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mmm

 

本文の前に


このストーリーは、PAPUWAの名を借りたゆずポンの捏造小説の中でも
群を抜いて嘘つきな物語です。
作品を読んで戴ければ分かるのですが、シンちゃんとパパの関係も
状況設定も環境も、なにもかもが作り物です。
それを踏まえた上での閲覧をお願いします。

 繰り返しますが嘘ばっかりです   OK?


 


 


 


 



the opposite bank   …parallel story


 


 


 


 


イートン校に通う少年は、外出時であっても制服を着用しなくてはならない。


燕尾服を着た学生たちはまだ幼い顔をしたものも多く、往来を行くその姿は道行く人々の目を十分に楽しませていた。


尤も当の彼らといえばそのような視線には慣れているので、動じたり浮かれはしゃいだりすることなど決してなく、伝統に培われた絶対的な自信を胸にしゃんと伸ばした背筋も美々しく目的地へと足を運ぶ。


金の髪に蒼い瞳を持つ、子供にしてはやたらと大人びた表情をもつ少年…マジックも、その中の一人だった。


 


この町には外国人観光客が数多く訪れる。


史跡、旧跡、名所と呼ばれる場所や建物がいくつもあり、さらにイートン校に通う少年たちが見られるのだ。人気があるのも頷ける。自分たちを見てなにが楽しいのか分からないが、それでもカメラを向けられたことに腹を立てるよりは素通りしてしまう方が早い。


自身の誇りはもちろん、自分たちはこの国の伝統と名誉を負ってもいるのだ。無益な雑事に囚われる閑など微塵もない。


 


その日は授業で使う資料を探しに書店へ行くことになっていた。図書館に行けば済む話ではあるのだけれど、帰りにチョコレートを買うという目的があったので数人と連れ立って寮を出たのだ。


なんでも日本ではバレンタインデーと呼ばれる風習があり、好きな人にチョコレートを贈り愛を告白するそうだ。マジック自身も日本には興味があり、そういった行事が嫌いな性質ではなかったので付き合うことにした。


初めにその話を持ち出したのは同室の少年だった。


去年の夏、父親と親交のある日本人一家が彼の家に滞在し、その娘に一目惚れをした。向こうも憎からず思っているのは確かなようで、また会おうと硬く約束を交わしたという。そのときに出たたくさんの話の中にバレンタインデーのことも含まれていたというのだ。


日本では女性から男性にプレゼントを贈るそうだが、物心付いたときには女性を敬い、守るべき立場にあると教育されてきた自分たちにとりその習慣は受け入れ難い。愛を伝えるのならばどちらが送ろうと構うことはあるまいと力説するので、その場にいた誰もが深く頷いた。


十二歳になったばかりのマジックには、愛という言葉はまだ重過ぎると思うけれど。


それでもいつか、本当に愛する人が出来ればわかるのだろう。


選び抜いた贈り物に気持ちを籠めて、恋を、告白するそのときに。


 


 


本を探すという大義名分はすぐに飽きられ、少年たちはいそいそと菓子やケーキを売る店に向かった。


日本に送る手間が掛かるため小さな店では事足りないだろうと、大通りに面した有名店を目指して歩く。


その途中のことだった。


 


長い黒髪を持つ青年が、片手に地図を持ち林立するビルを見上げている。


日本人だ。すぐに分かった。髪も、地図を見る目も黒く、顔立ちも自分とはまったく異なる。日本人にしては随分背が高いけれど、それでも背に掛かる艶やかな黒髪は、いつか見た日本画に描かれていた十二単姿の姫君のようだった。


道に迷った旅行者なのだろうか、いかにも“困った”という顔で周囲に視線を廻らせているのが少し、おかしい。十七、八だろうか。日本人は若く見えるというから、もしかしたらもう少し上なのかもしれない。


誰かに声を掛ければいいのに、母国語しか操れないのか地図を見ては溜め息をつくばかりだった。


気付かず歩き去る友人に先に行くよう伝え、マジックはその青年の下に向かった。自分を目指し歩いてくる少年の気配はすぐに分かったようで、ほっとしたような、警戒したような眼差しでこちらを見る。


 「こんにちは」


 「あ、日本語話せるんだ。助かった」


 「少しです。ゆっくり、一言ずつ、話してください」


日本語は一年前から習っている。自ら希望して学び始めたのだが、役立つときが来たようだ。


 「えーと、俺は旅行者なんだけど、ちょっと道に迷ったみたいで」


 「どこに向かいますか?」


 「この店なんだけど。お菓子。ケーキとか、チョコとか売ってる店。えー、販売店。…の方が難しいか」


 「分かります。ケーキやチョコレートを売っている店、ですね」


 「そう。分かるかな。きみ、地元の子じゃないだろ?あっと、ここで生まれ育った子じゃないだろう?」


 「ここでは生まれていません。でも、知っている店です」


 「マジ?やった、助かった」


 「これから僕も行きます。一緒に行きましょう」


 「サンキュー。…あー、発音悪いか」


 「それも分かります。大丈夫」


笑いかけると彼も笑い返してくれる。マジックより年上なのは確かだが、それでも微笑む様は少年のように愛らしい。心細げに周囲を見る怯えた目つきも可愛いと思ったが、彼は、笑った顔の方が数倍も素敵だ。


目的地が同じだったことは偶然だが、店自体に用のなかったマジックもこれで大義名分が出来た。機嫌よく異国人をエスコートしながら、まずは紳士らしく自己紹介をすることにした。


 「僕はマジックといいます。イートン校の学生です」


 「いーとんこう?…あ、学校か。中学?って日本と基準が違うんだろうな。えっじゃあそれ制服?」


 「はい、これは学校の制服です」


前半の言葉の意味はよく分からないけれど、確かにこの国に存在するパブリックスクールの中でも外出時に制服着用を定められているのはイートン校だけだ。襟元を指先で摘まみ、彼に向かって肩を竦めて見せる。


 「おかしいですか?」


 「や、おかしくなんかないよ。すげえかっこいいし、似合ってるし。でも燕尾服が制服ってのは日本じゃありえないからさ」


 「そうですか。あなたは日本人ですか?」


 「うん。…と、張り切って言えるほど純粋かどうかはわかんないけどな。あ、日本人百パーセントじゃないかもしれないってこと。分かる?」


 「はい。でもとても綺麗な黒髪です。僕は日本人の黒い髪がとても好きです」


 「そうかぁ?俺はきみみたいな金髪の方がずっと綺麗だと思うけど」


 「僕の髪は綺麗です。いつも褒められます」


 「は、」


きょとん、と目を丸くして、それから。


 「あはははははっ、そうか、綺麗って自覚があるか。あはははははっ」


それから彼は、笑った。


とても楽しそうに。


とてもおかしそうに。


笑った。


 「…太陽だ」


 「あははっ、え、あ、ごめん。なに?」


 「あなたは太陽です」


 「…は?」


黒髪の青年は不思議そうに見詰めてくる。黒い瞳。深く澄んで、それは吸い込まれそうな。


 「あなたは太陽です。僕は、とても好きになりました」


 「すごいな、紳士って男にもそんなこと言うのか」


感心したように言って、それからまた微笑んだ。伸ばされた掌が金の髪に触れる。


 「じゃあきみは、…マジックは、月だな」


 「つき?」


 「月。ムーン」


 「ああ。…僕が月?どうしてですか?」


見上げる彼はとても優しそうに笑っていて、その笑顔はとても幸せな気分になれる素敵なもので。これまで自分のことを、こんな風に見る者はなかった。こんなに静かに見つめてくれる者などなかった。


誰一人。


 「夕べ夜中にドライブしたんだけど、そのときに見た月が真黄色で、でかくて、すげぇ綺麗だったんだ。森の上に浮かんでてさ、ホント、生まれて初めて見たよ。あんなに綺麗な月」


 「夕べ、ドライブ…ああ、車で観光地を廻ることですね。そのときに見た月が綺麗だったのですか?僕の髪は夕べの月のように綺麗だと」


 「ドライブって和製英語か?えーと、うん、まあそういうこと。マジックくんの髪はでかくてピッカピカに光ってる月みたいに綺麗だよ」


 「あ、ありがとうございます」


 「褒めてもらった礼じゃないからな。本当にそう思ってるからな」


ぽん、と頭を叩かれる。その親愛の情のこもる仕草に胸が熱くなった。こんな風に触れてくる相手も初めてだ。しかも不快ではない。


嬉しい。


微笑む瞳をうっとりと見詰めていると、髪に触れていた手を離し困ったように頬を掻いた。


 「えーと、それで案内の続きを頼みたいんだけど」


 「ああ、ごめんなさい。こちらです」


道に迷ったといっても通り自体は合っている。一ブロック先へ進めばそこが目的地だ。級友たちは既に到着しているだろう。


再び歩き出したもののマジックの足取りはひどくゆっくりしたものだった。店に着けば案内役は終わってしまう。少しでも長くこの太陽と共にいたい。


 「お菓子を買うのですか?」


 「うん。土産なんだけど、日本人ってなんか海外土産はチョコって感覚があるらしいんだよな」


 「おみやげ。プレゼントですね」


 「まあそんなもん。一緒に来たやつは紅茶の専門店に行ってるんだ」


 「一緒に?友達と一緒に旅行をしているのですか?」


 「んー、まあ…そんなとこかな…」


曖昧に答えた顔が、少し、歪む。


太陽が翳る。


 「あの、」


 「ん?」


 「一緒に旅行をする友達は、友人ではないのですか?」


 「友達も友人も一緒だよ」


 「ああ、なんと言えばいいのかな。一緒に旅行をするのなら、友人なのではないですか?」


 「仲がいいかってこと?うん、まあ仲の悪いやつと一緒にはいられないけどな」


 「好きな人ではないのですか?」


 「好き?」


 「恋人では、ないのですか?」


 「恋人、ねぇ…」


表情は益々暗くなる。


友人かと聞けばそうではないような返事をする。ならば恋人なのかと聞き返せば、もっと辛そうな顔をする。


笑った彼が好きなのに、自分のした質問は彼を苦しめているようだ。そんな表情はさせたくない。笑ってほしい。笑って、自分を見て欲しい。それなのに。


彼の好きな人、彼の恋人という言葉に胸が痛んだ。黒い髪の太陽は、その輝きを自分ではない誰かに与えているという事実はとても切なく哀しいもので、出逢ったばかりとはいえ隠しようのない気持ちを自覚させた。


一目惚れというものは本当にあるのだ。


そして運命はいつでも思わぬところに罠を仕掛けている。


 「恋なんてさ、半分以上が錯覚だよ」


 「さっかく?」


 「気のせいってこと。あー、子供になに聞かせてるんだろうな」


苦笑して、それから前を向いてしまう。


 「僕は子供です。でも聞きたいです。あなたのこと」


 「俺のこと?」


 「恋人のことを、本当は好きではないのですか?」


 「恋人じゃないよ。本当に好きかと聞かれればそうじゃないし、嫌いかと聞かれれば…うーん、それも嫌いじゃないとしか…」


 「恋人ではない人と、一緒にいるのですか?」


 「日本語に腐れ縁って言葉があってな。英語だとなんていえばいいんだろう…好きとか嫌いとかじゃなくて、惰性で傍にいるってどうしようもない状態のことをそういうんだよ」


 「好きではないなら一緒にいなければいいのではないですか?」


 「気持ちってさ、確かに自分のものだけど、でも思う通りの方向に動かせるものじゃないだろ。好きな人を嫌いになろうと思っても無理なように、ずっと傍にあったものを簡単に切り離すってことも出来ないんだ」


 「でも好きではないのなら、」


 「好きじゃないとは言ってない。な、この話はこれで終わり」


少し煩わしそうに言い切る。眉を寄せた表情は、それも見たくない、させたくないもの。


太陽の翳りを作るのは月。


彼を悲しくさせるのは、自分。


届かない。 



 
 
 
 
 

the opposite bank   …parallel story


 


 


 


 



