言えずのI love you
アラシヤマの部屋にシンタローが来ている。
決して広くはない部屋の、たった一つのソファは、当然のようにシンタロー占領されている。
傍若無人な珍客は、そわそわと落ち着かない部屋の主をよそに、上下スウェットのラフなスタイルで優雅にお茶を啜っていた。
「シ、シ…、シンタローはん…っ。な、何か足りんもんはあらしまへんか?あ、寒ぅないどすか?エアコンあげまひょかっ?」
「…いいから、黙って座ってろ」
シンタローは普段ならアラシヤマの部屋など寄り付きもしない。
初めての来訪にアラシヤマは舞い上がっていた。
シンタローが何故アラシヤマの部屋にいるのか?
事の起こりは7日前。
いつもの如く、前総帥であるマジックとシンタローの親子喧嘩から始まった。
喧嘩の原因もいつもと同じ、マジックの過剰な愛情表現だ。
キレたシンタローが眼魔砲を放ったところ、マジックの避けた弾が扉のセキュリティシステムに命中した。
現在の総帥室はシンタローの自室を兼ねている。
このセキュリティシステムは、夜な夜な枕を持って侵入してくるマジック対策にと、シンタローがグンマとキンタローに命じて特別に作らせたものだった。
修理には、最低でも10日はかかってしまらしい。
安全な住み処を無くしたシンタローは、修理の間、総帥室に近い幹部の部屋を泊まり歩いているのだった。
「シンタローはん、お腹は空いてまへんか?なんぞ作りまひょか?それとも…」
「あー!!もう!俺が勝手にあがりこんでんだから気ぃ使うな!座ってろ!」
そうは言われても、この部屋に座れる場所は、今シンタローが占領しているソファ以外にない。
間取りは広めのワンルームなので、少し離れたところにベッドはあるが、客人を残してベッドに座るのも不自然な気がした。
アラシヤマは少し迷って、ソファの近くの床に腰を降ろそうとした。
「あ、そうか。オメーの部屋はこれしか座るとこねーんだな」
ようやく、シンタローがその事実に気が付く。
「悪ぃ悪ぃ。オメーの部屋に客用の家具があるわけねーよな」
シンタローはさらっと酷いことを言いながらも、ソファに投げ出していた足を下に降ろしてくれた。
ソファに一人分空いたスペースをぽんぽんと叩く。
「ほらよ。座れよ」
それだけの言葉に、アラシヤマの心臓は飛び出す程に反応していた。
思えば、こんな隔絶された空間に、二人切りになるのは初めてなのだ。
アラシヤマはガチガチに緊張しながらシンタローの隣に座った。
「…お前、思ったより大人しいな」
「そ、そうでっしゃろか?」
アラシヤマは大人しくしていた自覚はない。
むしろ、初めて来てくれたシンタローを何とかおもてなししたくて、バタバタしていた気がする。
「いや、正直ここにくんのかなり嫌だったんだけどよ。他の幹部は今日から遠征だし、背に腹は変えられねーかと思って意を決して来たわけなんだが…」
「…そうでっか……」
そんなことだろうと思ってはいても、真っ向から言われるとさすがに傷付く。
アラシヤマは少し肩を落とした。
「俺、オメーがもっと『好きどすえ~』とか『愛してますえ~』とか来ると思ってたんだよナ。構えてて損したぜ」
言いながら、シンタローはテーブルの上の新聞を手に取った。
「もっと早く来りゃ良かったナ。昨日までコージんトコいたけど、あいつイビキうるさくてよ」
新聞をめくるシンタローはアラシヤマを見ていない。
だから。
顔を真っ赤に染めて俯くアラシヤマに気付くはずもなかった。
『好きだ』とか『愛してる』なんて、言えるはずないじゃないか。
アラシヤマとて場の空気が読めない訳ではない。
普段、好きだとか愛してるとか言えるのは、それが冗談で済ますことができる場だからだ。
アラシヤマが好きだと言っても、眼魔砲で返されるか、鉄拳が飛んでくるか。
そんな予定調和があるからこそ言える言葉。
こんな夜更けに。
二人きりの部屋で。
その言葉がどんな質感を持つか、シンタローは理解しているのだろうか?
…たぶん、何も考えてへんのやろな…。
アラシヤマは俯いたまま、横目でシンタローを見た。
シンタローは新聞の文字を追いながら、紅茶を口に運んでいる。
ティーカップが唇から離れる瞬間、赤い舌が上唇をチロリと舐めた。
…あかん…。
好きだなんて、愛してるなんて。
言えるものなら何万回でも言ってしまいたい。
それで想いが通じるのなら。
けれど、本気で愛していると告げれば、こうして幹部として側にいることすら許されなくなるかも知れない。
もう二度と、部屋を訪れてくれることも。
告げたい言葉は喉までせりあがって来る。
しかし、沸き上がる衝動をどこか冷静な思考が押し止めていた。
言ってはいけない。
言って報われるわけがない。
当たり前過ぎる程、わかりきってる答。
…あかん。泣きそうや…。
アラシヤマは頭を低く垂れて抱え込んだ。
「ん?どーした?アラシヤマ。腹でもいてーのか?」
「なんでもないんどす…。ちょっと眠とうなって…」
アラシヤマは目をこすって誤魔化した。
「じゃあ、俺に構わず寝ろよ。俺はソファで寝るからさ」
「そんなん!シンタローはんをそないなとこで寝かせられまへん!」
アラシヤマがぶんぶんと首を横に振ると、シンタローは手を上下に振った。
「イヤ、いいって。ミヤギやコージんとこでもそーしてたし」
「だったら余計ウチではそんなことさせられまへんえ。一週間もちゃんと休んで無いてことやないどすか!」
この人はいつもこうだ。
他人を優先しすぎて無理をする。
だから。
自分よりずっと強い人だとわかっていても、心配で目が離せない。
「でも実戦のときなんか一ヶ月以上野宿もあったじゃねーかョ。それにくらべりゃ…」
「今は実戦じゃおへん。あんさんが休めるときに休んどらんかったら、いざっちゅうとき誰が団を守るんや」
アラシヤマはシンタローをソファから立たせると、ベッドへ追いたてた。
「わてがあっちで寝ますさかい。ゆっくり休んでおくれやす」
アラシヤマはベッドから毛布だけ剥ぎ取るとソファに戻った。
「明かり消しますよって、シンタローはんはベッド脇のスタンド使うとくれやす」
「あ、いいよ。俺ももう寝るわ」
シンタローはアラシヤマが明かりを消すより早くベッドに潜り込んだ。
パチンと電気を消した瞬間。
「ありがとナ。アラシヤマ」
小さな、でもハッキリとした声を聞いた。
声の主はやはり疲れていたのか、すぐに規則正しい寝息をたてはじめた。
アラシヤマは眠れないまま、ソファに横たわってぼんやりと窓を見ていた。
細い月が雲に架かる。
いつの間にか、夜明けも近い時間になっていたらしい。
アラシヤマはソファから起き上がると、足音を殺してベッドに近付いた。
シンタローは大の字になって眠り込んでいる。
まるで警戒心のない、子供のような寝顔。
アラシヤマはベッドの脇にしゃがみ込むと、ベッドからはみ出しているシンタローの手にそっと触れた。
「…ホンマ、罪なお人やわ…」
小さく呟いたが、シンタローが起きる気配はない。
「愛しとぉなんて、言わせて困るのはあんさんどすえ?」
アラシヤマはシンタローの手に微かに口付けた。
「…愛してますえ」
本気の言葉は、あなたに聞こえないところでしか言えないけれど。
言霊というものがもしもあるのなら。
今の言葉が、わずかでも彼の体に溶け込んでくれればそれでいい。
どうか一生、側に居させて。
それが、痛みを伴うものだとしてもかまわないから。
アラシヤマはベッドに寄り掛かると、ぼんやりとまた月を見上げた。
END
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アラシヤマの部屋にシンタローが来ている。
決して広くはない部屋の、たった一つのソファは、当然のようにシンタロー占領されている。
傍若無人な珍客は、そわそわと落ち着かない部屋の主をよそに、上下スウェットのラフなスタイルで優雅にお茶を啜っていた。
「シ、シ…、シンタローはん…っ。な、何か足りんもんはあらしまへんか?あ、寒ぅないどすか?エアコンあげまひょかっ?」
「…いいから、黙って座ってろ」
シンタローは普段ならアラシヤマの部屋など寄り付きもしない。
初めての来訪にアラシヤマは舞い上がっていた。
シンタローが何故アラシヤマの部屋にいるのか?
事の起こりは7日前。
いつもの如く、前総帥であるマジックとシンタローの親子喧嘩から始まった。
喧嘩の原因もいつもと同じ、マジックの過剰な愛情表現だ。
キレたシンタローが眼魔砲を放ったところ、マジックの避けた弾が扉のセキュリティシステムに命中した。
現在の総帥室はシンタローの自室を兼ねている。
このセキュリティシステムは、夜な夜な枕を持って侵入してくるマジック対策にと、シンタローがグンマとキンタローに命じて特別に作らせたものだった。
修理には、最低でも10日はかかってしまらしい。
安全な住み処を無くしたシンタローは、修理の間、総帥室に近い幹部の部屋を泊まり歩いているのだった。
「シンタローはん、お腹は空いてまへんか?なんぞ作りまひょか?それとも…」
「あー!!もう!俺が勝手にあがりこんでんだから気ぃ使うな!座ってろ!」
そうは言われても、この部屋に座れる場所は、今シンタローが占領しているソファ以外にない。
間取りは広めのワンルームなので、少し離れたところにベッドはあるが、客人を残してベッドに座るのも不自然な気がした。
アラシヤマは少し迷って、ソファの近くの床に腰を降ろそうとした。
「あ、そうか。オメーの部屋はこれしか座るとこねーんだな」
ようやく、シンタローがその事実に気が付く。
「悪ぃ悪ぃ。オメーの部屋に客用の家具があるわけねーよな」
シンタローはさらっと酷いことを言いながらも、ソファに投げ出していた足を下に降ろしてくれた。
ソファに一人分空いたスペースをぽんぽんと叩く。
「ほらよ。座れよ」
それだけの言葉に、アラシヤマの心臓は飛び出す程に反応していた。
思えば、こんな隔絶された空間に、二人切りになるのは初めてなのだ。
アラシヤマはガチガチに緊張しながらシンタローの隣に座った。
「…お前、思ったより大人しいな」
「そ、そうでっしゃろか?」
アラシヤマは大人しくしていた自覚はない。
むしろ、初めて来てくれたシンタローを何とかおもてなししたくて、バタバタしていた気がする。
「いや、正直ここにくんのかなり嫌だったんだけどよ。他の幹部は今日から遠征だし、背に腹は変えられねーかと思って意を決して来たわけなんだが…」
「…そうでっか……」
そんなことだろうと思ってはいても、真っ向から言われるとさすがに傷付く。
アラシヤマは少し肩を落とした。
「俺、オメーがもっと『好きどすえ~』とか『愛してますえ~』とか来ると思ってたんだよナ。構えてて損したぜ」
言いながら、シンタローはテーブルの上の新聞を手に取った。
「もっと早く来りゃ良かったナ。昨日までコージんトコいたけど、あいつイビキうるさくてよ」
新聞をめくるシンタローはアラシヤマを見ていない。
だから。
顔を真っ赤に染めて俯くアラシヤマに気付くはずもなかった。
『好きだ』とか『愛してる』なんて、言えるはずないじゃないか。
アラシヤマとて場の空気が読めない訳ではない。
普段、好きだとか愛してるとか言えるのは、それが冗談で済ますことができる場だからだ。
アラシヤマが好きだと言っても、眼魔砲で返されるか、鉄拳が飛んでくるか。
そんな予定調和があるからこそ言える言葉。
こんな夜更けに。
二人きりの部屋で。
その言葉がどんな質感を持つか、シンタローは理解しているのだろうか?
…たぶん、何も考えてへんのやろな…。
アラシヤマは俯いたまま、横目でシンタローを見た。
シンタローは新聞の文字を追いながら、紅茶を口に運んでいる。
ティーカップが唇から離れる瞬間、赤い舌が上唇をチロリと舐めた。
…あかん…。
好きだなんて、愛してるなんて。
言えるものなら何万回でも言ってしまいたい。
それで想いが通じるのなら。
けれど、本気で愛していると告げれば、こうして幹部として側にいることすら許されなくなるかも知れない。
もう二度と、部屋を訪れてくれることも。
告げたい言葉は喉までせりあがって来る。
しかし、沸き上がる衝動をどこか冷静な思考が押し止めていた。
言ってはいけない。
言って報われるわけがない。
当たり前過ぎる程、わかりきってる答。
…あかん。泣きそうや…。
アラシヤマは頭を低く垂れて抱え込んだ。
「ん?どーした?アラシヤマ。腹でもいてーのか?」
「なんでもないんどす…。ちょっと眠とうなって…」
アラシヤマは目をこすって誤魔化した。
「じゃあ、俺に構わず寝ろよ。俺はソファで寝るからさ」
「そんなん!シンタローはんをそないなとこで寝かせられまへん!」
アラシヤマがぶんぶんと首を横に振ると、シンタローは手を上下に振った。
「イヤ、いいって。ミヤギやコージんとこでもそーしてたし」
「だったら余計ウチではそんなことさせられまへんえ。一週間もちゃんと休んで無いてことやないどすか!」
この人はいつもこうだ。
他人を優先しすぎて無理をする。
だから。
自分よりずっと強い人だとわかっていても、心配で目が離せない。
「でも実戦のときなんか一ヶ月以上野宿もあったじゃねーかョ。それにくらべりゃ…」
「今は実戦じゃおへん。あんさんが休めるときに休んどらんかったら、いざっちゅうとき誰が団を守るんや」
アラシヤマはシンタローをソファから立たせると、ベッドへ追いたてた。
「わてがあっちで寝ますさかい。ゆっくり休んでおくれやす」
アラシヤマはベッドから毛布だけ剥ぎ取るとソファに戻った。
「明かり消しますよって、シンタローはんはベッド脇のスタンド使うとくれやす」
「あ、いいよ。俺ももう寝るわ」
シンタローはアラシヤマが明かりを消すより早くベッドに潜り込んだ。
パチンと電気を消した瞬間。
「ありがとナ。アラシヤマ」
小さな、でもハッキリとした声を聞いた。
声の主はやはり疲れていたのか、すぐに規則正しい寝息をたてはじめた。
アラシヤマは眠れないまま、ソファに横たわってぼんやりと窓を見ていた。
細い月が雲に架かる。
いつの間にか、夜明けも近い時間になっていたらしい。
アラシヤマはソファから起き上がると、足音を殺してベッドに近付いた。
シンタローは大の字になって眠り込んでいる。
まるで警戒心のない、子供のような寝顔。
アラシヤマはベッドの脇にしゃがみ込むと、ベッドからはみ出しているシンタローの手にそっと触れた。
「…ホンマ、罪なお人やわ…」
小さく呟いたが、シンタローが起きる気配はない。
「愛しとぉなんて、言わせて困るのはあんさんどすえ?」
アラシヤマはシンタローの手に微かに口付けた。
「…愛してますえ」
本気の言葉は、あなたに聞こえないところでしか言えないけれど。
言霊というものがもしもあるのなら。
今の言葉が、わずかでも彼の体に溶け込んでくれればそれでいい。
どうか一生、側に居させて。
それが、痛みを伴うものだとしてもかまわないから。
アラシヤマはベッドに寄り掛かると、ぼんやりとまた月を見上げた。
END
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冷たい熱
アラシヤマが風邪をひいた。
興奮すると炎を発する異常体質である奴にとって、風邪をひくのは至極珍しいことらしい。
「で、高松にとっつかまって人体実験受けてるって?」
「だっちゃ」
「んだ」
人もまばらな午後。
ガンマ団内のカフェテリアで遅いランチを取っていたシンタローは、ミヤギ&トットリコンビからその事実を初めて聞いた。
「ふーん、馬鹿は風邪ひかねえっていうけどな」
シンタローは、食べかけていたパスタを口に押し込んだ。
「でも、もう三日も監禁されてるべ…」
ミヤギが心配そうに呟く。この顔だけしか取り柄のなさそうな東北人は、意外と面倒見もいい。
「ぼかぁ、アラシヤマなんかどうでもいいっちゃが、ミヤギ君が気にしすぎるけん…、シンタロー、様子見に行ってくれなんだか?」
てめぇらで行けよ、と思いながらも、ガンマ団一不気味な隔離実験施設に近寄る団員はひとりとていない。
ましてやこの二人は、過去に高松にトラウマを追わされている。
まあ、団員の所在を確かめるのも、総帥たる自分の役目だろう。
「…しょーがねぇな…」
シンタローは深い溜息をついた。
* * *
コツン、コツンと足音が響く。
「…さすがに何か負のオーラを感じるな…」
深夜のガンマ団実験施設棟。
リノリウムの廊下を薄青い非常灯が照らしていた。
仕事が一段落してから、と構えていたら、結局片付いたのは日付も変わった時間。
このところいつもそうだ。
明日にするか、と思わないでもなかったが、この時間であれば高松もアラシヤマも休んでいるかも知れない。
見つかると何かと面倒だ。
姿だけ確認して、常識はずれに無体なことをされているのでなければ黙って帰るつもりだった。
隔離実験室の生体セキュリティに手をかざす。
ピッと短い電子音がして、自動ドアが開いた。
部屋のなかにはまだ明かりがついている。
部屋中央のデスクで高松がモニターを眺めていた。
無数のコンピュータと壁一面の薬品棚。
10畳ほどの部屋の奥にはガラス張りの扉があって病室に続いている。
病室の明かりは消えていて中は見えないが、人の気配はあった。
「珍しいですね、新総帥。しかもこんな時間に」
高松はいつもの赤い軍服ではなく白衣を着ていた。
そのせいか、普段よりも医者らしく見える。
「まだ起きてたのか、ドクター」
「こんな珍しい症例を前にしては眠れないですよね」
高松はコンピュータから吐き出されるデータをピンと弾いた。
「どうなんだ?あのネクラは」
「良くはありませんね。風邪の症状ではあるんですが、使える薬が限られているので…」
「?どういうことだよ?」
高松の手に負えないほどだとは思わなかった。
胸にじわりと不安が広がる。
「……普通、風邪が悪化すると熱を出しますよね」
「え?ああ…」
「彼の場合、平常時は発熱をコントロールでき、さらにその発熱量はヒトの限界値を軽く超えています」
「…だからなんなんだ?」
「結論から言うと、通常の人間が発熱する症状が、彼の場合逆に体温が下がってしまうんです」
「はぁ~!?」
変態だ変態だとは思っていたが、そんなとこまでヒト離れしていたとは。
「…ったく、あいつは人間じゃねぇな。でも熱が低いだけなら対して問題はねぇんじゃねーの?」
「ナニ言ってんですか?人間体温下がり過ぎても死にますからね。対処が確立されてない分、危険ですよ」
高松は淡々と答えたが、それは事実なのだろう。
デスクの上の膨大なデータと目の下の隈がその証拠だった。
シンタローはガラスのドアの向こう、暗い病室を見遣った。
ピピッ。
ほぼ同時に何かの電子音がなった。
「ああ、起きましたね。あなたの気配に気付いたんじゃないですか?」
普段ならふざけんなとかなんとか言うところ。
だけど今はそんな気分じゃなかった。
「入っても、いいか?」
「どうぞ。今明かりをつけますよ」
パッと病室が白くなる。
扉の向こうには体中に電子コードを括りつけられたアラシヤマがいた。
「シンタローはん…?わて、まだ夢見てるんやろか…」
喉に炎症を起こしているのだろう。声はカスカスにかすれている。
「オメーはいつでも夢見がちだろーが」
シンタローが答えるとアラシヤマは微かに笑った。
「ホンモンですわ…ゴホッ…」
アラシヤマが急に咳込む。
体に繋がれたコードが咳に合わせて揺れた。
「スゲーコードの数だな」
「ドクターが…データ取るってきかんのですわ…」
「ああ、もういい。しゃべんな。寝てろ」
シンタローは体を起こしかけたアラシヤマの額を枕に押し付けた。
「…ほんとだ。冷てぇナ…」
アラシヤマの額はどきりとするほど冷たい。
額にあてた手をそのまま頬に移動させる。
やはり、生き物らしい体温はなかった。
ふと、頬に置いた手にアラシヤマの冷たい手が重なった。
存在を確かめるように、強く握りしめられる。
「ふふっ…」
ふいにアラシヤマが笑った。
