+ PM 07:50【LIVING】+
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その日は久しぶりに従兄弟三人が揃って夕食を摂っていた。
ここのところばらばらの行動が続いていた三人なのだが、キンタローが研究室に籠もりきりで食事を疎かにしていたのをグンマが見かねてシンタローに告げ口をした。その結果、有能な補佐官は有無を言わさず総帥によって研究室から引きずり出されたのである。一時間ほど前の話だった。
テーブルの上にはシンタローがあり合わせの材料で作ったという料理の数々が並んでいる。生野菜のサラダから肉料理に魚料理、スープと三人で食べるには少々豪華な夕餉である。
キンタローはシンタローが用意したものを大人しく食べていた。食事の進みが悪いわけでもないので、きちんと食欲があるのは一目で分かる。自分も食事を摂りながらその様子を観察していたシンタローは、自分が作ったものがある程度キンタローの腹に納まると、溜息混じりに文句を言った。
「お前さぁー…体が資本って俺が何回言ったと思うわけ?ったく…俺がいなかったらどーすんだよ」
シンタローに睨まれながら小言を食らったキンタローだが、口に入っていたものを飲み込むと、それを特に気にした様子もなく平然と言い返した。
「お前がずっと傍にいればいい」
キンタローとしては大したことを言ったつもりもなかったのだが、その一言があらぬ方向からの反撃となってシンタローは二の句が継げられなくなってしまった。
だがキンタローの横で同じように食事を摂っていたグンマは、面白そうに笑いながら突っ込みを入れた。
「あはは、キンちゃんどさくさに紛れて凄いこと言ってるね」
「別に凄いことじゃないだろう」
「えー、ずるいよー。シンちゃんを我がものにするなんて」
「厳然たる事実だ」
「んー…そうなんだろうけどさぁ」
目を白黒させながら二人の会話を聞いていたシンタローは、グンマの肯定の台詞で我に返り怒鳴り声を上げた。
「オメェら、ふざけたこと言ってんじゃねぇーッ誰がものになるかっつーの」
少し顔が赤いのは怒りの所為からなのか、あるいは別の理由・・からなのか、鋭い眼で睨んでくるシンタローに、グンマはきょとんとした顔をする。次いで驚いた顔をすると慌ててキンタローを見た。平然とした様子で食事を続けるキンタローに、グンマは声を潜めて話しかける。
「ちょっと、キンちゃん…シンちゃんって…」
「あぁ。お前にばれていることを知らないぞ」
キンタローの台詞にグンマは耳を疑った。
グンマがキンタローを問い詰めて二人の関係を白状させたのはかなり前の話になる。というか、出来上がって数日も経たない内のことだった。
てっきり自分に話したことをシンタローに言ったものだと思い込んでいたのだが、いまだに二人の関係がばれていないと思っているシンタローに驚き、黙りを貫き通しているキンタローにも驚いた。二重の驚きであった。
「もう…そーゆーことは先に言っておいてよ…」
「………何コソコソ話してんだよ?」
シンタローは怪訝そうな顔をしながら二人を交互に見た。目の前で内緒話をされたら気になるというのも人の心理であろう。二人とは異なる真っ黒な瞳でじっと見つめられてグンマは気まずい思いをしたのだが、本来もっと気まずい思いをするべき人物は飄々と食事を口に運んでいた。
「な…なんでもないよ、シンちゃん…」
「そーかぁ?」
「うん…き…気にしないで、ね…」
グンマがしどろもどろになりながら返事をする。キンタローがシンタローから受けた忠告通り大人しく食事をしていることで気が逸れたのか、それ以上は突っ込んで聞いてはこなかった。
それから話題を変えてシンタローとグンマが喋り、キンタローが大人しくその横で食事を摂るという時間が少し流れた。二人の会話を黙って聞いていたキンタローだが、突然グンマに話題を振られると一旦食事の手を止める。
