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作・渡井

セイフティ・ドライバー



タクシー代を節約しようと思ったのが間違いだった。

シートベルトを締めながら、ちらりと端整な横顔を盗み見た。ウインカーを出しながらバックミラーを気にしているキンタローは、まるで気づかずに車を静かに出す。
この前までの話はどうなったんだ、と思わず口にしかけた。

休日の買い物を一人で存分に楽しんだ。総帥という立場である以上は仕方ないが、常から秘書や護衛に囲まれている身には、ささやかな自由が何よりも嬉しい。
しかし出かけに曇っていた空は、帰る段になってとうとう泣き出した。父親にでも迎えに来させようと思って電話したら何故か家にいたのはキンタローだけで、「行くからそこで待っていろ」という一言で切られてしまったのである。
今からタクシーを捕まえても行き違いになるだけだと諦めて、迎えに来たキンタローの車に乗り込んだのだが、このうえなく居心地が悪い。
こいつがあんなこと言うから、とシンタローはこっそりため息をついた。

会話が途切れたときに見つめてくる視線の熱さや、それが意味するところに気づかなかった訳じゃない。
けれどようやくお互いに過去を乗り越え、未来へと共に歩き始めたのだ。今すぐに答えを出すことは出来なくて、目を逸らし続けてきた。
24年間を共有してきた男は、だが、シンタローが逃げることを許さなかった。

誰もいなくなった総帥室で抱きしめられ、想いを綴る唇を霞む頭で見ていたのはつい1週間前。

あのときはグンマの来訪で救われたが、この1週間というもの、キンタローは常に目で問いかけてくる。
―――言葉に出さない催促は、たちが悪い。

「また大量に買い込んだものだな」
どう返事すればいいかなんて、分かんねーよ…などと思っていたせいで、キンタローの声に反応するのが2,3秒遅れた。
「…バーゲンだったんだよ」
「その気になればあのデパート1軒、丸ごと買えるんだがな、お前なら」
落ち着かない。


いつも自分を見ている目が真っ直ぐ前を向いている。
あのとき自分を抱きしめた手がハンドルに添えられている。
それだけのことが、こんなにも落ち着かない。

信号が微妙なタイミングで変わる。突っ切るかと思った車は、余裕を持って止まった。
「このチョーカー、お前の?」
バックミラーに下げられた黒い紐の先に、銀色の十字架が鈍く光っている。キンタローの趣味には見えなくて訊ねると、高松に貰った、という答えが返ってきた。
「交通安全のお守り代わりだそうだ」
青を確かめ、車は静かに滑り出す。滑らかに加速する。
教本通りの安全運転だ。もう1人の従兄弟ならこうはいかない。模範的なドライバーでは決してないシンタローが、横に乗っていて青くなるくらいぶっ飛ばす。「大丈夫だよぉ」なんて、こっちが気が抜けるような声でふにゃふにゃ笑っているから余計怖い。

「免許取るのも早かったもんな、お前。まったく器用でいらっしゃること」
「だが最初にこの車に乗ったときは戸惑ったぞ。教習車とは、ワイパーとウインカーの位置が逆だ」
「教習車は国産だからな」
「慣れるまで、曲がるたびにフロントガラスを拭いていた」

音量を絞って流れるオールディーズも、当たり障りのない会話も、すべてが落ち着かない。

昨日まで、あんなに熱い視線で見つめてきたのに。


―――って、なに考えてんだ、俺は。
「グンマはどうしたんだ?」
まるで期待してるみたいじゃねーか、とシンタローは強引に思考を打ち切った。少し声が跳ね上がった。
「本屋に行った。新しい科学雑誌に興味深い論文が載っているそうだ」
「へえ。あいつもあれで、一応は科学者なんだな」
「そう言うな。グンマは優秀だぞ」
「分かってるよ。親父は?」
「ファンクラブがどうとか言っていたが…」
「あ、いい、聞きたくない」

