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<1>

 三十分後、ウィローは、よろめいた足取りで本部の中をうろつき回っていた。姿勢のバランスがとりにくくて、歩きづらいこと甚だしい。
 彼が歩を進める度、周りからは、奇異なものでも見るような視線が降りそそぐ。
「おみゃあさんた、何見とらっせるの! おきゃあせ!(おまえ達、何を見てるんだよ! 放っとけ!)」
 不愉快極まれり、といった口調で、ウィローは一喝した。ただでさえ機嫌の悪いところへもってきて、見せ物状態なのだ。苛立ちはもっともだった。たとえその原因が自分にあろうとも、である。……それでも言葉遣いそのものは敬語的表現である辺り、律儀かもしれない。
「……ああ、ごがわくがや! 何で今日に限って顔見知りに会わーせんのきゃいも(ああ、腹が立つぜ! 何故今日に限って顔見知りに会わないんだろうな)」
 ぶつぶつと文句を言いながら、ウィローは衆人環視の中を通り抜けていった。
 殆ど傲然として、けれど……。
 進んでゆけばゆくほど、不安ばかりが増大する。
 ……もう自分は元の姿には戻れないのだろうか?
 せめて知人を呼び止めることができればいくらか状況は改善されるのだろうが、困ったことに、遭遇するのは先刻から見ず知らずの者ばかりである。資料として記憶しているかどうかは別問題だ。
「ワシ……ずっとこのままなのきゃあ……?」
 ウィローは涙ぐみそうになって立ち止まった。いい加減息もあがってしまっている。これ以上さまようことはできそうになかった。
 立っていられなくなって、ぽてっと膝をつく。その時、
「――あ……」
 ウィローのぼやけかけた視界に、一つ向こうのエリアを横切る同僚の姿が映った。
「見つけたぎゃあ……」



 アラシヤマは書類束を抱えて通路を歩いていた。
 若いと言えど、既にガンマ団実戦部隊ナンバー2の実力者である。戦場にいる間の責任者としての立場はまだしも、帰還すればさまざまな報告書と関わらなくてはならない。もっとも事実上の作成は部下の仕事であり、彼はそれに目を通して修正してから更に上に提出するだけではあるのだが。
「やれやれ……こないなことなら、戦うとるほうがよっぽど気が楽や」
 ぼやきが口をついて出てしまう。ぼさついた髪の毛をぐしゃっとかきまわして、アラシヤマは角を曲がりかけた。その途端、
 くんっ
 服の袖が斜め下からひっぱられる。
「………?」
 アラシヤマは不自然な重力の元凶を見下ろした。視線の先にいるのは……。
「あんさん、誰や?」
 息を乱した五、六歳の男の子が、アラシヤマの上衣の袖を握り締めたまま彼を見上げていた。ただでさえ華奢な身体つきの上に紳士物の服をそのまま着ているらしく、ぶかぶかを通り越して生地が半分くらい余っている。帽子はともすればずり落ちかけ、まとっているマントなど、床を、男児の身の丈分ほどずるずると引きずっていた。
「やっとこさ知り合ぁに会えたわ……。ワシだぎゃ」
「は?」
 ボーイソプラノで、男の子はとんでもない喋り方をした。
「どえりゃあ、すたこいてまったて。……作った薬を、うっかり飲んでまったんだぎゃあ。助けたってちょー(すごく難航してしまったぜ。……作った薬を、うっかり飲んでしまったんだ。助けてやってくれよ)」
「へ?」
 状況が掴めず、アラシヤマはまじまじと男の子を見つめた。どう見ても幼稚園だ。この年頃で本部にいるということは、既に殺し屋としての命を受けていることになる。よほど優秀なのか、訳のある任務なのか―何にせよ、普通このような場所で見かけるはずのない子供だった。
「あきまへんえ、坊。……ここは、あんさんの来るところやおまへん」
 言葉に、ぶんぶんと、男の子は首をしきりに振る。殆ど脳味噌はシェイク状態ではなかろうか。
「違いますのんか? ほんなら……わてに何か用どすか?」
 どこかで見覚えがあると思いつつ、アラシヤマは訊ねた。サイドの髪だけ伸ばしてカールさせた男の子は、目に見えてむっとした。
「………」
「何処かで会うたことがありましたやろか」
「おみゃあさん、たーけきゃあも! ちーとにすねゃあ? まんだわっかーせんのきゃあ!?(おまえ、バカかよ! ちょっと鈍いんじゃねえの? まだ判らないのか!?)」
 その爆発的な口調に、アラシヤマは思わずしげしげと男の子を見やった。
「待っとくれやす。この外見……この服装……この喋り方……。まさか……ひょっとして、名古屋ウィローはん――」
 こくこくこく。
 男の子は何度も頷いた。シェイクされた脳味噌が流れ出すのではないかと思われる勢いである。
「――の隠し子……」
 ピシ……ッ
 空間に亀裂の入る音がする。男の子の、アラシヤマの服の袖を掴んだ拳はふるふると小刻みに震えていた。
 アラシヤマは気付かず、しきりに妙な感心をしている。
「……ウィローはんも隅に置けまへんな。こんな大きな隠し子がおらはったとは。それにしても、すると幾つの時の息子はんなんでっしゃろ……」
 てんてんてん……ぶつっ!
 怒りのオーラを背負った男の子から、革紐をぶち切ったような効果音が聞こえた。彼はアラシヤマの制服から手を離して一歩離れた。
 地鳴りが周辺で起こったかと思うと、突如、空間に綺麗に入ったひび割れの、その次元のはざまから、魔術師御用達の杖が出現した。
 げんっっ!
 触れる者もないまま、魔法使いの杖はアラシヤマの後頭部をしたたか殴りつけた。
「………っ!! ☆$@※#っっ!!」
 声にならない悲鳴。昏倒しなかっただけ、日頃の鍛え方がものを言ったというところである。
「なっ、何どすか?」
 頭を押さえて、アラシヤマは凶器を見た。杖は宙を飛んで、男の子の手の中に納まった。
「たーけたこと言っとりゃあすな! 本人だて!(バカなことを言ってんじゃねえよ! 本人だ!)」
「ほ・ん・に・ん?」
 身長差のせいで上目遣いにアラシヤマを睨みつける男の子。
 アラシヤマはまじまじと見なおした。
 目付きといい顔立ちといい髪型といい、あまりに幼くはあるが、血縁ではすまされないほど確かにそっくりである。
「ほんまのほんまにウィローはん……?」
「……最初からそう言っとるがね」
 アラシヤマは叫びだしそうになるのをこらえ、ひざまずいて、男の子――ウィローと目線の高さを合わせた。
「一体どうしはったんでっか!? 薬を飲んだ……て、どないなもんなんどす」
「大人を子供に変える薬だがや。ワシ、ずっとそれを作っとったんだわ」
「それを飲まはったんどすか?」
 ウィローは首肯した。
「それで、そないな姿に……。せやけど、いつもやったら誰ぞ実験台にしはるのに、今回は自分で試したんどすなァ。ええことどすわ」
「違うて! 間違えてまっただけだなも。薬を自分で飲むわけねゃあがや。ほんなおそぎゃあことしやあすか(間違えてしまっただけなんだ。薬を自分で飲むわけないじゃないか。そんな怖いことするかよ)」
 ウィローは心底不本意そうに否定した。自分で飲むのが恐ろしいような薬を、他人には平気で使う辺り、やはりガンマ団の人間の思考回路は常人のものではない。
「不可抗力どすか。……それにしても、いつまでも子供の姿でおるわけにはいきまへんやろ。元に戻る薬を作りはったらどないどす? ウィローはんやったら簡単にできますやろに」
 アラシヤマが深い心づもりもなくそう口にした途端、彼を見上げていたウィローの目にじわぁーっと涙が浮かび上がった。
「う……」
 今にも泣きだしそうに、しかし必死にこらえているらしいウィローの様子に、アラシヤマは泡を食った。
「ウ……ウィローはんっ!!」
「忘れたんだぎゃ……」
 小さな声でウィローは呟いた。涙声寸前である。
「忘れたって、何を――」
「……中和薬の作り方だぎゃあ……」
「えええぇぇーっっ?」
 思わずアラシヤマは大声を出した。何事かと、通行人がじろじろと彼を見てゆく。見かけない小さな子供と、しゃがみこんでいる実戦部隊幹部。目立つことは必至であった。
「まるきり覚えとれせんのだがや。ワシ……ワシ……」
 見る間に、溜まった涙が決壊しかける。
「……もう元に戻れーせんのだぎゃあーっ!」
 遂にウィローは泣きだしてしまった。左手にマジックワンドを握り締めたまま、抑えがきかないように声をあげている。
「うえぇーんっ。えぐえぐ」
「ウィローはん!」
「わぁーん! ひっく。ふえぇぇーん!」
 その泣き方は、幼児そのものだった。元から決して大人びた性格ではないが、少なくともこんなふうに泣くはずはなかった。外見年齢と共に、その意識も幼児退行を起こしているのかもしれない。
「ウィローはん、泣かんといてや……ウィローはんっ」
「うわあぁーん!」
 アラシヤマとウィローの周囲には人垣ができつつあった。
 このまま通路にとどまっていることはできない。盛大に泣きわめいているウィローを置いて立ち去ることは簡単だが――またわけの判らない攻撃がくることがなければ、の話だが――、アラシヤマの性格上、義理人情にもとる行為は不可能だった。
 子供になってしまい、中和薬の成分組成も忘れてしまって、おそらくウィローは、どうしたらいいのかパニック状態でガンマ団本部をさまよい歩いたのだろう。そしてその果てに知人であるアラシヤマの姿を見つけるまで、どれほど彼が心細かったことか……。そう思い、アラシヤマはいたわりを篭めてウィローの肩に手をかけた。
「わてにできる限りのことはさせてもらいますよって、泣きやんでおくれやす」
「……ほんときゃあ?」
 まだぼろぼろと涙をこぼしながら、ウィローはアラシヤマの顔を見た。
「ほんまどす。……そうや、ドクターのところに行きまひょ。あのお人やったら何とかしてくれはるかもしれまへんえ。それに、急激に若返ったことによる身体の拒否反応とか、薬の副作用とか、調べてもらわなあきまへんし。な?」
 アラシヤマは促した。こくん、と頷いて、ウィローは布地の余っているシャツの袖でごしごしと目をこすった。
「決まりや。ほな行くとしまひょか」
 アラシヤマはついと立ち上がった。
「しかし……この亀裂、何とかならんもんでっしゃろか」
 ウィローは持っている杖に目をやった。嗚咽の余韻を残す声で呪文を唱える。
「……ラゥ・シュゼア・グルス……幽き地よりいでし、魔に属するあまたのもの達よ、我が名、WILLOW――惑わせし幻影・Will-o'-the-wispの名のもとに命ずる。おのが地に還りてすべきことを為せ。然らざれば盟約に於いて、その身その魂は永劫の束縛を受けんものとせり。我が命に従え。さすれば暝闇の安息を与えん――」
 確かにその時、幼い彼の姿には『魔法使い名古屋ウィロー』の面影が重なっていた。
 ウィローがマジックワンドで次元の断層を指し示すと、空気の流れのようなものに応じて亀裂が少しずつ閉じていった。完全に裂け目が見えなくなったとき、彼の手にした杖も消滅した。
「……消したぎゃあ」
 術を行っている時の、元の姿を彷彿させる妖々とした雰囲気から一転して、ウィローは再び幼児と化していた。自分のいたずらの後始末をして親の裁定を待つ子供のような表情で、彼はアラシヤマを仰ぐ。アラシヤマはしばし悩んだ末、礼を述べた。
「……おおきに。さて、医務室に行きまっせ」
 ぽん、とウィローの頭をたたき、アラシヤマは目的地の方向へ足を向けた。
「ほらほら、あんさんら、邪魔どすえ! 退いてんか」
 アラシヤマは、周囲を取り囲んでいた団員たちを蹴散らすように道をつくった。そのままつかつかと通り過ぎる。
 ウィローは小走りにそのあとを追いかけようとして、大きすぎる着衣と靴に足をとられ、つんのめった。アラシヤマの姿を見つけるまでも散々繰り返して、実は既にボロボロである。
「………。」
 べしゃっとすっ転んだ状態のまま、ウィローは起き上がらなかった。何メートルか先に行ったところで振り返ったアラシヤマは、額を押さえ、深いため息をついた。出会った時ズタボロで荒い呼吸をしていた理由が痛いほど理解できる。
「よう判りました……わてが抱いて連れていかしていただきますわ」
 アラシヤマは一旦引き返し、ウィローをひょいと抱き上げた。
転んだ拍子に落ちた帽子を、拾ってかぶせ直してやる。
 まだその場に残っている者たちに、アラシヤマは鋭い視線を投げた。
「いつまでおるんどすか、ここは持ち場やあらしまへん。ちゃっちゃと仕事に戻りなはれ!」
 それから彼は、重さを感じていないような歩調で再び歩きだした。



