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ぐい、と腕を引っ張られて、一歩隣に移動する。
それをした相手を一瞬だけ見遣るけれど、彼は特に普段と変わりはない様子で自分の隣に立って、まっすぐ前を向いていた。
行動は不可解ではあってもそれ自体は些細なことだし、その場は自分もさして気にせず流してしまった。
けれど、それが何度も重なってくれば流石に気になってもくるというもので。
「なぁ。毎度毎度、ナニやってんの、お前」
白衣を羽織った従兄弟の前にお茶を出してやりながら、シンタローはそう切り出した。
問うているのは、従兄弟の奇行のことである。
向かい合うソファの間のテーブルには、本日のお茶菓子と、それ以外に何枚かの小さな紙切れが乗っていた。
以前撮ったものの現像が出来たからと、シンタローが先程、纏めて受け取ったばかりの写真の束である。
受け取ったそれを見るともなく見ているうちに撮影した際の従兄弟の不思議な行動のことを思い出し、どうしようもなく気になってしまって、従兄弟の分を渡しに来るついでに事の真意を尋ねに来た次第だった。
「この時とか、この時とか。…これン時もそうだな。お前必ず、俺を一歩横に退けてから隣に立つだろ。何か意味あるのか?」
「ああ、そのことか。勿論だ」
些か緊張気味に訊ねたシンタローに対し、受け取ったお茶を一口含んで沈着冷静に頷いた従兄弟は、しごく真面目な顔で宣うた。
「重大なことだ。写真を撮るとき、三人並んだら、真ん中になると寿命が縮むと」
最大級の目眩が襲ってくるより早く、条件反射的にシンタローはその続きを確信した。
「グンマが、そう言ってたんだな」
「そうだ」
突っ伏しながらも断言すると、従兄弟は相変わらず大真面目にこっくりと頷いた。
「………信じたワケ、それ。」
こめかみを押さえて、シンタローはもう一人の無邪気に迷惑な従兄弟を呪った。
余計な、そして間違ったことを吹き込むなと、あれほど言っているのに、あの馬鹿。
改めて写真を見返すと、確かにプライベートの、特に3人で撮った場合に必ずと言って良いほど、その行動はされていた。
写真を撮るときに、彼がよく中央に立つことにはもちろん自分も気付いていたけれど。
こうやって写真に過去を残すことも、彼がようやっと出来るようになったことのひとつで、だからよっぽど写りたいのかと、
…てっきり、そんな風にばかり思っていたのに。
ため息が零れた。
「お前、…馬鹿」
「それは悪口か?」
呆れた風ではあるけれど、罵る言葉の割に棘のない響きに、キンタローが不可解そうに首を傾げた。
対人関係の経験が少ない彼には、言葉を額面通りに受け取るのが精一杯で、言葉の裏を読むなんて芸当はまだ出来ない。
「そーだよ、この馬鹿」
「連呼するな」
む、と眉を寄せる素直な反応に、シンタローがくく…と喉で笑った。
「馬ぁー鹿」
更に繰り返してやりながら、小さな子供にそうするように従兄弟の頭を抱きしめてやる。
馬鹿と言いながらその行為は酷く言葉と裏腹で、キンタローは戸惑ったように口を噤んだ。
そんな従兄弟にシンタローも困ったように笑った。
全く、何てことをしてくれるのだか。
馬鹿なことを信じて、馬鹿な真似をして。
微笑ましいやら、いじらしいやら。
しかも無自覚に素でやっているのだから、タチが悪い。
「ホント、しょーがねぇなぁ…お前」
いつまでも笑っていると、抱きしめる腕を引き剥がして少々機嫌を損ねた従兄弟の顔が正面にきた。
不機嫌にふて腐れていたのに、目があった途端にその表情は消えて、今度は逆に抱きしめられた。
「だから、何が馬鹿なんだ?それとお前、笑いたいのか泣きたいのか、どっちだ?」
「あーもー、うっせぇよ」
笑えるから、そんな泣きそうな顔すんな、馬鹿。
「…とりあえず、次は二人で撮ろーぜ」
そしたら、馬鹿な真似するお前のせいで、俺の寿命も縮まないだろ。
後書き。
天然なキンタローさんは、グンちゃんの言うことも真に受けて、真面目におもろかしいことをしてくれそうです。特にまだ南国以降の初期ごろ何かは。
シンちゃんもそんなキンちゃんの素ボケに慣れてしまった頃には、すっかりボケツッコミの呼吸が出来上がってる二人なんではないかと。
ぐい、と腕を引っ張られて、一歩隣に移動する。
それをした相手を一瞬だけ見遣るけれど、彼は特に普段と変わりはない様子で自分の隣に立って、まっすぐ前を向いていた。
行動は不可解ではあってもそれ自体は些細なことだし、その場は自分もさして気にせず流してしまった。
けれど、それが何度も重なってくれば流石に気になってもくるというもので。
「なぁ。毎度毎度、ナニやってんの、お前」
白衣を羽織った従兄弟の前にお茶を出してやりながら、シンタローはそう切り出した。
問うているのは、従兄弟の奇行のことである。
向かい合うソファの間のテーブルには、本日のお茶菓子と、それ以外に何枚かの小さな紙切れが乗っていた。
以前撮ったものの現像が出来たからと、シンタローが先程、纏めて受け取ったばかりの写真の束である。
受け取ったそれを見るともなく見ているうちに撮影した際の従兄弟の不思議な行動のことを思い出し、どうしようもなく気になってしまって、従兄弟の分を渡しに来るついでに事の真意を尋ねに来た次第だった。
「この時とか、この時とか。…これン時もそうだな。お前必ず、俺を一歩横に退けてから隣に立つだろ。何か意味あるのか?」
「ああ、そのことか。勿論だ」
些か緊張気味に訊ねたシンタローに対し、受け取ったお茶を一口含んで沈着冷静に頷いた従兄弟は、しごく真面目な顔で宣うた。
「重大なことだ。写真を撮るとき、三人並んだら、真ん中になると寿命が縮むと」
最大級の目眩が襲ってくるより早く、条件反射的にシンタローはその続きを確信した。
「グンマが、そう言ってたんだな」
「そうだ」
突っ伏しながらも断言すると、従兄弟は相変わらず大真面目にこっくりと頷いた。
「………信じたワケ、それ。」
こめかみを押さえて、シンタローはもう一人の無邪気に迷惑な従兄弟を呪った。
余計な、そして間違ったことを吹き込むなと、あれほど言っているのに、あの馬鹿。
改めて写真を見返すと、確かにプライベートの、特に3人で撮った場合に必ずと言って良いほど、その行動はされていた。
写真を撮るときに、彼がよく中央に立つことにはもちろん自分も気付いていたけれど。
こうやって写真に過去を残すことも、彼がようやっと出来るようになったことのひとつで、だからよっぽど写りたいのかと、
…てっきり、そんな風にばかり思っていたのに。
ため息が零れた。
「お前、…馬鹿」
「それは悪口か?」
呆れた風ではあるけれど、罵る言葉の割に棘のない響きに、キンタローが不可解そうに首を傾げた。