自分が望んでいた展開通りじゃないか。このまま従兄弟として、何もなかったように普通に接していけるなら。
車は駐車場へと入っていく。叩きつけていた雨が遮られ、キンタローがワイパーを止める。
衝撃もなくゆっくりと止まり、エンジン音が止む。シートベルトが外れる。
2人だけの狭い密室からやっと抜け出せる―――。
「悪かったな、呼び出して」
大きく息を吐いてシンタローはドアを開けようとした。
腕を引っ張られたのはその瞬間だった。


ああ。
やっぱり何もなかったことには出来ない。


胸に抱きこまれ、顎を掴まれてシンタローは1人、心の中で呟いていた。
暴走気味だと思っていた告白さえ計算通りなら、この男はとんでもない安全運転だ。ミス一つ犯すことなく、怪我一つ負うことなく、静かに獲物を仕留めていく。
いま逃げても、どうせ俺は捕まえられる。

だったらいま捕まっても同じことだと、視界の端で揺れる十字架に言い訳して、近づく唇に目を閉じた。


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キンちゃんは性能重視でドイツ車を選びそうな気がします。
ハンドルは右仕様なのです。

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作・斯波

やさしいかお
つめたいかお
かわいいかお
どれもぜんぶあなた



本日は晴天なり



「――えー・・何でだよ?」
「文句を言うな、すぐ済む」
「はーいはいはい」
「返事は一回!」


ドアがばたんと閉まると俺はちょっと不貞腐れてベッドに寝転がった。
分かってはいるのだ―――本来なら俺が文句を言う筋合いじゃないことくらい。
キンタローが出て行ったのは彼が属している組織の仕事の為で、そして俺はその組織の頂点に立っている人間なのだから。
(だけどせっかくの休みなのにさ)
何せ俺もあいつも忙しい。休みが合うなんてことはめったに無くて、しかも今日は久しぶりによく晴れていい天気になったからドライブにでも行こうかと話が決まりかけた矢先にキンタローの携帯電話が鳴ったのだ。
それは開発課の研究員からの電話で、なにやら問題が起こったようだった。
短い受け答えで電話を切ったキンタローは、
―――ちょっと出てくる。すぐ戻るから。
そう言ってさっさと白衣を羽織った。そして話は冒頭へ帰るというわけだ。

何のかの言っても俺だって立派な二十八歳。しかも泣く子も黙るガンマ団総帥だ。
デートより仕事を優先することなんかざらにある。
(あーあ・・ドライブはお預けだなこりゃ・・)
電話がかかってきた時点でもう諦めはついていた。すぐ帰ってくると言ってはいたがあてにはならない。キンタローは仕事をおろそかにするような男ではないし、俺が惚れてんのはそういう部分でもあるんだから仕方がない。
だけど判ってはいても期待をはぐらさかれてしゅんとなった気持ちは隠せなくて、俺はベッドに寝転がったまま溜息をついた。
「――ま、しょうがねェか」
煙草を捜してサイドボードに伸ばした手に、柔らかいものが触れる。
上体を起こして眺めてみると、それはさっきキンタローが白衣を着るために脱ぎ捨てたジャケットだった。
(まだ温かい・・・)
何となく寂しくなって抱え込んでみる。俺よりほんの少し大きなキンタローの身体にゆったりとしたシルエットを与えるそのジャケットは俺の胸をすっぽり覆うくらい大きくて、顔を埋めるといつもあいつがつけているフレグランスの優しくて甘い香りがした。
(・・キンタローの匂いだ)
眼を閉じると、耳許で囁く低い声までが聞こえるようだった。
―――シンタロー。
少しだけ笑みを含んだその声で名前を呼ばれると、俺はもうキンタロー以外見えなくなる。
この世界もガンマ団の未来も、どうでもいい。
ただキンタローの腕の中でずっと夢を見ていたい、そう思う。
―――シンタロー。