「……でーれーたきゃあなも(すごく高いな)」
 医務室への道中、ウィローはアラシヤマに抱えられながら、はしゃいでいた。まだまつげが濡れているのがご愛敬である。
「ほらほら、ウィローはん、あんまり動くと危のうおまっせ」
 アラシヤマはたしなめるような口調をつくった。腕力には自信がある。五、六歳児がちょっとやそっと暴れたくらいでは、その身体をささえてやるのに何の支障もないのだが、彼はつい、ウィローの最上級の安全性を追求してしまうのだった。
 途中で、アラシヤマは直属の部下に出会った。嫌な予感を覚えつつ、相手の敬礼に答礼する。
「ア……アラシヤマさん、その子はっ?」
「もしかしてあなたの息子……!」
 やはり、であった。かけられる声にひくつきながら、アラシヤマは部下をねめつけた。
「ちゃうっ!」
 これで三回目だ。その度に否定しながら、疲労感だけが積み重なってゆく。何故、誰もかれも誤解してくれるのか。そう思いつつ、真っ先にちびウィローの存在を誤解したのが自分であることは、綺麗に忘却の彼方に追いやっているアラシヤマだった。
 アラシヤマの腕の中で、ウィローはまだきょろきょろと辺りを見回している。抱かれた180センチ相当の目線の高さというのは、幼児サイズになるまでもなく、彼にとって物珍しい光景であるのらしい。
「これは薬で子供になってしまった名古屋ウィローはんや! ええどすなっっ」
 強調しておいて、アラシヤマは片腕にウィロー、もう片手に書類封筒というさまで、すたすたと歩き去った。
「あれがウィロー参謀……。なるほどね、アラシヤマさん、本当はお人好しだから、ほっとけなかったんだろうな」
「子持ちだなんて……。オレ、密かにアラシヤマ副隊長に憧れてたのにーっ」
「……おい、おまえ、ちゃんとあの人のおっしゃったこと聞いてたか? でもいいなァ、ウィローさん、副部隊長にだっこされて……」
「ああ、子供がいたなんていたなんてーっっっ」
 まるで話を聞いていない平団員の嘆きは、無論アラシヤマの耳には届いていなかった。同僚からは嫌われ者でも、目下の人間には結構慕われている彼だった。ちなみに余談だが、この団員の名字が南と中村でありウィローと同郷であることは、ここだけの秘密である。
 二人から遠ざかってゆくアラシヤマの肩越しに、羨ましかろうと言いたげに、思いっきりウィローは彼らに向かって舌を出していた。
「何やっとらはるんどすか、ウィローはん?」
「何でもねゃあわ。……ほれより、肩車してほしいぎゃあ」
「駄目どす、ほら、ちゃんと掴まっとってや」
 置かれている状況を考えなければ、それはほのぼのとした光景だった――。



