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「キンちゃん…来月はお父様の誕生日だよ」
ふと思い出したように、カタカタと目の前の19インチTFTモニタに目をやりながら、後ろの分厚い資料を読みふける従兄弟に話かければ、
「そうだな」
と言葉返ってくるばかり。
先ほどから1時間おきに何度もこれの繰り返し。一向に話は進んでいない。
「何がいいと思う?」
「そうだな…」
一向に進まないと思われた、話し合い(?)もお互いに浮かんだのは一つらしく、手を止めるとグンマは後ろを振り返り、キンタローは資料から視線をグンマにやると……
「やっぱり、お父様といえば………――――」
「マジック叔父貴には………――――」
見事なハモリとともに、あっさりと労せずマジックへのプレゼントは決定。
問題は、それをどうするか?ということだか、
「まぁ…なんとかなるだろう」と一つ頷くと視線を戻し、何事も無かったかのように、作業に戻った。


――――――残すは当日ばかり


+ + +12月12日+ + + + + +

シンタローの総帥室から程近い、畏敬の念を抱かせるような広々とした室内でマジックが、イベントの日程を確認していると軽いノック音が響いた。
「どうぞ」返事を返すと、重々しい胡桃材の扉が開き、満面の笑みを浮かべたグンマが現れた。
「お父様ー。今ちょっといい?」
「お願い」と小首を傾げて、何やら部屋の真ん中へ来て欲しいという息子の言うがままに、扉からさほど遠くないところで立ち止まる。
すると、
「ハッピーバースデー!!お父様!!」
グンマの手元に握られたクラッカーから、パーン!という軽快な音と共に紙吹雪が宙を舞う。
「………」
形のいいブロンドの眉を一瞬潜めると、「ああっ」っと思い出したように短く感嘆の声を漏らした。
髪にかかった紙吹雪を払いながら、室内に漂うクラッカー特有の鼻につく香りを吸い込むと、
「そういえば、今日は私の誕生日だったね」
「ありがとう、グンちゃん。嬉しいよ」と言葉を続けて、目を細めて目の前の息子に優しく笑みを浮かべた。
「えーっ!!お父様、忘れてたの!?絶対覚えていると思ったのに…」
信じられない。っと言いたげな息子の視線を受けて、
「この歳になると、誕生日もないからね。それに、今年はシンちゃんがいないだろう」
シンちゃんがいたら別だよ。っと含ませるような自嘲的な笑みを浮かべると、肩を竦めた。
シンタローがいたならば、これ見よがしに自身の誕生日を大々的にアピールして、祝ってもらおうと画策するところだが…。
その本人が、今日は施設訪問とやられいなければ話は別。
(そういえば、今日は華やかな手紙の束が多くあったのはそのせいか…)
まだ封は開けてはいないが色とりどりの束を思い出した。
(もうすぐだとは思っていたが、まさか今日だったとはね。)
そんなマジックの様子に、エヘヘ。と作戦成功とばかりにグンマは笑みを深める。
「そんなお父様に、僕とキンちゃんからの誕生日プレゼントがあります!!」
キンちゃ~ん!と高い声で、中途半端に開かれた扉に向かって声を張り上げると、扉を開いて荷台を押すキンタローが現れた。
「そんなに、声を出さなくても聞こえてる」
グンマの声が耳に響くのか、眉間の皺を深くしながら額に手をやる。それでも、マジックの前まで荷台を押すと控え目な声で「おめでとうございます」と頭を下げた。
「グンちゃん、キンちゃんありがとう。これまた、随分奮発したのかな?大きい箱だね」
キンタローの押す荷台を見てれば、縦横高さ、1メートル半はあると思われる正方形の箱に、包装紙はなく幅が広い真っ赤なリボンがかけられ、蓋の上で大きな飾り結び。
大きさを除いては、なんら変哲もないプレゼントではあるが…。
その箱をじっと凝視すると、
「グ、グンちゃんこれは何かな?」
深みのある蒼い瞳の上のブロンドの眉を寄せる。
マジックが怪訝がるには訳がある。
マジックを驚かせたのはその大きさもあるが、その大きな箱が先ほどからガタガタと小刻みに揺れているからで…。どうにも、その中のものが故意に揺らしているとしか思えない。
「ふふ、お父様!早く開けてみて」
早く早くと急かすグンマの声に背中を押され、恐る恐る大きなリボンに手をかけると解いていく。
そして、箱と同じく大きな蓋に両手をかけて開けてみると、

そこには――――――――


「し、シンちゃんっ!」
まさかのシンタローの出現に、マジックは思わず息を飲んだ。
箱の中身は、動物でもグンマが作った植物でもない。今は施設訪問でいないはずのシンタローの姿だった。
箱の中には、口をガムテープで塞がれ、15センチ幅のこれまた赤いプレゼント用のリボンが、総帥服の上からシンタローの全身に巻きつき、ご丁寧に頭の上で蝶々結びにされている。
体育座りの姿勢で、拘束されながらも「うーうー」っと唸り、身体を懸命に揺すっている。
箱の中を覗きこむと「テメェの仕業か!!」っと顔を真っ赤に染めて睨みあげるシンタローの漆黒の瞳と視線が絡みあう。
「お父様の誕生日プレゼントっていったら、シンちゃんしか思い当たらなくて…シンちゃんには施設訪問って嘘ついちゃった」
えへ。っと可愛らしく首を傾げる。
「じゃあ、お父様お誕生日おめでとー」と、未だ箱を頭上に掲げたまま、箱の中のシンタローから目が離せないマジックに声をかけて扉が閉まった。

二人が去り、蓋を床に下ろしたマジックと、箱の中で拘束されたシンタロー。
奇妙な静けさが、部屋中に漂っている。

「あとの始末は私の仕事。というわけだね」
小さく呟くと、嵐のようにいなくなった扉に目を向けて溜息をついた。すると、
早く開放しろ!っとでも言うように、一際大きく箱が傾いた。
「はいはい。今自由にしてあげるからね」
そういうと、大きな箱に手をかけた。


「まったく、随分可愛くされてしまったものだね」
「っ、テメェの仕業だろうが!」
 一見普通のリボンかと思われたものは、特殊な素材だったようだ。何重にも巻きつかれたそれは容易に解けはしない。箱は壊したものの、未だ体育座りのままのシンタローと頭上の蝶々結びをみて、マジックが忍び笑いを漏らす。
 マジックの言葉に、多少痛むのかガムテープの跡の口元に手をやりながら、手を動かすマジックを睨みつける。
「パパのせいでは無いよ。あくまで、グンちゃんとキンちゃんからの誕生日プレゼントだよ」
「あっの、奴ら~~~~~~っ!」
 ギリギリと歯軋りする、シンタローを尻目にマジックは言葉を続けた。
「確かに、私の一番喜ぶものではあるが、シンちゃんは既にパパのだから、ちょっと違うよね」
「ふざけんなっっ」
 冗談じゃないとばかりに、シンタローは大きく目を見開くと、顔を真っ赤に染め上げ体を震わせる。
「おや?違うのかい…。それなら、このまま分からせてあげようか。まだ半分以上、巻かれているようだしね…」
 蒼い瞳が冷たく光ると、今まで普通にリボンを解いていた指が厭らしく、生地をすべる。
「っば…か、ふざけんなっ」
 シンタローが猛烈な怒りとともに、怒鳴りあげると冷たく見据えていたマジックの瞳が明るいものへと一変して。
「なんてねっ。びっくりした?」
 あはは。っと笑い声を立てながら、再びスルスルとリボンを解いていく。
「でもね、パパだって怒ってるよ。いくら、グンちゃんやキンちゃんといえども、気を抜きすぎだよ。こんな、パパでもしたことなかったのに…」
「……っはぁぁぁ!?」
 どう反応していいか分からない。唖然と口を開いたままパクパクと口だけを動かして、次の言葉を捜していると
「私がなぜこの据え膳状態で、解いているかわかるかい?」
「はっ?」
「だから、普通ならこんな美味しいシチュエーション見逃すはずがないだろう?」
 頭の蝶々結びを解いて、残すは下半身の拘束のみとなる。肩膝を床につけると、片手をシンタローの膝に置き下から覗き込むように視線を合わせた。
 意味が分からないとばかりに、目をしばたかせるシンタローに「分からないかい?」とマジックは穏やかに言った。
 マジックのオーデコロンがシンタローの鼻を掠めると、官能を誘うような香りに、頭がくらりとする。
「…どうせ、たいした理由じゃねぇだろがっ」
 自分の頬が熱くなるのを意識して、顔を背けるとごまかすように、吐き捨てた。そんな息子の様子などはじめから気にしていなかったのか、過敏に反応する様子に大いに満足したのか、マジックは笑みを深めた。
「私は、自分でするのがいいんであって、誰かにお膳立てしてもらうっていうのは好きじゃないんだよ」
 だからね。っといったん言葉を切ると、「今回もね、私自らシンちゃんにするのはあっても据え膳状態は、いくらグンちゃんからの贈りものといってもね
。…それに、パパなら総帥服の上からじゃなくて、素肌のシンタローの上に赤いリボンを巻きつけたいな。きっと、よく映える」
 なんて、事を囁きながら足首の紐を解くと、見せ付けるように赤いリボンを指先で弄ぶとおもむろにリボンに軽く口付けた。
「ばっ……」
 (グンマもキンタローもそういう意味のプレゼントってことじゃねぇだろ)
 やっぱ、こいつって頭の中桃色だよな…。
 自由になった手で体にまとわりつくリボンを払いのけると、用は無いとばかりに立ち上がりマジックに背を向けようとしたとたん…。
 マジックはシンタローの手首をつかみ、自分の方をむかせた。「出て行く前に、パパにいうことがあるだろう」
「なにが?」
 シンタローは手を振りほどこうとするも、つかまれた手首に力が込められ思わず形のいい眉をひそめた。
「今日は私の誕生日だよ…『パパお誕生日おめでとう』もしくは『パパ大好き』ってお祝いの言葉が欲しいな。あ、語尾にハートマークをつけるのも忘れちゃだめだよ」
(パパ大好きは関係ないだろうがっ!!)
 頭の中で駆け巡る、罵倒とののしりの言葉を寸前のところで飲み込む。も、目の前で蒼い瞳を期待に輝かせている男は、言わないと離す気は無いらしい。
 仕方が無い。とばかりに、大げさなため息をつくと、自然に引きつる頬はそのままに口を開いた。
「Happy BirthDay、アーパー親父」
そう言うと同時に、今までのグンマとキンタローに対する鬱憤を晴らすように、男のわき腹に向かって足を突き出すと不意なことにバランスを崩したマジックを一瞥して部屋を出た。

ドアを閉めると、部屋の中から、「アーパー親父は酷いなぁー」っと情けないマジックの声が微かに聞こえて、シンタローは自嘲的に笑みを浮かべた。
「強要してんじゃねーよ。バ~カ」
(無理強いしなかったら、言わなくもなかったのかも…っなんてな)
ふっと口元を緩めると、従兄弟たちに文句を言うべく廊下を歩き出した。

●Happy BirthDay Magic●
PR
mmm

 幼い頃。
 俺と親父は、遊園地に行った。
 4歳の誕生日、そのお祝いだったのだ。
 あいつも俺も、やけに張り切って、その日を指折り数えて待ったのを覚えている。
 ジェットコースターに乗って、回転木馬に乗って、観覧車に乗って、それからそれから。
 パパと一緒に乗ろうよ、ヤだよ、もう一人で乗れるもん、いいじゃない、楽しいよ、それからそれから。
 当日、華やかな花火が上がって、遊園地は貸切で、親戚その他大勢が俺を祝うために集まって、世界各国の要人までもが押し寄せて、何もかもが予想以上に豪華絢爛で、俺は嬉しくて、結局、遊具になんか何一つ乗らないまま、あいつは人殺しのために立ち去った。