嫌だ、まだ眼は開けない。
もうちょっとおまえの声を聴いていたいから。
おまえの香りに包まれて、今はただ眠りたいんだ。

夢から覚めたときにはどうぞ、おまえが隣にいますように。


「――・・シンタロー?」
俺はそっと扉を開けた。部屋はしんと静まり返っている。
(帰ってしまったのか?)
すぐ戻る、そう言ったがもうあれから二時間は経っていた。研究員が持ってきた問題点についてグンマと頭をひねっていたらあっという間に時間が過ぎていて、ふと我に返って時計を見た俺は後はグンマに任せることにして慌てて開発課を出てきたのだ。
こんなことはしょっちゅうで、だからシンタローも怒ったりはしていないだろうとは思ったが、わりとドライなあいつのことだからもう今日のデートは諦めて、さっさと自分の予定を立てているのかもしれない。
そう思って寝室に入った俺はぎょっとした。
俺のベッドですやすやと寝息をたてているのはまさにそのシンタローだった。


「・・・寝てしまったのか」
起こすべきだろうか、と俺は迷った。
疲れが溜まっているのかもしれない。しかしこのまま放っておいて夜になったら、起きたときにこいつが不機嫌になるのは火を見るより明らかだ。
―――帰ってきたんだったらさっさと起こせよ!
せっかく一緒に過ごせる筈の日だったのに。
そう言って拗ねる顔が今からまざまざと目に浮かぶような気がした。
ここはやはり起こしてデートのやり直しをすべきだろう。
「おい、シン―――」
伸ばした手が途中で止まる。
シンタローがしっかり抱いて眠っているのは、俺が脱いでいった上着だった。

(――もしかして、俺の代わりに?)

思わず、満面の笑みが溢れた。


何だかとても気持ちのいい感触に、シンタローはふっと目を開いた。
フレグランスの優しい香りに混じって嗅ぎ慣れた煙草の匂いがする。
数秒自分が何処にいるのか、何をしているのか分からずにいた。
それから、大きな掌が頭の上に乗っていることに気づく。
「・・・え?」
ベッドに腰をかけ、煙草を咥えたままシンタローの髪を撫でているのは、数時間前に出て行った筈のキンタローだった。
「ああ、眼を覚ましたか?」
眼だけで微笑ってキンタローは煙草を揉み消した。シンタローは起き上がって目をこすった。
「おまえ、帰ってきたんなら起こせよな・・・」
「済まない。よく寝ていたから」
「いつ戻った」
「何、ついさっきだ。―――その毛布は気に入ったか?」

くすりと笑われて初めて、自分がキンタローのジャケットを握りしめていたことに気がついた。

「なっ・・これは別に!」
「うん?」
「ちょっと寒かったから借りただけで・・別におまえの匂いがどーとか感触がどーとかじゃ」
見事に墓穴を掘りまくっているシンタローの顔は真っ赤で、キンタローは微笑したままそんな恋人を眺めている。
「大体おまえが俺を置いて出ていくから悪い!」
どうにも収拾がつかなくなって投げつけたジャケットを、キンタローは笑いながら受け止めた。
「まだ昼を過ぎたばかりだ。出かけるか?」
「・・・昼飯はオメーの奢りだからな」
「分かった」
立ち上がったキンタローはシンタローが投げたジャケットを無造作に着込んだ。
「おい、それ着ていくのか?」
「? 駄目か?」
「駄目・・じゃないけど・・・俺が抱え込んでたから・・皺になってる」
「大丈夫だ、着ている間に体温で伸びるだろう。それに」
ぱんぱんとはたいてみて、キンタローはニッと笑った。
「おまえの匂いがするのに着ないなんて勿体無い」

さらりと言われてまたもや顔に火がついた。
何か言おうと口を開いたものの、ぱくぱくと動くだけで言葉が出てこない。
―――駄目だコイツ・・・マジで恥ずかしすぎる。
がっくりとうなだれて髪をぐしゃぐしゃとかき回しているところをふわりと抱きしめられる。
優しく香るフレグランスはもう、残り香ではない。
「おいっ」
「おまえはほんとに可愛いな、シンタロー。―――」

