――――シンタローはん。いつか、わてと一緒に………。
その後の言葉は何だったのだろう。
もう今は―――わからない。
ドーン。
ぱっと光が溢れた瞬間、地を揺らすほどの轟音が立つ。
パラパラ……と細かな音が後から降る様に聞こえてきた。
鮮やかに夜空に咲いた華。
刹那の光を放ち消え去る儚い命。
かすかな残像を残し、闇に散った最後の花火を、シンタローはじっと見つめた。そこにはもう何もなく、祭の終わりを悟った人々は、帰路へと歩みを返すけれど、シンタローは、その場に立ち尽くしていた。
「アラシヤマ」
人の名を呟くけれど、それに応える者はいない。
自分の隣には、誰もいない。ただ、帰り行く人々が、歩みを止めずに通り過ぎるだけだ。
「アラシヤマ」
それでも名前を呼んだ。
先ほどまで、色鮮やかな華を咲かせていた空をじっと見上げて。
その闇の果てに何かがいることを信じるように、願うように。
それが無意味なことだと―――誰よりもわかっていても。
「アラシヤマ」
最後に、言葉を交わしたのはここだった。
夏の終わりを告げるように開催された花火大会を、二人だけで見に行った。ともに夜空を見上げ、天へ打ち上げられる花火をお互い無言のまま、魅入っていた。
けれど、終わりが近づいて、何連発者花火が終えて、フッと闇と静寂が戻った時、隣に立っていたアラシヤマが口を開いた。
『シンタローはん。いつか、わてと一緒に―――』
けれど、その瞬間。
ドォン!
地を轟かせるほどの響きとともに、これまで以上に大きな花火が夜空に咲き誇った。
わぁ、という歓声が一斉に上がる。花火は、終わりではなかったのだ。最後の最後で、最大級の大きな花火が一輪咲いた。
だが、お陰で、先ほどアラシヤマが言いかけていた言葉が遮られてしまった。
『アラシヤマ、さっき何っていった?』
祭の余韻でざわめきがあるものの、再び、静かな夜へと戻ったことで、もう一度、先ほどの言葉の続きをねだった。しかし、なぜか彼は、微笑を浮かべて首を横に振った。それは、大したことではない、と言っているようで、それならば、と自分も納得して、その続きを聞くことを諦めた。
だが―――。
一年経って、今だから思う。
きっと彼は、自分に何か伝えたいことがあったのだ。何か大切なことを――――。
けれど、それは聞けない。
もう、自分は聞けない。
なぜなら、自分の隣には―――――。
「アラシヤマ………どこに」
どこにいるのだろうか。
ここには、彼は、いない。受け取るものもいないまま、無情に響き渡る声だけが、闇に溶けていく。隣は、カラッポのままで、夏の名残も見つからない冷たい風が、通り過ぎる。
見上げた夜空は、小さな星たちが瞬くだけで、もう華は消え去った。
先の見えない闇の中、ひとり佇む。
そして―――。
「アラシヤマ―――会いたいよ」
あの日の後、新たな任務に旅立ち、そして自分の傍から永遠に消え去ったままの彼の人を呼んだ。
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「眼魔砲」
ぽつりと呟いた瞬間。一秒前までアラシヤマがいた場所は、素敵なクレーターが存在していた。
「シ…シンタローはん……」
「なんで、素直に死んでくれねぇの?」
突如として放たれた死の宣告に等しいその熱の塊を、間一髪で避けることができたものの、その幸運を味わうことなく、恐る恐る声をかければ、極上の笑顔が向けられてしまった。しかし、かけられた言葉は、かなり辛らつ……というよりは痛々しいものである。
恋人――信じられないかもしれないが、二人は所謂そういう関係である――である、アラシヤマでもめったに見たことのない、神々しいまでの綺麗な笑顔がそこにあるのだが、目はまったく笑っていなかった。
それはまるで、鋭い棘を無数に含んでいるかのようで、あるいは絶対零度まで冷やされた氷がそこにあるかのような、恐ろしいまでに危険な光を宿していた。
「えーと、なんでわてが、死ななあきまへんのやろか」
「『なんで?』。それをてめぇが聞くわけ? 自分が昨日なにやったか覚えてないんだ」
こちらが、相手に声をかけるたびに、どんどん笑みが深くなる。それに比例するように、彼の周りを取り囲む空気に凄みが増していた。
「あの……それはミヤギはん達とのやりとりでっか?」
なんとなく、思い当たることがある。それは、昨日のことだが、うっかり……一応、わざとではなく、偶然会ったミヤギやトットリに、自分とシンタローがいかに仲がいいかを話してしまったのだ。
あちらが、ベストフレンドぶりを見せ付けるので、つい……そう、つい口を滑らせただけである。
他意はない。自分達が恋人同士であることまでは言ってない。しかし、原因がそれ以外ないようである。
(ミヤギはん達、誰になんて言うたんどすか!)
