「Dブロックへ行ったぞ!」
「先回りしろ !! 」
ガンマ団塔内に、サイレンが響いた。
シンタローが秘石を奪って逃走したからだった。
マジックはまるで動揺を見せなかった。部下らに平然と、秘石の奪還を命じたのだ。手段を、選ぶなと言い下して。
シンタローは走っていた。 リュックの中には一族の象徴とも言うべき青い石が入っている。シンタローの父であるマジックが部屋に飾っている宝だ。宝石というには大きすぎるが、他ならぬマジックが大切にしているものだから、ある程度の値打ちはあるのだと思う。シンタローは、だからそれを手にした。いずれ自分の物になっただろう石を、今、奪ったのだ。
マジックへの、反抗の為に。
大切な物を奪われる悲しみを、わかってほしかったから。わかってほしくて、そうして、弟を返して欲しくて。
今のシンタローには、もうそれしか方法がなかったのだ。
「シンタロー」
うまく追っ手を巻いたと思っていたシンタローの目の前に、立ちはだかる影があった。
「ちぃッ」
シンタローは腕に忍ばせたナイフを影に向かって投げた。だがそれは甲高い嫌な音を立てて弾かれてしまう。
「何!?」
敵もナイフを持っていた。しかしナイフでもって実力者シンタローの刃を弾くことは並大抵のことではない。
「あ!お前…アラシヤマ !! 」
現れた人影は、既に十年来の付き合いのある男、アラシヤマだった。
士官学校の準備コースからずっと一緒で、嫌なことに、実力面において無視することができない男だった。
「てめェ…」
通路の行く手を遮る形で現れたアラシヤマは、弾いたシンタローのナイフを拾い上げて、世間話でもするかのような軽めの口調で話しかけた。
「シンタローはん。これはまた、思い切ったことをしはりましたな」
「うるせぇ!そこをどけ。相手が誰だろうと容赦しないぜ!!」
この逃亡はシンタローにとって生まれて初めての賭けなのだ。何としてでもマジックの手から逃れなければならないのだ。
シンタローはゆっくり、新しいナイフを構えた。
裁かれざる者2
アオザワシンたろー
シンタローが生まれたのは、日本という東洋に浮かぶ島国だった。ガンマ団総帥マジックの長男として、日本人の母との間に生まれた子である。
嫡子誕生の報告はすぐさま父親であるマジックの元に届けられた。しかし、彼はシンタローの誕生を心から喜べなかった。
何故なら、マジックにとって秘石眼を受け継ぐ--まして実の--子供は『危険分子』だったからだ。
青の一族は、愛すべき者を愛せない一族だった。
そういう呪われた血筋を持っていた。
ところが、シンタローはそこに終止符を打った。驚くべきことに、シンタローは一族固有の印を、何も持っていなかったのである。
マジックの弟のサービスが、兄に呼び出されて彼の元を訪れたのは、シンタローが生まれてから一ヶ月以上もたった頃だった。
「可愛いだろう?」
マジックの側近の腕の中に、眠った小さな赤ん坊がいる。
それがシンタローだ。これでサービスは、まだ二十歳にもならないというのに『おじさん』になってしまったわけだ。
「……髪が、黒いなんて珍しいな…」
側近の腕のなかですやすやと眠っている赤ん坊の薄い髪は、母方の血を色濃く引いたのか、黒い色をしていた。今まで一族の遺伝子は他のどの遺伝子に対しても優性だったのだから、これは相当珍しいことだった。
だからサービスは初め、マジックが生まれた息子をなかなか見せてくれなかったのは、その髪のせいだと思った。
しかし、理由は他にあった。
「シンタローというのだ。驚いたか?髪だけではない。この子は…両目とも普通の目なんだよ…」
「両目とも!?」
サービスが驚くのも無理はない。それを知った時、マジックでさえ我が眼を疑ったほどなのだから。
「秘石眼を持たないなんて…そんなことがあるのか…」
驚愕の内側から、小さな感動さえ生まれる。
数々の悲劇を生み出す秘石眼を、幸運にも持たなかったという。
そう、幸運には違いない。
たとえ一族から異端な容姿でも、秘石眼など無いほうがよい。
サービスは自分の右眼があった所を思いやった。自分で抉ったその傷は、季節の変わり目ごとに痛む。
「……シンタローか、可愛いですね」
「ああ、本当にこの子は可愛いだろう。本当に…可愛いんだ」
マジックは、弟に背を向けて…はっきりとそう言った。
まるで下らない話題のように、抑揚のない口調で、我が子を、可愛いと。
「兄さん……!?」
可愛いと。……それが、父親としての言葉ではないのだということに、サービスは気がついた。
マジックの声は、シンタローを蔑んでさえいるではないか?
「兄さん…」
背を向けてしまった総帥、マジックとの間に重苦しい沈黙が訪れた。
サービスの頭に混乱が生じる。
もしシンタローが他の一族の子らと同じように秘石眼を持って生まれてきたのなら、マジックは総帥だったから、総帥なのだから、シンタローを愛せないのもわかる。
二つの秘石眼を持ち、それを制御できる最強の男なのだから…もしその座を危うくする者がいるとすれば、同族の者に他ならない。
それも、最強の血を引いた子供なら、危険性も高い。
……だからシンタローが普通の眼をして生まれてきたのは、確かに幸運だったのだ。父親から敵対視されることは絶対に無い。
この子は一族の中で初めて、本当に父親に愛される子供になれるかもしれない。サービスはそう思ったのに、マジックの声には、シンタローに対する愛情は微塵も感じられなかった。
「兄さん……」
「サービス。お前が監督してこの子を日本支部へ連れて行け。教育施設はあっちの方が整っているからな」
「…えっ?」
「本部には子供のいる場所などないよ」
マジックの言葉を合図として、側近がシンタローをサービスに渡した。あどけない寝顔を見て、サービスは問い詰めずにはいられない。
「どうして…」
マジックは笑った。
要するに、いらないのだ。
可愛い子など、いらないのだ。
それは矛盾した感情だった。
一族の男として、子供を成し、けれどその子を最も恐れる。
青の一族は愛せない子供しかつくれなかった。子供を愛することができない一族だった。
けれど。
「何故だ!」
サービスは叫んだ。
今ようやく、ただ一人の例外が生まれたというのに、マジックは、その子を愛さないというのだ。
「何も危険はないのに」
「早く連れて行け」
マジックの眼は、既に仕事の書類に移っていた。サービスはやりきれなさをどうすることもできないまま、その場を後にした。
マジックの決定は、絶対だった。たとえどれ程にサービスが訴えようと、意思は翻されまい。常なら、迷いなく断を下し一族と団を率いるマジックに尊敬の念さえ持っていたが、今はその力関係が恨めしくさえあった。
自分の運命を何も知らないシンタローは、まだ眠っている……。
マジックが日本支部を訪れたとき、その養育係りはしつこく食い下がった。
二年前、サービスからシンタローを育てるように命令された係りたちの中の一人だった。
滅多に日本を訪れないマジックに向かって、彼だけが果敢にも、シンタローに会って欲しいと直訴したのである。
身のほどをわきまえずに意見する、その養育係りを処分するのは簡単なことだったが、珍しくマジックは気まぐれを起こした。
命を失うかもしれない行動を取らせる原因となっているのは、まだ幼い彼の息子だからだ。意図的に人を動かせる年齢ではない。
では何が、この男に命懸けの行動を取らせたのか。
そこにほんの少し、興味を覚えたからである。
ガンマ団の中枢である本部と違って、日本とイギリス支部は、ジュニア研修期間を持っていた。年齢の低いうちにガンマ団に入ったものは、ここで訓練を受け、本部や戦場へ散って行く。比較的平均年齢の低い日本支部ではあったが、それでもシンタローが最年少だろう。
「あそこです、総帥」
イギリス支部の方ならば、シンタロー以外にも総帥一族の子弟がいる。けれど容姿ゆえ、シンタローは一人日本支部へやられたのだ。
養育係りにしてみれば、不本意な任務であっても時が経てば愛着もわく。それは同時に、幼いシンタローを突き放したマジックへの不審に繋がっていった。
年月が一兵士に、シンタローに父親の愛情を与えてやりたい、と思わせたのである。
マジックが案内されたのは基地内にある公園だ。
シンタローは養育係りたちと毎日公園を散歩することになっていた。
今日もそれは変わらない。
芝生の上に、まるでピクニックでもしているような呑気な一団がいる。彼らがシンタローのためのグループだ。
マジックを案内した男が仲間の元に走りより、中央にいた小さな子供を抱き抱えた。そしてその子をマジックの所に連れてきて、抱えた子のあどけない瞳を見つめ
「ジュニア、ほら、お父様ですよ」
とマジックの方を向かせたのである。
子供の存在など忘れかけていたマジックにとって、それは衝撃的な言葉だった。
係の腕の中にいる子供の髪と眼は黒い。
どこも自分と似てはいなかったが、それは確かに彼の子供だった。
マジックの血を引く、マジックに危険をもたらすかもしれなかった子供。けれど何の力も持たずに生まれてきてしまった子供。
シンタローとマジックの眼が、合った。
シンタローが誕生してから、初めてのことだった。
「ほう…。大きくなったものだ」
なまじっか、時間が経っていたからこそ冷静に子供を見つめられたのかもしれない。マジックにとって、子供はそんなに嫌な印象はなかった。それどころか、素直で綺麗な眼が愛らしい。
危険なものなど微塵も感じなかった。
むしろ、これほどに無力であるのに、苛立たしさも感じないなんて、ほとんど初めてのことである。 無力であることが、愛しくなるなんて。
マジックは己の心に沸いた感情にわずかばかり戸惑った。
「ぱ……ぱ…?」
シンタローが、マジックを見つめて尋ねた。
声は、高くて、おとなしかった。子供特有の耳障りな感じはしない。それもマジックは気にいった。
「そうだよ」
答えてやると、シンタローはぱっと笑顔になった。急に世界が明るくなった。