「さっきから一切喋らないでずっとご飯食べてるけど、やっぱりシンちゃんのご飯は美味しい?」
「美味しい」
グンマは何気ない会話のつもりでキンタローに話題を振り、キンタローも素直な感想を一言述べただけだったのだが、それを耳にしたシンタローは照れたように軽く肩を竦めた。
「あー、シンちゃん照れてる」
「う…うるせーよ」
キンタローは、グンマに指摘されてうっすら顔が赤くなったシンタローを見る。視線が合うと勢い良く逸らされたのだが、それがキンタローの青い眼には可愛く映って、微笑を浮かべた。
「ふーん………まぁ、いーけどね」
そんなキンタローを眺めながら、グンマがわざと冷ややかな視線を作って投げ付ける。目で指摘されて、今度はキンタローが肩を竦めたのだが、問題の人物はきょとんとしたまま訳が分からないようで、また真っ黒な瞳で二人をじっと見つめていた。
間もなく久しぶりに三人が揃った食事が終わるかという頃、またグンマがキンタローに話題を投げかけた。
「そーいえばキンちゃんって、シンちゃんが作ったご飯、いつも大人しく食べてるけど、アレが食べたいとかコレが食べたいとかってないの?」
「あぁ、そーいや、俺も聞いたことねぇーな」
グンマの質問にシンタローも興味を示したようで話題に乗っかる。何かを期待するような表情で二人に質問されたキンタローは返答に困った。
『これは…どう答えたら良いんだろうか…』
直ぐ食事を疎かにしてしまうことから判るように、キンタローは食に無頓着なのだ。
特に好き嫌いもなく、食べられれば何でも良いというのが根底にある。一言付け加えるのなら、極端に甘いものは遠慮したいといったぐらいで、敢えてリクエストしてまで食べたい物が今まであったのかと問われれば、差し当たって思い当たるものもない。
更に、食事に関して恵まれた環境にいるというのもあった。シンタローが料理好きなため、一口で止めたくなるような奇抜な味をした料理や食べられるのかどうかすら怪しい斬新な料理が出てくることはまずない。彼が作れば美味しく頂ける料理が並ぶのだから、それ以上を考えたことは一度もなかった。
「今のままで十分満足しているが…」
「えー、それじゃつまんないよー。何かおねだりとかしないのー?」
「…おねだり…」
「僕なんかしょっちゅう色んなもの作ってもらってるのに…」
「そうなのか?」
「うん。昨日はアップルパイを焼いてもらったんだ。凄い美味しかったー!あ、キンちゃんも食べたかった?」
「甘いものはいらない」
あれだけの激務に身を投じているガンマ団総帥を捕まえて何をやらせているんだと周りの者達は思うのだが、シンタローにとっては良い気分転換になっていたりする。嫌なことははっきりと嫌だと言う性格だから、グンマに付き合ったということはそれだけ余裕があったということなのだろうとキンタローは思った。
そうなると、自分はどうなのだろうかとキンタローは問いかけてみる。
食べたいもの、食べたいものと頭の中で呟きながらそのまま暫く考えてみて、ようやく辿り着いた先といえば、シンタロー本人・・・・・・・ぐらいだな、ということであった。
あまりにも食べたいものが思いつかなくて、更にシンタローと考えていたら食べたいの意味が途中ですり替わってしまったようだ。
『確かに食べる・・・とは言うが……これでは回答にならないだろうな…』
ねだってまで食べたいものは、と考えながらキンタローはシンタローをじっと見た。シンタローの方は次にキンタローが何を答えるのか興味津々の呈で見ている。
グンマは更に外からそんな二人を好奇心旺盛に見ていたのだが、ふと思い立って席を立つ。
「まだ二人とも時間あるよね?新しいお茶の葉っぱもらったの。二人とも何か飲むでしょ?」