夢にまで聴いた甘い声でそう囁かれ、シンタローは無条件降伏した。


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世界の共通語「モッタイナイ」です。
そういえばキンちゃんはゴミの分別とか細かそうだ。

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作・斯波

朝目覚めて真っ先に
君の顔を見られた日はきっと
いいことがあると思う



夢のような



―――心臓が、飛び出すかと思った。



眼を開いて一番最初に飛び込んできたのは端整な寝顔。
余りに間近にあったその顔に、俺は一瞬で覚醒した。
血は繋がっていないのに何処か似ているとみんなに言われる顔を凝視めてみる。
確かに俺とこいつは体格もほぼ同じだし、考えていることも大体分かる。
(けど絶対顔は俺のほうがイケてる筈だ)
こいつの方が彫りは深いが顔立ちがはっきりしてるのは俺だ。
肌だって白いのはこいつだが、肌理が細かいのはたぶん俺の方だ(男がそういうことを自慢にしていいのかどうか分からないが自慢出来るものはとりあえず何でもしておくことにする)。
だけど一つだけ敵わないなと思うのはこいつの髪。
黄金の蜂蜜をとろりと溶かしたような髪は僅かな光にでもきらきら光る。
今も朝陽を吸い込んで輝いているこの髪が、俺はとても好きだった。
まるで生命の無い彫刻のように静かに眠るこいつの顔をまじまじと眺めながら、深く閉じた瞼を縁取る睫毛までが金色であることに、俺は初めて気がついたような気がした。


こうして眠っている時だけは、こいつは俺の手中にある。
―――シンタロー。
一旦開くと響きのいい低音で俺を縛ってしまう唇も今は沈黙を紡いでいる。
―――シンタロー、何処にも行くな。
こいつは基本的に俺に甘い。
俺の言うことなら何でも聞く。
だけど人一倍我が儘で独占欲の強いこの男は、表面上は俺に従う振りをしながらもその実俺の手綱をしっかり握って離さない。
喧嘩をしたとき謝ってくるのはいつでもこいつだが、殊勝げにうなだれているこいつの青い瞳だけが微笑っているのを見ると、俺は何だか意地を張るのが馬鹿らしくなってくる。
それを見抜いたように優しいキスをしてくるこいつの思う壺にまたもやハマったと思うのが癪でつんとそっぽを向いてやるのだが、もしかするとそれさえもこいつの計算なのかもしれない。

(なんて甘くて優しくて小憎らしい)

聡明そうな額にデコピンをお見舞いしてやろうと思った瞬間、金色の睫毛で飾られた瞳がぱちりと開いた。


「おはよう、シンタロー」
今の今まで寝ていたとはまるで思えないはっきりした声だった。
「俺の顔に何かついているか?」
「あー・・・目と鼻と口・・?」
「どうだった、俺の寝顔は」
笑みを含んだ声に俺はぷいと明後日の方向を向いてやった。
「悪いけど野郎の寝顔なんか見る趣味、ねーもん」
「俺はある」
「はあ!?」
「おまえが目覚める前に、心ゆくまで堪能させて貰った」
一瞬俺はぽかんとした。
それからその言葉の意味を悟った途端に頬がカッと熱くなる。
(じゃあ、知ってたのか)

俺がこいつの唇をそっと指先でなぞったこと。
起こさないようにそうっと頬に触れたこと。
額に乱れて散っていた金色の髪を一房すくいあげて口づけたこと。

「てめェ―――起きてたんなら起きてるって言え!!」

怒鳴る俺の顔はきっと、髪の生え際まで真っ赤になっていたと思う。


「ものっそムカつく――!! テメェなんざもう知らん! さっさと起きて出てい」
「シンタロー」
逞しい腕が伸びて、あっという間に俺は広い胸に抱き込まれていた。
「あっこのやろ」
「もう少し、こうしていていいか?」
甘く響く低音が直に鼓膜に吹きこまれる。
ただそれだけの事で、いつだってこいつは俺の抵抗をあっさり封じてしまうのだ。

