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笑いたい奴だけ笑え


愛とか、夢とか理想もあるけど、目の前の現実はそんなに甘くない。

【笑いたい奴だけ笑え】

私の息子シンタローはガンマ団総帥である。
私はマジック。元ガンマ団総帥でもある、シンタローや、グンマや、そして、今いないコタローの父親でもある。
今日はシンちゃんが遠征から帰還してくる日。
今日の晩御飯は何にしようか。そんなことを考えていた時・・・・
「コンコン」
突然、ドアをノックする音が聞こえた。
「マジック様、総帥が帰還されました。」
「ティラミスか、わかった。」
私はティラミスの知らせを聞いて、外の飛空艇へと出る。
「シンタロー総帥、ご到着です。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、シンちゃんの口から出た言葉がこれだ。
「おい、親父、コタローはどこだ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・
イキナリデスカイ・・・・・

「おい、親父、答えろ!!」
私はしばらく真っ青になった。
そうだった。シンちゃんはコタローを適愛していたんだった。
忘れていた。
「・・・シシシ・・・シンちゃん、落ち着いて聞いて、今コタローは行方不明なんだ・・・
おそらく、パプワ島にいると思うのだが・・・・」
「んだと!!」
シンタローは眼魔砲を構える・・・いや・・・「ため」の状態に入っていた。
「し・・・し・・・し・・・し・・・し・・・し・・・シンちゃん・・・落ち着いて話し合おうぢゃないか~~~~~~~~~~」
「ああん?まだいたのぉ親父ィ~~~」
ちゅどーーーーーーーーーーーーーーん
「やめろ、シンタロー。とりあえずパプワ島に行ってみるしかあるまい。おそらく、パプワ島にいるのではないか。
パプワ島でコタローの力が暴走したら大変なことになるからな。」
キンタローが口を挟む。
「ええ!!またいなくなっちゃうの!!??せっかく帰ってきたとおもえば、すぐにこれなんだから!!」
グンマが悲しそうな顔をして言う。
「まあ、最後に笑うのは誰か分からんがな。」
「キンタロー、それはどういうことなんだい?」
「おそらく、特戦部隊や、心戦組もパプワ島にいるのではないかと俺は推定している。
リキッドがそれをいち早く知っているのではないのだろうか。まあ、リキッドが笑うのか、シンタローが笑うのか分からんがな。」

 zzzzzzzz

「お父様、お腹好いた・・・」
「どうした、なぜ叔父貴は寝ている。」
「いや、お前の話が長いからだろ。」
「グンマ、お腹好いた!!??」
キンタローが激しい突込みを入れる。
「こいつの腹ン中、これいれたろか。」
シンタローが言っているこれとは、なんと酸素がたっぷりのボムだった。
しいて言えば、酸素爆弾だった。
「眼魔砲」
キンタローが酸素爆弾を破壊した。
「いいか、シンタロー、酸素というのは空気より、少し重く、二酸化マンガンと薄い塩酸をまぜて発生させることができるんやで。
酸素は物を燃やす力があるんやからな。それを腹ン中入れると死んでしまうだろう!!」
「キンちゃん・・・関西弁・・・」
「ブユーデンブユーデンデンデデデンレッっゴー!!」
「キンちゃん、そんなギャグどこで覚えたの!!??」
「トイレどこですか?」
「ねえよ。」
キンタローがへんなギャグを言っていた。
私は目を覚ました。
「あれ、ココはどこだい?」
 
 「「「だめだ・・・こいつ・・・完全におかしいで」」」
「こうしちゃいられねえ!!笑いてえ奴だけ笑え!!最後に笑うのは俺だからな!!」
「よく言ったぞ!!」
「シンちゃん、必ず無事で戻ってきてね」
「ああ」
私にはシンタローがみせた笑顔がなんとなく、印象に残った。

