ある日の夕方、シンタローが書類の束を抱え廊下を歩いていると、
「うぎゃーッツ!!遅刻だ!遅刻だ~~!!」
と、遠くから騒々しい声が聞こえ、その直後、シンタローが曲がり角を曲がろうとすると、何かがものすごい勢いで突進してきてシンタローに、ドンッツとぶつかった。
普段のシンタローなら、もちろん避けることができたはずであるが、あいにく彼は前日寝不足気味に加え、仕事疲れで頭がボーっとしていたので、とっさの判断が遅れたのである。
お互い弾き飛ばされ、しりもちをつき、辺りには紙類と戦闘飯ごう、戦闘雨具、戦闘水筒などがバラバラと転がった。
「痛ってー・・・」
と、シンタローが顔を顰めながら身を起こすと、
「うわっ、これって、もしかして新総帥じゃん!?」
と叫ぶ声が聞こえ、
「す、すみませんでしたー!!」
と、相手は土下座していた。
シンタローが、ぶつかってきた相手を見ると、相手は士官学校支給の迷彩柄の戦闘服を着ており、大きい戦闘背のうを背負っていた。どうやら、これから戦闘訓練の演習があり、彼はそれに遅刻しそうになっていたらしい。
シンタローは、少し仕官学校時代のことを思い出し、懐かしく思った。
「ったく、気をつけろヨ。それに、いくら遅刻しそうでも廊下は走んじゃねーよ。ホラ、もういいから行けヨ。お前、遅刻しそうなんダロ?」
シンタローがそう言うと、相手はバッと身を起こし、
「新総帥にぶつかっておいて、そういうわけにもいかないっす!!」
と言って周りに散らばっていた書類を拾い集める手伝いをしようとしたが、彼が書類を拾おうと下を向いた時、自分の手首に巻いてた腕時計が目に入った。
「うわっ!!もうこんな時間!?スッゲー、ヤベぇ・・・」
と、半泣きになりそうな彼を見て、シンタローは溜め息をつき、
「戦闘演習の教官ってメチャクチャ厳しいオヤジだろ?いいから、行けって。総帥命令」
と言った。
相手は、数秒間葛藤状態であったが、どうやら心を決めたようであり、
「すみませんッツ!!それではお言葉に甘えさせていただきます!!」
と言って、彼は自分の戦闘用品をものすごい勢いで拾い集めたが、戦闘背のうを開けたときに、何か思いついたようであり、背のうの中から掌サイズの筒状のものを取り出した。
「新総帥、御詫びにならないかもしれませんが、もしよろしかったら、コレ、どうぞッツ!!出掛けに友人から貰った貰い物なんですが・・・」
彼は、シンタローに缶コーヒーを手渡した。それを受け取らないと、彼はその場を動きそうになかったので、シンタローが仕方なく缶コーヒーを受け取ると、
「それでは、失礼しまッス!!」
と、彼は敬礼をして、猛ダッシュで駆けていった。
シンタローは、散らばっている書類を拾い集めながら、
「今の士官候補生って、もしかしてあんなんばっかりか?―――先が思いやられるゼ」
と、溜め息をついた。
シンタローが総帥室に戻り、いつものように仕事をしていると、ふと、壁に掛かった時計が目に入った。
(今日の分の仕事はほとんど終わりそうだし、そろそろ休憩でもすっか・・・)
と思い、伸びをすると、机の書類の脇に置いてあった朝貰った缶コーヒーが目に入った。
(喉が乾いたし、眠気覚ましに貰い物のコーヒーでも飲むか)
と、プルトップを開け、コーヒーを一気に飲んだ。
全部飲み干した後に、
「うわっ!何だコレ?コーヒーと違わなくねぇか!?不味ッツ!!」
と、シンタローが舌先に残る不快な味に顔を顰めていると、
不意に視界がブレるような奇妙な感覚がした。
(えっ?これって、前にも似たことがあったような・・・)
シンタローの意識はブラックアウトし、彼は気を失った。
(うーん・・・)
シンタローが椅子の上で気がつくと、何故か机の引き出しが頭の上方にあった。
「ニ゛ャーッツ!!(何だこれーッツ!!)」
と、シンタローが思わず叫ぶと、猫の鳴き声が聞こえた。
(今、ものすごく近くで猫の声がしなかったか!?)
シンタローが身を起こすと、肩口から、ブカブカの総帥服が滑り落ち、黒い被毛に包まれた小さな前足が目に入った。
試しに手を振ってみると、動かしたのと同じ様に黒い猫の手も動く。
(ってことは、もしかして俺の手!?)
―――シンタローは再び意識を失った。
目が覚めると、シンタローは猛烈に怒りが湧いてきた。
(こんな変な薬を作るなんて、高松かグンマか奴らしかいねぇよナ。・・・とっとと元に戻って、とっちめてやる!!)