対人関係の経験が少ない彼には、言葉を額面通りに受け取るのが精一杯で、言葉の裏を読むなんて芸当はまだ出来ない。
「そーだよ、この馬鹿」
「連呼するな」
む、と眉を寄せる素直な反応に、シンタローがくく…と喉で笑った。
「馬ぁー鹿」
更に繰り返してやりながら、小さな子供にそうするように従兄弟の頭を抱きしめてやる。
馬鹿と言いながらその行為は酷く言葉と裏腹で、キンタローは戸惑ったように口を噤んだ。
そんな従兄弟にシンタローも困ったように笑った。
全く、何てことをしてくれるのだか。
馬鹿なことを信じて、馬鹿な真似をして。
微笑ましいやら、いじらしいやら。
しかも無自覚に素でやっているのだから、タチが悪い。
「ホント、しょーがねぇなぁ…お前」
いつまでも笑っていると、抱きしめる腕を引き剥がして少々機嫌を損ねた従兄弟の顔が正面にきた。
不機嫌にふて腐れていたのに、目があった途端にその表情は消えて、今度は逆に抱きしめられた。
「だから、何が馬鹿なんだ?それとお前、笑いたいのか泣きたいのか、どっちだ?」
「あーもー、うっせぇよ」
笑えるから、そんな泣きそうな顔すんな、馬鹿。
「…とりあえず、次は二人で撮ろーぜ」
そしたら、馬鹿な真似するお前のせいで、俺の寿命も縮まないだろ。
後書き。
天然なキンタローさんは、グンちゃんの言うことも真に受けて、真面目におもろかしいことをしてくれそうです。特にまだ南国以降の初期ごろ何かは。
シンちゃんもそんなキンちゃんの素ボケに慣れてしまった頃には、すっかりボケツッコミの呼吸が出来上がってる二人なんではないかと。
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総帥服の色は伝統的に赤い色だ。
何故か、一族の象徴である青い色ではなく、対極にあるはずの――。
鮮やかな、明るい色味のそれは、一族の金髪碧眼には余り似合っているとは言い難い。
けれど、彼の黒髪には誂えたように良く映えた。
赤。
その色に、青の一族は否応なく惹かれる。
苛立ちと憧憬、不安と安堵、憎悪と渇望、怖れと愛おしさ。
まるでちぐはぐな感情が渦を巻いて、その全てが混然と入り交じりながら、ひたすらにその色へと全てが流れ込む。
それは自分もまた、例外ではなく。
まるで組み込まれたように、引き摺られるかのように、その色に目を奪われずにはいられない。
だからこそ、あの赤い服は余り好きではない。
ただでさえ、そんな風に心をかき乱して、落ち着かなくさせる色なのに。
彼が纏うなら尚更。
あの色を纏う彼の姿を見るたびに、苛々する。
頭の奥を引っ掛かれるような、ノイズ混じりの不快感。
ひたひたと押し寄せる波のような焦燥に駆られて、落ち着かない。
だって、赤が似合うその姿はまるで。
赤と黒しか纏わない、彼の姿は。
その色がよく似合う、彼の姿は。
青の一族の中心にあって、まるで赤そのもの。
いつか、やはり青は自分の居場所ではないといって、
いつか、あっさり居なくなってしまいそうな。
……そんな怖れが胸から消えない。
けれど現実には、皮肉にもその赤が彼を此処に、青のただ中に留める象徴だから。
破り捨ててやりたくなる衝動に見ない振りをしながら、ソファに放り出されたそれを今日も丁寧にハンガーにかけ直す。
後書き。
表面何食わぬ顔して、内心でエンドレスにぐるぐる苛々してるキンちゃんとかも良いと思う……。
どーも、赤←青とゆー図式が基本として私の頭の中にあります……。ラブと言うより執着の強さが。赤玉と青玉の関係しかり。元赤の番人と元青の番人しかり。元赤の番人と美貌の叔父しかり、現赤の番人と獅子舞隊長しかり……。
いや、シンちゃんは赤でも青でもないですけどね。むしろ青の一族だけどね。
要素的に赤も持ってるので、その辺が不安で不満で、でも気になってしょーがない青一色なキンタさんだったりするんです、きっと。
総帥服の色は伝統的に赤い色だ。
何故か、一族の象徴である青い色ではなく、対極にあるはずの――。
鮮やかな、明るい色味のそれは、一族の金髪碧眼には余り似合っているとは言い難い。
けれど、彼の黒髪には誂えたように良く映えた。
赤。
その色に、青の一族は否応なく惹かれる。
苛立ちと憧憬、不安と安堵、憎悪と渇望、怖れと愛おしさ。
まるでちぐはぐな感情が渦を巻いて、その全てが混然と入り交じりながら、ひたすらにその色へと全てが流れ込む。
それは自分もまた、例外ではなく。
まるで組み込まれたように、引き摺られるかのように、その色に目を奪われずにはいられない。
だからこそ、あの赤い服は余り好きではない。
ただでさえ、そんな風に心をかき乱して、落ち着かなくさせる色なのに。
彼が纏うなら尚更。
あの色を纏う彼の姿を見るたびに、苛々する。
頭の奥を引っ掛かれるような、ノイズ混じりの不快感。
ひたひたと押し寄せる波のような焦燥に駆られて、落ち着かない。
だって、赤が似合うその姿はまるで。
赤と黒しか纏わない、彼の姿は。
その色がよく似合う、彼の姿は。
青の一族の中心にあって、まるで赤そのもの。
いつか、やはり青は自分の居場所ではないといって、
いつか、あっさり居なくなってしまいそうな。
……そんな怖れが胸から消えない。
けれど現実には、皮肉にもその赤が彼を此処に、青のただ中に留める象徴だから。
破り捨ててやりたくなる衝動に見ない振りをしながら、ソファに放り出されたそれを今日も丁寧にハンガーにかけ直す。
後書き。
表面何食わぬ顔して、内心でエンドレスにぐるぐる苛々してるキンちゃんとかも良いと思う……。
どーも、赤←青とゆー図式が基本として私の頭の中にあります……。ラブと言うより執着の強さが。赤玉と青玉の関係しかり。元赤の番人と元青の番人しかり。元赤の番人と美貌の叔父しかり、現赤の番人と獅子舞隊長しかり……。
いや、シンちゃんは赤でも青でもないですけどね。むしろ青の一族だけどね。
要素的に赤も持ってるので、その辺が不安で不満で、でも気になってしょーがない青一色なキンタさんだったりするんです、きっと。
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世界屈指の巨大私設戦闘集団であるガンマ団の総本部は、その内部を大まかに二層に分けられる。
一般の団員が勤務する堅固な造りの下層部分、そして立ち入りが限定される高い塔のような形状の上層部分だ。
その下層部分の一番最上階に、団員に開放されている休憩室がある。
休憩『室』とは言うが、フロア全体が休憩の為のエリアになっていて、随所に観葉植物などが置かれ、開放感のある吹き抜けになっている。対外的な団のパンフレットにも良く載る、なかなか洒落た空間である。
吹き抜けの中空には、上層部分へと繋がる渡り廊下が通っていて、ここからはフロア全体が眼下に一望できた。
「あれ?」