「さあ、着きましてん」
 医務室の前でアラシヤマは足を止めた。
 扉を開け、入室する。アラシヤマ一人であればまず間違いなく訪れたくはない恐怖の館だったが、ウィローのことがあっては尻込みするわけにはいかない。
「失礼します……」
 椅子に腰掛けていた医師は、来訪者に目を向けた。
 マッドサイエンティスト、スプラッタドクター、変態中年――さまざまな呼び声の高い、花も恥じらう四十三歳、もとい、当時四十一歳、素敵に無敵な我らが師匠、ドクター高松であった。この説明文の辺りに無駄なボンノーが見え隠れしているという説もあるが、気にしてはいけない。
「ああ、アラシヤマくん。ご無沙汰ですねぇ」
 ずずず……
 反射的にあとずさりそうになるのに耐え、アラシヤマはウィローを抱いたまま歩み寄った。
「ドクター、彼のことなんどすけど……」
「おや、君の隠し子ですか」
 ひくっ。
 アラシヤマは口元を痙攣させた。いい加減、言われるのも回数を重ねたが、どこをどう取ったら、このウィローが自分の子供に見えるというのだ。まるで似ていないではないか。
「これはウィローはんどす!」
 強調しながら、アラシヤマはウィローを下におろした。高松は、ほぅ、という表情になった。
「名古屋くんの子供? それにしてはまたかなり大きな……」
「違ぁーう!!」
「嘘はいけませんよ、アラシヤマくん。素直に自分の息子と認知してあげなくては。――青春時代の過ちは往々にしてあるものです、現実を認めなさい」
 ボ……ッ
 アラシヤマは燃え上がった。湯沸器でも点火までにはもう少しかかるだろう素早さだった。……次の瞬間、
 バシャッ!
 金属製の洗面器に満たされた手洗い用消毒液が、アラシヤマに浴びせられていた。
 一瞬で炎は消えた。逆に炎が大きくなりそうなものだが、特別配合であるらしい。
「ここは火気厳禁ですよ」
「ドッ……ドクター……」
 ぷすぷすとくすぶりながら、アラシヤマは高松を見返した。手にしたままの書類束はぽたぽたと雫を落としている。減菌処理はできただろうが、報告書としては使いものにはなるまい。先に提出しておけばよかった、とアラシヤマは心の片隅で思った。何にせよ、再作成で今夜は徹夜決定である。
「何しはるんでっか!」
 高松は不愉快そうな面持ちで手首を翻し、洗面器を傍らの台に戻した。
「まったく、冗談の通じない人ですね。これだから、最近の若者は……。隠し子でないことくらい最初から判ってますよ、名古屋くん本人でしょう」
「判っとらはるんやったら、そないなたちの悪い冗談はやめてんか! なあ、ウィローはん……。あれ? ウィローはん?」
 アラシヤマは医務室の中を見回した。
「名古屋くんならそこで、壁に絵を描いてますよ」
 アラシヤマは、高松のすらりとした指が差し示す先に目をやった。
 備品のサインペンを握り締め、ウィローは白い壁に楽しそうに落書きしていた。片腕に、ぬいぐるみのようなものを抱えている。
「何だかえらく可愛らしいオオコウモリを抱いてますねェ」
「……うおおぉぉーっ、わてのテヅカくん!!」
 アラシヤマは駆け寄った。
「キィーッ?」
 驚いたようにコウモリはウィローの腕の中から抜け出し、開け放されている窓からぱたぱたと飛び去っていった。
「あかんやろ、ウィローはん! 勝手にわてのテヅカくんを……あれ? テヅカくんて誰どしたかな」
 白昼の予知夢だった……。
「とにかく、ウィローはん、ここはお絵描きしてええ場所やありまへん。ほら、ドクターと話しまひょ」
「……判ったぎゃ」
 渋々ウィローは高松のもとに引き返した。
 向かい合う椅子に、ちょこんと腰を下ろす。
「ドクター、ワシ、こんなんなってまったんだぎゃあ」
「随分と若返りましたね。取り敢えず記憶の方はそのままのようで、いや重畳重畳。まあ、少々性格の幼児化は進行しているようですが――。……ああ、アラシヤマくん、その落書き、名古屋くんと話している間に消しておいて下さいよ」
「なしてわてがっ!」
「うるさいですよ、外野は黙ってて下さい。名古屋くん、君が新薬を開発していたのは知ってましたが……こういう効果を持つものだったとは」
 既にアラシヤマを無視して、高松はウィローと喋るつもりのようだった。アラシヤマはため息を洩らし、清掃道具入れから雑巾と液体洗浄剤を取り出した。生真面目ゆえに貧乏くじを引く青年の哀愁がそこにあった――。
「それにしても、自分の身で試すとは思い切ったことをしましたね。私はてっきり、新入りか学生の一人や二人、モルモットにするものだと……」
「……手違いだがや」
 ぼそりとウィローは呟いた。高松はカラカラと笑った。
「でしょうねぇ。でなきゃ、君が自分をサンプルにするはずがないと思いましたよ。実験データは他人でとってこそ意味があるものですからね」
「あたりこだわ(当然だ)。自分で自分の観察レポートをつけて何が楽しいんだて。薬は他人に試すで面白いんだがね」
「そうでしょうとも。私もバイオプラントの餌食を見つくろうのがまた愉快で……」
 要は二人とも同じ人種ということである。さすが世界に冠たるガンマ団、すばらしい性格の持ち主ばかりであった。壁の拭き掃除をしながら、二人の会話を聞き流そうとして、背筋にはしる悪寒を抑えきれなくなっていた京都出身者がフロアの一隅にいたことは言うまでもなかろう。特異体質はともかく、結構常識人の青年である。
 高松はふっとシニカルな嗤いを刻んだ。
「――さて、本題に移りましょうか。私にデータ記録をしてもらいたくて来たわけではないでしょう。用件は何です?」
「……中和薬の製造」
 初めて高松の表情に困惑の影が覗く。
「中和薬? 何故自分で作らないんです。君が調合できないわけは――」
「作り方を忘れてまったんだがや」
「忘れた――?」
「ほうだ。作ろうと思ったら、綺麗さっぱり忘れとったんだぎゃあ」
「それは……」
 高松は口ごもった。大人に戻る方法を忘れてしまっているとはご都合主義の極みである。しかし、そうでなくてはこの話自体が存在しないのだから仕方あるまい。
 高松は、確認を取るように訊ねた。
「記憶が欠如しているのはそれだけですか?」
 ウィローは肯定し、うつむき加減に答えた。
「どんだけ勘考しても、まるでわかれせんのだわ(どれだけ考えても、まるで判らないんだよ)」
 ようやく乾いたそのまなじりに、じわあっと涙がせりあがっている。
「ワシ……本当に困ってまって……ひっく……それで……えぐっ……ドクターに……」
 数秒間の沈黙。嵐の前の静けさとはこのようなものを指すのかもしれない。
「うわあぁーんっっ!」
 再びウィローは大泣きしだした。
「わーっ、ウィローはん!!」
 先刻までの悪寒もなんのその、壁をこすっていたアラシヤマは雑巾を放り投げ、慌ててとんできた。既に父性愛に目覚めつつあることに、本人は幸か不幸か気付いていない。
「泣かはったらあかん!」
 アラシヤマはかばうように手を伸ばした。ウィローはそれにぎゅっとしがみついた。
「うえぇぇ……っ」
「我慢しいや。きっと元に戻れますわ、せやから……なっ?」
「ううう……ぐすぐす……」
「よしよし、強いお人どすな」
 アラシヤマは、制服のポケットから出したハンカチでウィローの涙を拭ってやった。自作の手刺繍入りである。
 彼らの間に横たわるのは、殆ど保父と園児の関係かもしれなかった。
 早業でバックがパステルカラーに塗り替えられている上に、レインボーのシャボン玉まで飛び交っている。目の錯覚や見間違いという言葉に頼りたくなるほのぼの空間が、医務室に展開されていた。いつでもどこでもそれを出現させる特技が、南の島でコウモリ相手に活かされることになるとは、未だ知る由もないアラシヤマであった。
「……落ち着いたようですね」
 高松は、部屋を侵食しかねない空間をぐいっと押し開いて声をかけた。ウィローはべったりとアラシヤマに抱きついたまま、顔だけ高松の方に向けた。
「……事情は判りました。他ならぬ名古屋くんのためですから、この高松、一肌脱ぎましょう」
 その言葉を聞いた途端、アラシヤマは胡散臭そうな視線を高松に固定した。
「ちょっと待ってんか、ドクター。もしや、その白衣を脱いで、『五億でOK♪』とか言うんとちゃいますやろな」
「……失礼な。私がそんなことを言う筈がないでしょう」
 むっとした顔で高松は否定した。昂然と胸を張る。
「最低、十億はもらいます」
 お約束どおりのパターンであった。
「まあ、冗談はさておき――。いつまでもそのままでは、こちらも困りますしね」
 高松の生物兵器開発の際の助手の役目を、ウィローは負っているのだ。彼らの通った跡には怪しげな動植物しか蠢いていない、と恐れられる悪魔のコンビである。
「方面は微妙に違いますが、一応専門範囲ですから善処してみましょう」
「助かるぎゃあ」
 アラシヤマの制服にすっかりうずもれていたウィローは、身体を離した。
「では、取り敢えず精密検査といきましょうか。せっかくだからデータを集めなくては。自ら望んだことでないとはいえ、サンプルが一つあるんです。無駄にする気は初めからないんでしょう、名古屋くん?」
「決まっとるがや」
 さすがに転んでもただでは起きない連中である。
 高松はすっと立ち上がった。ウィローもぴょんと椅子から下りる。
「一時間で検査結果まで出ますよ。――こちらです」
「……待ちぃな! 結果どころか、精密検査の行程が一時間やそこらで終わるわけあらへんやろ!」
 もっともなアラシヤマの叫び。ああいうものは最低でも一日がかりにはなる筈である。高松は、ちらりと青年を一瞥した。
「私の伎倆とガンマ団医療機器開発スタッフが造り上げた新機器群があればそれくらい可能です。まあ、実際に作動させるのはこれが初めてですけどね」
「そんな信用の置けんもん、ウィローはんに使わんといてや!」
「本当にうるさいですねぇ。安全性の確立していないような機器を、私が名古屋くんに使用するわけないでしょう。君相手じゃあるまいし……。幾度にもわたる試験済みだから大丈夫ですよ。第一、この私の頭脳と技術が信用できない……と、君は言うんですか?」
 性・癖・が! というばかでかい書き文字をアラシヤマは背負った。
「ワシはドクターを信頼しとるぎゃあ」
 にぱっとウィローは笑顔を見せた。すっ転びそうになりつつも高松の後についてゆこうとする。
 アラシヤマは怒鳴った。
「あかんーっっ! 駄目駄目駄目駄目だめー!! ウィローはんをそないな危ない目には遭わせへんで!! 絶対に阻止したる!」
 最初に高松に頼ることを勧めたくせに、己れのトラウマが先立ってしまうアラシヤマである。
「……ふん。そんな偏狭なことだから、あんた、友達いないんですよ」
 高松は振り向きざまうっとうしそうに言葉を投げた。
 ぴきっ。
 ――ゴオォーッ
 再びアラシヤマは全身炎に包まれた。完全に頭に血が昇っている。
 その身から発する紅蓮の焔が、医務室の天井を焦がさんばかりに燃え上がった。炎は一直線に高松に襲いかかった。まさにその時、
 ドカッ!
 ばきっっ! ガラガラガラ!
 どんがらがっしゃーん!!
 すさまじい地響きと倒壊音が起こった。
 バシャン! ドドドドド……ッ!
「ぐぎゃっ!」
 圧倒的な水量がアラシヤマを打つ。水圧に、彼は壁に叩きつけられた。
「高松! 無事!?」
 消防車の放水ホースを掴んだ試作品ガンボットが、医務室の反対側の壁をぶち破って乱入してきたのである。
 そこから、まだ少年といった方がよいような幼さを残す若者が現れた。
「グンマ様」
 高松は名を呼んだ。グンマは水を止めて駆け寄ってきた。
「高松、大丈夫だった? 怪我はない?」
「勿論ですとも、グンマ様……。あなたがいらっしゃる限り、この高松は不滅です」
「わーい、高松ーっ♪」
 グンマは高松にひしっと抱きつく。空気がローズピンクに染まっていた。
「……あんさんら……」
 アラシヤマはげほがほと咳き込みながら、めりこんだ壁から身をはがした。
「人を無視して二人の世界を作らんといておくれやす!」
「……まだ生きてたんですか、あんた」
「当然どす!!」
 くすぶった煙をたてながら、アラシヤマは、殺されてたまるか、という表情でグンマ付きの高松を睨みつけた。
「剖検用死体が一つできたと思ったんですがねぇ。それはともかく、先刻も言ったでしょう、ここは火気厳禁です」
 この世に怖いものはないといった傲然とした雰囲気を漂わせ、高松は青年を見据える。根負けして、アラシヤマは目をそらした。力関係に弱い奴である。
 全身、びしょぬれなどという可愛らしい表現法では追いつかない濡れ鼠状態で、アラシヤマは頭髪からぼたぼたと水をしたたらせている。普段から隠している右目にかかる髪は貼りつき、おばけもかくやというおどろおどろしさであった。柳の下で、うらめしやぁ~~……とでもやったら、本物の幽霊が逃げてゆくかもしれない。
 対する高松は、羽織った白衣に水滴一つしみさせていなかった。
 アラシヤマは化け物を見た思いになった。いくら目標設定から外れていたとはいえ、どうしたらこの状態を保てるのだろう。
 そこまで考えて、はたと思い当たる。
「あ、そや! ウィローはん!」
 アラシヤマは近くを見回した。自分がふっとばされたくらいだ。小さな体のウィローが、医務室じゅう浸水するあの人為的鉄砲水に呑まれないはずがない。
「ウィ……ローは……ん?」
「何でゃあ?」
 口をぱくぱくさせるアラシヤマの視線の先で、ウィローは平然として立っていた。髪の毛一筋にすら水跳ねは見当たらない。
「何で濡れとらんのどす……」
 床に目を向けると、ウィローを中心として半径五十センチ内が乾いたままだった。
「ラゥ・ヴァルザ・リェイダ……我が元に再びあるべき姿を作り出せ」
 ウィローは口の中でそう唱え、軽く右手を振った。
 しゅるん……
 目に見えない防護壁のようなものが、どうやら消滅したらしい。床の水たまりがそこで初めてウィローの方に流れた。
「初歩の結界魔法だがや。おみゃあも護ったろうと思ったんだけどよ、触れとらんと他人は包みこめんのだわ。悪いなも」
「い……いや、それは別にええんどすけど……」
 結局、水の洗礼を受けたのはアラシヤマ一人ということである。自分だけ鈍かったといわれているようなものだ。
 彼は貼りついた右前髪をかきあげた。
「……まあ、何事ものうてよかったどすわ」
「へーえ……」
 グンマはようやく高松以外を眼中に収める気になったらしく、ウィローに目をやった。ウィローは大きな目で真っすぐにグンマと高松を見返した。専門分野は違えど、同じ頭脳派の団員として、先輩後輩にあたる。
「彼が名古屋ウィローくんの幼児バージョンなんだ……。結構可愛い……」
「私にとっては、グンマ様が宇宙一お可愛らしゅうございますよ」
「ほんと? 高松」
「当然です、グンマ様♪ それにしてもよくご存じですね、彼が名古屋くんだということを」
 また二人の世界に突入しながら、高松は問いかけた。
「だって、本部内でもう結構噂になってるもの」
 医務室まで来る間に、アラシヤマとウィローは散々他人の目に触れているのだ。噂の伝播は必然だった。
「ああ、なるほど。しかし、グンマ様、あまり下賤の者の風説に耳を傾けたりなさいませんよう。グンマ様はいつまでも清らかでいらっしゃらなくては」
「やだな、高松、大丈夫だよ♪♪」
「もしもォ~し……」
 いちゃいちゃという擬音が聞こえそうなアナザー・ワールドに、地の底を這いずる声が割り込む。高松は不快そうに発言者を目線で串刺しにした。
「邪魔するのが好きですね、あんた」
 声が行動できるのなら、げしっとアラシヤマに蹴りを入れていそうな口調である。高松はぽんと手を打った。
「ああ、そうだ、騒ぎで忘れるところだった。名古屋くんの精密検査をしなきゃいけませんでしたね。検査室は濡れていませんから、行きましょうか」
「判ったぎゃ」
「じゃあ、僕が機械の作動を担当するね。高松は指示とデータの読み取りをしてて」
「やっぱりグンマ様はお優しいですね。助かります」
「高松の役に立てるなら嬉しいな」
 そのまま行きかける三人に、とり残されたアラシヤマは声をぶつけた。
「こら! わてを無視して行かんといてや! ウィローはん、戻りなはれっ」
 高松は足を止め、肩越しにアラシヤマに冷たい視線を放り投げた。
「わめいてる間に服を着替えてきたらどうです? 検査室は水濡れ厳禁ですよ。それと、名古屋くんの落書き、まだ消し終わってませんね」
「………」
 アラシヤマの背後には、白い旗がぱたぱたとはためいていた……。