明るくなった……そう感じて、マジックの戸惑いは大きくなった。
何なのだ、この感じは。緊迫した事態でもないのに、心臓が脈打つ。
あどけない子供は、父親を初めて見ることが出来て嬉しいのか、手を伸ばした。
マジックの顔に、笑みが灯った。
マジックとシンタローの反応を予測していた係の男が、彼に子供を明け渡す。
マジックは、初めて自分の子を抱いた。
柔らかくて、手足なんかは小さくて、マジックの腕の中にすとんと治まってしまう子供だった。
「シンタロー……か」
「ぱぁぱ」
「そう…お前の父親だ」
マジックにとって子供が最も危険な存在であったように、シンタローにとっても最も危険な存在でしかなかったはずの『父親』マジック。
けれど。
ただ一組、一族の運命から逃れた親子。
「お前の…パパだよ……」
それは、マジックから息子への、そして自分自身への言い聞かせの言葉だった。
長い溝を埋めるための儀式だった。
「そうだ…私は、お前の父親なのだ…」
シンタローが嬉しそうにマジックの顔に手を寄せる。小さなてのひらで、確かめるように頬をなぞる。そして安心したような笑みを浮かべた。
「総帥、これからジュニアのお食事の時間ですが、御一緒にいかがでしょう」
頃合を見計らって声を掛けた係りの男に罪はない。
「ごー…はん。たべる。たつや、ごはん」
タツヤ、というのが係官の名前だ。シンタローが養育係りの名前を覚えているのは当然のことだし、空腹になれば、食事をねだることも当然のことだった。
けれども、それは今のマジックには許しがたいことでしかなかった。
私の息子が、何故他人の手から食べ物を得るのだ、と。 そしてまた、このマジックが抱いてやっているというのに、と。
その腕の中にありながら他の者に意識をやることは、たった今から罪になったのだ。
「シンタロー」
もともと、係官同様、幼いシンタローにも罪はなかったけれど、そんなことは総帥マジックの前では通用しなかった。
「ぱぱ?」
マジックは己の中に生まれたシンタローに対する所有欲に対して、素直に行動することが許される人間だった。
「そう。パパだけを見ていなさい。お前へのお仕置はまた後だ」
「?」
マジックはことさらきつくシンタローを抱くと、タツヤという若い兵士を見やった。彼は今や、マジックの知らないシンタローを知っている人間だ。それも、てなずけている人間だった。
「……食事は私のところへ運ばせろ。それから、シンタローの部屋は処分しておけ。この子は連れて行く」
「総…!」
若い兵士の驚愕を、側にいた兵士が無理やり押さえた。
総帥が望むことなら、すべて適えられなければならないのだ。もしこのとき、タツヤという若者が一言でも異を唱えようものなら、その命は既に失われていただろう。
もっともこの後、シンタローに関することは全て口外を禁じられ、前線に送られたことを思えば、どちらが彼に取って幸福だったのか。
「シンタローは、パパと行くよね?」
問いの意味などわかるはずもなかったが、マジックの笑顔を返すように、シンタローは喜んでみせた。
「いい子だ」
笑顔も声も、全部マジックのものだった。否、そうでなければならないのだと、マジックは思った。
通り過ぎた過去さえも、手に入れる権利が、自分にはあるのだ。
子供は、夜と言わず泣いた。
いつも物語を聞かせてくれていた若者の名を呼んだ。 知らない部屋を彷徨った。
擦れ違う誰も、優しく声を掛けてくれなかった。
シンタローは本部へ移されてから、二日も放って置かれた。
子供には残酷過ぎる時間だった。
恐慌状態に陥るのも、愛情に飢えるのも早かった。
小さな頭を必死に働かせて、シンタローは考えた。震えながら考えた。
誰が、助けてくれるのかを。
それはマジックが張った小さな策略。シンタローに見抜ける筈もなかった。
「覚えておくんだよシンタロー。お前はパパがいなくちゃ生きていけないんだからね」
空っぽになったシンタローの心に、暖かい掌と安心を与えて、マジックはそう囁いた。ようやく手に入れた安堵の中で、シンタローは本当にそうだと思った。
マジックが、『すべて』----なのだと。
そう、信じこまされた……。
裁かれざる者3
アオザワシンたろー
兵士らの間に、マジックのシンタローへの愛情が噂となって流れるのにそう時間はかからなかった。
兵士らにはシンタローの変化などわかるはずもない。むしろマジックの行動の方が、驚嘆をもって語られたのだ。
また、決して不用意にシンタローに触れてはならぬという暗黙の了解が出来るまでにも、時間は掛からなかった。
シンタローは『マジックが愛する者』。
それ以外の、何者でもあってはならない者。
マジックはシンタローを人目に晒すことを極端に嫌い、また、シンタローに必要と判断された極少数の者にさえ会話を禁じていたのから、そのルールの厳しさも計れようというものだ。
誰もが、シンタローに触れないようにした。
誰もが、シンタローと眼を合わせないようにしてきた。 そうして、何年も過ぎた。
「なんだ、このガキは」
ガンマ団本部、廊下の出会い頭に思わず蹴飛ばしてしまった子供に、不審の声を上げた男がいた。男の案内を言い遣っていた士官が真っ青になって、子供を抱き起こした。
「だ…大丈夫でございますか」
「…うん」
士官が、自分より子供の様子見を優先させたことに腹を立て、男がねめつける。
「コレはなんだ。ここには幼少教育機関はなかったはずだぞ」
「こ…こちらは、シンタロー様です…」
男--ハーレムに圧倒されて、士官の声はかぼそかった。
「シンタロー?なんだ、ソレは。ええ?シンタロー?待てよ、その名前は確か…」
肩まで伸びた黄金の髪の端を引っ張り、ハーレムが記憶を探った。
「思い出した、兄貴の子供だ!…ええ、コイツが !? 」
自分で言った台詞に驚いて、ハーレムは甥に当たる子供を見た。
背丈なんかハーレムの半分しかなくて、おまけに黒髪で、黒い眼で、どこかの民家の子供のようなあどけない顔をしていた。
「お前、マジックの息子か?」
シンタローは、初めて見るマジックと同じ髪の背の高い男を見上げて、呆然としていた。シンタローの記憶の中に、こんなふうにシンタローにぶつかっても堂々としている人間はいない。こんなにエラソーなのは他にいない。
「耳がないのか、お前には」
いらついて、ハーレムが叱責する。そこへ
「私のシンタローにそんな口を聞くな」
現れたのは当然、マジックだった。
「兄貴。へぇ、子煩悩だっていう兵士どものウワサは本当だっていうのかな」
「パパ!」
マジックが、手を差し延べている。だからシンタローは大好きなマジックの所へ走っていって飛びついた。
マジックの腕はいつも暖かくて力強い。他の誰も優しくしてくれないけど、マジックは特別なのだ。
このとき既に、シンタローに日本支部にいた頃の記憶は無かった。
あるのはマジックに対する絶対的な愛情。
シンタローにとって、マジックは絶対で、特別だった。唯一で、全てだった。それ以外のことは、考えられなかった。
「何か報告があったのだろう?」
シンタローを腕に抱いたまま、マジックが問う。
「ああ。今部屋にいく所だったんだ。ここでちょっとそいつを蹴っちまってな。なにしろあまりにチビで」
ハーレムがそいつ、と言ったのはもちろんシンタローだ。
だがマジックは気を悪くした様子もなく、シンタローに具合を尋ねた。
「どこか痛くしたかい?」
「ううん。大丈夫」
「そうか、じゃあ、今悪い奴をこらしめるから、ちょっと眼をつぶっておいで」
「?うん」
シンタローが眼を閉じたことを確認して、マジックが振り返ったのは、ハーレムをマジックの所へ案内していた士官だった。
「わ…わたくしは何も… !! 」
「うるさい。貴様が無能だからこうなったのだ」
士官には反論の時間は与えられなかった。
一瞬のうちに終わった制裁を当然のことのように受け止めたハーレムは、子煩悩でもやることは変わらねぇなと呟いた。
ハーレムは、シンタローが見た父親以外の初めての 「一族」だった。
マジックという名の父親は、誰よりも偉くて、たくさんの部下を持っている。ちょっと命令しただけで、皆が言う事を聞く。
そんな立派な父親は、シンタローの誇りだった。そんな立派なマジックが、誰よりも眼をかけているのは自分なのだ、そう実感する度に、シンタローは幸せな気持ちになった。マジックに愛されているということは、何よりも素敵なことだったのだ。
「サービスの奴が軍籍を抜けるって聞いたぜ?それを許したのか」
ハーレムは、シンタローが大好きなパパに対して、他の兵士のような話し方はしなかった。不思議なことだったけれど、それでもマジックの方が偉く見えたので許すことにした。パパより偉い人間なんて認めたくなかったからだ。
「何故俺の所に寄越してくれなかったんだよ。サービスのポストぐらいいくつだって作るのに」
見事な金の髪をかきあげて、ハーレムが言うのは文句だった。
「奴には奴の考えもある。放っておけ」
「しかし…」
食い下がろうとして、彼はふと視界のすみにちょこんと座っているシンタローを見つけた。マジックが下がらせようとしなかったのだ。
「なぁ坊主。お前からもお願いしろよ。サービスが遠くにいったらヤだろう?」
いきなり話題を振られたが、生憎この時まだシンタローはサービスを知らなかった。
「サービスを知らない?俺の弟で、お前の叔父にあたる。物凄いベッピンだぞ。しかも独身」
「…べっぴん?」
「そう!一番綺麗で可愛いってコトだ」
ハーレムは、自分の双子の弟をそんなふうに表現した。 その言葉にシンタローが疑問をもった。変だなあと、思った。
だって、一番綺麗で可愛いのは『シンタロー』なのだから。
シンタローの疑問を察して、マジックはハーレムを遮り、シンタローを抱き上げた。
そして
「シンちゃんの方が可愛いよv」
キスをひとつ。
機嫌を良くしたのはシンタロー。
呆然としたのはそれを見たハーレム。
キス。
キスだって?
