作・渡井
絵・斯波
ミニチュア・ゲーム
明け方、妙な夢を見た。
俺は小さくなっていた。子どもになっているのではなく、本当に小さくなっているのだ。
髪を伸ばし総帥服を着たままなのに、身長はせいぜい7、8センチ。手足が短く、人形というより(言いたかないが)親父がいつも抱えている俺のぬいぐるみのようだ。
「シンちゃん、チョコレートあげるね~」
いつもは見下ろしているグンマがデカい。
奴が渡してきたのは台形で上にアルファベットなんか書いてある、ごく普通のチョコレートだが、今の俺には巨大な塊だ。
(もっと小さくしてくれよ)
そう頼んだのに、グンマは聞いていない。名前を呼びかけて気づいた。
喋っているはずなのに声が出ない。聞いていないのではなく、グンマには聞こえていないのだ。
「こんなに食べられないよ」
不意に長い指が伸びてきて、チョコレートを取り上げた。
だいたいここはどこだ、と周りを見渡すと、グンマがいつもお茶会に使っているテーブルだった。そう言えばカップやソーサー、銀色のポットが置いてある。
指はそのまま俺を摘み上げた。
(何すんだっ)
思わず大声で叫んだけれど、やっぱり音にはならない。だが目の前に現れた顔にほっとした。
(サービス叔父さん!)
「これなら大丈夫かい?」
大きくても美貌に変わりはない。いつ見ても叔父さんは綺麗だ。
細かく砕かれたクッキーの欠片を貰って、俺はサービス叔父さんの手の上に座り込んだ。
「シンちゃん、かっわいい~」
「どれ、俺にも見せろや」
(げ、ナマハゲも居んのかよ)
視界に割り込んできたのはもう1人の叔父で、俺に手のひらを差し出してきた。
「シンタローを潰さないでくれよ、ハーレム」
「そりゃ分かんねーなァ。ほれ坊主、こっち来い」
俺はちょっと考えてから、ハーレムの手のひらに飛び乗った。
いつまでもサービス叔父さんの手に乗っかっているのは悪い気がしたし、それに口調こそ乱暴だが、ハーレムは優しい男だと知っている。
ぐりぐりと俺の頭を撫でた人差し指は、予想通り温かかった。
(シンタロー!)
しばらくハーレムの手の上にいたら、下の方からいきなり呼ばれた。そこにいたのも小人だった。
(キンタロー…お前もかよ…)
(お前もか、じゃない。そんなところで何をしているんだ、早く降りて来い!)
「キンちゃんもお腹空いちゃったの?」
何か、笑える。こいつってば小さくなってもスーツにネクタイ締めて革靴なんだな。
(そこは危ない、俺のところに来いと言っているだろう)
苛々と右足を踏み鳴らしているが、8センチの3頭身では紳士の威厳も何もあったもんじゃない。
それに、俺は知ってるんだ。
俺がサービス叔父さんに懐いたり、ハーレムと喧嘩してっと、お前すぐに妬くんだよな。
(何でだよ、お前もこっち来てみろって。楽しいぜ)
両手をついて見下ろし、にやりと笑ってやったら、キンタローはものすごく不機嫌な顔をして俺に背中を向け、とうとう座り込んでしまった。
ちょっとやり過ぎたか?
ハーレムを見返ると、すぐにテーブルに降ろしてくれた。俺はキンタローに駆け寄って、隣に座る。
(なあ、怒った?)
顔をのぞきこもうとすると、キンタローはぷいと横を向き、また俺に背を見せる。
ほんっと、可愛い奴。
(キンタロー、こっち向けよ)
裾を掴んで甘く呼んでやる。あ、こいつとは会話できてる。いま気づいた。
しょうがねえ、特別サービスだ。
(俺が好きなのはお前だけだぜ?)