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はじまりの物語(サービス編)

アオザワシンたろー




 六月になって、マジックから、息子の顔を見に来いという連絡が入った。
 兄貴の息子だから、俺にとっての甥ということになる。
 一族の長の子の誕生は、長にとってはさほど喜ぶべきことではないことを俺は知っている。
 それをわざわざ見に来いとは、何か裏にあるのだろうか。秘石眼を失ってからは、失う前よりも安全で役に立たないこの弟を呼び寄せる理由が、他に何か……。

 二つの秘石眼を持つ男マジック。
 一族の長にしてガンマ団の総帥である兄さんにとって、必ず秘石眼を持って生まれてくる息子は、一番自分の地位を脅かす存在でしかない。
 周りは必ず子供を総帥の後継者として見るだろう。やがて反逆が生まれる。
 もっともマジックなら、そうなる前に息子といえども戦地へ送り込むくらいのことはするだろう。実の弟である俺を、激戦区へ追いやったように。
 そして自らの力で仲間を傷つける苦汁を嘗めるのだ。
 マジックの子として生まれた以上、その悲劇は約束されたも同然のことだ。
 いや、弟の俺よりも息子であるほうが苦しいかもしれない。
 兄さんは自分が、世界を手にする気でいるのだから。

マジック  「見ろ見ろ見ろー!サービス、これがシンタローだよ!!愛らしい瞳、桃色の頬っぺた、天使の笑顔、なぁんて可愛いのだー !! 」
サービス  「に…兄さん?」

 水色のベビー服にくるまれた、息子シンタローに頬擦りをする父親。
 顔が緩みっぱなしで、そこにはガンマ団総帥の威厳はカケラもない。

マジック  「ほぉーらシンちゃん、あそこにいるのはシンちゃんの叔父さんだよー」

 マジックに抱き上げられた小さな赤ん坊は、こちらを見て無邪気に笑っている。もう顔の区別はつくのだろうか。
 うう?
 可愛い。
 あの兄貴の子とはとても思えん !! それとも血の繋がった赤ん坊というのは、格別可愛らしく見えるものなのだろうか。

マジック  「かわいーだろー」
サービス  「ああ、驚いた」

 赤ん坊の可愛らしさと、兄貴の態度に。
 おおよそ敵らしい敵の無いマジックにとって、最大の敵となりうるのが、その息子だというのに、この可愛がりようはどうだ。
 ちょっとだけだぞ、泣かせたら許さないぞ、と言いつつ、その手の感触を知って欲しがるマジックが、息子を預けてくれた。

 とても軽い。
 赤ん坊なんだから当然か。
 きゃきゃと、シンタローと名付けられた赤ん坊は初めて見る顔に笑い掛ける。

サービス 「うわー」


なんだか不思議だ。こんな小さな手足が、生きている証拠にばたばたと動く。
 一番不幸なはずの子供。長の子であるがゆえに、一番愛を貰えないはずの子供。

 しかしシンタローは……。

マジック 「さぁ、シンゃん、ミルクの時間だヨ」


 シンタローは、そうはならないかもしれない。
 今まで、一族最強の者がもつ遺伝子情報は何ものにも優性だった。
 けれど、シンタローをみてみろ。
 あのマジックの持つ姿を、彼は受け継いではいない。
 彼の持つこの黒髪と、黒い……双の普通の瞳は母方のものだ。
 だからマジックは息子を受け入れられた。愛せないはずの息子は、生涯に渡って彼の敵にはなれないと分かったから。
 秘石眼の威力は守られた。
 もう誰にも、マジックを止めることはできない。

 おそらく一族の中で真に愛される子供。
 ………この子が、何の力も持たないなんて信じられるだろうか。あのマジックをただの父親に変えてしまったこの不思議な子供が。
 血筋の運命をただ一人逃れた小さなマジック・ジュニア。


マジック 「おい、サービス、そこのカメラを回すのだっ。いいか、ちゃんと撮らないと許さないぞ。二人の愛の記録にするのだー」
サービス 「兄さん、シンタローだっていつまでも子供ではいないよ。自分の眼で物を見、自分の頭で考えるようになる。反抗だってするだろう。その時、兄さんはシンタローを手放せるのか」
マジック 「手放す?」

 マジックはシンタローを抱き締め、口元を歪ませる。

マジック 「いきなり何の話だ。こんなに私に懐いているのに、何故手放す必要があるのだ?サービス」
サービス 「……っ…」
マジック 「私は、反抗なんかできないように育てるつもりだよ」

ガンマ団総帥であるその男の言葉に、嘘はない。
 やるといったらやる男だ。既にシンタローの一生はシンタローのものではない。



 数年後、シンタローと再び会う機会があった。
 格段に可愛らしくなって叔父に飛びつき、言ったものだ。

シンタロー  「僕ねっパパのお嫁さんになるのっ」
サービス 「シンタロー、男の子は、お嫁さんにはなれないんだよ」


       サービス 「にいさん。一体どういう教育をしているんだ。日本で学校にやるんじゃなかったのか」
マジック 「やるとも。私は勉強も運動もできる子がいい。しかしそこで余計な知識を吹き込まれると困るな。シンちゃんと、ちゅーできなくなってしまう」
サービス 「(日本ではできないほうがシンタローの身のためになるんだぜ兄さん)」
マジック 「何か言ったか」
サービス 「いや、何も。(シンタロー、腑甲斐無い叔父を許せ)」






シンタロー  「おじちゃ、痛いの?」

 瞬間的に落ち込んだとき、それをめざとく見つけたシンタローが寄ってくる。
 ああ転ぶ転ぶ、どうしてもっとしっかり歩けないんだ、この子は。
 まだ体に対して頭が大きいのか。高い重心にはらはらする。

マジック 「サービス、お前ももちろん私の教育方針には賛成だろう?」

 シンタローに与えられるのは、檻の中の自由と、愛情という名の鎖。


サービス 「(何か間違ってる。だがどうすればいい)」
シンタロー 「おじちゃ、ちゅう、したげる」

サービス 「お、俺はどうしたら…ッ !! 」




ここで終わりなんだな。



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たぶん、原作設定と一番食い違っちゃった話ですね。これを書いた当時はまだ原作には獅子舞サマすら出てきてませんでしたからねぇ・・・。しかも実はこれ、漫画と小説の一人リレー作品だったんです。ほら、文章の繋がりとか流れが段落細切れでしょう?さら~と読み流してくださいませ。



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はじまりの物語(アラシヤマ編)

アオザワシンたろー




 わてがガンマ団日本支部から本部へ移籍するよう言われましたのは、わてが十五になる前のことどす。
 当時の本部には年若い訓練生はわてと…あの男しかおりまへんのどした。
あの男…マジック総帥の一人息子で、態度が大きうて口が悪うて顔が良くないこともないあの…シンタローという男です。

シンタロー  「なんだおめェ」
アラシヤマ  「わては今日付けで本部コースに編入するアラシヤマどす。あんさんこそ何者」

 本部に着いた時、わてが何にもしてないのに寄ってきてじろじろ見はるのんが、シンタローはんどした。
 その時は総帥の息子だなんて知りまへんから、失礼な奴の鼻っ柱折ってやるつもりで足ひっかけてやったんどすわ。したら奴さん、初め自分が転んだことが信じられないというふうどしたが、直ぐに真っ赤になって怒りだし、ついに取っ組み合いになってしまったんどす。 

シンタロー  「てめェ新入りのくせに態度デカいぞ!」
アラシヤマ  「礼儀知らずに教えてあげとるんどす」

 本部に日本人がいるとは聞いとりまへんどしたが、そいつの見かけは日本人で、年も背格好もわてと同じ位で、嫌味なことに強さまで似通っとりました。
 こう見えてもわては日本支部の訓練生内ではトップ成績を誇るエリート、格闘技は常に上の学年を相手にしてたんどすえ?それなのに苦戦してもぅたんどす。
 
シンタロー  「脇が甘ぇーよッ」
アラシヤマ  「なんですて !? 」

 手刀、というのがあります。実践で使うことは余り無いと教官が以前ゆうてはりましたが、使いこなせれば負けはありまへん。
 その手刀の、奴の肘から先がまさに刃のように空を裂き、わての懐に飛び込んできたんどす。
 後方にステップすることで直撃を避けられたんは、わての反射神経あってのことやと思います。
 自分の技が通用しないとわかったときの奴の悔しそうな顔!
 その時は、教官殿の采配で勝負はお預けになりました。
 奴の正体を知ったのもこの時どす。
 黒髪に驚きましたが、総帥の奥方が日本人だったので奴のような子が生まれたと、後から噂を耳にしました。総帥が溺愛してはると、恐れをもって語られとるんどす。

 本部の設備は日本とは比べ物にならず、演習場も広く、より実践的な訓練ができはるようどした。
 そこでは近々本部コースの下にジュニアコースを作りはるというので、わてはそれの寮長だとか委員長だとか色々面倒臭い肩書きを貰いました。

 ジュニアコースのメンバーが選任されるまでの間は、シンタローと一緒に本部コースにまじって訓練に参加しました。
 その中ではっきりわかりましたわ。
 シンタローという男は、ただものではおまへん。
 総帥のお子という立場に違わず、ジュニアコースなどというレベルではありまへんのどす。
 もちろん、わてもどすけどな!