明日へ続く坂道の途中で、すれ違う大人たちは呟くのさ。

終わり

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 書斎で、残っていた仕事を片付けていれば、躊躇いがちなノック音が聞こえてきた。かすかなそれは、シンとした静寂が支配する部屋でなければ、拾うことも出来なかっただろう。ひとつ音立てて、一拍置いた後、みっつ、それは続いた。
 それを耳にしたとたん、マジックは、壁にかけられていた時計を見やり首を傾げ、それから外にいる相手に聞こえるように声を出した。
「入っていいよ、シンちゃん」
 そう告げると、オーク材の重厚な扉がゆっくりと開いた。扉の向こう側から感じた気配は間違いはなく、そこからちょこんと顔を出したのは、マイスイートハニー――もとい、愛息シンタローであった。
 こっちへおいで、というようにマジックは手招きしてあげる。お許しをもらったため、マジック手製の黒ねこさんパジャマ姿で、とてとてと傍へと近づいてきた。
「どうしたんだい? シンちゃん」
 ここへ来ているシンタローは、けれど二時間も前にベッドの上でマジック自身が寝かしつかせたはずであった。ぐっすり寝ているのを確認してから、ここへ戻ってきたのだ。しかし、どうやらあれから起きてしまったようである。
 寂しくないように、という思いで作った、マジック人形を腕にしっかり抱いて、愛らしい黒ねこさんが、じっとマジックを見つめたまま、ことりと首を傾げて問いかけた。 
「パパは、まだ寝ないの?」
「ん?」
 それはどういう意味だろうか。時計の針は、深夜0時をそろそろ指す時刻である。しかし、マジックにとってはこの時間帯は、まだ眠り時刻ではない。もちろん、10時就寝のシンタローは、知らないだろうが、それでも父親が夜遅くまで起きていることは分かっているはずである。
 とりあえず、マジックは椅子から立ち上がると、息子の前へとしゃがみこんだ。しっかりと目線を合わせると、綺麗な漆黒の瞳が、こちらの様子を伺うように見ていた。
 何か言いたいことがあるのだろう。
 それを言わせるために、柔らかく微笑んで見せれば、シンタローは、おずおずと言葉を紡いだ。
「あのね………パパ。僕と一緒に寝て?」
「ッ!」
 その言葉を聞いた瞬間、マジックは大量の鼻血を噴出しかけたか、そこは、さり気なく鼻を摘んで――さり気なくなっていたかどうかは突っ込んではいけない――ごくりと飲み込んだ。
「一緒に…かい?」
 思いがけない言葉に震えた声で訊ね返せば、
「……うん」
 作り物の猫ミミが上下にゆれ、躊躇いがちに頷かれた。その恥らう姿は、あまりにも初々しく、マジックは再び鼻を摘んで、鼻血を飲み込んだ。
(シンちゃんからお誘いなんて、なんて大胆なんだい、シンちゃん!! パパ、信じられないよッ!)
 信じられないのは、マジックの思考回路である。どこでどう接続されると、そういう解釈ができるのだろうか。しかし、今更そこを指摘したところで、どーしようもないことである。
 表面上は優しい父親の顔を見せながら、内では大興奮なパパを前に、シンタローは、甘えるように父親の服の一部をそっと掴んだ。
「怖い夢見たの…だから、一緒に寝て欲しいの」
 その言葉と仕草に、さらに妄想の高みへとトリップしてしまったマジックだったが、怯えたシンタローの顔に、すぐさま現の世界へと戻ってきた。
 妄想パパでも、息子第一には変わりないのである。
(シンちゃんの大胆発言は、怖い夢を見たせいか…)
 なるほど、そういう理由があれば、先ほどの言葉も頷けた。シンタローは、怖い話や本というのがとても苦手なのだ。それなのに、そんなものを夢で見てしまえば、怯えるのも無理はなかった。
 しっかりとパパ人形を抱きしめているのも、夢の怖さを紛らわすためなのである。だが、それがさらに息子の可愛さを強調させてて、パパに強烈パンチを食らわせていることは、もちろん本人は永遠に知らなくてもいいことであった。
「そっか。怖い夢見ちゃったんだね」
 安心させるように優しい笑みで、そう告げれば、こくりと可愛く頷かれる。同時に抱いていたマジック人形をさらにギュッと強く抱きしめる仕草に、思わず、脳天を貫かれたようにのけぞってしまった。
(ああ、なんて可愛いんだい、君は。私を悩殺させられるのは、君だけだよ!)
 まことにもって、迷惑極まりない事実である。
 その海老反りになった背中は、シンタローが顔を上げる前に、常に鍛え上げられている――当然シンタローがらみで――背筋によって元に戻された。そうして、何事もなかったかのような顔をしてマジックは、シンタローを見つめた。
「それで、おねしょはしなかったかい?」
 そういうこともよくあるから、ちょっとばかりからかい口調で訊ねてみれば、とたんにシンタローはむっと口元をへの字に曲げた。
「しなかったもん! 僕は、もう6歳だよ!」
 きっと鋭い視線を投げつけられるが、マジックにとっては、流し目や上目遣いと同じぐらい、誘っているような視線に見えて仕方がなかった。もちろん、シンタローにそのつもりは、欠片もないのは、地球が丸いのと同じくらい当然のことである。網膜にあるマジックフィルターが、勝手にそう改変するだけだ。仕方がないというものである。
「そっか、ごめんね。シンちゃんは、もう赤ちゃんじゃないもんね」
 二週間ほど前に、おねしょを一回してしまったのは、言ってはいけないことだ。案の定、そんなことは忘れているシンタローは、両手に拳を作って力いっぱい否定してくれた。
「違うもん!」
 その仕草も、とても可愛らしく、パパはまたしても鼻血である。すでに総帥服の袖は、色は変わっていないにもかかわらず、ぐっしょりと濡れていた。
「うん。ごめんごめん。パパが悪かったよ……それじゃあ、一人でも寝れるよね?」
 息子があんまりにも可愛くて、ついつい悪戯心が湧き上がり、そんなことを言ってしまえば、とたんにその顔が泣く一歩手前にように、くしゃくしゃに歪んでしまった。
「………パパぁ」
 すがり付くような声と眼差し。うるっと涙を溜めた瞳で、一心に自分を求めるその姿に、マジックはぐらりと傾ぎ、がくりと両膝を床につけた。そのまま、床をバンバンと叩く。
(くぅ~~~~!! どーして、君はこんなに可愛いんだい? この地球上で…いや、宇宙の中でも君ほど可愛い子はいないよッ!! パパ、保障するからねッ!)
 必要ない保障である。
 床も、あまりに力いっぱい叩いたために、わずかながらだが凹んでしまった。普段ならば、ここまでの力は出せないだろうが、シンタローの威力は絶大である。
 まったく必要ないところで出る力である。
「パパ? どうしたの」
「いや、茶色の虫がいたんだよ」
 さすがに、その突然の奇行に息子が突っ込めば、爽やかに誤魔化して、マジックは一呼吸つき内なる興奮を宥めた。
 真夜中でも、シンちゃんのためなら一気にボルテージが上がるパパなために、静めるのも大変である。
 ようやく落ち着きを取り戻すと、マジックは、ぽふっと愛息の形のいい頭に手を乗せた。猫耳の間を、ひと撫ぜする。
「それよりも、さっきの言葉は冗談だからね? シンちゃん。パパも、シンちゃんと一緒に寝たいよ。今日は、一緒に寝てもいいかな?」
 片付けるべき仕事は残っていたが、そんなものはどうでもいいことである。シンタローと共寝の前にそれは瑣末な事柄でしかなかった。
「うん!」
 潤んだ瞳と薔薇色に上気させた頬で、嬉しそうに頷くその姿に、マジックは決意を固めた。
(シンちゃん……今夜、お互いひとつになろうね。そして、夜明けのコーヒーを一緒に飲もう――)
 本当に、どーしようもないパパである。
 再びあっさりと妄想世界へ行ってしまった父親は、今回はなかなか戻ってくる気配はなかった。
「ふふっ…初夜か――」
 すっかり遠くまで行ってしまったようである。
(今晩は優しくするよ、シンちゃん)
 めくるめく薔薇色の世界を夢見ているマジックを前に、幸いというべきか、その妄想世界を見ることが出来ないシンタローは、素朴な疑問を口にした。
「パパ、『しょや』って何?」
 子供は知らなくてもいい言葉である。しかし、マジックにとっては重要な言葉だった。
「ん? それは、後でじっくりと教えてあげるからね、シンちゃんv」
 そう焦らずとも、まだ夜はたっぷりと残っている。にこやかに笑みを浮かべつつ、今夜の花嫁を抱き上げようとしたマジックだが、その手は空気を抱くだけだった。
「ぬぉッ!?」
 驚くマジックの前で、美貌の主がシンタローを抱き上げていた。
「それはね、『しょーがない奴』の略だよ、シンタロー」
「サービス叔父さん! こんばんわ」
 突然現れた叔父を前に、シンタローは満面の笑みを浮かべた。さらに嬉しそうにキュッとその首に抱きついくシンタローに、サービスもやんわりと笑みを浮かべた。
「こんばんわ、シンタロー」
 マジックから、シンタローを攫ったのはサービスだった。さらに、仲の良い様子を見せ付けられたマジックは、ジェラシーで悶えつつ、末の弟に言い放つ。
「サービス、一体いつからここに! 入る時はノックしなさい!」
 せっかくの親子団欒(?)を邪魔されて、憤慨を露にすれば、呆れた顔のサービスが言葉を返した。
「したけど、兄さんが気付かなかっただけだろ。随分前から僕はここにいたよ」 
 その通りである。もう五分ほど前からここにいるのだが、頻繁に妄想の世界へ飛んで行っていたマジックが、気付かなかっただけだ。シンタローが気付かなかったのは、背後に立っていたためである。
「仕方がないじゃないか! シンちゃんの可愛さにメロメロになっていたんだからな。―――それで、何しに来たんだ」
 本当に呆れるしかない理由を告げて、当たり前の質問をしてみれば、サービスは、やれやれと言わんばかりの溜息をひとつ落として、言った。
「いや、シンタローがこの部屋に入っていったのが見えたからね。何か起こるだろうと思って不安にね――案の定だし――ついでに、お休みを言いにきたんだ。―――お休み、兄さん」
 すっと持ち上げられる右手。即座にその手の中心に集まる膨大な熱量。
「眼魔砲」

 ちゅどーんッ!!

