日付が変わるまで後少しだ。
俺は少しだけ一人で一年を振り返りたい気分になって、みんなが揃っているリビングから抜け出して外へ出た。
まぁ、本館の屋上に出ただけなんだけど。高くそびえ立つ本部の建物の屋上からは、結構遠くの街まで見渡せるからさ。何となくそんな気分だったから、自分の部屋には戻らなかった。
カウントダウンが始まる前にまたリビングに戻ればいいだろと思って、寒さが身に染みる中、白い息を吐き出して、俺はこの高い位置から見える遠くの明かりの群に目をやった。
一年間色々あったけど、俺なりに一生懸命やってきたつもりだ。
それでも自分に及第点をあげられるほど現実は甘かねぇーけどサ。
まぁ、自分が頑張れたところは褒めてやりてぇって思ったりもするけどな。
でもやっぱそれよりも悔しい気持ちの方がまだ勝る。
ちょっと待てって思っても、時間がどんどん流れていくし、まだまだやんなきゃなんねぇーことは山積みだ。
あと一歩は結構でかくて、でもたった一歩なのに届かねぇのかスゲェ悔しい。
間近に迫った次の年。
そんな気持ちを噛み締めて、心機一転また踏ん張るか、なんて考えながら俺は年が変わるのを割と落ち着いた気持ちで待ってた。
………はずだったんだけど、今現在───。
そんな俺とは正反対に、かなり切羽詰まった様子のキンタローに迫られてます…。
年の終わりにオメェは何する気だッ!!キンタローッ!!
俺が口に出して叫ぶよりも、頭の中に声が響いた。
シンタロー…俺はお前のことが好きなんだ。
「キ…キンタロー…?」
今までにないほど至近距離にいるキンタローに狼狽えて、俺の声は動揺がそのまんま表れていた。
だって…こりゃ動揺しねぇ方がおかしいだろ…?
金網に手を掛けて夜の景色を見ていた俺の背後に人の気配を感じて、何処に行くとは言わずに出てきても俺の居場所を直ぐに探し当てられる人物を考えると、後ろにいるのがキンタローだってのは直ぐに判った。
「シンタロー…」
「どーした?キンタロー」
予想通りの従兄弟から名前を呼ばれて、俺は何も考えずいつも通りに返事した。
更に近付いてくる気配を感じて、コイツも普段と変わらず俺の横に並んで、同じように目の前に広がる夜景を眺めるのかな、なんて暢気に笑みを浮かべながら考えてたら───背後から迫られた。
何気なくフェンスに掛けられていた俺の手にキンタローの手が重ねられてそっと握られる。
そんで。
好きだと言われた。
「聞こえなかったのか?俺はお前が好きだと言ったんだ」
「す…好きって…」
「好きは好きだ。他に何がある?」
聞き間違いかと誤魔化したかったけど、俺は上手く言葉が継げなかった。
大体から、何でオメェはそんなに太々しい言い方してんだよ。
しかも何でこのタイミングだ?
年の終わりに忘れらンねぇーようなことすんじゃねぇ。
顔は見えねぇけど口調は淡々としてて、コイツが考えていることが判ンねぇ。
判ンねぇから不安になる。ドキドキする。
「何って…」
「もう今までの関係だけでは嫌なんだ…」
「嫌だって…」
「ただの従兄弟ではなく、仕事上のパートナーだけではなく…俺のことを見てほしい、シンタロー」
そう言われて、俺は一所懸命考えた。
逃げ道を。
他にキンタローとの間にプラスできる関係を。
従兄弟以外に何がある?
相棒以外に何を言える?
今コイツが望んでることが判らねぇほど、俺だってバカじゃねぇ。
「シンタロー」
「…んだよ?」
「こっちを向いてくれ…」
「……………」
キンタローの要求に俺は迷った。
今の俺は、多分困り果てたような顔をしている。
その顔をキンタローに向けていいのか、迷った。
背中にキンタローを感じながら逡巡する。
「シンタロー」
キンタローは俺の名前をもう一度呼んで、再度促すように俺の手を握る手に少し力を込めた。
俺は迷いを断ち切るように一度眼を閉じて一つ息を吐き出すと、ゆっくり振り返る。それと同時に、握り締められていた手が解放された。重なり合っていたのは片手だけだったのに、キンタローの手が離れると、それだけでとても寒く感じる。
俺が振り返るとキンタローの青い眼と視線が至近距離でぶつかった。
俺の顔を正面から見て、キンタローの顔が苦しそうに、切なそうに、少しだけ歪んだのがはっきり判った。
今までにない至近距離で、夜の外にいてもお互いに相手の表情がよく見える。
それが良いのか悪いのか判ンねぇーけど、キンタローの表情を見て、俺も少し苦しくなった。
それからしばらく黙ったまま、俺達はお互いを見つめてた。
きっと翌年は目前に迫ってる。
このまま年を越すのかよ、俺達は。
かなりヤダぞ、それは───。
「嫌なら拒絶してくれて構わない」
そんな俺の心情を察したのか、キンタローが先に口を開いた。
「…拒絶…」
「他にないだろう?俺はもうお前のことを以前と同じように見ることは出来ない……だから……駄目ならはっきりそう言ってほしい」
そう言いながらもキンタローの青い眼が縋るように見つめてきて、拒絶されるのを拒んでいるのが見てとれた。
「……………」
俺は言葉に詰まって何も言えなくなる。
そんな顔すんなよ、キンタロー。
いつも太々しいまでに無表情で、冷静沈着なお前だろ?