シンタローは椅子から身軽にトンッと飛び降り、部屋を横切ってドアを開けようとした。
しかし、ドアノブはわりと高い位置にあり、後ろ足で立ち上がり、前足でドアノブを掴もうとしても全く届かない。もし万が一ドアノブに届いたとしても、レバー式ではなく丸い形であったので、猫の手では回せない可能性があった。
シンタローは非常にムカついたが、ふと、(窓の鍵なら手が届くかもしれない)と思いついた。
軽く助走をつけて、窓際の観葉植物の脇に飛び乗ると、ドアの鍵には何とか手が届いた。苦労して前足で鍵を開け、さらに窓を開けて下を見ると、彼は高所恐怖症ではないにもかかわらず、あまりの高さに目が回りそうになった。
(このままだと、いくらなんでも下に降りられないし・・・。足掛かりになりそうなものは、っと)
シンタローが辺りを見回すと、少し離れた所に大きな木があり、その枝が総帥室の下の方までうまい具合に伸びていた。人間は無理そうであるが、猫の体重ならなんとか持ちこたえられそうであった。
シンタローは、窓からヒョイッと枝に飛び降りた。枝は少々しなったが、何とか大丈夫であった。そのままソロソロと枝を伝いながらかなり下のほうまで降りた時、シンタローは不意に足を滑らせた。
(ヤベェ。俺、こんなんで死ぬのか!?)
と、シンタローは思わず死を覚悟したが、難無く4つ足での着地に成功した。どうやら、猫であることが幸いしたようである。
そこは、ガンマ団の敷地内の公園であったので、シンタローは公園を突っ切る形でとりあえず高松の研究室に向かって走った。
空は、朝から雲行きが怪しく、シンタローが広い公園内を走っているうちに、不意に大粒の雨が降り出した。
シンタローは猫になったせいか、水に濡れるのがものすごく嫌であったので、とりあえず、雨が当たらない公園のベンチの下に避難した。
「ミァ・・・(何で俺がこんな目に・・・)」
シンタローが思わず、溜め息をもらすと、
「あれ?ガンマ団内に猫がいるなんて、珍しおすな」
そう言って、誰かがベンチの下をのぞき込んだ。
それは、コンビニ袋をぶら提げ、一見普通のシャツに見えるが悪趣味なヌード柄が散りばめられたシャツを着た、珍しく私服のアラシヤマであった。
「ニャー!ニャ――ッツ!!(アラシヤマ!俺だ俺!!)」
シンタローは必死で、アラシヤマに自分の存在を訴えたが、彼には全く伝わっていない様子であり、
「?。必死で何やら訴えてはるみたいどすけど、全然わかりまへんな・・・。はっ、もしかして、あんさん、わてのことが好きなんどすか!?なんや、それやったら、わての部屋に連れて帰ってあげますえ~」
アラシヤマは手を伸ばし、シンタローをヒョイっと抱えあげた。
「ミギャーッツ!!フギャーッツ!!ニ゛ャァーッツ!!(全然違う!!どうせ連れてくんだったら、高松の研究室まで連れてけ――!!っていうか、降ろせ――!!)」
「フフフ・・・。照れ屋さんどすなぁ」
シンタローはジタバタと、ものすごく暴れた。しかし、アラシヤマは動物の扱いに慣れているのか一向に腕の力が揺るむ様子は無く、シンタローは暴れつつもアラシヤマにお持ち帰りされてしまった。
さて、アラシヤマの部屋である。もちろん、シンタローは何度も来た事があったが、現在、彼は不本意に連れてこられたことと、雨で体がビショビショに濡れてしまったことで、非常に不機嫌であった。
「あぁ、結局濡れてしまいましたな」
片腕でコンビニ袋とシンタローを抱え、ドアの鍵を閉めているアラシヤマがシンタローに話しかけたが、シンタローは無視した。
「とりあえず、濡れてるから乾かさなあきまへんな。うーん、これだけ濡れてたらいっそのこと風呂に入れて温めた方がええんですやろか。ってことで、わてと一緒にお風呂に入りますか?」
と、アラシヤマがシンタローの顔をのぞき込むと、
「フギャーッツ!!(ざけんじゃねぇッツ)」
と、シンタローの猫パンチが飛んできた。
至近距離であったため、避けきれなかったアラシヤマの頬にはクッキリと3本の赤い筋がついた。
「い、痛うおす・・・。―――ハイハイ、嫌なんどすな」
シンタローは、これで風呂に入らなくていいと思い、ホッとした。
いったん風呂場の方に消えたアラシヤマであるが、タオルを持って戻ってくると、逃げようとしたシンタローを捕まえ、思いっきりタオルでゴシゴシと拭いた。
「ミギャギャーッツ!!(テメェ、何すんだ!?この野郎!!)」