それから少しの間は黙ったまま歩き、目的の店の手前で足を止めた。


 「この先です。二つ目の建物があなたの探していた店です」


 「なんだ、通りはあってたんだ。やっぱりあいつの地図の書き方が変だったんだな」


あいつ、というのが彼を輝かせることの出来る存在なのだろうか。


曖昧で暗い表情をしたけれど、それは子供の自分では分からない感情で踏み込ませたくはない領域にあるものなのだろう。


通りがかりの道案内が触れられる限界は超えている。


 「助かったよ。マジックくんもなんか買うんだろ?お礼に俺が買ってやるからさ」


 「僕は行きません」


 「え、僕も行くって言ってなかった?」


 「僕は…」


爪先を睨む。拳を握る。


恋なんて半分以上は錯覚。そうだ、“さっかく”とは事実と異なることをそうだと思い込むこと。日本語の辞書にはそう記してあった。


だからこれは錯覚だ。


彼が太陽なのも。自分が月なのも。


すべて。


 「僕は、行きません。さようなら」


 「え、あ、さよなら」


 「さようなら」


 


さようなら。


日本語の授業で一番初めに習ったのが“こんにちは”と“さようなら”。


二つの言葉は対を成し、出逢ったときと別れるときに使う言葉だと教えられた。


さようなら。別れの言葉。


もう逢えない。


 


僅か数分のうちに落ちた恋は、一ブロック先で消えてしまった。


去っていく彼の背中を見詰めたけれど、振り向くことなく店の中へと消えていった。黒髪が、吸い込まれるかのごとくうねる様はまるで自分を拒絶しているかのようで益々悲しくなってくる。


こんな恋をするのは、世界中でも自分だけに違いない。


望めばなんでも手に入る。


誰もが自分にかしずき敬う。


すべてがあってすべてが皆無の冷めた日常の中、初めて出逢った温もりなのに。


自ら見つけた太陽なのに。


 


きっと、やっと、出逢えた。


 


 


 


通行人の邪魔にならないよう隅に避けて立っていた。


じきに級友たちが出てくるだろう。寮には一人で戻るべきではないと思ったので仕方なく立ち尽くす。もし先に彼が出てきたら気付かぬ振りをすればいい。声を掛けられたらもう一度“さようなら”と答えよう。名誉も、伝統も、こんなときには何の役にも立たない。


 


常に背筋を伸ばし前を向いて進むようという指導は受けていても実践出来るとは限らない。背を丸め、石畳を見詰めるうち悲しい気分が盛り上がりだんだんと視界がぼやけてきた。


ぽつり、ぽつりと水滴が落ちる。


爪先の周りに雨が降る。


傘を持つ習慣はほとんどないが、それでも制服を濡らすのは嫌だと思う。重たい燕尾服は惨めな気持ちを増長するから、だから出来ることならやんでほしい。


降り始めたばかりだから、きっと、すぐにはやみそうにもないけれど。


 


 「泣くなよ」


ぽん、と。


 「俺が泣かせたのか?なんか気に障ること言ったか?」


頭に乗せられた掌。温かなそれ。


 「中学生にはなってると思ってたけど…もしかしてもっと下か?」


 「した?」


 「いまいくつ?何歳?」


 「十二歳です」


 「うわー、俺より十歳も下かよ」


 「あなたは、十八歳くらいだと思っていました」


 「俺は童顔じゃねえぞ。ってまあ日本人は若く見られるって言うもんな」


苦笑して、それから指が髪を梳く。


 「お礼、ちゃんとしたいからさ。これ」


差し出されたのは赤い包装紙に包まれた小箱。彼が訪ねた店の名前が印刷された、金のリボンが巻かれている。


甘い匂いが微かに漂い、それが益々切なくさせる。


 「わっなんで余計に泣くんだよ!」


 「にほ、んは、」


 「は?日本?」


 「日本、では、好きな人に、チョコレートを渡すのでしょう」


 「ああ、バレンタインのこと?」


 「僕のことは、好きでは、ないっでっ、しょ、」


 「あーあーでかい目が大洪水だぞ。蒼いからマジで噴水みてえ」


 「好きでは、なっい、なら、渡しては、いけませっん」


 「や、これバレンタインのチョコじゃないし。お礼だし」


 「お礼なら、いりっません」


 「えっ!なにそれ、じゃあバレンタインなら受け取るのか?」


 「は、いっ、うっ、はいっ」


 「いや、はいって言われてもさ…」


困ったように首を傾げる。ああ、益々彼に嫌われることを言ってしまったのだ。そう思うと涙は止まるどころか際限なく湧き上がる。


 「日本のバレンタインって女の子が好きな男にチョコを渡して告白する日だって知ってる?」


 「なぜ、女性に限定するっのです、か。男性が贈っては、いけなっ、い、のですか」


 「いけないことはないけど…まあ日本じゃ普通しないなぁ」


 「ぼ、僕は、あなたが、好き、です。あなたから、チョコレートを、贈られたいです」


 「あー…」


再び首を傾げ、頬を掻く。彼の癖なのだろうか。


けれど今度は笑っていた。優しく、温かく、包むような笑顔で見詰めてくる。くすぐったそうに、という言葉があるが、きっとこういう笑顔のことを言うのだろう。


 「なんだかわかんねぇけど、マジックくんが欲しいっていうならあげるよ」


 「僕が、ほしいと言えば?」


 「バレンタインのチョコ、俺から欲しいならあげる。これは、俺からきみへ、心を籠めてプレゼントする」


太陽が。


 「ハッピーバレンタイン。…って、言うらしいぞ」


照れた分、輝きが増した太陽。


雨上がりの空によく似合う。


 「僕に…」


 「嬉しいのかどうかわかんないけど、泣くほど欲しいって言われて拒むほど勿体付けられる身分じゃないし」


掌に載せられた箱は軽くて、けれどそこに籠められた気持ちはとても重い。


生まれて初めての重み。


きっとこの先、二度とは得られない彼の気持ち。


 「…ありがとうございます」


 「うん」


 「ありがとうございます」


 「うん」


 「ありがとう…ござい、ます…」


 「…また泣く」


 


頭の上の温もりが染み入る。


彼が好きだと繰り返す。


言葉にしないなんて、そんなこと、出来るはずもなく。


 


 「あの、」


 「シンタローはん」


 「…なんだ、今日は別行動って言っただろ」


 「わての方はもう用事が済んでしもうたんどす。はよホテル戻りまひょ」


 「俺はまだ買い物途中だっつの」


 


黒い髪。けれど太陽ではない。


夜の闇のような男が彼を見ている。傍にいる自分などまるで視界にすら入っていないかのように、我が物顔で彼の腕を掴む。引き寄せる。


 「日本とちごうて物騒な国やし、あんさん一人で歩かせる訳にはいきまへん」


 「ガキじゃねえよ」


 「ガキやないから始末におえんのどす。みてみい、こないな子供にまで引っ付かれて。わての気持ちも考えとくれやす」


 「なんでお前の気持ちなんか考えなきゃ、」


 「わて、だからどす」


 


毒、という言葉を習った。


それは体に害をなす薬物のことを指し示すものだが、他にも意味があると教えられた。


毒のある言葉。


毒のある笑顔。視線。


 


 「さ、行きまひょ」


 「おいっ」


 「行きますえ」


 「おいって、」


 「シンタローはん」


彼には笑顔を。


自分には。


 「なんや知らんけど、あんさんシンタローはんになに言わはったん?このおひとになんやしたなら、子供かて許さへんで」


毒のある、という形容を理解した。


彼が輝きを翳らせるもの。


太陽を覆い、その光を遮るもの。


月ではなく夜。


夜そのもの。


 「ほな行きますえ」


 「お前な、マジックくんはわざわざ道案内をしてくれたんだぞ!」


 「その礼は手のもんで果たしたやろ」


顎で示された小箱を背後に隠す。汚されるようで嫌だった。


 「だけどものには言い様ってもんが、」


 「いい加減にしなはれ」


ぴしりと切るように言い放つ。


 「行きますえ」


再度腕を引かれると、彼は、諦めたように付き従った。


諦めたように。


彼には相応しくない、その冷めた表情。


誰かに似ている。


きっと、誰かに。


 


自分に。


 


 「シンタロー!」


 「…え」


驚いたように振り返る顔。黒い瞳がまるで救いを求めるようで。


 「シンタロー、僕は、あなたが、好きです」


 「え、あ…」


 「僕はあなたが好きです!好きです!好きです!」


哀しそうに。けれど嬉しそうに。


 「ありがと」


笑って。


 「ありがとな」


 


笑って。


 「ありがとう」


 


 


 


 


その背中はすぐ、人通りに紛れて消えた。


手の中の小箱がなければ、きっと、夢の中にすら埋もれ忘れる刹那の出逢い。


彼のことが好きだ。


だからしっかりその言葉を繰り返す。


彼のことが好きだ。


好きだ。この気持ちに嘘はない。いまだけのものじゃない。好きだ。


 


消えてしまった背中を、その幻影を追いながら、それでも心の中は澄んでいた。


これは一瞬の出逢いなどではなく、永遠に続く恋の中の一秒。


必ずいつか。


いつか必ず取り返す。


彼を。


思いを。


恋を。


 


きっと。


 


きっと。


 


 


 


 「マジック」


 「…ああ、用は済んだのかい?」


 「勿論。空輸できる一番大きなサイズを頼んだよ」


 「それはよかった」


 「おや、きみは店には入ってこなかったような気がしていたけど。誰に渡すんだい?」


 「………」


 「マジック?」


 


赤い箱。


恋の箱。


封じ込めた。


 


 「太陽さ」


 


 


 


 


いまはまだ遠く離れた、無限の岸の、煌きに。


 


 


 


 


END    or NEXT?





























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     …本気にして書いちゃうかも


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大体、写真にはろくな思い出がない。


 


 


つまらなそうだったり、あからさまに不機嫌だったり、時には泣き顔だって晒している。


 


 


父の所持するアルバムは自分の失態ばかりが集められているから、写真には、ろくな思い出がない。


だから。


 


 


 


 


だからいまさらこんなことに気付いたとしても、それは。


 


 


 


 


 


 


 


Photograph   40*15


 


 


 


 


士官学校に入学して寮生活が始まると、自宅に戻る頻度は極端に減った。


それは当然のことだし、勿論意図してのことでもある。


総帥の息子だと言われることには慣れていたけれど、かといって甘んじて受け入れるだけの軟弱な根性もしていない。言いたいなら言えばいい、けれど自分にはそれを跳ね返すだけの器量がある。何事にも負けず常に一番上を目指し、そしてその高みからすべてを見下ろすのだ。


父のようになりたいとは思わない。


その為の一番ではない。


結局それが劣等感の表れだとしても自分が潰れないためには必要な決意だったのだ。


シンタローにとっては。


 


生来の負けず嫌いであることは確かだとしても、本来彼は争いごとというものがどうにも苦手で、加えて人付き合いというものにも不慣れだった。


如才なく振る舞うことは出来る。


誰とでも気安く接することは出来る。


けれどそれは処世術の一つであったし、シンタローが目指すものになるために必要不可欠なステップでもあった。


敵など、世界中に転がっている。


父を脅かす存在は、彼がどれほど強くとも存在するという覆しがたい事実がある。


だからシンタローは強くなければならないし、誰をも従える力を持たなければならない。いずれ総帥という地位を継ぐからではなく、父を守るために。


この世で唯一自分という存在を動かすことの出来る彼を守り抜くために。


その思いを、けれど一度も口にしたことはなかったけれど。


 


それほどに大きく、そして当たり前に大切な人だから。


 


 


学生寮に入寮してからと言うもの、父は事あるごとにシンタローを呼びつけた。


主席であり、学年代表でもある自分が理事長に呼び出されるのは当然である。けれど時には一日のうちに二度も三度も呼び出され、挙げ句用件と言えば『今度、学生たちを連れてピクニックに行こうと思うんだけど、どこがいい?』とか『ほら、日本の縁日?お祭りの晩に屋台がズラリと並ぶあれ。あれをね、開催したらどうだろうかと思って』などという、これまでであれば食事時の話題程度の戯れ言だから始末が悪い。