その渡り廊下のちょうど中程で唐突な声を上げたのは、ガンマ団の頂点に君臨する若き総帥だった。
「どーかしただか、シンタロー?」
のんびりとした調子で総帥の名を呼び捨てにしたのは、その隣にいた訛りを残す金髪の青年。
総帥直属になる四名の部下のひとり、ミヤギである。
特殊な能力を持つ彼ら四名は、ひとくくりに『伊達衆』と呼ばれているが、ひとつの部隊ではない。それぞれが己の隊を率いて個々別々に動く。総じて、やたら見目は良いが決して飾りではない。これでも常に前線に赴く精鋭である。
次の任務の話の途中で、突然、廊下の窓から身を乗り出した上司に何か目を引くモノでもあったかと、ミヤギは同じように眼下を覗き込んだ。
一般の団員達が勤務中である今の時間、休憩室はガラガラに空いていて、それはミヤギにもすぐに見つけ出せた。
自分も見知った人物の姿。
「ああ、キンタロー博士だか」
総帥の従兄弟であるその名に、隣で総帥が小さく頷いた。
視線の先には、ミヤギのそれとは根本的に色合いの異なる、鮮やかな金髪。隣にいる黒髪の総帥を除く総帥一族固有の色と、遠目にも際立つ容姿。
加えて、団員の統一された制服の中、翻る白衣がなおのこと目立つ。
「…何やってんだ、あいつ」
「何って、休憩だべ?」
「いや、そーじゃなくて」
ざわつく周囲の目など何のそので、広いフロアを大股に横切ったその人は、迷うことなくフロアの最奥の片隅へと直行した。
休憩室には自販機もセルフサービスもあるが、拘る者にはコーヒーから日本茶、紅茶、中国茶の類まで、自分で淹れることが出来る設備と用意がある。(ちなみにこれは現総帥の指示によるもので、食堂の食事内容も彼の代になってから飛躍的に改善されたと評判だ)
総帥の従兄弟殿ははどうやらインスタント不可のコーヒー派らしい。
ミルとサイフォンを前にして、てきぱきと手を動かし始める姿を上から眺めて、ミヤギは呟いた。
「まぁ…確かに珍しいべ。キンタロー様がこっちまで出てくるなんて」
ガンマ団は基本的には戦闘集団である。軍に近い規律で統制されている。本部は二四時間フル稼働だが、団員達はシフト交代制で、いつでも動けるように常に規則正しい時間管理がなされている。
しかし、団お抱えの研究部門の学者達は例外で、規則正しい生活リズムなんていうものとは全く無縁である。勤務時間も不規則で、連日の泊まり込みになることも珍しくないため、研究棟には各ラボごとにかなり本格的な給湯室が備え付けてある。わざわざ離れた本部練の休憩室まで足を運ぶ者など希だろう。
頭上高くから見ているこちらには気付かなかったらしく、コーヒーを入れたカップを片手に去っていく白衣の後ろ姿を見ながら、シンタローが首を傾げた。
「何か…機嫌悪ぃな」
「博士は、いっつもああいう顔だべ?」
同じ方向を見やって、ミヤギが言う。
「ああいうって…」
悪気はないが何げに失礼なミヤギの言葉に、シンタローが噴き出した。
どうやら噂の天才博士は、余程いつも不機嫌そうに見えるようだ。
自覚がないミヤギは「どうしたべ?」と呑気なものだ。
何でもねーよ、と笑いながら、規則正しい歩調できびきびと遠ざかる従兄弟の後ろ姿が出入り口に消えるまで見送り、シンタローはふと頬を掻いた。
「…そういや、しばらく顔見てなかったナ」
あの島から帰ってきて一年。高松に師事したキンタローは、驚くべき早さで博士号を取得し、亡き父の研究を受け継いで研究棟にいる。専門は化学だが、更に最近では科学の部門にも手を出しているとも、嬉しそうなグンマの報告で聞いている。
本部棟とは別に建てられている研究棟に日夜籠もっているものだから、当然のごとく、総帥室に詰めているシンタローとは滅多に顔を合わせることもないのだが。
「それ以前に、シンタローが総帥室に泊まり込んでたら、そりゃ誰の顔も見ねぇべ」
呆れたようにミヤギが突っ込んだ。
「う…忙しかったんだよ」
嫌な方向に話を振られて、やぶ蛇だったかとシンタローが顔を引きつらせる。
常套句のような言い訳をしてみるが、それで許して貰えるはずもなく、
「それで風邪引いて仕事に支障が出てたら阿呆としか言えねぇだな」
見事に、すっぱりとこき下ろされてしまう。
あの島で生活を共にしていた気安さもあって、伊達衆連中はシンタローに対して遠慮がない。
今回ばかりは分が悪いと自覚している新総帥は、子供じみた顔でふて腐れた。
「もう治ったって。それに、ここんとこはちゃんと休みも取ってるぜ」
「休み取っても、仕事を持ち帰ってたら意味がねぇんだべ?」
「し、してねぇよヨ。んなコト…」
念を押すように更に突っ込まれて目を泳がせ、シンタローは誤魔化すようにその視線を腕時計へと落とした。
「あ。それよか、そろそろトットリが帰還する時間だぜ?五番のヘリポート」
かなり苦しい話題転換だが、それに乗せられてくれるのがミヤギである。
途端に、遠征に出ていた同じ伊達衆の友人のことに意識が移ったらしく、自分でも時間を確認して嬉しそうに頬を緩めた。
「そっだら、出迎えてくるだ。シンタローは…また仕事だか?」
「またとかゆーな。ああ、そろそろ戻らねぇと。トットリには俺からもお疲れさんっつっといてくれ」
「了解だべ」
退去の敬礼に代えて軽く片手を上げるや、早足でいそいそとヘリポートのある出口を目指す姿に、シンタローは思わず笑う。時折、疑問の湧く彼らの友情関係だが、何だかんだ言っても仲が良いのは確かだ。
「さァて、と」
気持ちを切り替えて、身体の向きをくるりと変える。
ミヤギに言ったように、自分はこれから仕事の時間だが。
シンタローは総帥室へと向かうべく歩き出そうとした足を止め、何か気になったように、窓の向こうをちらりと見下ろした。
「の前に、寄ってく所が出来たか…」
研究棟のラボはガードが堅い。
下手をすると総帥室へ行くよりもチェックが厳しい。総帥室は何しろそこにいるのが団内の最高実力者で、周囲にいる者も全て戦闘のプロであるから、おいそれと手出しは出来ないし、やっても返り討ちにされるのがオチである。
引き替え、研究棟に詰めているのは大半が戦闘とは無縁の学者達であり、しかし彼らの扱う研究は機密度の高いものも多い。そのため、外からの侵入者防止とともに内からの機密漏れ防止の対策として、また事故が起きた際の被害を最小限に押さえるために、何重もの扉が設けられていた。
研究棟に入る際に通る第一ゲートはキーカードかパスワード、これは団員ならば比較的簡単に手に入れられる。第二ゲートは指紋チェックで各専門分野の研究室の入り口にある。指紋は登録制で、上層部による審査がいる。そして更に個人のラボに入るためには第三のゲートがあり、網膜パターンのチェックをされる。これは上層部の審査は必要なく各ラボごとの責任者に承認の権限があり、逆に言えば責任者による承認がなければ登録できないため、ここまで入れる者は特に限られてくる。その代わり、登録されている者なら、ノーチェックで勝手に扉が開く。