「何だヨ。気持ちワリーな。手ぇ離せよ」
「…あんさんにこないに触れるんやったら、病気になんのも悪ぅないな思うて…」
アラシヤマは心底嬉しそうに笑う。
「ずっと病気やったら、シンタローはんに火傷させる心配もありまへん…」
けれど。
掠れた声、荒い呼吸、渇いてひび割れた口唇は病人のそれ。
「…ばーか言ってんじゃねーよ」
手を振り上げる。
アラシヤマの手はあっさりと離れた。
「…早く直せよ」
それだけ言って、ベッドの側を離れる。
「…おおきに」
病人のくせに、アラシヤマは顔を赤く染めて、特大の笑顔をしてみせた。
→おまけ
二日後。
「シンタローはぁん!!シンタローはんの愛!のパワーですっかり元気になりましたえ~!!」
総帥室に聞き慣れた京訛りが飛び込んできた。
闖入者がシンタローに向かってダイブする。
シンタローはすかさず右手をかざした。
「眼魔砲」
爆風とともにアラシヤマが彼方へと消えていく。
「治ったら治ったでろくなことにならねぇナ…」
ふと、シンタローの腕にチリとした痛みが走った。
右手を見ると袖のところが僅かに焼け焦げ、手の甲がわずかに赤くなっている。
「…チッ。触られてたか」
まあ、いいか。
シンタローはじんわりと疼く火傷をぺろりと舐めた。
END
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アラシヤマが風邪をひいた。
興奮すると炎を発する異常体質である奴にとって、風邪をひくのは至極珍しいことらしい。
「で、高松にとっつかまって人体実験受けてるって?」
「だっちゃ」
「んだ」
人もまばらな午後。
ガンマ団内のカフェテリアで遅いランチを取っていたシンタローは、ミヤギ&トットリコンビからその事実を初めて聞いた。
「ふーん、馬鹿は風邪ひかねえっていうけどな」
シンタローは、食べかけていたパスタを口に押し込んだ。
「でも、もう三日も監禁されてるべ…」
ミヤギが心配そうに呟く。この顔だけしか取り柄のなさそうな東北人は、意外と面倒見もいい。
「ぼかぁ、アラシヤマなんかどうでもいいっちゃが、ミヤギ君が気にしすぎるけん…、シンタロー、様子見に行ってくれなんだか?」
てめぇらで行けよ、と思いながらも、ガンマ団一不気味な隔離実験施設に近寄る団員はひとりとていない。
ましてやこの二人は、過去に高松にトラウマを追わされている。
まあ、団員の所在を確かめるのも、総帥たる自分の役目だろう。
「…しょーがねぇな…」
シンタローは深い溜息をついた。
* * *
コツン、コツンと足音が響く。
「…さすがに何か負のオーラを感じるな…」
深夜のガンマ団実験施設棟。
リノリウムの廊下を薄青い非常灯が照らしていた。
仕事が一段落してから、と構えていたら、結局片付いたのは日付も変わった時間。
このところいつもそうだ。
明日にするか、と思わないでもなかったが、この時間であれば高松もアラシヤマも休んでいるかも知れない。
見つかると何かと面倒だ。
姿だけ確認して、常識はずれに無体なことをされているのでなければ黙って帰るつもりだった。
隔離実験室の生体セキュリティに手をかざす。
ピッと短い電子音がして、自動ドアが開いた。
部屋のなかにはまだ明かりがついている。
部屋中央のデスクで高松がモニターを眺めていた。
無数のコンピュータと壁一面の薬品棚。
10畳ほどの部屋の奥にはガラス張りの扉があって病室に続いている。
病室の明かりは消えていて中は見えないが、人の気配はあった。
「珍しいですね、新総帥。しかもこんな時間に」
高松はいつもの赤い軍服ではなく白衣を着ていた。
そのせいか、普段よりも医者らしく見える。
「まだ起きてたのか、ドクター」
「こんな珍しい症例を前にしては眠れないですよね」
高松はコンピュータから吐き出されるデータをピンと弾いた。
「どうなんだ?あのネクラは」
「良くはありませんね。風邪の症状ではあるんですが、使える薬が限られているので…」
「?どういうことだよ?」
高松の手に負えないほどだとは思わなかった。
胸にじわりと不安が広がる。
「……普通、風邪が悪化すると熱を出しますよね」
「え?ああ…」
「彼の場合、平常時は発熱をコントロールでき、さらにその発熱量はヒトの限界値を軽く超えています」
「…だからなんなんだ?」
「結論から言うと、通常の人間が発熱する症状が、彼の場合逆に体温が下がってしまうんです」
「はぁ~!?」
変態だ変態だとは思っていたが、そんなとこまでヒト離れしていたとは。
「…ったく、あいつは人間じゃねぇな。でも熱が低いだけなら対して問題はねぇんじゃねーの?」
「ナニ言ってんですか?人間体温下がり過ぎても死にますからね。対処が確立されてない分、危険ですよ」
高松は淡々と答えたが、それは事実なのだろう。
デスクの上の膨大なデータと目の下の隈がその証拠だった。
シンタローはガラスのドアの向こう、暗い病室を見遣った。
ピピッ。
ほぼ同時に何かの電子音がなった。
「ああ、起きましたね。あなたの気配に気付いたんじゃないですか?」
普段ならふざけんなとかなんとか言うところ。
だけど今はそんな気分じゃなかった。
「入っても、いいか?」
「どうぞ。今明かりをつけますよ」
パッと病室が白くなる。
扉の向こうには体中に電子コードを括りつけられたアラシヤマがいた。
「シンタローはん…?わて、まだ夢見てるんやろか…」
喉に炎症を起こしているのだろう。声はカスカスにかすれている。
「オメーはいつでも夢見がちだろーが」
シンタローが答えるとアラシヤマは微かに笑った。
「ホンモンですわ…ゴホッ…」
アラシヤマが急に咳込む。
体に繋がれたコードが咳に合わせて揺れた。
「スゲーコードの数だな」
「ドクターが…データ取るってきかんのですわ…」
「ああ、もういい。しゃべんな。寝てろ」
シンタローは体を起こしかけたアラシヤマの額を枕に押し付けた。
「…ほんとだ。冷てぇナ…」
アラシヤマの額はどきりとするほど冷たい。
額にあてた手をそのまま頬に移動させる。
やはり、生き物らしい体温はなかった。
ふと、頬に置いた手にアラシヤマの冷たい手が重なった。
存在を確かめるように、強く握りしめられる。
「ふふっ…」
ふいにアラシヤマが笑った。
「何だヨ。気持ちワリーな。手ぇ離せよ」
「…あんさんにこないに触れるんやったら、病気になんのも悪ぅないな思うて…」
アラシヤマは心底嬉しそうに笑う。
「ずっと病気やったら、シンタローはんに火傷させる心配もありまへん…」
けれど。
掠れた声、荒い呼吸、渇いてひび割れた口唇は病人のそれ。
「…ばーか言ってんじゃねーよ」
手を振り上げる。
アラシヤマの手はあっさりと離れた。
「…早く直せよ」
それだけ言って、ベッドの側を離れる。
「…おおきに」
病人のくせに、アラシヤマは顔を赤く染めて、特大の笑顔をしてみせた。
→おまけ
二日後。
「シンタローはぁん!!シンタローはんの愛!のパワーですっかり元気になりましたえ~!!」
総帥室に聞き慣れた京訛りが飛び込んできた。
闖入者がシンタローに向かってダイブする。
シンタローはすかさず右手をかざした。
「眼魔砲」
爆風とともにアラシヤマが彼方へと消えていく。
「治ったら治ったでろくなことにならねぇナ…」
ふと、シンタローの腕にチリとした痛みが走った。
右手を見ると袖のところが僅かに焼け焦げ、手の甲がわずかに赤くなっている。
「…チッ。触られてたか」
まあ、いいか。
シンタローはじんわりと疼く火傷をぺろりと舐めた。
END
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平凡な日常ほどありがたいものはない。
ない、が、≪ここ≫ではそうはいかない。
≪ここ≫での平凡は外の領域からみればまた特殊で。
いくら殺し屋集団の看板を取り払ったとはいえ、
≪ここ≫―――『新生ガンマ団』とは、平凡な日常というものはまずあり得ない。
チュド―――――――ンッ
・・・今日も今日とて在るべからざる場所から放たれる青の一族の秘技が鋼鉄な本部を揺るがし大勢の団員をざわめかせ、
一部の幹部を嘆かせる。
領域・~テリトリー(前編)
在るべからざる場所―――そこはガンマ団総帥の部屋。
豪華な―――しかし現総帥が今の地位に就任する前に全体に模様替えをした為、
決して嫌味ではない装飾が施されている。
そこに佇む二人の男。
二人は全くと言っていい程似ても似つかない容貌である。
一人は長い黒髪を、以前よりは日焼けの落ちた小麦肌に滑らせた男。
歳は・・・20前後に見えるだろうか。実年齢はもう三十路を控えているのだが、
マリアナ海溝よりも深すぎる事情により外見年齢はまだ青年になったばかりというところ。
意志の強さを物語る瞳は髪色同じく黒曜石。
【G】というロゴ入りの真っ赤なスーツは前総帥から(無理矢理に)受け継がらせたもので、
それからこの男が現総帥のシンタロ―である事が伺える。
趣味の悪いと言われた新着した同デザインの総帥服だが、想像するのとは大違いに彼とマッチしている。
黒髪と相性が良いのかもしれない。
もう一人の男はシンタロ―が黒い髪・瞳に対して見事なまでの金髪に蒼瞳を持ち、
さらさらと流れるような絹を連想出来るシンタロ―の髪とは打って変わり、かなり硬質である。
服装は特に派手でもなければ地味でもない。
ただ紫を基調にしている為か、どこか攻撃的な印象を全体に与える。
銜え煙草が猛禽類のような攻撃性を助長してもいた。器用に灰は床に落ちる事はないのが不思議だ。
特に目立つのが金髪に対して、何故か自生した黒眉でそこから獅子舞又はナマハゲ―――もとい、
前ガンマ団総帥の二番目の弟であり、特選部部隊隊長のハーレムだと知れる。
両者ともその整った顔立ちによりかなり目立つ。
男女問わず、一度見たらそうそう忘れられるものではないだろう。
佇んでいると言うよりは睨み合っている―――しかも互いに戦闘準備万端と言った風であり、
実際もう互いに一族の秘技を繰り出し合うと言う真に穏やかではない事をし合っている。
「ったく。何でこんな事ばっかりすんだよアンタはッ!」
「相手が弱過ぎんだよ。とっととケリつけた方が効率いいだろうが。こちとら忙しいしな」
「どこが忙しいってんだよ!いっつもいっつも競馬と酒に溺れやがるヘビースモーカー親父ッ!!
もうガンマ団は殺し屋じゃねーって何度言わせればいいんだアンタはッ!!!」
ガンマ団が暗黒面で名を馳せていた血生臭い歴史は長い。
それだけに不殺だと公言してもなかなかに殺し屋のイメージは世間から拭う事は難しく、
試行錯誤悪戦苦闘の毎日に丈夫だと自負している胃もキリキリと痛む―――と言うのにこの叔父は、
まるで自分の足を引っ張る所業ばかりで向ける怒りも並ではない。
額に青筋をデカデカと浮かべてシンタローが人差指をびしっと向け指すと、
口元は相変わらず笑みを残しているハーレムの蒼瞳が変わる。
気付いた変化に身体が凍り付いていくような感覚。
自分は何か特別な事をしたのか?
交わされる言葉の内容はハーレムがこうして大きな問題を抱えてくる度に激しい衝突を引き起こす、
終局の見えぬ平行線。
だからこそ脱力する程の今の会話にいつもは感じられない反応を見せた叔父の心情は分からない。
分からないが―――・・・
何か、あるのだ。
目の前の男の気に触れた言の葉が。
「もう殺しはしない?―――はっ!見せかけだけの奇麗事だな」
「んだと・・・っ」
「お前だってしてるだろ。
この前893国にどデカイ眼魔砲をぶちかましてくださったのはどこのどいつだァ?」
「あれは半殺しで済んでる!誰も殺してはいねぇよ!!」
「似たようなもんだろうが」
「違うッ!生きてるか死んでるかの違いが出てくるんだぞっ!!」
それだけで大きな違いだと口にする、若き新総帥の何と幼い事か。いっそ憐れだなとも思ってしまう。
世間を知らな過ぎる器だけ大きい、けれどただそれだけの総帥。
「死ななければいい。そりゃあ違うんじゃねーの?」
胸の中に溝が出来る。
それはさらに範囲を広げ、その内部に侵入するのはマグマのような純粋な―――単純な怒り。
せき止める法をシンタロ―は知らず、今日もまたこの言葉で二人の言い争いは終結を迎える。
それはあまりにも単純であっけなく面白みもない。
「出てけ――――ッッ!!!」
あれからどれくらい経ったのだろう。
ハーレムが憎たらしいまでの笑みを浮かべて立ち去った後、シンタロ―はすぐさま今日のノルマに取り掛かろうと、
叔父との喧騒の残り火を押しのけながらもパソコンでの作業へと頭を切り替える。
が。
イライライライラ・・・。
「あ~~~!!!ムカツクゥ―――――――ッッ!!!」
シンタロ―総帥、ハーレムと別れてからこれで数十回目の叫び。
PCを立ち上げてもエラーを出し捲くるわ折角打ち込んだ文章もデリートさせてしまったりでちっとも進まないではないか。
とにかく苛々して仕様がない。頭をガシガシと乱雑に掻き回して背凭れに体重を乗せる。
ぎしっ・・・と鳴る音が妙に虚しい。そして腹ただしい。
考えるのも嫌なのだが無視ることも出来ないトラブルメーカーな叔父の事。
もう彼との衝突は日常茶飯事に達している。
今回のように任務先で目に余る事をしでかしたとのものだけでなく、プライベートな時でも、だ。
出会えば何故か二人の間に衝突が起きる。殆どハーレムから仕掛けるのだが。
シンタローがその挑発にのってしまい勃発し、先程の状況になるその繰り返し。
最後に残るのはどうしようもない、あの男に対する消化出来ない怒り。
けれど今シンタローが感じているのは、様々な身勝手言い分ばかり述べる彼に対してだけの怒りではない。
男の言葉がリフレインする。
―――見せかけだけの奇麗事だな―――――死ななければいい。そりゃあ違うんじゃねーの?――・・・
分かっている。出来るだけ相手を傷付けずに済めば良いのだと常に願っている。
いるが・・・。
その事を忘れてしまう時が確かにあるのだ。
こうして我を忘れかけるくらい感情が高ぶると、願っていない言葉もついっと出てきてしまう。
感情に流されるのは総帥として汚点他ないだろう。
願ってはいない・・・・・・けれど心の奥底、“思って”はいる。
命を奪わないで済めば相手を傷付ける事を大目にみてしまう自分がいる。
そんな愚かな事があろうか。
平和を望むなら穏やかに事を進めなければならない―――けれど、
それに目を閉じて耳を塞いで・・・行われる己の手で、指示で行われる破壊。
平和が訪れるのは事実だ。
それでも破壊の元に行われたそれは、真の平和と言えるものではない。
その事実を一番の破壊衝動者に突きつけられる。
普通の者なら気にもせず聞き流すそれを、あの男は掘り返す。
忘れるなと囁くように・・・。
それが優しさからくるものだったら、まだ素直に聞けよう。
けれど彼の場合は―――明らかに自分に対しての挑発行為からだ。
感じる、彼が自分に向けている感情に。それは殺意なのだろう。
あれほど激しいものを感じない筈がない。
男も隠す気がないのか。全てをシンタローにぶつけてくる。
その元で真実を知らしめる。奇麗事を並べて言葉と矛盾している真実の自分を。
・・・・・・・一番胸を占めているのは自分に対する怒り。
忘れていた事に対しての。
忘れようとしている自分に対しての。
意識してではないけれど結局はそうなのだから言い訳するのはあまりに惨めで無意味。
所詮口先だけのキレイゴト。
「第ッ一!!アイツは何かにつけて俺に突っかかってくるんだ!」
けれど、その全ての感情を叔父に全面向ける事でそんな自分と思考を避ける。
それが卑怯な事だと内心理解していながら、認められずに足もがく。
あまりに怒りが今は何よりも勝っている為か、言葉を掛けられるまで戸口の気配に気付かなかった。
「ご機嫌斜めなトコ、すみまへんけど・・・」
遠慮深く様子を伺うように入ってくるアラシヤマの片手には大きな封筒。
「―――っ」
消して気配を消していた訳でもないのに気付けなかった。そんな自分に更に苛立つ。
積み重なる怒り憤怒、交じり合うマーブリング迷彩色の思考。
気付けなかったのだと決して悟られてはならない。
多くの人の上に立つとはそういう者。
常に冷静な判断と威厳を保ち尊敬を浴び、人を動かせるよう勤めなければならないのだ。
自分の父がそうであったように。
「んだよ」
けれど保とうと勤める冷静さをこの男の前では欠いてしまうのは、
身近な存在として無意識な認識をしているからか。
不機嫌さを隠さずに―――隠せるものなら実際は隠したいのだが―――夜中の訪問者を苛立ちの眼光で見据える。
「苛立ってますなぁ」
「るっせーよ」
相手にも分かるあからさま溜息をつかれ、更に苛々が増してしまう。
きっと自分の心臓はグツグツと煮立っているんだろうと冷静な部分が残っている自分がいれば、
そう客観視するかもしれない。
アラシヤマがここに来たのはハーレムとシンタローの騒動を聞きつけてきた野次馬心からでなく、
先日赴いた地区での報告書を渡しにきた事は右手に納められている茶封筒から知れる。
用件はそれだけであろう。それを置いて早く立ち去れと、に言葉を鋭く乗せてやる。
しかしその程度の嫌悪態度をとられたくらいでこの男が立ち去る事はない。
それは冷たくあしらわれる事に慣れているからか、
それとも師匠の弟子いびり(・・・。)から培われた打たれ強さか。
・・・・・・どちらかを取らねければならないとすれば、後者の方がマシな気がする。
「またハーレム様どすか?」
「関係ねーだろ。テメエには」
否定しないところからして答えになっていないようだが100%肯定であるようだ。
無視を決め込もうとするがなかなか立ち去らない男に苛々し、発する言葉がつい冷たいものとなる。
普段は冷たくないのかと問われれば返答に苦しいものはあるが。
「気が散る。帰れ」
彼の深いところまでの心情を読み取り、眉を顰める。
―――これは・・・相当ご機嫌斜めみたいどすな。
いつもより、という意味で。
普段ならばもっと遠まわしな言い方で立ち去るよう言う。
例えば明日も早いのだろうから早く休息を取らないと業務に響くぞ、とか。
帰れと言われても、このような状態の彼を放っておけない。
彼でなければアラシヤマも関心を持たずに立ち去ろうが、
相手がシンタローであるならばどうにかしてやりたいと保護欲のようなものが湧く。
その原因は、やはり―――
「シンタローはんの立場―――心情を他の親しい誰かが抱いています時、
あんさんはそれを黙って見捨てる事が出来ますの?」
自分は出来ない。
親しい者は少ないが、この男とは浅い仲ではないのだと自負している。
何より自分はこの男に心底惚れ抜いているのだから余計に―――。
くるりと身体ごとアラシヤマに向けるシンタローの表情は冷たい。微かに浮かべているその笑みも。
姿勢悪く右肘を立て顔を乗せる。僅かに顔を傾けた事で、さらりと長く伸ばされた黒髪が揺れた。
「俺とお前が親しいって言うのか?」
「違います?」
「大違いだ」
即答。
けれど、知っている。気付いている。言葉とは裏の彼の本心を。それは思い上がりじゃない。
いつも自分には冷たい素振りばかり見せる彼だけれど、隠されたココロを自分は知っている。
隠そうとしても隠し切れない無駄な足掻きをどうして彼は手放さないのかも知っている。
自分をそう簡単に誤魔化せないしさせはしないのに。
―――声が聞こえますよって。
以前、誰かに自分はこう言った。
確かまだ彼の父親が総帥だった頃、まだ現総帥が一団員でしかなく、まだあの島の温もりを知る前の頃。
もう顔も声すら覚えていない一団員の男がシンタローに対して言ったのだ。
そう、その時。
何時ものように冷たくあしらわれたアラシヤマに同情しての発言。
友達はいない彼だが、彼を慕う者は皆無ではなかった。
その中の一人の男がシンタローが去った後に悔しげに漏らした。
「シンタローさんは冷たい人ですよね」
「なしてそう思いますの?」
「えっ・・・だって・・・」
彼が自分に冷たい態度を取り続けるから?
