+ Good Morning ... ? +
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シンタローは、ぱちっと目を開けた。
気分爽快、とてもスッキリした目覚めであった。
眠っていた時間は短いのだが、それは日常茶飯事あることで、その短時間の睡眠でもここ最近の中で一番深く眠れたのが体には良い作用が働いたようである。
『あー…何かよく寝たような気がする』
シンタローは寝転がった状態で、大きく伸びをした。
次の瞬間、もの凄い勢いで起き上がる。
自分がどこで寝ていたかを思い出したのだ。
そして慌ててベッドから飛び降りようとすると、隣にいる男が腕を掴んだ。
予期せぬ出来事に、シンタローは声にならない悲鳴を上げそうになった。
『お…おおおお…起きてッ』
恐る恐る振り返ると、キンタローは横になったままだが、その双眸がしっかりと開いている。お世辞にも穏やかとは言えない青い眼がシンタローを見つめていた。
『…………恐ェー…』
脅されたのにも関わらず勝手に忍び込んで寝ていたのだから、キンタローが起きる前にシンタローは目を覚まさなければならなかった。だが、実際はキンタローの方が早く目を覚ましていたのだ。
これはどう考えても非常事態である───シンタローにとっては。
恐怖を掻き立てる青い眼に見つめられて固まってしまったシンタローだったが、キンタローは寝起きが悪いことを思い出して瞬時に強行突破を決意した。
シンタローは起きて直ぐに活動を始めても大して支障は無いのだが、寝起きのキンタローはシンタローに比べて動きが随分と緩慢なのだ。
そう思い立つと、振り返った体勢を勢いよく元に戻す。そして、この場から逃げるために掴まれた腕を力任せに振り解いた。
否、振り解こうとした。
だが、キンタローが掴んでいる手に力を込めたため、シンタローは振り解くことが出来なかった。
『お前は何時から起きてんだよ…』
シンタローは奈落の底へ落ちた気分になった。これはとても寝起きの力ではない。
青い眼が無言でシンタローを見つめているのが視線でよく判る。この痛いほどに突き刺さる感じは、こんな早朝から秘石眼が光っているのだろうかと考えてしまうほど強烈であった。
あっさり逃亡に失敗したのだが、シンタローは恐ろしくてもう一度振り返ることが出来ない。キンタローに背を向けて再び固まってしまった。
「シンタロー」
しばらく無言の時が流れていたのだが、その沈黙を先に破ったのはキンタローだ。背を向けたまま固まっている半身の名前を呼ぶ。
『声が地を這ってマス…』
これまた穏やかではない声で名前を呼ばれて、シンタローは泣きそうな心を顕わにしながらゆっくりと振り返った。言葉に詰まったままのシンタローを見ると、キンタローは溜息を吐く。
「出て行かなくていい。疲れているだろう…このままもう少し横になってろ」
有り難いお許しの台詞は一際低い声で告げられた。
せっかくのお許しも地を這っていたら再び横になる気にはなれない。
「いや、もう随分としっかり寝させていただきました」
変な語調になりながらもシンタローはキンタローからの有り難い申し出を断ろうとしたのだが、青い眼が嶮しい光を湛えて、顔が恐怖に引きつる。
また無言で見つめられたシンタローは、根負けをして、縮こまりながら再度横になった。
とりあえず目を瞑ってみたものの、まだ凝視されているような感覚が残る。
一度瞑った目を開くと、間近で恐怖の青い眼がまだシンタローを見つめていた。
『恐ェ…』
居心地の悪さに何か言おうかと思ったシンタローだが、この様なキンタローに言える言葉は何もない。
諦めて目を瞑り、無かったことにしようと努めた。
しかし、横にいる半身を包む物騒な気配は一向に消える様子はなく、更に突き刺さるように凝視されている視線もそのままだ。
『………休めねぇーよ、キンタロー…』
自業自得の結果なのだが、後どれだけの時間この恐怖の空間にいなければならないのかと、絶望に埋もれながらシンタローは頭の中で考えたのであった。
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+ When He Wake Up ... +
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素晴らしいと言うか何と言うか。
シンタローが眠りに落ちると直ぐにキンタローが目を覚ました。
それはそれは、スイッチのオンオフのように見事な切り替わりっぷりであった。
もっとも、この場合に限っては二人がかみ合っているのかいないのか、捉えようによって変わるのだが…。
ふわりとした暖かな空気に誘われて意識が現実へ戻ったキンタローは、目が覚めた瞬間、腕に抱いているものを投げ飛ばしそうになった。
実際にはしなかったが、気持ち良さそうに眠るシンタローを穴が空くほど凝視する。