シンタローとて寂しくない訳ではない。


長く共に暮らした相手だし、なにより四六時中同じ時間を過ごせていた訳でもない。


総帥という職にある彼は多忙を極める存在だし、希に顔を合わせても懐かしさに甘えられるほど素直な性格もしていない。


だから、二人きりで話をすることは、実はとてもくすぐったくて、実はとても嬉しいことだ。


 


それも、口にしたことは、ないけれど。


 


 


本当は大好きなんだよ。


子供の頃から変わらずに、あなたのことが、大好きだよ。


 


いつだって言葉は胸の中に溢れているのに、口を開けば憎まれ口ばかりを並べてしまう。“照れちゃって”と言われれば、不機嫌に目を逸らし、無視して歩き去ることも既に慣れてしまったこと。


不器用な自分を分かって欲しいし、分かってくれていると知っていてももどかしさは募るばかりで。


喩え世界中が彼を許さなくとも自分は許せる。


それが人殺しでしかかなくとも自分だけは彼の手を取れる。


鮮血にまみれ、腐った肉の臭いの染み付いた背中であっても自分は進んで守れるし、腕に余る広さであっても、包み込める自信があった。


 


それこそが特権だった。


シンタローだけに許された、親子以上の繋がりすら感じる強い絆。


自分だけが、彼を、マジックという男を理解出来る。共にある。


錯覚ではないそれを思うたび、いつでもシンタローは言いしれぬ優越感に身震いを感じるほどだった。


 


 


 


その日、父は長い戦いの日々を終え帰還するはずだった。


予定では午後の早い時間であると聞かされていたから、授業を終え課題を済ませるとシンタローは急ぎ自宅へと駆け付けた。


寮の部屋はあまり広くはないため、必要なものを入れ替えるため時折戻ることがある。他の生徒からすればそれも特権と陰口を叩きたくなるところだろうが、なにを言われてもそれだけはやめるつもりのないことだ。


父に会う。


彼と過ごす僅かな時間。


大切な、貴重なそのひとときを守るため、普段は断ることの多い軍用車での送迎すらも喜んで受け入れた。


 


彼が戻っていないことを確かめると、自室の荷物を少し散らかし、いかにも“荷造りに手間取っています”という風を装った。


そのくせ数分おきに窓辺へ歩み寄り外を眺めているのだから矛盾もいいところだ。


見破られているかも知れない。


いや、恐らくばれているだろう。


そんな小細工が通じる相手ではないし、本当に、ただ荷物の入れ替えのためだけに帰宅していると思われているのは悲しい。


だからシンタローは、持っていく必要のない荷物をさも迷ったような振りで眺め降ろし、難しい表情を浮かべ溜息すら吐いてみせるのだ。


すべてはあなたのために。


この世でただひとり、シンタローという世界の中心に位置する彼のために。


 


 


 


 「…遅い、な…」


 


窓外は、庭を照らす灯りにぼんやりと霞んでいる。


時計は既に深夜に近い時刻を告げ、寮にいれば疾うに消灯時刻を過ぎていた。


帰宅の予定が狂うことは間々あったし、守られたことの方が少ないのが現実だ。だからそれほど落胆することではないし約束をした訳でもないのに恨むのは筋違いだ。


けれど不安になるのは。


心細くなるのは彼だから。


ガンマ団総帥という、罪と、罰と、怨嗟をその身に纏う彼だから。


だから怖い。


二度と逢えないのではないかという恐怖に飲まれ、押し潰されそうになる。何度も。何度でも。


士官学校への入学を希望したとき、父は黙って見詰めてきた。


そして一言、許可する、と呟いた。


広いはずの背中がその時だけは小さく見えた、それは決して錯覚ではなかっただろう。


許さないと言ったところで自分の決意が変わることはない。正しくそう読みとったマジックは反対の言葉こそ口にはしなかったけれど、その後抱き締めてきた腕が震えていたのをいまでもはっきり覚えている。


庇護されるだけの子供が巣立つその瞬間を寂しがる、それだけではない痛みをシンタローも共に感じていた。


けれどいつか。


いつか、死ぬときが来るとしたら。


自分は父を守ると決め、その為に彼の腕の中を抜け出すのだから後悔はない。


泣くだろう、気が狂ったように叫ぶだろう、そうは思うがそれでも決意は揺らがない。


自分が死んで彼が残るのであればそれでいい。


それがいい、シンタローは本気でそう思っている。


 


青の一族であるはずの、証をなにも持たない自分。


 


その異端である身の息子をただ愛してくれる彼に報いるために、この命は最後の一欠片まで捧げてしまった。


入学式で、新入生挨拶の壇上で彼を見詰めたその時に。


もし、死ぬときが来たらそれは彼のため。


強い父がそれでも膝をつかねばならぬ時のため。


だから強くなる。強くなる。強くなる。


誰よりずっと、強くなる。


一番でなければならないのは、だからその決意のため。


 


 


また一つ溜息を吐き、今夜は戻らないのだろうと諦める。


諦めがいいのは彼に関することに限ってで、そんな自分が少し、嫌だ。


約束を破られることには慣れていたし、元より彼は自分相手に適わぬ誓いは立てなかった。なので、悲しく思うのは自分の勝手であり、恨む方が筋違い。


散らかった自室を出て、マジックの部屋に向かう。


この部屋の鍵は預かっていて、不在中に入室することも許されていた。


けれど実際に足を踏み入れたのは数えるほどで、なにをする訳でもなくただぼんやりと室内を見回し、ソファに掛け、湿った溜息を吐いて部屋を出るのが常だった。


その日。


だからその日、書棚に近付いたのは特に意図してのことではなかったし、気まぐれに本を抜き出してみたのも殆ど無意識のことだった。


 


シンタローには難解な哲学書や、まだ読みこなすには持て余す外国語の背表紙が並ぶそれは眺めていても退屈なだけですぐに飽きた。


それでも伸ばした指で本を弾き、抜き出し、足下に並べていく。


黒か紺か茶の革表紙ばかりで色味が悪い。


出した本を並べ替え、自分なりの法則に従い入れ替えたりしているうち、棚の本の殆どを出してしまったことに気付いた。


そして。


 


見付けた。


 


深い緑の色をした、掌に乗る小さな本。


開くと、そこにはシンタローの叔父、マジックの弟サービスが、彼には珍しい不機嫌そうな顔で写っている写真が一枚、挟み込まれていた。


 


年齢は、恐らくいまのシンタローと大差ないだろう。


その証拠に叔父は自分と同じ作りの服を着ている。士官学校の制服だ。


カメラを構えた相手に向けて怒っているのか、それとも機嫌の悪い時を狙って撮影されたものなのか。


とにかく、シンタローの前では柔らかく微笑んでいることの多い彼には珍しいその表情に少し戸惑う。


その目がひどく冷たかったから。


見たことのない鋭さを含む、険の籠もったそれだったから。


身内に甘い父だから勿論叔父にも優しげな表情でいることが多い。第一、この様な不機嫌な顔になるのはマジックの役目であり、大抵はサービスに懐くシンタローに不平を漏らすときに見せるものだった。


サービスは物静かで、けれどその静けさの中になにか言いしれぬものを隠している。“なにか”がどういうものを示すのか自分でもよく分からないけれど、微笑みつつも自分を見下ろすその瞳の中に浮かぶ色が赤いような、闇より深い漆黒のような、そんな気がして怖くなることがある。


誰にも打ち明けられないけれど、叔父のことは信じているけれど、時折。


 


なにを怒っているのだろう。


被写体の中心はサービスで、その他に映っているのはスーツ姿のマジックと、もう一人。


 


黒髪の。


 


マジックは写真の左端に、右頬を見せる角度で映っている。


サービスを見ている訳ではない。視線は向かいに立つ、黒髪の少年に注がれているようだった。


優しげに微笑んだその表情には見覚えがある。


自分だけに与えられるはずのその笑顔。


眩しげに伏せた睫毛の長さまで見て取れそうな、その光景。


サービスが幼いように、父も、随分と若い。青年の凛々しさはいまとは違う魅力を振りまいたことだろう。その時、共にあることの出来なかった自分を悔やみたい程度には。


そのマジックが見下ろしている黒髪の少年。


顔は見えないけれど、その微笑みが彼に向けられていることは嫌でも分かる。マジックの視界には彼しか納められていないのだから。


自分と同じ制服を着た、恐らく、同じような髪型の、少年。


鼓動が早まるのが、分かる。


 


シンタローは考えた。


混乱する頭を必死に動かし、周囲にいる人々の顔をものすごい勢いで思い描いていく。


黒髪。


黒髪。


そうだ、サービスと仲のよい校医。


従弟であるグンマの保護者的な存在として、団内でも確たる地位を得るあの男。そうだ、彼だ。彼に違いない。


どくどくと脈打つ胸を押さえ、どうしてこんなに動揺するのか、そんな必要がどこにあるのかと自分自身を叱咤しながら呼吸を整える。指先が震えているのが我ながら滑稽だった。


けれど。


震えが止まらないのは、写真がもう一枚あることに気付いているから。


指先に感じる二枚目。重なったそれをずらす勇気はない。


なんだろうこの焦燥感。


なんだろうこの既視感。


なんだろう。


なんだろう、この、恐怖。


怖くて。


唇も。


震えて。


 


 


 


 


 


どれほどの時間を、そうして過ごしていたのか分からない。


気付くと背後の気配が、優しく自分を抱き締めるところだった。


大きな手。長い指。温かな胸。


 


 「寝ているのかと思った」


のろのろと顔を上げたシンタローは、背後から抱き締めるマジックの笑顔を認め一気に力が抜ける。彼の腕の中へ沈んでいく。


 「随分散らかしたね。なにをしていたの?」


聞かれても答えられない。手にした写真も隠したいのに、動くことが出来ない。


隠したい?


どうして?


聞けばいい。これは誰?これは誰?これは誰?これは。


あなたが微笑みかけているこの黒髪の少年は一体。


 


だれですか。


 


 「…ああ、それはサービスがいまのシンタローより一つ年上の時のものだね」


指先が、強く掴んでいたはずの写真を難なく抜き取る。


見られなかったもう一枚のそれも、シンタローからは遠くなって。


 「確かこの時、高松に…校医をしている彼に、ひどくからかわれていたよ。写真を撮ったのも彼だ」


 「…へ、え…………そ、う」


 「士官候補が集う校内で“仲がいい”という言い方もおかしなものだが、それでも彼等はとても親しく付き合っていたからね。時にはこうして、互いを構い過ぎることもあったんだろう」


シンちゃんも、グンちゃんとは喧嘩ばかりだよね。


言いながら、マジックの指先が落ちていた深緑の表紙に伸びる。


拾い上げ、写真を挟む。


元通りに。


元の通りに。


何事も、なかったように。


 「本当に仲がよくて…私はいつも、羨ましくて…」


蒼い目の中に浮かんだそれは、紛れもない“痛み”。


 「…羨ま、しい、って…どうして…」


 「私には友人と呼べる相手はいなかったからね。じゃれて遊ぶ時間もなかったし」


答える彼の目の中には、もうその気配は見つからない。


隠すのがうまくて、はぐらかすのがうまくて、誠実な振りをしてとんでもなく不実な彼の、いつもの仕草。


 「本当にサービスは、私の欲しいものばかり持っている」


 「ほしい、もの?」


 「うん」


微笑みは、写真の中にあったものとよく似ている。


似すぎている。


どちらが本物か、分からない、ほどに。


 「友達とか、シンちゃんの“大好き!”とか、ね」


抱き締める腕すら。


 


 


 


 


抱え上げたシンタローをソファに座らせ、散らかった書籍を簡単に片付けると彼は再びシンタローを抱き上げ彼の部屋に向かった。


途中で帰宅が遅れたことを謝ったが、シンタローは答えることが出来なかった。


寒くて、ひどく寒くて、震えていたから。


 


ベッドに寝かしつけ、何度も髪を梳いてくる。


学校のことや訓練のことを聞いてくる。


逢えない時間を寂しがって、頬に、額に口付ける。


愛していると囁いてくる。


そのすべてが自分のもので、そしてすべてが朧気だ。


 


これは、この時という概念は本物なのか。


いまこの瞬間、ここにいる自分とはなにか、父とはなにか。


一枚の写真。


古びたそこに、映し出されたものこそが真実だとしたら―――


 


髪を梳く。


黒髪。


綺麗だと言う。素敵だという。とても似合っているという。


シンタローを構成するものの一つ。


黒く艶やかな、細く頼りない、髪。


繋がりのような。


 


だれと、だれの?