「声が聞こえますよって」
「声?」
「悲しい声どすなぁ・・・。ああ、あんさんは泣いとるんですか?」
「アラシヤマ様・・・?」
その言葉はもはや男に対してではなく、別の強情な誰かに向けて。
声が聞こえた。
それは幻聴などではなく、真実(ほんとう)の彼自身。
それを彼に言おうならば間違いなく否定され、同時に眼魔砲の一発でも撃たれるのであろうが。
だからこれは自分だけが抱くもの。
そしてシンタロー自身が気付かなければ、頑固な彼は認めないのだろう事。
彼の内面考察は今は切り離そう。それより今聞いておきたい事がある。
自分が親しいものではないと言うならば、あの男はどうなのだろう。
今、シンタローの思考の大部分を奪っている彼の事は。
彼に寄せるシンタローの想いが敬愛や親しみではない事を知っている。
二人の間に何事もなければ、
無意識博愛者であるシンタローが相手に対して負の感情を抱きはしないのだろうけれど。
憎しみの感情にすら嫉妬を感じる自分はどこまで欲深いのであろうか。
「ハーレム様より、わてはあんさんとの距離があるます言うんですか?」
「・・・何故にそこでその名前が出てくるんだ」
何故?
それは。
嫉妬という一感情。
下らないプライドがそれを相手に伝えようとはしない。
伝えなければ当然伝わらない。
これがもっと心の芯からの深い間柄ならば伝わるのかもしれない。
けれども自分達はそこまで深くはないのだと
、親しい者とは自負していても悲しきかな、否定は出来ない認識。
ただそれは年月の問題ではない。
無論年月は親近感に大きく作用するが。
最低ラインでもあの島の小さな王者ほどに、彼の心に近付かなければ。
―――えらい高いハードルですなぁ。
一年半以上。二年は経過したであろうか。
自分がシンタローを知った14から約十年。
嫌悪感と認めたくはなかった激しい憧れを抱いて、彼の傍に居た。
それに比べればずっと短い2年にも満たない歳月で、彼の親族よりも何よりも、
きっと心を砕いた最愛の弟よりも、南国の幼い王者は何の策略もなしに彼にとって最も心傾けられる存在になった。
そしてその王者もまた。そこまで思考を巡らせてはた、と気付く。
最初は彼の叔父に対して沸きあがらせられていた嫉妬心が、
いつのまにか別の人物に向けていた事に驚いた。
当初のものと随分掛け離れてしまっていた事に、しかし笑う事は出来ない。
それだけ彼は多くのものに愛され、そして彼もまた多くのものを愛する。
今、彼の怒りをかっているハーレムにも、もしかしたら・・・・・・いや、きっと・・・
「アラシヤマ?」
訝しげに自分の中に突然閉じこもってしまった青年を見やる。
いつも自分の殻に閉じ篭ってしまう事は彼には珍しい行動ではないが、それがいつもとどこかが違う。
それは―――そう、直感。確かに働く第六感。
それ程先程の問いには答え難いものであったのか。
ただ単に一例としてハーレムの名を持ってきただけなのか。
何もこんな時にその名を挙げる事もないだろとは思う。
思うが。
ともかく・・・
「アラシヤマッッ!!」
「・・・えっ!?・・・あ、な、何ですのん!!?」
「~~~~~ッ・・・。・・・・・・あのなぁ・・・何だ?はこっちの台詞だ」
質問に答えず自分の殻に閉じ篭る男の思考に割り込むように名を叫び呼ぶ。
返ってきたのが素っ頓狂な返事だった為か大きな脱力感が襲ってくるのは仕方がないのか。
段々に怒りより呆れの方が強くなった気がしないでもない。
つい漏れてしまう溜息。
相手に聞こえるか聞こえないかの小さなものだったが、
しっかりと相手には聞こえたらしく困惑の表情を見せた彼。
相手の機嫌を更に悪くさせたのだろうかと思ったからだろう。
実際は、ただ、
「もういいや。こうしてるのが何か阿保らし」
話が食い違い繋がらず更に複雑化していく彼との会話は意味不明で生産性がないのだと、
手をひらひらさせて特別意識してではないだろうけれど思いを表し、その視線は宙を仰ぐ。
ちらり、とディスクに詰まれた書類に目を配る。
自分にはまだまだ山のような仕事がある。
それの為の時間を、
例えるなら最初から繋がりもしないバラバラのジグソーピース問答の為に随分と費やしてしまった。
はっきり言えばこれ以上の無駄な時間を打ち切ろうとの意味が、言葉の中には込められている。
それをアラシヤマも気付いているのだろう。何も言わないけれど、きっとそうだと妙な確信がある。
先程から彼には冷たい又は素っ気無い言葉ばかり投げてしまっている。
アラシヤマが嫌いな訳ではない。
普段は「嫌いだ」「うっとおしい」等言ってしまうが。
そしてそれは嘘でもないけれど、真実でもない。
冷たくしてしまうのは癖みたいなもの。
不器用な一種のコミュニケーション。
それは先程も提示したが嫌いだからではなく、
不思議と親族を抜かせばこの団内では気軽に接する事が出来るから。
彼が何か自分に訴えようとしているのは何となく分かる。
根拠もないもないただの感だけれど、きっとそれはお互いにとって、大切な事。
けれど対話する程の時間の余裕がこちらにはないのだ。
そして相手も高幹部の地位。それは総帥ではない自分程でないにしても多忙を余儀なくされる身。
不器用ながらシンタローなりに気を使ったつもりなのだ。
隠された本当の思いが伝わるか伝わらないかは相手の受け取り方次第。
互いの親密の度合が深ければ深い程正しく思いを汲む事が出来る。
確かに二人はあの島で故意ではなくとも隠されていた心をお互いに見せ合えた。
全てではなく、多少歪んだものだったけれど。
確かに。
それでも。
まだ足りなかった。
―――阿保らしい事・・・?
アラシヤマの表情がおどおどしていたものから一変し、シンタローの発した言葉を心中にて反復する。
自分の想いが?
他の誰かとの彼との関わり一つ一つに対する嫌悪感が?
その全てが陳腐なものだと?
決してシンタローはそこまで思って言っているのではなかった。
けれど最初にすれ違ってしまった二人は思いが混じる事はなく、平行線を辿るでもなくすれ違い、
時間をかけず大きな亀裂を作る。
陳腐なもの。
違う。いつだって自分は真剣なのだ。
彼に関しては全て。
想いは感情的な叫びとなり、止め処もなく溢れ出す。
「阿保ちゃいます!真剣なんどすえ!?」
いきなり常ならぬ怒鳴るアラシヤマに酷く驚き、目を丸くして一変した彼を見る。
言葉にしなければ伝わらない想い。
伝えなければならない想い。
越えなければならない境界線(テリトリー)。
大きく息を吐き出し、キッと相手を見据えた。顔面だけでなく身体中が火だって熱い。
「わては・・・わては、シンタローはんの事が・・・・・・」
「俺の事?」
まだ驚きながらも確信に迫るだろう言葉を待つのはシンタロー。
伝わって欲しくて反比例して言い出せなかった想いを言の葉に乗せるのはアラシヤマ。
「~~~好・・・きなんどすッッ!!」
言い終ったが同時に、
重労働後のようにどっと疲れが噴出してその場に崩れ落ちそうになるのをぐっと堪える。
やっとの思いで吐き出した、心の小箱に大事に大事に秘めていた切望色の想い。
すっきりしたと思えたのは一瞬で、今度は一気に顔が朱に染まりまた青くもなる。
長い間伝えれずにいた想いを遂に告白してしまったとの純粋な羞恥心と、
告白に対する相手の返答に期待と不安が交差する。
―――つ、・・・遂に言うてもうたっ!
整った容貌からか、一人で居る事が多いからか、はたまたガンマ団No.2という肩書きからか、
仲の浅い者(主に部下)から見ればアラシヤマはクールな上司。
やや大げさに言えば孤高の御方と憧れ的な眼差しで見られている。
特に新幹部や士官学校生などからは決して少なくなく尊敬を受けており、(※悲しきかな、当の本人はそれを知らず)
又、親しき同僚その他から見れば執念深い根暗男と見られがちなこの青年も、
クールで孤高なお方と見られようが根暗と言われようが根っこは極めて純情。
恋愛関連に関しては友愛以上に小心であるが故、
この告白が如何に勇気を振り絞ったものだったのかは想像に難くない。
体内で煩いほど響き渡る心臓が運んでくる血流が面中心に集まる。
今直ぐにでもここから逃げ出したい衝動を押し留めながら返答をただ黙して待つ。
待って。
待って。
待って。
―――アレ?
返答なし。
更に待っても同じ事。
何故。
突然の告白に彼は戸惑ってしまったのだろうか。
無言相手に不安が更に募り、恐る恐る彼と下げていた視線を合わせた。
「シンタローはん・・・あの・・・」
「あ?」
その声色は快・不快のどちらも伺えぬもので、
決死の告白を受けた者の反応とはあっさりとし過ぎている。戸惑いの様子はまるでない。
「わて、今言うたでっしゃろ・・・。あんさんの事が・・・っ!」
「言ったな。好きって」
あまりにもけろりとした返答にはて?と疑が過ぎる。
何かが擦れ違うような―――冷風が塀の亀裂に吹き抜けるような―――何か―――。
「せやさかい、お、お返事頂きたい・・・・んどす・・・けど」
「返事?いっつも言ってるだろ」
疑が確信へと近づく。それはもしや。
「いっつも好きだの親友だの言ってるじゃねーか」
見事に嬉しくないビンゴ。
確かに普段の彼も直に『好き』とは言ってはいないが、同等な言葉を彼に投げ掛けるのは日常茶飯事だ。
だからシンタローはアラシヤマの『好き』を友愛だと判断した。
―――果たしてそうでっしゃろか。
心の亀裂が更に開く感覚。
それを抉じ開けるのは自分。
キッカケは彼。
気付きたくない。
―――知らない方が良い事だってあるのよ―――
幼い頃にそう、自分に何故か哀しそうに告げたのは誰だったのだろう。
その時頭を撫でてくれた人の顔は今ではもうぼやけてしまったけれど、口元に浮かんだ笑みは忘れない。
笑っているのに、今にも泣きそうだった。その言葉が今となってリフレインする。
気付いてしまうのは自分。
その原因なるのはシンタロー。
今までの『好き』は嘘じゃない。
けれど今まで発してきた『好き』は今抱えている恋心が生んだ『好き』とは種が全く違う。
シンタローが判断したであろう友愛の『好き』。
それは今までの『好き』。
伝えたい『好き』は違う『好き』。
踏み出そうともがく想い。
更に踏み込む彼との彼が作った境界線。
踏み出すのは怖い。
けれど。
「ならこう言えば分かります?―――・・・愛してます、シンタローはん」
踏み出さなければ、きっと何も変わらない。
「・・・・・・」
無言でこちらを見つめる彼の面は先程の告白を受けた後とは明らかに違う。
伝わった筈だ。確実に。
不思議と二度目の告白に気恥ずかしさをそれ程感じなかった。
二度目だから、ではなく、まるで愛の告白をしたと言うよりこれは説得に近いと何故か思った。
それが、無性に悲しいのは何故―――?
無言無表情でアラシヤマの視線を受け止めていたシンタローは、
硬くも感じられた面を溜息と共に切り替えた。
まるで聞き分けのない子どもに向ける顔。それそのものだった。
「なあ・・・、好きも愛してると同じじゃん。『好き』がすっげー『好き』になっただけでさ」
「シンタローはん・・・」
搾り出すように出た相手の名を呼ぶ声は、泣きそうで。
どうして哀の想いが押し寄せてくるのか、もう知っている。
何度目かの震えが両の拳に走った。
「お前、書類提出しにきただけだろ?もういい加減帰れ。
こっちだって日常会話を楽しむほどの時間の余裕はねーし」
これで打ち切りと言葉を遮断し、くるりとディスクワークに戻ろうとするシンタローの右腕を強く掴んで轢き留めたその手は、
意識するより早く。
アラシヤマの瞳に焦燥感は消えうせ、代わりに怒りに似た色が浮かんでいた。
けれどそれは決して怒りの感情ではなく。
「違いますッ!!」
「何が」
何が、違う?
今までの『好き』と今伝えた『愛している』の違いを彼は気付かないのだろうか。
そこまでシンタローという人物は人の感情に疎かっただろうか。
いや。
「本当は知っとります筈ですわ」
「知らない・・・」
伝わっている。
だからこんなにも彼は真っ直ぐなアラシヤマを見れない。
最初に『好き』だと言った時。その時は気付かなかったが、彼は一瞬だけ瞳を揺らめかせた。
けれど彼にはまだ平常心を保つだけの余裕があった。
直ぐに相手の言葉の意味に気付かぬ振りも出来た。
『愛している』と言われた時にも相手の本心を細かく探っていた。
その言葉は真実なのか否かを。
次に『愛している』と言われ、彼の瞳や声色・伝わる全てから想いの意味を知り、同時に驚愕を覚えた。
その今では言葉の震えを感じている。
彼はアラシヤマの想いに気付いている。
それは今ではもう確実。
一歩、アラシヤマはシンタローへと進む。
ほんの少しだけ、半歩もいかないがシンタローは後退する。
僅かに耳についた革靴と絨毯の擦れる音。
また、一歩近付くアラシヤマと同じく僅かに後ずさるシンタロー。
後退する事は気負いを意味してしまうが、頭では分かっていても体が動いてしまう。
出来るなら時間を掛けて事を進めれば良いのだ。
それは理想。
けれど彼はあまりにも頑固で素直でなくて自分では何も気付かないから。
ならば無理矢理にでも彼のテリトリーに入り込む。
一つ間違えてしまえば永遠に修復不可能となってもそれでも踏み込みならきっと今しかない。
チャンスは互いに何度も訪れてはくれないのだ。
互いの息が掛かるかかからないかの距離で、やっとシンタローが口を開く。
相手との距離をこれ以上進めない為に。
「何で近付くんだよ。帰れって言っただろうが」
弱々しい声。まるで何かに酷く怯えたような声。
「怖がる事は何にもあらしまへんのに」
「―――なっ」
「もう誤魔化しは効きまへんよ?わてはずっと無視出来る程にはお人好しではおまへんから」
「何を誤魔化すってんだよっ!それに怖がってなんかねえっっ!!」
ハーレムとの言葉の攻防の時のように声を荒げる彼にに臆する事はない。
むしろそんな彼を痛ましく感じる。
「どうして俺がテメエを怖がらなくちゃなんねーんだよ!!」
彼の領域を全て取り払おうとするかのように、アラシヤマは言葉を紡ぐ。
それは確実へと繋がっていく。
「強がらなくてもいいんでっせ?」
「違うって言って―――ッ!」
語尾はアラシヤマに抱き込まれた為、発する事なく霧散する。
抱く腕は強く。
自分の想いを塗り込めるように優しく。
「分かりますんや」
そっと瞳を閉じてシンタローの肩に顔を埋めると、
彼の愛用するシャンプーの匂いがふわりと微かに香った。
母が子に聞かせるような穏やかな声がシンタローを包もうとする。
「わても・・・おんなじどすから」
その一言にもゆっくりと時間が流れる。
その人の痛みは同じ痛みを持つ者にしか決して分かり合えない。
同じ痛みを知らない者の手厚い同情心は、かえって傷口を深く抉り出すのだ。
「アラシヤマ・・・?」
胸に埋めさせられた顔をゆっくりと上げて合わさったのは、驚きを表している黒曜石の瞳。
そうだろう。自分だって隠していた心中奥の奥の鎖で固く封じていた心。
友が欲しいと常日頃言う。
それは本心。
けれど。
更に奥に潜めていた一番の想いのカモフラージュでもあったのだ。
友愛が恋愛より劣る訳じゃないけれど、伝えるのはどちらが重いか。
受け止めるのはどちらが軽いか。
領域・~テリトリー(後編)
愛する事が怖いのだと、音なき泣き声が聞こえる。
愛するものを失う恐ろしさを自分は知っている。
また彼も。
ふと気が付けば、彼は沢山の多種愛を持っていた。
親愛・友愛・家族愛・敬愛・・・。
それを捨てる気はない。けれどこれ以上所有するのは辛い。
もう失いたくはない。失わない為に守る。
―――けど、それは常にギリギリだ。
込み上げてくる、泣きたくなるような衝動感情を抑えるようにアラシヤマに縋る。
この男の前で弱さを表す事は悔しいけど。
縋らずにはいられないのは、込み上げるものを抑える為か。
それとも彼と同じ想いから欲する衝動か。
―――いや、けどそれは・・・。
自分の彼に対する想いは、彼が自分を想う感情と同一のモノだろうか。
向き合う事でさえ怖いのに、それを直ぐに認識するのはきっと無理。
「急がなくてもいいんですわ」
心を読まれたかと思い、びくりと僅かに肩が震えた。
読心術なんて―――そんな筈はないのだけれど。
「わてはただちゃんと向きおうて欲しい思いましただけですわ」
少々急かしてしまった面は否めないけれどと笑う彼の顔に寄る眉間の皺が哀しく見えた。
直接的ではなく。
とても間接的に諭そうとするその姿勢は、やり方の大差はあれど、と同じだ。
―――誰と、同じ?
ちらり、と月色の影がアラシヤマ越しに脳裏に映る。
揺れる 揺れる 黄金の鬣。
―――眩しい。
顎をつい・・・っと上げ、空ろな瞳をどこからか漏れているらしい微風に揺れる黒に映す。
さらりとそれを撫で上げてみれば相手の身体がおかしなくらいにビクンと跳ねる。
構わず優しく髪を梳いた。
「・・・お前の髪も・・・硬いな、少し」
「シンタローはん・・・?」
消え入りそうな彼の声、その中にある確固たる事に気付いた自分。
不審に思い、緊張に硬くなる面を彼に向ける。
お前の髪も・・・
―――“も”。それは誰の事を言うてはりますの?
ゆっくりと身体を離す。心臓がドクドクと喧しい。
「・・・言うて、シンタローはん」
「何を」
「あんさんは・・・あんさんの―――」
誰がシンタローはんの中にいますの。
わてより先に誰が入り込みましたんどす?
あんさんの眼前にいますんはわてですのに、わてを見てくれはりませんの?