一族最強の権力信奉者が、こんな子供に愛情を示す行動を取った。
「……子煩悩っていうのは…本当に、本当なのか…」
今の今まで、信じていなかったハーレムである。
「でもサービスおじさんも綺麗なんでしょ?」
シンタローの問い掛けに、マジックはゆっくりと首を振った。
「お前の方が、何百倍の可愛くて綺麗だよ。パパの言うことが信じられない?」
「ううん。パパの言う事はいつでも正しいんだよね」
「そうだヨ。シンタローはいい子だね」
やりとりに、まったく口を挟めないハーレムである。
さっきまで確かにマジックは彼の知る総帥だったのだが、突然別人になってしまったかのようだ。
これでは、まるきり『普通』ではないか。
「……お…驚いたな。兄貴にそういうところがあったとは…」
誰にも---自分の弟たちにさえキスひとつくれなかった兄が、何のためらいもなく唇を寄せた。
たかが二、三年会わなかった間に、一体マジックに何があったのだろうと考えても無理はない。ハーレムの知っていたマジックは、愛情など誰にも注がないような、そんな男だったのだから。
原因は--たぶん、シンタロー。
「ふーん。そいつ普通だもんな。もしそいつが一族の印を持ってたら、こうはいかなかったんじゃないか?いかな俺でも、兄貴そっくりのガキと兄貴がにこやかに並んでるトコなんて正視できないぞ…」
ハーレムの呟きに、たいした意味は無い。
けれど、シンタローにとっては重くのしかかってくる言葉だった。
「ハーレム。用が済んだなら行け。私たちはこれから昼食なのだ」
「ハイハイ。すっかり所帯じみちまって…。好きにするさ」
ハーレムが去ったあとも、シンタローの心に言葉は残った。
「シンちゃん?」
「パパ。僕、パパに似てないの?」
それは素朴な疑問だ。
けれど、シンタローの一生に関わる問題だった。
ハーレムは言ったのだ。シンタローのことを『普通』だと。似ていないのだと。
「そんなことないよ!シンちゃんはパパに似てとってもハンサムで、とっても可愛くって、とっても素敵だよ」
マジックは力強くそう答えてやる。マジックにそう言われると、シンタローもそうなんだと思える。 今までは、そうだった。
けれど。
シンタローはやがて、従兄弟のグンマと、グンマを連れてきたサービスと出会う。
そのとき、シンタローは知るのだった。
『似ていない』のではない。
自分だけが、----『違う』のだと。
次はシンちゃん苦悩の目覚め。
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「先回りしろ !! 」
ガンマ団塔内に、サイレンが響いた。
シンタローが秘石を奪って逃走したからだった。
マジックはまるで動揺を見せなかった。部下らに平然と、秘石の奪還を命じたのだ。手段を、選ぶなと言い下して。
シンタローは走っていた。 リュックの中には一族の象徴とも言うべき青い石が入っている。シンタローの父であるマジックが部屋に飾っている宝だ。宝石というには大きすぎるが、他ならぬマジックが大切にしているものだから、ある程度の値打ちはあるのだと思う。シンタローは、だからそれを手にした。いずれ自分の物になっただろう石を、今、奪ったのだ。
マジックへの、反抗の為に。
大切な物を奪われる悲しみを、わかってほしかったから。わかってほしくて、そうして、弟を返して欲しくて。
今のシンタローには、もうそれしか方法がなかったのだ。
「シンタロー」
うまく追っ手を巻いたと思っていたシンタローの目の前に、立ちはだかる影があった。
「ちぃッ」
シンタローは腕に忍ばせたナイフを影に向かって投げた。だがそれは甲高い嫌な音を立てて弾かれてしまう。
「何!?」
敵もナイフを持っていた。しかしナイフでもって実力者シンタローの刃を弾くことは並大抵のことではない。
「あ!お前…アラシヤマ !! 」
現れた人影は、既に十年来の付き合いのある男、アラシヤマだった。
士官学校の準備コースからずっと一緒で、嫌なことに、実力面において無視することができない男だった。
「てめェ…」
通路の行く手を遮る形で現れたアラシヤマは、弾いたシンタローのナイフを拾い上げて、世間話でもするかのような軽めの口調で話しかけた。
「シンタローはん。これはまた、思い切ったことをしはりましたな」
「うるせぇ!そこをどけ。相手が誰だろうと容赦しないぜ!!」
この逃亡はシンタローにとって生まれて初めての賭けなのだ。何としてでもマジックの手から逃れなければならないのだ。
シンタローはゆっくり、新しいナイフを構えた。
裁かれざる者2
アオザワシンたろー
シンタローが生まれたのは、日本という東洋に浮かぶ島国だった。ガンマ団総帥マジックの長男として、日本人の母との間に生まれた子である。
嫡子誕生の報告はすぐさま父親であるマジックの元に届けられた。しかし、彼はシンタローの誕生を心から喜べなかった。
何故なら、マジックにとって秘石眼を受け継ぐ--まして実の--子供は『危険分子』だったからだ。
青の一族は、愛すべき者を愛せない一族だった。
そういう呪われた血筋を持っていた。
ところが、シンタローはそこに終止符を打った。驚くべきことに、シンタローは一族固有の印を、何も持っていなかったのである。
マジックの弟のサービスが、兄に呼び出されて彼の元を訪れたのは、シンタローが生まれてから一ヶ月以上もたった頃だった。
「可愛いだろう?」
マジックの側近の腕の中に、眠った小さな赤ん坊がいる。
それがシンタローだ。これでサービスは、まだ二十歳にもならないというのに『おじさん』になってしまったわけだ。
「……髪が、黒いなんて珍しいな…」
側近の腕のなかですやすやと眠っている赤ん坊の薄い髪は、母方の血を色濃く引いたのか、黒い色をしていた。今まで一族の遺伝子は他のどの遺伝子に対しても優性だったのだから、これは相当珍しいことだった。
だからサービスは初め、マジックが生まれた息子をなかなか見せてくれなかったのは、その髪のせいだと思った。
しかし、理由は他にあった。
「シンタローというのだ。驚いたか?髪だけではない。この子は…両目とも普通の目なんだよ…」
「両目とも!?」
サービスが驚くのも無理はない。それを知った時、マジックでさえ我が眼を疑ったほどなのだから。
「秘石眼を持たないなんて…そんなことがあるのか…」
驚愕の内側から、小さな感動さえ生まれる。
数々の悲劇を生み出す秘石眼を、幸運にも持たなかったという。
そう、幸運には違いない。
たとえ一族から異端な容姿でも、秘石眼など無いほうがよい。
サービスは自分の右眼があった所を思いやった。自分で抉ったその傷は、季節の変わり目ごとに痛む。
「……シンタローか、可愛いですね」
「ああ、本当にこの子は可愛いだろう。本当に…可愛いんだ」
マジックは、弟に背を向けて…はっきりとそう言った。
まるで下らない話題のように、抑揚のない口調で、我が子を、可愛いと。
「兄さん……!?」
可愛いと。……それが、父親としての言葉ではないのだということに、サービスは気がついた。
マジックの声は、シンタローを蔑んでさえいるではないか?
「兄さん…」
背を向けてしまった総帥、マジックとの間に重苦しい沈黙が訪れた。
サービスの頭に混乱が生じる。
もしシンタローが他の一族の子らと同じように秘石眼を持って生まれてきたのなら、マジックは総帥だったから、総帥なのだから、シンタローを愛せないのもわかる。
二つの秘石眼を持ち、それを制御できる最強の男なのだから…もしその座を危うくする者がいるとすれば、同族の者に他ならない。
それも、最強の血を引いた子供なら、危険性も高い。
……だからシンタローが普通の眼をして生まれてきたのは、確かに幸運だったのだ。父親から敵対視されることは絶対に無い。
この子は一族の中で初めて、本当に父親に愛される子供になれるかもしれない。サービスはそう思ったのに、マジックの声には、シンタローに対する愛情は微塵も感じられなかった。
「兄さん……」
「サービス。お前が監督してこの子を日本支部へ連れて行け。教育施設はあっちの方が整っているからな」
「…えっ?」
「本部には子供のいる場所などないよ」
マジックの言葉を合図として、側近がシンタローをサービスに渡した。あどけない寝顔を見て、サービスは問い詰めずにはいられない。
「どうして…」
マジックは笑った。
要するに、いらないのだ。
可愛い子など、いらないのだ。
それは矛盾した感情だった。
一族の男として、子供を成し、けれどその子を最も恐れる。
青の一族は愛せない子供しかつくれなかった。子供を愛することができない一族だった。
けれど。
「何故だ!」
サービスは叫んだ。
今ようやく、ただ一人の例外が生まれたというのに、マジックは、その子を愛さないというのだ。
「何も危険はないのに」
「早く連れて行け」
マジックの眼は、既に仕事の書類に移っていた。サービスはやりきれなさをどうすることもできないまま、その場を後にした。
マジックの決定は、絶対だった。たとえどれ程にサービスが訴えようと、意思は翻されまい。常なら、迷いなく断を下し一族と団を率いるマジックに尊敬の念さえ持っていたが、今はその力関係が恨めしくさえあった。
自分の運命を何も知らないシンタローは、まだ眠っている……。
マジックが日本支部を訪れたとき、その養育係りはしつこく食い下がった。
二年前、サービスからシンタローを育てるように命令された係りたちの中の一人だった。
滅多に日本を訪れないマジックに向かって、彼だけが果敢にも、シンタローに会って欲しいと直訴したのである。
身のほどをわきまえずに意見する、その養育係りを処分するのは簡単なことだったが、珍しくマジックは気まぐれを起こした。
命を失うかもしれない行動を取らせる原因となっているのは、まだ幼い彼の息子だからだ。意図的に人を動かせる年齢ではない。
では何が、この男に命懸けの行動を取らせたのか。
そこにほんの少し、興味を覚えたからである。
ガンマ団の中枢である本部と違って、日本とイギリス支部は、ジュニア研修期間を持っていた。年齢の低いうちにガンマ団に入ったものは、ここで訓練を受け、本部や戦場へ散って行く。比較的平均年齢の低い日本支部ではあったが、それでもシンタローが最年少だろう。
「あそこです、総帥」
イギリス支部の方ならば、シンタロー以外にも総帥一族の子弟がいる。けれど容姿ゆえ、シンタローは一人日本支部へやられたのだ。
養育係りにしてみれば、不本意な任務であっても時が経てば愛着もわく。それは同時に、幼いシンタローを突き放したマジックへの不審に繋がっていった。
年月が一兵士に、シンタローに父親の愛情を与えてやりたい、と思わせたのである。
マジックが案内されたのは基地内にある公園だ。
シンタローは養育係りたちと毎日公園を散歩することになっていた。
今日もそれは変わらない。
芝生の上に、まるでピクニックでもしているような呑気な一団がいる。彼らがシンタローのためのグループだ。
マジックを案内した男が仲間の元に走りより、中央にいた小さな子供を抱き抱えた。そしてその子をマジックの所に連れてきて、抱えた子のあどけない瞳を見つめ
「ジュニア、ほら、お父様ですよ」