あまりにも驚きすぎて固まってしまい、動くことが出来なかった。
『何故ここに居るんだ…』
顔を見たら即座に逃げ出すよう恐く脅したつもりだったのだが、全く効果が見られないシンタローを見て、流石のキンタローも存分に固まった後、脱力してしまった。
『お前は、俺を試しているのか?シンタロー…』
こんな間近で無防備な寝顔を見せられて、一体俺にどうしろというのだ、とげんなりしてくる。
そしてそう思いながらも、シンタローを離せず腕に抱いたままでいる己の欲求に対して非常に素直な自分自身にも同様の気持ちになった。
シンタローが自ら腕に収まりに来るはずがないことはキンタローも判る。
ベッドの端に潜り込んだのはシンタローの意志だろうが、その体を引き寄せたのは自分だろうと思った。
恋人同士の甘い時間ではなく、友人関係のようにもっとライトに飲んで喋って酔い潰れて寝てしまう、という自由気ままに気楽な時間を二人で過ごすことがある。こういう時の会話は、仕事の話と違って砕けた内容が主になるのだが、さすがに相手のシモネタをえぐるような会話はしない(自分達のことになってしまうので)ものの、団内の噂話や他人の色んな事情など下世話なものとか、適当な会話を楽しみながら酒を飲むのだ。
そのまま酔い潰れて朝を迎えるというお決まりのパターンなのだが、目が覚めるとキンタローの腕の中には決まってシンタローがいるのだ。昨夜はそう言う時間を過ごした記憶がないのだが、とキンタローは思うが、自分が抱き寄せたのだろうなということは、記憶が飛んでいても予測が付いた。
今回も例にもれずそういう結果なのだろうと言うことは判るのだが、やはり納得がいかないキンタローである。こちらの事情も少しは考えてもらいたいものだ、とキンタローは思った。
「襲うぞ、シンタロー」
率直な感想を声に出してみたが、相手に目覚める気配はない。
キンタローは起こすべきか否かと考えながら、シンタローの頬を痛まない程度に軽くつねってみる。
そして離すと、相手は起きるどころからすり寄ってきた。
己の失敗にキンタローはどんどん逃げ場が無くなっていく。
『猫みたいだな…』
キンタローはいつだか街角で見かけた野良猫を思い出した。
真っ黒な毛並みと気高い雰囲気がシンタローを連想させて思わず手を伸ばしのだが、触ろうとした瞬間逃げられた。次にまたその猫を見かけた時は日向で眠そうにしていた。再び手を伸ばすと、この時はゴロゴロと喉を鳴らしてきた。
ぐっすり眠っているシンタローの顔をよく見れば、疲労が色濃くあらわれている。
支部で起きたトラブルの処理で、ここのところずっと時間に追われていたのだ。体は疲れているだろうに、それでもここに来たのは眠れなかったのだろうとキンタローは察した。
寝床を探して自分の所へやって来るのは、嬉しいと言えば嬉しいのだが、やはりキンタローにも色々と事情がある。疲れているシンタローをぐっすり眠らせてやりたいと思う反面、自分の都合も大分切羽詰まっていたりする。
『こういう時、人間は感情が絡むから不便だな…』
さて、どうしたものかとキンタローは考える。
『全く…今度は俺が寝られないじゃないか…』
そう思いながらも、控え膳はそのままにして、キンタローは目を瞑って眠る努力をしてみる。
だがやはり、シンタローを腕に抱いたままだと理性に自信がなかったので、そっと体を離した。
これで何とか強引にでも眠りにつければ幸いと思ったキンタローだったのだが、体を離した途端、シンタローがすり寄ってきた。半身の香りがキンタローの鼻梁を擽る。
『……シンタローッ!!』
新総帥からの安眠妨害を直撃した補佐官は、またもや間近に愛しの恋人を感じながら、理性と本能の戦いを繰り広げる羽目になった。
おかげで、柔らかなベッドで眠るには不似合いなほど、キンタローを纏う空気がどんどん嶮しいものに変わっていったのである。
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+ Run a risk ... +
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『あー…寝らんねぇー…』
ベッドに入ってから右にゴロゴロ、左にゴロゴロ。
シンタローは何度転がったか判らないほど、ベッドの上を回転しながら移動していた。彼が使っているキングサイズのベッドは、一人で寝ればそれなりに移動できるスペースができるのだ。
ベッドに入って一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
体は疲れているはずなのに眠れない。
その理由は本人も判っていた。
ここのところずっと仕事以外でキンタローと一緒にいた記憶がない。
キンタローとは毎日顔を合わせている。
それだけでなく会話も交わしている。
しかし、その会話内容は百パーセント仕事に関するもので、ガンマ団総帥であるシンタローは、とにかく仕事づくしの生活を送っていた。原因は大分前に発生した支部でのトラブルで、シンタローがその対応に追われるのと同時に二人の生活時間が完全にずれてしまったのだ。