自分が発した言葉がどんな変化をもたらしたかはわからないが、滑らした話題が、どういう経路を伝ってか、シンタローの耳に入ったようである。
「てめぇの所業を思い出したか」
「へえ」
シンタローからの威圧感が高まった。だらだらと体中からあぶら汗が流れる。今のアラシヤマは、ガマの油状態だ。
しかし、自分の発言が元とはいえ、結局のところ、シンタローの今の状態は、つまりは、簡単に言えば、アレなのだ。別に、怒っているわけではなく、たったひとつの感情によっての行動である。
「アラシヤマ、何か言うことは?」
「――――――――テレ屋なシンタローはんも可愛いどすえ」
その一言で、命運は決まった。
にっこりと、それはそれは華やかな笑みを浮かべられる。そして、その口が開いた瞬間、アラシヤマの存在は消えていた。
「MAX眼魔砲ッ~~~!」
ぽつりと呟いた瞬間。一秒前までアラシヤマがいた場所は、素敵なクレーターが存在していた。
「シ…シンタローはん……」
「なんで、素直に死んでくれねぇの?」
突如として放たれた死の宣告に等しいその熱の塊を、間一髪で避けることができたものの、その幸運を味わうことなく、恐る恐る声をかければ、極上の笑顔が向けられてしまった。しかし、かけられた言葉は、かなり辛らつ……というよりは痛々しいものである。
恋人――信じられないかもしれないが、二人は所謂そういう関係である――である、アラシヤマでもめったに見たことのない、神々しいまでの綺麗な笑顔がそこにあるのだが、目はまったく笑っていなかった。
それはまるで、鋭い棘を無数に含んでいるかのようで、あるいは絶対零度まで冷やされた氷がそこにあるかのような、恐ろしいまでに危険な光を宿していた。
「えーと、なんでわてが、死ななあきまへんのやろか」
「『なんで?』。それをてめぇが聞くわけ? 自分が昨日なにやったか覚えてないんだ」
こちらが、相手に声をかけるたびに、どんどん笑みが深くなる。それに比例するように、彼の周りを取り囲む空気に凄みが増していた。
「あの……それはミヤギはん達とのやりとりでっか?」
なんとなく、思い当たることがある。それは、昨日のことだが、うっかり……一応、わざとではなく、偶然会ったミヤギやトットリに、自分とシンタローがいかに仲がいいかを話してしまったのだ。
あちらが、ベストフレンドぶりを見せ付けるので、つい……そう、つい口を滑らせただけである。
他意はない。自分達が恋人同士であることまでは言ってない。しかし、原因がそれ以外ないようである。
(ミヤギはん達、誰になんて言うたんどすか!)