とマジックの方を向かせたのである。
子供の存在など忘れかけていたマジックにとって、それは衝撃的な言葉だった。
係の腕の中にいる子供の髪と眼は黒い。
どこも自分と似てはいなかったが、それは確かに彼の子供だった。
マジックの血を引く、マジックに危険をもたらすかもしれなかった子供。けれど何の力も持たずに生まれてきてしまった子供。
シンタローとマジックの眼が、合った。
シンタローが誕生してから、初めてのことだった。
「ほう…。大きくなったものだ」
なまじっか、時間が経っていたからこそ冷静に子供を見つめられたのかもしれない。マジックにとって、子供はそんなに嫌な印象はなかった。それどころか、素直で綺麗な眼が愛らしい。
危険なものなど微塵も感じなかった。
むしろ、これほどに無力であるのに、苛立たしさも感じないなんて、ほとんど初めてのことである。 無力であることが、愛しくなるなんて。
マジックは己の心に沸いた感情にわずかばかり戸惑った。
「ぱ……ぱ…?」
シンタローが、マジックを見つめて尋ねた。
声は、高くて、おとなしかった。子供特有の耳障りな感じはしない。それもマジックは気にいった。
「そうだよ」
答えてやると、シンタローはぱっと笑顔になった。急に世界が明るくなった。
明るくなった……そう感じて、マジックの戸惑いは大きくなった。
何なのだ、この感じは。緊迫した事態でもないのに、心臓が脈打つ。
あどけない子供は、父親を初めて見ることが出来て嬉しいのか、手を伸ばした。
マジックの顔に、笑みが灯った。
マジックとシンタローの反応を予測していた係の男が、彼に子供を明け渡す。
マジックは、初めて自分の子を抱いた。
柔らかくて、手足なんかは小さくて、マジックの腕の中にすとんと治まってしまう子供だった。
「シンタロー……か」
「ぱぁぱ」
「そう…お前の父親だ」
マジックにとって子供が最も危険な存在であったように、シンタローにとっても最も危険な存在でしかなかったはずの『父親』マジック。
けれど。
ただ一組、一族の運命から逃れた親子。
「お前の…パパだよ……」
それは、マジックから息子への、そして自分自身への言い聞かせの言葉だった。
長い溝を埋めるための儀式だった。
「そうだ…私は、お前の父親なのだ…」
シンタローが嬉しそうにマジックの顔に手を寄せる。小さなてのひらで、確かめるように頬をなぞる。そして安心したような笑みを浮かべた。
「総帥、これからジュニアのお食事の時間ですが、御一緒にいかがでしょう」
頃合を見計らって声を掛けた係りの男に罪はない。
「ごー…はん。たべる。たつや、ごはん」
タツヤ、というのが係官の名前だ。シンタローが養育係りの名前を覚えているのは当然のことだし、空腹になれば、食事をねだることも当然のことだった。
けれども、それは今のマジックには許しがたいことでしかなかった。
私の息子が、何故他人の手から食べ物を得るのだ、と。 そしてまた、このマジックが抱いてやっているというのに、と。
その腕の中にありながら他の者に意識をやることは、たった今から罪になったのだ。
「シンタロー」
もともと、係官同様、幼いシンタローにも罪はなかったけれど、そんなことは総帥マジックの前では通用しなかった。
「ぱぱ?」
マジックは己の中に生まれたシンタローに対する所有欲に対して、素直に行動することが許される人間だった。
「そう。パパだけを見ていなさい。お前へのお仕置はまた後だ」
「?」
マジックはことさらきつくシンタローを抱くと、タツヤという若い兵士を見やった。彼は今や、マジックの知らないシンタローを知っている人間だ。それも、てなずけている人間だった。
「……食事は私のところへ運ばせろ。それから、シンタローの部屋は処分しておけ。この子は連れて行く」
「総…!」
若い兵士の驚愕を、側にいた兵士が無理やり押さえた。
総帥が望むことなら、すべて適えられなければならないのだ。もしこのとき、タツヤという若者が一言でも異を唱えようものなら、その命は既に失われていただろう。
もっともこの後、シンタローに関することは全て口外を禁じられ、前線に送られたことを思えば、どちらが彼に取って幸福だったのか。
「シンタローは、パパと行くよね?」
問いの意味などわかるはずもなかったが、マジックの笑顔を返すように、シンタローは喜んでみせた。
「いい子だ」
笑顔も声も、全部マジックのものだった。否、そうでなければならないのだと、マジックは思った。
通り過ぎた過去さえも、手に入れる権利が、自分にはあるのだ。
子供は、夜と言わず泣いた。
いつも物語を聞かせてくれていた若者の名を呼んだ。 知らない部屋を彷徨った。
擦れ違う誰も、優しく声を掛けてくれなかった。
シンタローは本部へ移されてから、二日も放って置かれた。
子供には残酷過ぎる時間だった。
恐慌状態に陥るのも、愛情に飢えるのも早かった。
小さな頭を必死に働かせて、シンタローは考えた。震えながら考えた。
誰が、助けてくれるのかを。
それはマジックが張った小さな策略。シンタローに見抜ける筈もなかった。
「覚えておくんだよシンタロー。お前はパパがいなくちゃ生きていけないんだからね」
空っぽになったシンタローの心に、暖かい掌と安心を与えて、マジックはそう囁いた。ようやく手に入れた安堵の中で、シンタローは本当にそうだと思った。
マジックが、『すべて』----なのだと。
そう、信じこまされた……。
裁かれざる者3
アオザワシンたろー
兵士らの間に、マジックのシンタローへの愛情が噂となって流れるのにそう時間はかからなかった。
兵士らにはシンタローの変化などわかるはずもない。むしろマジックの行動の方が、驚嘆をもって語られたのだ。
また、決して不用意にシンタローに触れてはならぬという暗黙の了解が出来るまでにも、時間は掛からなかった。
シンタローは『マジックが愛する者』。
それ以外の、何者でもあってはならない者。
マジックはシンタローを人目に晒すことを極端に嫌い、また、シンタローに必要と判断された極少数の者にさえ会話を禁じていたのから、そのルールの厳しさも計れようというものだ。
誰もが、シンタローに触れないようにした。
誰もが、シンタローと眼を合わせないようにしてきた。 そうして、何年も過ぎた。
「なんだ、このガキは」
ガンマ団本部、廊下の出会い頭に思わず蹴飛ばしてしまった子供に、不審の声を上げた男がいた。男の案内を言い遣っていた士官が真っ青になって、子供を抱き起こした。
「だ…大丈夫でございますか」
「…うん」
士官が、自分より子供の様子見を優先させたことに腹を立て、男がねめつける。
「コレはなんだ。ここには幼少教育機関はなかったはずだぞ」
「こ…こちらは、シンタロー様です…」
男--ハーレムに圧倒されて、士官の声はかぼそかった。
「シンタロー?なんだ、ソレは。ええ?シンタロー?待てよ、その名前は確か…」
肩まで伸びた黄金の髪の端を引っ張り、ハーレムが記憶を探った。
「思い出した、兄貴の子供だ!…ええ、コイツが !? 」
自分で言った台詞に驚いて、ハーレムは甥に当たる子供を見た。
背丈なんかハーレムの半分しかなくて、おまけに黒髪で、黒い眼で、どこかの民家の子供のようなあどけない顔をしていた。
「お前、マジックの息子か?」
シンタローは、初めて見るマジックと同じ髪の背の高い男を見上げて、呆然としていた。シンタローの記憶の中に、こんなふうにシンタローにぶつかっても堂々としている人間はいない。こんなにエラソーなのは他にいない。
「耳がないのか、お前には」
いらついて、ハーレムが叱責する。そこへ
「私のシンタローにそんな口を聞くな」
現れたのは当然、マジックだった。
「兄貴。へぇ、子煩悩だっていう兵士どものウワサは本当だっていうのかな」
「パパ!」
マジックが、手を差し延べている。だからシンタローは大好きなマジックの所へ走っていって飛びついた。
マジックの腕はいつも暖かくて力強い。他の誰も優しくしてくれないけど、マジックは特別なのだ。
このとき既に、シンタローに日本支部にいた頃の記憶は無かった。
あるのはマジックに対する絶対的な愛情。
シンタローにとって、マジックは絶対で、特別だった。唯一で、全てだった。それ以外のことは、考えられなかった。
「何か報告があったのだろう?」
シンタローを腕に抱いたまま、マジックが問う。
「ああ。今部屋にいく所だったんだ。ここでちょっとそいつを蹴っちまってな。なにしろあまりにチビで」
ハーレムがそいつ、と言ったのはもちろんシンタローだ。
だがマジックは気を悪くした様子もなく、シンタローに具合を尋ねた。
「どこか痛くしたかい?」
「ううん。大丈夫」
「そうか、じゃあ、今悪い奴をこらしめるから、ちょっと眼をつぶっておいで」
「?うん」
シンタローが眼を閉じたことを確認して、マジックが振り返ったのは、ハーレムをマジックの所へ案内していた士官だった。
「わ…わたくしは何も… !! 」
「うるさい。貴様が無能だからこうなったのだ」
士官には反論の時間は与えられなかった。
一瞬のうちに終わった制裁を当然のことのように受け止めたハーレムは、子煩悩でもやることは変わらねぇなと呟いた。
ハーレムは、シンタローが見た父親以外の初めての 「一族」だった。
マジックという名の父親は、誰よりも偉くて、たくさんの部下を持っている。ちょっと命令しただけで、皆が言う事を聞く。
そんな立派な父親は、シンタローの誇りだった。そんな立派なマジックが、誰よりも眼をかけているのは自分なのだ、そう実感する度に、シンタローは幸せな気持ちになった。マジックに愛されているということは、何よりも素敵なことだったのだ。
「サービスの奴が軍籍を抜けるって聞いたぜ?それを許したのか」
ハーレムは、シンタローが大好きなパパに対して、他の兵士のような話し方はしなかった。不思議なことだったけれど、それでもマジックの方が偉く見えたので許すことにした。パパより偉い人間なんて認めたくなかったからだ。
「何故俺の所に寄越してくれなかったんだよ。サービスのポストぐらいいくつだって作るのに」
見事な金の髪をかきあげて、ハーレムが言うのは文句だった。
「奴には奴の考えもある。放っておけ」
「しかし…」
食い下がろうとして、彼はふと視界のすみにちょこんと座っているシンタローを見つけた。マジックが下がらせようとしなかったのだ。
「なぁ坊主。お前からもお願いしろよ。サービスが遠くにいったらヤだろう?」
いきなり話題を振られたが、生憎この時まだシンタローはサービスを知らなかった。
「サービスを知らない?俺の弟で、お前の叔父にあたる。物凄いベッピンだぞ。しかも独身」
「…べっぴん?」
「そう!一番綺麗で可愛いってコトだ」
ハーレムは、自分の双子の弟をそんなふうに表現した。 その言葉にシンタローが疑問をもった。変だなあと、思った。
だって、一番綺麗で可愛いのは『シンタロー』なのだから。
シンタローの疑問を察して、マジックはハーレムを遮り、シンタローを抱き上げた。
そして
「シンちゃんの方が可愛いよv」
キスをひとつ。
機嫌を良くしたのはシンタロー。
呆然としたのはそれを見たハーレム。
キス。
キスだって?