おかげで二人揃ってプライベートな時間を作るということも不可能になってしまった。
仕事最優先のシンタローであるから、それはそれで仕方がないとしっかり諦めがついている。
だがしかし。
キンタローと中途半端な状態で一緒にいるため、シンタローに余計な不満が溜まっていってるのも事実だったりする。それは一層のこと顔を見ない方がまだマシなのではないかと思うほどであった。
そんな日々を送っていたシンタローだが、本日はめでたく普段に比べて早い時間に仕事から解放された。
人と会う約束があったのだが、先方が突然のトラブルに見舞われて急に都合が悪くなり、恐縮しきった姿で連絡をしてきたのが予定の時間の二時間ほど前であった。どこもトラブルは突然にやってくるものだなと思いながら、勿論了承した。相手方には申し訳ないが、ラッキーと思ってしまったシンタローである。
突然のキャンセルで予定外に体が空いたシンタローは、他の仕事を済ませてしまおうかとも考えたのだが、それよりも僅かでいいからキンタローと一緒にいたいと思って、早々に引き上げた。
ここで気分転換しないとさすがに爆発しそうだと思ったからだ。
そうしてキンタローの様子伺いに部屋を訪れてみれば、シンタローの姿を認めるなり「寝ろ」の一言で一蹴されたのである。あまりの対応に腹が立ったシンタローは反抗しようとしたのだが、キンタローはそんな余地を微塵も与えずに台詞を続ける。
「体が資本だと俺に言ったのはどこの誰だ?ここのところ度を超えて不規則な生活を送っていたのはお前の方なんだぞ。少しでも時間が出来たのなら何が最善か考えろ。こんなところで総帥が倒れたら話にならない」
お説ごもっともな正論をハッキリした口調で言われてシンタローは言葉に詰まった。
キンタローの冷たく素っ気ない台詞と態度に『思ってるのは自分だけかよ…』と気持ちがどんどん下降する。
しょぼくれた顔をして一歩近付こうとしたら、それすら拒否された。
「キンタロー…」
これには流石に傷ついたシンタローだが、次の台詞で固まった。
「いいか、お前だけが不満だと思うな。確実に俺の方が不満が溜まっているに決まっているだろう。今俺に近寄って見ろ…シンタロー、お前がどんなに泣き叫んでも離さないからな。オフが出来るまで不用意に近寄るな。判ったら部屋へ戻って寝ろ」
地を這うような脅しがかった低い声でそういうキンタローの眼が鋭く光っている。
「………失礼しましたー…」
身の安全確保のために、シンタローは思わず縮こまりながら、背を向けることなく部屋から出ていった。
『や…やる…アイツは確実にやる…』
シンタローのことをきちんと想っていてくれたと考えて良いものか悩むような台詞であったが、それよりもあの状態のキンタローが恐い。絶対に相手は出来ないと思って、シンタローは恐怖におののきながら部屋へ戻った。
そして、体力回復に努めようと大人しくベッドに入ったのだが、冒頭に戻るわけである。
寝られないと思いながら転がっていたシンタローだが、突然何か思いついたように起き上がった。
『さすがにもうキンタローも寝てんだろ…』
シンタローはベッドから降りるとそのまま部屋を出た。
そして隣接しているキンタローの部屋まで真っ直ぐ向かう。
普段ならば礼儀を守ってきちんと来訪を告げてから入るのだが、この時はフリーパスで侵入可能なのをいいことにこっそりと部屋の中へ忍び込んだ。
あんな脅し(キンタローは本気なのだが)を食らったというのに全く懲りていないというか何というか───。
キンタローの部屋の明かりは全て消えていた。
ベッドルームをそっと覗くと既に眠りについたキンタローが目に入る。シンタローはそのままベッドの傍に近寄り、じっとキンタローを見つめた。
『んー…多分熟睡してんな』
しばらくキンタローの様子を窺って、相手がしっかり眠りについているのを確認すると、シンタローはベッドに潜り込んだ。これまたタイミング良くキンタローが少しばかり端に寄って寝ていてくれたので、シンタローが潜り込むスペースが楽に確保できたというわけである。
普段のシンタローならば、ここまで熱心にキンタローの傍にいようとはしない。
それは想いの違いからと言うわけではなく、単にキンタローの方から傍にいてくれるからだ。
だが二人の間にあるいつの間にか築かれていた関係が何かの拍子で崩れると、羞恥心の固まりのような男のシンタローでも自ら相手に近寄っていくようで、この時も、好きな相手を想えば僅かな時間でも一緒にいたくなるという、ごく自然な欲求に従って動いたのである。
シンタローは己の直ぐ横にキンタローを感じると、やっと満足する。
『ま、寝てんなら大事にはいたらねーだろ』
何とも安易な考えであるが、シンタローはこれで自分も寝られるだろうと思って体の力を抜いて目を瞑った。
するとキンタローがシンタローに身を寄せてくる。