疑問系ながら実際には検討はついている。
だからこそ苦くて辛い。
「わてでは役不足でっか?」
全てが遅すぎましたのやろか・・・。
苦しく苦い想いと共に愛しい人を更に強く抱き寄せる。
―――違う。
強い想いを打ち明けた彼の肩に腕を回しながら心の中、そっと呟く。
―――そうじゃない。
役不足なんかじゃない。
彼も大事な構成物質のピース。
―――ないが・・・ただ・・・。
世界に数限りなくある言葉。
だというのに上手く想いを適切に表す言葉は見つからなくて。
自分自身ですら整理のつかない想いを、どうして彼に伝えられるのでしょうか。
開け放たれた窓からバサバサと時より強めの風が室内で踊る。
部屋の主の兄よりは落ち着いた、弟よりは飾り気のある調度品の数々、
その中心部に固定設置されたさして大きくはない白いテーブル。
そして置かれた何杯目かのコップに注がれた、
アルコール度の非常に高い、決して少なくはない無数の酒瓶。
鬣のような硬質な黄金も揺れてその度に鈍く光る。
酒に酔う事はなく、逆に酒を酔わせているのではないかと誰かにそう嫌味として咎められたが、
あながち間違いではなさそうだ。
アルコールが齎す浮遊感も甘さも、いつの頃からか薄れていった。
面白みが半減したと知っていても呷り続ける酒。
浴びるように飲む。
確かにその言葉通り、服のあちらこちらに点々と酒の水滴がばら撒かれている。
双子の弟のような米国紳士的に上品に飲むと言う事はない。
途中からコップは意味をなくし瓶を片手に直接口を付け喉に流し込んだ。
とっくに酔ってしまってもおかしくはない―――それ程豪快に肝臓へとドロドロと流し込んでも酔い込めない。
今日はまだ大喰らいの彼は夕食を口にしていないのだ。
空っぽのお腹に酒を入れると酔いが回るのが早くなると言われているけれど。
それは全くに訪れず。
また乱暴な手つきで注がれる酒。
硝子の中、小さくなった氷が狭い空間の中でかちりと音を立てて離れる。
そしてまたどちらからと言う事もなく引き寄せあい、懲りずにカランとぶつかる。
豪酒な彼。
しかしこれでもまだ酔えぬ原因は
「アイツの所為で何時まで経っても酔えやしねえ」
子どもみたいな八つ当たり。
想いの複雑さは世間を知る大人のものなのに。
領域は森羅万象形見えるものも違えるものとて無限ではない。
例えるなら視界に捕らえる事は叶わぬ不明確な一つの箱舟。
ある一定量を受け付けたならそれは容易く崩れ落ち、泡粒に姿を変え深海へと消える。
「とっくに限界を超えてやがるだろう。テメエは」
紡がれた言葉は驚くほど弱い。
それに反応を示したかのように、またカランと鳴り揺れた氷。
小さく、なのにとても空間全体に響く音を打ち消すように呷る。
想いの全てを流すかのように。
グラスに残った僅かな残り酒と氷に映った顔は、
波紋でよくは見えなかったが不快だけで形成された面だろう事は知れた。
快を促す酒。
不快のみ感じる男。
原因はきっとあの影がある京人。
今頃、現総帥と言う肩書きを持つ甥の元へ何かと理由を付て傍に自分の居場所を作ろうとする、
部下の弟子が甥っ子の傍に居るのだろう小さな推理は全くの感ではない。
甥との日常茶飯事ともなっている討論後。
自室に戻る際、近くに感じた彼の気配。
気は複雑に乱れ、会いに行く男とのこれからをあれやこれやと頭に描き、
期待と落胆を繰り返しているのだろう事を予測するのは常日頃の―――係わり合いが乏しい為、
その間の微かな記憶の彼と甥の関係考察と、
師匠である部下から極たまに耳にする彼の小話からの僅かな情報からだけだが―――彼から簡単に知れる。
三十にも満たない生で、両腕から溢れ出してしまう程の親愛も無責任な期待も、
殺意を含む憎しみさえも受け止め続けた甥。
彼に近付くモノ。
その大半が甥の心を気にもせず入り込んだ先には未成熟な領域(テリトリー)。
入り込んだと言うより無理やりな形の侵略だろう。
あの男なら大丈夫なのだとの無意識下での勝手な押し付けられた信頼。
受け止め、同時に失った幾つもの愛おしい存在。
もうこれ以上何かを失う事が酷く怖いのだと深い心が悲鳴を上げても、誰も気付かない。
気付こうともしない。
例え察しても黙殺し、不安定要素で構築された窮屈な領域に土足で進入する。
あの京人もまた同じなのだとハーレムは結論付けた。
けれど。
どこかでリンリンと鳴る否定の鈴音。
ちらりと視界に過る片方だけのしかし両眼に炎を宿す瞳は―――。
「シンタローに呷られたのかよ?」
アイツも。
己も。
媚びるでもなく、劣等感も優越感さえ他の者ならいざ知らないが、
甥の前には現さない抱く筈はなかった不純な想い。
意外とも思える二人の共通点はシンタロー。
それでいて、違いを生み出す原因もまた彼。
一歩後ろ又は隣で、彼を見守り支えになりたいと願うアラシヤマとは違い、
ハーレムは甥の数十歩先を歩む優越感は持とうとする。
彼のように前に進むでもなく後ろに控えるでもなく、共に並ぶ事すら望む事はない。
甥はもう子どもではないのだし自分はそこまで甘くはない。
ただ特別意識させる事なく、察する事もさせずに道を作りたかった。
例えば生い茂る道なき広大な草原を無造作に進む。
新しく出来た道を甥が進むのだ。
常に彼の前を歩き、
その先に待つ、ハーレムとシンタローの互いの位置関係は今と比べ、どう変化するのだろうか。
「一時の愚問で終わるがな」
思考はそこで途切れる。
気付かせない素振りで彼の中へ潜り込みたかった。
けれど。
シンタローの箱舟はもうぎゅうぎゅう詰めで。
それ以上は定員オーバー。
それでも、あの器用でしかし妙なところで不器用なお人好しは、自分を必要とする者を、
結局は本気では邪険に出来ず、手を差し伸べるのだ。
心が悲鳴を上げていようとも。
それに気付かぬ愚者達の為に。
それが我慢ならないというのは傲慢なのだろう。
いや。ただの我侭だろう。
シンプルに。
自分は気が短い。
十分に自覚している。事について否定する気はない。
博愛の衣で、偽り姿で、狭く広い舞台で演じ続ける甥に現実を叩きつける。
瞳を逸らすなとそれこそ容赦なく。
好印象を持たれはしないだろう。
けれど憎悪の感情は強ければ強い程、質によっては彼の心を捉える事が可能となる。
それは“自分だから”だと自負してもいる。
彼の作った固い殻もこじ開け、捉える。
シンタローの箱舟から温まっている輩を全員蹴倒してしまえば、舟内は当然がら空き。
留まるのは自分だけでいい。
他の奴らには渡したくない居場所(ソンザイ)。
歪んだ愛情だ独占欲の黒い愛と人は呼ぶのだろうか。
「まァ誰が何を言おうが勝手に思おうが、俺には関係ねぇがな」
甥は確実にこの傲慢な叔父に対し、憎悪の想いを持っている筈。
しかしそれもこの男のカリュキュレーションズアンサー。
いつかのどこかで聞いた言葉がリフレインする。
もう遠の昔に誰かの囁き。
「愛と憎しみは紙一重・・・ねぇ」
愛する事と憎しみは別モノの感情。
当時はなにを馬鹿な事だと片付け、
まるっきりに無関心だった彼が意味を理解出来ずにそのまま流してしまった、記憶に留めていない遥かな昔。
必須項目ではない蛇足。気になるもの。常に胸を占める強き想い。
それだけで手一杯なのだから。
互いに互い、思いが先走り過ぎて素直になれないままに。
あまりに強情な甥。
激しい嫌悪感と、否定し切れない、確かに抱く愛しく想う情。
気付いてしまったなら―――認めてしまったのなら、すべき事は自然と一つの道へと向かい進む。
「刻み込んでやるよ」
俺を。
癒えない傷をもっと深く与え続けてあげる。
無理矢理にでも、それでも欲しいのだから。
我慢は覚えない。欲しければ奪えば良い。
全て。
身体だけじゃ決して満足など出来ない。
もっと欲するのは。
「けっ、らしくもねぇ」
男からすればまだまだ青臭いいあんな子どもに、
こんなにも激しく執着する事し快と不快を簡単に揺さ振られるなんて。
今は忘れるようと、酒を体内に循環させる。
今、だけ。
彼を忘れる事は実際には出来やしないし、
「忘れてもやらねぇけどな」
波紋を作り続けるワインレッドの表面に自分と甥を映し、小さく笑った。
微かに覗く月は朧月。
部屋の主である男を見守るように、淡く光を降らせ続けた。
「シンタローはん」
「んだよ」
呼ばれてはじめて飽きずにアラシヤマの髪を撫でていた手動がとまる。
明らかに見せつけと分かる盛大な溜息の次には「テメエの所為で溜まってる仕事を中断させられるわ
ソレを今からヤル気は削がれちまったしで散々だぜ」と長々ぶつぶつ言ってくる。
やれやれ先程までの彼はどこへ行ってしまったのか。
そう思うのと同時にけれど虚ろ調子ではない、いつものシンタローに少なからずの安堵感。
文句を言われる謂れは
・・・・・・・・・やはりあるのだろう。
―――それに何ぞ言い返したとしてもメリットのある結果は得られへん事も先読みが出来るさかい、
素直に謝罪しておくのが何より得策でっしゃろ。
シンタローが“こういう場面”では“こうする”、
“ああいう場面”では“ああする”など舵の取り方が意識する事少なからず理解出来るようになってきている。
それだけ自分は彼を、彼だけをずっと見ているのだから。
気がつけば何時だって彼の事だけを追いかけていく自分。
今は安堵感を持たせる小言を淡い笑みを持って人差し指を彼の唇に当てて制した。
少なからず驚いたような彼は黒曜石の瞳を少し大きく開く。
「あんさんが誰を強く思うても構いまへん・・・と言うたら、まあ・・・嘘になりますけど」
言いながら触れる唇をゆっくりと優しくなぞりあげる。
アラシヤマにしては大胆過ぎる行為に対し、普段ならば十や二十、下手すれば眼魔砲を繰り出す癖に。
出来ない、しようとも思えないのは、彼の常には見られない温かさを纏った自愛な笑みについ、
毒気を抜かれたからか。
「いつかわてがトップになりますよって。期待しててくだはれv」
あの子どもよりも、最愛の弟よりも、彼の従兄弟からも他の仲間よりも、
・・・戦略的にシンタローに入り込む彼の叔父である、あの男をも越えて。
体も心も。
誰よりも自分が一番彼の傍にいたい。
「はァ?何の」
案の定。彼は気付かない。気付かれたらきっと、
「言うたらあんさん力いっぱい否定しますさかい。まだ言いまはんわ」
「んだよソレ。否定されるって分かってるんなら何のトップだか知らねーけどぜってぇーに無理だろ」
「酷いおますなぁ~。まだ何のか言うてまへんのにもう無理だ言いはるなんて」
「テメエの考える事は大概、俺にとってろくでもねえ事だし」
「ああっ!!相変わらずに殺生なお方やっ!」
冷たくさらっと言われてしまい、大袈裟によよよよ・・・と泣き真似を存分に披露する。
ただ少しからかってみただけなのに、相変わらずの彼が妙に可笑しくて、涙を瞳に溜めお腹を抱えて笑った。
彼が可笑しくて。
本当に、涙まで浮かんだのはそれだけが理由だったのだろうか。
それから少し続いた、いつも通りの二人の会話・対話とほぼ一方的ながらの言い合い。
いつも通り。
他の気心の知れた相手とならば誰とも大差な変わりのない態度。
平面だけの会話。
微量に受け取れる事の出来る想い。
それもそう遠くないうちに。
「変えてみせますよって」
「は?何を??」
誰も入り込めない、入り込ませない、二人だけの領域(テリトリー)。
END
☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:
PAPUWAキャラクター人気投票でシンちゃんが一位を獲得したと知った瞬間に、
「こりゃぁ祝うっきゃねえ!!」とばかりに書いた三位(ハーレム)vs二位(アラシヤマ)×一位(シンタロー)。
真っ黒クロスケ・・・と言う程ではありませんが、シリアスまっしぐらでした(´▽`;A゛
その口直し・・・になるのか分かりませぬが、ちょこっとおまけ↓はALLギャグ路線でGOo(≧▽≦)○☆★
★GOBLIN’SPARTY★・・・の没ネタ
★これまでのあらすじ★
ガンマ団に設置してある託児所の子ども達の為に、ハロウィンパーティを主催したシンタロー現総帥。
化け猫の仮装をして自らも積極参加。
無事に終わったハロウィンパーティだが、自室に吸血鬼の仮装をしたアラシヤマが訪れ、菓子を強請った。
邪険に対応するシンタローに、「仕方あらしまへんなぁ・・・・・・ほなら悪戯しますえv?」と襲い掛かるアラシヤマ!
どうなる!?シンタロー!!!
・
・
・
・
・
やばいヤバイや~~~べ~~~えええええよおおおぉおぉおぉおぉぉ~~~~~~~~!!!!!
脳みそをフル回転させて、この窮地を切り抜ける方法を考える。
何かある筈だろ!?どんな難解な状況でも打破する何かがッ!!思いつけ思いだせ思い・・・・・・・・・
―――あ。
あった・・・。アレがあったんだっけか!
グイッと相手の体を押し退けてベットから降りる。
「シンタローはん?」
展開に着いていけないと語るぼんやりとしたアラシヤマに背を向けてソファに向かう。
ソファの上にはさっきパーティで着用していた化け猫服(?)が無造作に投げ出してある。
少し時間が経った為か少々の皺が出来てしまっていたが、
どうせ明日にはガンマ団内に設置されているクリーニング部署に頼む予定だったから特に問題視はしていない。
しかし、クリーニングに出す前に≪コレ≫に気付けてよかったぜ。
そのまま出しちまってたらえらい事になっただろうな。
ポケットの中がべとべとしちまって。
俺が離れてしまっても、耳を塞ぐかその口を塞ぐかしたいアラシヤマお得意一人妄想語りが聞えてくる。
「何か探しものでっか?何もこないないざ本番な時にせんでもええんでっしゃろ。
それともよっぽど今すぐに必要なものですの?
ハッ・・!今入用なもの言わはったらやはりそういうもんですの!?
いややわぁ~vvシンタローはん、意外と大胆ですわぁv
そないなもんに頼らへんでもわてはちゃあぁ~んとあんさんを満足させる事出来ますよって要らへん思いますよ?
京人は手先器用が多いよってどすから。
まあ京人全員がそうとは言えまへんが、けどわては幼少期から何をやらせてもそつなくこなせましたし。
はっ!!そう言えばあんさんなしてそないな物を持っとりますの。
・・・まさか。
・・・・・・まさかとは思いますけどシンタローはん。
どこぞの誰かと使ったりしてまへんでっしゃろな!?
使う使わないは別としても、わて以外の男と―――――うわっ!!」
ぼすっ
「いい加減に黙れ」
≪コレ≫を服から取り出すただその動作時間だけで、
んなアホな想像妄想を限りなく続けられるアラシヤマの顔面めがけて化け猫服で思いっきり殴ってやった。
服はまあ、柔らかい素材で出来ているからそんなに痛くはなかっただろ。
勢いは全力でつけたから痛い“ようには”一瞬感じるかもしれねえケド。
「ほれっ」
「え?ぅわっととッッ!」
突然投げたソレを、慌ててアラシヤマが危なげな手つきでキャッチした。
手に平の中でソレが数回バウンドしている。
おいおい・・・。一回でキャッチしろよ、ガンマ団(自称)No.2の男。
ガッシリと両手に握り締めたソレをゆっくりと指を解いて凝視するこいつの顔に、
状況追跡困難色が目印のような判り易さで色濃く浮かんでいる。
俺の貞操危機(※まだあるのか信憑性はイマイチ)を救う小さなソレは。
「チロルチョコ・・・でっか?」
ハロウィンパーティで子ども達に配った菓子の中でやけに数の多かったチロルチョコ。
余った分は本部に戻すも良し、土産代わりに貰っても良しとなっている。
ハロウィンパーティー主催者は俺だが、菓子・場所手配諸々は親父の代からの総帥秘書、
名前だけは甘く仕事に関してはかなり厳しいコンビ・ティラミス&チョコレートロマンスに主な手配、運営を任せた。
菓子類は元々子供たちの為に用意したモンだし、俺は残らないように全部配ったんだが、
それでも中途半端に一つだけ余っちまったチロルを一応貰っておいた。
まさかこんなちっちゃなモンに救われるとは思わなかったぜ。
「そ。お前も知ってるだろ?チロルチョコ」
「そら、知ってはりますけど・・・はっ!?もしかしてシンタローはん・・・ッ」
「お前の予想、多分ビンゴな。どんなに小さくても菓子は菓子だろ」
「シ、シンタローはぁぁあん~~~」
あんまりに情けねえ声に、ちょっとだけ・・・本当に少しだけ意地悪だったかなと思うけど、
やっぱりそー簡単には俺の初物は渡してやんねーよ。
どうせ来るなら全てを賭ける覚悟を持って全力できな。
中途半端じゃ俺は捕まえられねえよ?
俺はお高いんだぜ?
知ってたか?
。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。。・
:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。
本当はこっちが【★GOBLIN'S PARTY★】本編になる予定でしたが、
気が付いたらアラッシー甘やかしのHAPPYENDをUPしておりました。
おっかしいですね~(゚_゚?)何の為に『何故かチロルチョコの多い菓子の袋(勿論他の菓子もあるが)を
一つを渡し~』と菓子描写をしたのやら(;´▽`A``
俺様なシンちゃん書けて幸せ~vv主婦してるシンちゃんが一番好きなんですが、俺様受もいいよねッ☆ヾ(≧∇≦*)〃
俺様受シンちゃんシンちゃんはアラッシー相手じゃないとなかなか難しいですし。(キンちゃん・・・は対等ですし)
ない、が、≪ここ≫ではそうはいかない。
≪ここ≫での平凡は外の領域からみればまた特殊で。
いくら殺し屋集団の看板を取り払ったとはいえ、
≪ここ≫―――『新生ガンマ団』とは、平凡な日常というものはまずあり得ない。
チュド―――――――ンッ
・・・今日も今日とて在るべからざる場所から放たれる青の一族の秘技が鋼鉄な本部を揺るがし大勢の団員をざわめかせ、
一部の幹部を嘆かせる。
領域・~テリトリー(前編)
在るべからざる場所―――そこはガンマ団総帥の部屋。
豪華な―――しかし現総帥が今の地位に就任する前に全体に模様替えをした為、
決して嫌味ではない装飾が施されている。
そこに佇む二人の男。
二人は全くと言っていい程似ても似つかない容貌である。
一人は長い黒髪を、以前よりは日焼けの落ちた小麦肌に滑らせた男。
歳は・・・20前後に見えるだろうか。実年齢はもう三十路を控えているのだが、
マリアナ海溝よりも深すぎる事情により外見年齢はまだ青年になったばかりというところ。
意志の強さを物語る瞳は髪色同じく黒曜石。
【G】というロゴ入りの真っ赤なスーツは前総帥から(無理矢理に)受け継がらせたもので、
それからこの男が現総帥のシンタロ―である事が伺える。
趣味の悪いと言われた新着した同デザインの総帥服だが、想像するのとは大違いに彼とマッチしている。
黒髪と相性が良いのかもしれない。
もう一人の男はシンタロ―が黒い髪・瞳に対して見事なまでの金髪に蒼瞳を持ち、
さらさらと流れるような絹を連想出来るシンタロ―の髪とは打って変わり、かなり硬質である。
服装は特に派手でもなければ地味でもない。
ただ紫を基調にしている為か、どこか攻撃的な印象を全体に与える。
銜え煙草が猛禽類のような攻撃性を助長してもいた。器用に灰は床に落ちる事はないのが不思議だ。
特に目立つのが金髪に対して、何故か自生した黒眉でそこから獅子舞又はナマハゲ―――もとい、
前ガンマ団総帥の二番目の弟であり、特選部部隊隊長のハーレムだと知れる。
両者ともその整った顔立ちによりかなり目立つ。
男女問わず、一度見たらそうそう忘れられるものではないだろう。
佇んでいると言うよりは睨み合っている―――しかも互いに戦闘準備万端と言った風であり、
実際もう互いに一族の秘技を繰り出し合うと言う真に穏やかではない事をし合っている。
「ったく。何でこんな事ばっかりすんだよアンタはッ!」
「相手が弱過ぎんだよ。とっととケリつけた方が効率いいだろうが。こちとら忙しいしな」
「どこが忙しいってんだよ!いっつもいっつも競馬と酒に溺れやがるヘビースモーカー親父ッ!!
もうガンマ団は殺し屋じゃねーって何度言わせればいいんだアンタはッ!!!」
ガンマ団が暗黒面で名を馳せていた血生臭い歴史は長い。
それだけに不殺だと公言してもなかなかに殺し屋のイメージは世間から拭う事は難しく、
試行錯誤悪戦苦闘の毎日に丈夫だと自負している胃もキリキリと痛む―――と言うのにこの叔父は、
まるで自分の足を引っ張る所業ばかりで向ける怒りも並ではない。
額に青筋をデカデカと浮かべてシンタローが人差指をびしっと向け指すと、
口元は相変わらず笑みを残しているハーレムの蒼瞳が変わる。
気付いた変化に身体が凍り付いていくような感覚。
自分は何か特別な事をしたのか?