二人が頷いたのを確認すると、グンマはキッチンへ向かった。お湯を沸かして三人分のお茶の用意をするとなるとそれなりに時間がかかる。しばらくキッチンにいたグンマがお茶の準備を終えて戻ってくると、シンタローとキンタローはまだお互いをその目に映したまま沈黙していた。
『わぁー、シンちゃんとキンちゃん、今までずっと見つめ合ってたのかな?』
キンタローはともかく、シンタローの方は相手が答えるのを待っていただけなので、グンマが戻ってくると自然な動作で視線を外した。グンマにはそれすら少しドキドキと感じられる。
シンタローはグンマの手伝いをしようと腰を上げたのだが、グンマはそれを制した。
「いーよ、シンちゃん、ご飯のお礼」
「そーか?悪ィな」
グンマはカップにお茶を注ぐとシンタローとキンタローに渡し、自分の分を入れると再び席に着いた。二人の会話はどうなっているのかなと思いながら、入れたばかりのお茶をゆっくり飲む。シンタローとキンタローもグンマから受け取ったカップに口をつけた。
熱いお茶を飲みながらキンタローはもう一度考えてみる。
作ってもらったものは全て美味しいということで、特に何か例を挙げなくてはいけないこともないのだろうが、シンタローからの期待が籠もった視線を見るとここは何か答えなくてはいけないような気になってくる。
しかし、ここで調子よく何か適当に挙げられる性格でもないキンタローは、考えても言葉が出てこなくて、だんだん答えは「シンタロー」でもいいんじゃないかという気さえしてきた。
ねだって食べたい・・・・のも、キンタローにとって美味・・であることも紛うことのない事実であるのは確かだ。
キンタローは再びシンタローに視線を向けた。
「ずっと……食べてみたいと思っていたが、初めて口にしたときの衝撃は大きかったな。想像以上だったし直ぐ夢中になった。俺としては毎日食べたいと思うんだが……実際問題それは無理なのが残念だ」
キンタローの横で大人しくお茶を飲んでいたグンマが思い切り咽せた。
キンタローとしてはシンタローの眼を真っ直ぐ見つめながら相手に判りやすいように台詞を口にしたつもりだったのだが、グンマの反応の方が早かった。
グンマは少しの間涙目になりながら咳き込んでいたのだが、何とか自分を落ち着かせるとキンタローに心底呆れた顔を向ける。この従兄弟はキンタローが何を指して言ったのか直ぐに察したのであった。
「キンちゃん…」
「他に自ら望んだものが直ぐに思い浮かばなかった」
「まぁ………いーけどね。確かに、食べる・・・とは言うし…」
キンタローとしてはシンタローも直ぐに気付くだろうと思っていたのだが、当の本人は少し照れた笑みを浮かべながらキンタローに視線を返した。
「確かに毎日同じものってのは栄養が偏るから良くねぇーけど、そんなに気に入ってンのがあんなら言ってくれりゃいいのに」
シンタローの台詞にキンタローとグンマは目を剥き固まった。思わず揃って相手を凝視してしまう。何を指して言ったのか、グンマは直ぐに判ったのだが、当の本人には伝わらなかったようであった。
「いつ食ったやつ?」
「いつ……そうだな、初めて食べた・・・のは…」
キンタローの台詞にグンマが慌てて口を塞ぐ。
「ちょっとキンちゃんッ!それはさすがにシンちゃんが可哀想でしょッ!」
グンマに怒られてキンタローは口を閉じた。本人としては最後まで言うつもりはなかったのだが冗談には聞こえなかったようだ。
「冗談だ、グンマ」
「洒落にならないことしないでよ」
「グンマ、何で俺が可哀想なんだよ?」
シンタローはキンタローとグンマのやりとりが理解できないようで、今度はグンマに話題を振ったのだが、振られた方は何とも言えない顔をする。困ったグンマはキンタローの顔を睨んだ。グンマとしてはとばっちりを食らうのは御免だということなのだが、睨まれた方は意に介した様子もなく平然としている。