『ゲ…ッ』
半身が目を覚ましたのかと思って、シンタローの体は力を抜いたそばから再度緊張が走った。恐る恐るゆっくり顔を向けると、キンタローの眼は閉じられたままである。
「…………?」
何事かと思って硬直しながらその行方を見守っていたシンタローだが、キンタローは手を伸ばしてより一層シンタローに近付いてくる。寝ぼけているのか何なのかシンタローはさっぱり判らず内心焦った。ここで目を覚まされたら奈落の底へ超特急便で連れて行かれることが決定しているのだ。
シンタローが硬直したまま動けずにいると、キンタローはベッドの上に散らばった漆黒の髪に顔を寄せる。
その仕草はシンタローの長い髪に顔を埋めているようにも見えた。
『……コイツ…何してんだ?』
シンタローが何事かと思っていると、次の瞬間キンタローにしっかり抱き寄せられた。
『やっぱ、起きて…ッ』
だが、焦ったシンタローの心とは正反対に、先程よりもずっと近い位置にある半身の顔は穏やかに眠るものであった。青い双眸は閉じられたままである。
「…………?」
怪訝な顔をしながらキンタローの寝顔を見つめていたシンタローだが、暫くしてからその行動を理解した。
実はシンタローがキンタローと一緒に寝ると、必ず今と同じ様な状態で目が覚める。
半身が横にいる時は抱き寄せるというプログラムが組み込まれているかのように、必ずシンタローはキンタローの腕の中で眼が覚めるのだ。
『匂いで認識してたのかよ…』
これには思わず微笑を浮かべたシンタローだ。
眠っているキンタローが動物のような仕草で近寄ってきていたのかと思うとその行動が可愛くて仕方がない。
『いつもこんなんだったら可愛いのに…』
目を覚ますと猛獣なのを知っているだけに、そのギャップがおかしかった。
もっとも猛獣も大人しく眠っているときは可愛いものなのかもしれないが…。
なんだかとても得した気分になったシンタローは、キンタローの腕に抱かれながら、気分上々で眠りについたのであった。
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[BACK]
年が明けて翌年の朝を迎えた。俺は今とても清々しい気持ちでいる。
これから「二人」で初日の出というものを見に行こうというところであった。
横にいる「愛しき想い人」の姿を目にして、俺は緩みそうになる顔を何とか引き締めた。
年の終わりに玉砕覚悟で想いを告げた。
シンタローには何でこんなギリギリにと言われたが、俺の方も色々と切羽詰まっていたんだ。
とにかく、ただ募った想いを伝えたかった。
年が変わる前に決着を…というのは俺の我が儘だったが───。
つい手を伸ばして引き寄せそうになるのを何とか踏みとどまって、俺は静かにシンタローを見つめる。
俺の視線に気付いたのかシンタローの黒い眼がこちらを向き、気恥ずかしそうな顔をしてまた逸らされた。
あぁ、だめかもれしない。俺は我慢できるのだろうか。
まるで中毒者のようにシンタローに引かれていく。俺の頭の中はシンタローでいっぱいだ。
今からこれでは一年もたないかもしれないと思いながら、俺は青い眼にシンタローの姿を映し続けた。
一瞬、一瞬、その姿を逃さずに焼き付けていたい。
そう思って見つめていたのだが、恥ずかしさが頂点に達したのかシンタローの鋭い視線に睨まれた。
「いつまで見てんだよ」
「気が済むまでずっとだ」
今の感想を正直に答えたら、鋭い視線は変わらないままシンタローの頬にうっすら赤みが差した。
何故お前はそんなに可愛い反応を示すんだ、シンタロー。
俺の浮かれ具合も相当なものだなと思うが、そうさせるシンタローもかなりのものだと思う。
シンタローにはまたそっぽを向かれたが、俺の視線は固定されたまま暫くの間その姿を焼き付けていた。
真冬の寒さが身に染みる中、日付が変わったことを告げるために俺の腕時計からアラーム音が鳴り響いた。
俺達の間にあった無言の隔壁が電子音によって壊される。
嫌ならば拒めと先に言っておいた───リミットは日付が変わるまでだ、とも。
黙ったまま俺を見つめるシンタローは、俺が想いを告げたときよりも落ち着きを取り戻したように思えたから、混乱のまま時だけが流れたわけではなさそうだった。
沈黙の時間はそれなりに長さがあったと俺には思える。
全てに置いて急いで迫った気もしたが、だからと言って俺の要求に流されるような男でもない、シンタローは。
間近で俺と見つめ合う状態にあったシンタローだが、日付が変わっても動かないことに焦がれて、俺はそっと相手を腕に納めた。こうすることで再び想いを告げるようにしっかりと抱き締める。
気に入らなければ反撃に出るだろうと思ったから、その点だけは気が楽だった。
雰囲気にのまれて自分の意志に反することをするようなやつではない。
嫌ならば、蹴り飛ばすか殴り倒すかしてくるはずだ、絶対に。
だから、大人しく俺に抱き締められているシンタローが、凄く意外だった。