交わされる言葉の内容はハーレムがこうして大きな問題を抱えてくる度に激しい衝突を引き起こす、
終局の見えぬ平行線。
だからこそ脱力する程の今の会話にいつもは感じられない反応を見せた叔父の心情は分からない。
分からないが―――・・・
何か、あるのだ。
目の前の男の気に触れた言の葉が。
「もう殺しはしない?―――はっ!見せかけだけの奇麗事だな」
「んだと・・・っ」
「お前だってしてるだろ。
この前893国にどデカイ眼魔砲をぶちかましてくださったのはどこのどいつだァ?」
「あれは半殺しで済んでる!誰も殺してはいねぇよ!!」
「似たようなもんだろうが」
「違うッ!生きてるか死んでるかの違いが出てくるんだぞっ!!」
それだけで大きな違いだと口にする、若き新総帥の何と幼い事か。いっそ憐れだなとも思ってしまう。
世間を知らな過ぎる器だけ大きい、けれどただそれだけの総帥。
「死ななければいい。そりゃあ違うんじゃねーの?」
胸の中に溝が出来る。
それはさらに範囲を広げ、その内部に侵入するのはマグマのような純粋な―――単純な怒り。
せき止める法をシンタロ―は知らず、今日もまたこの言葉で二人の言い争いは終結を迎える。
それはあまりにも単純であっけなく面白みもない。
「出てけ――――ッッ!!!」
あれからどれくらい経ったのだろう。
ハーレムが憎たらしいまでの笑みを浮かべて立ち去った後、シンタロ―はすぐさま今日のノルマに取り掛かろうと、
叔父との喧騒の残り火を押しのけながらもパソコンでの作業へと頭を切り替える。
が。
イライライライラ・・・。
「あ~~~!!!ムカツクゥ―――――――ッッ!!!」
シンタロ―総帥、ハーレムと別れてからこれで数十回目の叫び。
PCを立ち上げてもエラーを出し捲くるわ折角打ち込んだ文章もデリートさせてしまったりでちっとも進まないではないか。
とにかく苛々して仕様がない。頭をガシガシと乱雑に掻き回して背凭れに体重を乗せる。
ぎしっ・・・と鳴る音が妙に虚しい。そして腹ただしい。
考えるのも嫌なのだが無視ることも出来ないトラブルメーカーな叔父の事。
もう彼との衝突は日常茶飯事に達している。
今回のように任務先で目に余る事をしでかしたとのものだけでなく、プライベートな時でも、だ。
出会えば何故か二人の間に衝突が起きる。殆どハーレムから仕掛けるのだが。
シンタローがその挑発にのってしまい勃発し、先程の状況になるその繰り返し。
最後に残るのはどうしようもない、あの男に対する消化出来ない怒り。
けれど今シンタローが感じているのは、様々な身勝手言い分ばかり述べる彼に対してだけの怒りではない。
男の言葉がリフレインする。
―――見せかけだけの奇麗事だな―――――死ななければいい。そりゃあ違うんじゃねーの?――・・・
分かっている。出来るだけ相手を傷付けずに済めば良いのだと常に願っている。
いるが・・・。
その事を忘れてしまう時が確かにあるのだ。
こうして我を忘れかけるくらい感情が高ぶると、願っていない言葉もついっと出てきてしまう。
感情に流されるのは総帥として汚点他ないだろう。
願ってはいない・・・・・・けれど心の奥底、“思って”はいる。
命を奪わないで済めば相手を傷付ける事を大目にみてしまう自分がいる。
そんな愚かな事があろうか。
平和を望むなら穏やかに事を進めなければならない―――けれど、
それに目を閉じて耳を塞いで・・・行われる己の手で、指示で行われる破壊。
平和が訪れるのは事実だ。
それでも破壊の元に行われたそれは、真の平和と言えるものではない。
その事実を一番の破壊衝動者に突きつけられる。
普通の者なら気にもせず聞き流すそれを、あの男は掘り返す。
忘れるなと囁くように・・・。
それが優しさからくるものだったら、まだ素直に聞けよう。
けれど彼の場合は―――明らかに自分に対しての挑発行為からだ。
感じる、彼が自分に向けている感情に。それは殺意なのだろう。
あれほど激しいものを感じない筈がない。
男も隠す気がないのか。全てをシンタローにぶつけてくる。
その元で真実を知らしめる。奇麗事を並べて言葉と矛盾している真実の自分を。
・・・・・・・一番胸を占めているのは自分に対する怒り。
忘れていた事に対しての。
忘れようとしている自分に対しての。
意識してではないけれど結局はそうなのだから言い訳するのはあまりに惨めで無意味。
所詮口先だけのキレイゴト。
「第ッ一!!アイツは何かにつけて俺に突っかかってくるんだ!」
けれど、その全ての感情を叔父に全面向ける事でそんな自分と思考を避ける。
それが卑怯な事だと内心理解していながら、認められずに足もがく。
あまりに怒りが今は何よりも勝っている為か、言葉を掛けられるまで戸口の気配に気付かなかった。
「ご機嫌斜めなトコ、すみまへんけど・・・」
遠慮深く様子を伺うように入ってくるアラシヤマの片手には大きな封筒。
「―――っ」
消して気配を消していた訳でもないのに気付けなかった。そんな自分に更に苛立つ。
積み重なる怒り憤怒、交じり合うマーブリング迷彩色の思考。
気付けなかったのだと決して悟られてはならない。
多くの人の上に立つとはそういう者。
常に冷静な判断と威厳を保ち尊敬を浴び、人を動かせるよう勤めなければならないのだ。
自分の父がそうであったように。
「んだよ」
けれど保とうと勤める冷静さをこの男の前では欠いてしまうのは、
身近な存在として無意識な認識をしているからか。
不機嫌さを隠さずに―――隠せるものなら実際は隠したいのだが―――夜中の訪問者を苛立ちの眼光で見据える。
「苛立ってますなぁ」
「るっせーよ」
相手にも分かるあからさま溜息をつかれ、更に苛々が増してしまう。
きっと自分の心臓はグツグツと煮立っているんだろうと冷静な部分が残っている自分がいれば、
そう客観視するかもしれない。
アラシヤマがここに来たのはハーレムとシンタローの騒動を聞きつけてきた野次馬心からでなく、
先日赴いた地区での報告書を渡しにきた事は右手に納められている茶封筒から知れる。
用件はそれだけであろう。それを置いて早く立ち去れと、に言葉を鋭く乗せてやる。
しかしその程度の嫌悪態度をとられたくらいでこの男が立ち去る事はない。
それは冷たくあしらわれる事に慣れているからか、
それとも師匠の弟子いびり(・・・。)から培われた打たれ強さか。
・・・・・・どちらかを取らねければならないとすれば、後者の方がマシな気がする。
「またハーレム様どすか?」
「関係ねーだろ。テメエには」
否定しないところからして答えになっていないようだが100%肯定であるようだ。
無視を決め込もうとするがなかなか立ち去らない男に苛々し、発する言葉がつい冷たいものとなる。
普段は冷たくないのかと問われれば返答に苦しいものはあるが。
「気が散る。帰れ」
彼の深いところまでの心情を読み取り、眉を顰める。
―――これは・・・相当ご機嫌斜めみたいどすな。
いつもより、という意味で。
普段ならばもっと遠まわしな言い方で立ち去るよう言う。
例えば明日も早いのだろうから早く休息を取らないと業務に響くぞ、とか。
帰れと言われても、このような状態の彼を放っておけない。
彼でなければアラシヤマも関心を持たずに立ち去ろうが、
相手がシンタローであるならばどうにかしてやりたいと保護欲のようなものが湧く。
その原因は、やはり―――
「シンタローはんの立場―――心情を他の親しい誰かが抱いています時、
あんさんはそれを黙って見捨てる事が出来ますの?」
自分は出来ない。
親しい者は少ないが、この男とは浅い仲ではないのだと自負している。
何より自分はこの男に心底惚れ抜いているのだから余計に―――。
くるりと身体ごとアラシヤマに向けるシンタローの表情は冷たい。微かに浮かべているその笑みも。
姿勢悪く右肘を立て顔を乗せる。僅かに顔を傾けた事で、さらりと長く伸ばされた黒髪が揺れた。
「俺とお前が親しいって言うのか?」
「違います?」
「大違いだ」
即答。
けれど、知っている。気付いている。言葉とは裏の彼の本心を。それは思い上がりじゃない。
いつも自分には冷たい素振りばかり見せる彼だけれど、隠されたココロを自分は知っている。
隠そうとしても隠し切れない無駄な足掻きをどうして彼は手放さないのかも知っている。
自分をそう簡単に誤魔化せないしさせはしないのに。
―――声が聞こえますよって。
以前、誰かに自分はこう言った。
確かまだ彼の父親が総帥だった頃、まだ現総帥が一団員でしかなく、まだあの島の温もりを知る前の頃。
もう顔も声すら覚えていない一団員の男がシンタローに対して言ったのだ。
そう、その時。
何時ものように冷たくあしらわれたアラシヤマに同情しての発言。
友達はいない彼だが、彼を慕う者は皆無ではなかった。
その中の一人の男がシンタローが去った後に悔しげに漏らした。
「シンタローさんは冷たい人ですよね」
「なしてそう思いますの?」
「えっ・・・だって・・・」
彼が自分に冷たい態度を取り続けるから?
「声が聞こえますよって」
「声?」
「悲しい声どすなぁ・・・。ああ、あんさんは泣いとるんですか?」
「アラシヤマ様・・・?」
その言葉はもはや男に対してではなく、別の強情な誰かに向けて。
声が聞こえた。
それは幻聴などではなく、真実(ほんとう)の彼自身。
それを彼に言おうならば間違いなく否定され、同時に眼魔砲の一発でも撃たれるのであろうが。
だからこれは自分だけが抱くもの。
そしてシンタロー自身が気付かなければ、頑固な彼は認めないのだろう事。
彼の内面考察は今は切り離そう。それより今聞いておきたい事がある。
自分が親しいものではないと言うならば、あの男はどうなのだろう。
今、シンタローの思考の大部分を奪っている彼の事は。
彼に寄せるシンタローの想いが敬愛や親しみではない事を知っている。
二人の間に何事もなければ、
無意識博愛者であるシンタローが相手に対して負の感情を抱きはしないのだろうけれど。
憎しみの感情にすら嫉妬を感じる自分はどこまで欲深いのであろうか。
「ハーレム様より、わてはあんさんとの距離があるます言うんですか?」
「・・・何故にそこでその名前が出てくるんだ」
何故?
それは。
嫉妬という一感情。
下らないプライドがそれを相手に伝えようとはしない。
伝えなければ当然伝わらない。
これがもっと心の芯からの深い間柄ならば伝わるのかもしれない。
けれども自分達はそこまで深くはないのだと
、親しい者とは自負していても悲しきかな、否定は出来ない認識。
ただそれは年月の問題ではない。
無論年月は親近感に大きく作用するが。
最低ラインでもあの島の小さな王者ほどに、彼の心に近付かなければ。
―――えらい高いハードルですなぁ。
一年半以上。二年は経過したであろうか。
自分がシンタローを知った14から約十年。
嫌悪感と認めたくはなかった激しい憧れを抱いて、彼の傍に居た。
それに比べればずっと短い2年にも満たない歳月で、彼の親族よりも何よりも、
きっと心を砕いた最愛の弟よりも、南国の幼い王者は何の策略もなしに彼にとって最も心傾けられる存在になった。
そしてその王者もまた。そこまで思考を巡らせてはた、と気付く。
最初は彼の叔父に対して沸きあがらせられていた嫉妬心が、
いつのまにか別の人物に向けていた事に驚いた。
当初のものと随分掛け離れてしまっていた事に、しかし笑う事は出来ない。
それだけ彼は多くのものに愛され、そして彼もまた多くのものを愛する。
今、彼の怒りをかっているハーレムにも、もしかしたら・・・・・・いや、きっと・・・
「アラシヤマ?」
訝しげに自分の中に突然閉じこもってしまった青年を見やる。
いつも自分の殻に閉じ篭ってしまう事は彼には珍しい行動ではないが、それがいつもとどこかが違う。
それは―――そう、直感。確かに働く第六感。
それ程先程の問いには答え難いものであったのか。
ただ単に一例としてハーレムの名を持ってきただけなのか。
何もこんな時にその名を挙げる事もないだろとは思う。
思うが。
ともかく・・・
「アラシヤマッッ!!」
「・・・えっ!?・・・あ、な、何ですのん!!?」
「~~~~~ッ・・・。・・・・・・あのなぁ・・・何だ?はこっちの台詞だ」
質問に答えず自分の殻に閉じ篭る男の思考に割り込むように名を叫び呼ぶ。
返ってきたのが素っ頓狂な返事だった為か大きな脱力感が襲ってくるのは仕方がないのか。
段々に怒りより呆れの方が強くなった気がしないでもない。
つい漏れてしまう溜息。
相手に聞こえるか聞こえないかの小さなものだったが、
しっかりと相手には聞こえたらしく困惑の表情を見せた彼。
相手の機嫌を更に悪くさせたのだろうかと思ったからだろう。
実際は、ただ、
「もういいや。こうしてるのが何か阿保らし」
話が食い違い繋がらず更に複雑化していく彼との会話は意味不明で生産性がないのだと、
手をひらひらさせて特別意識してではないだろうけれど思いを表し、その視線は宙を仰ぐ。
ちらり、とディスクに詰まれた書類に目を配る。
自分にはまだまだ山のような仕事がある。
それの為の時間を、
例えるなら最初から繋がりもしないバラバラのジグソーピース問答の為に随分と費やしてしまった。
はっきり言えばこれ以上の無駄な時間を打ち切ろうとの意味が、言葉の中には込められている。
それをアラシヤマも気付いているのだろう。何も言わないけれど、きっとそうだと妙な確信がある。
先程から彼には冷たい又は素っ気無い言葉ばかり投げてしまっている。
アラシヤマが嫌いな訳ではない。
普段は「嫌いだ」「うっとおしい」等言ってしまうが。
そしてそれは嘘でもないけれど、真実でもない。
冷たくしてしまうのは癖みたいなもの。
不器用な一種のコミュニケーション。
それは先程も提示したが嫌いだからではなく、
不思議と親族を抜かせばこの団内では気軽に接する事が出来るから。
彼が何か自分に訴えようとしているのは何となく分かる。
根拠もないもないただの感だけれど、きっとそれはお互いにとって、大切な事。
けれど対話する程の時間の余裕がこちらにはないのだ。
そして相手も高幹部の地位。それは総帥ではない自分程でないにしても多忙を余儀なくされる身。
不器用ながらシンタローなりに気を使ったつもりなのだ。
隠された本当の思いが伝わるか伝わらないかは相手の受け取り方次第。
互いの親密の度合が深ければ深い程正しく思いを汲む事が出来る。
確かに二人はあの島で故意ではなくとも隠されていた心をお互いに見せ合えた。
全てではなく、多少歪んだものだったけれど。
確かに。
それでも。
まだ足りなかった。
―――阿保らしい事・・・?
アラシヤマの表情がおどおどしていたものから一変し、シンタローの発した言葉を心中にて反復する。
自分の想いが?
他の誰かとの彼との関わり一つ一つに対する嫌悪感が?
その全てが陳腐なものだと?
決してシンタローはそこまで思って言っているのではなかった。
けれど最初にすれ違ってしまった二人は思いが混じる事はなく、平行線を辿るでもなくすれ違い、
時間をかけず大きな亀裂を作る。
陳腐なもの。
違う。いつだって自分は真剣なのだ。
彼に関しては全て。
想いは感情的な叫びとなり、止め処もなく溢れ出す。
「阿保ちゃいます!真剣なんどすえ!?」
いきなり常ならぬ怒鳴るアラシヤマに酷く驚き、目を丸くして一変した彼を見る。
言葉にしなければ伝わらない想い。
伝えなければならない想い。
越えなければならない境界線(テリトリー)。
大きく息を吐き出し、キッと相手を見据えた。顔面だけでなく身体中が火だって熱い。
「わては・・・わては、シンタローはんの事が・・・・・・」
「俺の事?」
まだ驚きながらも確信に迫るだろう言葉を待つのはシンタロー。
伝わって欲しくて反比例して言い出せなかった想いを言の葉に乗せるのはアラシヤマ。
「~~~好・・・きなんどすッッ!!」
言い終ったが同時に、
重労働後のようにどっと疲れが噴出してその場に崩れ落ちそうになるのをぐっと堪える。
やっとの思いで吐き出した、心の小箱に大事に大事に秘めていた切望色の想い。
すっきりしたと思えたのは一瞬で、今度は一気に顔が朱に染まりまた青くもなる。
長い間伝えれずにいた想いを遂に告白してしまったとの純粋な羞恥心と、
告白に対する相手の返答に期待と不安が交差する。
―――つ、・・・遂に言うてもうたっ!
整った容貌からか、一人で居る事が多いからか、はたまたガンマ団No.2という肩書きからか、
仲の浅い者(主に部下)から見ればアラシヤマはクールな上司。
やや大げさに言えば孤高の御方と憧れ的な眼差しで見られている。
特に新幹部や士官学校生などからは決して少なくなく尊敬を受けており、(※悲しきかな、当の本人はそれを知らず)
又、親しき同僚その他から見れば執念深い根暗男と見られがちなこの青年も、
クールで孤高なお方と見られようが根暗と言われようが根っこは極めて純情。
恋愛関連に関しては友愛以上に小心であるが故、
この告白が如何に勇気を振り絞ったものだったのかは想像に難くない。
体内で煩いほど響き渡る心臓が運んでくる血流が面中心に集まる。
今直ぐにでもここから逃げ出したい衝動を押し留めながら返答をただ黙して待つ。
待って。
待って。
待って。
―――アレ?
返答なし。
更に待っても同じ事。
何故。
突然の告白に彼は戸惑ってしまったのだろうか。
無言相手に不安が更に募り、恐る恐る彼と下げていた視線を合わせた。
「シンタローはん・・・あの・・・」
「あ?」
その声色は快・不快のどちらも伺えぬもので、
決死の告白を受けた者の反応とはあっさりとし過ぎている。戸惑いの様子はまるでない。
「わて、今言うたでっしゃろ・・・。あんさんの事が・・・っ!」
「言ったな。好きって」
あまりにもけろりとした返答にはて?と疑が過ぎる。
何かが擦れ違うような―――冷風が塀の亀裂に吹き抜けるような―――何か―――。
「せやさかい、お、お返事頂きたい・・・・んどす・・・けど」
「返事?いっつも言ってるだろ」
疑が確信へと近づく。それはもしや。
「いっつも好きだの親友だの言ってるじゃねーか」
見事に嬉しくないビンゴ。
確かに普段の彼も直に『好き』とは言ってはいないが、同等な言葉を彼に投げ掛けるのは日常茶飯事だ。
だからシンタローはアラシヤマの『好き』を友愛だと判断した。
―――果たしてそうでっしゃろか。
心の亀裂が更に開く感覚。
それを抉じ開けるのは自分。
キッカケは彼。
気付きたくない。
―――知らない方が良い事だってあるのよ―――
幼い頃にそう、自分に何故か哀しそうに告げたのは誰だったのだろう。
その時頭を撫でてくれた人の顔は今ではもうぼやけてしまったけれど、口元に浮かんだ笑みは忘れない。
笑っているのに、今にも泣きそうだった。その言葉が今となってリフレインする。
気付いてしまうのは自分。
その原因なるのはシンタロー。
今までの『好き』は嘘じゃない。
けれど今まで発してきた『好き』は今抱えている恋心が生んだ『好き』とは種が全く違う。
シンタローが判断したであろう友愛の『好き』。
それは今までの『好き』。
伝えたい『好き』は違う『好き』。
踏み出そうともがく想い。
更に踏み込む彼との彼が作った境界線。
踏み出すのは怖い。
けれど。
「ならこう言えば分かります?―――・・・愛してます、シンタローはん」
踏み出さなければ、きっと何も変わらない。
「・・・・・・」
無言でこちらを見つめる彼の面は先程の告白を受けた後とは明らかに違う。
伝わった筈だ。確実に。
不思議と二度目の告白に気恥ずかしさをそれ程感じなかった。
二度目だから、ではなく、まるで愛の告白をしたと言うよりこれは説得に近いと何故か思った。
それが、無性に悲しいのは何故―――?
無言無表情でアラシヤマの視線を受け止めていたシンタローは、
硬くも感じられた面を溜息と共に切り替えた。
まるで聞き分けのない子どもに向ける顔。それそのものだった。
「なあ・・・、好きも愛してると同じじゃん。『好き』がすっげー『好き』になっただけでさ」
「シンタローはん・・・」
搾り出すように出た相手の名を呼ぶ声は、泣きそうで。
どうして哀の想いが押し寄せてくるのか、もう知っている。
何度目かの震えが両の拳に走った。
「お前、書類提出しにきただけだろ?もういい加減帰れ。
こっちだって日常会話を楽しむほどの時間の余裕はねーし」
これで打ち切りと言葉を遮断し、くるりとディスクワークに戻ろうとするシンタローの右腕を強く掴んで轢き留めたその手は、
意識するより早く。
アラシヤマの瞳に焦燥感は消えうせ、代わりに怒りに似た色が浮かんでいた。
けれどそれは決して怒りの感情ではなく。
「違いますッ!!」
「何が」
何が、違う?