一族最強の権力信奉者が、こんな子供に愛情を示す行動を取った。
「……子煩悩っていうのは…本当に、本当なのか…」
今の今まで、信じていなかったハーレムである。
「でもサービスおじさんも綺麗なんでしょ?」
シンタローの問い掛けに、マジックはゆっくりと首を振った。
「お前の方が、何百倍の可愛くて綺麗だよ。パパの言うことが信じられない?」
「ううん。パパの言う事はいつでも正しいんだよね」
「そうだヨ。シンタローはいい子だね」
やりとりに、まったく口を挟めないハーレムである。
さっきまで確かにマジックは彼の知る総帥だったのだが、突然別人になってしまったかのようだ。
これでは、まるきり『普通』ではないか。
「……お…驚いたな。兄貴にそういうところがあったとは…」
誰にも---自分の弟たちにさえキスひとつくれなかった兄が、何のためらいもなく唇を寄せた。
たかが二、三年会わなかった間に、一体マジックに何があったのだろうと考えても無理はない。ハーレムの知っていたマジックは、愛情など誰にも注がないような、そんな男だったのだから。
原因は--たぶん、シンタロー。
「ふーん。そいつ普通だもんな。もしそいつが一族の印を持ってたら、こうはいかなかったんじゃないか?いかな俺でも、兄貴そっくりのガキと兄貴がにこやかに並んでるトコなんて正視できないぞ…」
ハーレムの呟きに、たいした意味は無い。
けれど、シンタローにとっては重くのしかかってくる言葉だった。
「ハーレム。用が済んだなら行け。私たちはこれから昼食なのだ」
「ハイハイ。すっかり所帯じみちまって…。好きにするさ」
ハーレムが去ったあとも、シンタローの心に言葉は残った。
「シンちゃん?」
「パパ。僕、パパに似てないの?」
それは素朴な疑問だ。
けれど、シンタローの一生に関わる問題だった。
ハーレムは言ったのだ。シンタローのことを『普通』だと。似ていないのだと。
「そんなことないよ!シンちゃんはパパに似てとってもハンサムで、とっても可愛くって、とっても素敵だよ」
マジックは力強くそう答えてやる。マジックにそう言われると、シンタローもそうなんだと思える。 今までは、そうだった。
けれど。
シンタローはやがて、従兄弟のグンマと、グンマを連れてきたサービスと出会う。
そのとき、シンタローは知るのだった。
『似ていない』のではない。
自分だけが、----『違う』のだと。
次はシンちゃん苦悩の目覚め。
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始まりの物語(キンタロー編)
アオザワシンたろー
「最初のレールは、俺が敷いてやるよ」
適当な言葉が見つけられず、だた黙って睨むことしかできない男に、シンタローは笑ってそう告げた。
「高松の見舞いにも行った、勉強も始めた、ついでに髪も切ってさっぱりしたオマエサンは、どこへ行きたい?」
かつて確かに同一の魂だと思っていた存在が、今では手の届かないところに居るような、そんな錯覚が男を襲う。
「なぁ、キンタロー?」
「俺の名はそれに決定なのか…」
やっとのことで不満を口にすれば、総帥服に身を包んだ男…シンタローがことさら満足気な表情をした。
「いいじゃないか、俺とそっくりで」
語呂が笑えるとか、なし崩しにつけられたあだ名じゃないかとか、そういうことはこの男にはどうでも良いことらしい。
キンタローは否も応も言えず、かといってうつむくといった態度も取れず、やはりまだ、シンタローを睨み据えていた。
「俺の側に来いよ」
口調はあくまでも軽い。
「来たいんだろ?ほら、手を伸ばせ」
シンタローが、動こうとしない男の手を取ってそっと持ち上げる。
キンタローはそれに触発されて、長い黒髪に触れた。
少し引っ張るようにしても相手が怒った様子はない。
彼はそのまま暫らくシンタローの髪をもてあそんだ。
「ここに来る前、アラシヤマに会った」
「アラシヤマ?なんだ、突然」
シンタローは、急にもたらされた名の、ここに居ない男を思い浮かべた。
「さっき俺のところへやってきて、シンタローの隣は、渡さんと言った」
「…へーえ」
シンタローは、しばし考え込むようにしてから、軽く笑った。
「なるほど。それで、オメーは俺を取られまいとしてここへ来たってわけね」
子供のように髪を掴むキンタローの手を指差すと、彼は唖然として、それから叫んだ。
「何だと !? 」
「だって現に焚き付けられてんだろ?オメーがどっちに進みたいか迷ってることなんて、誰にだってわかってるんだぜ?」
だから、最初のレールは敷いてやると、シンタローは言ったのだけれど。
「俺んとこに来たいんだろ?いいぜ?ただし、知力体力時の運、全部有るやつじゃねーとだめだけどな」
言外に、側にいたいなら努力しろと言われ。
キンタローは口を引き結び、手を離した。
「あんな男に俺が劣るものか」
「ハイ、その意気その意気」
「シンタロー!」
そろそろ仕事に戻らないとと言って、シンタローはデスクにつく。キンタローはまるで追い払われるようにして部屋を後にした。
閉じてしまった扉の向こうにいる男に触れた、己の手の平を見つめる。
それから、彼はそれをぐっと握り締めた。
ガンマ団の敷地の隅。
男が一人、膝を抱えている。
「いくら総帥命令とはいえ、なんでわてが、会いたくも無い男に会い、贈りたくも無いエールを贈らなあきませんの。やっかいなライバルが増えてしまいますやないの~」
涙するナンバー2の嘆きを知るモノは、誰もなかった。
かの総帥を、除いては、誰も。
--------------------------------------------------------------------------------
シンちゃん、放っておけないでしょ、このテの図体のでかい子供をさ~。
南国最後に、キンちゃんをあっさり受け入れたシンタローさんならこれぐらいヤルかなって思って。
そしてアラシヤマをアゴで使う俺サマ(笑)
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アオザワシンたろー
「最初のレールは、俺が敷いてやるよ」
適当な言葉が見つけられず、だた黙って睨むことしかできない男に、シンタローは笑ってそう告げた。
「高松の見舞いにも行った、勉強も始めた、ついでに髪も切ってさっぱりしたオマエサンは、どこへ行きたい?」
かつて確かに同一の魂だと思っていた存在が、今では手の届かないところに居るような、そんな錯覚が男を襲う。
「なぁ、キンタロー?」
「俺の名はそれに決定なのか…」
やっとのことで不満を口にすれば、総帥服に身を包んだ男…シンタローがことさら満足気な表情をした。
「いいじゃないか、俺とそっくりで」
語呂が笑えるとか、なし崩しにつけられたあだ名じゃないかとか、そういうことはこの男にはどうでも良いことらしい。
キンタローは否も応も言えず、かといってうつむくといった態度も取れず、やはりまだ、シンタローを睨み据えていた。
「俺の側に来いよ」
口調はあくまでも軽い。
「来たいんだろ?ほら、手を伸ばせ」
シンタローが、動こうとしない男の手を取ってそっと持ち上げる。
キンタローはそれに触発されて、長い黒髪に触れた。
少し引っ張るようにしても相手が怒った様子はない。
彼はそのまま暫らくシンタローの髪をもてあそんだ。
「ここに来る前、アラシヤマに会った」
「アラシヤマ?なんだ、突然」
シンタローは、急にもたらされた名の、ここに居ない男を思い浮かべた。
「さっき俺のところへやってきて、シンタローの隣は、渡さんと言った」
「…へーえ」
シンタローは、しばし考え込むようにしてから、軽く笑った。
「なるほど。それで、オメーは俺を取られまいとしてここへ来たってわけね」
子供のように髪を掴むキンタローの手を指差すと、彼は唖然として、それから叫んだ。
「何だと !? 」
「だって現に焚き付けられてんだろ?オメーがどっちに進みたいか迷ってることなんて、誰にだってわかってるんだぜ?」
だから、最初のレールは敷いてやると、シンタローは言ったのだけれど。
「俺んとこに来たいんだろ?いいぜ?ただし、知力体力時の運、全部有るやつじゃねーとだめだけどな」
言外に、側にいたいなら努力しろと言われ。
キンタローは口を引き結び、手を離した。
「あんな男に俺が劣るものか」
「ハイ、その意気その意気」
「シンタロー!」
そろそろ仕事に戻らないとと言って、シンタローはデスクにつく。キンタローはまるで追い払われるようにして部屋を後にした。
閉じてしまった扉の向こうにいる男に触れた、己の手の平を見つめる。
それから、彼はそれをぐっと握り締めた。
ガンマ団の敷地の隅。
男が一人、膝を抱えている。
「いくら総帥命令とはいえ、なんでわてが、会いたくも無い男に会い、贈りたくも無いエールを贈らなあきませんの。やっかいなライバルが増えてしまいますやないの~」
涙するナンバー2の嘆きを知るモノは、誰もなかった。
かの総帥を、除いては、誰も。
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シンちゃん、放っておけないでしょ、このテの図体のでかい子供をさ~。
南国最後に、キンちゃんをあっさり受け入れたシンタローさんならこれぐらいヤルかなって思って。
そしてアラシヤマをアゴで使う俺サマ(笑)
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夜、島にて
アオザワシンたろー
「あ!見てイトウちゃん、ほらシンタローさんよ!」
「ほんとだわ。シンタローさーん!こんな時間にどこいくのー?」
島は、もう住民がそれぞれねぐらに戻っている時刻。
一人で艦を降りたシンタローは、背後から迫り来る気配に眉をひそめた。