自分が発した言葉がどんな変化をもたらしたかはわからないが、滑らした話題が、どういう経路を伝ってか、シンタローの耳に入ったようである。
「てめぇの所業を思い出したか」
「へえ」
シンタローからの威圧感が高まった。だらだらと体中からあぶら汗が流れる。今のアラシヤマは、ガマの油状態だ。
しかし、自分の発言が元とはいえ、結局のところ、シンタローの今の状態は、つまりは、簡単に言えば、アレなのだ。別に、怒っているわけではなく、たったひとつの感情によっての行動である。
「アラシヤマ、何か言うことは?」
「――――――――テレ屋なシンタローはんも可愛いどすえ」
その一言で、命運は決まった。
にっこりと、それはそれは華やかな笑みを浮かべられる。そして、その口が開いた瞬間、アラシヤマの存在は消えていた。
「MAX眼魔砲ッ~~~!」
伸ばされた指先を困惑の表情で見つめてしまった。
「シンタローはん」
触れる間際に名を呼ばれれば、怯えるように身体を震わし、自分に触れるはずだった彼の指が、目的を達する前に動きを止めた。
指先ばかりを注視していたために、相手がどんな顔をしたのかはわからない。ただ、伝わる雰囲気から悲しみを感じとった。
申し訳ないと思わず謝罪の言葉を吐きそうになったが、それを必死に飲み込んだ。そんな言葉など、自分達には何の意味をもたなかった。
それならば、どんな言葉が必要なのかと問われれば、戸惑いしか生まれない。そんなことは、欠片もわからないのだ。
ただ、相手に触れられたくなかった。触れた瞬間、自分の中の何かが壊れてしまいそうな気がしたからだ。
おかしなことだと思う。彼と触れ合うことはこれが始めてではない。肌と肌を熱く深く重ねたことも何度もある。それなのに、今は許せなかった。
「すまん」
愛しくて仕方がない相手に深い謝罪の気持ちを告げた。
最悪。
お前に触れられるのが怖い。
自分が自分でなくなるほど、お前に溺れてしまいそうで。
「シンタローはん」
触れる間際に名を呼ばれれば、怯えるように身体を震わし、自分に触れるはずだった彼の指が、目的を達する前に動きを止めた。
指先ばかりを注視していたために、相手がどんな顔をしたのかはわからない。ただ、伝わる雰囲気から悲しみを感じとった。
申し訳ないと思わず謝罪の言葉を吐きそうになったが、それを必死に飲み込んだ。そんな言葉など、自分達には何の意味をもたなかった。
それならば、どんな言葉が必要なのかと問われれば、戸惑いしか生まれない。そんなことは、欠片もわからないのだ。
ただ、相手に触れられたくなかった。触れた瞬間、自分の中の何かが壊れてしまいそうな気がしたからだ。
おかしなことだと思う。彼と触れ合うことはこれが始めてではない。肌と肌を熱く深く重ねたことも何度もある。それなのに、今は許せなかった。
「すまん」
愛しくて仕方がない相手に深い謝罪の気持ちを告げた。
最悪。
お前に触れられるのが怖い。
自分が自分でなくなるほど、お前に溺れてしまいそうで。
『相思華』――――葉は花を想い、花は葉を想う。
決して合間見えることは出来ない愛しき片割れ。
「彼岸花がもう咲いているのか」
道の脇に揺れる赤い焔――― 一般的に彼岸花と呼ばれる花だ。細い茎の先に艶やかな赤い花びらが踊っている。
いったい、いつ芽を出すのか、気がつけばその赤が目に付く。
近づいて、それに手を伸ばす。だが、触れる間際に躊躇うように指先が揺れた。
よく考えてみれば、この花に触れたことは、ほとんどなかった。
小さい頃から、この花には毒があると教えられたせいだろう。確かに、茎や球根には毒性がある。口にすれば、吐き気や下痢を催すことがあるという。
だが、それを知ってからも、触れる機会はなかった。
その姿が、燃え盛る炎に似ているためだろうか。
だが、実際それは、熱い火ではなく、ただの花。触れたところで、傷などは負わない。
危惧すべきことは何もない。
ならば、なぜ触るのを躊躇うのだろうか?