「…シンタロー?」
俺から行動を起こしておいて、現状を疑うかのように思わず名前を口にしてしまう。
大人しく腕に納まっていたシンタローは何かを考える様に眼を閉じて、しばらくジッとしていたのだが、再び眼を開くと間近に迫っている俺の顔をゆっくりと見つめた。
澄んだ黒い眼にドキリとする。
彼の真面目な顔に心臓が締め上げられるほど苦しくなり、これから断罪を受けるかのような鋭い緊張が走った。
結局俺は、覚悟を決めているといっても、口だけのものなんだ。
嫌なら拒めと平然としながら言っても、それは俺が望んでいる結果じゃない。
シンタローと一緒にいたい───もっと深い繋がりを持って。
好きなんだ、お前のことが。
理屈で割り切れない感情を、俺はお前を想う気持ちでやっと知ったんだ、シンタロー。
それにはとても時間がかかったけれど。
今、お前を好きだと想う気持ちに偽りはない。
シンタローは沈黙を保ったまま俺に抱き締められていた。
反撃に出る様子は彼から窺えず、だから余計にこの体を解放する気にはなれなかったが、沈黙が意味するところが判らなくて不安だけが渦巻く暗雲となり心の中で膨張していく。
もう一度彼の名を口にしようとしたが、声が掠れて出なかった。
緊張で微かに震える自分に気付かされる。
恐怖に似た何かを感じて、俺はシンタローを抱き締める腕に縋るように力を込めた。
やはり伝えるべきではなかったのかもしれないと、ここにきて少し後悔の念を覚えた。
僅かな時間だというのに、相手を待つ時間がこの上なく辛い。
受け入れてもらえるという自惚れがあったわけではないが、頭の中で考えていたものよりも現実は恐怖心を煽り立てる。シンタローを腕に抱いても拒まれなかった事実より、相手の返答を待つこの時間の方が、俺には遙かに重くのし掛かってきた。
それでも何とか耐えながら現状に留まっていられるのは、拒絶が窺えず、嫌悪する色合いも見られない彼の真っ黒な眼が俺を見つめているからだ。
何も言えなくて、だが彼をこの腕から離すことはもっと出来なくて、シンタローと一緒にいられるこの時間がこのまま止まってしまえばいいと心の何処かで願いながら、現状に感じる不安と恐怖が雁字搦めに俺を縛り付けて、動くことが出来なかった。
「ずいぶん強気な態度で迫ってきたのに、どーした?キンタロー」
きっと俺は酷く顔を歪ませていたのだと思う。
シンタローがいつもと変わらず強気な笑みを湛えて告げた一言が、絆しになっていた緊張を解き放った。
「沈黙は肯定にとるんじゃなかったのかよ?」
そう言って笑うシンタローの真意が掴めなくて、途方に暮れながら俺は一言もらした。
「現実はそんなに甘くなかった」
「…だろうな」
俺が動けなくなっていた理由などお見通しだったようで、その顔に浮かべられていた笑みが柔らかなものに変わった。シンタローの表情につられて俺の強張っていた顔から力が抜ける。
「よく聞けよ、キンタロー」
シンタローの声色が優しくて、俺はその言葉にゆっくりと頷いた。
「俺はな、お前のことをそういう対象で見たことが一度もねェーんだ」
シンタローの台詞を大人しく聞こうとして、だがこれを聞いただけで気持ちがいとも簡単に落胆した。
それが直ぐに伝わったのだろう。シンタローに軽く睨まれる。
「コラッオメェちゃんと聞けって前置きをしただろーが」
「…聞いてるぞ」
俺が何とか返事をすると、シンタローが俺の背中に腕を回して抱き締める。
「シ…シンタロー…?」
動揺がありありと顕れた声で名前を呼ぶと、シンタローは俺を抱き締める腕に力を込めた。
「お前が暗ェ雰囲気を醸し出すからだろ」
「それは…」
「凄ェ心拍数だな、ドキドキいってんのが伝わってくる」
「………当たり前だ」
軽い笑みを含んだ声が聞こえてきたが、俺は小さな声で呟きをもらすとシンタローの肩に顔を埋めた。
背中に回されていたシンタローの片手が俺の頭に移動をして優しく髪を梳く。
その手を心地よく感じながら、俺は眼を閉じた。
「お前がギリギリんなって迫ってくるから、さっき一所懸命振り返ってみたんだけどな、今までのお前といた時間を、さ」
シンタローに抱き締められ、あやす様に俺の髪に触れる手を感じながら、そうしてようやく彼の言葉をきちんと聞ける自分に困惑を禁じ得なかった。
これで彼に拒まれたら、俺は立ち直れない。
自分の情けなさに溜息をつきたくなったが、それを何とか飲み込んで、シンタローの声に耳を傾けた。
結論から言えば、お前を離したくないと思った、俺の傍から。
エゴかもしれねぇーけど、傍にいてほしいって思う。
それからな、お前のことをそういった対象で見たことねぇーって言ったけど、こうやってお前に抱き締められて嫌じゃねぇーことには…さっき気付かされたんだ───抱き締め返したいって思ったのも、事実だな。
だからきっと───。
俺はお前を受け入れると思う。
だけど、このままいくのは流されたような気がして癪だから、ちょっとぐらい待てよ?
