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作・斯波

輪廻の果てであなたに逢った
終わりの無い夢を二人で見た
私たちは変わってゆく
変わってゆくその先が見えなくても



NAGISA



降り続いた雨が久し振りに上がって綺麗に晴れた日の午後だった。
会議から帰ってきたシンタローは本部ビルが見えてきたところで車を止めさせた。
警備兵が立つ門の入り口に、真新しいジャガーが止まっている。
「あん? 誰の車だ?」
ここら一帯全部がガンマ団の敷地だから、団内の誰かのものだろうが、横づけにされたそのジャガーは余りにも遠慮のない自己主張を放っていた。
近づいたところで窓を下げたシンタローの眼が大きく見開かれる。
暗緑色に光る車体に凭れて立っているのは今朝別れたばかりの従兄弟だった。


「先、帰ってていいから」
車を帰してシンタローは腕組みをして微笑している補佐官を眺めた。
「遅かったな、シンタロー」
「・・・てめ何やってんの?」
「この車、今日納車されたんだが」
「てゆーか仕事中じゃないの? 今朝頼んどいた仕事出来たの?」
「マジック伯父貴の新車だ。俺はドイツ車を薦めたんだが英国製がいいらしくてな」
「話聞けっつの」
「で、調子を見るように頼まれたんだ。ちょっと走らせるからシンタロー、一緒に来てくれ」
「はあっ!?」
「仕事なら済ませた。ティラミスにもちゃんと言ってあるから来て貰いたい」
キンタローにしては珍しく強引な言い方だった。
シンタローはちょっと考えたが、ティラミスも承知しているなら問題は無いだろう。
どうせこの後はもう大した仕事は残っていないのだ。
天気もいいし、久し振りに出かけるのも悪くない、とシンタローは思った。
「よし、じゃあ行くか!」


シンタローは新車のいい匂いを胸一杯に吸い込んだ。
隣ではキンタローがハンドルを握っている。窓を開け放した車内には六月の爽やかな風が入ってきて、試運転は快適そのものだった。これがグンマなら即座に遺言書を書かなくてはいけないところだが(全くあの従兄弟は一体どんな姑息な手段を使って免許を手に入れたのだろうか)、キンタローの運転は確かだ。
「おい、何処まで行くんだ」
車は郊外に向かっている。キンタローは横顔を見せたまま頬に笑みを浮かべた。
「このまま戻るというのも芸が無いからちょっとつきあってくれないか」
「だから何処へ」
「まあシンタローは黙ってドライブを満喫しててくれ。ティラミスに言っておいた時間までには戻るから心配は要らない」
「・・・ま、いいけど」
珍しくそんな言葉が洩れたのは久し振りによく晴れた空のせいかもしれない。
近づいた夏を思わせる青い空には飛行機雲が真っ白な線を引き、綿菓子のような雲がぽかりぽかりと浮かんでいた。
「さて、そろそろ着くぞ」
キンタローがスピードを落とした。
角を曲がった途端、シンタローは大きく目を見開いた。
「あ―――・・・」

広大な海が、目の前に広がっていた。


キッ、と音を立てて車は止まった。シンタローはドアを開けて砂の上に降り立った。
遠くから潮騒の音が聞こえてくる。
「結構近いもんだろ?」
キンタローが笑った。海を見るのは久し振りだった。本部から車で数十分のところに海があることなど、普段はすっかり忘れている。
日頃無機質なビルの中で仕事に追われているシンタローにとって、広い海はやはり憧れだった。
「やっぱり海はいいなあ」
大きく伸びをして、シンタローは水平線を見ようと手をかざした。
キンタローが何か言った。
シンタローは振り返って、ジャガーに凭れているキンタローを見上げた。
「何だって?」
「いや」
キンタローが首を振る。


―――眩しいな、おまえは。
シンタローの耳に届かなかったその小さな呟きは渚の潮騒に溶けて、消えた。


海は、いい。
シンタローは潮風に吹かれて立ち尽くしたまま、白波の立つ海面を見つめた。
激務に忙殺される日常も、戦いと交渉に明け暮れる日々も、青い海を見ていると忘れられそうな気がした。
俺はちょっと日々の暮らしに飽いていたのかもしれないとシンタローは思う。
それは己の選んだ道であり、果たすべき義務だったけれど、たまには気分転換が必要なのだ。
シンタローはキンタローをちらりと振り返った。
何故あいつには、俺が今いちばん必要としていることが分かるのだろう。