「キンタロー」
自動ドアのようにスムーズに開いた両開きの扉を抜けて、シンタローはずかずかと部屋の中に踏み込んだ。
密閉された空間は完全な防音がされていて、聞こえるのは空調と室内に何台も置かれたパソコンやよくわからない機械類の動作音ばかりだ。
独特の停滞した空気に、立ち止まる。
閉じこもるのが苦手なシンタローには、この空気が何とも苦痛だ。
顔を顰めて部屋を眺め渡すと、呼びかけた相手は、部屋の奥でこちらを背にしてパソコンに向かっていた。
「どうした?」
落ち着いた声が背中越しに返ってくる。金髪の頭は動くこともしない。
視線はパソコン画面に向いているが、返る声は明瞭で、意識はちゃんとこちらを向いているのがわかる。
突然の訪問でも動じた様子はなく、タイピングのスピードは全く落ちていない。
いつもながら器用なものだと感心しつつ、シンタローは見えない従兄弟の顔を肩越しにのぞき込みついでに、手に持っていた書類を丸めて、彼の頭を軽く叩いた。
「じゃねぇだろ。俺の台詞だ、何かあったか?」
ぞんざいな仕草とは裏腹に穏やかな調子でそう訊くと、キンタローは作業の手をぴたりと止めて、こちらを向いた。
彫りの深い白皙の、中でも一際目立つ一族を象徴する鮮やかな青い瞳が、まっすぐにシンタローを見る。
その視線を受け止めて、シンタローは苦笑した。
真っ向から見据える眼差しは彼特有のものだ。
乏しい表情と秘石眼という特異な瞳も相まって、本人にその気がなくとも不必要に人を威圧するところがある。
この睨まれているような鋭い視線に気後れし、彼が不機嫌なのだと感じる者は、確かに多いだろうが。
どういうわけか、シンタローにはこういう時の従兄弟が、不思議そうに首を傾げたあどけない子供のように見えてしまう。
…実際、確かに子供なのだが。
答えを待ってじっと目を見返すと、キンタローが口を開いた。
「いや、特に何もない」
真顔で、いつもと変わらぬ淡々とした調子で否定する。
端的な答えに、しかしシンタローは何も言わずに軽く眉を上げてみせた。
『生まれ』てから、さほどの間もないキンタローは、特にメンタルな部分で未熟で、知識と認識がまだ上手く噛み合っていない。
己の感情や精神状態を自覚できていないこともあるし、何が起因になっているのか、その原因がわからないことも多い。
それは絶対的な経験不足によるもので、-そうなった理由には今は目を瞑っておくとして-彼がそういうものを理解するためにはまだ、ほんの少しだけ周りの手助けが必要なのだ。
そして気付かせてやるのは、…それは他でもなく自分の役目だった。
キンタローは決して感情的に鈍いわけではないが、表情に出ない分、どうしても周囲からは判り難い。
全く表れないというわけでもなくて、ほんのちょっとした視線の動きや仕草、雰囲気といった形で示されてはいるのだが。
そういう無意識の癖と言っても良いようなサインを見分けるのは、どうしてかいつも自分なのだ。
多分、24年間も身体を共有していただけあってか、自分がそうするのと似たような仕草を知らず知らずのうちに彼もしていて、だから何となく見ていて思い当たるものがあるのだろうと思う。
さっきも、フロアを横切る時のほんの少し荒っぽい動きに、どこか苛ついているような、余裕のなさが感じられたから。
再度促す視線に、今度はしばらくじっくりと考えるようにして、キンタローはやはりもう一度頭を振った。
少し困ったような様子は本当に何事もなさそうで、シンタローはまず安堵したように口端を緩めた。
この従兄弟は性格が几帳面な分、余程些細なちょっとしたことに影響を受けることもあるものだから、自分も少し過敏になっていたかも知れなかった。
「そっか。じゃぁ疲れたんだろ。連勤何日目だ?」
隣の椅子を引き寄せてきて座ると、キンタローも僅かに姿勢を崩す。
その様子も落ち着いていて、先程感じたなんとなくぎすぎすした険のある空気はなかった。
「ここ3週間くらいか。データを取っているから、ちょっと目が離せなくてな」
キンタローが苦い顔でちらりとパソコンを見遣る。
どうも実験の結果がかんばしくないようだった。
疲労の原因はこれもあるのだろう。
実験というものには特に失敗がつき物だが、彼はとにかく完璧主義なきらいがある。
「…お前、ちゃんと休憩してるか?」
改めて従兄弟の顔を正面から眺めて、シンタローは思わずそう訊ねた。
あまり自分がえらそうに訊けることではないのだが。
何しろ、久し振りに見る従兄弟は、端正な目元にうっすら隈さえ浮いていて、思わず自分のことを棚に上げて咎めるような口調になってしまった。
「してる」
短く言って、キンタローがデスクの端に置かれたマグカップを持ち上げてみせた。
さっき見かけたとき、手にしていたカップだ。
シンタローはため息をついた。
睨み付けると、普段は逸らされることのない視線が揺れる。
どうやら今回はちゃんと自覚していたらしかった。
「ンな馬鹿みてぇに濃いブラック・コーヒーで小休止かよ。それで何杯目だ?そんなんで頭が動くわけねーだろ」
少なくとも給湯室に備え付けのストックがなくなるほどには飲んだのだろう。
どろどろに真っ黒なコーヒーをその手から素早く取り上げる。
すぐに取り返そうと追ってきた手をかわす。心なし動きが鈍い気がした。
全くこのザマだ、いわんこっちゃない。カフェインに頼るのだって限界があるだろうに。
「やめやめ。どうせなら紅茶にでもしとけ。ミルクティーな、胃に優しいから。グンマのとこでも行って飲んで来いよ」
「…お前、仕事は大丈夫なのか?」
憮然とした顔でキンタローが訊ねた。
目はシンタローの手元、取り上げられたマグカップを恨めしげに見ている。
眉間に皺まで寄せて、実に不満そうだ。
これを捨てても、この分では自分がいなくなったら、また胃に穴が空きそうなほど濃いブラックのコーヒーを淹れるのだろう。
手にしたカップと従兄弟の顔を見比べて、シンタローは腕時計の文字盤に目を落とした。
「…茶ぁ一杯くらいの時間は大丈夫だって。俺も行くから、お前もちょっと休憩にしようぜ」
その言葉に、キンタローの視線がカップから外れた。
考えるようにシンタローの顔をしばし眺め、念を押す。
「お前も行くのか」
「…行くから」
「わかった」
素直に頷いて、キンタローは手早く机の上を片付け始めた。
それを横目に、シンタローももう少し休憩が長引く旨を秘書達に伝えるべく、内線に手を伸ばす。
多分、秘書達は渋りはしないだろうなという気がした。
予想通り、嬉々と快諾されて、どうぞごゆっくりと言わんばかりの勢いに、またしてもため息が落ちた。
結局、自分も人のことは言えないという話。
後書き。
お題一発目からから外し加減です。
微妙にシンクロできてないヨ、おふたりさん!