「・・ったく、ちったぁ人の話聞けよ」
俺は溜息を吐いて、落ちてくる唇を受け止めた。

「ちょっとだけだぞ。―――」

金色の睫毛に縁取られた青い瞳が嬉しげに微笑む。


(俺の恋人は甘くて優しくて小憎らしくて、そして根拠のない自信に満ちた自己中な男)


昨夜閉め忘れた窓の外で鳥が鳴いているのが聞こえる、涼しい秋の朝だった。


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キンシンはどっちも、
「振り回されてるのは自分の方」と思ってそうです。

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cxc




作・渡井


On Your Mark


疲れ果てて、ソファーに2人してどさりと座った。
「あー…もうこれ以上はねえよな…?」
「あると困るな…」
開いた窓から風が吹き込んできて、揃って目を閉じた。

居丈高に力を誇示してくる愚かな奴らならば、そのまま力を返してやれば黙りこむ。それ程の力を、シンタローもキンタローも持っている。
本当に用心しなくてはならないのは、握手する手の中にナイフを隠し持つ連中だ。表面的にはどこまでもにこやかで平和で協力的で、けれど常に隙をうかがっている。一瞬の油断も許されない。
新しいガンマ団が軌道に乗り出してからは、外交も交渉もそんな連中ばかりだ。
それはこちらを対等の話し相手と認めてくれたことの証でもあるから、文句は言っていられないのだが、半日も粘られると閉口する。
腹の内を探り合い、はったりと妥協を積み重ねてようやく交渉がまとまる頃には、戦闘よりも疲れ果ててしまっていた。
ソファーの中で、2人の肩が触れ合う。

互いに何も言わずにいる。

動かしかけた手を、キンタローは結局また元に戻した。
隣にある体を抱き寄せるのは簡単だ。おそらくシンタローも拒まないだろうと、キンタローには分かっている。
けれどもったいない気もするのだ。

従兄弟とも兄弟とも恋人ともつかない、この「相棒」という立場。
この上なくじれったく、この上なく心地良い。

それは多分シンタローも同じことで、だから2人とも肩を寄せ合ったまま動かない。
抱き寄せれば、唇を合わせ体を重ねずにはいられない。
想いのありったけを口にせずにはいられない。
きっと幸せで大切なことなのだろうが、今はまだ。

何も言わなくても分かり合える、この関係を崩すのは少し惜しい。


こうやって2人でいるときだけは、重い沈黙も気にならない。
シンタローは(有り得ないくらい)自分の意見を通さずにいて、キンタローは(有り得ないくらい)納得いくまで問わないでいる。
いつまでもこうしていたいと、そう思っている訳ではない。
望んでいるものは互いに分かりきっている。

(恋と呼べるほどの想いは、既に心の中に育っているけれど)

ただ猶予を乞うように、
もう少しだけ、この温もりを味わってから。
もう少しだけ、2人で心を寄り添わせてから。

―――走り出すのはそれからでも遅くない。


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どうもこの「出来上がる一瞬前」というのが
私の萌えポイントらしいです。

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cvx





作・斯波

輪廻の果てであなたに逢った
終わりの無い夢を二人で見た
私たちは変わってゆく
変わってゆくその先が見えなくても



NAGISA



降り続いた雨が久し振りに上がって綺麗に晴れた日の午後だった。
会議から帰ってきたシンタローは本部ビルが見えてきたところで車を止めさせた。
警備兵が立つ門の入り口に、真新しいジャガーが止まっている。
「あん? 誰の車だ?」
ここら一帯全部がガンマ団の敷地だから、団内の誰かのものだろうが、横づけにされたそのジャガーは余りにも遠慮のない自己主張を放っていた。
近づいたところで窓を下げたシンタローの眼が大きく見開かれる。
暗緑色に光る車体に凭れて立っているのは今朝別れたばかりの従兄弟だった。


