠をとった方が…」
「昨日は上がりが早かったからその分早く寝たし、俺はピンピンしてんぞ」
「………それなら良かった。ならば…」
「昼飯は親父が何か作るって張り切ってた。夜は俺が作るから楽しみにしとけよ」
「……………楽しみにしておく」
シンタローの台詞に頷きを返すと、会話が終わってしまった。これではダメだ。一緒にいてくれるのは嬉しいが、今はダメなんだ。このデータを早くまとめなくてはならないし、昨日送られてきた資料に目を通して、それを元に実験データと合わせて今日中に別の資料を作成して通信で送らなくてはならなくて、それから───とにかく、この仕事に集中出来ない状況は困るんだ。
そう思いながらも俺がシンタローに向かって「一人にしてくれ」と言えないのは、アイツが自分の意志で俺の傍にいてくれるのが嬉しいからだ。
滅多に休みを取らないシンタローが周りの説得に応じてやっと一日休むことを了承したというのに、何故俺は仕事なんだ。仕事でなければこの状況を手放しで喜ぶことが出来るんだが。
シンタローの視線をじっと受けながらこの状況をどうしたらいいのかと思案を巡らせていた俺は、アイツが動く気配で意識を現実に引き戻した。シンタローがゆっくりした動作で俺の傍まで歩み寄ってくる。それだけでも心臓が一際大きく鼓動を打った。俺は末期かもしれない。
「何か、全然進んでねぇーみてぇだけど?」
「………お前がいるから全く集中出来ない」
困り果てて本音を洩らすと、パソコンの画面を覗き込んでいたシンタローがふっと笑って俺の方を向いた。至近距離の笑顔に俺は思わず見とれる。
「お前が普段やってることと同じことをやっただけなんだけどな」
そう言ってシンタローは更に顔を近づけ、俺の唇に触れるだけの軽い口付けをくれた。
あのシンタローが陽の高い内から、俺の髪でも額でも目蓋でも頬でもなく、唇に、だ。
俺が驚きすぎて硬直状態にいると、シンタローは耳元に唇を寄せ「じゃぁ仕事終わったら俺のこと構えよ」と囁き、ひらひらと手を振って研究室から出ていった。
意外とあっさり去っていくシンタローの後ろ姿を俺は呆然としながら見送る。
仕事をするのはとても好きなんだが、今日ほど仕事を憎く思った日はないだろうな…。
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