「アラシヤマ……」
思わず漏れた自分の言葉に、シンタローは、ぴくりと身体を揺らす。危うく、彼岸花の花びらに指先が触れそうになり、慌てて引っ込めた。
そうする必要はなかったのだけれど、けれど、やはりなぜか触れられぬ雰囲気をそれを持っていた。
それがなぜなのか………気付いていながら、シンタローは気付かないふりをする。
目の前には、赤く燃える炎の花。
それに連想されることなど、たったひとつで、だからこそ、シンタローは目をそむける。自分の気持ちと共に。
それは、誰にも―――自分自身ですらも気付いてはいけない気持ちだ。
シンタローは、立ち上がった。
もう瞳には、焔の花は映らない。
ただ、その背後で、ゆるりとそれは揺れていた。
『彼岸花』―――花言葉は想うは貴方。
ただ、貴方だけ。
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『相思華』は、韓国語での『彼岸花』の名前らしいです。
それから、『彼岸花』の花言葉のひとつが『想うはあなた』だそうです。
心の友と書いて、『心友』。
どこぞのガキ大将が、自分の都合のいい時ばかり使う一方的な言葉として印象があったそれ。
本気の思いで――もっとも、一方的なのは代わりないが――実際に自分に使われるとは思ってもみなかった。
「なあ、俺とお前って『心友』なわけ?」
「な、な、なななな何をいまさらなことを言うておりますの、シンタローはんッ!」
何気なく言い放った言葉を、この世の終わりかのように蒼白な顔してこちらに詰め寄るのは、自称―――以外何ものでもない、俺の心友(らしい)―――アラシヤマだ。
珍しくヒマだったこともあり、幹部連中に与えている個室の仕事場の、アラシヤマの部屋に足を運んで、だらだらとしていたシンタローだったが、先ほどの言葉は、退屈しのぎにもらした言葉だった。
入れてもらったお茶と用意されたお菓子両手に、ソファーの上に寝そべっていた状態でくつろいでいたのだが、鼻と鼻がくっつくぐらいに詰め寄られたおかげで、半分ほど残っていたお茶をこぼさぬように注意しつつ、その場から逃げ出さなければいけなくなった。
「シンタローはんッ! わてを捨てる気どすか」
いや、どうしたらそうなるんだか―――というか、捨てられるものならとっくに捨てています。
そう突っ込みたいものの、逃げる最中に豆大福を口に放り込んだために、口は塞がれたままである。とりあえず、お菓子を処分し、残りのお茶も流し込んで、一段落ついたところで、再びにじり寄ってきた相手を制するように手をあげた。
「捨ててねぇから、仕事に戻れ、アラシヤマ」
大体、どうやったら捨てられるのか、一回本気で相手に問いただしてやろうか、と思ったことは、実のところ一度や二度ではない。というか、今、聞きたい。だが、そうなると余計ややこしくなるため、シンタローは、賢明にも、その質問は飲み込んだ。
「シンタローはん……」
それで納得してくれたのかどうか、恨みがましげにじとりと見つめられるが、それを鷹揚に受け止めたフリをして、そっと流した。
「わかったなら、仕事してくれ、な? アラシヤマ」
こちらが、だらだらできるのは、あちらが、今日までの仕事にかかりっきになっているお陰である。でなければ、こんなところにヒマをつぶしにはこない。美味しいお茶とお菓子目当てできているだけなのだ。
まだ、テーブルの上には、豆大福が残っているし、お茶も代わりのものを入れて欲しい。だからこそ、シンタローは、アラシヤマを宥めるように、仕事に戻るように、手をふって追い立てる。その仕草が、野良犬を追い出すような動作とまったく一緒なのだが、このさい、どうでもいいことである。
しかし、相手はやはりしつこかった。
「わて……わてとあんさんは、あのパプワ島で、熱い友情を確かめあった仲やあらしまへんか」
「………そうだっけ?」
「シンタローはんッ!!!」
「いや、ああ……まあ、うん……そんなこともあったかなぁ」
だが、宙を睨む眼差しは胡乱なものを孕んでいる。
あの頃の記憶は、鮮明なのだが、どうもアラシヤマと友情を確かめたうんぬんの記憶は、曖昧というか、おぼろげというか……ぶっちゃけない。