夢の中でさえ言えちまうくらい―――俺、こいつに惚れてんだな。
じんわりと胸が暖かくなる。
家族は大切だし、コタローのことは溺愛してる。伊達衆を信じてる。秘書たちに頼ってる。パプワとチャッピーを今も忘れない。
だけど。
(お前が一番いい男だ)
俺にとっては、な。
ゆっくりとキンタローが振り向いた。まだ唇のあたりが拗ねてやがんな。
いつの間にか大きな人間たちは居なくなっていた。あー、夢って好都合。グンマはともかく、尊敬するサービス叔父さんや俺をからかうのが大好きなハーレムの前で、こいつといちゃついたり出来ねーもんな。
お前の機嫌を直す方法くらい知ってんだよ、キンタロー。
そっと目を閉じて、唇を寄せて、誘うように顔を傾けたら―――。
「シンちゃん!!」
(ぎゃーっ!!)
いきなり大きな手で体を掴まれた。
(止めろ、降ろせ、離せーっ!)
「シンちゃん、どこに行ったのかと思ったよ。さあパパのところに戻っておいで」
(ちょっ…シンタロー!)
何でここで親父が出てくんだよ!
親父の手に飛びついて、キンタローががじがじと噛みついている。だけど小人の攻撃はガリバーには大して効果もなく、呆気なく摘み上げられた。
(伯父上、離して下さい)
(何で敬語なんだよ! 男なら戦わんかい!)
「あっはっは、駄目だよキンちゃんオイタしちゃ~」
(テメー俺を親父からかっさらう覚悟で手ェ出してきたんだろうが!)
「シンちゃんは元気だねえ。暴れたら危ないよ」
親父は明るく笑いながら、ぎゅうぎゅうと俺を握ってくる。
「こうやってパパの手の中にいると、可愛いシンちゃんがもっと可愛くなって」
(やめ…っ、苦しっ…)
「ああ、もう、天使みたいだよ!」
ヤバい。鳥肌が立った。
―――天使は止めてくれ、天使は。
押し潰されそうな苦しみに耐えかねて。
拳で叩いたのは、俺を抱きこんで眠るキンタローの厚い胸だった。
「俺は抱き枕じゃねーんだぞ」
朝から思いきり疲れた。キンタローは申し訳なさそうに俺の髪を指で梳いているが、反省していないに決まってる。
一緒に寝るとき、こいつはいつも俺を抱きしめてくる。包み込まれる愛情は悪い気はしないが、だからって苦しくない訳じゃない。
「おかげで変な夢見ちまったじゃねーか」
「夢?」
「…なあ」
俺は上半身を起こし、真剣に問いかけた。
「コタローって可愛いよな」
「? そうだな」
「すげー可愛いよな、もしコタローがぬいぐるみみてーに小さくなったら本当可愛くて仕方ないよな」
「お前、コタローのぬいぐるみを作る気か。遺伝とは恐ろしいものだな」
「作るかバカ。そうじゃなくて、本物のコタローが小さくなったら…今でも可愛いけど、本当、天使みたいだと思うんだ」
「…まあ、可愛いだろうな」
「もし、もしもだぞ、もしも俺が小さくなったら」
わざわざ手で、これくらいの、と具体的に示してやる。
「―――お前、俺でも天使みてーだと思うか?」
キンタローは大きく目を見開いてから、すがすがしい朝に似つかわしい、何とも爽やかな笑みを浮かべた。
「何を言ってるんだ、お前は今だって俺の天使だぞ」
「テメー親父より寒いわボケェェェ!!」
あ、加減し損ねた。
枕で思い切りキンタローを殴り倒して、俺は速やかにベッドを抜け出た。
あーもう、ほんと、朝から夢見が悪いっつうの。
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キンシンSSを考えていた途中で寝たら、手乗りキンシンの
夢を見ました。ねむねむ大王がネタを授けてくれたのでしょう。
斯波が絵を描いてくれたので強奪してきました。
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