「シンタロー…」
「……………」
俺が黙ったままだから、キンタローがまた名前を呼んだ。せがむように体が動き、俺の方に腕が伸ばされたが、俺を掴むことに躊躇いが生じたのか、後ろにあるフェンスへ手をついた。
俺の左右はキンタローの腕で塞がれる。
吐息が触れるほどの距離に俺は思わず顔を背けた。
至近距離で青い眼に見つめられるのが耐え難くて、でもキンタローをはね除けることなんて出来なくて、ただ視線から逃れるように顔を逸らした。
手で押し返せばキンタローは簡単に離れていくんだろうなと思ったけど、簡単なことなのにそれが出来ないでいる俺は、これからどうしたいんだろう。
いきなりのことすぎて、何て言えばいいのか判ンねェよ。
「シンタロー…」
何も言葉に出来なくて、無言のまま顔を逸らした俺に、またキンタローが名前を呼びかけた。
判ってるよ。お前の方を向けってんだろ?
そう思ったけど、体が思うように動いてくれなくて、キンタローの方を向くことが出来ねぇ。
「シンタロー…」
また縋るように名前を呼ばれた。顔なんか見なくたって今コイツがどんな表情を浮かべてるか、頭の中で鮮明に浮かぶ。その声だって、耳にしてると辛くなんだよ。
キンタローの要求はシンプルで、それに対しての返答もイエスかノーで答えりゃいいだけだ。
たった一言なのに、それが口に出来ねぇんだよ。
答えなんかもうとっくに出ているような気もすんだけど、それでも何も言えないまま俺が固まってるのは、まだ混乱から抜け出せてねぇーからだ、きっと。
戦場じゃこんな迷いって生じねぇーのにな。
二択なんて、瞬時に状況分析して片方切り捨てて、どんどん次に進んで行けんのに。
まぁ、ここは戦場じゃねぇーけどサ。
直ぐにイエスという言葉が出なかったのは、俺がコイツをそういう対象で見たことが一度もなかったからだ。
でも、ノーと言えないのは、断ったことでキンタローが俺から離れていくのが嫌なんだ。
ずっと従兄弟はグンマだけだった。
でもキンタローが加わったことで俺達のバランスが変わって、グンマとの関係も前より楽しくなった。
きっとコタローが目を覚ましたら、もっと楽しくなる。
仕事の相棒を見つけたときは、ホントに嬉しかった。
何食わぬ顔して助けになるお前の仕事ぶりは、ホントに感謝してる。
傍にいる居心地の良さと安心感から、頑張れてるところがあんだよ。
それを失いたくねぇ。
キンタローを俺の傍から離したくない───。
「日付が変わるまでお前が沈黙したままなら………シンタロー、俺は肯定ととるからな」
俺が一つの答えに辿り着いた瞬間、キンタローが何かとんでもないことを言い出した。
「はあぁッ?!」
迫られてたことを忘れて、俺は素っ頓狂な声と共に振り向いた。
「何だよ、そりゃ」
「新年早々振られるのは嫌だ」
言われた台詞に、まぁ確かに、と頷きそうになったけど、違ェだろ俺。
「だったら、何でオメェはこんなギリギリになってそんなこと言い出したんだよッ」
俺は声を荒立てながら勢い余ってキンタローの胸ぐらに掴みかかる。
「………迷いに迷っていたら三十一日になってしまったんだ…今日もずっと機会をうかがっていたんだが…」
「んな素振り見えなかったぞッ」
「全部お前の何気ない行動に誤魔化された…」
「俺ッ?!」
キンタローに頷かれて一日の行動を振り返りそうになったけど、そんな俺の様子に気付いたのか、キンタローにまた急かされた。
「とにかく、振られるなら今年中がいい」
またサラリとンなこと言いやがってコイツは、と思いながら俺はキンタローを睨み付ける。
「年が変わンのと同じように、そんな直ぐにオメェは気持ちを切り換えられるっての?」
わざと冷めた口調で言ってやると、この場の空気がしゅんとなった。
「………終わりと始まりだから…きっと…」
キンタローの言葉が小さく聞こえてきて、フェンスを掴んでいる手に力が籠もったのを何となく感じた。
そのままじっと見つめてくる青い眼は、俺を離したくないという気持ちが表れてる。
さっき俺が行き着いた答えもそこだったな。
お前を離したくないよ、キンタロー。
でも───。
俺は迷う心から抜け出せないでいる。
俺がお前を想う気持ちは、エゴのような気がする。
お前が俺を想う気持ちと、異なるような気がする。
「シンタロー…」
顔を近づけて名前を呼ぶキンタローを見つめながら、俺は年の終わりに何を想ったかな。
二人揃って至近距離で見つめ合い、白い吐息が重なり合う中、相手を待つ形になった。
今は何も言えない俺と。
まだ何も出来ないお前と。
それから少しして、キンタローの腕時計から鳴ったアラーム音が俺の耳に響いた───。
20071231...LAST
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