「あらシンタローさん、あの赤い服脱いだのね!」
「じゃあこれからパプワくんちに行くんでしょ!だったら私たちも一緒に…」
南国モードに戻ったシンタローはひとまず、溜め無しガンマ砲でナマモノを吹き飛ばした。
手馴れたもので、周囲の木の一本にも、被害を与えていない。
自分の仕事に満足しながらシンタローは、血を流しながら痛みにうち震える二匹を見下ろした。
その口元が、意識せずほころぶ。
「…まぁ有る意味、懐かしいって言やぁ懐かしいぞ、オメェらでも」
「そのわりには愛が痛いんですけど」
のたうつ殻をひと蹴りして、シンタローは歩を進めた。
「ついてくんじゃねぇぞ。来たらもう一発ぶちかます」
その声はどこか楽しげで、だからつい二人組のナマモノは、四年前に戻ったような幸福な錯覚を起こして見送ってしまった。
彼はやっと、等身大の自分で弟に会いにゆくのだ。
そんなことが、声だけでわかってしまった。
「ねぇタンノちゃん」
「なあにイトウちゃん」
二人は、転がったまま目線を合わせた。
「シンタローさんって、…なんだかすごく格好良くなってない?」
「アタシもそう思ってたのよ!以前のシンタローさんも格好良かったけど、今のシンタローさんはもっと素敵!」
誰も聞いていないのに、二人は声を潜めて熱弁を振るう。
「以前のシンタローさんには母性本能をくすぐられちゃってたけど、今はもう、『アタシをどうにでもしてッ』て感じ」
「いやーんもー!イトウちゃんたら!それじゃアタシはねッ、『愛人にしてッ』!」
「ヒワイわよヒワイわよタンノちゃんッ!」
ぎゃーとかキャーとか、その後暫らく森は騒がしかったとか。
おわるん♪
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アオザワシンたろー
「あ!見てイトウちゃん、ほらシンタローさんよ!」
「ほんとだわ。シンタローさーん!こんな時間にどこいくのー?」
島は、もう住民がそれぞれねぐらに戻っている時刻。
一人で艦を降りたシンタローは、背後から迫り来る気配に眉をひそめた。
「あらシンタローさん、あの赤い服脱いだのね!」
「じゃあこれからパプワくんちに行くんでしょ!だったら私たちも一緒に…」
南国モードに戻ったシンタローはひとまず、溜め無しガンマ砲でナマモノを吹き飛ばした。
手馴れたもので、周囲の木の一本にも、被害を与えていない。
自分の仕事に満足しながらシンタローは、血を流しながら痛みにうち震える二匹を見下ろした。
その口元が、意識せずほころぶ。
「…まぁ有る意味、懐かしいって言やぁ懐かしいぞ、オメェらでも」
「そのわりには愛が痛いんですけど」
のたうつ殻をひと蹴りして、シンタローは歩を進めた。
「ついてくんじゃねぇぞ。来たらもう一発ぶちかます」
その声はどこか楽しげで、だからつい二人組のナマモノは、四年前に戻ったような幸福な錯覚を起こして見送ってしまった。
彼はやっと、等身大の自分で弟に会いにゆくのだ。
そんなことが、声だけでわかってしまった。
「ねぇタンノちゃん」
「なあにイトウちゃん」
二人は、転がったまま目線を合わせた。
「シンタローさんって、…なんだかすごく格好良くなってない?」
「アタシもそう思ってたのよ!以前のシンタローさんも格好良かったけど、今のシンタローさんはもっと素敵!」
誰も聞いていないのに、二人は声を潜めて熱弁を振るう。
「以前のシンタローさんには母性本能をくすぐられちゃってたけど、今はもう、『アタシをどうにでもしてッ』て感じ」
「いやーんもー!イトウちゃんたら!それじゃアタシはねッ、『愛人にしてッ』!」
「ヒワイわよヒワイわよタンノちゃんッ!」
ぎゃーとかキャーとか、その後暫らく森は騒がしかったとか。
おわるん♪
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青の属性
アオザワシンたろー
シンタローがマジック様の愛を拒めないのは、いわば道理。
「贖罪の方法がみつかりません」
自嘲するように、カーテンで締めきられた研究室の中、罪人は言った。
シンタローは、秘石一族の血を引いていないどころか、秘石の申し子だった。
一族のために生まれ、一族の為に生きる。
青の番人である彼が、その青一族最強の男に求められて、拒めるはずはない。
何故なら、それこそは道理だからだ。
そこにシンタローの意思は関係ない。
彼は自分から長の元を離れることは出来ない。
秘石にもそれがわかっていたから、彼を番人として箱舟に留めることをしなかった。
「高松…」
「そう睨まないでください、キンタロー様。これを打ち明けることも私が受けねばならぬ罰だとはわかっていますが…」
島から戻り、奇跡的な回復を遂げた高松は、既に研究室に戻っていた。だが、ぎこちなく、そして全てが未来へ向かって動き出したガンマ団で、彼はまだ過去に思いをはせていた。
「あなたが一つずつ学び、成長していく姿を見ることができて、私はとても幸福です。ですがそれは背中合わせに私に罪を自覚させる」
手にしていたファイルを棚に戻し、彼は優秀な教え子でもあるキンタローを振り返った。
長い間あいまいな自我だけで眠っていたルーザーの息子は、ほんの数ヶ月で目を見張る成長を見せた。以前のように激高することも無くなり、一日の大半を、グンマや高松と共に研究室で過ごす。
「私とサービスのせいで、あなたを苦しめ、グンマ様を苦しめ、…そしてシンタロー総帥を今も」
「やめろ、高松」
キンタローは座っていたデスクを立つと、高松の背後にある窓に手を伸ばし、カーテンを開けた。
部屋の中いっぱいに、太陽光が差し込んだ。
光りが金髪の縁で弾かれた。
「キンタロー様…」
眩しそうに眼を細める男に対して、半分ほども年若いキンタローは不遜に構えた。
「お前の言う罪とは、シンタローが生まれてしまったことを言っているのか。それともシンタローがマジックに持つ思いを言っているのか」
「その二つは同義です」
「そんなこと、あいつは一笑に付すだろうな」
高松は、己の告白に動じないキンタローに、かすかな感動を覚えた。揺るがないのは、幼いからなのかそれとも、彼が。
「シンタローは、あるがままの自分を受け入れてしまった。あいつの側に、俺のような中途半端な存在があることも、お前のような罪びとが居ることも、全部だ」
それとも、彼が。
「ではお尋ねしましょう。シンタローだけではなく、マジック前総帥も『そう』だとしたら?」
キンタローが、質問を反芻して眉をひそめた。
「何を訊かれているのかわからない」
高松は、キンタローに並んで窓辺に立つ。
窓外には実験庭園の緑が見えた。植物の世話も、彼の研究の一部だ。今ではキンタローもそれに関わっている。
一度は総帥の座を狙ったキンタローは、帰還してあっさりとその地位への拘りを捨ててしまった。まるでそんな意図は元から無かったかのようだった。熱心に植物を観察したりする姿は、だが時々、実験庭園の向こうにそびえる本部塔を見上げる。
視線の先にいるのは、常にシンタローだ。
だから高松は確信したのだ。
キンタローがシンタローに拘るのは、幼いからではなく、彼が。
「何を訊かれているのか、わからない…ですか。では言い方を変えましょう」
高松が、緑の向こうを見上げた。
「あなたが番人であるシンタローに惹かれるのは、あなたが一族の人間だからではないでしょうか」
慎重だが思いきった言葉に、不釣合いなほどの陽光が降り注ぐ。
数秒か数分か。
高松は沈黙に耐えた。
キンタローの表情が、困惑から驚愕へ、そして厳かに怒りへと変わる。
「…お前を殴りたくなってきた」
拳を震わせて、彼は耐えた。高松の言う罪の意味が理解できたのだ。
マジックは、シンタローが秘石の一部であったから、手元に置いておく必要があったのだ。そこにマジックの意思は関係ない。ただ一族の血がそうさせる…高松は、そう言ったのだ。
シンタロー側だけではない。
マジックの側にも、見えない力が働いている。
「罰してください」
「証拠は…因果関係を証明できるのか」
何かを堪えるような声に、高松は、いまだ、とだけ答えた。
「ではそれはお前の推測なんだな」
「『推測』というものには、『根拠』があることはお教えしましたね」
「だが証明できない」
「それは学者の考え方ではありませんよ、キンタロー様」
証明できないから、正しくないということにはならない。
そんなことはあらゆる分野の先人の歴史が示している。
「あなたが彼に惹かれるのは『何故』ですか」
マジックには、息子だからという理由が。
キンタローには同じ時を重ねた相手だからという理由が。
同様に、一族にはそれぞれの理由がある。だが、その理由の更に奥深いところに流れるもの。
高松の告白は、それを指摘するものだ。
「俺は…ッ」
キンタローは、握った拳を空いた手で抑えつけた。
「俺の心は俺のものだ。俺はあいつに惹かれてなんかいない」
まるでそれは自らに言い聞かせているようだと、高松は思う。
シンタローの引力に抵抗できる一族はいない。そしてまた、一族に抵抗できる番人もいない。
罪の深さに、高松は己の足元を見つめた。
「高松」
「はい」
「それを、シンタローに…言うな」
はっとして、彼は顔を上げた。
光りの中、キンタローの決意が見えた。ルーザーの面影を持った、それでいてルーザーとは明らかに異なる強いまなざし。
彼は選んだのだ。
罰することよりも、尊いものを。
高松は息を詰め、そしてゆっくりと吐き出した。
「もう…話しました」
「何だと」
唖然とするキンタローに、みすぼらしい姿が映っただろう。高松は窓枠に手をかけて続けた。
「何しろ彼は、当事者ですから」
キンタローが言葉を失った。
高松は首を振るようにして、彼の反応を待った。