あちらの勝手な妄想かもしれない、という疑いもあるが、こちらの思い出したくない過去に入ってしまっている可能性もなきにしもあらずである。
「あの時、わてとシンタローはんの友情パワーで、敵を倒せたんどすえ!」
「そうかそうか。よかったなぁ」
やはり、さっぱり覚えていない。
アラシヤマの迸る友情パワーとやらの片鱗が、向けられる瞳からうかがえるが、こちらとしては身に覚えのないものである。それにしても、相変わらずの特異体質である。もうちょっと煽ってみれば、炎を噴出しそうである。しかし、暑苦しい。というか、すでに部屋の温度は上昇している気がする。
そろそろ、自室にもどろうかな、という気にさせてくれた。
「それじゃあ、そう言うことで、俺は、もう失礼させてもらうわ」
どういうことか、言ってる自分でもわからないが、思い立ったら吉日。シンタローは、ドアの前へと向かった。面倒なことになるまえに、さっさと退散である。
「ええっ! なしてどすか!」
その後から、追いすがるような声が聞こえてくるが、部屋が暑すぎる上に、お前が鬱陶しいから、というのは、一応黙っておくことにした。これ以上喚かれて、炎を出されでもしたら、こっちの身が危険である。
しかし、もう手遅れのようだった。
「シンタローはん、わてとあんさんは、心友でっしゃろ」
「いーや」
「シンタローはんッ!?」
きっぱりとそう言い放てば、全身から炎を噴出し、そのまますがり付こうとしている相手から、慌ててするりと逃げた。上手い具合に入り口の方へとより近づける。後一歩で、この部屋ともさようならの距離。
仕事があるから、アラシヤマはこの部屋から出て行かないことはわかっている。なんだかんだいっても、自分が命じた仕事だ。きちんとこなしてくれる。
だから、そのまま出て行ってもよかったのだが、シンタローは立ち止まった。
「なあ、アラシヤマ」
「へえ」
振り返って、アラシヤマの方へにっこり笑って見せた。
「俺にとっては、心友に向けるのはあくまで友情なんだよ。―――ちなみに、俺とお前の関係は?」
問いかける言葉に、一瞬にして、まとっていた炎が消えた。
「……………」
色のない顔が面白い。
「だから俺は、別にお前を心友だとは思ってねぇよ」
それは、嘘偽りのない言葉だ。アラシヤマと友情を交わした覚えは、やはり一度もない。
ただ、友情以外の思いならば―――また、別だ。
ごちそうさん、という言葉ひとつ落とし、手のひらをひらひら振って、シンタローは部屋を後にした。
その後、アラシヤマの部屋が火事騒ぎを起こして、罰も兼ねて二ヶ月以上の長期遠征に出動したのは、次の日のことだった。
どこぞのガキ大将が、自分の都合のいい時ばかり使う一方的な言葉として印象があったそれ。
本気の思いで――もっとも、一方的なのは代わりないが――実際に自分に使われるとは思ってもみなかった。
「なあ、俺とお前って『心友』なわけ?」
「な、な、なななな何をいまさらなことを言うておりますの、シンタローはんッ!」
何気なく言い放った言葉を、この世の終わりかのように蒼白な顔してこちらに詰め寄るのは、自称―――以外何ものでもない、俺の心友(らしい)―――アラシヤマだ。
珍しくヒマだったこともあり、幹部連中に与えている個室の仕事場の、アラシヤマの部屋に足を運んで、だらだらとしていたシンタローだったが、先ほどの言葉は、退屈しのぎにもらした言葉だった。
入れてもらったお茶と用意されたお菓子両手に、ソファーの上に寝そべっていた状態でくつろいでいたのだが、鼻と鼻がくっつくぐらいに詰め寄られたおかげで、半分ほど残っていたお茶をこぼさぬように注意しつつ、その場から逃げ出さなければいけなくなった。
「シンタローはんッ! わてを捨てる気どすか」
いや、どうしたらそうなるんだか―――というか、捨てられるものならとっくに捨てています。
そう突っ込みたいものの、逃げる最中に豆大福を口に放り込んだために、口は塞がれたままである。とりあえず、お菓子を処分し、残りのお茶も流し込んで、一段落ついたところで、再びにじり寄ってきた相手を制するように手をあげた。
「捨ててねぇから、仕事に戻れ、アラシヤマ」