 わてが総帥に呼ばれたんは、本部の生活にもなれた頃のことどした。
 映像や肖像画で顔は知っとったんどすが、本物の総帥はなかなか迫力モンどしたわ。ひっくーい声で、情熱的な赤い制服と対照的に、冷たい青い眼をしてはりました。

マジック   「良く来た。お前を本部へ呼んだのはこの私だ。貴様にひとつ、任務を与えようと思ってな」

 初めに断っておくと、総帥がわてのような訓練生に御会いになるのは異例のことなんどす。まして直々に任務を与えようなどとは…!
 ええどす。わての任務のためにここまで手間隙かけてくれはったんどすから、うかがおーではおまへんか。

マジック   「今のお前とシンタローの実力はほぼ互角。お前の任務は正当な手段であれを抜くことだ」
アラシヤマ  「御子息を…ですか。もちろん、誰であろうと手を抜くつもりはありませんが…」
マジック   「あれは私の息子だぞ。取り入った方が利口だとは思わないか」

 総帥は、穏やかな口調で任務を辞退させるようなことを言わはる。わても子供や思てなめられたもんどすな。


アラシヤマ  「わての目的は強くなることどす」
マジック   「シンタローは我が一族の後継者だ。それがどういう意味を持つかわからないわけではあるまい」
アラシヤマ  「わてが御子息を抜いても、そんな彼を後継者として指名できはるんどすか」
マジック   「フン。報告通り、頭も悪くないようだ。よかろう、今後シンタローと組め。ただしお前の任務を悟られるな。今後シンタローに取り入ろうとする者が増えても、だぞ」

 ふいに、わてにはわかったんどす。総帥の考えてはることが。
 マジック総帥は、わてにシンタローを育てるための手駒になれと言うてはるんどす。
 同じ年頃で、実力も突出しているどうしで、仲よぅのうて、……そんな奴が側におったら、否が応でも強うなりますわな。
 まだほんのちょっとしか話したことありまへんが、シンタローはんは、そない悪い奴でもないようどしたが。
 なんや、ハラたちますな。
 父親の手のなかで何の心配も無く育ちはって、あの強さゆうんは…なんやハラたちます。


シンタロー  「よぅ、アラシヤマ、いつかの決着をつけようぜ」

 シンタローがそう声かけてきはったんは、総帥に呼ばれた日の夜のことどす。夜間訓練場が使えるゆうことどした。
 なんやハラたつんどす。自分の将来になんの心配ものぅて、黙ってれば全部総帥がしてくれはって、それでいてわてと同じくらい強いなんて。

アラシヤマ  「…ええどす。お相手しまひょ」

 叩きのめしてやろう。そういうつもりで返事しましたんどすけど、シンタローはんたら、嬉しそうな顔、しはったんどす。そないに決着つけたかったんどすやろか?  
 わて、ホントは頭だって良いんどすよ。
 だからわかってしまったんどす。
 シンタローはんて、総帥の息子ゆうんで、結構苦労してはるんやないかって。
 ここにはわてらより強いんの、他にもおるんですもん。でも、わての所に来はった。
 ふうん。ライバル、ゆわはる、それも、ええねえ。

アラシヤマ  「手加減するつもりはないどすよ」

 ほしたらシンタローはん、やっぱり嬉しそうに言うん。

シンタロー  「できる余裕があるならやってみな!」



 わてらの付き合いゆうのは、こうして始まったんどす。





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ええ京都弁なんててでたらめですとも!そこ!注目しないように!!





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 (何だ、コレは・・・?)
 キンタローが、何か本を借りようと高松の研究室を訪れていた際、何とはなしに開いた本の間に、少し色褪せた赤と緑色の紙製の物が挟まっていた。
 (・・・花、か?)
 本の重みで押しつぶされたその物体は、一見花には見えないほど不恰好ではあったが、キンタローはなんとなくそう思った。
 手で摘み上げ、よく見ようとすると、椅子に座って菓子を食べていたグンマが、立ち上がり、
 「あっ、キンちゃん!それ、僕が子どもの時に作ったんだヨ」
 キンタローの傍まで来た。
 「忘れてたけど、なつかしいなぁ・・・」
 そう言って、グンマは目を細め、キンタローの手の中の造花を見ていた。
 「これは、花か?」
 「うん、カーネーション。キンちゃんもつくってみる?教えてあげるヨ☆」
 キンタローはどちらでもよかったが、彼が返事をする前に既にグンマが立ち上がり、紙やハサミを探している様子だったので、椅子に座って待った。
 「探したんだけど、赤い紙はなかったヨ~。だから、ピンクで我慢してネッv」
 そう言ってグンマは色紙を数枚、ハサミ、糊などを机の上に並べた。
 「ここに切れ込みをたくさん入れて、こうぐるっと巻いていくんだ。わぁ、キンちゃん!上手だねッツv」
 説明しながら隣で花を作っていたグンマに
 「高松から教えてもらったのか?」
 と聞くと、
 「ううん、母の日の前に学校の図工で習ったの」
 「母の日?何だそれは」
 「お母さんに感謝する日だヨ☆カーネーションのお花をあげたりして大好きなお母さんに『ありがとう』の気持ちを伝えるんだよ」
 グンマは、色褪せた花と作ったばかりの花を手に持ち、両方を見比べながら、
 「子どもの僕、上手に作ったよねぇ?」
 と言った。
 「これ本当は、伯母様、じゃなくってお母様にあげようと思ってたの。―――でも、シンちゃんは僕よりもずーっと下手だったのに、シンちゃんからお花をもらったお母様はとっても嬉しそうだった。結局、僕はあげなかったんだ」
 キンタローが何も言わずグンマを見ていると、その視線に気づいたグンマはエへヘと笑った。
 「キンちゃん、そんな顔しないでヨ~!僕ね、このお花、今からお母様にあげに行こうかと思うの。よかったら、キンちゃんも一緒に行く?」
 「俺は・・・、やめておく。だが、もし俺が一緒に行ったほうがいいというのなら、俺は行くが?」
 「ありがとう、キンちゃん。僕は、大丈夫。じゃあ、行ってくるネ☆」
 そう言って、手を振るとグンマは部屋から出て行った。
 「母の日、か・・・」
 一人になったキンタローはそう呟いたが、特に感慨といったものは湧いてはこなかった。 
 (母親に渡すものなのか?でも、俺は母のことなど何も知らない・・・)
 手の中の花を見て、
 (しかし、捨てるというのも、何とはなしに気が引ける)
 と思い、彼は途方に暮れた子どものような表情になった。
 しばらくしてキンタローは立ち上がり、研究室を後にした。


 シンタローが執務を終え、自室へ戻ろうと廊下を歩いていると、扉の前に人影が立っていた。
 「キンタロー、珍しいな?こんな時間に」
 「どうしようかと、思ったのだが・・・」
 キンタローは、彼にしては珍しく奥歯にものの挟まったような言い方をした。
 「立ち話もなんだし、入れヨ」
 「迷惑ではなかったか?」
 心配気にそう言うキンタローを背に、シンタローは総帥服を脱ぎ、着替えていた。
 「別に迷惑じゃねーヨ。んなこと、気にすんなって。ところで、何か用でもあんのか?」
 キンタローは困った顔をし、
 「・・・花は、好きか?」
 と聞いた。
 着替え終わったシンタローは、キンタローの意図が分からず、
 「まぁ、嫌いじゃねーケド?」
 そう答えると、キンタローは、花を一本、差し出した。
 「紙のカーネーション?俺もガキの頃つくったことがあるけど、それと同じ花とは思えねーナ。お前、器用だなあ・・・」
 受け取った花を眺めて、シンタローが感心したようにそう言うと、
 「グンマと一緒に作った。本当は母親に渡すべきものかと聞いたが、俺は渡したいと思う相手が、お前しか思い浮かばなかった」
 (・・・何で俺なんだ?男なのに。もし、コイツじゃなかったら、間違いなく殴ってたよナ・・・)
 と思ったシンタローであったが、恐々と叱られるのを待っている子どものようなキンタローを見ていると、なんとなく気が抜けた。少し、おかしくもなり、
 「ありがとナ」
 と、笑顔で言うと、いきなりキンタローに強く抱きしめられた。
 「お前という存在が今も在るということに、俺は感謝する」
 そう、シンタローの肩口に顔を埋め、低くそう言う彼の震える背を、シンタローは宥める様に撫で、
 「・・・泣くんじゃねーよ?」
 と言って金色の髪をクシャクシャとかき混ぜた。