 時は過ぎる。
 すぐに帰ってくると言った男が戻ってきたのは、とっぷりと日が暮れてから、誰も彼もが消えてから、昼間の喧騒が嘘のような静寂が、辺りを包み始めた頃。
 俺付きのSPが、あの場所で総帥がお待ちですと、俺に指し示した。
 それはこの遊園地を見下ろすことのできる、小高い場所。
 夜の闇が立ち込める中を。
 あいつは、赤いペンキが塗られた観覧車前の、赤いベンチに、座って俺を待っていた。
 長い脚を組み、首を少し傾けて、遠い空の向こうを眺めていた。
 俺は、すぐ側まで行ったのだけれど、そんな男の姿を目にして、つい立ち止まって、それから近くの茂みに隠れた。
 がさがさと葉が揺れた。
 待たせた分、俺もあいつを待たせ返してやろうとしたのだ。



 葉の間から覗く、赤い観覧車、赤いベンチ、赤い総帥服。
 茂みの中から長く見つめていると、その色はいつしか、てらてらとぬめって、男の住む世界を思わせる。
 血の色を、思わせる。
 俺から隠したつもりになっている、あいつの世界。
 今、俺の視界の中で、戦場から戻ってきたばかりなのに、何でもない顔をしたあいつ。
 その内、びゅうと冷たい夜の風が吹いて。
 それでも、あいつは、身動き一つしないのだった。
 風が男の金髪を揺らして、頬を打ったけれども、それは風のゆらめきであって息遣いであって、彼自身は決して、息なんかしていないように、生きてなんかいないかのように俺には見えたのだった。
 その横顔に落ちる光の陰影は、男の顔の彫りにあわせて鋭利で、深くて。
 まるで俺の知らない顔を、あいつがしているように、見せたのだ。
 俺は、長い間茂みの中でじっとしていた。
 男の顔を、見つめていた。背筋に冷たいものを、感じていた。
 所詮は子供の感覚だから、実際の時間は解らないけれど、とにかく、長い、長い、間。
 そして風が両手の指なんかでは数え切れないぐらいに、男を打ちすえてから。
 不意に俺は電流にうたれたように立ち上がって。
 茂みから出て、男に近付いたのだ。
 白い顔が振り向いて、見下ろして、『ああ、シンちゃん』とだけ言って、初めて表情を崩して、微笑んだ。
 もういつもの顔だった。
 親父は、俺が隠れていたことなんて、とっくの昔に気付いていたのだろうと思う。
 俺に触れた男の手は、いつにも増してぞっとする程に冷たかった。
 抱き上げられて、ひやりと俺の額に触れた金髪も、冷たかった。
 ああ、この男の身体を冷たくしたのは、俺なのだなと。
 その時、俺は、悟ったのだ。





――夜の遊園地――





「ひどい! ずっと前から約束してたのにっ! ひどいよシンちゃん!」
「仕方ねーだろうが! 仕事入っちまったんだよ!」
「仕方なくない! どうして! 私の誕生日、一緒に遊園地に行ってくれるって、言ったのに――――ッ!」
「ああ――――ッ! もう! じゃあ日程ずらせばいーだろ!」
「駄目だよ! 今日じゃなきゃ! 私の誕生日じゃなくっちゃ、ダメ!」
 俺は耳を塞ぎ、口をひん曲げ、仏頂面。
 出勤前のこの忙しい時間。
 姿見の前で、自分の赤い軍服の襟元を、せっせと直しているその背後で。
「シンちゃんってば!!!」
 延々と俺に訴えかけてくる男。マジック。
 俺の前に後ろに、左に右に。構って攻撃の、なんて激しさ。
 ある意味いつもの光景なのだが、今日は特に酷い。しつこい。粘りやがるなと。
 俺は、がっくりと首を垂れて、溜息をつく。
「ひどいよっ! パパ、楽しみにしてたのにっっ!!! そうだ、今日こそハッキリさせてもらいます!」
 ばん、とマジックが、朝の食卓の並ぶテーブルを、勢いよく叩く音が聞こえた。
 渋々振り向いた俺に、ずずいと迫る真顔。
「シンちゃんは、パパと仕事、どっちが大切なの!?」
「ぬお~~~ッ…アンタがそれを言うか!」
 ワナワナ震える、俺の腕。これから出勤。耐えろ、俺。
「ねえ、どっち! 答えて! 答えて、シンちゃん!」
「仕事」
 どかーん。
 ヤツの両眼が光って、壁に大穴が開いた。
「ああもう、うっせえええええ――――ッッッ!!!」
 我慢できん!
 どかーんずがーんぼかーん!
 お約束で、数発、俺も眼魔砲をお見舞いしてから。
 とっくの昔に仕事に向かった、グンマとキンタローの後を追いかけようと、俺は玄関へと向かう。
「シンちゃん! 待ってよ、シンちゃん!」
 しかし追ってくる。
 煩いワガママ男が追ってくる。
 俺はスタスタ早足で長い廊下を歩きながら、振り向かずに怒鳴りつける。
「うるせえなあ! 誕生日くらい、夕メシの時にケーキ買ってロウソク立てて吹き消して、そんでいいじゃねーかよッ! いい大人がダダこねてんじゃねえ――――ッ!!!」
「だって! だって! シンちゃん、だって~~~~~~!!!」



 俺が総帥一年目の冬。
 あの南国の出来事から迎える、初めての冬。
 12月12日。マジックの誕生日の、朝の会話。
 俺は、この男と遊園地に行くという約束を反故にしたことを、ひたすら責められている。
 なんとか空けた(空けさせられた)今日の午後。
 そこに、今朝早く、新規の仕事が入ってしまったのだ。
 ちなみに行く予定であった遊園地は、俺の4歳の誕生日を祝ったあの場所。すべてが、マジック・セレクション。
「シンちゃん! ひどいよ、シンちゃんってば! こっち向いてよ!」
 イライラしながら、俺は頑張って足を速める。
「たまには断ればいいでしょ、最近は依頼された仕事は全部引き受けてるみたいだし! それかその予定を相手にずらして貰えばいい!」
「ダメに決まってんだろうがああ!」
 なんせ俺は、新任一年目。この正義のお仕置き稼業はなかなかに厳しく、仕事を断っていては、後に響くのは明白だった。
 しかも、相手は大口契約、超VIP。できることなら確保しておきたい客だから、逃すことはできない。
「じゃあいいよ! その相手の所にパパが行って、交渉してきてあげるから! サクっと黙らせてくるよ!」
「だああ――――ッ! 威力業務妨害! ンなコトしやがったら、もう口きいてやんねーからなああああ!!!」
「それはやめて。シンちゃんが口きいてくれなかったら、パパは寂しくって死んじゃうよ! シンちゃんはパパが死んでもいいの? ねえ、死んでもいいのってば!!!」
 俺は地団太を踏む。
 あああ! このバカ! アンタいくつだ! 小学生かよッ!!!
「なんでそんなにアンタはガキっぽいんだァ――――! アンタが我慢すれば全部丸く収まるんだよ、このワガママ親父ッ!!! くっそ、俺ぁ、仕事行くぞ!!!」
 俺は玄関ホールの扉に向かって、駆け出した。
 スーパーダッシュ。
 俺に憧れる団員たちは、俺様のこの鍛え上げられたナイスバディが、日々のマジックとの抗争から生み出されていることを知らない。
 ヒーローの陰の努力、陰の事情は、表に出せないものであることが多い。
「シンちゃん! パパがどうなっても、知らないから!」
「あーあー、うっさい、勝手にしやがれ!」
 最後は喧嘩別れの形で、その朝、俺は家を出た。



 腹が立つ。
 その日の俺は、執務中にペンを3本折って駄目にし、団員訓示で『前総帥の跡を継ぎ』と言うべき所を『前総帥のアホ過ぎ』と言ってしまい、書類のサインがやたら右上がりになってしまった。
 全部あいつのせいだ。
 俺は、思い出す度、ギリギリと唇を噛み締める。
 なんであいつは、ああなのだろう。
 他に対しては基本的に正常だと言えなくもないが、俺に対しては異常極まりない。
 どこのガキだ。俺はあいつの親か。保護者か。
 あんな手のかかる巨大な子供が、生まれた時からオプションってどうよ!
 俺って可哀想。めっちゃ可哀想! なんて運命、どんな運命。
 ひとしきり自分を慰めた後。
 溜息をついて俺は、こうも思った。
 それにな。
 …あんな変なダダのこね方をしなければ、もっと普通に…例えば他の日に埋め合わせをするとか…そんな約束だって、取り付けたり…してやらないことも、なかったのに。
 こっちだって、少しは悪いと思ってるんだから…な。
 いつもあいつのやることは、逆効果なのだと思う。
 俺が怒るのも、優しくなれないのも、全部あいつのせいなのだと。
 俺はそこまで考えてから、くにゃりと自分の手の内で姿を変えた、ガンマ団総帥印の印鑑を、切ない目で眺める。
 また、罪のない文房具を成仏させてしまった。
 経費節減の苦労が、水の泡。
 それもこれも全部、あいつのせい。



 午後からの俺は、くだんの臨時出張。
 飛び立つ飛空艦。待ってろ、依頼者。
 正義の味方にゃ休みはない。カッコ良さの背後に潜む、世知辛さ。わかっちゃいるが、やめられねえ。
 東にヤンキーがガンをつけてくれば、行って退治してやり。
 西にヤクザがいれば、眼魔砲でお仕置きしてやり。
 遠い南に最強ちみっこや犬がいれば、食事を作ってやったことを、そっと思い出したり。
 北にコタロー似の美少年がいれば、無償で力になってやって住所を聞いたり。
 そんな正義のヒーローに、俺はなりたい。
 これが新生ガンマ団総帥である俺の生き方。
 悪いヤツにゃあ、眼魔砲をお見舞いするぜ。
 安心しやがれ、命は取らねえ。見逃してやるから、せいぜい更生するんだナ。
 今日もこんな調子で、悪者のお仕置きに精を出し、俺はくるりと踵を返して、帰途につく。
 艦橋で、黒い革コートを、翻す。
 そんな俺が、緊急発信を受け取ったのは、コートを翻して三歩進んだ頃。
 任務達成の充実感に浸っていた瞬間のことだった。
 キンタローがいつも通りに眉間にシワを寄せて、差し出してきた書面。
『ガンマダン ソウスイドノ オマエノ チチオヤハ アズカッタ』



「何ィッ!」
 その文字が目に入った時、俺は一瞬呆然として、それから身を乗り出したのだけれど。
 後に続く文章を見て、どっと脱力して、イヤになった。
『…ランドニ コラレタシ カイトウ マジカルマジック<ハアト>』