「………何でもないから気にしないで、シンちゃん」
「何だぁ?まぁ、いーや。キンタロー、最近も食ったヤツ?」
「最近は…」
「キンちゃんッ!」
またグンマの咎める声が響いたところでキンタローの携帯がタイミング良く鳴った。ディスプレイを見れば研究室からで部下からかかってきたのが一目で分かる。キンタローはこれで会話を打ち切ろうと電話に出た。
キンタローが会話から外れるとこの話題はここで中断されると思われたのだが、何も判っていないシンタローはグンマに問いかけてきた。
「なぁ、グンマはキンタローが何を指して言ってンのか判ってンの?」
「うん…まぁ………多分…」
「何だよ、俺だけ判ってねぇーのかよ。お前も食ったことあるヤツ?」
「ぼ…僕はないよッ!!」
グンマは慌てて勢い良く首を横に振った。そんなあってはならないような恐ろしいことをサラリと聞かないでと狼狽する。
「じゃぁ、キンタローにだけ作ったのか…いつだろ?」
シンタローが首を傾げながら記憶を辿っていく。グンマはそんなシンタローに何を言えばいいのか判らず、何とか曖昧な笑みを浮かべた。
「大体ここで食うときは、グンマ、お前も一緒だろ?キンタローと二人ってのはそう無かったはずだから…いや、でも待てよ…」
見当を付けようと一所懸命考えているシンタローがだんだん可哀想になってきたグンマだが、自ら答えを言うことは絶対に出来ないと思った。これは口が裂けても言いたくない。お願いだから僕にこれ以上聞かないでと心の中で激しく祈った程である。
キンタローが電話を切ると、グンマは再び睨む。シンタローが一所懸命どの料理なのか思い出そうと考え込んでいる姿を目で促して「どうするの?」と訴えた。
どうするのかと問われても、キンタローもどうしたらいいのか判らなかった。
自らまいた種とはいえ、シンタローは直ぐに察すると思ったのだが、予想外の方向へ行ってしまったのだ。軌道修正をかけるにも、それにははっきりした言葉で言わないと相手に伝わらないだろう。先程のように揶揄した台詞を口にするならともかく、グンマがいる前ではっきりと言っていいものかどうなのかは悩むとろこであった。というよりも、言えないことだということはキンタローにも判った。
色々な都合を考えて、これは二人になったときにでも回答するのが良いだろうという結論に達した。
「研究室から呼び出しがかかったから俺は行くぞ」
キンタローがそう言って椅子から立ち上がると「何だよ。だったら答えを教えてから行けよ」とシンタローが視線を向けた。本当に何も判っていない様子で、きょとんとした顔で見つめてくるのが何とも言えず、キンタローの目には可愛く映った。己は末期かも知れないという自覚が半分くらいあるキンタローなのだが、シンタローが時折見せる『そういう顔』を見てしまうと周りに構わず手を伸ばしたくなるのだが、さすがに今は諦めた。ここにはグンマもいるのだ。
「…今度答える」
キンタローは適当に誤魔化してリビングから出ていこうとした。
しかしシンタローの傍を通ったときにスーツの上着の裾を掴まれる。振り返ると椅子に座った状態のシンタローが首を傾げながらキンタローをじっと見上げていた。
「今度って、もったいぶるようなことかよ?なぁ、教えろよ、キンタロー。気になんだろ」
シンタローの台詞にキンタローが一度グンマに視線を向けると、グンマは心したように顔を背けた。
キンタローはゆっくり屈んでシンタローの肩に手を置くと耳元に唇を寄せ「答えはお前だ、シンタロー」と意図して低い声で囁いた。
予想通りに今の台詞でフリーズしたシンタローの耳に軽く口付けるとキンタローは背を向けてリビングから出ていった。
その後どうなったかは、グンマのみぞ知る。
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