「お前は、永遠に私を眠らせる気かぁ~~~~~~~!!」
 タメ無しMAX眼魔砲を放ったサービスのそれをまともに受けたマジックは、部屋の壁もろとも、錐もみ状態で外へと飛んで行った。



「叔父さん。また、パパを飛ばしたの?」
 もうもうと立ち上がっていた砂煙も落ち着き、あたりに静寂が取り戻されると、シンタローはぴょんと、猫のようにサービスの腕から飛び降りた。それから、ぽっかり空いた書斎の穴を眺める。そこはすっかり風通しのいい部屋になっていた。
 しかし、シンタローの顔に驚きはない。それは、別に珍しいことではないせいだった。週一ぐらいで、起こっていることなのだ。心配することはなかった。
「ああ。必要だからね」
 さらりと恐ろしいことを告げるサービスだが、否定する相手がいないので、問題はない。もちろん、シンタローは、それを素直に受け入れた。
 心残りは、吹き飛ばされる前に、パパにお休みなさいを言い損ねたことだが、一度、怖い夢で起きる前に言ったので、諦めることにした。それに、朝になってから改めて「おはよう」の挨拶をすればいい。今は、いないけれど、すぐに復活してくる不死身のパパなのである。シンタローにとっては、それも自慢のひとつだ。
「そっか! パパには必要なことなんだね。だったら、早く僕も出来ないかなぁ」
 サービスの放つ『眼魔砲』というのは、蒼白い光を放っていて、とても綺麗なのである。自分の手からそれを出せれば、とても気持ちいいに違いなかった。それに何よりも、『マジックに必要』という部分が重要だった。
「大きくなったら、君も打てるようになるよ」 
 その言葉に、シンタローは、顔を輝かせた。
「ほんと? そうしたら、今度は僕がパパにそうしてあげたいな」
 パパには『眼魔砲』が必要なのだと、サービスが言うのならば、きっとそうなのだろう。そう信じ込んでいるシンタローが、嬉しそうにそう言えば、サービスもうっすらと笑みを浮かべて頷いた。
「そうだね。そうしてあげるといい」
 無責任な言葉を言い放つサービスに、シンタローは大きくしっかりと頷いた。
「うん♪」
 絶対に、大きくなったらパパに眼魔砲を打つことを決めたシンタローである。本当に十数年後には、全然違う意味で、眼魔砲を父親に放つことになるとは―――もちろん知る由もないことである。
「早く眼魔砲を打てないかな!」
 はしゃぐように、そう言うシンタローの肩をぽんと叩いた。
「そうだね。すぐ打てるようになるよ。でも、今晩はもう遅いから、寝ようかシンタロー。今晩は、叔父さんが付き添ってあげるよ」
「うわぁ~い。ありがとう、サービス叔父さん!」
 大好きな叔父さんと寝れば、今度こそ悪夢などは見なくてすむだろう。
 シンタローは、サービスと手をつなぎながら、大きな穴の開いた書斎を後にした。



 一方、マジックは―――。
「ふふっ……ああ、私を迎えに来た天使が見えるよ。……でも、シンちゃんの方が何倍も…いや、何万倍も可愛いよ。っていうか、シンちゃん…お願い、パパを迎えに来て――しくしくしく」
 どこぞの木の枝に引っかかったまま、朝露よりも先に緑の葉に塩辛い雫を落としていたのだった。