今までの『好き』と今伝えた『愛している』の違いを彼は気付かないのだろうか。
そこまでシンタローという人物は人の感情に疎かっただろうか。
いや。
「本当は知っとります筈ですわ」
「知らない・・・」
伝わっている。
だからこんなにも彼は真っ直ぐなアラシヤマを見れない。
最初に『好き』だと言った時。その時は気付かなかったが、彼は一瞬だけ瞳を揺らめかせた。
けれど彼にはまだ平常心を保つだけの余裕があった。
直ぐに相手の言葉の意味に気付かぬ振りも出来た。
『愛している』と言われた時にも相手の本心を細かく探っていた。
その言葉は真実なのか否かを。
次に『愛している』と言われ、彼の瞳や声色・伝わる全てから想いの意味を知り、同時に驚愕を覚えた。
その今では言葉の震えを感じている。
彼はアラシヤマの想いに気付いている。
それは今ではもう確実。
一歩、アラシヤマはシンタローへと進む。
ほんの少しだけ、半歩もいかないがシンタローは後退する。
僅かに耳についた革靴と絨毯の擦れる音。
また、一歩近付くアラシヤマと同じく僅かに後ずさるシンタロー。
後退する事は気負いを意味してしまうが、頭では分かっていても体が動いてしまう。
出来るなら時間を掛けて事を進めれば良いのだ。
それは理想。
けれど彼はあまりにも頑固で素直でなくて自分では何も気付かないから。
ならば無理矢理にでも彼のテリトリーに入り込む。
一つ間違えてしまえば永遠に修復不可能となってもそれでも踏み込みならきっと今しかない。
チャンスは互いに何度も訪れてはくれないのだ。
互いの息が掛かるかかからないかの距離で、やっとシンタローが口を開く。
相手との距離をこれ以上進めない為に。
「何で近付くんだよ。帰れって言っただろうが」
弱々しい声。まるで何かに酷く怯えたような声。
「怖がる事は何にもあらしまへんのに」
「―――なっ」
「もう誤魔化しは効きまへんよ?わてはずっと無視出来る程にはお人好しではおまへんから」
「何を誤魔化すってんだよっ!それに怖がってなんかねえっっ!!」
ハーレムとの言葉の攻防の時のように声を荒げる彼にに臆する事はない。
むしろそんな彼を痛ましく感じる。
「どうして俺がテメエを怖がらなくちゃなんねーんだよ!!」
彼の領域を全て取り払おうとするかのように、アラシヤマは言葉を紡ぐ。
それは確実へと繋がっていく。
「強がらなくてもいいんでっせ?」
「違うって言って―――ッ!」
語尾はアラシヤマに抱き込まれた為、発する事なく霧散する。
抱く腕は強く。
自分の想いを塗り込めるように優しく。
「分かりますんや」
そっと瞳を閉じてシンタローの肩に顔を埋めると、
彼の愛用するシャンプーの匂いがふわりと微かに香った。
母が子に聞かせるような穏やかな声がシンタローを包もうとする。
「わても・・・おんなじどすから」
その一言にもゆっくりと時間が流れる。
その人の痛みは同じ痛みを持つ者にしか決して分かり合えない。
同じ痛みを知らない者の手厚い同情心は、かえって傷口を深く抉り出すのだ。
「アラシヤマ・・・?」
胸に埋めさせられた顔をゆっくりと上げて合わさったのは、驚きを表している黒曜石の瞳。
そうだろう。自分だって隠していた心中奥の奥の鎖で固く封じていた心。
友が欲しいと常日頃言う。
それは本心。
けれど。
更に奥に潜めていた一番の想いのカモフラージュでもあったのだ。
友愛が恋愛より劣る訳じゃないけれど、伝えるのはどちらが重いか。
受け止めるのはどちらが軽いか。
領域・~テリトリー(後編)
愛する事が怖いのだと、音なき泣き声が聞こえる。
愛するものを失う恐ろしさを自分は知っている。
また彼も。
ふと気が付けば、彼は沢山の多種愛を持っていた。
親愛・友愛・家族愛・敬愛・・・。
それを捨てる気はない。けれどこれ以上所有するのは辛い。
もう失いたくはない。失わない為に守る。
―――けど、それは常にギリギリだ。
込み上げてくる、泣きたくなるような衝動感情を抑えるようにアラシヤマに縋る。
この男の前で弱さを表す事は悔しいけど。
縋らずにはいられないのは、込み上げるものを抑える為か。
それとも彼と同じ想いから欲する衝動か。
―――いや、けどそれは・・・。
自分の彼に対する想いは、彼が自分を想う感情と同一のモノだろうか。
向き合う事でさえ怖いのに、それを直ぐに認識するのはきっと無理。
「急がなくてもいいんですわ」
心を読まれたかと思い、びくりと僅かに肩が震えた。
読心術なんて―――そんな筈はないのだけれど。
「わてはただちゃんと向きおうて欲しい思いましただけですわ」
少々急かしてしまった面は否めないけれどと笑う彼の顔に寄る眉間の皺が哀しく見えた。
直接的ではなく。
とても間接的に諭そうとするその姿勢は、やり方の大差はあれど、と同じだ。
―――誰と、同じ?
ちらり、と月色の影がアラシヤマ越しに脳裏に映る。
揺れる 揺れる 黄金の鬣。
―――眩しい。
顎をつい・・・っと上げ、空ろな瞳をどこからか漏れているらしい微風に揺れる黒に映す。
さらりとそれを撫で上げてみれば相手の身体がおかしなくらいにビクンと跳ねる。
構わず優しく髪を梳いた。
「・・・お前の髪も・・・硬いな、少し」
「シンタローはん・・・?」
消え入りそうな彼の声、その中にある確固たる事に気付いた自分。
不審に思い、緊張に硬くなる面を彼に向ける。
お前の髪も・・・
―――“も”。それは誰の事を言うてはりますの?
ゆっくりと身体を離す。心臓がドクドクと喧しい。
「・・・言うて、シンタローはん」
「何を」
「あんさんは・・・あんさんの―――」
誰がシンタローはんの中にいますの。
わてより先に誰が入り込みましたんどす?
あんさんの眼前にいますんはわてですのに、わてを見てくれはりませんの?
疑問系ながら実際には検討はついている。
だからこそ苦くて辛い。
「わてでは役不足でっか?」
全てが遅すぎましたのやろか・・・。
苦しく苦い想いと共に愛しい人を更に強く抱き寄せる。
―――違う。
強い想いを打ち明けた彼の肩に腕を回しながら心の中、そっと呟く。
―――そうじゃない。
役不足なんかじゃない。
彼も大事な構成物質のピース。
―――ないが・・・ただ・・・。
世界に数限りなくある言葉。
だというのに上手く想いを適切に表す言葉は見つからなくて。
自分自身ですら整理のつかない想いを、どうして彼に伝えられるのでしょうか。
開け放たれた窓からバサバサと時より強めの風が室内で踊る。
部屋の主の兄よりは落ち着いた、弟よりは飾り気のある調度品の数々、
その中心部に固定設置されたさして大きくはない白いテーブル。
そして置かれた何杯目かのコップに注がれた、
アルコール度の非常に高い、決して少なくはない無数の酒瓶。
鬣のような硬質な黄金も揺れてその度に鈍く光る。
酒に酔う事はなく、逆に酒を酔わせているのではないかと誰かにそう嫌味として咎められたが、
あながち間違いではなさそうだ。
アルコールが齎す浮遊感も甘さも、いつの頃からか薄れていった。
面白みが半減したと知っていても呷り続ける酒。
浴びるように飲む。
確かにその言葉通り、服のあちらこちらに点々と酒の水滴がばら撒かれている。
双子の弟のような米国紳士的に上品に飲むと言う事はない。
途中からコップは意味をなくし瓶を片手に直接口を付け喉に流し込んだ。
とっくに酔ってしまってもおかしくはない―――それ程豪快に肝臓へとドロドロと流し込んでも酔い込めない。
今日はまだ大喰らいの彼は夕食を口にしていないのだ。
空っぽのお腹に酒を入れると酔いが回るのが早くなると言われているけれど。
それは全くに訪れず。
また乱暴な手つきで注がれる酒。
硝子の中、小さくなった氷が狭い空間の中でかちりと音を立てて離れる。
そしてまたどちらからと言う事もなく引き寄せあい、懲りずにカランとぶつかる。
豪酒な彼。
しかしこれでもまだ酔えぬ原因は
「アイツの所為で何時まで経っても酔えやしねえ」
子どもみたいな八つ当たり。
想いの複雑さは世間を知る大人のものなのに。
領域は森羅万象形見えるものも違えるものとて無限ではない。
例えるなら視界に捕らえる事は叶わぬ不明確な一つの箱舟。
ある一定量を受け付けたならそれは容易く崩れ落ち、泡粒に姿を変え深海へと消える。
「とっくに限界を超えてやがるだろう。テメエは」
紡がれた言葉は驚くほど弱い。
それに反応を示したかのように、またカランと鳴り揺れた氷。
小さく、なのにとても空間全体に響く音を打ち消すように呷る。
想いの全てを流すかのように。
グラスに残った僅かな残り酒と氷に映った顔は、
波紋でよくは見えなかったが不快だけで形成された面だろう事は知れた。
快を促す酒。
不快のみ感じる男。
原因はきっとあの影がある京人。
今頃、現総帥と言う肩書きを持つ甥の元へ何かと理由を付て傍に自分の居場所を作ろうとする、
部下の弟子が甥っ子の傍に居るのだろう小さな推理は全くの感ではない。
甥との日常茶飯事ともなっている討論後。
自室に戻る際、近くに感じた彼の気配。
気は複雑に乱れ、会いに行く男とのこれからをあれやこれやと頭に描き、
期待と落胆を繰り返しているのだろう事を予測するのは常日頃の―――係わり合いが乏しい為、
その間の微かな記憶の彼と甥の関係考察と、
師匠である部下から極たまに耳にする彼の小話からの僅かな情報からだけだが―――彼から簡単に知れる。
三十にも満たない生で、両腕から溢れ出してしまう程の親愛も無責任な期待も、
殺意を含む憎しみさえも受け止め続けた甥。
彼に近付くモノ。
その大半が甥の心を気にもせず入り込んだ先には未成熟な領域(テリトリー)。
入り込んだと言うより無理やりな形の侵略だろう。
あの男なら大丈夫なのだとの無意識下での勝手な押し付けられた信頼。
受け止め、同時に失った幾つもの愛おしい存在。
もうこれ以上何かを失う事が酷く怖いのだと深い心が悲鳴を上げても、誰も気付かない。
気付こうともしない。
例え察しても黙殺し、不安定要素で構築された窮屈な領域に土足で進入する。
あの京人もまた同じなのだとハーレムは結論付けた。
けれど。
どこかでリンリンと鳴る否定の鈴音。
ちらりと視界に過る片方だけのしかし両眼に炎を宿す瞳は―――。
「シンタローに呷られたのかよ?」
アイツも。
己も。
媚びるでもなく、劣等感も優越感さえ他の者ならいざ知らないが、
甥の前には現さない抱く筈はなかった不純な想い。
意外とも思える二人の共通点はシンタロー。
それでいて、違いを生み出す原因もまた彼。
一歩後ろ又は隣で、彼を見守り支えになりたいと願うアラシヤマとは違い、
ハーレムは甥の数十歩先を歩む優越感は持とうとする。
彼のように前に進むでもなく後ろに控えるでもなく、共に並ぶ事すら望む事はない。
甥はもう子どもではないのだし自分はそこまで甘くはない。
ただ特別意識させる事なく、察する事もさせずに道を作りたかった。
例えば生い茂る道なき広大な草原を無造作に進む。
新しく出来た道を甥が進むのだ。
常に彼の前を歩き、
その先に待つ、ハーレムとシンタローの互いの位置関係は今と比べ、どう変化するのだろうか。
「一時の愚問で終わるがな」
思考はそこで途切れる。
気付かせない素振りで彼の中へ潜り込みたかった。
けれど。
シンタローの箱舟はもうぎゅうぎゅう詰めで。
それ以上は定員オーバー。
それでも、あの器用でしかし妙なところで不器用なお人好しは、自分を必要とする者を、
結局は本気では邪険に出来ず、手を差し伸べるのだ。
心が悲鳴を上げていようとも。
それに気付かぬ愚者達の為に。
それが我慢ならないというのは傲慢なのだろう。
いや。ただの我侭だろう。
シンプルに。
自分は気が短い。
十分に自覚している。事について否定する気はない。
博愛の衣で、偽り姿で、狭く広い舞台で演じ続ける甥に現実を叩きつける。
瞳を逸らすなとそれこそ容赦なく。
好印象を持たれはしないだろう。
けれど憎悪の感情は強ければ強い程、質によっては彼の心を捉える事が可能となる。
それは“自分だから”だと自負してもいる。
彼の作った固い殻もこじ開け、捉える。
シンタローの箱舟から温まっている輩を全員蹴倒してしまえば、舟内は当然がら空き。
留まるのは自分だけでいい。
他の奴らには渡したくない居場所(ソンザイ)。
歪んだ愛情だ独占欲の黒い愛と人は呼ぶのだろうか。
「まァ誰が何を言おうが勝手に思おうが、俺には関係ねぇがな」
甥は確実にこの傲慢な叔父に対し、憎悪の想いを持っている筈。
しかしそれもこの男のカリュキュレーションズアンサー。
いつかのどこかで聞いた言葉がリフレインする。
もう遠の昔に誰かの囁き。
「愛と憎しみは紙一重・・・ねぇ」
愛する事と憎しみは別モノの感情。
当時はなにを馬鹿な事だと片付け、
まるっきりに無関心だった彼が意味を理解出来ずにそのまま流してしまった、記憶に留めていない遥かな昔。
必須項目ではない蛇足。気になるもの。常に胸を占める強き想い。
それだけで手一杯なのだから。
互いに互い、思いが先走り過ぎて素直になれないままに。
あまりに強情な甥。
激しい嫌悪感と、否定し切れない、確かに抱く愛しく想う情。
気付いてしまったなら―――認めてしまったのなら、すべき事は自然と一つの道へと向かい進む。
「刻み込んでやるよ」
俺を。
癒えない傷をもっと深く与え続けてあげる。
無理矢理にでも、それでも欲しいのだから。
我慢は覚えない。欲しければ奪えば良い。
全て。
身体だけじゃ決して満足など出来ない。
もっと欲するのは。
「けっ、らしくもねぇ」
男からすればまだまだ青臭いいあんな子どもに、
こんなにも激しく執着する事し快と不快を簡単に揺さ振られるなんて。
今は忘れるようと、酒を体内に循環させる。
今、だけ。
彼を忘れる事は実際には出来やしないし、
「忘れてもやらねぇけどな」
波紋を作り続けるワインレッドの表面に自分と甥を映し、小さく笑った。
微かに覗く月は朧月。
部屋の主である男を見守るように、淡く光を降らせ続けた。
「シンタローはん」
「んだよ」
呼ばれてはじめて飽きずにアラシヤマの髪を撫でていた手動がとまる。
明らかに見せつけと分かる盛大な溜息の次には「テメエの所為で溜まってる仕事を中断させられるわ
ソレを今からヤル気は削がれちまったしで散々だぜ」と長々ぶつぶつ言ってくる。
やれやれ先程までの彼はどこへ行ってしまったのか。
そう思うのと同時にけれど虚ろ調子ではない、いつものシンタローに少なからずの安堵感。
文句を言われる謂れは
・・・・・・・・・やはりあるのだろう。
―――それに何ぞ言い返したとしてもメリットのある結果は得られへん事も先読みが出来るさかい、
素直に謝罪しておくのが何より得策でっしゃろ。
シンタローが“こういう場面”では“こうする”、
“ああいう場面”では“ああする”など舵の取り方が意識する事少なからず理解出来るようになってきている。
それだけ自分は彼を、彼だけをずっと見ているのだから。
気がつけば何時だって彼の事だけを追いかけていく自分。
今は安堵感を持たせる小言を淡い笑みを持って人差し指を彼の唇に当てて制した。
少なからず驚いたような彼は黒曜石の瞳を少し大きく開く。
「あんさんが誰を強く思うても構いまへん・・・と言うたら、まあ・・・嘘になりますけど」
言いながら触れる唇をゆっくりと優しくなぞりあげる。
アラシヤマにしては大胆過ぎる行為に対し、普段ならば十や二十、下手すれば眼魔砲を繰り出す癖に。
出来ない、しようとも思えないのは、彼の常には見られない温かさを纏った自愛な笑みについ、
毒気を抜かれたからか。
「いつかわてがトップになりますよって。期待しててくだはれv」
あの子どもよりも、最愛の弟よりも、彼の従兄弟からも他の仲間よりも、
・・・戦略的にシンタローに入り込む彼の叔父である、あの男をも越えて。
体も心も。
誰よりも自分が一番彼の傍にいたい。
「はァ?何の」
案の定。彼は気付かない。気付かれたらきっと、
「言うたらあんさん力いっぱい否定しますさかい。まだ言いまはんわ」
「んだよソレ。否定されるって分かってるんなら何のトップだか知らねーけどぜってぇーに無理だろ」
「酷いおますなぁ~。まだ何のか言うてまへんのにもう無理だ言いはるなんて」
「テメエの考える事は大概、俺にとってろくでもねえ事だし」
「ああっ!!相変わらずに殺生なお方やっ!」
冷たくさらっと言われてしまい、大袈裟によよよよ・・・と泣き真似を存分に披露する。
ただ少しからかってみただけなのに、相変わらずの彼が妙に可笑しくて、涙を瞳に溜めお腹を抱えて笑った。
彼が可笑しくて。
本当に、涙まで浮かんだのはそれだけが理由だったのだろうか。
それから少し続いた、いつも通りの二人の会話・対話とほぼ一方的ながらの言い合い。
いつも通り。
他の気心の知れた相手とならば誰とも大差な変わりのない態度。
平面だけの会話。
微量に受け取れる事の出来る想い。
それもそう遠くないうちに。
「変えてみせますよって」
「は?何を??」
誰も入り込めない、入り込ませない、二人だけの領域(テリトリー)。
END
☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:
PAPUWAキャラクター人気投票でシンちゃんが一位を獲得したと知った瞬間に、
「こりゃぁ祝うっきゃねえ!!」とばかりに書いた三位(ハーレム)vs二位(アラシヤマ)×一位(シンタロー)。
真っ黒クロスケ・・・と言う程ではありませんが、シリアスまっしぐらでした(´▽`;A゛
その口直し・・・になるのか分かりませぬが、ちょこっとおまけ↓はALLギャグ路線でGOo(≧▽≦)○☆★
★GOBLIN’SPARTY★・・・の没ネタ
★これまでのあらすじ★
ガンマ団に設置してある託児所の子ども達の為に、ハロウィンパーティを主催したシンタロー現総帥。
化け猫の仮装をして自らも積極参加。
無事に終わったハロウィンパーティだが、自室に吸血鬼の仮装をしたアラシヤマが訪れ、菓子を強請った。
邪険に対応するシンタローに、「仕方あらしまへんなぁ・・・・・・ほなら悪戯しますえv?」と襲い掛かるアラシヤマ!
どうなる!?シンタロー!!!
・
・
・
・
・
やばいヤバイや~~~べ~~~えええええよおおおぉおぉおぉおぉぉ~~~~~~~~!!!!!
脳みそをフル回転させて、この窮地を切り抜ける方法を考える。
何かある筈だろ!?どんな難解な状況でも打破する何かがッ!!思いつけ思いだせ思い・・・・・・・・・
―――あ。
あった・・・。アレがあったんだっけか!
グイッと相手の体を押し退けてベットから降りる。
「シンタローはん?」
展開に着いていけないと語るぼんやりとしたアラシヤマに背を向けてソファに向かう。
ソファの上にはさっきパーティで着用していた化け猫服(?)が無造作に投げ出してある。
少し時間が経った為か少々の皺が出来てしまっていたが、
どうせ明日にはガンマ団内に設置されているクリーニング部署に頼む予定だったから特に問題視はしていない。
しかし、クリーニングに出す前に≪コレ≫に気付けてよかったぜ。
そのまま出しちまってたらえらい事になっただろうな。
ポケットの中がべとべとしちまって。
俺が離れてしまっても、耳を塞ぐかその口を塞ぐかしたいアラシヤマお得意一人妄想語りが聞えてくる。
「何か探しものでっか?何もこないないざ本番な時にせんでもええんでっしゃろ。
それともよっぽど今すぐに必要なものですの?
ハッ・・!今入用なもの言わはったらやはりそういうもんですの!?
いややわぁ~vvシンタローはん、意外と大胆ですわぁv
そないなもんに頼らへんでもわてはちゃあぁ~んとあんさんを満足させる事出来ますよって要らへん思いますよ?
京人は手先器用が多いよってどすから。
まあ京人全員がそうとは言えまへんが、けどわては幼少期から何をやらせてもそつなくこなせましたし。
はっ!!そう言えばあんさんなしてそないな物を持っとりますの。
・・・まさか。
・・・・・・まさかとは思いますけどシンタローはん。
どこぞの誰かと使ったりしてまへんでっしゃろな!?
使う使わないは別としても、わて以外の男と―――――うわっ!!」
ぼすっ
「いい加減に黙れ」
≪コレ≫を服から取り出すただその動作時間だけで、
んなアホな想像妄想を限りなく続けられるアラシヤマの顔面めがけて化け猫服で思いっきり殴ってやった。
服はまあ、柔らかい素材で出来ているからそんなに痛くはなかっただろ。
勢いは全力でつけたから痛い“ようには”一瞬感じるかもしれねえケド。
「ほれっ」
「え?ぅわっととッッ!」
突然投げたソレを、慌ててアラシヤマが危なげな手つきでキャッチした。
手に平の中でソレが数回バウンドしている。
おいおい・・・。一回でキャッチしろよ、ガンマ団(自称)No.2の男。
ガッシリと両手に握り締めたソレをゆっくりと指を解いて凝視するこいつの顔に、
状況追跡困難色が目印のような判り易さで色濃く浮かんでいる。
俺の貞操危機(※まだあるのか信憑性はイマイチ)を救う小さなソレは。
「チロルチョコ・・・でっか?」
ハロウィンパーティで子ども達に配った菓子の中でやけに数の多かったチロルチョコ。
余った分は本部に戻すも良し、土産代わりに貰っても良しとなっている。
ハロウィンパーティー主催者は俺だが、菓子・場所手配諸々は親父の代からの総帥秘書、
名前だけは甘く仕事に関してはかなり厳しいコンビ・ティラミス&チョコレートロマンスに主な手配、運営を任せた。
菓子類は元々子供たちの為に用意したモンだし、俺は残らないように全部配ったんだが、
それでも中途半端に一つだけ余っちまったチロルを一応貰っておいた。
まさかこんなちっちゃなモンに救われるとは思わなかったぜ。
「そ。お前も知ってるだろ?チロルチョコ」
「そら、知ってはりますけど・・・はっ!?もしかしてシンタローはん・・・ッ」
「お前の予想、多分ビンゴな。どんなに小さくても菓子は菓子だろ」
「シ、シンタローはぁぁあん~~~」
あんまりに情けねえ声に、ちょっとだけ・・・本当に少しだけ意地悪だったかなと思うけど、
やっぱりそー簡単には俺の初物は渡してやんねーよ。
どうせ来るなら全てを賭ける覚悟を持って全力できな。
中途半端じゃ俺は捕まえられねえよ?
