言えずのI love you
アラシヤマの部屋にシンタローが来ている。
決して広くはない部屋の、たった一つのソファは、当然のようにシンタロー占領されている。
傍若無人な珍客は、そわそわと落ち着かない部屋の主をよそに、上下スウェットのラフなスタイルで優雅にお茶を啜っていた。
「シ、シ…、シンタローはん…っ。な、何か足りんもんはあらしまへんか?あ、寒ぅないどすか?エアコンあげまひょかっ?」
「…いいから、黙って座ってろ」
シンタローは普段ならアラシヤマの部屋など寄り付きもしない。
初めての来訪にアラシヤマは舞い上がっていた。
シンタローが何故アラシヤマの部屋にいるのか?
事の起こりは7日前。
いつもの如く、前総帥であるマジックとシンタローの親子喧嘩から始まった。
喧嘩の原因もいつもと同じ、マジックの過剰な愛情表現だ。
キレたシンタローが眼魔砲を放ったところ、マジックの避けた弾が扉のセキュリティシステムに命中した。
現在の総帥室はシンタローの自室を兼ねている。
このセキュリティシステムは、夜な夜な枕を持って侵入してくるマジック対策にと、シンタローがグンマとキンタローに命じて特別に作らせたものだった。
修理には、最低でも10日はかかってしまらしい。
安全な住み処を無くしたシンタローは、修理の間、総帥室に近い幹部の部屋を泊まり歩いているのだった。
「シンタローはん、お腹は空いてまへんか?なんぞ作りまひょか?それとも…」
「あー!!もう!俺が勝手にあがりこんでんだから気ぃ使うな!座ってろ!」
そうは言われても、この部屋に座れる場所は、今シンタローが占領しているソファ以外にない。
間取りは広めのワンルームなので、少し離れたところにベッドはあるが、客人を残してベッドに座るのも不自然な気がした。
アラシヤマは少し迷って、ソファの近くの床に腰を降ろそうとした。
「あ、そうか。オメーの部屋はこれしか座るとこねーんだな」
ようやく、シンタローがその事実に気が付く。
「悪ぃ悪ぃ。オメーの部屋に客用の家具があるわけねーよな」
シンタローはさらっと酷いことを言いながらも、ソファに投げ出していた足を下に降ろしてくれた。
ソファに一人分空いたスペースをぽんぽんと叩く。
「ほらよ。座れよ」
それだけの言葉に、アラシヤマの心臓は飛び出す程に反応していた。
思えば、こんな隔絶された空間に、二人切りになるのは初めてなのだ。
アラシヤマはガチガチに緊張しながらシンタローの隣に座った。
「…お前、思ったより大人しいな」
「そ、そうでっしゃろか?」
アラシヤマは大人しくしていた自覚はない。
むしろ、初めて来てくれたシンタローを何とかおもてなししたくて、バタバタしていた気がする。
「いや、正直ここにくんのかなり嫌だったんだけどよ。他の幹部は今日から遠征だし、背に腹は変えられねーかと思って意を決して来たわけなんだが…」
「…そうでっか……」
そんなことだろうと思ってはいても、真っ向から言われるとさすがに傷付く。
アラシヤマは少し肩を落とした。
「俺、オメーがもっと『好きどすえ~』とか『愛してますえ~』とか来ると思ってたんだよナ。構えてて損したぜ」
言いながら、シンタローはテーブルの上の新聞を手に取った。
「もっと早く来りゃ良かったナ。昨日までコージんトコいたけど、あいつイビキうるさくてよ」
新聞をめくるシンタローはアラシヤマを見ていない。
だから。
顔を真っ赤に染めて俯くアラシヤマに気付くはずもなかった。
『好きだ』とか『愛してる』なんて、言えるはずないじゃないか。
アラシヤマとて場の空気が読めない訳ではない。
普段、好きだとか愛してるとか言えるのは、それが冗談で済ますことができる場だからだ。
アラシヤマが好きだと言っても、眼魔砲で返されるか、鉄拳が飛んでくるか。
そんな予定調和があるからこそ言える言葉。
こんな夜更けに。
二人きりの部屋で。
その言葉がどんな質感を持つか、シンタローは理解しているのだろうか?