せめて。
俺がちゃんと、自分の口でお前のことを好きって言えるくらいに自覚を持つまでは───。
最後の台詞が耳に届く前に、俺は埋めた顔を上げて少し泣きそうな顔をしながらシンタローを見つめた。そんな俺にシンタローは微笑を浮かべる。
「ま、そんな遠い先の話じゃねぇーと思うけど……………これでいいか?キンタロー」
台詞の最後を括る俺の名前は、今まで聞いたこともないくらい優しい響きを持っていて、俺はただシンタローが愛しくて、頷きを返しながらまた抱き締めた。
そんな俺にシンタローが笑ったような気がしたが、色々な感情が混ざってあまりよく覚えていない。
シンタローは俺の気が済むまで体を預けていてくれて、俺は深夜真冬の寒さも忘れ、その体を抱き締め続けていたと思う。俺の背中に回されたシンタローの腕を感じながら、安心感に似た暖かな感情に支配されていった。
受け入れられたのとは少し違うのだろうけど、俺は現状に十分満足していた。
何故ならば、想いを告げた今でもシンタローが俺の傍にいる。
俺の気持ちをきちんと正面から捉えてもらえた。
今の俺の望みは、そんなことで満足できてしまうほどのものだったんだと、今になって気付いた。
「あれ?シンちゃんとキンちゃん、お出かけ?」
聞き覚えのある高い声が響いて、俺は意識を現実に戻した。
「グンマ、お前この時間まで起きてたのか?」
シンタローが返した台詞が次いで耳に届く。外へ向かう俺達とは反対方向、つまり部屋へ戻ろうというもう一人の従兄弟の姿が眼に映った。
「うん、何か気付いたらこんな時間になってた。もう限界だから寝るけど…シンちゃん達はどこに行くの?」
「初詣といきたかったんだけど、ここにゃ神社はねぇーからな。初日の出くらいは見れっかなと思って、車飛ばして一番近い海まで行こうかと思ってサ」
「そっかぁ~」
シンタローの台詞に返事しながらグンマは眠そうに欠伸をした。ふらふらしている従兄弟が倒れそうに見えて、シンタローが体を支えようかと手を伸ばしたのだが「大丈夫だよ~」と返されて、手を引っ込める。
「じゃぁいってらっしゃ~い。初デート楽しんできてね~」
グンマはもう一度欠伸をすると手をヒラヒラ振りながら部屋へと歩いていく。
俺は黙ってその後ろ姿を見送っていたのだが、シンタローの視線に気付いて彼の方を向いた。
「何か…アイツ…デート…とか言ってたけど…?」
耳を疑うように俺に質問してきたシンタローはグンマの台詞に衝撃を受けたのか眼を大きく見開いている。
俺は何食わぬ顔をしながらシンタローの手を取り、エレベータの前まで引きずるように歩いていった。
実は、グンマには随分前からシンタローに対する俺の気持ちはばれているんだ。
俺の中で起きたシンタローに対する感情の変化が何なのかよく判らなくて、身近で比べる対象がグンマしかいなかったから、従兄弟同士感じるものの違いを比較していたら、あっさり気付かれてしまった。
横で喚くように何か言っているシンタローの台詞は聞こえないふりをして、エレベータが到着すると手を握り締めたまま乗り込んだ。
「なぁ、キンタローッ答えろッ」
尚も大きな声を上げて迫るシンタローを黙らせようと俺は繋いだ手を引っ張ってその体を引き寄せた。
体が傾き俺の方に倒れ込むシンタローを抱き留め、はね除けられることを想定しながら口付けようと更に引き寄せたら、あっさり相手の唇に接触を果たしてしまった。
驚いた俺は、自ら仕掛けておいて、体を引いてしまう。
「お前なら…簡単に避けるか…はね除けてくると思ったんだが…」
「……………お前には……ガ…ガードが甘ェって……………覚えとけ……ッ」
エレベータが着いた先に誰も居なかったことに感謝しよう。
俺とシンタローは顔を赤くしながら狭い箱から降りた。
そして恥ずかしさから不自然なほど離れてぎくしゃくしながら歩いていたのだが、駐車場に着く頃には、また寄り添うように肩を並べて歩いていた。
From ... COUNT DOWN(20071231)
日付が変わるまで後少しだ。
俺は少しだけ一人で一年を振り返りたい気分になって、みんなが揃っているリビングから抜け出して外へ出た。
まぁ、本館の屋上に出ただけなんだけど。高くそびえ立つ本部の建物の屋上からは、結構遠くの街まで見渡せるからさ。何となくそんな気分だったから、自分の部屋には戻らなかった。
カウントダウンが始まる前にまたリビングに戻ればいいだろと思って、寒さが身に染みる中、白い息を吐き出して、俺はこの高い位置から見える遠くの明かりの群に目をやった。
一年間色々あったけど、俺なりに一生懸命やってきたつもりだ。
それでも自分に及第点をあげられるほど現実は甘かねぇーけどサ。
まぁ、自分が頑張れたところは褒めてやりてぇって思ったりもするけどな。
でもやっぱそれよりも悔しい気持ちの方がまだ勝る。
ちょっと待てって思っても、時間がどんどん流れていくし、まだまだやんなきゃなんねぇーことは山積みだ。
あと一歩は結構でかくて、でもたった一歩なのに届かねぇのかスゲェ悔しい。
間近に迫った次の年。
そんな気持ちを噛み締めて、心機一転また踏ん張るか、なんて考えながら俺は年が変わるのを割と落ち着いた気持ちで待ってた。
………はずだったんだけど、今現在───。
そんな俺とは正反対に、かなり切羽詰まった様子のキンタローに迫られてます…。
年の終わりにオメェは何する気だッ!!キンタローッ!!