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(最悪……)
 廊下を歩いていたシンタローは、前方十メートル先にいる人物を視界に捕えたとたん、反射的に顔を顰めた。
 このまま回れ右をして、見なかったことにしたいが、そうなると、後五分後に控えている朝の会議に間に合わない。普段なら、もう少し余裕を持って出てくるのだが、今日は、少し事情があって遅くなってしまったことが悔やまれる。そのおかげで、一番出会いたくない相手に対面しようとしているのだから、本当に最悪であった。
 何事もありませんように。
 そう願いながら、目の前からやってきた相手とすれ違う。
「おはよう、親父」
「おはよう、シンちゃん♪ 今日も可愛いねv」
 朝から、テンション高く満面の笑みで挨拶をしてくる相手をするりと避け、そのまま通り過ぎようとしたシンタローだったが、その去り際に、がっちりと腕をつかまれた。
 ビクッ。
 思わず身体が反応するのを、悔しいかな止められなかった。しかし、そこで怯むわけには行かず、キッと漆黒の瞳を光らせ、振り返った先にいる相手を睨みつけた。
「なんだよ、親父。今から会議に出なきゃいけないから、あんたの相手をする暇ねぇんだけど」
 そっけなく、そう言い放ち、ついでに握られているそれを振り払おうと渾身の力を込めたものの、向こうに予測されていたおかげで、成功はしなかった。
「会議? これから君の行く場所は、ベッドでしょv」
「なッ!」
 決定事項のように言われた言葉に、うろたえるシンタローを尻目に、マジックはその腕を掴んだまま、ずんずんと先ほどシンタローが来た道を引き返し始めた。通りすがりにつかまれたために、マジックの進行方向とは逆向きであったシンタローは、後ろ向きに歩くことになり、踏ん張ることが難しく、そのおかげで、どんどんと会議室からは遠ざかって行く。
「ちょ、ちょっと待て! 離せ、親父。俺は、仕事がッ!」
 しかし、その訴えは相手の耳にはひとつも入らないようだった。抵抗も形にならぬまま、引きずられるようにして自室に戻されたシンタローは、そのままベッドへと押し倒された。
「親父ッ!」
 すぐさま起き上がろうとしたその身体を、肩に手を置くことで押さえこまれる。身動きできずにいれば、マジックの右手が伸び、前髪をかき上げるようにして、額に触れた。
 少しひんやりとした手が、思わぬほど心地いい。つい、その冷たさを味わってしまえば、なぜか苦笑を浮かべたマジックと間近で視線があった。
「なんだよ」
 目線の近さに気恥ずかしさを感じ、ついぶっきらぼうな言い方をしたものの、相手の眼差しはいつくしむような柔らかなそれになった。
「熱がある時に無理したら駄目でしょ?」
 そうして告げられた言葉に、シンタローの眉間には皺が寄り、口元がへの字型に歪む。
「………やっぱり気付いたのかよ」
 不貞腐れた顔をすれば、当然といった笑みを浮かべたマジックは、しっかりと頷いた。
「当たり前でしょ? 一体何年、シンちゃんのパパをやってると思っているんだい? 君の顔を見て、すぐに分かったよ。熱があるなら、そう言いなさい。無理すれば、後で余計に寝込むことになるんだよ、シンちゃん」
「…………」
 たしなめるようにそう言うマジックに、シンタローの反応と言えば、押し黙ったままで、むすっとした表情を浮かべていた。自分に熱が出ていることを見抜かれたのがよほど気に食わないようだ。
 だが、かすかに潤んだ目やいつもより赤く火照った頬などから見れば、微熱などでは収まっていないのがわかる。確かに、注意深く見なければ、それとは分からないが、マジックの眼はそれを見逃さなかった。
「辛いなら素直に言えばいいのに――まったく、君は変わらないね」
 幼い頃から、そうだった。
 熱を出しても、お腹を壊しても、父親であるマジックには何も言わなかったのである。忙しい父親を心配させたくないという理由のために、体調が悪くても我慢する癖がついてしまったのだ。
 そのため、余計にシンタローの様子には気遣う癖が、こちらにもついてしまった。顔が見られれば、すぐに体調を確かめるように注意深く様子をチェックする。そうしないと安心できなかった。
 自分がいない時は、不安だったが、それは、心配なかった。淋しいが、体調が悪くなると、近しい者にすぐにそれを告げていたらしかった。父親が戻る前に、完治させるためだということはすぐに気付いたが、それでも父親としては哀しいものがあった。
 そんなふうに、シンタローの優しさは、時折そんな強がりも含んでいるから、マジックとしては、余計に過保護になってしまうのであった。もちろん、その全てが可愛いからというのは大前提だ。
 それはシンタローが大人になっても変わらない。同じ愛しさを、マジックは変わらず感じていた。
 もっとも、シンタローの方は少し違うだろう。
 今の状況は、 自分を心配させないためというよりは、こうして無理やり休まされるのを恐れるために違いなかった。
 ガンマ団総帥という地位に居続けるために、彼は今も並々ならぬ努力を続けている。多忙な総帥職を、毎日こなしていた。それでも仕事は減るわけではないから、多少の不調も、根性で押さえ込んで、仕事に励むつもりだったのだろう。しかし、そんな無理をして、さらに身体を壊せるようなことをさせる気などまったくなかった。自分が気付いた以上、体調が戻るまで、仕事は休止である。
「大人しくしておきなさい。すぐに高松を呼んでくるからね」
 言い含めるようにそう言い、額に添えていた手で前髪をすくい上げると、くしゃりとひと撫ぜしてベッドから離れた。
 すぐに起き出して、仕事に戻るだろうか、と思ったものの、幸いそんな気はなくしてくれているようで安心した。けれど、自分の姿が完全に消えてしまえば、それも危ういもので、また再び仕事に戻らないように、根回ししなければと、いそいそと内線電話へと手を伸ばした。
「………チッ」
 マジックの去ったベッドの上で、シンタローは盛大に舌打ちをした。マジックの目は、今はない。逃げ出そうと思えば、逃げ出すことは出来る。けれど、すでに諦めの気持ちが広がっていた。
 あちらが先手を打っているに違いないからだ。
 今朝、熱の所為で身体がだるく、支度をするのを手間取りながらも、会議に間に合わせようと必死になっていたのが、全てパァだ。
 おそらくもう会議は中止になっているだろうし、その後に控えていた業務も後日に回されているはずだった。その手際のよさには、感心させられると同時に悔しくなる。
 まだまだ自分は、父親には敵わないと実感させられるせいだ。
(いつか絶対に越えて見せるけどな!)
 そんなことを考えていると、向こうの部屋からひょっこりとマジックが顔を出した。何の用だと思っていれば、にっこり笑って告げられる。
「シンちゃん。後でお粥を作って持って来てあげるから、待っててねv」
 それはおそらく病気で寝込んだ時だけに食べさせてくれる、特製お粥であろう。食欲がなくても、それだけはいつもしっかりと食べていた。時には、それが食べたくて、仮病を使ったこともあった。それぐらい、美味しいお粥なのだ。
(これだけは、越えられないかもな)
 父親の味は、シンタローにとっては絶対だった。味の基準が全て父親が作ってくれた料理の味からなっている以上、それを完全に越えることは、シンタローには不可能である。だが、これはこれ。ひとつぐらい絶対に敵わないことがあってもいいだろう―――他は越えて見せるけれど。その決意は変わらない。
「はーいはいはい」
 おざなりに返事を返したシンタローだが、その顔には嬉しそう笑みを刻まれていた。
(それなら早く元気になりますか)
 特製のお粥を作ってくれる相手に報いるためにも、シンタローは、ベッドの中に潜り込むと大人しく瞼を閉じた。
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就任式が終って、その後の引継ぎに関係した仕事もどうにか無事に完了し、彼はようやく自分が総帥になったのだと思えるようになった。
そうは言ってもすぐに実感できるものではなく、身に纏った紅い軍服がやけに重く両肩にのしかかり、その責任と重圧に押しつぶされないよう、彼は意識して背筋を伸ばす。
いつか、この服が馴染むときがくるのだろう。その時は今はまだ恐怖の対象でしかないこの団が変わっているはずだ。
変えてみせる。自分と家族と仲間の手で。
あの島での出来事で決心し、子供達にそう誓った。これからが本番だ。
団の根本的な改革は、内外に大きな波紋を呼んだが、彼自身の働きとそれを支える家族の助けによってどうにか落ち着きはじめた。
家族の関係も少しずつではあるが再生されつつある。
父親も従兄弟も叔父も、お互いに歩み寄り、新しくやりなおそうとしていた。
彼が一番気がかりな父と弟の関係は、残念ながら弟が眠り続けているので、これ以上どうしようもなかったが、あの時弟を抱きしめた父親に期待しても良いと彼は思っていた。
早く目覚めて欲しい。
それが家族共通の願いだった。