----------



 そして俺は、結局。
 あの遊園地、その正門前に、突っ立っている。
 夜遅く、とっくに閉まっている時間であるのに、門は開いている。人気はない。
 冬の風が吹いて、はたはたと色とりどりの布を靡かせて、夜に極彩色のイルミネーションをきらめかせていた。
 ファンシーな装飾とヤンキーなざっくばらんさが、絶妙にミックスしたこの空間。
 俺は、懐から携帯を取り出し、短縮ボタンを押して。
 呼び出し音を鳴らし、舌打ちをして、それをもう一度懐に押し込んだ。
 何度マジックに連絡しても、出ないのだ。
 家に電話しても、グンマが『おとーさま、出て行ったきり、帰ってこないんだよぉ~』と言うばかりだ。
 ええい、ちくしょう。めんどくせえ。
 俺が遊園地まで迎えに行かないと、帰らないつもりかよ。
 あいつは意固地な所があるから、一度言い出したら、三日経っても四日経っても帰ってこないに決まってるんだ。
 そして、俺が無視し続けたままだと、世界中のメディアを使って、大々的に誘拐劇を仕立てあげるに決まってるんだ。
 俺は、押し寄せるマスコミを思い、嫌な映像が世界中のスクリーンに垂れ流される光景を思った。
 家庭内喧嘩を世界的事件にまでエスカレートさせるのは、ごめんこうむる。
 でも、あいつなら平気でやりかねない。
 恥ずかしい男。
 だから、こんな時は経験則上、こっちが初期段階で折れておかなければならないのだ。
 ああ、俺って、
 最悪。どうして俺はこんな男に、取り憑かれているんだ。
 一体どうして。



 このまま、帰っちまおうか。
 だが、帰っても家で悶々として、腹を立てるばかりなのは解りきっていたから。
 結局、どんな手段をとっても最後には俺は、あいつを迎えに行くことになる状況な訳で。
 イヤな園児め!
 自問自答しながら、俺は遊園地の門を、しぶしぶ通り抜ける。
 門の内には、微かに、音楽が流れていた。



「…」
 俺は、その耳に触れる旋律を、どこか懐かしいと感じた。
 そういえば。
 この場所に来るのは、20年と…あの南国の地で一回り季節が巡って、あと幾許か振り、だった。
 でも、こんなにこの門は小さかっただろうか。柵はこんなに低くて、塔はこんなに素朴な建物で、煉瓦は煤けていただろうか。
 踏み出すアスファルト。あの時は、駆けると優しい足音がしたはずだったのに。今は、冷たい軍靴の音。
 歳月を経たこと以上に、4歳の頃に眺めた景色は変貌を遂げていて、俺は、それは自分が変わってしまったということだろうかと、瞬きをして思う。
 大人の世界と子供の記憶の、隔絶感が、押し寄せてくる。



 夜の遊園地は、まるで異世界に迷い込んだように、すべてが青褪めて、ほの白く、余所余所しさに覆われていた。
 ひどく静まり返っている。だが時折、風で揺らめく幟が乾いた音をたてる。そして無機質な自分の足音。
 遊具は自動機械化されているのだろうか、係員すらも整備員すらも、人っ子一人、見当たらないのだった。
 空はちょうど新月の頃で、満天の星だけが呼吸をするように光芒を放つ。
 そして地上の輝き。
 きらめく遊具は、自分たちだけのために動きを止めない。
 回転木馬は輝きを振り撒いて回り、小型列車は光のトンネルを潜り抜けて闇をうねる。
 フライングカーペットは舞い上がり、降下し、ただ主人に命ぜられたことを淡々とこなしているように見えた。
 真鍮の柱が、じっと静けさをたたえている。
 ここは、昼間の子供にとっては、夢の世界であるのだ。
 だが、夜は?
 夜の遊園地は、俺にとっては、夢の果ての寂しい世界を想わせた。
 夢が行き着いた先の、その先の宛てのない世界。
「…あいつ、どこに、いるんだろ…」
 ふと、冬の寒さを感じて。
 俺は身を震わせてコートの襟を寄せながら、小さく呟いた。
 声は、ぽつんと唇から飛び出て、側の看板に弾けて地に落ちて、すぐに消えた。
 その瞬間だった。
 俺に向かって、輝く物体が襲い掛ってきたのは。



「…ッ!」
 不意をつかれて俺は、背後に飛び退ってその物体を避ける。
 姿勢を低くし身構えた所に、ブーメランのような楕円軌道に乗って、再びそれが突進してくる。
 今度は前方に倒れ込んで、俺は一回転すると。
 反撃体勢をとってから。
「…」
 それから、静かに立ち上がった。
 その俺の身体を。
 すうっと物体は、すり抜けていった。
 輝きの残像は、揺らめきを残して、アーチの向こうに消えた。
 俺はその正体を悟る。
 イリュージョン。
 よくよく辺りを見回せば、ペガサス、シードラゴン、フェニックス…といったおとぎ話の中の生き物が、七色の輪郭に彩られて、闇の中を駆け回っているのだった。
 幻想の輝き。
 人工的に作られた、夢の世界。
 幼い頃の俺だったら、きっと手を打って喜んだだろうに。
 戦闘態勢なんか取っちまって、俺は何をピリピリしてるんだ。
 幼い頃は…俺は戦いなんか、知らずに。
 …ただ…去っていくあの男の背中から、抱きしめられた時の上着から。
 その匂いだけを敏感に嗅ぎ取っていた…
 もう、俺は夢の世界には戻ることは叶わないのだろうか。
 俺は、夜空を見上げて、ほうと溜息をつくと。
 また歩き出した。
 ――幼い頃は…?
 もう、向かう場所は解っていた。



 遊園地の最奥、なだらかな丘陵に沿った長い坂を上った先に、それはある。
 大きな観覧車の前で、男は俺を待っていた。



 暗がりに、遠目に、その姿が見えて。
 その時の俺の側には、あの時と同じ姿をした、茂みがあった。
 幼い頃、俺がずっと隠れていた、あの葉の繁り。
 遠い距離の記憶。
 そして今。同じ夜の中で。
 俺は、あの時と同じ場所から、男を見つめていたのだ。
 立ち尽くす。どうしてか、背筋を染みとおる何かが通り抜けて、俺の力を奪う。
 俺の視界の中で、いつだって、何でもない顔をしたあいつ。
 どんな瞬間にも、俺からすべてを隠したつもりになっている、あいつ。
 その内、びゅうと冷たい夜の風が吹いて。
 それでも、あいつは、身動き一つしないのだった。
 風が男の髪を揺らして、頬を打ったけれども、それは風のゆらめきであって息遣いであって、彼自身は決して、息なんかしていないように、生きてなんかいないかのように見えるのだった。
 きっと、俺があの時と同じように側に駆け寄るまで。
 男は、このままずっと身動きしないのだ。



「…ッ…!」
 そう感じた瞬間、身体中に力が蘇って、俺は。
 かすかに躊躇したものの、そんな自分を振り切るように、長い道を駆け出した。
 俺の、一族とは違う黒い髪が、なびいた。
 走る度に、俺とあいつの距離が、狭まっていくのを感じた。
 自分の息遣いが、煩い。
 もう、隠れたりなんか、しない。
 男の顔に落ちる光の陰影は、あの時と同じで、その顔の彫りにあわせて鋭利で、深くて。
 だけど今の俺は、もうその顔を知っている。
 その、酷薄な表情を知っている。
 隠されていた罪悪の顔を、知っている――
 昔、俺は、冷たい風に一人吹かれているマジックを、見ているだけだった。
 風に打たれて冷えていく彼の姿を、見つめること。それだけしかできなかった。
 でも今の俺は、同じ風に吹かれたいと。
 そこから助け出すことはできなくても、せめて冷たさに共に打ちすえられていたいと。
 どうしようもなく思っているのだ。



「ここで待っていれば、来てくれると思っていたよ」
 全速力で走って、はあはあと息を切らしている俺に、マジックは何でもない顔をして言う。
 俺は、キッと男を睨みつけた。
 それでも、相手はこう言うのだ。
「お前は、絶対来てくれるってわかっていたから」
「…チッ」
 何を、いけしゃあしゃあと。
 とりあえず俺は、まず怒らなければと思い立ち、懐から通信文を取り出して側のベンチに放り出す。
「アンタ! これ、どーいうつもりだよッ!」
 しかし依然飄々として、あっさりと返ってくる答え。
「ああ、それ。いやあ、危なかったよ! パパ、一回さらわれたんだけれど、縄を切って逃げてきちゃった」
「うっそつけ――――ッ!!!」
「嘘じゃないんだな、これが。ほら、ここに縛られた痕が」
「あああ? どっ、どこにだよ!」
「ほら、ここ。腕の…」
「見えねえよ」
「ここ。ここだって」
 マジックが袖口をずらして、手首を見せようとするから。
 つい、俺は、どれどれと身を乗り出したら。
「つかまえた!」
「!!!」
 覗き込んだ顔を捉えられて、首に腕を回されて、ぎゅっと抱きつかれてしまった。



 ベンチに座ったままの男に、たよりなく引き寄せられてしまう。
 ばふっと俺の顔は、マジックの胸に押し付けられてしまう。
 俺は叫んだ。
「騙しやがったなあああ!!!」
「はは、まさに愛の手管だねえ、今のは。ああー、パパ、シンちゃんとギュッ!ってできて、幸せ~」
「くっ…俺はシアワセじゃね――ッ! 離しやがれぇぇ!!!」
「暴れない、暴れない。どうどう」
 俺を抱きしめ慣れている相手は、すでに反撃のかわし方も心得たもので、この腕からは逃げることはできないのだと俺はわかっている。
 わかっているけど、身をよじる。これは習性。
 相手もわかっているけど、逃げられたら大変だという素振りをする。これも習性。
 習性で、俺とあいつの関係は、成り立っているようなものだ。
「助けに来てくれて、ありがとう」
 そうウインクしてくる男に、俺は舌を出して答えた。
 …マジックの、香りがする。



 お決まりの諍いがあった後に。
 今夜のマジックは俺を図々しく抱きしめたまま、でもちょっと違って、こんな言葉を囁いてきた。
「…観覧車に、一緒に乗ってくれたら。離してあげる」
 そして大きな円形のそれを、感慨深く見上げている。
 ゆっくりゆっくりと、空を巡る、赤い観覧車。
「あああ?」
 俺は、そう乱暴に返事をしたものの、先刻一人待つマジックの姿を見た瞬間から、この男は観覧車に乗りたいのだろうと気付いていたから、それ以上は続けずに、そのまま身を固くしていた。
 抱きこまれている耳元に、低音が響く。
「観覧車。お前と一緒に、乗りたいなあ」
「…」
 俺は、再びあの日を思い出している。
 戦場から帰ってきたこの男を、観覧車の前でひどく待たせた日。
 幼い俺は、こんな風に同じように、この場所で抱きしめられて、そのまま寝入ってしまったのだ。
 だから、あの日。
 俺たちは観覧車にさえ乗らなかった。
 この男と俺の遊園地は、楽しい事前計画の記憶と、場所の記憶だけで終わった。
 俺を抱きしめている男も、あの日を、俺と同じ過去を思い出しているのだろうか。
 だったらいいと、俺は感じた。
 その瞬間、俺と男とは、確かに同じ何かを共有していた。



 抵抗をやめて。
 そっと睫毛を上げて、俺はマジックを見上げた。
 青い瞳が俺を見下ろして、その薄い唇の端が、わずかに上がって、俺たちは至近距離で見詰め合って、そのまま無言の会話を交わしていた。
 喧嘩する時は、あんなに言葉を交錯させあって、それでも解り合うことはできないというのに。
 こんな時は、いつも静かに目配せするだけで、一瞬だ。
 一瞬で、決まる。
 そして、俺たちは観覧車に乗ることにしたのだ。