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裁かれざる者4

アオザワシンたろー




「ねぇおじさん。父さんってひょっとして子煩悩じゃない?」
 ガンマ団本部のプライベートルームのひとつに、シンタローの叔父サービスが住んでいた。もっとも住んでいるといっても一年のうち二、三ヶ月ほどしか戻らなかったので、シンタローがサービスを見つけられる回数は少なかった。
 けれどシンタローはこの叔父が大好きだったので、戻っていると知れば必ず遊びに行った。
「兄貴が子煩悩?」
 長い前髪で顔の半分を隠すようにした秀麗な男が、マジックの弟のサービスその人である。
 ようやく十二になる可愛い甥っ子にお茶と菓子を用意してやっている。
 出されたクッキーを摘んでシンタローは続けた。
「うん。あのね、食堂あるのにさ、父さんって絶対そこで食べちゃダメだっていうんだもん」
「……シンタローの分は自分で作るからと言ってか?」
「うん。アイジョウが籠ってる方がおいしいんだって。でもさー、それって……コバナレ出来てないってことだと思うの」
 真面目な顔でそう頷いてみせるシンタローが、おかしいやら可愛いやらで、サービスは喉の奥で笑ってしまった。何しろシンタローが持ってくる話題はいつも父親のことなのだ。
 このあいだ父さんがどーしたこーした。
 おじさんに比べれば父さんはあーだしこーだし。
 そしてマジックがサービスに持ってくる話題の大半も、シンタローのことだった。
 曰く、シンちゃんがどーしたこーした……。
 こんな風に似ている親子も珍しい。
 シンタローが生まれた頃のマジックの冷たい眼を、あれ以来一度も見ていなかった。
 サービスが知る限り、マジックは変わったのだ。
 ハーレムからそれを聞かされても半信半疑だったサービスは、シンタローにとっての従兄弟にあたるグンマを会わせるというきっかけを得て、本部を訪れた。
 そこで見たのが、我が眼を疑わずにいられないほどのマジックの子煩悩な姿だった。
 ハーレムがシンタローと会ったときよりも、なお度が増している。サービスの前であろうがためらうこと無くシンタローにキスをして、抱き寄せて、囁く。三食はもちろんのこと、ベッドまで共にしているというのだから驚愕に値するというものだ。
 仮にも世界制覇を目論むガンマ団の総帥ともあろう男が、女ではなく子供と枕を共にしているのである。
 しかしサービスとて、極普通の父親というものを知らずに育ったのだから、マジックが過保護であると言えるのかどうか判断できなかった。一族で唯一幸福を手にできる親子であれば、そのくらいは許されるようにも思えたし、けれどシンタローの自立のためには良くないような気も…した。
 だが結局サービスも、正しい親子像などというものを追及するよりは、この愛らしい子供と遊ぶ方を選んだのである。
「でね、聞いてる、おじさん」
「ああ、聞いてるヨ」
「おじさんは結婚しないの?」
「えっ?」
 サービスが驚いたのは質問の内容はもちろんだが、マジックの話題から結婚の話題への繋がりが見えなかったせいでもある。
「結婚…」
「うん。俺、弟が欲しいんだ。そして一緒に遊ぶんだ。駆けっこしたり鬼ごっこしたり」
 シンタローが、まだ見ぬ弟と野を駆ける想像をして、照れ臭そうに笑った。
「弟がいたらきっと楽しいと思うんだ。俺、いろんなこと教えてあげるし。裏の森にある秘密の洞窟のこととか、どんぐり拾いもしたいし、漢字とかも教えてあげる」
「ははぁ、なるほど」
 シンタローがやりたがっているのは、要するにマジックの真似である。少し大人になったような気分で、それが真似だと気づかずに、行動したがっているのだ。
「だけどね」
 急にしゅんとして、シンタローはうなだれた。それから上目遣いにサービスを見る。
「だけどさ、父さんたら、シンちゃん以外いらないヨって言うンだ」
「へえ」
「シンちゃんはパパに愛されなくなっちゃってもいいの…ってサ」
 サービスはシンタローに分からないように溜息をつく。
 マジックの言いそうなことだ。何しろマジックは傍目にもわかるくらい、シンタローに御執心ときている。
 愛されないことが心配なのは、マジックの方ではないか。シンタローの意識が弟に行くことによって、シンタローが手元から離れて行くことにこだわっているのは、だぶんマジックの方ではないのか。
「って、そんなこと言われちゃ、我が儘いえないよ」
 肘をついてテーブルの表面を見つめ、シンタローが呟いた。
「シンタロー」
「だからさ、おじさんが俺の弟つくってよ」
「シンタロー…」
「グンマとも滅多に会えないし。俺、聞いたんだ。日本とイギリスには俺と同じ年ぐらいの子供もいるんだって。どうして本部には誰もいないのかナ。せめて一緒にサッカーやれたらいいのにな」
「それをマジックに言ったのか」
「……うん」
「そうしたら?」
「そしたら……シンちゃんには、友達なんか……いらないんだヨ…って」
 今度ばかりは、サービスも頭を抱えた。
「おじさん?」
「……あのクソ兄貴…」
「え?」
「いやいや。何でもない。………そうか、マジックはそんなふうに言ったのか」
「友達なんかいらないよ。でも弟だったらいいかと思ったんだ。でも父さんはそれも嫌みたいだし…。ねえおじさん。どうしてかな。どうして父さんは俺にばっかりかまうんだろう」
 可愛がられるだけの子供から脱皮しつつあるシンタローにとって、マジックの行動はやや疑問に思えるのだろう。とはいえ、サービスは一族の不幸な歴史を知っている。
 シンタローには気の毒に思うこともあるけれど、それ以上に、マジックが愛する者と共にいられることを喜んでいることもわかるのだ。
 シンタローは愛されるために生まれてきた。サービスでさえ、マジックの次くらいには、シンタローを大切に思うことが許されるくらいだ。
 かつての友とは、ほんのわずかな時間しか過ごせなかった。けれどシンタローは別だ。だからつい、その状況に甘えてきたのだけれど。
「おじさん?」
「ああ、わかった。結婚の予定はないが、ちょっと兄貴と話をしてみるよ」
「えっ!あ、でも」
 驚いて、一瞬嬉しそうな顔をしたシンタローは、直ぐに思い詰めた眼をした。
「……でも俺、父さんを悲しませるのはイヤなんだ」
 今にも泣きそうな、子供らしい要求を我慢する甥っこを前にして、サービスはまた溜め息をついた。
「シンタローは本当にマジックにはもったいない息子だな。無理な話はしないよ。俺の意見としてちょっと話してみるだけにするから安心しろ」
「…うん」
 マジックだってサービス同様、良い父親、なんて知らない。けれどだからってシンタローにこんな我慢をさせてまで、自分勝手に父親像を作るのは問題だ。サービスとしては、黙って見過ごせなかった。
 そこへ、丁度呼び鈴が鳴った。
「おじさん、お客様だ」
「ああ……」
 サービスが時計を見れば、そろそろ夕方の五時。となれば訪問者の正体はわが子を迎えに来たあの男である。
「シンちゃん、お迎えだよっv」
 サービスがキーを開けるやいなや、マジックが部屋に飛び込んできた。
「パパ!」
「シンちゃんv」
 時間的にみても、今日の仕事を終わらせてから直行したのだろう。威厳を全部道端に落として、総帥マジックはシンタローを抱き上げた。
「いい子にしていたかい?」
「まぁね」
 シンタローももう十二だというのに、マジックは軽々と抱えたシンタローにお帰りのキスをして、あれやこれや、離れていた時間を埋めるように尋ねた。
「お前が側にいないと時間が経つのが遅いみたいだよ。早く大きくなって、パパの片腕になっておくれ。シンちゃんが側にいたら、パパはもっと頑張ってお仕事しちゃうヨ」
「……うん」
 さっきからカヤの外に置かれてしまったサービスは、一段落つくまで無駄と心得たか、勝手に紅茶を一杯いれて、それを飲んだ。その時間ぐらい、マジックはシンタローしか見ていなかった。
「よし、じゃあ帰ろうか」
 マジックがようやっとサービスを振り向いた。
「兄さん、後日、話があるんだ。時間をくれないか」
「?なんだ、言ってみろ」
「後日でいいんだ」
「そうか。ならば後で連絡しよう。さ、シンタロー」
 ようやくシンタローを下ろして、マジックはその頭をくしゃりとやった。
「世話になったなサービス」
「いいえ。それじゃまたな、シンタロー」
「うん。ばいばい」
 去って行く姿に、サービスはつい、考える。シンタローと、同じ年頃の子供たちとの違いを。
 もっともそれを訴えたところでマジックが考えを変えるはずもない。そうとわかっていても、シンタローのために何かしたくてたまらないサービスだった。

裁かれざる者5

アオザワシンたろー




 シンタローが十五になったころ、本部は以前と比べてだいぶ賑やかになった。
 マジックがシンタローのために、士官学校とその準備コースを本部に設置したためである。日本とイギリスを中心に、各支部から選抜メンバーが次々と本部へ移籍してきた。
 シンタローが初めて見る、一族以外の、同年代の子供達だった。

