作・斯波
朝目覚めて真っ先に
君の顔を見られた日はきっと
いいことがあると思う
夢のような
―――心臓が、飛び出すかと思った。
眼を開いて一番最初に飛び込んできたのは端整な寝顔。
余りに間近にあったその顔に、俺は一瞬で覚醒した。
血は繋がっていないのに何処か似ているとみんなに言われる顔を凝視めてみる。
確かに俺とこいつは体格もほぼ同じだし、考えていることも大体分かる。
(けど絶対顔は俺のほうがイケてる筈だ)
こいつの方が彫りは深いが顔立ちがはっきりしてるのは俺だ。
肌だって白いのはこいつだが、肌理が細かいのはたぶん俺の方だ(男がそういうことを自慢にしていいのかどうか分からないが自慢出来るものはとりあえず何でもしておくことにする)。
だけど一つだけ敵わないなと思うのはこいつの髪。
黄金の蜂蜜をとろりと溶かしたような髪は僅かな光にでもきらきら光る。
今も朝陽を吸い込んで輝いているこの髪が、俺はとても好きだった。
まるで生命の無い彫刻のように静かに眠るこいつの顔をまじまじと眺めながら、深く閉じた瞼を縁取る睫毛までが金色であることに、俺は初めて気がついたような気がした。
こうして眠っている時だけは、こいつは俺の手中にある。
―――シンタロー。
一旦開くと響きのいい低音で俺を縛ってしまう唇も今は沈黙を紡いでいる。
―――シンタロー、何処にも行くな。
こいつは基本的に俺に甘い。
俺の言うことなら何でも聞く。
だけど人一倍我が儘で独占欲の強いこの男は、表面上は俺に従う振りをしながらもその実俺の手綱をしっかり握って離さない。
喧嘩をしたとき謝ってくるのはいつでもこいつだが、殊勝げにうなだれているこいつの青い瞳だけが微笑っているのを見ると、俺は何だか意地を張るのが馬鹿らしくなってくる。
それを見抜いたように優しいキスをしてくるこいつの思う壺にまたもやハマったと思うのが癪でつんとそっぽを向いてやるのだが、もしかするとそれさえもこいつの計算なのかもしれない。
(なんて甘くて優しくて小憎らしい)
聡明そうな額にデコピンをお見舞いしてやろうと思った瞬間、金色の睫毛で飾られた瞳がぱちりと開いた。
「おはよう、シンタロー」
今の今まで寝ていたとはまるで思えないはっきりした声だった。
「俺の顔に何かついているか?」
「あー・・・目と鼻と口・・?」
「どうだった、俺の寝顔は」
笑みを含んだ声に俺はぷいと明後日の方向を向いてやった。
「悪いけど野郎の寝顔なんか見る趣味、ねーもん」
「俺はある」
「はあ!?」
「おまえが目覚める前に、心ゆくまで堪能させて貰った」
一瞬俺はぽかんとした。
それからその言葉の意味を悟った途端に頬がカッと熱くなる。
(じゃあ、知ってたのか)
俺がこいつの唇をそっと指先でなぞったこと。
起こさないようにそうっと頬に触れたこと。
額に乱れて散っていた金色の髪を一房すくいあげて口づけたこと。
「てめェ―――起きてたんなら起きてるって言え!!」
怒鳴る俺の顔はきっと、髪の生え際まで真っ赤になっていたと思う。
「ものっそムカつく――!! テメェなんざもう知らん! さっさと起きて出てい」
「シンタロー」
逞しい腕が伸びて、あっという間に俺は広い胸に抱き込まれていた。
「あっこのやろ」
「もう少し、こうしていていいか?」
甘く響く低音が直に鼓膜に吹きこまれる。
ただそれだけの事で、いつだってこいつは俺の抵抗をあっさり封じてしまうのだ。
「・・ったく、ちったぁ人の話聞けよ」
俺は溜息を吐いて、落ちてくる唇を受け止めた。
「ちょっとだけだぞ。―――」
金色の睫毛に縁取られた青い瞳が嬉しげに微笑む。
(俺の恋人は甘くて優しくて小憎らしくて、そして根拠のない自信に満ちた自己中な男)
昨夜閉め忘れた窓の外で鳥が鳴いているのが聞こえる、涼しい秋の朝だった。
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キンシンはどっちも、
「振り回されてるのは自分の方」と思ってそうです。
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