 自動錠の音がし、扉は閉まって一つの箱となり、俺たちは閉ざされた空間で息をする。
 中の一枚板の座席に、並んで腰掛ける。
 かたかたと獣が凍えて歯を鳴らすように、観覧車は夜に回り始める。
 暗闇に、頼りない小さな箱が、回転していくその不確かさ。
 大地は遠くなり、無人の遊具たちが眼下に小さくなっていく。
 嵌め込まれた窓ガラスが、俺の息で、白く曇った。
 夜は、暗い。
 目を凝らすとずっと先の方で、遠い山の稜線がおぼろげに浮かんでいるのが見えた。
 闇の海の中に、黄金色に輝く街の灯火、港の明かり、光を連ねる高速道路。
 イルミネーションが一際美しいのは。そうだ、クリスマスが近いから。
 俺はそう思いついて、目を細めた。
 コタローの誕生日が、近いから。



「…あんまり側に寄るな」
「仕方ないでしょ、狭いんだから」
「いや、絶対アンタの方、もっと隙間がある! ずれろよ! くっついてくんなって!」
「もう、この子は細かいことに拘るなあ。いいでしょ、だいたい、だいたいで。ぴとvvv」
「うお――ッ! アンタの『だいたい』は、ぴったり密着状態かぁっ! ああもう!」
「誰も見てない、見てない。私たちだけだよ。ねえ、だから」
 ああ、もう、もう。
 そういう問題じゃ、ないっての。
 それもこれも習性。
 そして…俺の胸に沸き起こるこの感情も、習性。



 俺はマジックといるのは、苦手なのだ。
 肌がざわめく。平静ではいられなくなる。
 いつも、悲しくなる。
 切なくなる。
 自分の一番醜い部分が、暴かれていくような気持ちになる。
 特に、こんな、しんとした空間では。
 必死に築き上げている自分が、崩されていく。
 そのことが…悔しくてならないのだ。
 そんな俺の気持ちなんて知りもせず、マジックは暢気に、俺に言う。
「あれ。シンちゃんったら。黙っちゃった」
「…黙って、悪いかよ」
 図々しい男は、俺の肩に、こつんとその金髪を乗せてきた。
 寄りかかってくる。
「重い! アンタ、重いんだよっ!」
 嬉しそうな白い顔が、至近距離から俺を見つめてくる。
「でもパパ、シンちゃんとこうすると、凄く落ち着くんだ」
「く…っ! い、今だけだからな! 調子に乗んな!」
 俺は、ぷいとソッポを向く。
 …だけど、認めたくないのに。
 苦手なのに――同時に、この男の側では。
 側で目蓋を閉じれば、俺は。
 ひどく、安心してしまうのだ…



 今度は、少し間があって。
「シンちゃんったら。目、つむっちゃった」
 そんな声が聞こえたから。
「つむって、悪いかよ!」
 そう叫んで、ギッと目を開けたら、ここぞとばかりに『ん~』とキス寸前の相手の顔があって、俺は思わず飛びのく。
 暴れる俺、ぎゅうぎゅう近付いてくるマジック、押し返す俺、少し笑っているマジック。
「もーう、シンちゃんったら、きかん坊だなあ! あんまりつれないと、この観覧車、天辺までいったら止めちゃうよ! 24時間密室ラブラブ事件の始まりだね!」
「もっと有益なことに使えよ、そのフザけた超能力っ!」
「さあ、ラブの犯人は誰かな! パパかな? それともシンちゃん?」
「あーうっさいうっさいうっさい! これ乗ったら帰るぞ! いいか、俺ぁ、帰るからなッ!!!」
 狭い箱がきしんで揺れて、はめ込まれた窓ガラスが少し曇って、また何事もなかったかのように観覧車は回る。
 夜の風を張らんで、ゆっくり、ゆっくりと立ち昇っていく。
 やがて静かになった二人は、その振動を感じている。
 再び抱き寄せられて、俺は仏頂面で、そのまま黙っていた。
 腰に手を回されたから、お返しに俺は肘でその手に、ぐいぐい圧力をかける。
 でも相手は、堪えない。
 俺はその顔を見ながら、思った。
 ――共犯じゃねえのか。



 そのままずっと、そうしていた。
 不意に、小さな声が聞こえた。
「…さっきは、ごめんね。お前は忙しいのに、無理を言って」
 珍しいと、俺は驚く。
 マジックが、自分の我侭を反省するなんて。そしてそれを俺に言うなんて。
「ケッ! なーにを今更…明日は季節外れの台風でも来ねえだろーな」
「でも今日は、この場所に…お前と、来たかった」



 マジックがこんな話をするのは、初めてだった。
「ずっと昔のこと、お前が生まれる前のことだよ。私が幼い頃…よく家族で、この遊園地に来たんだ。忙しい父と来たのは一度きりだったけど、それからすっかり気に入ったハーレムやサービスが、何かにつけて行きたがってね。だから幼い私たちは、兄弟の誕生日毎に、遊園地に来ていた」
 マジックの父親――つまり俺の祖父にあたる人――が亡くなったのは、彼がごく幼い頃だという事実は、勿論知っていた。
 そしてその幼いまま、おそらく男は総帥となった。
 俺が今、ずっと年長の俺が今、苦しみ悩んでいる責務を、幼い身で男はこなしていた。
「…年の初めに、双子の誕生日、年の半ばに、ルーザーの誕生日、年の終わりに、私の誕生日…」
 歌うように、男は呟いた。
「その儀式も、父が亡くなって、あっさりと終わった。それから長い年月が経って…今度は幼いお前の誕生日に、この場所に来たんだったね」
「…ああ」
「あの時、あんなにお前も私も楽しみにしていたのに。何も乗ることができずに、それっきりになってしまっていた。それが、ずっと…気になっていたよ」
 俺も、とは言えなかった。
「だから、一つの区切りがついた今…昔来た、誕生日の日にね。お前と一緒に、この場所に来たかったのさ」



 男の話を聞いて、何でもない顔をしながら、俺は。
 心の奥で、衝撃を受けている自分を、感じていた。
 マジックにとって、この遊園地は、俺の関係ない思い出の住む、特別な場所であったのだ。
 マジックの愛する父親、幼い頃の兄弟たち、その他たくさんの、俺の手の届かない過去たちの住む場所。
 自分と遊園地に行った時も、この男は別のことを考え、別のものを見ていたのだろうと思うと、俺は悔しくなる。
 側にいる人には俺がどうやっても追いつけない過去があって、絶対に同じものを見ることができない。
 そして今も。
 さっきは、確かに俺たちは、同じ想いを共有していると感じていたのに。
 また、遠くなる――



「ねえ、シンちゃん」
 俺の想いを他所に、声は囁き続ける。
「お願い、パパを甘えさせてよ」
 俺は、ちらりと相手の顔を見た。
 その青い瞳は、うっとりしたまなざしで、俺を見つめてくるのだった。
 熱い色。
 この熱は、俺だけに向けられているのだろうか。
「…私のこと…好きになってよ」
「…」
「いつも、ごめんね。でも…私はお前に子供扱いされたいんだと、思う。『バカヤロー!』って、怒られたい。誰も私を怒ってくれる人なんて、ずっと…ずっと、長い間、いなかったよ。お前に出会うまで」
「…バカ」
「そう。そうやって、怒られないと…私は、また道を間違えてしまうのだと思う…」
「脅迫かよ」
「ああ、その通りかもしれないね。脅迫だって何だってして、私はお前に怒られたい」
 男は息を止めた。
 それから微かに息を吐いて、俺の首筋に、その息がかかった。
 俺の肌は緊張して、次の相手の言葉を待つ。
 その言葉は、闇に溶け込んでいくような甘い響きを含んでいるのだった。
「私はお前に、側にいて欲しい」



 答えない俺に、男は言葉を続けた。
 かたかたと揺れる観覧車の音に、沈んでいくようなその声。
 幼い頃、いつも眠る前に耳元で囁かれていた、その声。
 ――こんな話があるよ。
 不思議な回転木馬の話さ。
 回転木馬が一周する度に、木馬に乗った少年は年を取っていくのさ。
 逆に回転すれば、一つ若返る。そんな、夢の世界の話を、お前は知っている…?
「観覧車でも、同じことが起きたら、素敵だと思わないかい」
 俺は、男を見つめた。
「観覧車が一つ回る度に、私は一つ若返って、お前に近付いていくとしたら」
 …回り巡って、私は子供になりたい。
 幼い子供に戻って、お前に抱きしめて貰いたい。
 幼い頃から、私はずっとお前に会いたかった。
 寂しい時、こんな風に側にいてほしかった。
 だから、今。
 私を抱きしめて。
 そうしたら…後で、私もお前を抱きしめ返してあげるから。
 お前といるとね。お前は私を子供っぽいと言うけれども。
 私はいつも、やり直しているのだと思う。
 失われた、子供時代を。



「大丈夫」
 何故か。
 そんな言葉が、俺の口から、飛び出していた。
 夜を巡る観覧車。
 この観覧車が一つ回れば。
 俺はこの男へと一つ近付くことができるとしたら。
 …回り巡って、俺は。アンタの場所へと、近付きたい…
「アンタはきっと幸せになる」
 アンタが、幸せになったら。
 そうしたら…
「…そうしたら…きっと俺も、幸せになる…」



 いつの間にか、外には粉雪が待っていた。
 空高く白い花弁は舞って、12月の夜を華やかに描く。
 白と黒と輝きの世界。
 俺の夢の世界は、今、ここにある。
 夢の世界は、失われてはいない。
 ひとつひとつ、やり直して、新しく作り上げていくものなのだろうと、思う。
「…きっとクリスマスは、ホワイトクリスマスだね」
 窓の外を、眺めていたら。
 マジックがそう言うから。
 俺は、黙って次の相手の言葉を待った。
 そんな俺を見つめて、男は、微笑んで言った。
「コタローの誕生日には。きっと美しい銀世界が広がっているね。世界は、あの子が目覚めるのを待っている。私も、お前も、そして家族も…あの子を待っているんだ」



 俺は、初めて自分から、相手に身を寄せた。
 金髪の頭に手をあてて、強く引き寄せる。
 胸元に、男を抱きしめた。
 そして囁き返す。
「…アンタ、もう…何かを奪う生活なんて、やめろよ」
 相手は、俺の胸の鼓動を聞いているのだと思う。
 この男の、あの血を思わせる赤い軍服は、今は俺が身に着けている。
 この男の代わりに、身に着けている。
 アンタから、引き受けた…業の象徴。
「何かを奪う生活より…何かを生み出す生活、しろよ」
 破壊から、再生をめざすために。
 夜の狭間から、俺の腕の中から、声がした。
「シンタロー。『何か』なんて曖昧に言わないで」
 俺は息をつく。
 観覧車が回る。
「愛でしょ。私は愛を生み出す人になりたい」



 ――私はいつも、やり直しているよ。
 また、声が聞こえた。
 ――すべてを、ね。
 いつもいつも、私たちは喧嘩しては、やり直しだね。
 繰り返している。
 そしてそのことが、私には嬉しい。
「私は、お前の手で、生まれ変わりたい」