「どうだったシンちゃん。皆と会ってみた感想は?」
 準備コースはもともと一クラスしかない。だから入学してすぐに、大抵のメンバーの顔と名前は一致した。
「どんなコたちがいるんだい?」
 マジックはすべて選抜者のデータをチェックしてはいたが、それでもまるで知らないようにシンタローに尋ねた。
「どんなって…」
 マジックの手作りハンバーグを頬張りながら、シンタローはちらっと父親の顔を見る。シンタローの返事を待つ青い瞳は、きらきらと嬉しそうに輝いていた。
「……はぁ」
「あれ?どしたのシンちゃん。溜め息なんかついて。…ハッ、まさかパパの御飯がまずいのかい !? 」
「ち…違うよ!誰もそんなこと言ってないだろっ」
「じゃあ何?」
「……べーつにー。皆普通の奴等だよ。…あ、でも」
 箸を止め、過保護な父親にシンタローは報告する。
「一人変な奴がいる」
「変な奴?……変態な奴 !? それは大変だ!パパのシンちゃんに手を出すとは許せん !! 」
「勝手に話を作らないでよっ」
 怒りに滝のような涙を流すマジックに、合わせてついついシンタローの言動も派手になる。
「俺が言ってるのは「変」な奴!ただそれだけ !! 」
「仮にも本部生なのに、変な奴がいたのか…」
「親父だって知ってんだろ。アラシヤマだよ。あいつがクラスん中じゃ一番変」
 息子の口から出た名を、無論マジックは知っている。それどころか、アラシヤマを日本支部から本部へ移籍させたのは他ならぬマジック本人であった。ある…特殊な任務につかせるために。
 アラシヤマは、士官学校準備コースが開校するよりも早く、ただ一人他の学生に先立って本部に移籍してきた少年である。
 彼を呼んだのがマジックであることを、シンタローは知らない。一生、知らされることはない。
「…そうか、アラシヤマか…」
「まったく何を考えてるのか。あいつネクラなんだぜ。ちっとも笑わないし」
 そのくせ凄く強いんだ。
 続く言葉を、シンタローは飲み込んだ。自分を負かすかもしれない奴がいるなどと、言えなかった。クラスに入って強く実感したことに、自分の立場というものがある。シンタローは、総帥の息子なのだ。他の生徒たちと、同じであって同じではない。
 シンタローは、彼らに負けてはいけないと…思った。 負けることで恥をかくのは、他ならぬマジックだ。
 そんなこと、絶対許せなかった。そしてまた…何時か誰かがシンタローに言った言葉がよみがえる。
 シンタローは、『普通』だ!
 そんなことは許されないと思った。普通なんて、ダメだと思った。あの父が何度か言った台詞のために。
 お前はパパの後を継ぐんだよ。
 そのためには、絶対負けてなんかいられないではないか。
 普通じゃ駄目なのだ。もっともっと、強くなければ。 本部の選抜学生よりも、当然、強く。
 そのためには、特にアラシヤマが目障りだった。奴だけが、シンタローの邪魔をする。
 こんなところで、つまづくわけにはいかないのだ。
「ねぇ父さん。どうして俺は寮に入らなくてもいいの?」
 食事の手を休めて、シンタローはここ数日気になっていたことを尋ねた。寮長であるアラシヤマはもちろんのこと、今回設立された準備コースの学生はすべて、学生寮に入っている。カリキュラムを終えて寮に帰る学生の一人が、シンタローに不審を持ったのが始まりだった。
「どうしてかだって?だってシンちゃんのうちは『ここ』じゃないか。パパのうちが本部にあるのに、わざわざ寮に入る必要なんてないだろう?」
「でも、俺だけ皆と違う所に帰るなんて、何だか嫌だな」
「パパのところに帰ってくるのが嫌なの」
「そうじゃなくて…」
 うまい言葉がみつからない。そんなシンタローの隣に席を移り、マジックは肩を抱くようにしてぽんぽんと叩いた。
「パパはシンちゃんと少しでも長く一緒にいたいヨ。こうして御飯を作ってあげたり、一緒にお風呂に入ったり、キスをしたりしたいんだ」
 その正直さに、シンタローはいつも丸め込まれてきた。
 マジックはいつだってそうなのだ。自分のやりたいことをはっきりと口にする。それがまたシンタローに対する愛情ゆえの行動だから、ついつい言われたままの生活をしてしまうのだ。
「でも…俺、もう子供じゃないよ」
 ちょっと顔を赤らめながら、シンタローは呟く。
 面とむかってマジックにそう言うだけの勇気の無さに、内心舌打ちさえしながら。
「いいかいシンタロー。親にとって子供はいつまでたってもコドモなんだヨ」
 そんな風に諭されるように言われて、こめかみにキスされてしまうと、シンタローはもうこの話題を口にできなくなる。
 その性格は、マジックがそうなるように仕組んだ成果でもあるのだけれど、当のシンタローにとっては迷惑このうえない教育方針だった。
「パパはシンちゃんを誰よりも愛しているからね」
 囁く言葉は、シンタローを束縛する物でしかなかった。 束縛と---いつからそんなことを感じるようになったのかシンタロー自身にもわからない。けれどいつのまにか、そんな言葉が頭に浮かんできたのだ。
 マジックは、自分を閉じ込めようと、している。
 いつか、片腕とするために?
 愛しているからこそ?
 マジックの心のうちを見透かすことなどできないシンタローである。ただ、何故だか少し、寮に帰る学生たちの後ろ姿に、切ないものを感じたのだ。


「シンタローは総帥の直系だもんな!」
 明らかに侮蔑の色を滲ませた言い方だった。
 教室内がざわつき、視線がシンタローとその男に集中した。
「俺が直系だなんてカンケーねぇだろ」
 放っておけばよいのだが、さらりと悪意を躱せるほど、シンタローはまだ人間ができていなかった。
「あるさ。あんたにはこれ以上ない家庭教師が始終ついてるんだもんな。俺たちがいくら頑張ったって勝ち目ないのはあたりまえさ」
「何だと !? 」
 シンタローがまともに怒りの声を上げたことで、雰囲気は一気に険悪になった。
 士官学校の準備コースのカリキュラムは、ある意味で試験ざんまいなカリキュラムでもある。養成支部と異なり、本部に籍を置く以上、学生であっても気の緩みは許されないからだ。
 だがその結果、いつまでたってもシンタローのトップ成績に追いつくことができない学生の憤懣が吹き出したのである。
 曰く、シンタローの背後には総帥マジックがついているからなのだと。
「俺は別に、親父に何も習ってなんかいねぇぞ」
「はん、どうだか!教官たちも、この建物も、全部総帥の物じゃないか。その中でシンタローがトップになるのなんか当たり前さ!」
「…… !! 」
 怒りが、あっという間にシンタローの全身を支配した。 そして、気がついたときにはもうその学生を殴り飛ばしていたのだ。
 激しい音をたてて、殴られた学生の体が机や椅子を薙ぎ倒した。すぐさま周囲の者たちが身を引く。
「ってえ…やりやがったな、坊っちゃん」
「うるせェ!自分の力不足を人のせいにしやがって !! 」
「俺は本当のことを言ったんだ」
 とりまきの中心で、今度はその学生の方がシンタロー目掛けて拳をくりだした。それを躱そうとシンタローはしりぞくが、運悪くそこは教室だったので、すぐ後ろの席にぶつかってしまった。それが、シンタローが一発くらうことになった直接原因である。
 今度吹き飛ばされたのはシンタローの体だった。
 ざわめきがいっそう大きくなるが、誰も止めようとはしなかった。何しろ、相手は他ならぬシンタローである。傷つけられたのがその名誉なのだから、下手に仲裁しようものなら、名誉回復を望まない者と誤解されかねない。
 シンタローがそんな誤解をするような人間ではないと、誰もまだ知らなかったのだ。
 あの総帥マジックとは、別個の人間なのだということを、理解していなかったのだ。
 まだ誰も、わかろうとして、いなかったのである……。
「何をしているか、お前たち !! 」
 騒ぎを聞きつけて教室に飛び込んできたのは教官だ。 シンタローと相手の拳が、示し合わせたようにピタリと止まる。
 同時に周囲の学生たちの呼吸も止まった。
「一体何を…」
 していたのだと尋ねようとした教官の、言葉が止まる。騒ぎの中心に、シンタローがいたからだ。どう解釈しても、喧嘩をしていたとしか思えないシンタローが。
「ジュニア…これは、どうしたのでしょうか」
 シンタローの頭に、すぐさま父親の姿が浮かんだ。シンタローが短気をおこしたのだと知れば、いたく失望するに違いない。
 今更自己嫌悪に陥って言葉の見つからないシンタローより先に、もう一人の原因が
「自分がやりました」
と教官に向かって申告した。
「お前か。私闘は禁じてあったはずだ。あとで教官室へ来い」
 それだけ言って去って行こうとする男に、シンタローが慌てた。
「俺はっ…」
 男はシンタローには何も言わなかった。
「俺が先に手を出したんだ…」
 そう聞かされても、むしろちょっと困ったように言ったぐらいだ。
「手を出させるようなことを言ったのでしょう。処罰されるはそちらのほうです」
 教官の判断は、正しくもあり、誤りでもあった。喧嘩は両成敗が原則なのだ。そうでなければどこかで歪みが生じる。
 それが証拠に、シンタローの背後でぼそりと囁かれた言葉を、シンタローは絶対忘れない。
「……かっこつけやがって……」
 振り向いても、それが誰の台詞なのか区別がつかなかった。
 シンタローは能面のようなクラスメイトたちの顔を一睨みして、その場を後にした。心の中にぐるぐると渦巻く嫌な感情が、捌け口を求めて暴れていた。
 頑張ってきたのだ。
 マジックの期待にそえようとして、マジックのようになりたくて、心のどこかで無理なんじゃないかと思うことを忌み嫌って、頑張ってきたのだ。
 けれど、仲間たちはそんなシンタローを受け入れてはくれなかった。
 物凄く、孤独だった。
 苛々して、何もかも嫌だった。
 自分も、マジックも、同じ学生たちも、ガンマ団も、何もかも何もかも煩わしい。
 もっと静かに暮せたらいいのに。
 シンタローの中に、ぽつんとそんな願望が生まれる。 マジックは総帥じゃなくて、ガンマ団なんて無くて、普通に会社に行って、自分は普通に学校に行って、毎日を平穏に暮すのだ。
 なんだか遠い夢だった。それ以上ふくらみようがない夢だった。
 マジックは総帥だし、自分はその跡取りなのだ。
 どうあっても、その現実が変わるはずはなかった。
「…畜生……」
 苛々は行き場を見つけられずにシンタローの心に底に住み着いた。それは、なんだか悲しいことだった。自分が一族の中でただ一人『違う』のだと知ったときに感じた悲しみに、それは似ていた。
 思い返せば、シンタローはいつも一人だったのだ。
 側には、マジックしかいなかった。
 マジックが、誰も寄せつけなかった。それを当然だと言い、シンタローもそれを幸せなことだと思ってきた。
 けれど、本当にそうだったのだろうか?
 マジックの愛だけしか知らずに育ってきたのは、おかしなことなのではないだろうか。でもきっとそんな事を口にしたら、マジックは言うのだろう。
 シンちゃんはパパがこんなに愛しているのに不満なんだね、と。
「シンタロー」
 ふと、シンタローの内に籠った考えを遮る声があった。
「シンタローじゃないか。どうしたんだい、お迎えかな」
「父さん!」
 見慣れた赤い制服。総帥にのみ許されたその色をまとっているのは、シンタローの実父であるマジックだ。校舎の玄関から、入ってきたところらしい。
「なんで親父がこんなところに…」
 シンタローの質問に、父親は最大級の笑顔で答える。
「シンちゃんの勉強振りを見学に来たんだよv」
「来んでいい !! 」
 だがいきりたつ息子をがっしりと捕まえて、マジックはまったくこりた様子もない。
「何をそんなに怒っているんだい。再会のキスもまだだというのに」
「むー」
 暴れるシンタローの体と頭を押さえつけて、マジックがいつものキスをする。もうそれは余りに日常茶飯事の愛情表現なものだから、欠如した生活なんて想像も出来ない。だものだからシンタローは、つい条件反射で、マジックが唇を寄せるとどんなに怒っていてもおとなしく目を閉じてしまうのだ。
 そんなシンタローがこれまた可愛らしくて、マジックは得意になる。
「さ、シンちゃん。教室へ案内しておくれ」
「いや」
「嫌?」
「今は嫌」
 断固駄目だぞという意気込んだ目で睨まれて、マジックはふうんと唸る。
「……ケンカでもしたかな?」
 シンタローの頬がカッと赤く染まる。マジックは冗談で言ってみただけのことが図星だったと知って、つい口笛さえ吹きそうになってしまった。
「そうかvうん、青春だねぇ。じゃあまた今度にするね」
 思いの外簡単にマジックが引いてくれて、シンタローはほっとする。そしてまた、こんなところまで父親がやってきたことがクラスの連中に知れたら大変だと気がついた。