総帥服を着たまま、彼は弟の元を訪れる。
眠っているのだから見えないのは重々承知だが、弟に総帥となった自分の姿を見せておきたかった。
もう怖がらなくて良いと教えてやりたかった。
額にかかる金髪を払ってやりながら、幼い寝顔を眺めていると、いつのまにか父親が背後に立っていた。
「いつの間に来たんだよ」
「ついさっきかな」
父も頻繁に訪問していると、従兄弟や秘書から聞いていたが、忙しい彼が弟の部屋を訪れるのは深夜になることが多く、ここで父と顔を合わせる事は今までは無かった。
「声かけりゃ良いのに」
「もう夜だしね」
軽く微笑う父親の顔は酷く優しげで、彼が子供の頃に向けられていた表情と良く似ていた。
懐かしく安心するその顔を久しく見ていなかった気がして、改めて色々なことがあったのだと思い出し、彼は目を伏せた。
「どうしたの?」
「何でもねぇ」
心配そうに気遣う声も温かで、弟にもこの声が聞こえていれば良いと思わずにはいられない。
「なぁ今度こそ、大丈夫だよな」
何が、とは明言せずに問う彼に、父親は深い愛情を含ませて「もちろん」ときっぱり答えた。

連れ立って弟の部屋を後にして、彼は父親に腕を引かれてリビングに向かった。
文句を言いながらも彼にしては大人しく付いて来たのは、先ほどの答えが嬉しかったせいだろう。
彼をソファーに座らせると、父親はちょっと待ってと言い残し、どこかへ行き、戻って来た時にはワインの瓶を手にしていた。
「あんだよ」
「一緒に飲もうと思ってね」
幼い頃から父は自分の前で酒を飲む事は無かったし、成人してから父と一緒に飲んだ事も無かった。アルコールには強い家系であるから飲める性質だろうとは思ってはいたが、父からの酒宴の誘いは意外な気がした。
「アンタと?」
「そう」
不審げな彼の様子に気が付いたのか、父親は笑いながらワインのラベルを見せた。
「これはね、私の生まれ年のワインなんだ。何か特別な事があった時に開けようと思って、今まで大事に取っておいたんだけど」
「…今開けて良いのか?」
「もちろん。私の愛する息子が、私の跡を継いでくれた。こんな喜ばしいことは無いだろう?」
何も言えなくなってしまった彼に父親はワイングラスを持たせる。コルクを抜く音がして、紅い液体が注がれた。
「乾杯」
「…乾杯」
グラスの触れる小さな音が、静かな空間に響いた。

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12月に入ってすぐの晩、夜中にシンタローは目を覚ました。
「…なんだか冷え込むな」
ボリボリと頭を掻きながらベッドから抜け出す。

昨夜は珍しく仕事が早く終わり、最近寝不足が続いているので早めに床についたのだ。
しかし夜中に眠るクセが染み付いているのか眠れない。
ウトウトと浅い眠りを繰り返しては目を覚ます。全然眠れた気がしない内に夜中になってしまった。
そしてだいぶ体が冷えている事に気がついた。
そういえば今夜は寒いとかなんとか天気予報で言ってたような気がする。
忌々しく思いながらクローゼットに向かう。
確か電気毛布があった筈だ。真冬でも滅多に使わないが急に冷え込んだ時などは重宝する。
「どこにしまったけな。あー、面倒くせぇ」
せっかく早めに眠れると思ったのに。半端に寝ていたので頭はボーっとしてるが妙に目が冴えている。目は冴えてるが体は重苦しくダルい。
灯りが眩しく感じられて、小さな間接照明をひとつだけ点けてクローゼットをゴソゴソと引っ掻きまわすが暗くてよくわからない。
しかし電灯を点けて明るくしてしまうとそのまま完全に覚醒してしまってますます眠れなくなりそうなので点けられないのだ。

あー、そういえばちょっと前にマジックが『寒い』とかなんとか言って、勝手に電気毛布使って勝手に仕舞ってったんだよな。
全くあの親父は勝手な事ばっかりしやがって。
ブツブツと文句を言いながら探していると、“ゴトン”と小さな音がした。
何かが転がり落ちたらしい。見ると青いリボンがかかった小さな白っぽい箱が落ちていた。
リボンはひしゃげて箱も潰れている。持ち上げてみると大きさの割りに重い感触がする。
「なんだこりゃ。俺のか?」
自分の部屋のクロ-ゼットから出てきたのだから、まあ自分の物なのだろうが。
全く記憶にない、とシンタローは首を捻る。
中を開けて確かめてみたかったがそれよりも電気毛布を探すのが先だな と思い直し、ひとまずその謎の物体はソファ横の小さなテーブルの上に置き、またクローゼットの探索に向かった。
程なくして電気毛布が見つかりシンタローはベッドに向かった。
ようやく体も温まり、なんとか眠れそうだった。
『結局また睡眠不足かよ』と思いながら眠りに落ちる瞬間に、さっきの潰れかけの小箱を思い出したが結局はそのまま眠ってしまった。
今度は目は覚まさなかった。


翌日はまた激務で、部屋に戻ったのはちょっと夜更かしの人間でもとっくに眠りについてるような真夜中だった。
今夜も少し冷え込む。
シャワーを浴びて、体を温めてから寝ようとウィスキーをお湯で割り、それをチビチビと舐めながらソファーに腰掛けてふとテーブルを見ると昨夜の小箱が目に付いた。
「あー、すっかり忘れてたな。なんだこりゃ」
手に取ってよく見ると、ひしゃげたリボンは色褪せて、薄暗い中で見た時は白だと思っていた箱は薄いクリーム色の包装紙に包まれていた。
どうやらかなり古い物らしい。
開けてみると中には青い半透明のガラスで出来たペーパーウェイトが入っていた。
丸くて平べったくてツルリとした、シンタローの掌よりも一回り程小さいそれ。
ペーパーウェイトを持ち上げると、その下にはカードが入っていた。

そこには『HAPPY BIRTHDAY お父さん』と幼い文字。
その文字に見覚えがある。
俺の字だな、とシンタローは思った。
そういえば買ったような記憶がある。しかし渡した記憶はない。
渡してないよな、ここにあるんだから。
添えられた日付を見ると、10歳の頃だ。
なんで渡してないのか全く思い出せない。
正確に言うと、なんだか嫌な気分になりそうで思い出したくない。
こういう気分の時は記憶の扉を開けない方がいい。
どこから出てきたのかよくわからないが、隠してあったのは明白だ。
渡さないで隠してあったんだから渡したくない理由があったんだろう。
幼い俺、承知した。渡さないでおいてやる。と疲れとアルコールで眠くなった頭でシンタローは考えた。
じゃあもう寝るか、どうやら今日は眠れそうだなと思いながらベッドに向かい、ふとテーブルに戻ってもう一度青いそれをしげしげと見つめる。
そのペーパーウェイトの青は、マジックの瞳の色に似ているような気がしたので。
それは半透明のトロリとした青で、光にかざすと綺麗だ。
しばらくの間角度を変え、手で感触を確かめて、光に透かしたり影を作ったりしている内に本格的に眠くなってきたので、青いガラスのペーパーウェイトを持ったままベッドへと向かう。