 ――本当は観覧車になんか、乗らなくったって。
 ――お前といれば、私は。
 ねえ、シンタロー。
 私と一緒に、いてくれる?
 そうすれば、それが新しい私の誕生日になる。
 静かな問いかけと共に、男の手がそっと近付いてきて、俺の頬に優しく触れた。
 俺は目を閉じたのだけれど、同時に自分の肌が、びくりと驚きに震えたのを感じていた。
 俺の腕と腰とに挟まれていたせいか、マジックの手は、ひどく熱かった。
 あの時、冷たくなっていた、その過去の手が。
 ああ、この男の身体を熱くしたのは、俺なのだなと。
 その時、俺は、再び悟ったのだ。


mdm
幼い頃から親父に抱かれて、当時の俺はお袋がいると思っていたのに、親父に抱かれるのを不思議とおかしいと感じた事がなかった。
一族の秘密、自分自身の秘密、秘石の秘密、解ったのはあの南国の島。
その時解った。
何故俺は親父に抱かれるのがおかしいと感じなかったのか。
俺は体こそ青だったが、見た目と魂は極限まで赤だったから。
だからきっと俺は親父にとてつもない渇望感を抱いていて。
赤と青は磁石のS極とM極のように離れられない存在で反発しあう。
きっとそのせいもあって、俺は親父に反発しながらも結局は離れる事ができないのだ。










「アイツ、今どこにいンの。」
遅めの夕飯をグンマとキンタロー、そして自分で取りながら聞いたのは、マジックがファンクラブイベントに行って3日が過ぎた頃だった。
初日はマジックの事に触れないように過ごし、二日目は触れたいのだが触れられない状態。
そして三日目でやっと声を出して二人に聞けた。
「叔父貴は確か日本に行ったらしいぞ。日本といえば小さな島国だが、その文明は少し変わっていて、男はスーツにチョンマゲを結い、刀を脇にさし、24時間寝ないで働くらしい。」
「流石ジャパニーズビジネスマンだよねぇ~!」
シンタローの問い掛けに答えたのはスーツに身を包んだ紳士、キンタロー。
彼はまだ色々なものを経験した事がない為、知識に頼ろうとする傾向が強い。
後からあいずちを打つ少年のようなこの男は過保護な保護者に育てられた為、世間一般をよく知らない。
「そんな国あるかッツ!!そりゃ偏見だ!」
とりあえずツッコミを入れておいて、シンタローは又箸を動かした。
今日の御飯は白飯に肉じゃが、お吸い物に漬物だ。
グンマだけはお吸い物ではなく、コーンスープを飲んでいる。
「叔父貴は日本だ。シンタロー。いいか、叔父貴は日ほ…」
「二度言わんでよーし!」
何だか何度もマジックの話を持ち出されると照れてしまう。
自分から話を降って置いて、だ。
「ねぇ、シンちゃん。こんな事言うのもなんだけどさぁ、おとーさまの前でそーゆう可愛らしい事しなよ。おとーさま居なくて淋しいんでしょ?」
コーンスープを啜りながらグンマが言う。
グンマは普段ぼぉっとしているように見られがちだが、洞察力が鋭い。
たまにドキッ!とするような核心にピンポイントの事を言う。

今回の事でもそうだ。
ただ単に息子が父親の行き先を聞いただけ。
普通の事だ。
それでも三日という期間、それが普通を装う為の適当な時間だということを見抜き、それを自分達の前で言った事、それが淋しさからだと瞬時に悟っていた。
核心に触れられ、シンタローはぐ、と言葉を詰まらせる。
「ウサギじゃねぇっつーの。その位で」
淋しくなんてねーヨ。
続けては言わなかったがニュアンスでグンマは感じたらしい。
しかし顔は「ふぅん」と言った所。
ムッとしてゲンコツを頭にガツン!と食らわせる。
「いたーい!ぶわぁあぁぁん!シンちゃんがぶったー!キンちゃぁあん!」
流石、拳で語るのは早い。
キンタローに泣き付くグンマにシンタローは舌を出した。
「シンタロー、いきなり暴力はいけないぞ。いいか、人と言うのはだな、そもそも人、という字は支え合っているだろう。人とは支え合って生きていくものなのだ。そして…」
「はーいはいはいごちそーさん!早く食っちまえ!後片付けしてやンねーぞ!」
まだ何か付けたそうとしたキンタローの言葉を遮って、シンタローは食器をガチャガチャと片付け始めた。
逃げたな。と、二人は思ったが、結局の所この二人は上手くいっているのだから口だしする事もないか、と、二人は談笑しながら箸を進めていく。
洗い物をしながらシンタローは考える。
ほら、良く言うじゃねーか、“二番目に好きな人と結婚すると幸せになれる”って。
そんな事言われても俺には二番目なんて居ないし。
一番しか知らない。
アイツはどうなんだろうと考える。
俺はマジックしか知らないけれど。
アイツは過去に俺以外がそのポジションに居た。
ミツヤという同じ一族と、美貌の叔父の恋人ジャン。
本当は不本意なのかもしれない。
俺じゃないどちらかの方が本当は…恋人に留めておきたかったんじゃねぇの。
ミツヤがルーザー叔父さんを殺人鬼にしたてあげなければ。
ジャンがサービス叔父さんの恋人じゃなければ。
きっとどちらかを恋人にして、俺に「母さん」と呼ばせて喜んでいたのかもしれない。
ゾッ。
鳥肌が立った。
それを幼い自分は難無く受け入れたであろう。
そう考えると寒気がする。
しかし、そうなっても全く不思議はなかったのだ。
自分が今、このポジションに居るのはかなり複雑な運命が作り上げたもの。



ああ、これはかなり重傷かもナ。
俺の方がが確実にマジックを好きだって事実を突き付けられた気がする。
シンタローは頭を振った。
なんで今日はこうも次から次へと暗い思考回路になってしまうのだろう。
高々三日アイツに会ってないだけなのに。
「……ちゃん、シンちゃんッツ!」
は、と、現実に一気に引き戻された。
「大丈夫…?顔色悪いよ?」
さっき殴られたにも関わらず、心配そうにシンタローを覗き込むグンマ。
「顔面蒼白だぞ。」
無表情ではあるが、キンタローも心配そうにシンタローを見ていた。
「大丈夫だ…。」
笑ってはみたものの上手く笑えていなかったらしく、二人の顔は心配そうにずっとシンタローを見ていた。
「今日は僕たちが洗い物するよぉ~。」
「うむ。シンタロー、お前は少し休んだ方がいい。」
そう言ってくれたのだが、「いいって。早く皿置いて寝ろ。疲れてンだろ?明日から開発がんばれよナ!」
それだけ言ってさっさと二人の皿を取り上げてしまう。
無理矢理歌っている楽しい短調の鼻歌は、何故か悲しい音楽に聞こえた。









洗い物を終えて、シャワーを浴びる。
考えるのは先程の続き。
この不安を打ち消す事ができるのは今日本に居るマジックだけで。
熱いお湯を頭から流し、お湯に打たれる。
流れるお湯は熱いのに心は冷たく冷え切っていて。
どんなに頑張っても熱くはならないから。
「早く帰って来いヨ。」
ぽつりと漏らした言葉がお湯と共に流れていってしまったので、又少し寂しくなった。
日本でファンクラブなんか開いて。
浮気なんかしてるんじゃねーだろーナ。
考えが重い女になってきて、これじゃいけないと頭ではわかっているのに体が勝手に動く。
手が勝手にコルクを回してお湯を止め、バスタオルを腰に巻き付け携帯を握る。
押すのは既に登録してある番号“親父”。
トゥルル…機械の呼び出し音が耳に当たる。
三回目のコールでガチャ、と電話が取られた。
『もしもぉーし!シンちゃんッッ!!何々?どうしたの?お前から電話があって、パパすっごーくうれしいよ!』
喜々としたマジックの声が電話ごしに聞こえる。
「…………。」
『?シンちゃん?どうしたの?具合悪いの?』
シンタローが何も話さないと、不安らしい。
何度も何度も受話器ごしに心配そうなマジックがどいしたのか聞いてくる。
「イマスグキテ。」
がちゃん。

それだけ言うと、シンタローは受話器を切ってしまった。
「はぁああぁ~…!」
その後深い溜息をついて、シンタローはその場にしゃがみこんだ。
俺はなんつー事を……!
恥ずかしい恥ずかしい!
しかし、どこかスッキリした自分もいる。
久しぶり…といっても三日ぶりなだけなのだが、マジックの声を聞いてなんだか少し落ち着いた気がする。
シンタローは髪を拭きながら思った。
電話はかかってこない。
今何処にいて、何をしているんだろう。
センチメンタルなのは相変わらず抜けきれていないが、そう考えずにはいられなくて。
髪を乾かして大きなベッドに俯せでねっころがる。
黒い髪がシーツに映えた。
もう寝よう。
シンタローは思う。
過去は過去なのだ。
今、とりあえずかもしれないがマジックが選んだのは自分。
星の数程居る人間から俺を選んだのは紛れも無い事実。
もし、この場にミツヤ、ジャン、自分の三人しか居なくて自分が選ばれなかったとしても、今はミツヤとジャンは居ない。
例え繰り上がりでもいいじゃねぇか。
嫌だけど、それでもいい。
人間欲持つとロクな事になりゃしねぇ。
目を閉じて睡魔に身を任せると、部屋のドアが開いた。
部屋は寝る為に既に真っ暗闇で、シンタローは闇に溶け込んでいた。
「シンタロー。」
心臓が跳ね上がる。
その懐かしい声に耳を疑った。
がば、とベッドから起き上がると、光の差し込むドアからマジックが立っていて。
「すぐに来たよ。シンタロー。」
暗闇に居たせいで眩しさのせいでしかめっつらをしていると、それを察したマジックがドアを締めた。
「シンちゃんがあんまりにも可愛い事言うから。」
パパ、シンちゃんにメロメロなんだから。本当だよ。証明しただろう?
ツカツカとシンタローの側まで言って抱きしめる。
きゅう、と、抱きしめるとシンタローからは石鹸の香、マジックからは香水の匂いが。
「シンちゃん、今日はパパと一緒に寝ようか。」
「は?や…」
だ。の言葉はマジックの唇によって封じられてしまう。
そのキスはいつもと同じように心地いいもので。
それがはたして自分に向けられるべきでない愛情だったとしても、その愛情は確実に自分に向けられているものだから。
「何処に居て、何してたの。」
唇を離した時シンタローがそう言ってきた。
「日本でファンクラブイベントを開催してたんだよ。」

「何で俺に一言言っていかねぇの。グンマは知ってたのに。本当の息子じゃねぇから?」
「まさか。シンちゃん忙しいみたいだったし。邪魔になりたくなかったんだよ。……もしかしてずっとそう感じてた?」
卑怯にも、マジックが自分の言葉を否定すると知っていて聞いた。
それに、そんな事思ってなかったから頭を左右に振って否定の意を込める。
「そう…よかった。」
ふわり、笑う。
その笑顔が余りにも優しかったので、その顔に指を宛ててみた。
シャープな顎をなぞってみる。
「どうしたの、シンちゃん。」
そう聞いてもシンタローはマジックの顔を撫で続ける。
何も言わないで、まるでマジックがここに居る事を確かめるかのように。
シンタローが何も言わないで、ひたすら自分の顔を撫で続けているので、マジックもそれにならい何も言葉を発しなかった。
それはほんの数秒だったのだが、シンタローもマジックもとても長い時間のように感じて。
ややあってシンタローが口を開く。
「ミツヤとジャンと俺、誰が本当は1番好きなの。」
マジックは驚いた顔をした。
驚愕とかそんな事、絶対に顔に出さないマジックが、だ。
「……答えらンねぇ?」
「いや……。」
「言っとくけど、嘘は、なしな。」
「ああ…解っているよ。」
そう言ってシンタローの髪をすく。
マジックの指から黒い髪がサラサラと流れ落ちた。
「シンタロー。私はやはりお前を選ぶよ。」
それが例え嘘で塗り固められていた言葉だとしても。
息子に手を出した責任だとしても。
そう言葉に出した以上。
父さん、もう後戻りはできないんだぜ?
「まぁ、今更キャンセルされても困るけどナ。」
アンタが居たから俺は今まで誰とも特別な感情を持たなかったし、誰とも寝なかった。
純潔を守り通し、アンタだけを見てきた。
アンタは違うかもしれないが、俺はもうアンタしか見られない。
例えアンタがこの先、俺以外を好きになったとしても。
俺はこの道を引き返せないし、新しく別の人をアンタのように愛す事はできないだろう。
そうしてきたのはきっとアンタと俺自身。
甘んじて思う。
アンタはきっと手に入れられないものに渇望するタイプだ。
始めから手に入ってしまっている俺にはきっと焦がれないだろう。
だから俺はアンタに“愛している”の言葉は死んでも言わない。
死んでからあの世で言ってやろうと思う。
きっと俺達は地獄に落ちるから。