とシンタローは暴れつつも必死で抗議したが、結局水気がなくなるまで拭かれ、ドライヤーで乾かされる頃にはグッタリと放心状態であった。
「ほな、わては風呂に入ってくるから、あんさんはおとなしゅうしといておくんなはれ」
そう言ってアラシヤマはいなくなったが、シンタローはもう逃げようという気力もおこらず、アラシヤマのベッドの上に飛び乗ると、そのまま丸くなって眠ってしまった。
シンタローは、ウトウトしていたが、すぐ近くに人の気配を感じ、目を開けた。
「あぁ、起こしてしまいましたか。すんまへんな」
アラシヤマはシンタローを持ち上げると、胡坐をかいた上にシンタローを置いた。
シンタローが振り向きかげんにアラシヤマの顔を見上げると、
「なんどすか?あぁ、あんさんの目はブルーやなくて灰色なんどすな。猫にしては珍しい色どすなぁ」
そう言って、アラシヤマはシンタローの頭を撫でた。シンタローは手が暖かくて気持ちよかったので、思わず目を細めた。
「そういや、あんさんの名前を聞いてませんでしたな。首輪はしてまへんが、毛並みがええから誰かの飼い猫でっしゃろ。本当の名前があるんやろうけど、あんさんがここにいる間はわてがつけた名前で呼んでもええどすか?」
シンタローは、一応、返事をしといてやるかと思い、
「ミァ。(おう)」
と答えた。
どんな名前がええですやろか、と、アラシヤマはしばらく考えていたが、不意に、
「―――シンタロー、というのはどうどすか?」
と、言ったので、シンタローは目を丸くして、アラシヤマの顔をじっと見た。
「いや、あんさんの目の色が灰色やし、なんとなくそう思っただけどす。人間の方のシンタローはんは、俺様で、凶暴で、超ブラコンどすけど、でも、とても可愛ゆうて、根っこのところで優しいんどすえ?わての一番大切な人なんどす」
少々照れたように、アラシヤマはそう言った。
途中まで聞いていたシンタローはアラシヤマを引っ掻いてやろうかと思ったが、最後の言葉を聞き、引っ掻くのを止めた。
「シンタロー」
と、アラシヤマが呼ぶと、シンタローは(呼び捨てにすんじゃねーよ。・・・今だけだからな)と思いつつも、
「ニィ(あんだよ?)」
と返事をした。
「あ、納得してくれたみたいどすな。ほな、今からあんさんはシンタローどすえ~」
アラシヤマは、嬉しそうにそう言った。アラシヤマはシンタローを抱えあげると、ゴロリと寝転がり、胸の上にシンタローを載せた。
シンタローの背を撫でつつ、
「あー。人間の方のシンタローはんにも会いとうおますなぁ・・・。今日はわては休みどしたけど、シンタローはんは今頃仕事してますやろなぁ・・・。わてら、なかなか休みが合わへんから、大変なんどすえ?仕事の邪魔したらえろう怒られますしな」
シンタローは、(そんな事、知ってる)と思いつつも、背中を撫でられているうちに眠くなったので、途中からアラシヤマが何かを言っていたがもう聞いていなかった。
「シンタロー?あれ、寝てしもうたみたいどすな。猫って暖かいどすなぁ。ついでやし、わても少し寝まひょか。シンタロー、布団に入らな風邪ひきますえー」
そう言って、アラシヤマはシンタローを抱えたまま起き上がり、モゾモゾと布団に潜り込んだ。
アラシヤマが、夜中にふと、目が覚めると、何故か隣には全裸のシンタローが眠っていた。
アラシヤマが寝ぼけた頭で、
(あれ?さっきまでシンタローが隣にいたのに、何でシンタローはんが此処に居るんやろか?マァ、ええか。どっちも可愛いことには変わりありまへんしな!)
と、納得し、
「シンタローはーん、裸でわてのベッドに来るやなんて、もしかして夜のお誘いどすか??嬉しおすけど、今は残念ながら眠うてたまりまへんので、朝になったらお相手しますから、待ってておくれやす~」
そう言って、アラシヤマはシンタローの隣に潜り込むと、再び眠ってしまった。
す、す、すみません・・・!!
素敵サイト様方の素敵猫シンちゃんを見ていて、わ、私も、1度やってみたかったんですー(土下座)。
あっ、ちなみに、この猫シンちゃんは、完璧な猫です。
このままでは、美味しい状況であるにも関わらず、アラが超へタレですね☆でも、朝になると・・・(死)。
多々ツッコミ所はあると思うのですが、もしかすると後にこっそりと設定などをUPするやもしれません・・・。
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