 


 


 


 


 「………髪」


 「うん?」


 「伸ばそう、かな…」


 


 


 


 


強くなる。


決めたのに。


 


決めたけれど。


 


 


 


 


 「そうだね…シンタローなら、似合うと思うよ」


 


 


 


 


 


あなたのために強くなる。


その決意はいまも変わらず、決して嘘ではないけれど。


 


 


見上げるその微笑みが、滲む前に目を。


 


 


 


 


 


 


 


閉じる。


 


 


 


 


 


 


END




ma2

 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


マジックの部屋を大捜索し、不在が疑いのないものとなると慌てて自室へ取って返す。


以前、久しぶりに手に入れたたった一日の休日を彼の『かくれんぼしよう!』の台詞でふいにした苦々しい記憶が甦ったためだ。


やらないと言ったのにさっさと鬼に決められて、まあ視界から消えてくれるならそれもいいかと放置しておいたらその後三日も見つからなかった。何処とは言えないが一族の者は全員体に認証IDタグを取り付けているから、それを使えば世界中何処に潜んでいてもたちどころに発見される。


かくれんぼと言っていたし、屋敷の外に出た形跡もない。けれど比率で言えば限りなく百に近い確率で恨まれ、命を狙われる彼が行方不明になったのだから、数時間経って異変に気付いてからはすぐに探索が実行された。だが。


高をくくっていたけれど、それから三日、マジックは見付からなかったのだ。


気が遠くなった。


本当にだめかと思った。


もし、万一のことがあれば自分はどうするだろう。どうなるだろう。とても正気ではいられない恐慌の中、先陣を切って捜索に出向きたいのに足が震えて立てなくなった。見かねたキンタローに留められ、自室で安定剤を処方されるという失態を演じた挙句それでもどんな気力も沸かず情けない自分を呪いながら横になるベッドに拳を叩き付けた。


ぼすん、という音と、それから“響くよぉ”という情けない声。


聞きたかった声。


ベッドの下からそろりと出てきた彼は、“なんだか大事になっちゃって、どうしようかなーと思ってたんだよねー。シンちゃん、ちゃんと謝るからみんなにとりなしてくれる?”と、言った。


 


その後の記憶は曖昧だ。気を失うなど、あとにも先にもあの時が最初で最後の経験だろう。


 


自室に駆け込み、まずベッドの下を覗く。残念ながら今回そこに目的の人物は見つけられず、次に浴室を徹底的に調査した。シンタローの入浴を覗くため、壁を二重に改造した事のある男だ。勿論すぐに気付いて元通りに直したが、性懲りもなく再挑戦している可能性はなくもない。


その調子で部屋中をくまなく探してみたけれど、残念ながら今回彼の姿は何処にもなかった。初めから分かっていた結果ではあったが、その事実は余計にシンタローを落ち込ませる。


自分がいなくなれと言ったから彼は消えたのだ。鬱陶しいと言ったから、誕生日くらい静かに過ごしたいと言ったから、だから本当にいなくなってしまった。今日一日は決して顔を見せないだろう。意志は固く、いっそ頑なと言って差し支えない性格の持ち主だ。拒絶されると追わないのが彼だし、情が薄いところがあるのも悲しいかな事実だった。


結局のところ、シンタローには彼に踏み込めない領域があることが悔しい。いかなるときも受け入れて欲しいと言い募るくせに、自分はなにも見せないところがもどかしい。知っているつもりでいると簡単に足元を浚われて、こんな風に情けない思いをさせられる。意地っ張りな性格を誰より理解しているはずの彼があっさり身を引く瞬間に、どれほど傷付けられているか分かろうともしないマジックに腹が立つ。


誕生日なのに。


ひとりにされて、思いに囚われて。苦しくて。


 


泣きたくなる。


 


 


何処にいるのか見当もつかず、結局探すことを諦めベッドに転がったままぼんやり窓の外を見ていた。それは視界に入っているだけのことであり、特別なにかを見ようと思ってしたことではない。


鳥が横切るのが見える。


低く流れる雲が風の速度を教える。


静かで、静か過ぎて自分の呼吸する音がやけにはっきりと聞こえた。それだけ。


それだけの、時間。空間。


人一倍なんでも器用にこなすはずの自分なのに、こと時間に関する配分だけはどうしようもない。本を読むとか、片付けをするとか、思いつくことはあるがどれも実行に移す気になれない。騒がしいのは本来好まぬ性格だけれど、静か過ぎるのにも当然慣れてはいなかった。


 


うとうとしていたのだろう。


ふと気付くと日差しが真昼より少し、傾いている。思ったよりも怠惰に過ぎていく時間を惜しむ気持ちはあったがかといってやはり動くのも億劫で。


空腹も感じない。


夜になって、グンマとキンタローが戻れば騒々しいパーティーが開かれるのだろう。あの、リボンのついたトンガリ帽子がよもや自分の頭に載せられることだけはないよう祈りつつ、投げ出した体をくん、と伸ばす。それから丸くなる。


胎児のように手足を縮め、全身でいじけているポーズをとってみた。


我ながら馬鹿らしいとは思うが、こういうときはとことん落ち込んだ方がいいかもしれない。自分のことを可哀想だと思い込み、理解してくれない周囲に責任を擦り付ける。この場合周囲というよりマジック単体に対する恨みだが、日頃から迷惑を掛けられ通しの自分には十分その権利があると思う。うん、絶対ある。自己弁護。


再びうつらうつらしてきたのをいいことに、そのまま眠りについてしまう。


寝ていれば余計なことは考えずに済むし、もしかしたらそのまま誕生日なんて過ぎてしまうかもしれない。


そうだ、こんな日、来なくたっていい。


誕生日なんてものがあるからマジックがいないのだ。一番いて欲しい時にいないなんて、そんな馬鹿げたことは許されるはずがない。


来年から、誕生日なんて廃止してやる。


支離滅裂に陥りつつあるのは既に意識が寝ているから。


薄く開いた唇から微かな息が漏れると、シンタローは本格的に眠りの世界へと落ちていった。


 


 


 


 「シンちゃん、起きて!」


耳元で叫ぶ声はグンマのものだ。


 「もー、まさかと思うけどずっと寝てたの?」


ぼんやり映る視界いっぱいに頬を膨らませたグンマがいて、鬱陶しさから思わず両手で顔を押しのけてしまった。


 「ひどいよ、僕、パーティーの支度ができたって呼びにきてあげたんだよ。主役がやる気ないと盛り下がっちゃうじゃない」


 「いま何時だ」


 「六時半」


起き上がりながら、強張った四肢を伸ばしてみる。休んでいたのに却って肩が凝っている気がして、両腕を回しながらベッドを降りた。


聞きたいけれど、聞けない。


だから無言で部屋を出た。


 


ダイニングは、まるでプライマリースクールの教室のような有様だった。


やるだろうとは思っていたが、幼稚な飾りつけはグンマの趣味そのもので、あちこちに造花や風船が取り付けられ手書きのパネルには几帳面な字で“祝誕生日”と綴られている。これは指摘するまでもなくキンタローの仕業だろう。


食卓には、パーティーというだけあって様々なオードブルやメインらしいローストビーフなどが並び華やかさを演出している。小ぶりのケーキはそれでもきちんとホールで用意され、チョコのプレートには“シンちゃんおめでとう”と不器用な文字がのたくっている。これはグンマの手によるものだ。


ありがたいと思う。来年は廃止する予定の“さよなら誕生会”だけれど、それでも二人が心から祝おうとしてくれているのが良く分かり、それには素直に礼が言えた。


 「シンちゃん、元気ないね」


 「それは肝心なものを受け取っていないからだろう」


 「そっか。そうだね。やっぱり誕生日といったらアレだよね」


恐らく、彼らは“ひそひそ話し”をしているつもりなのだろう。いつものことながらグンマの声は通りがよく、答えるキンタローにいたっては常と変わらぬ張りのある低音でハキハキと返しているのだから始末が悪い。


 「ごめんね。でも焦らしてた訳じゃないんだよ」


 「その通り。俺たちはお前の生まれたことに感謝して、その気持ちをどうすれば最大限に活かせるかここ一月思案に思案を重ねてきたのだ。そしてついにある一つの結論に達したのだが、俺が閃いた、いいか、この俺が閃き考案した策こそ史上最大のバースデー企画であり、後世まで語り継がれること間違いなしのサプライズになるのだ!」


 「うん、でもキンちゃん何度も言うけど自分だって誕生日だからね。そこは忘れないでね」


突っ込みを入れるべきかどうか迷っていたが、取り敢えずグンマもそこは忘れていなかったらしい。


 「変なんだよ、キンちゃん。自分だって誕生日なのに、驚かされるのは絶対に嫌だからパーティーは辞退するって聞かないの」


 「俺は常に、創造する側にいたいんだ」


 「仕事してるんじゃないんだからさぁ」


 「その件についてはもう何度も話し合っただろう。俺を祝いたいなら俺の好きなようにさせろ。お前からのプレゼントは、シンタローサプライズ企画を俺に任せることじゃなかったのか」


 「それはそうだけどぉ」


 「なんでもいいからさっさとプレゼント渡せよ」


この二人に任せておくと話が進まない。ありがたいとは思うものの、気乗りのしないパーティーほど虚しいものはないのだ。フォークに刺したプチトマトを口に運びつつ、適当に食べて適当に驚いてやったら部屋に戻ろうと密かに思う。


 「じゃあ気を取り直して。シンちゃん、今年のプレゼントはほんっとにすごいよ!」


 「目にものを見せてくれる」


脅迫されているような状況で受け取るプレゼントにどんな期待をしろというのか。この二人のことだからどうせろくなものではないに決まっている。


なんとかロボとか、ホニャララ兵器とか、そんなもの。


 「では、改めましてシンちゃん!お誕生日おめでとう!」


 「遠慮なく驚け!」


 「あーあびっくりした大したもんだ」


口先だけで言いながら、甘酸っぱいトマトを飲み込み視線だけでそちらを見る。


ダイニングに入った時から気付いてはいたが、プレゼントを隠しておくのは当然なので気付かない振りをしてやっていた、かなり大きな山に掛けられた白いシーツが二人の手によって取り去られる。


 


ぱさり、と。


床に落ちるサテンの白。照明に照らされ光っている。


 


 「――――、げっ、」


 


 


シンタローは、確かに驚いた。



 
 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


 「な、な、な、」


 「やった!シンちゃん驚いてるよ!」


 「俺の企画力の勝利だ」


驚いた。


確かにシンタローは、これ以上ないほどに驚愕している。


しかし。


 「わーい、さすがキンちゃんだよぉー」


 「シンタローに絡むことは即ち叔父貴に絡むことだからな」


 「アホかーーーーーーーーッ!」


 


驚いたが、それは両手を挙げて“オウッ、サプライズ!”とか言っていられるレベルの驚きではない。驚愕だ。いままでの生涯で堂々第三位にランクインを果たした超弩級の驚きにあたる。