俺はお高いんだぜ?
知ってたか?
。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。。・
:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。
本当はこっちが【★GOBLIN'S PARTY★】本編になる予定でしたが、
気が付いたらアラッシー甘やかしのHAPPYENDをUPしておりました。
おっかしいですね~(゚_゚?)何の為に『何故かチロルチョコの多い菓子の袋(勿論他の菓子もあるが)を
一つを渡し~』と菓子描写をしたのやら(;´▽`A``
俺様なシンちゃん書けて幸せ~vv主婦してるシンちゃんが一番好きなんですが、俺様受もいいよねッ☆ヾ(≧∇≦*)〃
俺様受シンちゃんシンちゃんはアラッシー相手じゃないとなかなか難しいですし。(キンちゃん・・・は対等ですし)
10/31―――言わずと知れたハロウィン。
ハロウィンだろうが何だろうが総帥職に身を置く自分、まして就任したてで右も左も全くではないにしても、
色々と分からず不慣れな日々。
四苦八苦状態の俺には御祭り騒ぎに付き合える程の余裕も時間もないが、
普段ならあの息苦しい総帥室にてディスクワークの中の時刻に、今夜は自室に戻り自作の衣装に着替える。
何の・・・って、流れから分かるだろ。
今夜開かれるハロウィンパーティ用の仮装衣装だよ。
もうお化け類々に仮装して菓子を大人から貰うのを楽しむ歳じゃないが、
日本支部に去年から設置された託児所(※NOVEL『ここからがはじまり』参照)に預けられている子ども達の為に俺が主催した。
普段多忙な親持ちだからなかなか良い思い出作りは出来ねえし、だからってそれはやっぱ可哀想だろ?
子どもの時に親との楽しい思い出をいっぱい作っておかなきゃな!
よってハロウィンパーティ参加は希望団員のみとは言っているが、託児所に子ども預けている団員は強制的に参加だ。
今年は日本支部の託児所でハロウィンだが、来年はまた別の支部又は本部に設置された託児所で開催予定だ。
俺が居なくともどこの託児所付きの支部は、ハロウィンパーティを行うよう命じてはあるが。
「もしかしなくても職権乱用か?」
衣装を身に纏いながら自嘲気味に苦笑する。
それでも誰も提案には反対はしなかった。
ハーレムら辺だったら否定的な事を言うんだろうが。
ちなみに今は遠征中。
また何か大規模な騒ぎでも起こしてなきゃいいがなー。
全身鏡に総帥ではない自分を映す。
それは随分久し振りだなと感慨にふける間もなく、どこかおかしなところはないかくるりと1ターンして後ろ側もチェックをいれる。
「ん、パーペキ☆★」
言い忘れたが、俺は化け猫だ。
・・・・・・・・・・・・本当は吸血鬼をやろうとしたんだよ。
けど、ハロウィンに吸血鬼はセオリー過ぎてかなりの奴がやる事は容易に予想が付く。
だからって化け猫はねーんじゃねぇかと思うが、グンマに俺とグンマとキンタローの従兄弟三人で『化け○○』シリーズをやろうと強く誘われた。
はじめはいくら何でもでもそれは・・・と断っていたが、どこから聞きつけたのか今出たばかりの情報を知って(もしかしたら盗聴器でも各部屋に仕掛けてるんじゃねーのか!?)沸いてきたのか、親父にもグンマ以上にしつこく言われるし、
キンタローも以外にも乗り気だったんでこうして化け猫になった訳だが。
「あ、やべっ」
デジタル掛け時計に目をやると、もうパーティ開始時間を五分も切っていた。
慌てて廊下に出た俺が最初に目にしたのは、瞬時に俺を見て固まってしまったらしい京都の吸血鬼、だった。
「猫。どすか・・・」
「正確には化け猫だがな」
放心状態といった風で尚且つ人を凝視するな、アラシヤマ!!どうせ似合わん事は当人が一番痛感してしてるんだよっ!!
「グンマはんがシンタロ―はんがなかなか来よらない事をえらく気にしてはったさかい、わてが迎えにきたんどす」
「だからお前がここに居んのか」
「さ、はよ行きましょ」
顔も合わせない・・・。変な奴。いつも変は変だが。←酷い。
そんなにこの格好が似合わない、とか?
「シンタローはん。その格好どすけど」
「悪かったな!似合わなくてっ」
「そへんほななくてっ」
両手を手前で慌てて振って否定する。
「どえらく可愛いらしいと思やはったんどすv似合ってますよってvv」
「・・・・・・あっそ」
男に可愛いだの似合うだの言われて嬉しい訳ない。ってか気色悪い。
「どないしましたん?顔、赤くなってますけどっ♪」
・・・・・喧しい。ってか、その顔、ぜってー俺の内心知ってて言ってやがるだろぉっ!
ん?この手は何だ。
「わてが欲しいくらいですわ・・・」
近付くアラシヤマの顔・・・。
バキッ ドカンッ
アホッ!!!そのまま妖怪ぬりかべにでもなってろっ!!
「あ、シンちゃん遅いよっ」
眉間に皺を寄せて、化け狸の仮装をしたグンマが走り寄って来た。
俺よかよっぽどグンマの方が化け猫が似合うんじゃないかと思うが、
『化け○○』シリ-ズは狐と狸と猫で、どの仮装をするかはアミダくじで決まったんで、まあこうなっている訳だ。
会場はガンマ団日本支部で一番の大きさを誇る広場。
数分だが遅刻してしまった俺に代わって親父やグンマが指示し、もう既にハロウィンは始まっていた。
全体をざっと見回すと、案の定吸血鬼や魔女(男ばかりなので魔法使いか?)、狼男などポピュラーな仮装をした団員がそこら中に犇めき合っている。
グンマ考案『化け○○』シリ-ズのもう一人の被害者(?)、キンタローは・・・・
・・・・・居た。
傍に控えているドクターが、鼻血を垂らしながら惚れ惚れとした熱っ視線を向けている中で、いつものポーカーフェイスを決め込んでいる。
「ああ・・・vこの気品溢れ、凛とした御姿を御父上のルーザー様にも是非御覧頂きたいものですよvv
題して、『孤高の狼キンタロー様』vvv」
バット・ネーミング・・・。
いやそれよりもキンタローの格好、狼じゃないし。
「一応は狐なんだが」
「ええ、孤高の狼のように雄雄しい・・・『妖狐キンタロー様』vvvvv」
かなり苦しいな、ドクター。
訂正した時、顔がかなり引き攣っていたのを(一瞬だけど)俺はしっかりと見たからな。
まあキンタロー自身、間違われた事に対してそれ程固執せずにあっさりとしている。
知らん者が見たら然も意外だろうが、あいつはドクターに対して、比較的態度が大らかだ。
あの島での一場面以来、親しみを感じられる数少ない一人となったらしい。
まあいい事なんだろうと、柄にもなく微笑ましい様子を見ていた俺の斜め右後ろからする、嫌に低いおどろおどろしい声。
「シンタローは~ん」
うわっ、何だよまだ居たのかお前。
ちなみにその恨みがましい視線は何だ。思いっきりどす黒い怨念オーラが背後から立ち上ってるぞっ!?
「・・・なんや、えらいキンタローはんの方ばかり見つめはってますなぁ・・・」
台詞の最中に更に黒い気配が増したな、アラシヤマ。
それより“見つめる”って・・・何だか女々しい誤解を受けかねない言い方だぞ?
それに関しては妙に引っ掛かりを感じたが、ツッコミを入れるのも面倒に感じたので、
「関係ないだろ」と軽くあしらいアラシヤマから離れた。
「・・・・・・関係、大有りでっせ?」
小さな呟きは、遠くなった俺には聞こえはしなかったけれども。
菓子類を受け取ると、他の仮装し団員同様、俺も支部大広場内を目的地もなく歩き回る。
新生ガンマ団の(と言うより俺が考え出した)ハロウィンは通常とは事なり、菓子を貰いに来る子どもも与える大人も仮装し、
大人は団で用意した袋詰め菓子を持ち、
子どもが例のお決まりの台詞『Trick or Treat!』を言って袋からいくつかの菓子を手渡す。
「トリックアッドトリック!!」
元気いっぱいの声が膝下から聞こえた。
託児所で保母さん(保育士というのが正式名称だろうがこの呼び方は好かない)、に教えてもらって作ったのだろう、形の歪んだ
パンプキンのお面を頭上近くまで少し邪魔そうに上げて、黒布を身体に纏っている。
年の頃は3、4つかの男の子だ。見覚えがある。
菓子を貰うときに掛ける『Trick or Treat!』の発音・単語を間違いはしないかと恐れることもない、
期待に満ち溢れた真っ直ぐに輝く瞳。
実際は随分と単語も発音も違うけど、まだ幼い子どもには正しい発音は難しいだろう。
ふと、昔ハロウィンにまだ胸躍らせていた頃の俺を、この子にそっと重ねた。
単語・発音の間違いではなく、ハロウィンの思い出を思い出して思わず噴出しそうになるのを堪え、何故かチロルチョコの多い菓子の袋(勿論他の菓子もあるが)を一つを渡し、小さな頭を優しく笑みと共に撫でると、舌っ足らずな「ありがとう」を言って別のターゲットの所へと走っていく。
ああ、言い忘れちまったが走り去った子どもに投げ掛ける、やはりお決まりの台詞。
「Happy Halloween!」
その繰り返しが何度、何時間続いたのか、始まり前に軽食は摘んだものの腹が減ったなと感じた頃にハロウィンは終りを告げた。
自室に戻りシャワーを浴びる。
「初心に返れたっつーか、結構楽しいモンだったよな」
何よりあれ程子ども達に喜ばれた事に、深い充実感を感じる事が出来た。
とは言え、流石に疲れた。
総帥職関連をやるにはちょっと無理だな、眠気が凄い。
「飯・・・簡単に済ませて、今日は早く寝るか」
自室には小さいながらキッチンが備え付けられている。
総帥という地位に居れば高級料理でフルコース三昧の日々だろうと世間には認識されがちだ。
確かにそれを望めばあまりにも簡単に叶うだろう。
けど、俺は基本的に自炊だ。
外交が多く、高カロリー&偏食なメニューを付き合い柄取りがちなので、普段は俺なりに栄養バランスを考えた飯を作っていた。
はっきり言って料理の腕にはかなりの自信がある。
あの島で二年近くも朝昼晩(+おやつ)時にパプワとチャッピー(たまに+α)のを作ってたんだからな。
そう、いつの間にか当たり前のようにあの島に馴染んで・・・。
「・・・アイツ・・・今もちゃんとした飯食ってんのかな」
まだ湿り気が重い黒髪をろくに拭かず、梅紫蘇を混ぜただけの質素な握り飯を二つほど握る。
腹は減ったが、今はこれで十分足りる。後はもう寝るだけだし。
「あの島には特選部部隊だったリキッドって奴が、ジャンの代わりに赤の番人として残ったんだよな。
アイツが俺の変わりに飯とか洗濯とか掃除とか・・・そういうのをやらされているんだろうな。多分」
料理、出来たか?
面識が乏しいのでそう言う部分は全く知らない。
「きっと今頃パプワ達は・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
溜息と苦笑。
未だ酷く固執している。アイツとその島の仲間に。
それが悪い事だとは思わない。
アイツが教えてくれたから。
「いつか会いに行くその時、胸を張って行かねえと、とやかく言うんだろうな・・・アイツなら」
その日の為に今は精一杯に生きようと思える。
「明日は会議があるし、もう寝よ」
歯はちゃんと磨き、思い出を夢に変えてベッドに潜る。向けた挨拶は誰へともなく。
「おやすみ~~~」
ピ――――――――。
健やかな安眠は、ドアベル代わりの機械音に妨害されてしまったらしい。
しっかし誰だ?こんな時間に。
ロック解除をしようと毛布を退けてはた、と気付く。
ああ、そう言えば俺、ロックし忘れてたな。
自分の無用心振りを反省し、ベッドの中で入室許可の返事を簡潔に返す。
相手は扉をゆっくりと開けた。
視界に映る、京都の吸血鬼。
「何だ、アラシヤマかよ」
まだその格好でいたのか?
気に入ったのか?案外。似合ってるし。
「何だとはまた随分ですなぁ、シンタローはん」
別に蔑ろにしようと思って言った訳じゃないが、この根暗茸は(←酷い)
直ぐ物事をマイナスの方向に流れを持って行くんだよなー。癖なんだかそうじゃないんだか。
意識して言っているのではないだろうが。
それも性質悪り~。
「お菓子をくれまへんか?」
「は?菓子ぃ??」
「へえ、お菓子どす♪」
言いながらマントを目の前でひらひらとさせる。
これは何か、まだハロウィンは(アラシヤマの中では)終わってないので自分にも菓子を寄越せとの意思表示か。
気付くのは多少時間が掛かった。
『TrickorTreat!』
ハロウィンに菓子を貰う時のお決まりの台詞だが、テメェは大の大人だろーがっっ!!
そんな、両手を手前で組みながら小首を傾げて強請るアラシヤマに激しく鳥肌が立つ。
「くれてやる菓子なんぞない。それと女の子的お強請りの仕方は止めいっ!」
全身全霊で奴を否定すれば、
「ああっ!攣れないお人やっ」
と言いながら滝涙を浮かべて有耶無耶のうちに退出させられるのだが、今回は違う展開になるようで。
「仕方あらしまへんなぁ・・・・・・ほなら悪戯しますえv?」
「は?」
アラシヤマから発せられた言葉を理解出来ないままに、気が付いたら
どさっ
腰掛けていたベットへと押さえつけられていた。行き成り過ぎる展開に状況が上手く飲み込めん。
・・・ええと、アラシヤマが俺の部屋に来た→未だ吸血鬼の格好→いい歳して菓子を強請ってきて・・・・・・。
「シンタローはん・・・」
五月蝿い。こっちは現在状況情報処理中だ。で、断ったんだよな。それでアラシヤマが―――。
「どんなお菓子よりこっちの方がずっとそそられますわ・・・」
やや掠れた声が熱い吐息と共に顔面ギリギリにかかって・・・・・・・・・・・・・―――えええぇぇっっ!?
「だっ、ちょ、ちょっと待てえぇっ!!何やろうとしとんじゃーっ!?」
「何・・って、またーvシンタローはん今更でっせ?」
耳元でやけに艶っぽい声色で小さく笑うそれに、思わずゾクリと体が震えた。コイツ・・・マジにヤる気満々!?
「止めんかぁ!」
力任せに暴れてみるがこの程度の力ではアラシヤマにとっては大した障害にならなかったようだ。普段ならこんな馬鹿、簡単に押し退けられるが、今は本当かなり疲れているので思ったようには力が出ねえ。こうなりゃ眼魔砲で退けるのみ!!と思ったが、結構長い付き合いからかその考えは相手に伝わったらしく気を溜め込む前に釘を刺されてしまった。
「直ぐその力に頼りますのはあんさんの悪いところですわ」
ムカッ
「自分の思い通りにならへんと暴力に訴えるのは小さな子どもと同じどすえ?」
これ見よがしに盛大な溜息を漏らしやがった。そもそもの原因が己だと言う事を棚上げしやがってっ!
体が憤怒で小刻みに震えるが、それ以上の事(眼魔砲連打だかヤクザキックとか)はこいつの言葉で押さえつけられる。
「明日も早いし、今日はもう疲れたから寝かせろ」
とでも言えば止めるかもしれないが、そんな在り来りな定義文的弱音は吐きたくない。いつも、
「無理をし過ぎているのではないか」
と忠告をしてきたり、
「休息をちゃんと取るよう」
と勧めるこいつに、俺は要らない世話だと素っ気無くあしらっていた。だから疲れたからと言うのは理由に出来ない。
とにかくこの状況を回避しねえとヤられるッ!
イザとなれば口八丁な相手なので慎重に言葉を選ぶ。
菓子がないから悪戯するハロウィンのモンスターを理由にしてるんだよな。
で、アラシヤマは吸血鬼。
なら・・・
「・・・吸血鬼は若くて美しい処女の生き血を飲むんだろ」
「まあ、一般的にはそないな事になってます。ついでに言わせてもらえば肌の綺麗な人も条件に入っております」
「だったら女のトコ行け!若くて美しいはともかく!俺はしょ・・・」
じょじゃないと言いかけて慌てて言葉を飲み込む。
危うくとんでもなく恥ずかしことを言いそうになった自分に冷や汗が流れる。
ちなみに俺が処女喪失・・・っつーか、抱かれた経験があるのはコイツの所為。
初めて関係を持ったのはそう昔の事ではなくつい最近。
・・・何、冷静ぶって非生産的な過去を振り返ってるんだ、俺は。
ともかく現実を嫌でも見据えなくちゃなと恐る恐る相手の顔を伺い見上げると・・・・・・
ああっ!やっぱり得たり†な笑みを見せてるッ!!
「ガンマ団に女性は少へんですし、吸血鬼が血を吸うんは(基本的に)好いとる相手だけなんですわ」
・・・何で何言っても裏目に出るんだ俺は。(涙)
「それにしはっても・・・」
「何だよ・・・」
「気にしてはったんどすなあ。処女がなくならはった事」
はっきり処女言うな!!
こういう時だけ(悪い意味で)しっかりしやがって。いつもの引っ込み思案な性情はどこへ置いてきたんだっ。
「その責任はわてにありますし、気にしなくてもええどす」
あーそうかよ。慰めありがとよっ。←自棄。
「シンタローはん知ってはりました?
吸血鬼はトランシルヴァニアのドラクロア伯爵が血液嗜好症(ヘマトフィリア)やったって話です」
「血液嗜好症(ヘマトフィリア)?」
「何らかのきっかけで血液を飲まんといられへん病なんどす」
「で?」
話しずれてきてるし今までの対話との繋がりが見えん。
「特徴がわてとピッタリですわと思やはって」
「は?どこが」
「わてもシンタローはんに触れらんといられませんトコがv」
無邪気な笑顔で恥ずかしげもなくよく言う。どっから出てくるんだそんな言葉。
「・・・今更口説いてんのかよ」
「ほんま、今更どすなあv」
呆れた。
嫌味も通じないのか。
いつもは妖怪サトリかと思わせるくらい通じまくる癖に、今は幸せそうな顔して男を襲ってる。
何気に背景シュガーピンクになってるし。
けど・・・、何でこう・・・心の中が疼くかな、俺。しかも認めたくはないが悪い意味じゃなくて・・・。
~~~~~あー!訳分かんなくなってきちまったじゃねーか!
「だからわてはあんさんを・・・」
アラシヤマの手が俺のパジャマにのびる。
抵抗?
出来ねえだろ、ここまできちまうと。
すっかり眠気も覚めちまったし、付き合ってやるよ。
ただし見える場所に跡付けたり、明日に支障をきたす程ヤり過ぎたら即効殴る。
その時、俺の理性がちゃんと残ってたらの話だが・・・。
は~~・・・。明日は401国との大事な会議が早くから入ってるっつーのに・・・。
「ほんまに好きどすえ、シンタローはん・・・」
「聞き飽きた」
「ほんまつれないお人どす」
素っ気無く返すと苦笑を浮かべてボタンを全て外す。
素肌に触れた外気が寒いとコイツの背中に腕を回して抱きつけば、自然、腕に絡まっていたパジャマがするりと抜ける。
10/31、ハロウィン。
子どもはすやすや夢の中。お菓子に囲まれてお化けと踊る夢を見よう。
今夜限りの化け猫が、同様の吸血鬼に菓子の代わりに身を捧げている事は内緒だよ?
ハロウィンだろうが何だろうが総帥職に身を置く自分、まして就任したてで右も左も全くではないにしても、
色々と分からず不慣れな日々。
四苦八苦状態の俺には御祭り騒ぎに付き合える程の余裕も時間もないが、
普段ならあの息苦しい総帥室にてディスクワークの中の時刻に、今夜は自室に戻り自作の衣装に着替える。
何の・・・って、流れから分かるだろ。
今夜開かれるハロウィンパーティ用の仮装衣装だよ。
もうお化け類々に仮装して菓子を大人から貰うのを楽しむ歳じゃないが、
日本支部に去年から設置された託児所(※NOVEL『ここからがはじまり』参照)に預けられている子ども達の為に俺が主催した。
普段多忙な親持ちだからなかなか良い思い出作りは出来ねえし、だからってそれはやっぱ可哀想だろ?