このガラスの青に良く似た色の瞳を持つ、煩くて鬱陶しいあいつは今営業活動だかなんだかで家にいない。
静かでいいと思う。
ガラスの感触を確かめて、スタンドの電気にもう一度照らし、しばらくそのガラスの色を見つめて、そうしてシンタローはそれを掌に握り締めて眠りに付いた。
今日は最初から電気毛布でベッドが暖かい。
掌だけがヒンヤリと冷たかった。

  
++++++++++++++++++++++++++++++


翌日、青いペーパーウェイトを執務室に持ち込んでシンタローは書類書きの雑務をこなしていた。
書類が散らばらなくて丁度いいなと思ったのだ。

「シンちゃん、いる~?」
ノンビリと間延びした声がかかる。
「おう。今忙しいからおやつならキンタローと食ってろ」
「違うよー。企画書持って来たんだよー。メール出しても、シンちゃん全然返事くれないから」
そういえばメールのチェックもしてないな、とシンタローは思った。
とにかく忙しかったのだ。
「ああ、悪ィ。あとで見ておくから置いといてくれ」
「じゃあ机の上に置いておくねー」

淡い金色の髪を揺らして、従兄弟のグンマが分厚いファイルを持って近づいてくる。

「あれー?“お父様の石”だー。懐かしいね~v」
グンマの嬉しそうな声に、シンタローは思わず顔を上げる。
「…親父の石…?」
「うん。僕はあの頃は“伯父様の石”って呼んでたけど。だってシンちゃんが『お父さんの目の色だから“お父さんの石”だ』って教えてくれたんじゃない。
僕、お父様の目の色なんてよくわからなかったけど、シンちゃんがそう言ったから観察してみたんだ。
そうしたら本当にお父様の目の色だったから感心したんだよ~」

そうだったか…?
なんでだか思い出せない。
いやむしろ思い出したくない、とシンタローの中では妙な警戒音が鳴っている。

「誕生日にあげるんだって言ってたのに、急に『やめた。捨てた』って言ってたよね。
うーんと…確か10歳くらいの時。
あの年のお父様の誕生日に、シンちゃんが『何もプレゼントは用意してないから!』ってバースデーパーティーに来なかったから、お父様はすごく落ち込んでて大変だったのを覚えてるよー」
そう話しながらグンマはシンタローの傍に寄って来て青いペーパーウェイトを覗き込む。
金の髪がフワリと揺れる様を見て、シンタローは軽い既視感に襲われる。
「でもここにあるって事はやっぱり捨ててなかったんだね?どうしてお父様に渡さなかったの?あんなに嬉しそうに見せてくれてたのに」
石に向けていた瞳をこちらに向けてグンマが訪ねる。
「あー、なんだかハッキリとは覚えてねえんだよな。こないだ探し物してたら出てきたんだよ」
言いながら、覗き込むように見つめてくるグンマの瞳を見返して、何かをボンヤリと思い出しかけた時、

「用事は済んだのか?お喋りしてるヒマなどないぞ」
突然声が降って来た。
どうやらキンタローが迎えに来たようだ。
「あ、キンちゃん。まだ来たばっかりだよー。少しくらい喋ってたっていいじゃない」
「今日は実験のある日だから暇がない。すぐに戻ってくるように言っただろう」
「そんなに怒んなくてもいいでしょー」

二人の従兄弟のやり取りを見ながら、シンタローは思う。
常に思っているのだが、あまりにもいつもの感情なので意識した事はない。
しかし今日はヤケにひっかかる。
二人の金色の髪。
青い瞳。
いや、この二人に限らず、一族は自分を除いて皆金髪碧眼なのだ。
ただ少しずつ色味が違う。
グンマは淡い色調だがキンタローはどちらかというと鮮やかな色合いだ。
ペーパーウェイトに目を移せば、確かにあの二人の瞳の色とは全然違うな、とシンタローは思う。
これはマジックの目の色だ。

プレゼント、ちゃんと渡せば良かったのに。
子どもが買うには結構値の張りそうな物だし、俺がんばったんじゃないか?
やればあいつも喜んだだろうに、なんでやらなかったんだろう。
なんで覚えてないんだろうな。
仕事の手を休め、実験の手順に話題が移ってしまってる従兄弟達を目の端に映しながら、シンタローは青いガラスの滑らかな表面を指でなぞる。
夕べ握り締めて眠った時懐かしい感覚があった。
冷たくて青い色。

そうだ、あの頃はペーパーウェイトなんて知らなくて、宝石だと思っていたんだ。
親父の執務室にずっと飾ってあった青い石、あんなのよりもずっと親父の目の色で綺麗で、きっとすごく価値があるんだと思ったんだっけ。
子どもの俺が買うにはちょっと高くて、手伝いをして小遣いをもらったり欲しい物を我慢して一生懸命金を貯めたんだっけ。

買ってからも嬉しくて何度もグンマに見せて自慢したっけ。
そうだそうだ、だんだん思い出してきたぞ。
夜は握り締めて寝て、朝になると柔らかい布で磨いて綺麗にしてまた箱にしまっておいて。
そうだ、確か包装紙は親父の髪の色に似てるのを選んだんだっけ。すっかり色褪せちまってたけど。

とうとう話題がお菓子に移ってしまった従兄弟どもから書類だけ受け取って追い出して、『しばらくデスクワークに没頭するからもう来るな』と宣言して扉にロックをかけ、暗証番号をちょっと変更してシンタローは再び雑務に戻った。
どうせ暗証番号なんて、あいつら二人にかかればすぐに解読されてしまうのだが。

単調な書類作業は思考の整理に丁度いい。
仕事をこなしながら、あの「石」の記憶を辿ってみる。
(確か親父に『誕生日プレゼントは奮発した』とか言ってあったんだよな。
でもあげなかったのか、俺。
そんで、あの親父がその事を蒸し返したり「欲しい」「くれ」と言わないのも不思議だ。
多分一度も言われてない。なんでだ?)
思考と思い出が交差してグルグルとしてきた。
なんだか疲れてしまって思考を中断しようとした途端、おもむろに思い出した。

ああ、そうだ。
俺はあの青い色が大好きで、毎日毎日見つめてるうちに
自分の瞳が青くない事を思い知らされて、自分の髪が金色じゃない事がイヤになって
一緒に見つめてたグンマの瞳の色だって青いのに…と思ったら哀しくなって
そうして捨ててしまったんだ。
捨てたけど、でもやっぱりあの青が好きで、結局拾ってきて。
また一緒に寝てみたけど、もう嬉しい気分にもヒンヤリとした感触が楽しくもなくなってしまって。
だから包み直して自分が見えないどこかに仕舞ってしまったんだ。
何度も場所を変えて、自分が見つけられないように「思い出すな思い出すな」って必死に自分に言い聞かせてた。
哀しい気分になるのがイヤで忘れる事にしていたんだ。