しばらくして、やっと次の言葉が返る。
「それで…あいつは、なんと?」
罪人は肩をすくめた。
「私がこうして今も生きていることが、答えです。完敗ですよ、彼には」
一度にたくさんの事実がつきつけられていたから、いちいち動じなくなってしまうほどどこかが麻痺していたのだとは、考えたくなかった。それほど、シンタローは真摯に話を受け止めていた。
だから。
「しかも、あなたにこの話をしても良いともおっしゃいました」
だから、怯むな。
前に進む為に必要なら、そうしろと、言外に言われたような気がした。
親子ほど年の離れた若者に、態度で諭された。
「受けいれた…というのか?あいつが、そんな話を…」
キンタローには、推測内容よりもそちらの方が受け入れがたいようだった。
彼はデスクへ戻ると無言で腰掛け、卓上で指を組み合わせた。
混乱しながらも、気持ちを整理しようとしているのが手に取るようにわかった。
高松は扉へと足を向ける。もうここからは、キンタロー自身の問題だった。シンタローがそうだったように、彼も罰を与えてはくれない。そんなことに、手を割いてはくれないのだ。
「温室を見てきます」
ノブに手をかけても、制止の声はかからなかった。
キンタローはやがて、シンタローの元へ赴くだろう。今日か、明日か。
高松は、それは遠い日のことではないとだけ、感じていた。
終
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このお話のすぐ後に、「はじまりの物語(キンタロー編)」が来ます。
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邂逅
アオザワシンたろー
「詳しい報告だぁ !? 殲滅完了っつっただろ!殺すな?知らないねェ」
『ハーレム様!それでは私がシンタロー総帥に叱られますッ』
その飛空艦は、ほんの数人で制御可能なガンマ団最速の船だった。ブリッジにはわずか4人の人影しかない。
その4人とは、ハーレム率いる特戦部隊だった。今もまた一つ戦場を後にしてきたばかりだ。
高度を上げ、自動航行に切りかえる頃に、それは起こった。隊長ハーレムが通信機に向かって怒鳴りつけたのだ。
「あーあ、隊長ったらまた本部からお小言食らってるみたいじゃん?」
「新総帥とは相当ウマが合わんようだ」
「…」
新体制との軋轢など気にもせぬ特戦部隊にあって、隊長のハーレムだけが総帥と同族だ。
前総帥への義理だとか対面だとかもあって、下っ端三人のように気楽に構えているわけにもいかない。かといってこれまでの部隊の方針をそうそう変えられるはずもない。
かくしてハーレムは本部と度々衝突するはめになるのだった。
「あー、キレちゃったよ」
イタリア人が楽しそうに眺める先、ついに彼らの隊長がヘッドセットを床に叩きつけた。そのまま振り返りもせず、フロアを踏みつけながら出てゆく。
「隊長ー、戦利品、全部飲まないでくださいよ~」
返事はなく、自動扉が無常にも閉まった。
休憩室に積み込んである酒樽は年代物の高級品だ。
彼らにしてみればたった一晩の糧にすぎない。不機嫌な隊長に掛かっては、一晩だってもたないかもしれない。
「計器オールグリーン。自動に切りかえる」
マーカーとGが淡々と作業を進め、ロッドも慌てて持ち場の切り替えスイッチを押した。もたもたしていては本当に自分の分がなくなってしまう。
「おっしゃ、隊長のご機嫌うかがいがてら、酒盛りとしゃれこもうぜ!」
真っ先にイタリア人が、続いてGが席を立つ。
マーカーも部屋を後にしようとしてふと、フロアに転がっているヘッドセットを拾い上げた。ハーレムが叩きつけたそれは、驚いたことに、まだ通信が切れていなかった。
スピーカー部から音声が漏れている。
一方的に話を終わらせたハーレムに対し怒りを爆発させているような様子だった。
マーカーは何気なくそれを耳に当てた。
『ふざけんなこの借金野郎ーッ!』
一介のオペレーターにしては見事なキレっぷりである。
実際こんなセルフをハーレムが耳にしようものならとんでもないことになってしまう。
マーカーはため息をついた。
「…隊長は部屋へ戻られた。総帥への報告は、今聞いた通りを伝えればいい」
電源を切ろうと指をコンソールに伸ばしながらそう言ったマーカーは、だが切ることは出来なかった。
『なんだとコラ、もっぺん言ってみやがれ一兵卒ッ』
一兵卒。
さぁっと気分が冷めてゆくのが自分でもわかった。
マーカーは耳に当てたヘッドセットをひびが入るほど握り締める。
「この私を雑兵と同列に論じるとは…」
『ハーレムの手下に特戦も雑兵もあるかッ。おい、お前!奴をそこに引きずって来い!今日という今日は逃がさねぇぞ』
マーカーはスイッチを切る為に伸ばしていた手で、握りこぶしを作る。
「マーカー、どうした?」
背後からGに声をかけられ、はっとして手の力を緩めた。
無表情な同僚は、通信を切らないマーカーを不審に思っていたようだ。
「…先に行け。私はこの辺を片付けてから上がる」
こんなとき、余計な詮索をしない寡黙さはGの美徳だろう。
マーカーは仲間の去ったブリッジで、再びマイクを手にすると、改めてシートへ腰を下ろした。
「…ハーレム隊長や我ら特戦部隊にそんなぞんざいな口が聞けるとは…。今、通信機を握っている貴様は何者だ」
『つべこべ言わずにあいつを出せッ』
マーカーは簡単な消去法を試みる。
ハーレムを目下呼ばわりできる者は、ガンマ団においては非常に数が限られている。
その中でも、若い青年の声とくれば、相手は。
「…シンタロー総帥…」
若くして就任した総帥の姿が頭に浮かんだ。
ハーレム隊長の甥にして、前総帥の後継者だった若者だ。そして、弟子だったアラシヤマの同僚でもある。
何がどう転んだのか、弟子はすっかりこの新総帥に心酔してしまっていた。持っていたはずの刺客としての素養も、骨の髄まで叩き込んだ信念も、あっさりとこの男に塗りかえられてしまっていた。
オペレーターではハーレム相手に埒があかないと思ったのだろう。どうやら担当からマイクをぶんどったというところか。
「これは…新総帥閣下。ご機嫌麗しゅう」
『どっからそういうおべっかが出てくんだか』
マイクの向こうからは、呆れたような反応。
台詞から、マーカーの推測は正しいことが証明された。
『大体、なんでモニターに出さねぇんだよ。その辺からいいかげんだぞ、オメェら』
正論である。顔が映っていれば通信機を放り出すなどということはできまい。
だが、こちらは特戦部隊だ。
ハーレムの行動が隊のルールである。
『俺の命令はオメェらにまでちゃんと届いてんのかよ』
マーカーは記憶を探ってみたが、今回の戦闘についてそもそもの命令など思い出せなかった。面倒な連中がいるから掃除しようと、確か隊長が言っていたのはそんな台詞だった。
教えてやれば案の定、若い総帥の血圧が上がったようだった。
若い。
本当にまだ、団を背負って立つには青すぎる。
彼はアラシヤマと同年代だったから、二十五になるかならないかだ。
今のガンマ団から殺傷能力を削いで、この新総帥は何を目指そうというのか。
「隊長は先ほど以上の報告をするつもりはないようです」
とりあえず、それだけ繰り返せば、向こう側からは諦めの混じったため息がもれた。
『…やりすぎだ。ちったぁ、手ぇ抜きやがれ』
敵国崩壊。
それは、この若者にとっては望まない結果だったのだろう。
しかし、とマーカーは思う。
「中途半端に叩けば、報復を招きます」
暴力で構成される世界にあっては、それは基本的なルール。まさか知らないわけではあるまい。それでも、つい口に出た。
相手がシンタローだったからだと、後からマーカーは思った。
手を離れたとはいえ、弟子を簡単に手中に収めてしまった男。
自分の何がこの男に劣っていたのかわからない。
『誰もそのままにするなんて言ってねぇだろ。弱ってるとこに駄目押しする手は考えてあったんだよ。それをオメェらときたら…』
彼の言い分を聞いていると、まるで自分たちが聞き分けのない子供のように思われている気がした。実際、ハーレムに対する口調はまさにそれなのだが、新総帥にとっては隊員も隊長とひとからげなのかもしれない。
『もういい。わかった。次の命令まで待機しとけ』
ハーレムがどうあってももうマイクに出るつもりが無いとわかったか、シンタローが話を切り上げた。
そもそも、相手がハーレムだと思っていたから通信に出たのだ。
「待っ…」
マイクの向こうから、何か通信士と話す音が聞こえ、そして静かになった。
マーカーは、何故だかもう少し…話をしていたかったような、そんな気持ちに襲われた。
シンタローと直接話すのはこれが初めてだったせいかもしれない。彼についてはハーレムからの又聞きばかりだし、アラシヤマにいたっては言うことに要領を得ない。
マーカーはため息をついて、シートにもたれかかるようにした。
結局、自分は名乗りさえしなかったな、と思った。
そして。
『…んだよ。用があるんじゃねぇのかよ』
ぎょっとして、身を乗り出した。
「シ…シンタロー総帥 !? 」
『マイク口で怒鳴るな、馬鹿』
てっきり切れたと思っていた回線は、まだ生きていた。
「な…」
思わず、何も映し出していないモニターを凝視してしまう。それから手元の通信状態パネルを見下ろすと、確かに回線接続ランプが点灯したままだった。
「…切れたとばかり…」
『ぁあー?何言ってんだよ。オメェが待てって言うから、待ってやったんだろうが!』
声は不機嫌一直線だ。
更に話を催促する。
マーカーは眼をしばたたかせ、それからシートにどっと腰を落とした。
「なんという…」
『何か言ったか?よく聞こえねーぞ!』
腹の底から笑いがこみ上げてくる。
どう言えばいいのか。
どう感じ取ればいいのか。
マーカーは眼を覆うように額に手をあて、記憶の中の若者を思い浮かべた。