…たぶん、何も考えてへんのやろな…。
アラシヤマは俯いたまま、横目でシンタローを見た。
シンタローは新聞の文字を追いながら、紅茶を口に運んでいる。
ティーカップが唇から離れる瞬間、赤い舌が上唇をチロリと舐めた。
…あかん…。
好きだなんて、愛してるなんて。
言えるものなら何万回でも言ってしまいたい。
それで想いが通じるのなら。
けれど、本気で愛していると告げれば、こうして幹部として側にいることすら許されなくなるかも知れない。
もう二度と、部屋を訪れてくれることも。
告げたい言葉は喉までせりあがって来る。
しかし、沸き上がる衝動をどこか冷静な思考が押し止めていた。
言ってはいけない。
言って報われるわけがない。
当たり前過ぎる程、わかりきってる答。
…あかん。泣きそうや…。
アラシヤマは頭を低く垂れて抱え込んだ。
「ん?どーした?アラシヤマ。腹でもいてーのか?」
「なんでもないんどす…。ちょっと眠とうなって…」
アラシヤマは目をこすって誤魔化した。
「じゃあ、俺に構わず寝ろよ。俺はソファで寝るからさ」
「そんなん!シンタローはんをそないなとこで寝かせられまへん!」
アラシヤマがぶんぶんと首を横に振ると、シンタローは手を上下に振った。
「イヤ、いいって。ミヤギやコージんとこでもそーしてたし」
「だったら余計ウチではそんなことさせられまへんえ。一週間もちゃんと休んで無いてことやないどすか!」
この人はいつもこうだ。
他人を優先しすぎて無理をする。
だから。
自分よりずっと強い人だとわかっていても、心配で目が離せない。
「でも実戦のときなんか一ヶ月以上野宿もあったじゃねーかョ。それにくらべりゃ…」
「今は実戦じゃおへん。あんさんが休めるときに休んどらんかったら、いざっちゅうとき誰が団を守るんや」
アラシヤマはシンタローをソファから立たせると、ベッドへ追いたてた。
「わてがあっちで寝ますさかい。ゆっくり休んでおくれやす」
アラシヤマはベッドから毛布だけ剥ぎ取るとソファに戻った。
「明かり消しますよって、シンタローはんはベッド脇のスタンド使うとくれやす」
「あ、いいよ。俺ももう寝るわ」
シンタローはアラシヤマが明かりを消すより早くベッドに潜り込んだ。
パチンと電気を消した瞬間。
「ありがとナ。アラシヤマ」
小さな、でもハッキリとした声を聞いた。
声の主はやはり疲れていたのか、すぐに規則正しい寝息をたてはじめた。
アラシヤマは眠れないまま、ソファに横たわってぼんやりと窓を見ていた。
細い月が雲に架かる。
いつの間にか、夜明けも近い時間になっていたらしい。
アラシヤマはソファから起き上がると、足音を殺してベッドに近付いた。
シンタローは大の字になって眠り込んでいる。
まるで警戒心のない、子供のような寝顔。
アラシヤマはベッドの脇にしゃがみ込むと、ベッドからはみ出しているシンタローの手にそっと触れた。
「…ホンマ、罪なお人やわ…」
小さく呟いたが、シンタローが起きる気配はない。
「愛しとぉなんて、言わせて困るのはあんさんどすえ?」
アラシヤマはシンタローの手に微かに口付けた。
「…愛してますえ」
本気の言葉は、あなたに聞こえないところでしか言えないけれど。
言霊というものがもしもあるのなら。
今の言葉が、わずかでも彼の体に溶け込んでくれればそれでいい。
どうか一生、側に居させて。
それが、痛みを伴うものだとしてもかまわないから。
アラシヤマはベッドに寄り掛かると、ぼんやりとまた月を見上げた。
END
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アラシヤマの部屋にシンタローが来ている。
決して広くはない部屋の、たった一つのソファは、当然のようにシンタロー占領されている。
傍若無人な珍客は、そわそわと落ち着かない部屋の主をよそに、上下スウェットのラフなスタイルで優雅にお茶を啜っていた。
「シ、シ…、シンタローはん…っ。な、何か足りんもんはあらしまへんか?あ、寒ぅないどすか?エアコンあげまひょかっ?」
「…いいから、黙って座ってろ」
シンタローは普段ならアラシヤマの部屋など寄り付きもしない。
初めての来訪にアラシヤマは舞い上がっていた。
シンタローが何故アラシヤマの部屋にいるのか?