うちの二人は意思や感情の疎通はOKだけど、正確な思考までは読めない感じです。
このキンちゃんは南国後一年目。リハビリ真っ最中で、まだお子さま同然。自分のことでいっぱいいっぱい。もちろん、まだ補佐にもなってません。そして、お気遣いの紳士な未来などつゆ知らず、ちみっ子相手な心境で過保護になってしまう根っから世話焼きお兄ちゃん属性なシンちゃん。
キンちゃんのことを一番に察してあげられるのも、シンちゃんであって欲しいな~と思う。
世界屈指の巨大私設戦闘集団であるガンマ団の総本部は、その内部を大まかに二層に分けられる。
一般の団員が勤務する堅固な造りの下層部分、そして立ち入りが限定される高い塔のような形状の上層部分だ。
その下層部分の一番最上階に、団員に開放されている休憩室がある。
休憩『室』とは言うが、フロア全体が休憩の為のエリアになっていて、随所に観葉植物などが置かれ、開放感のある吹き抜けになっている。対外的な団のパンフレットにも良く載る、なかなか洒落た空間である。
吹き抜けの中空には、上層部分へと繋がる渡り廊下が通っていて、ここからはフロア全体が眼下に一望できた。
「あれ?」
その渡り廊下のちょうど中程で唐突な声を上げたのは、ガンマ団の頂点に君臨する若き総帥だった。
「どーかしただか、シンタロー?」
のんびりとした調子で総帥の名を呼び捨てにしたのは、その隣にいた訛りを残す金髪の青年。
総帥直属になる四名の部下のひとり、ミヤギである。
特殊な能力を持つ彼ら四名は、ひとくくりに『伊達衆』と呼ばれているが、ひとつの部隊ではない。それぞれが己の隊を率いて個々別々に動く。総じて、やたら見目は良いが決して飾りではない。これでも常に前線に赴く精鋭である。
次の任務の話の途中で、突然、廊下の窓から身を乗り出した上司に何か目を引くモノでもあったかと、ミヤギは同じように眼下を覗き込んだ。
一般の団員達が勤務中である今の時間、休憩室はガラガラに空いていて、それはミヤギにもすぐに見つけ出せた。
自分も見知った人物の姿。
「ああ、キンタロー博士だか」
総帥の従兄弟であるその名に、隣で総帥が小さく頷いた。
視線の先には、ミヤギのそれとは根本的に色合いの異なる、鮮やかな金髪。隣にいる黒髪の総帥を除く総帥一族固有の色と、遠目にも際立つ容姿。
加えて、団員の統一された制服の中、翻る白衣がなおのこと目立つ。
「…何やってんだ、あいつ」
「何って、休憩だべ?」
「いや、そーじゃなくて」
ざわつく周囲の目など何のそので、広いフロアを大股に横切ったその人は、迷うことなくフロアの最奥の片隅へと直行した。
休憩室には自販機もセルフサービスもあるが、拘る者にはコーヒーから日本茶、紅茶、中国茶の類まで、自分で淹れることが出来る設備と用意がある。(ちなみにこれは現総帥の指示によるもので、食堂の食事内容も彼の代になってから飛躍的に改善されたと評判だ)
総帥の従兄弟殿ははどうやらインスタント不可のコーヒー派らしい。
ミルとサイフォンを前にして、てきぱきと手を動かし始める姿を上から眺めて、ミヤギは呟いた。
「まぁ…確かに珍しいべ。キンタロー様がこっちまで出てくるなんて」
ガンマ団は基本的には戦闘集団である。軍に近い規律で統制されている。本部は二四時間フル稼働だが、団員達はシフト交代制で、いつでも動けるように常に規則正しい時間管理がなされている。
しかし、団お抱えの研究部門の学者達は例外で、規則正しい生活リズムなんていうものとは全く無縁である。勤務時間も不規則で、連日の泊まり込みになることも珍しくないため、研究棟には各ラボごとにかなり本格的な給湯室が備え付けてある。わざわざ離れた本部練の休憩室まで足を運ぶ者など希だろう。
頭上高くから見ているこちらには気付かなかったらしく、コーヒーを入れたカップを片手に去っていく白衣の後ろ姿を見ながら、シンタローが首を傾げた。
「何か…機嫌悪ぃな」
「博士は、いっつもああいう顔だべ?」
同じ方向を見やって、ミヤギが言う。
「ああいうって…」
悪気はないが何げに失礼なミヤギの言葉に、シンタローが噴き出した。
どうやら噂の天才博士は、余程いつも不機嫌そうに見えるようだ。
自覚がないミヤギは「どうしたべ?」と呑気なものだ。
何でもねーよ、と笑いながら、規則正しい歩調できびきびと遠ざかる従兄弟の後ろ姿が出入り口に消えるまで見送り、シンタローはふと頬を掻いた。
「…そういや、しばらく顔見てなかったナ」
あの島から帰ってきて一年。高松に師事したキンタローは、驚くべき早さで博士号を取得し、亡き父の研究を受け継いで研究棟にいる。専門は化学だが、更に最近では科学の部門にも手を出しているとも、嬉しそうなグンマの報告で聞いている。
本部棟とは別に建てられている研究棟に日夜籠もっているものだから、当然のごとく、総帥室に詰めているシンタローとは滅多に顔を合わせることもないのだが。
「それ以前に、シンタローが総帥室に泊まり込んでたら、そりゃ誰の顔も見ねぇべ」
呆れたようにミヤギが突っ込んだ。
「う…忙しかったんだよ」
嫌な方向に話を振られて、やぶ蛇だったかとシンタローが顔を引きつらせる。
常套句のような言い訳をしてみるが、それで許して貰えるはずもなく、
「それで風邪引いて仕事に支障が出てたら阿呆としか言えねぇだな」
見事に、すっぱりとこき下ろされてしまう。
あの島で生活を共にしていた気安さもあって、伊達衆連中はシンタローに対して遠慮がない。
今回ばかりは分が悪いと自覚している新総帥は、子供じみた顔でふて腐れた。
「もう治ったって。それに、ここんとこはちゃんと休みも取ってるぜ」
「休み取っても、仕事を持ち帰ってたら意味がねぇんだべ?」
「し、してねぇよヨ。んなコト…」
念を押すように更に突っ込まれて目を泳がせ、シンタローは誤魔化すようにその視線を腕時計へと落とした。
「あ。それよか、そろそろトットリが帰還する時間だぜ?五番のヘリポート」
かなり苦しい話題転換だが、それに乗せられてくれるのがミヤギである。
途端に、遠征に出ていた同じ伊達衆の友人のことに意識が移ったらしく、自分でも時間を確認して嬉しそうに頬を緩めた。
「そっだら、出迎えてくるだ。シンタローは…また仕事だか?」
「またとかゆーな。ああ、そろそろ戻らねぇと。トットリには俺からもお疲れさんっつっといてくれ」
「了解だべ」
退去の敬礼に代えて軽く片手を上げるや、早足でいそいそとヘリポートのある出口を目指す姿に、シンタローは思わず笑う。時折、疑問の湧く彼らの友情関係だが、何だかんだ言っても仲が良いのは確かだ。
「さァて、と」
気持ちを切り替えて、身体の向きをくるりと変える。
ミヤギに言ったように、自分はこれから仕事の時間だが。
シンタローは総帥室へと向かうべく歩き出そうとした足を止め、何か気になったように、窓の向こうをちらりと見下ろした。
「の前に、寄ってく所が出来たか…」
研究棟のラボはガードが堅い。
下手をすると総帥室へ行くよりもチェックが厳しい。総帥室は何しろそこにいるのが団内の最高実力者で、周囲にいる者も全て戦闘のプロであるから、おいそれと手出しは出来ないし、やっても返り討ちにされるのがオチである。
引き替え、研究棟に詰めているのは大半が戦闘とは無縁の学者達であり、しかし彼らの扱う研究は機密度の高いものも多い。そのため、外からの侵入者防止とともに内からの機密漏れ防止の対策として、また事故が起きた際の被害を最小限に押さえるために、何重もの扉が設けられていた。