そうすれば地獄も少しは楽しくなるンじゃねぇの?
「キャンセルなんてしないよ。してなんて、やらない。お前が私以外の人を好きになったらそいつを殺すよ。例え誰であっても。」
秘石眼がキラリと光った。
不覚にもときめいてしまって。
例えそのときめきは一般常識から考えて最もいけない事だと知りつつも。
「シンちゃんは、私の事好きかい?」
「言わない。」
即答で答えるとマジックは困ったように笑った。
「ずるいな。私には言わせておいて。」
「嘘を言える自信がないから。」
嫌いとは言えないという意味でシンタローは言ったのだが、マジックは好きとは言えないという意味だと勘違いして。
もう一度苦笑いを浮かべて「酷いな」と言った。
勘違いしてるとシンタローも解ったのだが、あえてそれを訂正すまいと思う。
「私はこんなにもお前を愛しているのにね。お前はいつも素知らぬ顔さ。」
愛おしそうに唇にキスをする。
「それでもお前から抜け出せないんだ。重傷だろう?」
好きだ、と、愛してる、と、何百回、何万回言っても言ってもお前にちっとも伝わっていない気がするよ。
そう付け加えて又シンタローを抱きしめる。
だからシンタローはある一言だけ、この愛する人に現世で言える最高級の言葉を言ってあげる。
「浮気だけはよせよ。」











終わり





mq3
今のマジックが例え未来のマジックではないとしても、好きな人には代わりはない。
それでも心は嫌だった。
他人ではない。本人であるが、自分が好きなマジックとは違う。
歳も、顔も、声さえも。
面影は残されてはいるが、シンタローにとっての今の行為は無理矢理以外の何物でもなく。
「や、めろ!」
それでも涙を見せないのは彼のプライドのせいか、それとも…。
「そうやって逃げまどってくれて構わないよ。君にそうされると、私は酷く興奮する。君以外がそんな事をしたら私はソイツを有無を言わさず殺すだろうけどね。」
ゾッとするような綺麗な笑顔。
整い過ぎているからだけじゃない、既に人殺し集団のトップに立ち、数えきれない程の人を殺してきた男の顔。
未来のマジックは決して自分の前でそんな顔はしなかった。
隠そうと必死だったのに。
「おや、シンタロー君。さっきの威勢はどうしたの?」
楽しそうにクスクス笑いながら、顔面蒼白のシンタローの頬にキスを落とす。
怖くて体が動かなくなってしまったようで。
シンタローはどうにか動かそうと必死に力を入れるが上手くはいかなかった。
「そんな君も可愛いよ。」
布ごしに触っていた指を止めて、ズボンのチャックに手をかける。
ジィィィ…とチャックの開く音が無音の部屋の中やけに響いた。
無遠慮にズボンと下着を脱がせ、調ったシンタローのフトモモにキスを落としてから、外気に表になった性器に指を絡める。
「ひゃぁ、あッッ!」
ビク、と体がまた反応する。
怖くて堪らないのに自分のは元気良く勃ちあがっていて。
シンタローは唇を噛み締めた。
「怖いのに勃ちあがらせて…シンタロー君はマゾヒズムなのかな?酷くされるのが好きなんだね。」
シンタローはギッ!とマジックを睨む。
でも、そのほてった体と上気した頬で睨まれても、マジックにとってそれは誘ってるようにしか見えない。「こ、の!変態やろぉ!!」
「………まだそんな口を聞くんだね。これは少々手荒なお仕置きが必要かな?」
「何、ひ、や、ぁああっ!!」
マジックが手荒にシンタローの性器を上下に擦り上げる。
ぐちゅぐちゅといやらしい音と共に白濁の液がマジックの手を汚す。
「シンタロー君、凄くそそるよ。君のその顔。」
「や、ふ、ぁあ!や、やめて!…ンンッッ」
マジックの手を両手で押さえるが、マジックの動きが止まる事はなかった。

「先に一回イッておくといい。」
羞恥にまみれ、汗が額に浮き出るシンタローにマジックは耳元でそう呟く。
そして、激しく上下に擦りあげるのだ。
シンタローの止めて欲しいという言葉も聞かず。
「ンン!ぁ、あ、ああっ!!」
ビュル、とシンタローの性器から白濁の液が勢い良く飛び散り、マジックの手と、シンタローの腹を汚す。「ン、は、あ、あ」
瞳を潤ませ肩で息をするシンタロー。
余韻に体を震わせ、ぼぉ、とマジックを見た。
マジックは心底楽しそうな顔をして、シンタローを見ている。
「随分出したね、シンタロー君。」
シンタローので汚れた手の平をマジックは赤い己の舌先でペロ、と嘗める。
その光景を見て、シンタローはカァ、と赤くなった。
でも、シンタローにはどうする事もできない。
強制的に出す事になった己の液体。
嫌だったのに感じてしまった自分にシンタローはゾッとした。
そして同時に罪悪感がシンタローを襲う。
俺は一体何をしてしまったんだろう。
これは裏切り行為以外の何ものでもない。

俺は未来のマジックを裏切ったんだ。

そう理解した瞬間、今まで堪えていた涙が一気にドバッと溢れ出た。
「シ、シンタロー君!?」
マジックが焦りの声を上げる。
泣かせたかった訳じゃないのに。
私は唯、シンタロー君に恋をして。
だから抱きたくなったし、自分の気持ちをシンタロー君に解って貰う為に抱こうとしたのに。
どうやって他人を愛すかなんて、どうすれば伝わるかなんて私には解らない。
私は今まで他人を愛した事がない。
シンタロー君、じゃあどうすれば良かったの。
どうすれば君は私に振り向いてくれたの。
「大ッッ嫌いだ…アンタなんか。最低だ。お前の顔は見たくない。ぶっ殺されたくなかったら出ていけ!」
泣きながらマジックを睨み付け、喚き散らす。
そして、枕をマジックの顔面に投げ付けた。
ぼすん!と音がする。
避けられただろうにマジックはそれをしなかった。
甘受をあえてして、泣きそうな顔でシンタローを見る。
「出ていけ!出て行けよ!!」
大泣きをして、布団を被るが、マジックはそこからどこうとはしなかった。
辺りはシーンと再び静まりかえり、シンタローの鳴咽だけがくぐもりながらも聞こえた。
「ごめん…なさい。」
布団ごしにマジックの温かい体温と、謝りの言葉が降ってきた。

鳴咽の音がする部屋の中、マジックは力を強めて布団ごしに抱きしめる。
「ごめん、ごめんね、シンタロー君。」
すると、モゾモゾとシンタローが動き、顔を出した。腫れ上がった瞼に、充血した瞳。
必死に堪えた事が伺える切れた唇の端っこ。
シンタローが顔を出してくれた事に安堵の笑みを初めは漏らしていたマジックだったが、シンタローの顔を見て愕然とした。
こんな顔にしたのは、他ならない自分で。
シンタローは俯きながらも体をマジックに向ける。
よれた上着には先程の情事の跡が色濃く残り、頬には涙の跡が伺えた。
「――ッッ」
マジックは何と言葉をかけていいのか解らない。
会った時とは全く異なる覇気のない顔。
そうさせた卑劣漢は自分。
シンタローは何も言わないマジックを置いて、フラフラとバスルームに向かう。
立ち上がった瞬間マジックの目の前に飛び込んだシンタローの痛々しい下半身。
マジックは唇をキュッと強く結んだ。
ガラス張りの浴槽の前の脱衣所で、布の擦れる音が聞こえ、しばらく経ち、ガラガラとドアを開ける音が聞こえる。
シンタローがバスルームに入ったのだと、ガラス張りのバスルームに顔を向けると、ジャ、と、ブランドが閉まり、シャワーの音が聞こえた。
「ふ、う、グズッ…」
シャワーの音と共に聞こえるシンタローの鳴咽。
どうにかしなければ。
シンタローの悲しい顔は見たくない。
まさかこんな事になるなんて。
許して貰えなくてもいいから、ちゃんと誠意を見せよう。
そんな考えをする新たな自分にマジックはハッとした。
そんな事今まで考えた事すらなかった。
一方のシンタローは、ゴシゴシと体を擦っている。
洗うものがスポンジしかないのだけれど、それでも赤くなるまで。
綺麗にしなきゃ。
親父以外の男に触られた所全部。
汚くなってしまった所全部。
涙は止めようもなくて、ぼたぼた落ちる大粒の涙とシャワーの小雨の中、シンタローは必死で洗う。
洗った所で本当の綺麗には戻れないのに、それでも何かしないと狂ってしまいそうで。
ガラガラ、ドアの開く音がして、シンタローはバッ!とそちらを見た。
マジックが裸体でペタペタとこちらへ歩いてくる。
逃げようと思ったが体が言う事をきかない。
どうしよう。
そう考えてた瞬間、マジックに抱きしめられた。
この温かさは知っている。
子供の頃から優しかったあの温かさと同じだ。

「うわぁあああ!!」
タガが外れたように、シンタローは泣き始めた。
バスルームの中、子供のように大声をあげて。
マジックにしがみつき涙を流す。
それをマジックは優しく受け止め、シンタローの頭をさすった。
しばらく泣きわめき、すっきりしたのか、シンタローはバツが悪そうに顔を伏せていた。
「シンタロー君、君には好きな人が居るんだね。」
ぽつり、マジックが呟いた。
抱きしめられている形だったので、顔を見る事は出来なかったが、その声色は先程までとは打って変わって、酷く弱々しいものだった。
「そうだ。」
シンタローが肯定の言葉を吐いたので、マジックは瞼をきつく閉じる。
自分は傷つく立場ではない。
一番傷ついているのは他でもない目の前に居るその人で。
それでも心に突き刺さるその肯定文は、マジックにはどうする事も出来ない見えない刃となって深く突き刺さる。