事の起こりは7日前。
いつもの如く、前総帥であるマジックとシンタローの親子喧嘩から始まった。
喧嘩の原因もいつもと同じ、マジックの過剰な愛情表現だ。
キレたシンタローが眼魔砲を放ったところ、マジックの避けた弾が扉のセキュリティシステムに命中した。
現在の総帥室はシンタローの自室を兼ねている。
このセキュリティシステムは、夜な夜な枕を持って侵入してくるマジック対策にと、シンタローがグンマとキンタローに命じて特別に作らせたものだった。
修理には、最低でも10日はかかってしまらしい。
安全な住み処を無くしたシンタローは、修理の間、総帥室に近い幹部の部屋を泊まり歩いているのだった。
「シンタローはん、お腹は空いてまへんか?なんぞ作りまひょか?それとも…」
「あー!!もう!俺が勝手にあがりこんでんだから気ぃ使うな!座ってろ!」
そうは言われても、この部屋に座れる場所は、今シンタローが占領しているソファ以外にない。
間取りは広めのワンルームなので、少し離れたところにベッドはあるが、客人を残してベッドに座るのも不自然な気がした。
アラシヤマは少し迷って、ソファの近くの床に腰を降ろそうとした。
「あ、そうか。オメーの部屋はこれしか座るとこねーんだな」
ようやく、シンタローがその事実に気が付く。
「悪ぃ悪ぃ。オメーの部屋に客用の家具があるわけねーよな」
シンタローはさらっと酷いことを言いながらも、ソファに投げ出していた足を下に降ろしてくれた。
ソファに一人分空いたスペースをぽんぽんと叩く。
「ほらよ。座れよ」
それだけの言葉に、アラシヤマの心臓は飛び出す程に反応していた。
思えば、こんな隔絶された空間に、二人切りになるのは初めてなのだ。
アラシヤマはガチガチに緊張しながらシンタローの隣に座った。
「…お前、思ったより大人しいな」
「そ、そうでっしゃろか?」
アラシヤマは大人しくしていた自覚はない。
むしろ、初めて来てくれたシンタローを何とかおもてなししたくて、バタバタしていた気がする。
「いや、正直ここにくんのかなり嫌だったんだけどよ。他の幹部は今日から遠征だし、背に腹は変えられねーかと思って意を決して来たわけなんだが…」
「…そうでっか……」
そんなことだろうと思ってはいても、真っ向から言われるとさすがに傷付く。
アラシヤマは少し肩を落とした。
「俺、オメーがもっと『好きどすえ~』とか『愛してますえ~』とか来ると思ってたんだよナ。構えてて損したぜ」
言いながら、シンタローはテーブルの上の新聞を手に取った。
「もっと早く来りゃ良かったナ。昨日までコージんトコいたけど、あいつイビキうるさくてよ」
新聞をめくるシンタローはアラシヤマを見ていない。
だから。
顔を真っ赤に染めて俯くアラシヤマに気付くはずもなかった。
『好きだ』とか『愛してる』なんて、言えるはずないじゃないか。
アラシヤマとて場の空気が読めない訳ではない。
普段、好きだとか愛してるとか言えるのは、それが冗談で済ますことができる場だからだ。
アラシヤマが好きだと言っても、眼魔砲で返されるか、鉄拳が飛んでくるか。
そんな予定調和があるからこそ言える言葉。
こんな夜更けに。
二人きりの部屋で。
その言葉がどんな質感を持つか、シンタローは理解しているのだろうか?