「先、帰ってていいから」
車を帰してシンタローは腕組みをして微笑している補佐官を眺めた。
「遅かったな、シンタロー」
「・・・てめ何やってんの?」
「この車、今日納車されたんだが」
「てゆーか仕事中じゃないの? 今朝頼んどいた仕事出来たの?」
「マジック伯父貴の新車だ。俺はドイツ車を薦めたんだが英国製がいいらしくてな」
「話聞けっつの」
「で、調子を見るように頼まれたんだ。ちょっと走らせるからシンタロー、一緒に来てくれ」
「はあっ!?」
「仕事なら済ませた。ティラミスにもちゃんと言ってあるから来て貰いたい」
キンタローにしては珍しく強引な言い方だった。
シンタローはちょっと考えたが、ティラミスも承知しているなら問題は無いだろう。
どうせこの後はもう大した仕事は残っていないのだ。
天気もいいし、久し振りに出かけるのも悪くない、とシンタローは思った。
「よし、じゃあ行くか!」


シンタローは新車のいい匂いを胸一杯に吸い込んだ。
隣ではキンタローがハンドルを握っている。窓を開け放した車内には六月の爽やかな風が入ってきて、試運転は快適そのものだった。これがグンマなら即座に遺言書を書かなくてはいけないところだが(全くあの従兄弟は一体どんな姑息な手段を使って免許を手に入れたのだろうか)、キンタローの運転は確かだ。
「おい、何処まで行くんだ」
車は郊外に向かっている。キンタローは横顔を見せたまま頬に笑みを浮かべた。
「このまま戻るというのも芸が無いからちょっとつきあってくれないか」
「だから何処へ」
「まあシンタローは黙ってドライブを満喫しててくれ。ティラミスに言っておいた時間までには戻るから心配は要らない」
「・・・ま、いいけど」
珍しくそんな言葉が洩れたのは久し振りによく晴れた空のせいかもしれない。
近づいた夏を思わせる青い空には飛行機雲が真っ白な線を引き、綿菓子のような雲がぽかりぽかりと浮かんでいた。
「さて、そろそろ着くぞ」
キンタローがスピードを落とした。
角を曲がった途端、シンタローは大きく目を見開いた。
「あ―――・・・」

広大な海が、目の前に広がっていた。


キッ、と音を立てて車は止まった。シンタローはドアを開けて砂の上に降り立った。
遠くから潮騒の音が聞こえてくる。
「結構近いもんだろ?」
キンタローが笑った。海を見るのは久し振りだった。本部から車で数十分のところに海があることなど、普段はすっかり忘れている。
日頃無機質なビルの中で仕事に追われているシンタローにとって、広い海はやはり憧れだった。
「やっぱり海はいいなあ」
大きく伸びをして、シンタローは水平線を見ようと手をかざした。
キンタローが何か言った。
シンタローは振り返って、ジャガーに凭れているキンタローを見上げた。
「何だって?」
「いや」
キンタローが首を振る。


―――眩しいな、おまえは。
シンタローの耳に届かなかったその小さな呟きは渚の潮騒に溶けて、消えた。


海は、いい。
シンタローは潮風に吹かれて立ち尽くしたまま、白波の立つ海面を見つめた。
激務に忙殺される日常も、戦いと交渉に明け暮れる日々も、青い海を見ていると忘れられそうな気がした。
俺はちょっと日々の暮らしに飽いていたのかもしれないとシンタローは思う。
それは己の選んだ道であり、果たすべき義務だったけれど、たまには気分転換が必要なのだ。
シンタローはキンタローをちらりと振り返った。
何故あいつには、俺が今いちばん必要としていることが分かるのだろう。