因みに第一位は実の父親に言い寄られたこと、第二位はその苦悩をあっさり裏切ってくれた血縁関係がないという真実を知ったときである。


 「おいっ生きてるのかっ」


 「やだなぁ、なんで僕たちがお父様を亡き者にしなきゃならないのさ」


 「シンタローは身内だという油断から、時々無礼なことを平気で言い放つがな、それはやはり良くないぞ。親しき仲にも礼儀ありという言ってな、つまり、」


 「うるせえ黙れ馬鹿でこぼこコンビ!」


 「む。いまのはなかなか難しい早口言葉だぞ」


 「うるせえ、だまればかでこぼん、ほんとだよく舌噛まないね」


駆け出したシンタローは、振り向きざま小さ目の眼魔砲を撃った。食卓と室内に被害はないが、でこぼこの頭は取り敢えずモコモコになった。


 「しっかりしろ!親父!」


 「…む、ぐ、ん?」


台車の上に乗せられたマジックは、後ろ手に縛られ猿轡まで咬まされている。冗談にしては行き過ぎた扱いに手加減をしたことを後悔しつつもう一声怒鳴ろうとしたが、薄目を開けて自分を見るマジックの救出が先だと拘束を解くことを優先させた。


 「なんでこんなことされてるんだよっ」


 「シンちゃん、ちょっと、大声は勘弁して。頭が痛い」


 「ああ、すまん」


反応を見る限り、睡眠薬でも使われたのだろう。顰めた顔が本当に辛そうで、ムカムカと怒りがこみ上げてくる。


 「お前たち、なんでこんな真似した!」


マジックを手近な椅子に座らせると、突如ファンキーなヘアスタイルにイメージチェンジさせられた二人がふらふらしつつもどうにか支え合い、シンタローに向かって口を尖らせる。


 「ひどいよシンちゃん、僕らはシンちゃんのためにやったのにぃ~」


 「何処の世界に自分の親父を拉致監禁する馬鹿がいる!」


 「拉致はしたけど、監禁まではいってないって」


 「そうだぞ。俺たちは、取り敢えず一服盛って眠らせはしたが、叔父貴にはプレゼントとして活躍してもらっている間研究所の仮眠室で大切に保護していたんだからな」


 「なんだそりゃ!分かるように話せっ」


 「シンちゃん大声出さないでってば」


 「アンタこんな目に遭わされて言うことねぇのかよ!」


 「そりゃ私だって怒るときは怒るけど。なんでこんなことしたの?」


こめかみを擦りつつマジックが尋ねると、恐ろしいほど不似合いなアフロを揺らしつつキンタローが答えた。


 「お前は常日頃、叔父貴が近付くとうるさい鬱陶しいと邪険にしていただろう。確かに世の一般的な父親像から比べれば常軌を逸した言動、行動だというのはわかる。そこで俺は考えた」


 


曰く。


 “静かにしろ、放っておけ、あっち行け、と毎日のように言っているシンタローが年に一度の誕生日を迎えるに当たり、反比例してボルテージの上がるマジックを隔離することにより、心静かに寛げる一日を提供する”


 


 「名案だろうが」


 「そうだよ。これじゃシンちゃん、言ってることとやってることが逆だよ」


 「そんな計画を立ててたの?ひどいなぁ、お陰で私は、私だけの特権を行使し損ねたじゃないか」


 「お父様の特権ってなぁに?」


 「勿論、日付が誕生日に変わった瞬間、ぎゅーっと抱きしめておめでとうを言うことだよ」


 「ああ~、そうだねぇ、毎年それやって毎年眼魔砲撃たれるのがお父様の楽しみだったんだよね。ごめんなさい気付かなくて」


 「眼魔砲を撃たれるのは不本意なんだけどね」


 「うむ、確かに。今年はおめでとうもバースデー眼魔砲も俺たちが奪ってしまった形になるわけだな。それは悪いことをした」


 「だから、眼魔砲はいいんだって」


 


和やかな会話になっている。


精神的にも肉体的にも、あの程度のことならばダメージなど殆どないであろうマジックは早くも復活したのか、豪勢な食卓を見て感心している。


 「まあ言いたいことはあるけど、二人がシンちゃんのために計画したことなら仕方ないね。こんなに素敵な支度もしてくれていることだし、改めてみんなでお祝いしよう」


 「ケーキは僕が作ったんだよ」


 「グンマ、それは正しい表現ではない。正確には、お前が作ったのは“ケーキを作るロボット”だ」


 「細かいことはいいじゃない」


 「開発費用はちっとも細かくなかったぞ」


 「おや、また公費流用だね。それはシンちゃんに叱られる種だからやめておくか隠し通さなきゃダメだよ」


 「あーっ!そうだよキンちゃん、なんで言っちゃうのさ!」


 「いずればれる。シンタローはどんな庶務雑務書類でも欠かさず目を通すからな。特に経費計上面はシビアだ」


 「それもこれも愚弟の所為だからね。私も心が痛むよ」


 「ハーレム叔父様も、人は悪くないような気はするんだけどねぇ」


 「悪くはないが良くないことも確かだろう」


 


和気藹々。


 


 「…………に、しろ」


 「ん?なんだいシンちゃん」


 「勝手にしろ!」


怒鳴って、立ち上がる。扉に向かう。出て行く。


壊れないかどうかの配慮など考えられず叩き付けたドアには気の毒だが、仮に壊れたとしても直す責任は自分にはない。


自室に戻り、寝室へ直行するとそのままベッドに潜り込み布団を被った。釈然としない様々な思いが渦巻き、目を閉じると余計にぐるぐる回る。頭の中を、巡る。


誕生日なのに。


一年に一度、祝福される日なのに。


ほしいものが与えられる日なのに。


ほしいものはあったのに。


素直になれなかったのは確かに自分だけれど、それでもこんな風に悲しくなるような、情けなくて胸の痛む思いをするような日じゃないはずだ。少なくとも今日は、何事に対しても幸せでいられるはずたった。


願っても、咎められるはずのないささやかな。


 


誰が悪いのか、順序をつければ自分だって上位に入る。というより全員一律で同罪だといっても過言ではない。各々の思惑がうまい具合に擦れ違って、結果招いた結末がこうであったというだけのこと。


だからグンマを、キンタローを責めることは出来ない。


マジックを責めることも出来ない。


それでも悔しいのは、悲しいのは、今日という一日はもう戻らないということ。取り返せないということ。


ただ傍にいたいだけで、特別変わったことなど必要ないのだ。しつこくされるのが嫌だというのは、普段と変わりなければそれでいいということだとどうして分かってくれないのだろう。なんで悲しくさせるのだろう。


 


女々しいなぁ、俺。


頭の中でぽつんと呟き、深く湿った溜め息を吐く。


今頃、主役を欠いたパーティー会場はいたたまれない空気に包まれていることだろう。いい気味だと悪態を吐いてやりたいが、そうするにはシンタローは家族思いすぎたから、結局ひどい自己嫌悪に苛まれ益々深みにはまっていく。


こんなときは。


 「…寝よ」


寝るに限る。考えても名案が浮かばないなら、そのときは思考を切り替え一旦保留してしまうのが一番だ。正常な動作をしなくなった電子機器も、一度電源を落とせばうまく繋がったりするあれに似ている。人間の思考は電波でもあるから、寝て、覚めれば状況も変わっているかもしれない。


第一、引き摺るような問題ではないから。


些細なことだ、本当にくだらないこと。すぐに忘れていいようなこと。


眠れるはずがないと思いながら、それでもシンタローは目を閉じた。硬く瞑って、頭の中にある黒い影を出来る限り隅に追いやる。


がんばれ俺。眠るんだ俺。


無駄な努力を一晩続けることになりそうな予感も押さえ込み、必死に自己暗示を掛け続けた。


寝る。


コン。


寝る寝る。


コンコン。


寝る寝る寝る。


コンコンコン。


 


 「シンちゃん…起きてるでしょ?入るよ」


 


逢いたくて、逢いたくない彼の気配が近付いてくる。



 
 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


頭から被っている布団の上から、ぽんぽん、と叩かれる感触がする。


 「シンちゃん、怒らないで。機嫌を直して顔を見せてよ」


誰が。


どのツラ下げてそんなことが出来るというのだ。


 


シンタローの寝室に入ってきたマジックは、真っ直ぐ彼のいるベッドまでやってくると圧迫しないように気を付けながら腰をかけ、両手を回して彼の体を抱き締めた。


布団にくるまっているから、欲しいようには抱き締めてもらえないもどかしさに苛立つ。けれどそんなことを言えるはずもないシンタローは無視するように沈黙し、身動きをしないよう体を固くしていた。


自分が悪い。彼が悪い。自分は悪くない。彼も悪くない。


誰もが悪いし、誰も悪くない。分かってる。


 「ねえ、機嫌を直して。パパ、まだちゃんとおめでとうって言えてないんだよ?今年は言わせてくれないの?」


言いたきゃ勝手に言えばいい。口に出そうと思って、でも出来なくて。


 「シンタローが生まれた日だよ。私にとっては一番大切な日だ。なにより大事な一日を棒に振ってしまったことは確かにショックだし、本音を言えばグンちゃんもキンちゃんも、ちょっとばかり恨んでるけど…でもあの子たちだってシンちゃんのためを思ってしたことだし、私の日頃の行いの所為だからね。叱れないでしょ」


それも分かってる。言われなくても分かってる。


 「毎年シンちゃんになにをあげようかって考えて、でも思いつくものはどれも本物じゃなくて、仕方なく本人に尋ねても答えてくれないし、結局なにもいいものが浮かばなくて。品物じゃない限り、上げられるのは私自身しかないからね。それに…」


金で買えるもので心底欲しいと願ったものなんてひとつもない。


彼から受け取りたいのは、捧げて欲しいのは。


 「お前が、本当に求めているのは私だってことくらい」


 


ちゃんと、分かっているんだよ。


 


屈んで、いつの間にか捲られた布団の隙間から直接囁きが注がれる。耳に湿った空気。それだけで背筋に灼けた鞭を振り下ろされたような心地になる。


いつだって逆らう力を奪うマジックの声。熱。腕の強さ。ほしかった。


 「ばか…言うな」


 「違うの?違わないよね。お前は私のことを愛しているよ。私だけを欲しがってる」


言葉とともに、くるまっていた布団を剥がれ徐々に暴かれてしまう。体も、心も、奪われてしまう。怖くて、嬉しくて、恥ずかしくて、切なくて。


 「ほら、抵抗出来ない。お前はいつだってそうだよ。私のことが好きで、私を束縛したくて、そのくせプライドが邪魔して素直になれない。言いたいことが言えなくて、苛ついて八つ当たりして好きじゃないって、嫌いだって言いながら泣きそうな目で見詰めてくる。私が悪いと責めてくる」


 「そ、なこ、と…な、い」


 「ほらまたそうやって否定する。でもご覧、お前の体、動かないよ。私に抱かれて大人しくしているよ。もっと強くと思っているの?早く、と思ってるの?」


 「ちがうっ」


 「違うの?本当に?じゃあ私が納得して、離れてしまったらどうする?二度と触れなくなったらお前、そのまま私を忘れるの?忘れられる?熱も、恋も、愛も、捨てられると言うの?」


 「、っ」


蒼い目が。


薄暗い部屋の中で、彼の目だけが、光っている。


 「おれ、はっ」


 「うん」


 「俺はっ」


 「うん」


 「お、れはっ」


射竦める瞳の力。彼の目は確かに特殊な能力を秘めているが、シンタローを捕らえて離さないのはその所為ではない。


彼が秘石眼の持ち主であろうがなかろうが関係はない。


マジックがマジックであること。


自分が、自分であること。


 「俺はっ」


声も、体も、心も震えて止まらない。


こんなの自分じゃない。正気じゃない。


堪えられない。


 「――ごめんね。意地悪言ったね。でも泣かないで。全部私が悪いんだよ。お前はなにひとつ悪くない。なにからなにまでシンタローは間違ってない。これまでも、これからも、困らせるのは私でお前はいつでも正しいから。そう信じていいんだから」


 「ばか、やろっ」


抱き締めて。


 