…たぶん、何も考えてへんのやろな…。
アラシヤマは俯いたまま、横目でシンタローを見た。
シンタローは新聞の文字を追いながら、紅茶を口に運んでいる。
ティーカップが唇から離れる瞬間、赤い舌が上唇をチロリと舐めた。
…あかん…。
好きだなんて、愛してるなんて。
言えるものなら何万回でも言ってしまいたい。
それで想いが通じるのなら。
けれど、本気で愛していると告げれば、こうして幹部として側にいることすら許されなくなるかも知れない。
もう二度と、部屋を訪れてくれることも。
告げたい言葉は喉までせりあがって来る。
しかし、沸き上がる衝動をどこか冷静な思考が押し止めていた。
言ってはいけない。
言って報われるわけがない。
当たり前過ぎる程、わかりきってる答。
…あかん。泣きそうや…。
アラシヤマは頭を低く垂れて抱え込んだ。
「ん?どーした?アラシヤマ。腹でもいてーのか?」
「なんでもないんどす…。ちょっと眠とうなって…」
アラシヤマは目をこすって誤魔化した。
「じゃあ、俺に構わず寝ろよ。俺はソファで寝るからさ」
「そんなん!シンタローはんをそないなとこで寝かせられまへん!」
アラシヤマがぶんぶんと首を横に振ると、シンタローは手を上下に振った。
「イヤ、いいって。ミヤギやコージんとこでもそーしてたし」
「だったら余計ウチではそんなことさせられまへんえ。一週間もちゃんと休んで無いてことやないどすか!」
この人はいつもこうだ。
他人を優先しすぎて無理をする。
だから。
自分よりずっと強い人だとわかっていても、心配で目が離せない。
「でも実戦のときなんか一ヶ月以上野宿もあったじゃねーかョ。それにくらべりゃ…」
「今は実戦じゃおへん。あんさんが休めるときに休んどらんかったら、いざっちゅうとき誰が団を守るんや」
アラシヤマはシンタローをソファから立たせると、ベッドへ追いたてた。
「わてがあっちで寝ますさかい。ゆっくり休んでおくれやす」
アラシヤマはベッドから毛布だけ剥ぎ取るとソファに戻った。
「明かり消しますよって、シンタローはんはベッド脇のスタンド使うとくれやす」
「あ、いいよ。俺ももう寝るわ」
シンタローはアラシヤマが明かりを消すより早くベッドに潜り込んだ。
パチンと電気を消した瞬間。
「ありがとナ。アラシヤマ」
小さな、でもハッキリとした声を聞いた。
声の主はやはり疲れていたのか、すぐに規則正しい寝息をたてはじめた。
アラシヤマは眠れないまま、ソファに横たわってぼんやりと窓を見ていた。
細い月が雲に架かる。
いつの間にか、夜明けも近い時間になっていたらしい。
アラシヤマはソファから起き上がると、足音を殺してベッドに近付いた。
シンタローは大の字になって眠り込んでいる。
まるで警戒心のない、子供のような寝顔。
アラシヤマはベッドの脇にしゃがみ込むと、ベッドからはみ出しているシンタローの手にそっと触れた。
「…ホンマ、罪なお人やわ…」
小さく呟いたが、シンタローが起きる気配はない。
「愛しとぉなんて、言わせて困るのはあんさんどすえ?」
アラシヤマはシンタローの手に微かに口付けた。
「…愛してますえ」
本気の言葉は、あなたに聞こえないところでしか言えないけれど。
言霊というものがもしもあるのなら。
今の言葉が、わずかでも彼の体に溶け込んでくれればそれでいい。
どうか一生、側に居させて。
それが、痛みを伴うものだとしてもかまわないから。
アラシヤマはベッドに寄り掛かると、ぼんやりとまた月を見上げた。
END
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