―――あいつはいつでも、そういう男だった。

シンタローがそこにいる。
それだけで、世界が虹色に染まるような気がした。


連れ出してよかった。
ぱっと明るくなったシンタローの顔を見ながら、キンタローは心からそう思っていた。
シンタローが総帥に就任してから半年。
強がりなこの男は一度だって弱音を吐いたりはしないけれど、期待と責任に押し潰されそうになってぴりぴりしているのがキンタローには容易に見て取れる。
だからマジックに試運転を頼まれた時、すぐにシンタローの顔が脳裏を過ぎった。


―――下心が全然無かったといえば、嘘になるかもしれないが。


嫌だと言っても連れてくるつもりだった。
あれは二日ほど前のことだったか、仕事を終えて総帥室の扉を開いた時のこと。
シンタローはデスクに突っ伏して眠っていた。
ペンを握ったまま、書類をデスク一杯に広げて眠っているその顔は、痛々しいほどに疲れ切っていて、それがキンタローの胸に小さな痛みを生んだ。
すぐに扉を閉めたけれど、あの時彼の中に生まれた思いは―――切なさ、だった。


潮の匂いの沁みこんだ初夏の風に吹かれながら海を凝視めている白い顔を眩しいと思った。
シンタローが声を上げて笑うことはあまり無い。
眉をひそめて、それから鋭い瞳を細めてニヤリと笑う。
ただそれだけで、世界が動き出すのだ。
モノクロだった彼の日常に鮮やかな色を吹きこんだのは確かに、偉そうで俺様なこの男だった。


心地良さそうに眼を閉じて海からの風を受けているシンタローを見ながらキンタローは一人ごちた。
「・・・俺は物には執着しないたちだと思っていたんだがな」
人間などは所詮浅ましい生き物だ。
他人の顔かたちになど気をとめたこともない。
大事なのは頭脳だけだと思っていたのだ。
だから誰かにこんなに心を囚われたことなど一度も無かった、それなのに。


二十四年一緒にいて、敵になってそれから互いに向き合うようになって。
初めて綺麗だと見惚れる相手に出会った。
その聡明さを、その優しさを素直に信じる気になった存在に出逢ったのだ。


「そろそろ帰るか」
シンタローが煙草を咥えて石段を上がってきた。携帯灰皿を出して揉み消す。
変なところで律儀なこの男は、父親の新車の中では煙草を吸わないつもりらしい。
ポケットの中の鍵を探っていたキンタローは、名前を呼ばれて顔を上げた。

「ありがと、な。―――」

はにかむような笑顔で言われて心拍数が跳ね上がる。

「礼を言いたいのはこっちだよ、シンタロー」
シンタローは怪訝な顔になった。
「おまえのおかげで決意が出来たんだから」
「・・・何の話だ?」
困った顔をするシンタローに、キンタローはニッと笑った。
「おまえは、分からなくていい」


これを恋というなら人は、なんと我慢強い生き物なのだろう。
どうすれば勝てるかも分からずに出る戦場は、なんと広いのだろう。
(だが俺にもやっと決心がついた)
先の見えないこの勝負に挑む決意が出来たのだ。
そう、断固たる決意ってやつが。

青い風に吹かれていた後ろ姿には、俺が探している何かが確かに在った。
それはつまらない宝物かもしれないし、もしかすると偽物でしかないかもしれないが。
それでも大切にしたい何かを、俺は見つけたのだ。

「―――キンタロー・・・?」

エゴだと言われようと、汚いと言われようと構わない。
どんな手を使ってでもこの漆黒の瞳を引き寄せて離したくない。
キンタローは、そういう男になっていた。


「シンタロー、俺は」
ドアを開けようとしていた従兄弟の名を呼ぶ。
「あん?」
呼ばれてあげた眼差しを真っ直ぐ捉えて短く告げた。
「おまえが、好きだ。―――」

潮騒がひときわ大きく響いて、見開いたシンタローの瞳には白い雲が映っていた。

(どうかこのまま消えないで)

空の青と海の青が混じって溶けてしまいそうな、ある午後のことだった。


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キンちゃんは運転が上手そうです。
いつでも両手は10時10分。教本通り。

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