研究棟に入る際に通る第一ゲートはキーカードかパスワード、これは団員ならば比較的簡単に手に入れられる。第二ゲートは指紋チェックで各専門分野の研究室の入り口にある。指紋は登録制で、上層部による審査がいる。そして更に個人のラボに入るためには第三のゲートがあり、網膜パターンのチェックをされる。これは上層部の審査は必要なく各ラボごとの責任者に承認の権限があり、逆に言えば責任者による承認がなければ登録できないため、ここまで入れる者は特に限られてくる。その代わり、登録されている者なら、ノーチェックで勝手に扉が開く。
「キンタロー」
自動ドアのようにスムーズに開いた両開きの扉を抜けて、シンタローはずかずかと部屋の中に踏み込んだ。
密閉された空間は完全な防音がされていて、聞こえるのは空調と室内に何台も置かれたパソコンやよくわからない機械類の動作音ばかりだ。
独特の停滞した空気に、立ち止まる。
閉じこもるのが苦手なシンタローには、この空気が何とも苦痛だ。
顔を顰めて部屋を眺め渡すと、呼びかけた相手は、部屋の奥でこちらを背にしてパソコンに向かっていた。
「どうした?」
落ち着いた声が背中越しに返ってくる。金髪の頭は動くこともしない。
視線はパソコン画面に向いているが、返る声は明瞭で、意識はちゃんとこちらを向いているのがわかる。
突然の訪問でも動じた様子はなく、タイピングのスピードは全く落ちていない。
いつもながら器用なものだと感心しつつ、シンタローは見えない従兄弟の顔を肩越しにのぞき込みついでに、手に持っていた書類を丸めて、彼の頭を軽く叩いた。
「じゃねぇだろ。俺の台詞だ、何かあったか?」
ぞんざいな仕草とは裏腹に穏やかな調子でそう訊くと、キンタローは作業の手をぴたりと止めて、こちらを向いた。
彫りの深い白皙の、中でも一際目立つ一族を象徴する鮮やかな青い瞳が、まっすぐにシンタローを見る。
その視線を受け止めて、シンタローは苦笑した。
真っ向から見据える眼差しは彼特有のものだ。
乏しい表情と秘石眼という特異な瞳も相まって、本人にその気がなくとも不必要に人を威圧するところがある。
この睨まれているような鋭い視線に気後れし、彼が不機嫌なのだと感じる者は、確かに多いだろうが。
どういうわけか、シンタローにはこういう時の従兄弟が、不思議そうに首を傾げたあどけない子供のように見えてしまう。
…実際、確かに子供なのだが。
答えを待ってじっと目を見返すと、キンタローが口を開いた。
「いや、特に何もない」
真顔で、いつもと変わらぬ淡々とした調子で否定する。
端的な答えに、しかしシンタローは何も言わずに軽く眉を上げてみせた。
『生まれ』てから、さほどの間もないキンタローは、特にメンタルな部分で未熟で、知識と認識がまだ上手く噛み合っていない。
己の感情や精神状態を自覚できていないこともあるし、何が起因になっているのか、その原因がわからないことも多い。
それは絶対的な経験不足によるもので、-そうなった理由には今は目を瞑っておくとして-彼がそういうものを理解するためにはまだ、ほんの少しだけ周りの手助けが必要なのだ。
そして気付かせてやるのは、…それは他でもなく自分の役目だった。
キンタローは決して感情的に鈍いわけではないが、表情に出ない分、どうしても周囲からは判り難い。
全く表れないというわけでもなくて、ほんのちょっとした視線の動きや仕草、雰囲気といった形で示されてはいるのだが。
そういう無意識の癖と言っても良いようなサインを見分けるのは、どうしてかいつも自分なのだ。
多分、24年間も身体を共有していただけあってか、自分がそうするのと似たような仕草を知らず知らずのうちに彼もしていて、だから何となく見ていて思い当たるものがあるのだろうと思う。
さっきも、フロアを横切る時のほんの少し荒っぽい動きに、どこか苛ついているような、余裕のなさが感じられたから。
再度促す視線に、今度はしばらくじっくりと考えるようにして、キンタローはやはりもう一度頭を振った。
少し困ったような様子は本当に何事もなさそうで、シンタローはまず安堵したように口端を緩めた。
この従兄弟は性格が几帳面な分、余程些細なちょっとしたことに影響を受けることもあるものだから、自分も少し過敏になっていたかも知れなかった。
「そっか。じゃぁ疲れたんだろ。連勤何日目だ?」
隣の椅子を引き寄せてきて座ると、キンタローも僅かに姿勢を崩す。
その様子も落ち着いていて、先程感じたなんとなくぎすぎすした険のある空気はなかった。
「ここ3週間くらいか。データを取っているから、ちょっと目が離せなくてな」
キンタローが苦い顔でちらりとパソコンを見遣る。
どうも実験の結果がかんばしくないようだった。
疲労の原因はこれもあるのだろう。
実験というものには特に失敗がつき物だが、彼はとにかく完璧主義なきらいがある。
「…お前、ちゃんと休憩してるか?」
改めて従兄弟の顔を正面から眺めて、シンタローは思わずそう訊ねた。
あまり自分がえらそうに訊けることではないのだが。
何しろ、久し振りに見る従兄弟は、端正な目元にうっすら隈さえ浮いていて、思わず自分のことを棚に上げて咎めるような口調になってしまった。
「してる」
短く言って、キンタローがデスクの端に置かれたマグカップを持ち上げてみせた。
さっき見かけたとき、手にしていたカップだ。
シンタローはため息をついた。
睨み付けると、普段は逸らされることのない視線が揺れる。
どうやら今回はちゃんと自覚していたらしかった。
「ンな馬鹿みてぇに濃いブラック・コーヒーで小休止かよ。それで何杯目だ?そんなんで頭が動くわけねーだろ」
少なくとも給湯室に備え付けのストックがなくなるほどには飲んだのだろう。
どろどろに真っ黒なコーヒーをその手から素早く取り上げる。
すぐに取り返そうと追ってきた手をかわす。心なし動きが鈍い気がした。
全くこのザマだ、いわんこっちゃない。カフェインに頼るのだって限界があるだろうに。
「やめやめ。どうせなら紅茶にでもしとけ。ミルクティーな、胃に優しいから。グンマのとこでも行って飲んで来いよ」
「…お前、仕事は大丈夫なのか?」
憮然とした顔でキンタローが訊ねた。
目はシンタローの手元、取り上げられたマグカップを恨めしげに見ている。
眉間に皺まで寄せて、実に不満そうだ。
これを捨てても、この分では自分がいなくなったら、また胃に穴が空きそうなほど濃いブラックのコーヒーを淹れるのだろう。
手にしたカップと従兄弟の顔を見比べて、シンタローは腕時計の文字盤に目を落とした。
「…茶ぁ一杯くらいの時間は大丈夫だって。俺も行くから、お前もちょっと休憩にしようぜ」
その言葉に、キンタローの視線がカップから外れた。
考えるようにシンタローの顔をしばし眺め、念を押す。
「お前も行くのか」
「…行くから」
「わかった」
素直に頷いて、キンタローは手早く机の上を片付け始めた。
それを横目に、シンタローももう少し休憩が長引く旨を秘書達に伝えるべく、内線に手を伸ばす。
多分、秘書達は渋りはしないだろうなという気がした。
予想通り、嬉々と快諾されて、どうぞごゆっくりと言わんばかりの勢いに、またしてもため息が落ちた。
結局、自分も人のことは言えないという話。
後書き。
お題一発目からから外し加減です。
微妙にシンクロできてないヨ、おふたりさん!