「人間ってのは簡単に忘れたりできるもんなんだな」
子どもだから出来たのだろうけど。
実際は嫌な事ほど忘れられない。忘れたい事なんて山ほどあるのにな、と思う。
グンマに言われても思い出せない程、青い色を見ても回想につながらない程、子どもの俺は辛かったんだろうか?
そこはやっぱり思い出せないままだが。

そうしてシンタローは宝石のように思っていたその「石」をまた抱き締めて眠ってみた。
思い出してしまったら、昨夜のような気分にはならなかった。
しかしそれから、毎晩握り締めて眠ってみた。
あの時の気持ちを思い出せるかと思ったので。


++++++++++++++++++++++++++++++


そうして12月も11日程過ぎたある晩、さあ、寝るかーとベッドに入ろうと思ったら、賑やかな足音が聞こえてきた。
この足音は…。
「シンちゃん、ただいまー!!寂しかったかい?!パパは寂しかったよー!!」
「夜中に煩せぇよ。今日は早く寝るんだから出て行け!あとな、ひとつ言っておくが、別に寂しくなかったから。じゃあな、おやすみ!」
「シンちゃ~ん」
約二週間ぶりに騒々しくマジックが帰ってきて。
平和な日々もこれまでか…とシンタローはウンザリする。
「いや本当はね、明日の夜帰ってくるハズだったんだよー。でも明日は私の誕生日でしょ?
主役がいないとサマにならないし、無理して早く帰ってきたんだよv 『おかえりなさい』くらい言ってよ」
「あー、『オ・カ・エ・リ』。はい言ったぞ。じゃあな、おやすみ」
鬱陶しくゴネるマジックを追い出そうと背中を押していると
「あれ?私の目の色の石だね。」
とマジックが驚いたように呟く。
ベッドサイドに置いたあの青いガラスのペーパーウェイトが目についたらしい。

「…なんで知ってんだ…?」
思わず聞き返してから、シンタローは“しまった”と思った。
無視してマジックを追い出して、ペーパーウェイトを仕舞ってしまえば良かったのに。
説明なんかしたくない。
特にこいつには。
なんで俺がこれを買って、なんで俺が渡さなかったのか。
そう思ってたのに。
しかし、ふざけたようなマジックの表情がまじめな父親のそれになったので、むげに追い出すのをやめて改めて聞いてみた。

「これ、単なるペーパーウェイトだぜ?なんで「石」とか「目」とか知って…いや、言うんだ?」
「グンちゃんに聞いてたから」
マジックがあっさり答える。
「子どもの頃 シンちゃんが寝てからね、布団蹴飛ばしてないかとか、寝顔が見たくてとかで部屋に様子を見に行くとね、シンちゃんがあれを握り締めて寝てたんだよ」
「………」
「ずっと何なんだろうって思ってたけど、ある時お前が『誕生日にすっごくいい物あげるね!』って瞳を輝かせて言ってたから。
『綺麗なんだよ。あそこに飾ってある青い石より綺麗だよ』って言うから、あれがそうかなって思ったんだよ。
でもお前は当日になったら、怒ったような顔をして『プレゼントはないから!』って言ってどこかに行っちゃって。
そうしたらグンちゃんがね、『シンちゃんは本当は伯父様の目の色の石を用意してたのに、どうしたんだろう』って教えてくれたんだよ」

ソファーに腰掛けて懐かしむようにマジックが話す。
シンタローは所在なげな気分で青いガラスを手に包み込んでその掌をジッと見つめていた。

「なんでくれなかったのかな、と思って。
でも“捨てた”って言ってたけど、ある晩やっぱり握り締めて寝てるのを見かけてね、もしかしたらいつかくれるかもしれないってずっと待ってたよ」
「ふーん」
興味なさ気にシンタローは呟く。
ふと時計を見てみると、0時を過ぎていた。
もう今日は12/12、こいつの誕生日だ。
「じゃあやるよ。これ。誕生日プレゼント。丸裸で悪いけどまあいいよな」
マジックの掌に押し付けるように渡した。
マジックは少し驚いたような顔を一瞬してから
「ありがとう」
と微笑んで、そして少し間を置いてから
「なんであの時くれなかったのかな?」
と訪ねてきた。
「忘れた」
とシンタローが答えると、マジックは
「そう」
とだけ言って、その青いガラスを見つめていた。
その顔が、なんだかとても嬉しそうに見えたのがシンタローには少し意外だった。

「そんなの本当はいらねーだろ?あんたもっといいペーパーウェイト持ってるじゃねえか。だから…捨てちまってもいいぜ、それ」
自分では捨てられそうもないので、シンタローはそう言ってみた。
子どもの自分からならともかく、大人の自分からもらってもそう嬉しいものではないだろう。
たくさん必要な物でもないしな。
シンタローはそう思ったのだが
「嬉しいよ。ずっともらえるのを待ってた。なんで急に捨てようとしたのかは…わからないけど、でも捨てないで取っておいてくれてたのが嬉しかったよ」
「ふーん…」
「私の瞳の色に合わせてくれたのが嬉しかったよ。ああ、本当に良く似た色だね。綺麗だよ」
そう言われて改めて見つめてみると、本当に似た色をしている。
マジックが手に持ったガラスの小さなペーパーウェイトの青が、スタンドの光を反射して彼の顔にかかる。
その青い光が同じ色の瞳に反射してるのを見ると綺麗だな、とシンタローは思う。
綺麗だけど、切ない。
大人になって、自分が何故一族の髪と瞳の色を持っていないかの理由は解ってしまったけど、それでもやはり切ない。
切ないと思いながら、でも綺麗だと思って見惚れてしまう。
マジックはしばらくペーパーウェイトを見つめ、愛おしそうに掌に包み込み、そうして軽くキスをしてから
「これはもう私の物だから、お前が預かってて」
と言うと、シンタローの掌を開き、そこにペーパーウェイトを置くと今度はシンタローの手ごと包み込み握り締めた。
「…?」
「これは私の物で、私の瞳だよ。お前の傍に、私の代わりに置いておいて。嫌わないで、ね?」
と囁く。
「あんたにあげたんだから、いらねーんなら捨てろって」
「捨てちゃダメだよ。捨てさせないよ。私の物だからね。いらなくないよ。凄く嬉しいよ。嬉しくて大切な物だからお前に託すんだよ」
マジックは言葉を続ける。
「だってシンタロー、お前はこの石が好きなんだろう?」