俺が口に出して叫ぶよりも、頭の中に声が響いた。
シンタロー…俺はお前のことが好きなんだ。
「キ…キンタロー…?」
今までにないほど至近距離にいるキンタローに狼狽えて、俺の声は動揺がそのまんま表れていた。
だって…こりゃ動揺しねぇ方がおかしいだろ…?
金網に手を掛けて夜の景色を見ていた俺の背後に人の気配を感じて、何処に行くとは言わずに出てきても俺の居場所を直ぐに探し当てられる人物を考えると、後ろにいるのがキンタローだってのは直ぐに判った。
「シンタロー…」
「どーした?キンタロー」
予想通りの従兄弟から名前を呼ばれて、俺は何も考えずいつも通りに返事した。
更に近付いてくる気配を感じて、コイツも普段と変わらず俺の横に並んで、同じように目の前に広がる夜景を眺めるのかな、なんて暢気に笑みを浮かべながら考えてたら───背後から迫られた。
何気なくフェンスに掛けられていた俺の手にキンタローの手が重ねられてそっと握られる。
そんで。
好きだと言われた。
「聞こえなかったのか?俺はお前が好きだと言ったんだ」
「す…好きって…」
「好きは好きだ。他に何がある?」
聞き間違いかと誤魔化したかったけど、俺は上手く言葉が継げなかった。
大体から、何でオメェはそんなに太々しい言い方してんだよ。
しかも何でこのタイミングだ?
年の終わりに忘れらンねぇーようなことすんじゃねぇ。
顔は見えねぇけど口調は淡々としてて、コイツが考えていることが判ンねぇ。
判ンねぇから不安になる。ドキドキする。
「何って…」
「もう今までの関係だけでは嫌なんだ…」
「嫌だって…」
「ただの従兄弟ではなく、仕事上のパートナーだけではなく…俺のことを見てほしい、シンタロー」
そう言われて、俺は一所懸命考えた。
逃げ道を。
他にキンタローとの間にプラスできる関係を。
従兄弟以外に何がある?
相棒以外に何を言える?
今コイツが望んでることが判らねぇほど、俺だってバカじゃねぇ。
「シンタロー」
「…んだよ?」
「こっちを向いてくれ…」
「……………」
キンタローの要求に俺は迷った。
今の俺は、多分困り果てたような顔をしている。
その顔をキンタローに向けていいのか、迷った。
背中にキンタローを感じながら逡巡する。
「シンタロー」
キンタローは俺の名前をもう一度呼んで、再度促すように俺の手を握る手に少し力を込めた。
俺は迷いを断ち切るように一度眼を閉じて一つ息を吐き出すと、ゆっくり振り返る。それと同時に、握り締められていた手が解放された。重なり合っていたのは片手だけだったのに、キンタローの手が離れると、それだけでとても寒く感じる。
俺が振り返るとキンタローの青い眼と視線が至近距離でぶつかった。
俺の顔を正面から見て、キンタローの顔が苦しそうに、切なそうに、少しだけ歪んだのがはっきり判った。
今までにない至近距離で、夜の外にいてもお互いに相手の表情がよく見える。
それが良いのか悪いのか判ンねぇーけど、キンタローの表情を見て、俺も少し苦しくなった。
それからしばらく黙ったまま、俺達はお互いを見つめてた。
きっと翌年は目前に迫ってる。
このまま年を越すのかよ、俺達は。
かなりヤダぞ、それは───。
「嫌なら拒絶してくれて構わない」
そんな俺の心情を察したのか、キンタローが先に口を開いた。
「…拒絶…」
「他にないだろう?俺はもうお前のことを以前と同じように見ることは出来ない……だから……駄目ならはっきりそう言ってほしい」
そう言いながらもキンタローの青い眼が縋るように見つめてきて、拒絶されるのを拒んでいるのが見てとれた。
「……………」
俺は言葉に詰まって何も言えなくなる。
そんな顔すんなよ、キンタロー。
いつも太々しいまでに無表情で、冷静沈着なお前だろ?