「俺の恋人は…未来のアンタだ。」
は、と、目を見開く。
今言われた言葉をもう一度脳内で重複させ、聞き間違いではなかったか再確認をする。
「それ、本当かい?」
「ああ。」
恐る恐る尋ねるが、シンタローは即答する。
「いつ頃から?」
「………俺についての質問はしないっていう約束だ。」
「ああ。」
そうだったね。
マジックは深い息を吐いた。
ん?でも、待って。
「じゃあ何でさっきあんなに泣いたの?!私が恋人ならいいじゃないか!!」
「ああん!?ふざけんな!!テメーじゃねーんだよ!!未来のお前なの!今じゃねーんだヨ!!」
がば、と、体を離し怒鳴り付ける。
同じ私じゃないか。
マジックは呆れ顔でシンタローを見た。
彼は随分面倒臭い性格のようだと、マジックは思う。
「ああ、そう。何だか私はどっと疲れが出たよ…。」
「はぁ!?アンタは罪悪感とかねーのか!」
「あるよ!ああ、あるね!!本気で悪いと思ったよ!!何て事をしてしまったんだとね!でも、結局私なんだろう?君の恋人は!未来だろうが今だろうが私は私!マジックだよ!!」
あ。
何だかそう言われ気付いた。
胸に絡み付くもやもやとかが一気に快晴になったそんな気持ち。
そうだよな。
未来だろうが今だろうがコイツは俺の親父。
それは変わらない。
「アンタって、本当解りやすい性格。」
まだ腫れている瞼を緩めて笑ってやれば、マジックも優しい笑顔になって。
「君だけにね。」
と、呟くのだった。


本当アンタって奴は昔からちっとも変わってなかったんだな、と、シンタローは思う。
俺が小さい時からアンタは俺を甘やかせて、愛して、可愛がって。
そして沢山の色んな愛情を俺に惜しみなく注いでくれた。
「シンタロー君。もう一度君を抱きたい。今度は無理矢理じゃなく君の恋人として。」
肌と肌の温もりが二人を包む中、マジックが真剣な面持ちで言う。
シンタローは鼻で笑い、又上から目線に切り替える。
「却下だ却下!」
「そっか、それならしょうがないね。」
眉を潜めて笑うマジックの頭をグリグリとシンタローは撫でてやる。
「俺の恋人は俺の事を君付けで呼ばねーんだヨ。」
フン、と鼻息を吐いてそっぽを向くが、顔は赤くなっている。
そんなシンタローを見て、マジックも釣られて赤くなるのだった。
言葉の意味を理解したマジックはもう一度シンタローを力強く抱きしめる。
そして、先程とは異なる優しいキスをシンタローのぷくりとした唇に落とすのだった。
シンタローも又抵抗しなく、すんなりマジックを受け入れてくれて。
嬉しさの余り口元が緩む。
「ありがとう。」
ぽつり呟かれたので、シンタローはマジックに身を任せるのだった。










「ア、アンタなぁ…」
息も絶え絶えにシンタローがマジックを睨み付ける。
マジックは困ったように笑いながら、繋がっている部分を抜こうとはしない。
「ゴメン、シンタロー。」
「もう一回っていうのは一回だけの事を言うんだよ!!」
シンタローが怒るのも無理はない。
今現在、既に3ラウンド位は確実に終わっていて。
シンタローの体にはマジックの付けた後が点々としている。
「だって、納まりそうにないんだもの。」
そう言って、又動きを再開させる。
中に出された白濁の液が、シンタローの蕾からテラテラと溢れ出してきているので、そこに空気が加わり、ぐぷぐぷと淫乱な音を出す。
「ひゃ、あ、あ!」
50代でも現役で絶倫のマジックが20代なのである。
当然と言えば当然なのだが。
「ああ!あぅ!も、俺がムリ…ッッ!!」
腰をガッチリ持たれているせいで逃げるに逃げられない。
しかも、何度もしているうちにシンタローの良い所をピンポイントで貫くのだ。
びく、びく、と痙攣を起こし、下半身はガクガク震えている。
「でも、気持ちいいでしょう?シンタロー。」
「バッ…!!し、ねッッ!!」

肩で息をするシンタローを宥めるように、マジックはシンタローの額にちゅ、ちゅ、と優しいキスを落とした。
「ひ、あ、あ、あう…」
「ふふ、可愛いネ、シンタロー。」
そう言うのは無理もなく。
シンタローの足はマジックの足を絡みつけていて。
より中のより深い所にマジックを入れさせようという無意識の行為。
「ん、んん」
「声、我慢しなくていいんだよ。」
シンタローの声が聞きたいとマジックは言うが、やっぱり恥ずかしくて。
混沌とした意識の中でもまだ羞恥心は断片的に残っているらしい。
イヤイヤするように頭を振ってはみるものの、快楽から逃れられるはずもなく。
「ふ、ひゃ、あ、あああああ!」
ぎゅ、とマジックに抱き着き何度目かの放出をする。
白濁の己の液体が腹にかかり、トロリと滑り落ちる。
体をビクビク痙攣させ、手の平を口元に持っていく。半分目を開き、溢れ出した涙をそのままに。
数回腰を打ち付けられて、一際大きくなったマジック自身から熱い液体が体の中に注入され、マジック自身を抜き出す。
「ひ、あ、つぅ…」
シンタローはマジックを受け入れた。
今度はマジックがシンタローをきつく抱きしめる。
余裕たっぷりだったマジックの眉が少し歪み、シンタローは少ししてやったりと思うのだった。
荒い息継ぎの中、流石にシンタローは頭が朦朧としはじめた。
マジックは疲れていないのだろうか。
シンタローは慣れない総帥業務での疲れがどっと押し寄せてこられて。
べとべとの体では良くないと理解しつつも、睡魔と重い瞼にあがらえなくなり、そっと瞳を閉じた。
「シンタロー、眠ってしまったのかい?」
遠くでマジックの声が聞こえる。
「おやすみ、シンタロー。早く未来の君に会いたいよ。」
柔らかい声でマジックは呟き、備え付けのバスタオルでシンタロー体を拭く。
目に着いた自分が付けた跡に思わず頬がにやけた。
体を丁寧に拭いた後、柔らかい布団をシンタローにかけてやるのだった。









マジックが目を覚ますと、隣に居たはずのシンタローの姿は何処にもなく、場所も二人で泊まったあのホテルではなく、見慣れた自宅の自室。
外を見ると、まだ暗く、夜明けすら来ていない。
「兄さん、あんな所で何をなさってたんですか?随分探しましたよ。連絡も来ないですし。」
声のする方を見ると、困り顔の弟ルーザーが自分を見ていた。

一瞬戸惑う。
シンタローは自分の夢の中の人物だったのだろうかと。
でも、体に微かに残る体温と、優しくなれた心。
凍てついた自分を溶かしてくれた、そんな気持ち。
夢でも良かったじゃないか。
シンタローに会えたのだから。
「そういえば兄さん。」
思い出したかのようにルーザーが話し掛ける。
「なんだい?」
「シンタロー君はどうなさったのですか?」
マジックは目を見開いた。
ルーザーが知っていると言う事は、夢ではない。
そう、夢でも、妄想でもなかったんだ。
「結局、彼は何者だったんですか?」
「さぁね。」
マジックは微笑む。
今までにないほど柔らかい笑顔で。

「彼については私だけの秘密だ。」













「あんだったんだ…」
目が覚めると自分は総帥室の前に座って寝ていた。
今度は昔付けた古傷などか克明に刻まれている壁。
戻ってきたのだと再確認した。
夢だったのかもしれない。
だけど妙にリアルで。
シンタローはとりあえず家に帰ろうと立ち上がる。
「シンちゃ~ん!!」
遠くからハートを振り撒いてマジックがかけてくる。
その年齢が、ちゃんと自分の父の年齢でシンタローはハッキリ理解した。
俺は戻ってきたんだ。
すぐにシンタローの側迄かけてきて、シンタローを抱きしめる。
何時もならぶっ飛ばされるのに、されるがままになっているシンタローにマジックは訝しげに思い、シンタローを確認した。
そこでマジックは目が点になる。
シンタローの胸元には見覚えのない赤い跡。
震える指を指して、マジックは引き攣り気味。
「シ、シンちゃん、何ソレ!パパ、そんなの付けた覚えないよ!!」
「あ~ん?ホントにねーの?」
「ないよ!ないない!」
シンちゃん浮気したの!?
そう聞きたくても聞けない顔をしている。
あのマジックがここまで解りやすく顔に出す事がシンタローにはとても新鮮で。シンタローは口の端を軽く上げる。
「30年位前にも、ねーか?」
「あ」
思い出したかのようにマジックの動きが止まる。
そして、柔らかい笑顔をシンタローに向けたのだった。










終わり
mq2
驚いて顔を上に向けると、満面の笑みのマジックとかちあう。
シンタローは暴れて逃げようとするが、マジックが耳元で一言。
「余り動かない方がいい。私たちは少し目立ち過ぎている、そうは思わないかい?」
そう言われ辺りを見回すと、行き交う人々が自分達を遠巻きに見ながらヒソヒソと話をしている。
シンタローはそれを見てバツの悪そうに舌打ちをした。
抵抗しなくなったシンタローに気をよくしたのか、マジックは満面の笑みでシンタローの腕を掴み走っていこうとする。
行き先はきっと自分の家。
冗談じゃねー!!

ば、と手を振り切る。
マジックが金髪を舞わせ、シンタローの方を見遣る。
「シンタロー君、どうしたの?」
ギリ、と奥歯を噛み、ジリジリ後ろに下がるシンタローを見て、マジックはシュン、と子犬のようにしょぼくれた。
「シンタロー君、初めの非礼は謝ります。」
そう言うマジックに、シンタローは、うっ!と身を少し引く。
この顔に自分は弱い。
親父のマジックにも弱いのだから、この若いマジックにはかなり弱い。
「だから私と一緒に来てくれないかな?」
「……それだけは嫌だ。」
そう言ってのけるが、マジックは諦めていないようだ。
「何故?」
「アンタの家に行きたくない。」
「どうして?そんな警戒しなくても…。貴方は同士だ。歓迎するよ。」
「だーかーら!!アンタにも、さっき居たルーザーも、アンタの双子の弟達にも会いたくねぇの!ちょっと一人で考え事したいんだよ!」
ガーッ!と頭に血が上った勢いでまくしたてる。
「あれ?」
「あんだよ!」
「私、シンタロー君に双子の弟達の話、していなかったよね?」
しまった!と、シンタローは咄嗟に思った。
何かいい言い訳はないかと頭の中はぐるぐる回る。
でも、咄嗟過ぎていい案が浮かばない。
しかも、ポーカーフェイスを決められない感情的なシンタローが顔に出さないはずもなく。
「シンタロー君、君は一体何者なんだい?」
シンタローは深い溜息をついてマジックに語り出す。
信じて貰えないと思うケド、と付け足して。
「俺は未来から来た人間だ。俺についてはソレ以上聞かないというのならアンタが知りたがっている一族の話をしてやってもいい。」
そう、ハッキリ、キッパリ言い切ると、マジックがシンタローの額に手を置く。
「俺は正常だ。」

「そんな非化学的な事…」
信じられない、と言おうと思ったが、信じなければシンタローは自分の質問に答えてはくれないだろう。
シンタローの方が今のマジックには興味があるのだが、一族についても興味が有る事は確かで。
なのでマジックは信じる事にした。
例え信じる“フリ”であろうと。
「…解ったよ、シンタロー君。君の話を信じよう。でも、立ち話も何だから何処かでお茶でもしながら…」
路地を見回せばそれなりに店は有る。
有る事は有るのだが、殆どシャッターが閉まっていて。
時間が時間なので、マジックの行きそうにないファミレス位しか開いていない。
マジックはファミレスに入るのは嫌だったので、何処かホテルのロビーでも、と思う。
「ホテルのロビーでもいいかい?」
そう聞くと、シンタローは頷く。
マジックはシンタローが逃げないようにと思い手を繋ぐ。
その瞬間手を払われた。
「ヤメロ。逃げねぇから手は繋ぎたくねぇ。」
そう言われてマジックは肩をすくませたが無理矢理手を繋ごうとはしなかった。
二人並んで歩き始める。
回りにも人は居るのだが、先程よりは少なくなっていて、結構まばらだ。
ホテルを捜す二人だが、中々見つからない。
まぁ、街中というより住宅街なので当然といえば当然なのだが。
そんな中外れの方に煌々と輝くネオン。
住宅街には不釣り合いなソレ。
マジックがそちらに歩いて行くのでシンタローもそれに従った。
到着して、シンタローは絶句する。

これって、まさか…

ネオンの看板には思いっきり“HOTEL Memory”と書いてある。
それだけならまだしも、横の壁にはご休憩とご宿泊の文字と料金。

ラ、ラブホじゃねーか…!