 


好きなのは事実。


愛しているのも事実。


でもそんな言葉を軽々しく言えるほど思いは軽いものではない。


気持ちは、軽いものではない。


気付いたときには手遅れで、シンタローにとってマジックは唯一絶対の支配者でありそれは父としてもそうだし、愛するものとしてもそうだった。血縁だとか、家族同様だとか、そんなことは今更なんの基準にもならない。それで揺らぐ思いじゃない。


言えないから、伝えられないから。


心の中に降り積もる、憎しみすら含んだ愛で許容量は既に超えているのだ。だから新しいものを受け入れる隙間はないし欲しいとも思わない。なにもかもが彼で満ちている。彼だけで出来ている。二つの体であることが、もどかしいと思うほどには愛してる。


言えないけれど。


言葉に出来ないけれど。


それはプライドとか自制心とか、そんなものがかけている歯止めではなく切なさが。


あまりに強すぎて、強くなりすぎて凝り固まってしまった心の重みで。


愛の重みで。


身動きも出来ないほど。


 


 「お前が生まれて、私の元に来てくれて本当に嬉しいよ。悲しい過去は消せないけれど、そんなことどうでもいいんだ。なにがあっても離さないし、どうなろうと離れないよ。シンちゃんはこの話になると決まって誤魔化そうとするけど、私がお前より先に逝くのは変えられない。それだけは逃れられない。でも、でもね、だからこそ傍にいたいよ。いつでも触れていたいよ。抱き締めて欲しいし、愛して欲しい。時間は前に進むだけだから、二人で進んでいきたい。進むしかないなら片時だって離れずに、お前と歩いていきたいんだよ」


よくもまあ、と。


いつものように憎まれ口を利いてやりたい。歯の浮く台詞を並べ立て、お前は恥ずかしくないのかと。情けなくないのかと。


けれど抱き締められた腕の中は温かく、抵抗するには今日の自分は弱すぎた。


たった一日ひとりでいただけでこんなになるなんて信じられないけれど、それが自分なのだと改めて思い知らされた。認めるもんかと歯を食いしばっても虚しいだけで、いまだけだからと目を閉じた。


いまだけだ、こんなの。


らしくない自分は今日だけだ。


誕生日だから。


なにももらえない、奪われるだけの誕生日だから、だったらこの弱い自分も持っていけばいい。浚って、どこか遠くに追いやってくれればいい。


今日だけ。


いまだけ。


 


今夜だけ。


 


 


 


伏せていた顔を、顎にかけた指が押し上げる。


拗ねて甘えた表情になっている自覚はあったが、今更取り繕うことも馬鹿らしくてそのままじっと見詰めていた。


苦笑して、可愛いねと囁いたマジックはとんでもないバカだが、自分だって大概どうしようもないと思う。思うけれど止められない。


もういいや。なんでもいいどうでもいい。今日の俺は俺じゃない。忘れる。忘れてやる。


こんな誕生日、自分史上から抹殺してやる。


今日一日はなかったことにしてやるーっ!


 


 


 


心の中で力の限り叫ばれた台詞が成就したかどうかは…


 


 


気の毒なので、言わないでおこう。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


おまけ



 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


 「シンちゃんはパパのこと、好きだよね」


 「…好きじゃねぇ」


 「好きだよね。愛してるよね」


 「…好きじゃねぇ。愛してねぇ」


 「好きだし愛してるし一緒にいるんだよね。ずーっと離れないよね」


 「好きじゃないし愛してないし一緒にいないし…」


 「ん?」


 「好きじゃないし愛してないし一緒にいないし…」


 「んん?なに?」


 「っ、好きじゃないしっ!愛してないしっ!一緒にいないしっ!いない、しっ」


 「んんん?」


 


 


 


 「くっ、親父のバカヤローーーーーーーーッ!!」


 「あ、逃げた。シンちゃーん、パパまだおめでとうって言ってないよーっ」


 


 


 


好きだし。


愛してるし。


一緒にいるし。


ずっと傍にいるし。


離れないし。


 


 


 


 「初志貫徹!来年から誕生日は廃止!!」


 


 


 


爽やかな朝に不似合いな、シンタローの叫びがこだまする。


 


お誕生日、おめでとう。


 


 


 


 


 


END


ma1

 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


   『シンちゃんがいま、一番欲しいものって、なに?』


 


ウキウキ、わくわく、ドキドキ、そわそわ。


思いつく形容詞はどれも子供染みて、しかもその喜色満面に輝いた表情を見れば条件反射でウンザリする。


毎年自分の誕生日が近くなるたび繰り返された光景だから、今更それについては特にコメントもない。欲しいものを言おうが言うまいが結果は同じで、祝われる側であってもより嬉しいのは一方的に相手なのだから、それに付き合わされる面倒が増えただけの状況を喜ぶことなど出来ようはずもないのだった。


いや、正確に言えば勿論、嬉しい。


一つ年を取ることに喜びを感じるほど若い訳ではないけれど、生まれたことを感謝される日はシンタローにとりなによりも嬉しいことだ。存在の不確かな自分を息子と呼び、諸々問題はあれど愛されている身の上なのだ、そのことについてはなんら不満も不都合もない。


けれどシンタローは、その日が近付くにつれ“ウンザリ”するように出来ている。


パブロフの犬だ。


美味しい餌をもらえると涎を垂らす姿はある意味悲哀を感じるが、それでももらえないよりマシだし不幸ということはない。けれどシンタローは犬ではなく、プライドとか世間体とか自分自身への言い訳とかなんとか厄介な感情を持て余しているタイプなのでこの状況は如何ともしがたい。


総帥として、また経営者として団の運営に支障をきたすほどの巨額の損失を生み出したのが身内とあっては贅沢は敵だ。元来慎ましい生活を苦とせず、悪く言えばがめつい気質を持つ彼にとって“借りることはいいこと”であり、“出すものは舌でも嫌がる”のが心情だ。ついでに言えば借りた場合、返さないのが秘訣だというのは誰にも言わない秘密だけれどこの際それは置いておいて。


とにかく、もらえるならありがたく頂戴したいところのプレゼントというやつを、彼は毎年最大限の警戒をしつつ受領検討せねばならないのだ。こんな馬鹿げたことはないだろう。


今年も間もなくやってくるその日に向けて、いよいよ諸悪の根源が動き出した。


ジロリと睨み付ける視線をものともせず、だらしなく笑った父親の顔を心底嫌そうに眺めながら、子供なら吹き飛ぶほどの盛大な溜め息を吐いてやった。


 


 「シンちゃんが欲しいものって、なにかな?パパに教えてくれる?」


 「……………」


 「あれ?聞こえてない?おーい、シンちゃーん、パパだよー」


 「黙れ」


目に刺さる近さで振られた手を叩き落す。


あー嫌だ。なんでこいつ、こうなんだろう。毎年毎年毎年毎年…エンドレスで毎年!しつこい、ウザい、暑苦しいの三拍子揃って耐え難い鬱陶しさを力の限りぶつけてきやがって!


人相が悪くなる。シンタローにとって自分は常に格好良く、青空に白い歯がキラリ、が似合うタイプなのだ。ナマハゲオヤジの如く人に不快感を与えるだけの顔などしたくはないのだ。


けれどこいつだけは違う。


諦めたと思いつつ、それでも律儀に相手をしてしまっている自分にも気付いているから余計に腹立たしくて、だからポーズだけでも拒絶の色は崩さず平常心を装いながら手元の書類に目を落とした。


そうだ、いまは執務中なのだ。それなのに、のこのこやってきてヘラヘラ笑って、神経を逆撫でて自己満足をしている彼が、父親が、マジックが信じられない。それが毎年。


 「忙しいのは分かるよ。でもだからこそパパも“あれが欲しい”って一言で言って欲しいんだよね」


 「…まずサプライズ、って意味、辞書で調べてから自分の行動について考えろ。俺の返事はそれからだ」


プレゼントといえば普通はなにを贈るか、なにが贈られるかを双方が楽しみにするものだろう。欲しいものを与えられるのはそれは当然嬉しいけれど、自分のためにあれこれ考えてくれたという喜びに勝るものはないはずだ。


どんなに忙しくてもシンタローは誰かになにかを贈るときは自分で考えたし、受け取ってくれた瞬間の笑顔を見るのが楽しみだった。だから彼にも、何度もそう言ったのだ。子供心に父からもらえるものならなんでも嬉しいと、繰り返し言い聞かせてきたのにいまだ実行に移されたことは数少ない。


 「パパはね、シンちゃんが欲しいものを贈りたいんだよ。そりゃ考えるのも楽しいけど、見当違いのものをあげてガッカリさせたくないし、なによりシンちゃんが必要とするものをあげたいと思うのが、パパにとっての最善なんだよ」


理屈は尤もだ。そうは思う。けれど元来物欲の少ないシンタローはあれこれ欲しがる性質ではないし、自分が欲しがればその分奪われる立場に曝される人間が少なくないことを突きつけられるてきたトラウマで、なにかを要求するということは避けているといっても過言ではなかった。


小さな頃はとにかく父親が傍にいればそれでよかった。あとはなにもいらなかった。ひとりにされるのが嫌で、怖くて、願うことはいつだって父親を中心に回っている。パパと一緒に遊びたい、一緒に食事がしたい、手作りのカレーがいい、お風呂に入って髪を洗ってほしい、笑ってほしい抱き上げてほしい優しく名前を呼んでほしい、パパ、パパ、パパ。


思えば恥ずかしいことこの上ない過去だが、変えられないのだから仕方ない。それにそれこそが自分の原点であることは嫌というほど分かっている。自覚がある。


結局、この父と離れられないのは、束縛されている訳ではなく自ら望んでのことなのだ。本当に嫌ならいくらでも逃れる術はあったし、実際それを躊躇う彼ではなかった。


だからこそもどかしいのだ。


毎年“なにがほしい”と聞かれるのが嫌なのだ。


答えられるはずもない自分の気持ちを突きつけられて、認めさせられて、顔から火を噴きそうな現実に人知れず耐えるその甘く疼く屈辱をこれ以上味わわせないでほしいのだ。


だから、シンタローは無視をする。諦めていなくなるまで仕事に没頭した振りをする。そうすれば一時的には諦め、次は自分の秘書やシンタローの同期に助けを求めそちらに迷惑をかけ始める。美貌の叔父にだけは絶対に相談しないのが彼のなけなしのプライドなのだろうが、基本的に父に関して素っ気無い態度を崩さないシンタローなので周囲も諦めているからそうなればこっちのものだった。


大体三日前くらいまでは纏わりつかれるものの、それを過ぎれば誰かしらから仕入れた知恵か、もしくは伝家の宝刀を抜き払って当日を迎える。前者はそれなりの品物に化けてのことだが、後者はいわゆる“ご奉仕”だ。


一番いらないもの、とシンタローは吐き捨てているが、後腐れがないしそれなりに悪くもないので文句を言いつつ収めてやっているのだ。勿論、マジックには言わないけれど。


父とどうこう、という仲であることに対し未だ完全に納得している訳ではない。血の繋がりがないと分かって安堵したのはその点についてのみだが、このあたりの事情は考えると落ち込みそうになるので極力触れないようにしている。シンタローはデリケートなのだ。タブーを承知で声高に愛を叫べるほど無神経ではない。


と、そんな苦悩を知ってか知らずか、恐らく分かってはいても理解するつもりのないマジックは日々彼を追い求めることにすべてをかけている。ほかにいくらもやらねばならぬことはあるはずなのに、二言目には“シンちゃん愛してる”で万事片付けようとする。


総帥職を譲ったのも、実は息子ストーキングを徹底するためだったのだろうと真顔でキンタローに言われたことがあるが、あながち嘘とはいえない。怪しげな芸能活動に割く時間とシンタローにかまける時間は頭一つシンタローに軍配が上がっている。逆になればなったで腹が立つものの、決して嬉しいとは言えない日常に疲れているのが正直なところだった。


 