「シンタロー…」
「……………」
俺が黙ったままだから、キンタローがまた名前を呼んだ。せがむように体が動き、俺の方に腕が伸ばされたが、俺を掴むことに躊躇いが生じたのか、後ろにあるフェンスへ手をついた。
俺の左右はキンタローの腕で塞がれる。
吐息が触れるほどの距離に俺は思わず顔を背けた。
至近距離で青い眼に見つめられるのが耐え難くて、でもキンタローをはね除けることなんて出来なくて、ただ視線から逃れるように顔を逸らした。
手で押し返せばキンタローは簡単に離れていくんだろうなと思ったけど、簡単なことなのにそれが出来ないでいる俺は、これからどうしたいんだろう。
いきなりのことすぎて、何て言えばいいのか判ンねェよ。
「シンタロー…」
何も言葉に出来なくて、無言のまま顔を逸らした俺に、またキンタローが名前を呼びかけた。
判ってるよ。お前の方を向けってんだろ?
そう思ったけど、体が思うように動いてくれなくて、キンタローの方を向くことが出来ねぇ。
「シンタロー…」
また縋るように名前を呼ばれた。顔なんか見なくたって今コイツがどんな表情を浮かべてるか、頭の中で鮮明に浮かぶ。その声だって、耳にしてると辛くなんだよ。
キンタローの要求はシンプルで、それに対しての返答もイエスかノーで答えりゃいいだけだ。
たった一言なのに、それが口に出来ねぇんだよ。
答えなんかもうとっくに出ているような気もすんだけど、それでも何も言えないまま俺が固まってるのは、まだ混乱から抜け出せてねぇーからだ、きっと。
戦場じゃこんな迷いって生じねぇーのにな。
二択なんて、瞬時に状況分析して片方切り捨てて、どんどん次に進んで行けんのに。
まぁ、ここは戦場じゃねぇーけどサ。
直ぐにイエスという言葉が出なかったのは、俺がコイツをそういう対象で見たことが一度もなかったからだ。
でも、ノーと言えないのは、断ったことでキンタローが俺から離れていくのが嫌なんだ。
ずっと従兄弟はグンマだけだった。
でもキンタローが加わったことで俺達のバランスが変わって、グンマとの関係も前より楽しくなった。
きっとコタローが目を覚ましたら、もっと楽しくなる。
仕事の相棒を見つけたときは、ホントに嬉しかった。
何食わぬ顔して助けになるお前の仕事ぶりは、ホントに感謝してる。
傍にいる居心地の良さと安心感から、頑張れてるところがあんだよ。
それを失いたくねぇ。
キンタローを俺の傍から離したくない───。
「日付が変わるまでお前が沈黙したままなら………シンタロー、俺は肯定ととるからな」
俺が一つの答えに辿り着いた瞬間、キンタローが何かとんでもないことを言い出した。
「はあぁッ?!」
迫られてたことを忘れて、俺は素っ頓狂な声と共に振り向いた。
「何だよ、そりゃ」
「新年早々振られるのは嫌だ」
言われた台詞に、まぁ確かに、と頷きそうになったけど、違ェだろ俺。
「だったら、何でオメェはこんなギリギリになってそんなこと言い出したんだよッ」
俺は声を荒立てながら勢い余ってキンタローの胸ぐらに掴みかかる。
「………迷いに迷っていたら三十一日になってしまったんだ…今日もずっと機会をうかがっていたんだが…」
「んな素振り見えなかったぞッ」
「全部お前の何気ない行動に誤魔化された…」
「俺ッ?!」
キンタローに頷かれて一日の行動を振り返りそうになったけど、そんな俺の様子に気付いたのか、キンタローにまた急かされた。
「とにかく、振られるなら今年中がいい」
またサラリとンなこと言いやがってコイツは、と思いながら俺はキンタローを睨み付ける。
「年が変わンのと同じように、そんな直ぐにオメェは気持ちを切り換えられるっての?」
わざと冷めた口調で言ってやると、この場の空気がしゅんとなった。
「………終わりと始まりだから…きっと…」
キンタローの言葉が小さく聞こえてきて、フェンスを掴んでいる手に力が籠もったのを何となく感じた。
そのままじっと見つめてくる青い眼は、俺を離したくないという気持ちが表れてる。
さっき俺が行き着いた答えもそこだったな。
お前を離したくないよ、キンタロー。
でも───。
俺は迷う心から抜け出せないでいる。
俺がお前を想う気持ちは、エゴのような気がする。
お前が俺を想う気持ちと、異なるような気がする。
「シンタロー…」
顔を近づけて名前を呼ぶキンタローを見つめながら、俺は年の終わりに何を想ったかな。
二人揃って至近距離で見つめ合い、白い吐息が重なり合う中、相手を待つ形になった。
今は何も言えない俺と。
まだ何も出来ないお前と。
それから少しして、キンタローの腕時計から鳴ったアラーム音が俺の耳に響いた───。
20071231...LAST