別に好きじゃない、とシンタローが言おうとすると
「好きじゃないって言いたそうだね。でも少なくとも子どもの頃のお前は好きだっただろう?好きだから握り締めて、眠ってても離さないくらいギュッと握ってたんじゃないの?」
と問う。
そういえば買ったばかりの頃、握って寝たりして眠ってるうちになくしたらどうしようと思ったが、なくすどころか手から離れていた事もなかった。
あれは我ながら感動したっけ…とシンタローは思い出す。
ここしばらくもそうだ。
目を覚ました時、一度も手から離れてはいなかった。
深く考えた事はなかったが、自分はあの青いガラスのペーパーウェイトが好きなんだろうか。
マジックの瞳と同じ色の。

「私はね、お前の黒い髪と黒い瞳が大好きだよ」
と真っ直ぐな瞳でマジックが言う。
「多分お前が思ってる以上に、私はお前の髪や瞳の色が好きだよ」
いつもみたいにふざけた顔で言えばいいのに。
そうしたらふざけんな!って怒ってウヤムヤにしちまえるのに。
真面目な顔でそんな風に言われて、シンタローはなんと言っていいのかわからなくなり、ただその瞳を見返していた。
(青くて綺麗だな)
そんな事を考えながら。
「だから誕生日プレゼントには黒いペーパーウェイトをちょうだい。そうだね、黒曜石か黒玉のがいいな。そうしたらそれを握り締めて毎日眠るよv」
「はぁ?!」
唐突なマジックのおねだりに思わず聞き返す。
「だからー、ペーパーウェイトならこれをやるって言ってるだろ?」
「それは無期限でシンちゃんに預けたんだから使えないよ。それにそれはシンちゃんの10歳の時のプレゼントでしょ?私が言ってるのは“今”のシンちゃんから欲しいプレゼントだよ」
楽しそうにマジックが言う。
「その青い色はシンちゃんの欲しかった物でしょう?私は黒いのが欲しいよ」
「つまりこれは欲しくなかった、いらなかったって事かよ?」
「違うよ。私はすごく欲しかったんだよ。でもそれはシンちゃんから奪っちゃいけない物だね。だから気持ちだけもらったんだよ」
「気持ち?」
「『パパ大好きv』って気持ち」
シンタローは思わず眼魔砲を撃ちそうになって、マジックが言ってるのが10歳時の自分の気持ちの事だと理解して聞き流す事にした。
確かにあの頃の自分は、この父親が大好きだったかもしれない。
あくまでも『かもしれない』だが!

「まあいいや。とにかく黒いペーパーウェイトが欲しいって事だろ?ガラスでも金属でもいいんだろ?」
「まあそれでもいいけど。でも出来れば黒曜石か黒玉かブラックトパーズか…」
どんどん高価な請求になってきやがるな。シンタローは早々に切り上げる事にした。
「とにかく、だ!この青いのはあんたの物で俺が預かっておくという事だな。そしてあんたは黒いのが欲しいんだな。わかった。じゃあもう話はオシマイ!おやすみ。じゃな!」
マジックを追い出しにかかる。
「えー、冷たいよシンちゃん。せっかく久しぶりにお話してるのに~」
「うるせぇな。明日ってか、今日は仕事なんだよ。俺は疲れてんだから早く寝たいの!仕事が終わったらどうせ誕生パーティーやらされんだろ?その時話せばいいだろ」
「えー…」
「っていうか、あんた疲れてないのかよ?帰ってきたばっかで着替えもしねーで。寝ろよ。もう若くないんだからよ」
「シンちゃんの顔見たら疲れなんて吹っ飛んじゃうよ」
悪びれもせずに言う。
「誕生日に一番最初にシンちゃんの顔を見て声を聞きたかったんだよ」
「はあ…。じゃあもういいだろ。喋ったし」
「そうだね」
まだ何か言いたそうな顔で、それでもマジックは渋々と立ち上がる。
そして部屋を出て行く時に振り向いて
「『誕生日おめでとう』って言ってもらってないね」
と言う。
シンタローは思わずまじまじと相手の顔を見つめてしまった。
「…はぁ?!」
どこの乙女だよ、こいつは?!
「もう0時を過ぎたんだから私の誕生日だよ。おめでとうって言ってよ」
「どうせ朝になったらグンマやキンタローや、すれ違う団員達がみんな言ってくれるぜ?俺も夕食の時にでも言ってやるよ」
「今言ってほしいな。シンちゃんに一番最初に言ってほしいんだよ」
「…ああ…」
別に言ってやってもいいんだが、なんだか二人きりの時に言うのが恥ずかしいような気がしてシンタローはその言葉を避けていたのだ。
どうせ誕生日パーティーやるんだし。
黒いペーパーウェイトを買ってきて、それを渡す時に言ってやればいいかと思っていたのだ。
でも言わないとこのまま部屋に居座られそうだし。
「…………」
しばらく躊躇して、俯いたままぶっきらぼうに
「親父、誕生日おめでとう」
と小さい声で呟いた。
反応がないのでもしかしたら聞こえなかったかもしれない、もう一回言わなきゃなんないのか?と顔を上げれば、嬉しそうな表情のマジックの顔がそこにあった。
「ありがとう、シンタロー」
こいつ、俺が顔を上げるのを待っていやがったな、とちょっとムカつきながら、でもマジックがあまりに嬉しそうな顔をしてるのでまあいいかと思い直した。



やっとマジックが出て行って、静かになった部屋でシンタローは青いガラスを見つめる。
さっきまでずっと握り締めて温くなっていたのがまたヒンヤリと冷たくなっている。
ずっと触れていれば温まるのに、離すとすぐに冷たくなる所なんかマジックにそっくりだな、とシンタローは思った。
青くて冷たくて。

その晩も、また握り締めて眠った。
『だってシンタロー、お前はこの石が好きなんだろう?』
『その青い色はシンちゃんの欲しかった物でしょう?』
マジックの言葉が何度も繰り返される。
そうなのかな…。そうだったのかもな。
トロトロと眠りながらシンタローは考える。

『私はね、お前の黒い髪と黒い瞳が大好きだよ』
その言葉を反芻すると、なんだかひどく嬉しかった。

手の中には青いガラスのヒンヤリとした感触。
明日は(もう今日だが)ペーパーウェイトを買いにいかねーとな。
黒くて手の中に納まるくらいの。

ジンワリと手の中のガラスが温まっていく頃、シンタローは眠りに落ちた。
何か昔の夢を見たような気がするが、覚えてはいない。

シンタローが朝目を覚ました時、やっぱりその青いペーパーウェイトはシンタローの掌に収まったままだった。



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