『用は無ぇのか !? んじゃあ切るからな!』
更に一方的に念押しして、今度こそ通信ランプは切れた。
マーカーは、静かなモニター画面に向かって手を伸ばす。
自然と口元が歪む。シンタローがそこにいれば、炎撃を放っていたかもしれない。
アラシヤマと同じ轍を踏むつもりはない。
だが。
モニターが何も映していなくて本当に良かったと、心の底からそう思った。
終。
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4巻。「新総帥もその叔父も不器用な男達ですから」 だから何故シンタローさんのことをそんなにご存知なんで?(笑)
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アオザワシンたろー
「詳しい報告だぁ !? 殲滅完了っつっただろ!殺すな?知らないねェ」
『ハーレム様!それでは私がシンタロー総帥に叱られますッ』
その飛空艦は、ほんの数人で制御可能なガンマ団最速の船だった。ブリッジにはわずか4人の人影しかない。
その4人とは、ハーレム率いる特戦部隊だった。今もまた一つ戦場を後にしてきたばかりだ。
高度を上げ、自動航行に切りかえる頃に、それは起こった。隊長ハーレムが通信機に向かって怒鳴りつけたのだ。
「あーあ、隊長ったらまた本部からお小言食らってるみたいじゃん?」
「新総帥とは相当ウマが合わんようだ」
「…」
新体制との軋轢など気にもせぬ特戦部隊にあって、隊長のハーレムだけが総帥と同族だ。
前総帥への義理だとか対面だとかもあって、下っ端三人のように気楽に構えているわけにもいかない。かといってこれまでの部隊の方針をそうそう変えられるはずもない。
かくしてハーレムは本部と度々衝突するはめになるのだった。
「あー、キレちゃったよ」
イタリア人が楽しそうに眺める先、ついに彼らの隊長がヘッドセットを床に叩きつけた。そのまま振り返りもせず、フロアを踏みつけながら出てゆく。
「隊長ー、戦利品、全部飲まないでくださいよ~」
返事はなく、自動扉が無常にも閉まった。
休憩室に積み込んである酒樽は年代物の高級品だ。
彼らにしてみればたった一晩の糧にすぎない。不機嫌な隊長に掛かっては、一晩だってもたないかもしれない。
「計器オールグリーン。自動に切りかえる」
マーカーとGが淡々と作業を進め、ロッドも慌てて持ち場の切り替えスイッチを押した。もたもたしていては本当に自分の分がなくなってしまう。
「おっしゃ、隊長のご機嫌うかがいがてら、酒盛りとしゃれこもうぜ!」
真っ先にイタリア人が、続いてGが席を立つ。
マーカーも部屋を後にしようとしてふと、フロアに転がっているヘッドセットを拾い上げた。ハーレムが叩きつけたそれは、驚いたことに、まだ通信が切れていなかった。
スピーカー部から音声が漏れている。
一方的に話を終わらせたハーレムに対し怒りを爆発させているような様子だった。
マーカーは何気なくそれを耳に当てた。
『ふざけんなこの借金野郎ーッ!』
一介のオペレーターにしては見事なキレっぷりである。
実際こんなセルフをハーレムが耳にしようものならとんでもないことになってしまう。
マーカーはため息をついた。
「…隊長は部屋へ戻られた。総帥への報告は、今聞いた通りを伝えればいい」
電源を切ろうと指をコンソールに伸ばしながらそう言ったマーカーは、だが切ることは出来なかった。
『なんだとコラ、もっぺん言ってみやがれ一兵卒ッ』
一兵卒。
さぁっと気分が冷めてゆくのが自分でもわかった。
マーカーは耳に当てたヘッドセットをひびが入るほど握り締める。
「この私を雑兵と同列に論じるとは…」
『ハーレムの手下に特戦も雑兵もあるかッ。おい、お前!奴をそこに引きずって来い!今日という今日は逃がさねぇぞ』
マーカーはスイッチを切る為に伸ばしていた手で、握りこぶしを作る。
「マーカー、どうした?」
背後からGに声をかけられ、はっとして手の力を緩めた。
無表情な同僚は、通信を切らないマーカーを不審に思っていたようだ。
「…先に行け。私はこの辺を片付けてから上がる」
こんなとき、余計な詮索をしない寡黙さはGの美徳だろう。
マーカーは仲間の去ったブリッジで、再びマイクを手にすると、改めてシートへ腰を下ろした。
「…ハーレム隊長や我ら特戦部隊にそんなぞんざいな口が聞けるとは…。今、通信機を握っている貴様は何者だ」
『つべこべ言わずにあいつを出せッ』
マーカーは簡単な消去法を試みる。
ハーレムを目下呼ばわりできる者は、ガンマ団においては非常に数が限られている。
その中でも、若い青年の声とくれば、相手は。
「…シンタロー総帥…」
若くして就任した総帥の姿が頭に浮かんだ。
ハーレム隊長の甥にして、前総帥の後継者だった若者だ。そして、弟子だったアラシヤマの同僚でもある。
何がどう転んだのか、弟子はすっかりこの新総帥に心酔してしまっていた。持っていたはずの刺客としての素養も、骨の髄まで叩き込んだ信念も、あっさりとこの男に塗りかえられてしまっていた。
オペレーターではハーレム相手に埒があかないと思ったのだろう。どうやら担当からマイクをぶんどったというところか。
「これは…新総帥閣下。ご機嫌麗しゅう」
『どっからそういうおべっかが出てくんだか』
マイクの向こうからは、呆れたような反応。
台詞から、マーカーの推測は正しいことが証明された。
『大体、なんでモニターに出さねぇんだよ。その辺からいいかげんだぞ、オメェら』
正論である。顔が映っていれば通信機を放り出すなどということはできまい。
だが、こちらは特戦部隊だ。
ハーレムの行動が隊のルールである。
『俺の命令はオメェらにまでちゃんと届いてんのかよ』
マーカーは記憶を探ってみたが、今回の戦闘についてそもそもの命令など思い出せなかった。面倒な連中がいるから掃除しようと、確か隊長が言っていたのはそんな台詞だった。
教えてやれば案の定、若い総帥の血圧が上がったようだった。
若い。
本当にまだ、団を背負って立つには青すぎる。
彼はアラシヤマと同年代だったから、二十五になるかならないかだ。
今のガンマ団から殺傷能力を削いで、この新総帥は何を目指そうというのか。
「隊長は先ほど以上の報告をするつもりはないようです」
とりあえず、それだけ繰り返せば、向こう側からは諦めの混じったため息がもれた。
『…やりすぎだ。ちったぁ、手ぇ抜きやがれ』
敵国崩壊。
それは、この若者にとっては望まない結果だったのだろう。
しかし、とマーカーは思う。
「中途半端に叩けば、報復を招きます」
暴力で構成される世界にあっては、それは基本的なルール。まさか知らないわけではあるまい。それでも、つい口に出た。
相手がシンタローだったからだと、後からマーカーは思った。
手を離れたとはいえ、弟子を簡単に手中に収めてしまった男。
自分の何がこの男に劣っていたのかわからない。
『誰もそのままにするなんて言ってねぇだろ。弱ってるとこに駄目押しする手は考えてあったんだよ。それをオメェらときたら…』
彼の言い分を聞いていると、まるで自分たちが聞き分けのない子供のように思われている気がした。実際、ハーレムに対する口調はまさにそれなのだが、新総帥にとっては隊員も隊長とひとからげなのかもしれない。
『もういい。わかった。次の命令まで待機しとけ』
ハーレムがどうあってももうマイクに出るつもりが無いとわかったか、シンタローが話を切り上げた。
そもそも、相手がハーレムだと思っていたから通信に出たのだ。
「待っ…」
マイクの向こうから、何か通信士と話す音が聞こえ、そして静かになった。
マーカーは、何故だかもう少し…話をしていたかったような、そんな気持ちに襲われた。
シンタローと直接話すのはこれが初めてだったせいかもしれない。彼についてはハーレムからの又聞きばかりだし、アラシヤマにいたっては言うことに要領を得ない。
マーカーはため息をついて、シートにもたれかかるようにした。
結局、自分は名乗りさえしなかったな、と思った。
そして。
『…んだよ。用があるんじゃねぇのかよ』
ぎょっとして、身を乗り出した。
「シ…シンタロー総帥 !? 」
『マイク口で怒鳴るな、馬鹿』
てっきり切れたと思っていた回線は、まだ生きていた。
「な…」
思わず、何も映し出していないモニターを凝視してしまう。それから手元の通信状態パネルを見下ろすと、確かに回線接続ランプが点灯したままだった。
「…切れたとばかり…」
『ぁあー?何言ってんだよ。オメェが待てって言うから、待ってやったんだろうが!』
声は不機嫌一直線だ。
更に話を催促する。
マーカーは眼をしばたたかせ、それからシートにどっと腰を落とした。
「なんという…」
『何か言ったか?よく聞こえねーぞ!』
腹の底から笑いがこみ上げてくる。
どう言えばいいのか。
どう感じ取ればいいのか。
マーカーは眼を覆うように額に手をあて、記憶の中の若者を思い浮かべた。
『用は無ぇのか !? んじゃあ切るからな!』
更に一方的に念押しして、今度こそ通信ランプは切れた。
マーカーは、静かなモニター画面に向かって手を伸ばす。
自然と口元が歪む。シンタローがそこにいれば、炎撃を放っていたかもしれない。
アラシヤマと同じ轍を踏むつもりはない。
だが。
モニターが何も映していなくて本当に良かったと、心の底からそう思った。
終。
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4巻。「新総帥もその叔父も不器用な男達ですから」 だから何故シンタローさんのことをそんなにご存知なんで?(笑)
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