さて、無視し続けること数分の間に、マジックはなんとか会話の糸口を掴もうと必死に言葉を並べ立てていた。


いっそ気の毒だが甘い顔を見せれば付け上がる。誕生日なのに、寝室から出られなくされるのは今年こそ避けたいというのも本心で、いい加減なにか適当なものを要求しようかとも思った。


酒とか。…酒とか。酒とか。


繰り返すがシンタローは物欲が少ない。もらってありがたいのは消費してしまうものくらいで、中でも酒なら自分に付き合って飲む者もいるし一石二鳥の品である。しかもこれなら、不自然にならずさりげなく、マジックを誘うことも出来るのだ。


彼ならそれが濁りきった池の水であろうと、シンタローに誘われたという事実に目が眩み甘露甘露と飲み干すことも出来るだろう。この辺に感情のずれがあるのだが、なにせシンタローはシャイなのだ。


デリケートでシャイ。かなり鬱陶しいよね。


とは、濡れた障子紙ほども頼りないと酷評する兄であるグンマから叩かれる陰口であったが、当然“陰”なのでシンタローの耳には入っていない。よかったね、グンちゃん。


そんな家族の思惑を踏まえ、段々とおとなしくなってきたマジックに溜め息を吐きつつ“じゃあ酒”と言おうとした。


その瞬間。


 「…パパには、なにも願ってくれないの?」


タイミングが悪い。


悪すぎる。


シンタローは器用ではないのだ。言葉や思いは頭の中にグルグル渦巻いているのに、それを音に変換するには時間がかかる。感情を素直に伝えるには精神的に未熟だった。この年になっても、マジックに関わることはすべて、なにもかもが苦手だった。


一番大きく、なにより影響を持つ存在だから。マジックだから。


勿論それも言えないので、開きかけた口を所在無くモグモグと動かしていると、暗い目つきになったマジックが媚びる様な視線でシンタローを見詰めてきた。


 「なにかあるでしょ?パパにしか出来ないこと、して欲しいこと、あるでしょ?」


甘えろ、という言葉のくせに甘えているのは彼の方。シンタローだって寄りかかりたいのに、そうできない性格が邪魔をして損ばかりしている。なのにマジックは寄りかかることを当然とでも思っているのか、すべてをシンタローに投げかけ自分はヘラヘラと笑っている。頭にくる。


出鼻を挫かれたそれだけのことにこんなに腹が立つのは、いつまで経っても進歩しない自分たちの関係を見せ付けられた気がするから。


マジックの態度がもどかしいから。


理解しあえない距離感が切ないから。


 「…………が、いい」


 「え?なになに、なにかほしいものあったの?」


 「アンタがいないのが、いい」


 「…え、と、それはどういう意味かな」


 「毎日しつこくてウザくてうるせえから、誕生日くらいは静かに過ごしたい。アンタがいないのが、いい」


 「私が、シンちゃんの前に、現れないのが、いいの?」


 「ああ」


ひどい!


シンちゃん、パパの愛を試してるのかい?


それだけは嫌だっ!それ以外でもう一声!


またまたぁ、そんなこと言って本当はパパのこと大好きなくせにぃ~。


 「…そう」


猫なで声で、擦り寄って。


 「そう。分かった」


腕を伸ばして隙があれば抱きついて。


 「誕生日だもんね。欲しいものがあるなら、プレゼントしないとね」


抱きしめて。


 「――え、お、おい」


キスをして。


 


 


ゆっくりと閉じていく扉を呆然と見送る。


なにが起きたのか理解するのに、情けないが数秒を要した。分かってからも暫くは、掛けた椅子から立ち上がることも出来なかった。指先が、微かに震えている。


 


突き放すのは自分の役目だ。


嫌がるのは、疎むのは、拒絶するのはいつだってシンタローの側であり、溢れるほど与えようとして失敗するのがマジックの愛だった。


それなのに。


 「なんだよ…なんで引き下がるんだよ…」


呟きが、室内にこだまする。


焦燥感に息も詰まりそうだった。


 



 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


 「喧嘩したの?」


 「…誰と」


 「シンちゃんが喧嘩する相手って言えば、お父様か僕かアラシヤマくらいしかいないじゃない」


 「最後のは喧嘩になんかならん」


はなから相手にしていない。


苛々と爪を噛んでいるところを目敏く見つけたグンマがひそひそと話しかけてくるが、この場合“ひそひそ”にまったく意味はない。悲しいかなこんなときに限って仕事も一段落してしまい、経費削減を呼びかけている折から自分が居残ることも出来ずすごすご帰宅する羽目になった。


誕生日は明日に迫っている。


先日、妙な雲行きになって以来、危惧した通りマジックの態度は一変してよそよそしくなった。普段が図々しすぎる男なのでこれくらいが丁度いいというのは決して負け惜しみではないけれど、それにしてもシンタローと目も合わせない状況は傍から見れば異常とすら言えるだろう。


グンマは、大方シンタローにちょっかいを出して叱られているに過ぎないと思っていたが、それだけにしてはどうもマジックの覇気がなさ過ぎる。年甲斐もなく無駄に生命力溢れる男なのだ、父親ながら飽きれたりもするけれどそれでも元気がない様子は心配になって当然だろう。


態度も体格も大きな弟は、父に対する遠慮という配慮を持っていない。あれだけ溺愛されれば仕方のないことかもしれないが、だからこそこういう場合、自分が間に立ってフォローアップに勤めなければならないという使命感がムクムクと沸いてくる。らしい。


分相応とか、そういう現実問題は棚の上に放り上げておいて。


 「明日はシンちゃんの誕生日だし、なにかすっごい企画でも立ててるんならいいんだけどね。そうじゃないならあのお父様の憔悴振りってかなり深刻だと思う」


 「俺は、そういうことを本人目の前にして、聞こえないと思い込みつつ語れるお前の方があらゆる面で深刻だと思う」


大きな食卓とはいえ、左右二人ずつ向かい合って座っている状況なのだ。因みにシンタローの左手がグンマ、向かいがマジックで彼の右隣がキンタローの席になっている。末の弟の席も勿論あるが、食事の支度はしていない。陰膳は戦争や旅に出た者の無事を祈るためのものだという、全人生かき集めても片手に満たない男の主張は尤もだが、もう少しマシな喩えをしてほしかった。


とにかく。


どんより濁った空気が漂う食卓も今日で三日を数え、いよいよ明日がシンタローの誕生日なのだ。今日の昼休みに訪ねた研究室で、トンガリ帽子に大きなリボンを取り付けながら微笑んだグンマは“盛大なパーティー”に期待しろと息巻いていたが、いまやその盛大さが恐怖に感じられて仕方ない。


喋らないマジック…有り得ない。


存在感のないマジック…有り得ない!


自分が手の届く近くを無防備に歩いていても、決して触れないマジックなんて有り得ない!


 


ぼそぼそと食事を終え、小さな声で“ごちそうさま”と呟いたマジックは背を丸めた寂しげなシルエットを隠すよう、足早にダイニングを出ていった。


 「あーあ、ほら、完全に拗ねちゃってるよ」


 「俺の所為か」


 「お父様のことに関して、なにかあったらぜーんぶシンちゃんの管轄でしょ」


 「なんでっ」


 「なんでって…ねぇ」


 「うむ」


分かっているのかいないのか、キンタローにまで深々と頷かれ余計に腹が立った。どうして自分が責められなければならないのかと、少しの罪悪感の影で感じていた苛立ちが吹き出して、心配する気持ちを凌駕した。


 「自分の思い通りにならないとすぐ腐って、それでみんながちやほやすると思ってやがるんだアイツはっ!」


 「確かに子供っぽいところはあるけど、でもそれだけシンちゃんが好きだってことだよ」


 「好きならなにをしてもいいのか?あーホンットお前は父親思いのいい子だねー、俺とは大違いの孝行息子だよバカのくせにっ」


 「シンちゃ、」


 「大人げないぞシンタロー。グンマはお前たちのことを心配して言っているんだ、それぐらい分かっているだろう」


 「うるせえ!」


説教は嫌いだ。マジックのことで誰かに、たとえ身内であっても自分より分かった風なことを言われるのはもっと嫌だ。


誰より知っている。解っている。その彼のことを解っていないと言われるのだけは許せない。認められない。


椅子を倒す勢いで立ち上がると、ドアに向かって真っ直ぐ進む。いっそ眼魔砲で吹き飛ばしてやろうかと思ったが、それが苛立ちで悔しさで寂しさだと知られるのは嫌だから思い止まり手で押し開けると自室へ向かう。


飛び込んだ室内は薄暗く、温もりの感じられない空虚だけが降り積もっているようだった。


いつもなら、部屋へと戻る自分の後を追ってうるさく話しかけ付きまとってくるマジックがいない。もう三日もこんな気持ちを強いられている。ひとりでいる。


原因は自分かも知れないけれど、それでもこんな風に放り出されるのは嫌だった。彼のいない時間など欲しくない。いらない。求めてない!


 


ベッドに俯せで倒れ込む。


気分が悪い。


胸が痛い。


苦しい。苦しい。苦しい。


 「あーくそ、腹立つ」


声に出し悪態を吐いて、自分を乱す相手の顔を思い浮かべる。


誕生日なのに。


年に一度、憚ることなく甘えられる日なのに。預けられる時なのに。


そんなこと、口に出して言うことは出来ないけれどそれでも自分にとっては必要な、大切な時間なのだ。言えないけれど。言えないけど。


傍にいてくれれば、それでいいのに。


そんな風に思う自分が恥ずかしくて、悔しくて、本当は自分だけが思っているような、好きなような気がして。そうとしか思えなくなって。


デリケートでシャイなのだ。俺は。ついでに言えば人知れずロマンティック、さりげなくペシミスト。どうしようもなくロンリーネス。


正気の時に思ったのなら、聞くものがなくとも顔を真っ赤にするようなことを平気で考えられる辺り相当落ちている証拠だろう。ことマジックに対しシンタローは面白いほどに打たれ弱い。これはある種の条件反射なのだろうか、強気な態度で、傍若無人に振る舞っているようでその実彼にだけはとんでもなく臆病なのだ。本心をぶつけるなどと簡単に出来ることではない。


どうしてだろう。


なんで擦れ違うのだろう。


素直ではない自分の所為か、追い求める割に本当は興味などないとしか思えぬほどあっさり手を引くことのあるマジックの所為だろうか。


よく、解らない。


 「…誕生日なのにな」


呟きが、ぽつん、と零れる。それは涙の粒のようで、余計に情けなくなったシンタローはきつく唇を噛み締め声を漏らさぬようにした。


 


あと、数分で、自分の生まれた日を迎える。



 

 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


朝起きて、ダイニングに行くとグンマとキンタローが真っ先に“おめでとう”を言ってくれた。仕事が終わったら真っ直ぐ帰ると何度も言って、そして二人は出掛けていった。


バースデー休暇なんてものを誰が団規に定めたのか。


自分ではないからマジックかも知れないし、見たことのない祖父かも知れない。なんにしても今年ほどこのぽっかり空いた時間を恨めしく思ったことはなかった。貧しくもないのに貧乏性のシンタローは、体を動かしていないと落ち着かない性質であり、休日の過ごし方が下手なのは自分でも嫌と言うほど理解していた。


だから起きてきたところですることなどないし、ガッカリするのは嫌だったから本当は自室に籠もっていたかったのだ。


けれど一縷の望みをかけて、そーっとリビングを覗いたけれど案の定そこは無人で、話し声の聞こえたダイニングにもグンマとキンタローの二人がいるだけだった。


時間が合いにくい夕食と違い、朝食は全員が揃う大切なコミュニケーションの場だ。家族としてともに暮らす以上、最低限のルールとして集うことを決めている。口にした訳ではないが、誰もがそう感じている。だからこそこの家の朝食は賑やかで、その団欒の中心には人一倍喋るマジックの存在が不可欠だった。