―――あいつはいつでも、そういう男だった。

シンタローがそこにいる。
それだけで、世界が虹色に染まるような気がした。


連れ出してよかった。
ぱっと明るくなったシンタローの顔を見ながら、キンタローは心からそう思っていた。
シンタローが総帥に就任してから半年。
強がりなこの男は一度だって弱音を吐いたりはしないけれど、期待と責任に押し潰されそうになってぴりぴりしているのがキンタローには容易に見て取れる。
だからマジックに試運転を頼まれた時、すぐにシンタローの顔が脳裏を過ぎった。


―――下心が全然無かったといえば、嘘になるかもしれないが。


嫌だと言っても連れてくるつもりだった。
あれは二日ほど前のことだったか、仕事を終えて総帥室の扉を開いた時のこと。
シンタローはデスクに突っ伏して眠っていた。
ペンを握ったまま、書類をデスク一杯に広げて眠っているその顔は、痛々しいほどに疲れ切っていて、それがキンタローの胸に小さな痛みを生んだ。
すぐに扉を閉めたけれど、あの時彼の中に生まれた思いは―――切なさ、だった。


潮の匂いの沁みこんだ初夏の風に吹かれながら海を凝視めている白い顔を眩しいと思った。
シンタローが声を上げて笑うことはあまり無い。
眉をひそめて、それから鋭い瞳を細めてニヤリと笑う。
ただそれだけで、世界が動き出すのだ。
モノクロだった彼の日常に鮮やかな色を吹きこんだのは確かに、偉そうで俺様なこの男だった。


心地良さそうに眼を閉じて海からの風を受けているシンタローを見ながらキンタローは一人ごちた。
「・・・俺は物には執着しないたちだと思っていたんだがな」
人間などは所詮浅ましい生き物だ。
他人の顔かたちになど気をとめたこともない。
大事なのは頭脳だけだと思っていたのだ。
だから誰かにこんなに心を囚われたことなど一度も無かった、それなのに。


二十四年一緒にいて、敵になってそれから互いに向き合うようになって。
初めて綺麗だと見惚れる相手に出会った。
その聡明さを、その優しさを素直に信じる気になった存在に出逢ったのだ。


「そろそろ帰るか」
シンタローが煙草を咥えて石段を上がってきた。携帯灰皿を出して揉み消す。
変なところで律儀なこの男は、父親の新車の中では煙草を吸わないつもりらしい。
ポケットの中の鍵を探っていたキンタローは、名前を呼ばれて顔を上げた。

「ありがと、な。―――」

はにかむような笑顔で言われて心拍数が跳ね上がる。

「礼を言いたいのはこっちだよ、シンタロー」
シンタローは怪訝な顔になった。
「おまえのおかげで決意が出来たんだから」
「・・・何の話だ?」
困った顔をするシンタローに、キンタローはニッと笑った。
「おまえは、分からなくていい」


これを恋というなら人は、なんと我慢強い生き物なのだろう。
どうすれば勝てるかも分からずに出る戦場は、なんと広いのだろう。
(だが俺にもやっと決心がついた)
先の見えないこの勝負に挑む決意が出来たのだ。
そう、断固たる決意ってやつが。

青い風に吹かれていた後ろ姿には、俺が探している何かが確かに在った。
それはつまらない宝物かもしれないし、もしかすると偽物でしかないかもしれないが。
それでも大切にしたい何かを、俺は見つけたのだ。

「―――キンタロー・・・?」

エゴだと言われようと、汚いと言われようと構わない。
どんな手を使ってでもこの漆黒の瞳を引き寄せて離したくない。
キンタローは、そういう男になっていた。


「シンタロー、俺は」
ドアを開けようとしていた従兄弟の名を呼ぶ。
「あん?」
呼ばれてあげた眼差しを真っ直ぐ捉えて短く告げた。
「おまえが、好きだ。―――」

潮騒がひときわ大きく響いて、見開いたシンタローの瞳には白い雲が映っていた。

(どうかこのまま消えないで)

空の青と海の青が混じって溶けてしまいそうな、ある午後のことだった。


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キンちゃんは運転が上手そうです。
いつでも両手は10時10分。教本通り。

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