うちの二人は意思や感情の疎通はOKだけど、正確な思考までは読めない感じです。
このキンちゃんは南国後一年目。リハビリ真っ最中で、まだお子さま同然。自分のことでいっぱいいっぱい。もちろん、まだ補佐にもなってません。そして、お気遣いの紳士な未来などつゆ知らず、ちみっ子相手な心境で過保護になってしまう根っから世話焼きお兄ちゃん属性なシンちゃん。
キンちゃんのことを一番に察してあげられるのも、シンちゃんであって欲しいな~と思う。
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SIDE:K
視界を過ぎった白い物を追い掛けて視線を動かした。
「雪だ」
窓の外を見て呟く。
その言葉に気付いて、同じ室内にいた従兄弟が顔を上げた。
つられたように外を眺め、
「ああ…、ここはかなり北の方だもんな…」
ひとり納得したように頷いた。
そっか…。
ぼんやりと呟く声の遠さに、どこと比べての話だとは訊けずに、
「外に出てみないのか?」
全く違う言葉を掛けてみる。
まだ遠くを見る従兄弟はその気がないのか、生返事を返すばかりで、何とはなしに会話が途切れ、沈黙が落ちた。
お互いてんでばらばらに窓の外を見詰めていると、そのうちにふと我に返ったように従兄弟がこちらを見遣った。
「…あ、お前、見てきたいか?」
逆に問い掛けられて、キンタローは返事に困った。
従兄弟と一緒になら、それも良い。
けれど見たければ見てこいと言われたら、それは違うのだ。
そういうことを上手く言葉に出来ず、
「いや…そういうわけじゃないが」
ぎこちなく間のあいた答えに、シンタローが気まずそうな顔になった。
乗り気でない自分に遠慮していると思ったのか。
椅子の背凭れに掛けていた上着を取り上げ、さっと立ち上がる。
「行こうぜ」
そうとだけ言って、キンタローの手にもコートを押しつける。
「シンタロー」
戸惑ったような声を上げるキンタローに、彼は自分のコートを羽織りながら笑った。
「いいから付き合えって。去年は降らなかったから、お前、初めて見る雪だろ」
コートを手に受け取ったまま、キンタローは俯いた。
屈託のない、けれど、どこか慈しむような眼差しの、従兄弟の笑顔。
いつもなら嬉しいはずの、自分だけに向けてくれるその笑顔が、何故か胸に痛くて瞳を伏せた。
SIDE:S
新雪の上に続く足跡。
少し先を行く彼のそれは、呆れるほど乱れなく整然としている。
何処までも真っ直ぐな彼の気性を表しているようだ。
ゆっくりと歩く後ろ姿を見詰めて、雪は彼に似ていると思う。
幼子の無知故に無垢であるのにも似て、まだ真っ白な従兄弟のようだ。
周囲の全てにふわりと積もった綿雪の柔らかさに誘われて、少しだけ掌に掬い取ってみた。
載せた掌の上に雪は見る間に融けて、水になって、指の間をすり抜けていく。
その様子を見ながら、苦笑が漏れた。
この手は余計なものなのかも知れない。
従兄弟が暖かいと言うこの手に宿る熱が雪を溶かしてしまうように、雪のように凛と白い従兄弟を跡形もなく変えてしまうかもしれない。
今この瞬間にも流れ去って、この手には何も残らないかも知れない。
何もない濡れた掌をぼんやり見詰めていると、ふいにその手を取られた。
「シンタロー?」
いつの間にか引き返して来た従兄弟の、乏しい表情よりもずっと雄弁な青い瞳に気遣う色が浮かんでいる。
触れた手にその視線が移り、従兄弟は僅かに顔を顰めた。
「冷えてるじゃないか」
咎めるような声と共に、熱を分け与えるように、自分の掌を重ねる。
物慣れぬ拙い仕草と、染み入る確かな温度に、シンタローは目を細めた。
「そーだな」
相手の肩に顔を埋めるように、凭れ掛かる。
「…ここは、寒いな」
あの島よりも、ずっと。
凍えるほどに寒いから、傍にある温度がよくわかる。
ここは寒い。彼は温かい。
雪よりもずっと確かな温度で、誰よりも近く自分の傍らに存在している。
――この手が、例え余計なものだとしても。
「…シンタロー?」
確かな存在を伝える熱が手放せなくて、そこから動けずに、ただ瞳を閉じた。
後書き
…毎回、どんどん、これで良いのか不安になってくる、お題。配布者様にスライディング土下座です。
なんか、地上の楽園って幸せそうなイメージと激しく違ってる気がしますが。
沸いたイメージで書いたらこうなった。
たぶん、個人的に楽園って言葉には、閉じた世界のイメージがあるせいかと。
冬という季節の閉じた感じとか、一方通行的両思いの、お互いがお互いで完結してる感じ、みたいな。
……何だかんだいって、邪魔者が入れないあたり、これはこれで楽園に間違いないと思います。(きっぱり)
SIDE:K
視界を過ぎった白い物を追い掛けて視線を動かした。
「雪だ」
窓の外を見て呟く。
その言葉に気付いて、同じ室内にいた従兄弟が顔を上げた。
つられたように外を眺め、
「ああ…、ここはかなり北の方だもんな…」
ひとり納得したように頷いた。
そっか…。
ぼんやりと呟く声の遠さに、どこと比べての話だとは訊けずに、
「外に出てみないのか?」
全く違う言葉を掛けてみる。
まだ遠くを見る従兄弟はその気がないのか、生返事を返すばかりで、何とはなしに会話が途切れ、沈黙が落ちた。
お互いてんでばらばらに窓の外を見詰めていると、そのうちにふと我に返ったように従兄弟がこちらを見遣った。
「…あ、お前、見てきたいか?」
逆に問い掛けられて、キンタローは返事に困った。
従兄弟と一緒になら、それも良い。
けれど見たければ見てこいと言われたら、それは違うのだ。
そういうことを上手く言葉に出来ず、
「いや…そういうわけじゃないが」
ぎこちなく間のあいた答えに、シンタローが気まずそうな顔になった。
乗り気でない自分に遠慮していると思ったのか。
椅子の背凭れに掛けていた上着を取り上げ、さっと立ち上がる。
「行こうぜ」
そうとだけ言って、キンタローの手にもコートを押しつける。
「シンタロー」
戸惑ったような声を上げるキンタローに、彼は自分のコートを羽織りながら笑った。
「いいから付き合えって。去年は降らなかったから、お前、初めて見る雪だろ」
コートを手に受け取ったまま、キンタローは俯いた。
屈託のない、けれど、どこか慈しむような眼差しの、従兄弟の笑顔。
いつもなら嬉しいはずの、自分だけに向けてくれるその笑顔が、何故か胸に痛くて瞳を伏せた。
SIDE:S
新雪の上に続く足跡。
少し先を行く彼のそれは、呆れるほど乱れなく整然としている。
何処までも真っ直ぐな彼の気性を表しているようだ。
ゆっくりと歩く後ろ姿を見詰めて、雪は彼に似ていると思う。
幼子の無知故に無垢であるのにも似て、まだ真っ白な従兄弟のようだ。
周囲の全てにふわりと積もった綿雪の柔らかさに誘われて、少しだけ掌に掬い取ってみた。
載せた掌の上に雪は見る間に融けて、水になって、指の間をすり抜けていく。