なのに、いない。


出掛けるとは聞いていないし、どうしても外せない仕事以外に彼が自分の誕生日に離れていることなどなかったのだからその不在は意図的なものであると判断するしかなかった。


 


一日、静かに過ごしたい。


アンタがいないのが、いい。


 


言ったのは確かに自分だ。この口が綴ってしまった。意味も後先も考えず、いつもの調子で鬱陶しいと。放っておけと。そう言うつもりでいった言葉。本心なんかじゃなかったのに。


後悔はあとからするから後悔で、既に一晩、嫌と言うほど味わった落ち込みに気分が悪くなってきた。


なにをする気力も起きず、といって部屋に戻ることも出来ず。仕方なく所在なく、シンタローはリビングのソファに腰を下ろした。白々しい朝の光が目に染みる。完全に寝不足だった。


 


 「べ、別に祝って欲しいとか、そんなんじゃないんだ」


なんとなく口をついて出た言葉。


寂しくて、独り言を言ってしまうガンマ団総帥。我ながら寒い!と拳を固めるがその力もすぐに抜ける。


 「うるさいのは確かなんだ。しつこいのもそうだし、変態なのもそうだし。物事の八割はアイツが悪いと相場が決まってるんだ。俺は悪くない。…悪くないのが八割だ。うん」


あとの二割は改善の余地があると、認めてやらないこともない。


やらなくはないけどでもだからといって認めた訳ではなくつまりは世間一般の常識から言って真っ当なオレサマが悪いなどと言うことが有り得ないので謝るのは筋違いと言うものだけどそれでも人間として出来ているから考えてやらなくもないということでつまり。


ワンブレスで繋いだ言葉。


うん、俺ってばボキャブラリーも豊富。やっぱり天才。カッコイイ。


ぱちぱち、と手を叩いて、それから盛大な溜息をひとつ。虚しい。ひとり遊びは性に合わないのだ。


座っていた姿勢からズルズル滑って寝転がる。天井は見慣れた模様を描いているけど、よそよそしく感じるのは何故だろう。ここはうちなのに。自分の生まれ育った家なのに。我が家なのに。


血の繋がりがないことを気に病むには、周囲の人間がアッケラカンとしすぎていた。本当は各思うところはあるだろう。けれどそれがシンタローに伝わるような言動を取るものはなく、誰もが当然という顔で受け入れた。いや、変わらなかったというのが正しいだろう。


シンタローはマジックの息子であり、グンマとコタローの兄弟であり、キンタローの従兄弟だ。本当は人間ですらなかった命を、家族として認めてくれた。守ってくれた。包んでくれた。


ここにいたい。一緒にいたい。応えたい。


だからこそシンタローはそれを引け目に感じることを自分自身によしとはしなかったのだ。本当の家族であろうとしてくれる彼等に対し、それほどの非礼はないと思ったからだった。


以来、この家では相変わらず“自信家のシンちゃん”、“いばりんぼのシンちゃん”は健在で、なにを言ってもしても許される状況を自然のこととして通してきた。これからもそれは変わらないと思う。


それなのに。


一言拒絶されたくらいで諦めるとは何事だ。


全てにおいてオレサマ気質のシンタローは、夕べから何度も巡る思考をまた頭の中心に据え文句を並べ立ててみる。


しつこいくせにたまに妙に引き際がよくて、こっちの罪悪感を煽るだけ煽ってけれど実際は大して気にしていた訳じゃなく、仕方なしに折れてやれば調子に乗って擦り寄ってくるくせに。


うざいんだよ。ウザ!ほんとウザ!アイツってばマジでウザ過ぎ。耳伸ばしてピョンピョン跳ねさせて“ウザぎ”とか新種の動物にしてやりたいほどムカツク。ってゆーかいまのは自分の思考にもムカついた。なにを考えているんだ俺。ウザぎって、そんなの有り得ねぇ。つかいたら怖い。体長二メートル級の小動物。こわっ!それ本気でコワッ!


 「……………もしかしなくても、いまの俺ってば、バカ?」


天井はなにも応えない。当たり前だ、平面の、白く塗り付けられた天井が『そんなことないヨ、シンタローくん』などと言いだした日にはホラー嫌いのシンタローなど一目散に逃げ出して、すぐさま新居を構えてしまう。


じゃなくて。


そうじゃなくて、俺!


ソファーの上を転がり、器用に俯せになってみる。足をゆらゆら揺らしながら、もう一度落ち着いて考える。


誕生日になにが欲しいか、それは聞かれても困るものだと生まれてこの方毎年欠かさず言ってきたことだ。うんと小さな頃から父の与えてくれるものを疑いなく受け取ってきたし、それらはいつだって自分を満足させるに足る品々だった。けれどそれはあくまで“物”として言っているだけのことで、本当は父そのものさえいればあとはなにもいらなかった。ほかを与えられることに引き替えられてしまうことの方が嫌だった。


いらないのだ、なにも。


それでもどうしてもなにかを贈りたいというなら自分で考えればいい。相応しいと思うものを持ってくればいい。照れ隠しに文句は言うが、それなら必ず受け取れる。有り難いと、幸せだと感じられる。それなのに。


酒なら、酌み交わすことが出来る。


だからそれでよかった。しつこいから、今年はそれで手を打つつもりだった。傍にいたいという願いを叶えるアイテムなのだ、シンタローにとって酒は悪いプレゼントなどでは決してない。


なのにしつこくて。早合点して。嘘でしかない言葉に引っ掛かって、傷付いて、離れて。


何年一緒にいると思ってるんだ。こんな自分を作ったのは、一体誰だと思ってるんだ。一秒、一分、一ヶ月、一年十年と時を重ね、こんな人間に作り上げたのは彼ではないか。不器用で意地っ張りで、往生際の悪い男に仕立て上げたのは自分じゃないか。それを今更、こちらの所為だと言わんばかりの拒絶を…そうだ、これは拒絶だ。拒まれている以外の何ものでもない。理不尽だ。


こんな勝手が許されるなら、いっそ殴り込んでやってもいいかも知れない。


 


 「…そうだよ、なんで俺ばっかこんな目に遭ってなきゃいけねぇんだ」


 


はたと気付き目を見開く。


そうだ、文句を言えばいいのだ。祝う祝うと言っておいて、誕生日になった瞬間の“おめでとうシンちゃん大好きだよ愛してる私の宝物マイスゥイート・ダーリン悪戯子猫ちゃん”が今年はなかった。ウザいけど。ムカつくけど。聞いてて痒くなるけどでも毎年恒例のそれを聞いてないから誕生日を迎えた実感がない。嬉しくない。楽しくない。釈然としない。


愛されて、ない。


 


思い立ったらとにかく腹が立って、ソファから身を起こすと転げるようにリビングを出た。ドタバタと怒りに満ちた足音を立て、マジックの部屋の前まで駆け付けた。


息を荒げるほどではないが、興奮しているため鼻息は荒い。幸せで満ち足りた一日になるはずの今日を、最低最悪の気分にさせた報いは受けてもらうぞ。意気込みは堅く握る拳も闘志に満ちている。


チクショウ目にもの見せてやるぜ。


思わず悪人面になりかけながら、シンタローは突き出した拳でドアを叩いた。本当はそのまま突き破ってやりたいが、彼だってキンタローなどには負けない紳士なのだ。一応の礼儀くらいは持ち合わせている。


 


ドン。


ドンドン。


ドンドンドン。


ドンッ!


 


 「てめぇ、居留守使うつもりかっ」


悔し紛れにそれから連続二十回、力の限りノックしてやったドアはそれでも開くことがなく、静まりかえった廊下に立つシンタローは漸く事態を飲み込んだ。


 「いない…のか?」


真鍮のノブを掴んで回してみると、それは抵抗なくかちゃりと軽い音を立て回る。鍵がかけられていることもあるこの扉があっさり開くのは主が不在の時が殆どで、いま、それが成されるということは即ちマジックの外出を告げているのと同意で…


 


室内に、彼の求める人の姿はなくただ静まりかえった室内はやたらと綺麗に片付いていた。元より散らかったところを見たことのない部屋だが、その寒々しさは長いこと使われていないかのような錯覚を抱かせるほどでゾッとする。


もしかしたら、夕べからいないのかも知れない。


整った室内を見回し、隣の寝室を覗きそう結論付けた。きちんとメイクされたベッドは昨夜使われた形跡はなく、部屋着も、きちんと折り畳まれナイトテーブルの上に置かれたままになっていた。


ぽつんと立ち尽くし、シンタローは考える。


突然一人きりにされた自分というものを理解するのに数瞬を要した。


 「ほんとに、いない、のか」


いなくなれと言った。


確かに、言った。


けれど。


でも。


 


 


枕元に座らされた、自分を模したぬいぐるみが笑っている。


窓の外では小鳥のさえずる声が響いていた。


 


 


 


 


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部屋に入ると、あのバカ親父が何やら紙を見てヘラヘラ笑っていた。
何を見ているのだろうと目をやると。
それは数日前に仕官学校で行われた身体検査の結果を表にしたものだった。
 
「てめーー!!!ナニ見てやがる!!!!!」
怒鳴り声を上げても、親父は平然と微笑んでいる。
「いや~、シンちゃんがどの位成長したのかな~ってパパ、知りたくてさ~vvv」
「見るな!!」
紙をひったくろうとしたが、ヒョイと避けられてしまった。
「う~ん、さすがシンちゃん。抜群のプロポーションだね!スリーサイズが見事に理想的。」
「気持ち悪い事言うなッッ」
再び紙を奪い取ろうとしたが、それもあっさり避けられる。
頭に血がのぼったところで、親父は紙から目を離した。
「シンちゃん、身長もかなり伸びてるね~!もっと伸びるかな?」
などと言い出したのでオレは、当たり前だッと意味も無くふんぞり返る。
「もっとデカくなってテメェなんかあっという間に追い越してやる!!!」
「・・・」
オレの言葉に親父は無言になり、マジマジと見つめて来た。
「シンちゃん、パパより大きくって・・・バスケットの選手にでもなる気かい?」
「・・・」
確かに親父は2m近く身長があり、それを追い抜くなら相当な背の高さになるだろう。
というかそれでは・・・巨人、かもしれない。
「う・・うるせぇなッッどうでもいいだろ!!」
そう言って誤魔化すと、親父は突然オレの腕を掴み引っ張った。
そのまま思いきり抱き締められて、オレはいつも通り暴れるが。
いつも通り、親父はそれでも構わず抱き締めてくる。
 
「どうでもよくないよ。シンちゃんにはパパの跡を継いで貰いたいんだから。そんなモノになってもらっちゃ困るよ。」
「・・・」
また勝手な事を言う、バカなヤツ。
 
オレはお前のモノなんかじゃない。
オレの将来はオレだけのモノなんだ。
 
そう言ってやろうとして。
だけどそれより先に。
「ま~、取り敢えずシンちゃんが健康でいてくれればパパは一安心だよ。」
オレを片手で抱きつつ、もう一度紙に目を落してる親父がそんな事を言う。
健康状態優良マークの付いたソレを微笑みながら見る親父の横顔を見つめていると
何も言葉が出て来なくなってしまった。
 
 
まだ、親父との差は沢山あって。
その差は腹立たしい事になかなか縮まらない。
それでも、いつか。
 
 
「でもさ、シンちゃん。大きくなってもいいけど、あまり大きくならないでね。」
「・・・言ってる事が」
矛盾だらけだろ。
このアホ、と言いかけたが抱きすくめられ口付けられる。
 
身動き一つ許さない、このバカ力を振り切る事も出来ずにいるオレと。
どんなにオレが抗っても絶対逃がすつもりのない親父と。
 
その差は
多分
縮まらない。
 
でも。
案外そこには
差など存在しないのかもしれない。
 
 
 

相変わらず‥‥ウチのマジシンはバカップル‥‥だナー(遠い目)
結局、シンちゃんはお父様が大好きなのです。←ソレばっかり。
 
 
 
ちなみにスタイルシートで絵が見えない方は コチラ


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