子どもの時に親との楽しい思い出をいっぱい作っておかなきゃな!
よってハロウィンパーティ参加は希望団員のみとは言っているが、託児所に子ども預けている団員は強制的に参加だ。
今年は日本支部の託児所でハロウィンだが、来年はまた別の支部又は本部に設置された託児所で開催予定だ。
俺が居なくともどこの託児所付きの支部は、ハロウィンパーティを行うよう命じてはあるが。
「もしかしなくても職権乱用か?」
衣装を身に纏いながら自嘲気味に苦笑する。
それでも誰も提案には反対はしなかった。
ハーレムら辺だったら否定的な事を言うんだろうが。
ちなみに今は遠征中。
また何か大規模な騒ぎでも起こしてなきゃいいがなー。
全身鏡に総帥ではない自分を映す。
それは随分久し振りだなと感慨にふける間もなく、どこかおかしなところはないかくるりと1ターンして後ろ側もチェックをいれる。
「ん、パーペキ☆★」
言い忘れたが、俺は化け猫だ。
・・・・・・・・・・・・本当は吸血鬼をやろうとしたんだよ。
けど、ハロウィンに吸血鬼はセオリー過ぎてかなりの奴がやる事は容易に予想が付く。
だからって化け猫はねーんじゃねぇかと思うが、グンマに俺とグンマとキンタローの従兄弟三人で『化け○○』シリーズをやろうと強く誘われた。
はじめはいくら何でもでもそれは・・・と断っていたが、どこから聞きつけたのか今出たばかりの情報を知って(もしかしたら盗聴器でも各部屋に仕掛けてるんじゃねーのか!?)沸いてきたのか、親父にもグンマ以上にしつこく言われるし、
キンタローも以外にも乗り気だったんでこうして化け猫になった訳だが。
「あ、やべっ」
デジタル掛け時計に目をやると、もうパーティ開始時間を五分も切っていた。
慌てて廊下に出た俺が最初に目にしたのは、瞬時に俺を見て固まってしまったらしい京都の吸血鬼、だった。
「猫。どすか・・・」
「正確には化け猫だがな」
放心状態といった風で尚且つ人を凝視するな、アラシヤマ!!どうせ似合わん事は当人が一番痛感してしてるんだよっ!!
「グンマはんがシンタロ―はんがなかなか来よらない事をえらく気にしてはったさかい、わてが迎えにきたんどす」
「だからお前がここに居んのか」
「さ、はよ行きましょ」
顔も合わせない・・・。変な奴。いつも変は変だが。←酷い。
そんなにこの格好が似合わない、とか?
「シンタローはん。その格好どすけど」
「悪かったな!似合わなくてっ」
「そへんほななくてっ」
両手を手前で慌てて振って否定する。
「どえらく可愛いらしいと思やはったんどすv似合ってますよってvv」
「・・・・・・あっそ」
男に可愛いだの似合うだの言われて嬉しい訳ない。ってか気色悪い。
「どないしましたん?顔、赤くなってますけどっ♪」
・・・・・喧しい。ってか、その顔、ぜってー俺の内心知ってて言ってやがるだろぉっ!
ん?この手は何だ。
「わてが欲しいくらいですわ・・・」
近付くアラシヤマの顔・・・。
バキッ ドカンッ
アホッ!!!そのまま妖怪ぬりかべにでもなってろっ!!
「あ、シンちゃん遅いよっ」
眉間に皺を寄せて、化け狸の仮装をしたグンマが走り寄って来た。
俺よかよっぽどグンマの方が化け猫が似合うんじゃないかと思うが、
『化け○○』シリ-ズは狐と狸と猫で、どの仮装をするかはアミダくじで決まったんで、まあこうなっている訳だ。
会場はガンマ団日本支部で一番の大きさを誇る広場。
数分だが遅刻してしまった俺に代わって親父やグンマが指示し、もう既にハロウィンは始まっていた。
全体をざっと見回すと、案の定吸血鬼や魔女(男ばかりなので魔法使いか?)、狼男などポピュラーな仮装をした団員がそこら中に犇めき合っている。
グンマ考案『化け○○』シリ-ズのもう一人の被害者(?)、キンタローは・・・・
・・・・・居た。
傍に控えているドクターが、鼻血を垂らしながら惚れ惚れとした熱っ視線を向けている中で、いつものポーカーフェイスを決め込んでいる。
「ああ・・・vこの気品溢れ、凛とした御姿を御父上のルーザー様にも是非御覧頂きたいものですよvv
題して、『孤高の狼キンタロー様』vvv」
バット・ネーミング・・・。
いやそれよりもキンタローの格好、狼じゃないし。
「一応は狐なんだが」
「ええ、孤高の狼のように雄雄しい・・・『妖狐キンタロー様』vvvvv」
かなり苦しいな、ドクター。
訂正した時、顔がかなり引き攣っていたのを(一瞬だけど)俺はしっかりと見たからな。
まあキンタロー自身、間違われた事に対してそれ程固執せずにあっさりとしている。
知らん者が見たら然も意外だろうが、あいつはドクターに対して、比較的態度が大らかだ。
あの島での一場面以来、親しみを感じられる数少ない一人となったらしい。
まあいい事なんだろうと、柄にもなく微笑ましい様子を見ていた俺の斜め右後ろからする、嫌に低いおどろおどろしい声。
「シンタローは~ん」
うわっ、何だよまだ居たのかお前。
ちなみにその恨みがましい視線は何だ。思いっきりどす黒い怨念オーラが背後から立ち上ってるぞっ!?
「・・・なんや、えらいキンタローはんの方ばかり見つめはってますなぁ・・・」
台詞の最中に更に黒い気配が増したな、アラシヤマ。
それより“見つめる”って・・・何だか女々しい誤解を受けかねない言い方だぞ?
それに関しては妙に引っ掛かりを感じたが、ツッコミを入れるのも面倒に感じたので、
「関係ないだろ」と軽くあしらいアラシヤマから離れた。
「・・・・・・関係、大有りでっせ?」
小さな呟きは、遠くなった俺には聞こえはしなかったけれども。
菓子類を受け取ると、他の仮装し団員同様、俺も支部大広場内を目的地もなく歩き回る。
新生ガンマ団の(と言うより俺が考え出した)ハロウィンは通常とは事なり、菓子を貰いに来る子どもも与える大人も仮装し、
大人は団で用意した袋詰め菓子を持ち、
子どもが例のお決まりの台詞『Trick or Treat!』を言って袋からいくつかの菓子を手渡す。
「トリックアッドトリック!!」
元気いっぱいの声が膝下から聞こえた。
託児所で保母さん(保育士というのが正式名称だろうがこの呼び方は好かない)、に教えてもらって作ったのだろう、形の歪んだ
パンプキンのお面を頭上近くまで少し邪魔そうに上げて、黒布を身体に纏っている。
年の頃は3、4つかの男の子だ。見覚えがある。
菓子を貰うときに掛ける『Trick or Treat!』の発音・単語を間違いはしないかと恐れることもない、
期待に満ち溢れた真っ直ぐに輝く瞳。
実際は随分と単語も発音も違うけど、まだ幼い子どもには正しい発音は難しいだろう。
ふと、昔ハロウィンにまだ胸躍らせていた頃の俺を、この子にそっと重ねた。
単語・発音の間違いではなく、ハロウィンの思い出を思い出して思わず噴出しそうになるのを堪え、何故かチロルチョコの多い菓子の袋(勿論他の菓子もあるが)を一つを渡し、小さな頭を優しく笑みと共に撫でると、舌っ足らずな「ありがとう」を言って別のターゲットの所へと走っていく。
ああ、言い忘れちまったが走り去った子どもに投げ掛ける、やはりお決まりの台詞。
「Happy Halloween!」
その繰り返しが何度、何時間続いたのか、始まり前に軽食は摘んだものの腹が減ったなと感じた頃にハロウィンは終りを告げた。
自室に戻りシャワーを浴びる。
「初心に返れたっつーか、結構楽しいモンだったよな」
何よりあれ程子ども達に喜ばれた事に、深い充実感を感じる事が出来た。
とは言え、流石に疲れた。
総帥職関連をやるにはちょっと無理だな、眠気が凄い。
「飯・・・簡単に済ませて、今日は早く寝るか」
自室には小さいながらキッチンが備え付けられている。
総帥という地位に居れば高級料理でフルコース三昧の日々だろうと世間には認識されがちだ。
確かにそれを望めばあまりにも簡単に叶うだろう。
けど、俺は基本的に自炊だ。
外交が多く、高カロリー&偏食なメニューを付き合い柄取りがちなので、普段は俺なりに栄養バランスを考えた飯を作っていた。
はっきり言って料理の腕にはかなりの自信がある。
あの島で二年近くも朝昼晩(+おやつ)時にパプワとチャッピー(たまに+α)のを作ってたんだからな。
そう、いつの間にか当たり前のようにあの島に馴染んで・・・。
「・・・アイツ・・・今もちゃんとした飯食ってんのかな」
まだ湿り気が重い黒髪をろくに拭かず、梅紫蘇を混ぜただけの質素な握り飯を二つほど握る。
腹は減ったが、今はこれで十分足りる。後はもう寝るだけだし。
「あの島には特選部部隊だったリキッドって奴が、ジャンの代わりに赤の番人として残ったんだよな。
アイツが俺の変わりに飯とか洗濯とか掃除とか・・・そういうのをやらされているんだろうな。多分」
料理、出来たか?
面識が乏しいのでそう言う部分は全く知らない。
「きっと今頃パプワ達は・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
溜息と苦笑。
未だ酷く固執している。アイツとその島の仲間に。
それが悪い事だとは思わない。
アイツが教えてくれたから。
「いつか会いに行くその時、胸を張って行かねえと、とやかく言うんだろうな・・・アイツなら」
その日の為に今は精一杯に生きようと思える。
「明日は会議があるし、もう寝よ」
歯はちゃんと磨き、思い出を夢に変えてベッドに潜る。向けた挨拶は誰へともなく。
「おやすみ~~~」
ピ――――――――。
健やかな安眠は、ドアベル代わりの機械音に妨害されてしまったらしい。
しっかし誰だ?こんな時間に。
ロック解除をしようと毛布を退けてはた、と気付く。
ああ、そう言えば俺、ロックし忘れてたな。
自分の無用心振りを反省し、ベッドの中で入室許可の返事を簡潔に返す。
相手は扉をゆっくりと開けた。
視界に映る、京都の吸血鬼。
「何だ、アラシヤマかよ」
まだその格好でいたのか?
気に入ったのか?案外。似合ってるし。
「何だとはまた随分ですなぁ、シンタローはん」
別に蔑ろにしようと思って言った訳じゃないが、この根暗茸は(←酷い)
直ぐ物事をマイナスの方向に流れを持って行くんだよなー。癖なんだかそうじゃないんだか。
意識して言っているのではないだろうが。
それも性質悪り~。
「お菓子をくれまへんか?」
「は?菓子ぃ??」
「へえ、お菓子どす♪」
言いながらマントを目の前でひらひらとさせる。
これは何か、まだハロウィンは(アラシヤマの中では)終わってないので自分にも菓子を寄越せとの意思表示か。
気付くのは多少時間が掛かった。
『TrickorTreat!』
ハロウィンに菓子を貰う時のお決まりの台詞だが、テメェは大の大人だろーがっっ!!
そんな、両手を手前で組みながら小首を傾げて強請るアラシヤマに激しく鳥肌が立つ。
「くれてやる菓子なんぞない。それと女の子的お強請りの仕方は止めいっ!」
全身全霊で奴を否定すれば、
「ああっ!攣れないお人やっ」
と言いながら滝涙を浮かべて有耶無耶のうちに退出させられるのだが、今回は違う展開になるようで。
「仕方あらしまへんなぁ・・・・・・ほなら悪戯しますえv?」
「は?」
アラシヤマから発せられた言葉を理解出来ないままに、気が付いたら
どさっ
腰掛けていたベットへと押さえつけられていた。行き成り過ぎる展開に状況が上手く飲み込めん。
・・・ええと、アラシヤマが俺の部屋に来た→未だ吸血鬼の格好→いい歳して菓子を強請ってきて・・・・・・。
「シンタローはん・・・」
五月蝿い。こっちは現在状況情報処理中だ。で、断ったんだよな。それでアラシヤマが―――。
「どんなお菓子よりこっちの方がずっとそそられますわ・・・」
やや掠れた声が熱い吐息と共に顔面ギリギリにかかって・・・・・・・・・・・・・―――えええぇぇっっ!?
「だっ、ちょ、ちょっと待てえぇっ!!何やろうとしとんじゃーっ!?」
「何・・って、またーvシンタローはん今更でっせ?」
耳元でやけに艶っぽい声色で小さく笑うそれに、思わずゾクリと体が震えた。コイツ・・・マジにヤる気満々!?
「止めんかぁ!」
力任せに暴れてみるがこの程度の力ではアラシヤマにとっては大した障害にならなかったようだ。普段ならこんな馬鹿、簡単に押し退けられるが、今は本当かなり疲れているので思ったようには力が出ねえ。こうなりゃ眼魔砲で退けるのみ!!と思ったが、結構長い付き合いからかその考えは相手に伝わったらしく気を溜め込む前に釘を刺されてしまった。
「直ぐその力に頼りますのはあんさんの悪いところですわ」
ムカッ
「自分の思い通りにならへんと暴力に訴えるのは小さな子どもと同じどすえ?」
これ見よがしに盛大な溜息を漏らしやがった。そもそもの原因が己だと言う事を棚上げしやがってっ!
体が憤怒で小刻みに震えるが、それ以上の事(眼魔砲連打だかヤクザキックとか)はこいつの言葉で押さえつけられる。
「明日も早いし、今日はもう疲れたから寝かせろ」
とでも言えば止めるかもしれないが、そんな在り来りな定義文的弱音は吐きたくない。いつも、
「無理をし過ぎているのではないか」
と忠告をしてきたり、
「休息をちゃんと取るよう」
と勧めるこいつに、俺は要らない世話だと素っ気無くあしらっていた。だから疲れたからと言うのは理由に出来ない。
とにかくこの状況を回避しねえとヤられるッ!
イザとなれば口八丁な相手なので慎重に言葉を選ぶ。
菓子がないから悪戯するハロウィンのモンスターを理由にしてるんだよな。
で、アラシヤマは吸血鬼。
なら・・・
「・・・吸血鬼は若くて美しい処女の生き血を飲むんだろ」
「まあ、一般的にはそないな事になってます。ついでに言わせてもらえば肌の綺麗な人も条件に入っております」
「だったら女のトコ行け!若くて美しいはともかく!俺はしょ・・・」
じょじゃないと言いかけて慌てて言葉を飲み込む。
危うくとんでもなく恥ずかしことを言いそうになった自分に冷や汗が流れる。
ちなみに俺が処女喪失・・・っつーか、抱かれた経験があるのはコイツの所為。
初めて関係を持ったのはそう昔の事ではなくつい最近。
・・・何、冷静ぶって非生産的な過去を振り返ってるんだ、俺は。
ともかく現実を嫌でも見据えなくちゃなと恐る恐る相手の顔を伺い見上げると・・・・・・
ああっ!やっぱり得たり†な笑みを見せてるッ!!
「ガンマ団に女性は少へんですし、吸血鬼が血を吸うんは(基本的に)好いとる相手だけなんですわ」
・・・何で何言っても裏目に出るんだ俺は。(涙)
「それにしはっても・・・」
「何だよ・・・」
「気にしてはったんどすなあ。処女がなくならはった事」
はっきり処女言うな!!
こういう時だけ(悪い意味で)しっかりしやがって。いつもの引っ込み思案な性情はどこへ置いてきたんだっ。
「その責任はわてにありますし、気にしなくてもええどす」
あーそうかよ。慰めありがとよっ。←自棄。
「シンタローはん知ってはりました?
吸血鬼はトランシルヴァニアのドラクロア伯爵が血液嗜好症(ヘマトフィリア)やったって話です」
「血液嗜好症(ヘマトフィリア)?」
「何らかのきっかけで血液を飲まんといられへん病なんどす」
「で?」
話しずれてきてるし今までの対話との繋がりが見えん。
「特徴がわてとピッタリですわと思やはって」
「は?どこが」
「わてもシンタローはんに触れらんといられませんトコがv」
無邪気な笑顔で恥ずかしげもなくよく言う。どっから出てくるんだそんな言葉。
「・・・今更口説いてんのかよ」
「ほんま、今更どすなあv」
呆れた。
嫌味も通じないのか。
いつもは妖怪サトリかと思わせるくらい通じまくる癖に、今は幸せそうな顔して男を襲ってる。
何気に背景シュガーピンクになってるし。
けど・・・、何でこう・・・心の中が疼くかな、俺。しかも認めたくはないが悪い意味じゃなくて・・・。
~~~~~あー!訳分かんなくなってきちまったじゃねーか!
「だからわてはあんさんを・・・」
アラシヤマの手が俺のパジャマにのびる。
抵抗?
出来ねえだろ、ここまできちまうと。
すっかり眠気も覚めちまったし、付き合ってやるよ。
ただし見える場所に跡付けたり、明日に支障をきたす程ヤり過ぎたら即効殴る。
その時、俺の理性がちゃんと残ってたらの話だが・・・。
は~~・・・。明日は401国との大事な会議が早くから入ってるっつーのに・・・。
「ほんまに好きどすえ、シンタローはん・・・」
「聞き飽きた」
「ほんまつれないお人どす」
素っ気無く返すと苦笑を浮かべてボタンを全て外す。
素肌に触れた外気が寒いとコイツの背中に腕を回して抱きつけば、自然、腕に絡まっていたパジャマがするりと抜ける。
10/31、ハロウィン。
子どもはすやすや夢の中。お菓子に囲まれてお化けと踊る夢を見よう。
今夜限りの化け猫が、同様の吸血鬼に菓子の代わりに身を捧げている事は内緒だよ?
「桜…綺麗だな。アラシヤマ」
わずかな時間の合間、二人きりで花見に出掛けた。
団内には、桜が植えられている場所がいくつかある。一番有名なのは、東の通りに等間隔に植えられた桜である。そこは、春の訪れと共に、圧倒されるほど見事な並木通りを作っていた。
だが、そこは他の団員達も花見に来るため、人通りが多い。そのため、ひと目を避けるようにその場所を回避し、向かった先は、唯一古くから、人知れず植えられていた桜の木だった。樹齢八十年以上のそれは立った一本でも見応えあるものだった。
「風も気持ちいいし、来てよかったぜ」
おやつとして持って来た桜餅とお茶はすでに腹の中。いい感じに満たされた腹を軽く撫で、頭上を仰ぐと、シンタローは目を細めた。澄み切った青空が淡い紅色の合間から覗ける。心地よさに自然と浮かぶ笑み。
ご機嫌でいれば、隣にいる相手も珍しく笑っていた。
春風を思わせる柔らかな微笑。
心許した相手しか見ることしか出来ないことを知っているから、それが純粋に嬉しい。
そして、そんな相手を見ているうちに、ふっと浮かぶ悪戯心。
「アラシヤマ…目をつぶれ」
その言葉に、目を丸めて驚いた顔をしてくれる相手に向かって、にっこりと笑ってみせた。そうして、そっと囁くように告げてみせる。
「いいことしたいんだよ。…けど、恥ずかしいから目をつぶってくれ」
そう頼めば即座に、これでもかと言うぐらい、きつく目を閉じてくれた。それがおかしくて、笑いが込み上げるが一生懸命噛み締めた。静かにアラシヤマに近づく。吐息が触れるほどの距離まで傍に寄ると、アラシヤマに触れた。
「花びらが髪についてたぜ」
アラシヤマの髪に触れた指先を、目を見開いて硬直している相手にみせた。
そこには薄紅の柔らかな花びらがあった。
春風に運ばれた落し物。
「わざわざとってあげたんたぜ?優しいだろ。いいことはたまにはしないとな♪」
ニヤッと笑って、がっかりした様子のアラシヤマの目を覗き込む。してやったりだ。
「なんだよ。嘘は言ってないだろ。甘ぇよ♪」
悪戯成功。
巧くいったのが気持ちいい。
ついでとばかりに、すっと指先を額に持っていけば、でこピンをされるかと目をつぶる。その隙に、顔を寄せ、唇に触れた。口に広がる桜味。というか桜餅のアンコと塩漬けされた桜の葉っぱが重なった味。
三度目の見開かれた目が自分を移す。だが、さすがに三回目の視線は受けとめられなかった。ふいっとそれからそらす。
その先には満開の桜。
だからだろう―――自分の頬もまた桜色に染まっていた。