その様子を見ながら、苦笑が漏れた。
この手は余計なものなのかも知れない。
従兄弟が暖かいと言うこの手に宿る熱が雪を溶かしてしまうように、雪のように凛と白い従兄弟を跡形もなく変えてしまうかもしれない。
今この瞬間にも流れ去って、この手には何も残らないかも知れない。
何もない濡れた掌をぼんやり見詰めていると、ふいにその手を取られた。
「シンタロー?」
いつの間にか引き返して来た従兄弟の、乏しい表情よりもずっと雄弁な青い瞳に気遣う色が浮かんでいる。
触れた手にその視線が移り、従兄弟は僅かに顔を顰めた。
「冷えてるじゃないか」
咎めるような声と共に、熱を分け与えるように、自分の掌を重ねる。
物慣れぬ拙い仕草と、染み入る確かな温度に、シンタローは目を細めた。
「そーだな」
相手の肩に顔を埋めるように、凭れ掛かる。
「…ここは、寒いな」
あの島よりも、ずっと。
凍えるほどに寒いから、傍にある温度がよくわかる。
ここは寒い。彼は温かい。
雪よりもずっと確かな温度で、誰よりも近く自分の傍らに存在している。
――この手が、例え余計なものだとしても。
「…シンタロー?」
確かな存在を伝える熱が手放せなくて、そこから動けずに、ただ瞳を閉じた。
後書き
…毎回、どんどん、これで良いのか不安になってくる、お題。配布者様にスライディング土下座です。
なんか、地上の楽園って幸せそうなイメージと激しく違ってる気がしますが。
沸いたイメージで書いたらこうなった。
たぶん、個人的に楽園って言葉には、閉じた世界のイメージがあるせいかと。
冬という季節の閉じた感じとか、一方通行的両思いの、お互いがお互いで完結してる感じ、みたいな。
……何だかんだいって、邪魔者が入れないあたり、これはこれで楽園に間違いないと思います。(きっぱり)
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「なぁ、お前これからどうするの?」
パプワが何処かへと去り、コタローが力を放出し過ぎ見渡す限りすっかり風景が変わってしまったパプワ島。
それを眺めながら何故か隣に立っている、本来今の自分の居場所にいる筈だった、人間へと問う。
「どうするか、とは?」
あまり感情の伺えない表情ながらも答えが返ってくる。少し安堵する。
「新しい生活。」
ああ、それよりもまず、とどこか自嘲気味に笑う。
「俺との決着をつける?」
「それもよかろう。」
その言葉を聞き、やはりね、と更にその色が濃くなる。
「が、もうそんなことはいい。」
は?と思わず声が漏れる。こいつが言うと本当にどうでもよさそうに聞こえる。
今までの歳月を思えばそんな一言では片付けられるはずはないのに。
「俺はお前に興味がある。」
同じようにパプワ島を眺めていた視線をついっとこちらに向ける。じっと、青の目が見つめてくる。
持っていて当然なのに、持っていなかったもの。
その理由が明らかになった。
ああ、やはりマジックの、いや青の一族でもなかったんだなぁと腑に落ちた。
青に捕らわれるように、思考が深みへと落ちていく。
「だから付いていく事にした。」
「そうか、付いてくるのか・・・」
相手の言葉を反復する。意味を飲み込むと意識が浮上した。
「あ?付いてくる!?」
ああ。とあっさりうなずく。やはり特に感情は感じない。
「何か問題でも?」
「無い・・・無いけどよ・・・・」
そんな閉じ込めていた人間と一緒に行動できるな、という言葉を発しようとしたが飲み込んでしまう。
「何だ?罵倒でもされたかったのか?」
元々は俺の中にいた相手だ。俺の考えることなど分かるのだろう。
「・・・・。」
「ふん。図星か?意外に小心者だな?
ああ、表には見せなかったがお前はコンプレックスが強いからな。意外でもないか。」
ぐっと言葉に詰まる。強く出ようにも、強く出られない。
会話すると非常に疲れる相手だ。
「・・・誰が小心者だよ。・・・せめて繊細と言え。」
「繊細・・・。そうか、繊細かもな。意外に。」
「なんだよ、その妙に含みをもった言葉は。」
「いや、特に含みなどない。」
「・・・さいですか・・・」
やっぱり、疲れる。がくっと膝にくる感じだ。さて、と無駄に気合をいれる。
このよく分からない相手に声を掛ける。
さぁ、行こうか。
6.19
|単発| |女体化| |リキシンお題| |シン受けお題| |キンシンお題|
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「なぁ、お前これからどうするの?」
パプワが何処かへと去り、コタローが力を放出し過ぎ見渡す限りすっかり風景が変わってしまったパプワ島。
それを眺めながら何故か隣に立っている、本来今の自分の居場所にいる筈だった、人間へと問う。
「どうするか、とは?」
あまり感情の伺えない表情ながらも答えが返ってくる。少し安堵する。
「新しい生活。」
ああ、それよりもまず、とどこか自嘲気味に笑う。
「俺との決着をつける?」
「それもよかろう。」
その言葉を聞き、やはりね、と更にその色が濃くなる。
「が、もうそんなことはいい。」
は?と思わず声が漏れる。こいつが言うと本当にどうでもよさそうに聞こえる。
今までの歳月を思えばそんな一言では片付けられるはずはないのに。
「俺はお前に興味がある。」
同じようにパプワ島を眺めていた視線をついっとこちらに向ける。じっと、青の目が見つめてくる。
持っていて当然なのに、持っていなかったもの。
その理由が明らかになった。
ああ、やはりマジックの、いや青の一族でもなかったんだなぁと腑に落ちた。
青に捕らわれるように、思考が深みへと落ちていく。
「だから付いていく事にした。」
「そうか、付いてくるのか・・・」
相手の言葉を反復する。意味を飲み込むと意識が浮上した。
「あ?付いてくる!?」
ああ。とあっさりうなずく。やはり特に感情は感じない。
「何か問題でも?」
「無い・・・無いけどよ・・・・」
そんな閉じ込めていた人間と一緒に行動できるな、という言葉を発しようとしたが飲み込んでしまう。
「何だ?罵倒でもされたかったのか?」
元々は俺の中にいた相手だ。俺の考えることなど分かるのだろう。
「・・・・。」
「ふん。図星か?意外に小心者だな?
ああ、表には見せなかったがお前はコンプレックスが強いからな。意外でもないか。」
ぐっと言葉に詰まる。強く出ようにも、強く出られない。
会話すると非常に疲れる相手だ。
「・・・誰が小心者だよ。・・・せめて繊細と言え。」
「繊細・・・。そうか、繊細かもな。意外に。」
「なんだよ、その妙に含みをもった言葉は。」
「いや、特に含みなどない。」
「・・・さいですか・・・」
やっぱり、疲れる。がくっと膝にくる感じだ。さて、と無駄に気合をいれる。
このよく分からない相手に声を掛ける。
さぁ、行こうか。
6.19