大体、どうやったら捨てられるのか、一回本気で相手に問いただしてやろうか、と思ったことは、実のところ一度や二度ではない。というか、今、聞きたい。だが、そうなると余計ややこしくなるため、シンタローは、賢明にも、その質問は飲み込んだ。
「シンタローはん……」
それで納得してくれたのかどうか、恨みがましげにじとりと見つめられるが、それを鷹揚に受け止めたフリをして、そっと流した。
「わかったなら、仕事してくれ、な? アラシヤマ」
こちらが、だらだらできるのは、あちらが、今日までの仕事にかかりっきになっているお陰である。でなければ、こんなところにヒマをつぶしにはこない。美味しいお茶とお菓子目当てできているだけなのだ。
まだ、テーブルの上には、豆大福が残っているし、お茶も代わりのものを入れて欲しい。だからこそ、シンタローは、アラシヤマを宥めるように、仕事に戻るように、手をふって追い立てる。その仕草が、野良犬を追い出すような動作とまったく一緒なのだが、このさい、どうでもいいことである。
しかし、相手はやはりしつこかった。
「わて……わてとあんさんは、あのパプワ島で、熱い友情を確かめあった仲やあらしまへんか」
「………そうだっけ?」
「シンタローはんッ!!!」
「いや、ああ……まあ、うん……そんなこともあったかなぁ」
だが、宙を睨む眼差しは胡乱なものを孕んでいる。
あの頃の記憶は、鮮明なのだが、どうもアラシヤマと友情を確かめたうんぬんの記憶は、曖昧というか、おぼろげというか……ぶっちゃけない。
あちらの勝手な妄想かもしれない、という疑いもあるが、こちらの思い出したくない過去に入ってしまっている可能性もなきにしもあらずである。
「あの時、わてとシンタローはんの友情パワーで、敵を倒せたんどすえ!」
「そうかそうか。よかったなぁ」
やはり、さっぱり覚えていない。
アラシヤマの迸る友情パワーとやらの片鱗が、向けられる瞳からうかがえるが、こちらとしては身に覚えのないものである。それにしても、相変わらずの特異体質である。もうちょっと煽ってみれば、炎を噴出しそうである。しかし、暑苦しい。というか、すでに部屋の温度は上昇している気がする。
そろそろ、自室にもどろうかな、という気にさせてくれた。
「それじゃあ、そう言うことで、俺は、もう失礼させてもらうわ」
どういうことか、言ってる自分でもわからないが、思い立ったら吉日。シンタローは、ドアの前へと向かった。面倒なことになるまえに、さっさと退散である。
「ええっ! なしてどすか!」
その後から、追いすがるような声が聞こえてくるが、部屋が暑すぎる上に、お前が鬱陶しいから、というのは、一応黙っておくことにした。これ以上喚かれて、炎を出されでもしたら、こっちの身が危険である。
しかし、もう手遅れのようだった。
「シンタローはん、わてとあんさんは、心友でっしゃろ」
「いーや」
「シンタローはんッ!?」
きっぱりとそう言い放てば、全身から炎を噴出し、そのまますがり付こうとしている相手から、慌ててするりと逃げた。上手い具合に入り口の方へとより近づける。後一歩で、この部屋ともさようならの距離。
仕事があるから、アラシヤマはこの部屋から出て行かないことはわかっている。なんだかんだいっても、自分が命じた仕事だ。きちんとこなしてくれる。
だから、そのまま出て行ってもよかったのだが、シンタローは立ち止まった。
「なあ、アラシヤマ」
「へえ」
振り返って、アラシヤマの方へにっこり笑って見せた。
「俺にとっては、心友に向けるのはあくまで友情なんだよ。―――ちなみに、俺とお前の関係は?」
問いかける言葉に、一瞬にして、まとっていた炎が消えた。
「……………」
色のない顔が面白い。
「だから俺は、別にお前を心友だとは思ってねぇよ」
それは、嘘偽りのない言葉だ。アラシヤマと友情を交わした覚えは、やはり一度もない。
ただ、友情以外の思いならば―――また、別だ。
ごちそうさん、という言葉ひとつ落とし、手のひらをひらひら振って、シンタローは部屋を後にした。
その後、アラシヤマの部屋が火事騒ぎを起こして、罰も兼ねて二ヶ月以上の長期遠征に出動したのは、次の日のことだった。