「此処でいいかな?ね、シンタロー君。」
のほほんと言うマジックに、シンタローは赤面しながら睨み付ける。
「ざ、ざけんな!何でテメーとこんなトコ!!」
「?ホテルはここしかないみたいだし。嫌かもしれないけど我慢して欲しいな。私もこの当たりは詳しくないんだ。まぁ、お茶を飲んで話をしたら直ぐに出れば。」
シンタローはハタ、と思う。
もしかしたらコイツ此処がどうゆう場所かってこと知らないんじゃ?
「あのなぁ…」
この場所はどうゆう所か、何をする為の場所なのかを教えようとして、シンタローは口をつぐんだ。
言えねー!つーか、恥ずかしいだろうがよ!
沈黙が流れる。


「立ち話もアレだろう?」
「ここに入る方がもっとアレだッ!」
「何でそんなに嫌がるの?狭い空間は嫌いかい?」
「そーじゃねー!」
だぁぁ!頭を掻きむしるが、どういう場所か解ってないマジックは眉を寄せて困り顔。
「もう私も歩き疲れたし、我が儘言わないでおくれよシンタロー君。」
そう言うなりシンタローの腕を掴みグイグイ引っ張る。
曲がりなにもガンマ団の若き総帥だけあって力も昔からハンパない。
シンタローはそのまま引きずられるように中に入ってしまったのだ。
扉を開けると店員の顔が見えない仕組みになっているフロアに入る。
シンタローはソワソワと辺りを見回す。
シンタローは耳年増なので、ラブホがどうゆう場所なのかは知っていても中に入るのは初めてなので、ちょっと興味がある。
マジックは顔を見せない店員にいぶかしがりながらも対応をしていた。
そして、溜息をついてシンタローの元へ。
「どうやら部屋に入らなければいけないみたいなんだ。直ぐに帰るからフロアでいいって言ったんだけど、どうやら駄目のようだ。すまないね、シンタロー。」
そう言って部屋の写真が光っている所迄歩いていく。
「何だかこのホテルはおかしい。店員も顔を見せないし、鍵もここから取るように言われたよ。あ、シンタロー君、光ってる部屋なら何処でもいいんだって。何処がいい?」
そう言って指を指すマジックに、シンタローは溜息をついた。
「何処でもいい。」
もー、どうにでもなれとヤケクソ気味。
それに、今のマジックに危険はない。
話をしたらさっさと出ればいいだけだ。
マジックは一言そう、と呟いて、白っぽい部屋を選ぶとシンタローを連れてエレベーターに乗った。
鍵を開けて部屋に入ると目の前には真っ白のダブルベッド、そして、テレビに電話に…………硝子張りの浴槽。
「おかしな部屋だね。」
「あーもー!………そうね。」
あー!俺はとうとうマジックとこーんな所に!クッ!何でだ!もう!
「じゃあ、紅茶かコーヒーでも注文するかい?」
マジックが見せたのはメニュー表。
腹もなんだか減っているし、もう、どうでもいい気持ちのが強かったので、シンタローは頷き、あと、ピザも。とマジックに注文した。
マジックが電話でフロントに話をつける。
その間シンタローは暇だったので、何気なくテレビをつけた。
『あ、あ、あん、』
二人は目が点にならざる得なくなったのだった。


もう一度言うがシンタローは耳年増なだけで来た事がないのだ。
つまり、テレビをつけたらいきなり濡れ場シーンが放送されているなんて、全く予期していなかったのだ。
シンタローとマジックの中では時が止まっていたが、テレビの女性は激しい喘ぎを繰り返し、男性は女性を喜ばせる為に頑張っている。
な、な、な!何をやっちまったんだ!俺わあぁあぁ!!
バカバカ!!俺の馬鹿!!
顔が赤くなるのが解り、慌ててシンタローはリモコンでテレビの電源を切る。
プツリ、という音と共に、目の前で繰り広げられた濡れ場シーンも消える。
気まずい空気が二人を包み込む。
「シンタロー、君。」
いきなり声をかけられたので、シンタローは文字通り飛び上がった。
心臓がバクバクしているのは、呼ばれたからだけじゃなく、先程見てしまったテレビのせい。
「そんなに驚かなくても…」
困ったように笑うマジックに、シンタローはちょっと悪い事をしたな、と思う。
「あ、あんだよ。」
ぶっきらぼうに口を尖らせて言う。
「話し、聞かせてくれないかな、君の事は約束通り聞かないから。」
そう言われハッとする。
そうだ、そもそも此処に来ざる得なかったのはそれのせい。
話しをさっさと終わりにして、此処から出よう。
それなら善は急げだ。
「ああ。解った。話すヨ。」
シンタローはベッドに、マジックはソファーにそれぞれ腰を落とし、シンタローが話し始めるのをマジックは黙って待つ。
「まず、今から話す事は他言無用だ。例え兄弟であっても話すな。」
「解った。」
マジックは肯定の意味を込め深く頷いた。
「で、何が知りたいの。」
「君の居る未来まで、一族が反映してるか、どうか。」
「ああ。してるよ。アンタは子供を二人授かるし、さっき居たルーザーさんも一人授かる。双子のアンタの弟達は、俺の知る限りじゃ子供は居ないけどナ。」
マジックは下を向き、何やら考える。
そしてシンタローを見つめ、思い切ったように言う。
それはとても重く。
「私は世界を手に入れているかい?」
真剣なアイスブルーの瞳とかちあった。
シンタローはその瞳を真っ向から見つめ、首を横に振った。
「そうか、」
マジックは俯き、自分の重ねていた指先に視線を向ける。
「けど、俺はそれで良かったと思う。アンタは世界より、もっと素晴らしいものを手に入れるから。」
世界より素晴らしいもの。
それは家族。


「世界より素晴らしいものなんて…なに?」
心底解らないという顔でシンタローを見る。
「それはアンタが未来のアンタになれば解る事だ。」
そう言ってマジックの青い瞳を見つめる。
マジックは一言、そう、とだけ呟いた。
「それともう一つ。」
「何だ。」

「私の息子は両目とも秘石眼かい?」
シンタローはドキリとした。
マジックの息子はグンマとコタロー。
自分は違う。
だからシンタローはマジックの息子の話の時、自分を含めなかった。
ずっと、24年間自分はマジックの息子だと信じていたし、秘石眼すら持たない一族のハンパ者の自分が、一族で1番優れているマジックの息子で有りたいが為、必死で頑張ってきた。
でも違う。
今はキンタローの体になっている元の体すらマジックの息子の物ではなかった。
自分は一族の人間であって一族の人間ではない。
「ああ。一人は両目共秘石眼だ。」
そう呟くと、マジックはどっち付かずの顔をした。
一族の繁栄を喜ぶのか、驚異を生み出した恐れか。
「君は…」
誰の子なの、と聞こうとしたのだが、直ぐに「俺の事は聞かない約束だ。」と言われてしまう。
「ミステリアスだね、シンタロー君。そんな人も」
嫌いじゃないよ。
そう、言ってソファーから身を乗り出し、ベッドに座っていたシンタローを押し倒した。
ぼすり、と柔らかいベッドにシンタローは沈む。
「あ、あにすんだ!」
「フフ、シンタロー君、君の事は聞かないって言ったけど、手を出さないとは約束していないよ。」
羽交い締めにして身動きが取れないようにし、シンタローを押さえ付ける。
さぞや驚くだろうと思っていたが、シンタローは冷静そのものでマジックを見ていた。
「アンタ、さぁ。こういう行為に意味持たないの?俺らさっき会ったばっかなんだぜ?」
「恋に時間が要るの?ね、シンタロー君。長く恋をしようが今この瞬間恋に落ちようが、人間やることはそんなに変わらないんだよ。」
その言葉を聞いてシンタローは目を伏せた。
マジックはシンタローが諦めたと思い、シンタローの唇にキスを落とそうとしたその時。

ぱしん。

渇いた音が響く。
頬が熱い。
少したってから自分がシンタローに頬を叩かれたのだと気付いた。
シンタローは冷たい目で自分を見る。
心がツキリと痛んだ。
「この俺様を安く見るんじゃねーよ。」

やっぱり彼は面白いとマジックは思う。
自分の周りに居る奴らは自分に媚びを売るか恐れおののくかで。
マジックにとってシンタローは新鮮そのもの。
その俺様気質は天性のものなのか。
心は痛んだのなんて、父親が死んだ時以来。
マジックは口の端を軽く上げた。
「早くどけ。」
冷たい目を止めないでシンタローがマジックを見据える。
マジックはそっとシンタローの顔を両手で覆い、顔を近づける。
もう少しでキスが出来るんじゃないかと思う位。
「嫌だ。私はとても君が興味深い。こんな事思ったことがない。でも、悪い気分じゃないんだ。多分、これが恋というものじゃないかと思うんだが。」
「ケッ!」
シンタローは顎をしゃくる。
マジックに羽交い締めにされ、下の位置にいるにも関わらずシンタローはマジックに上から目線。
「なーにが恋だ。馬鹿じゃねーの。今のアンタはただ新しい俺という玩具を見付けて喜んでるだけだろ。アンタの戯れ事に付き合ってられっか!」
ぐ、と、力を入れてマジックを突き放そうとしたが意味を持たなかった。
マジックはまだ20代前後なのに力は馬鹿みたいに強くて。
シンタローには中々太刀打ちができない。
流石のシンタローも、少し怯えた。
その空気をマジックが読めないはずもなく。
「何?シンタロー君、怖いの?私が。」
「ッッ!んなわけねーだろ!バーカバーカ!バカマジック!」
「そんな口、聞けなくしてあげるよ。」
ニコリと冷たい三日月みたいな目で笑う。
シンタローの体に鳥肌が立った。











「ッッや、やだッッ…!」
今シンタローはマジックにベッドに縫われている。
マジックの骨張った冷たい指先がシンタローの肌をまさぐる。
そのたびに敏感なシンタローの体は心とは裏腹にビクビクと震える。
「シンタロー君。まだ触ってないのに、随分元気になってるね。」
そう言ってシンタローの中心部を布ごしに撫でる。
ピク、と反応する下半身をシンタローは恨めしく思う。
それに気を良くしたのか、マジックは薄い笑みを浮かべてそこを何度も触る。
「ゃ…ふぅん…」
熱い吐息が無意識のうちに口から吐かれる。
「否定しかできないのかな?君のココはとっても喜んでいるのにね。」
シンタローは恥ずかしさと情けなさで顔を伏せた。
だってしょうがねーじゃねーか。
未来のアンタと俺はそうゆう関係なんだから。


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