「なんどすて?寮に入る !? 」
 準備コースにも慣れた頃、シンタローはアラシヤマを捕まえて、自分も寮生活をすると言ってみた。寮長であるアラシヤマの反応は予想通り良くなかった。
「シンタローはんには『家』があるやおへんか」
「俺だけ特別扱いしていいわけないだろ」
「…そりゃまあ、そうどすけどな。今から入寮となると寮長のわてとしても事務が増えて嬉しくないどす」
「我慢しろよそれくらい。明日引っ越すからな」
 アラシヤマの言うことの方がもっともなので、シンタローは不機嫌になる。ネクラで友達もいなくて変な奴であるアラシヤマの方が真っ当なことを言っているのだ。
 これではまるで、自分が何か悪いことをしているみたいではないか。正しいのは自分でなければ許せなかった。こっちは総帥のジュニアとなのだ。
「言うときますけど、寮に入るゆわはるなら寮規則は守ってもらいます。それでええんどすな?」
「おう」
 それこそ望むところである。
 特別な立場にいて成績が特に良いのは当たり前だ。けれどシンタローは本物になりたかった。父のような、本物の男になりたかったのだ。
 そのためには、同世代の子供達と同じ生活をするのが一番いい。そこで一番を取れば、誰もシンタローの実力を疑えないだろう。春からずっと、シンタローはそのことを考えていた。特に、アラシヤマとの差を噂されるたびに考えた。
 シンタローはマジックの息子だから1番で、アラシヤマは寮生だから2番なのだ、そんなふうに小テストの結果が出る度に言われるのは我慢ならなかった。
 シンタローは、特別な勉強をしているわけではないのだ。ただマジックの期待を裏切らないように、そして自分自身、誰よりも優秀であろうとして、地道な努力を重ねていたのだ。
 何故ならシンタローは、自分がマジックの持つカリスマを受け継いでいないことを、自覚していたからである。
 子供のうちはいい。けれどいつか見下される日がくる。
 その日のことを考えるのは恐ろしかった。とても、恐ろしかった。
「ほならシンタローはん」
 道が二股にわかれる所で、アラシヤマは一つ注意した。
「総帥にはよぉく納得させはってから、来ておくれやす。寮では良俗違反は厳罰どすさかいな」
「……?」
「親子であってもキスはあきまへん」
 真顔でアラシヤマがそう言うのを、シンタローはきょとんとして見ている。
「こないだ揉めごと起こしはった日、わて偶然見てもうたんどす。総帥が校舎まで来はったでっしゃろ。そのとき人目もはばからずあんさんは……」
 そこまで言ってから、アラシヤマは口をつぐんだ。
「…とにかく、そういうことは寮では厳禁どす」
「?なんで」
 アラシヤマの言う意味が理解できなくて、シンタローの頭の中で『?』マークがラインダンスを踊る。
「あんさんわての言うこと聞いてなかったんどすか」
「聞いてたぜ。どこに理由があるよ」
「だからお二人の関係に口を出すつもりはありまへんが寮長としては良俗に反する…」
「なぁにワケわかんねーこと言ってんだよ」
 入寮の心構えの一環として注意事項を上げたつもりのアラシヤマと、言わんとすることが理解できないシンタローの間に、奇妙な沈黙が落ちる。
「…なぁ、シンタローはん。ひとつお聞きしますけど」
 アラシヤマは、とある可能性について確認をしてみた。
「まさかと思うんどすけど、あれは、…あーゆーキスは、あんさんらには当たり前なんどすか?」
「あれを当たり前と言わなくて何を言うんだ」
 シンタローの返答は、アラシヤマが一番聞きたくなかったものに違いなかった。
「どうしたアラシヤマ、いきなり地面にすがりついて!」
「すがりつきたくもなります !! どーして『口』どうしのキスが当たり前なんどすか !! 」
「お前だって父親とキスするだろ……?」
「いーえ」
 涙を流して訴えるアラシヤマと、困惑のシンタローの目線が合う。
「……でも、じゃあ、どうやって愛情を表すんだ?」
「日本人は、以心伝心とゆーて、表さなくとも伝わるんどす。キスはお国によるんどすけど、普通は頬どす」
 アラシヤマの声は、悲壮感さえ漂わせていた。
 シンタローは目をぱちくりさせて、空を見上げた。
「……もしそれが本当だとすると……親父とキスした俺はなんなんだ」
「ファザコンどす」
 きっぱりそう言われて、シンタローはどうして良いかわからない。
「俺、おかしい?」
「異常どす」
 クラス一変な奴と思っていたアラシヤマにこっくりとうなずかれて、シンタローは目の前が真っ暗になった気がした。
 何ということだ。シンタローは呻いた。自分が特別な立場であることは重々承知していたと思ったが、特別だったのは立場だけではなかったらしい。マジックの教育方針そのものが、どうやら特別だったのではあるまいか。
「……と、とにかく。注意してくれはったらそれでええどす。それじゃわては寮に戻りますよってに」
 アラシヤマがふらふらと寮への道を辿った。シンタローはそのまま、マジックの元へダッシュした。

 この後、シンタローと同室になったアラシヤマの影の苦労は大したものであった。脱衣場を何の恥じらいもなくすっぱだかで歩き回るシンタローに、隠すということを教えたのもアラシヤマなら、マジックが一緒じゃないとなんだか眠れないというシンタローに酒を飲ませて無理やり寝かせたのもアラシヤマだ。
 マジックと寝ていたという話を聞いた日、夜中にふと心配になって、眠ったシンタローのパジャマの前を開けて、不審な跡が残っていないかどうか密かにチェックを入れてしまったのも又、アラシヤマである。
 そんなナンバー2の努力を知ってか知らずか、シンタローはのほほんと、我が道を走っていった。

裁かれざる者6

アオザワシンたろー




 準備コースを終え、士官学校に上がってしばらく経つころには、もう誰もシンタローの実力を疑う者はいなくなっていた。
 同じスケジュールで動いていながら、誰もシンタローを抜くことができなかったのである。
 準備コースではアラシヤマとの差はほとんどなかったのだが、今では十人が十人、シンタローの優勢を言うだろう。
 そのくらい十七になった頃のシンタローの成長は目覚ましかった。そして又、言葉とは反対に平和主義であったり、融通が聞いたり、面倒見が良かったりしたので、慕う者も増えた。
 ただ、良いことばかりではない。
 成績によって学期ごとに学生の移籍が行われた。準備コースから今日まで残っているのは半数に満たない。残りは後から、各支部から移籍してきた訓練生たちである。
 腕に覚えのある彼らにとって、シンタローはやはり、鼻持ちならない人間だった。
 そのシンタローを快く思わない者たちが起こした小さな、けれど誰も忘れることができない事件があった。
 彼らの悪意にシンタローが巻き込まれたことを、シンタローが伏せる間もなくマジックが知ってしまったのである…。
「これは、何かな」
 マジックが手に取った錠剤を、ぽろぽろと指の間から落とした。
 真夜中の科学実験室で、マジックに睨まれた士官訓練生たちは、一歩も動けずに立ち尽くした。
 夜中に行われる実験だってあるから、その時間に他の人間がいても不思議はない。それが証拠に、ただならぬ雰囲気を感じ取った他の部屋にいた学生たちが様子を見にきたくらいだ。彼らが見たのは恐ろしい場面だった…。
「耳が聞こえないのかい、君達。これは一体何なのかと聞いているんだ。君達が一生懸命作っていた、コレだよ」
 マジックが対峙している学生は4人いた。実験台の上にはビーカーや試験管など、生物実験用の器具が並んでいる。そして今マジックが触れた錠剤の原料らしき物質。
「…と…父さん……」
 4人のうちの一人、シンタローが掠れた声を出した。
「もう何度もコレの被害者が出ているね。まぁ、それは貶められた方が愚かだったとしよう。……だが」
 マジックの瞳が、蛍光灯の下で異様に光った。
「だが…私のシンタローにまでコレを使おうとしたなんて、ちょっと許せない、ねぇ」
 マジックの瞳は、どこまでも深い青だ。
 その禍々しい青と口元にうっすらと浮かんだ笑み、そして地獄の底から聞こえてくるような低い声が、3人の学生たちの動きを奪っていた。
「待ってくれ親父!こいつらは俺がなんとかするから…。反省してるんだよ。劇薬なんてさ、もうやらないって、誓わせてたところなんだ。そうだよなっ、おまえら」
 シンタローがマジックと学生の間に入って、必死に緊迫した空気を消そうとしている。
 だがマジックは、一度も三人の犯人から目を逸らさなかった。
 これから起こる事態を予想して、窓から覗いていた学生たちも凍りつく。
「野次馬野郎、行け!お前らには関係ねぇ !! 」
 シンタローの一喝で、野次馬は蜘蛛の子を散らすように姿を消した。三人の学生も、逃げたかったに違いない。
 しかし体はマジックに見咎められた時に既に凍りつき、呼吸すら満足に出来なかった。
「シンタロー。覚えておきなさい。賢くない者はね、死んだ方がいいんだよ。自分より強い者が分からないような、そんなお馬鹿さんはね」
「親父!ちょっと待ってくれよ、あいつらは…」
 自分を毒で犯そうと計画していた学生を、シンタローは何故庇うのか。
 その疑問はマジックにとって怒りを止める程のものではなかった。
 それほど彼らの罪は重い。
「シンタロー」
「 !? 」
 マジックが、息子を引き寄せる。
「父さん?」
 そのままシンタローが両腕の中に閉じ込められ振り返ることができないようになると、突然背後の三人がいた辺りで爆発音がした。シンタローがマジックの肩越しに見ていた床に、赤い塊が跳んで来たのは、ほぼ同時だった。
 何もないところで、突然爆発が起こった。
 何もないところで、突然何かが発火した。
 それは余りに一瞬の出来事で、シンタローには直ぐに理解できなかった。
 他のテーブルは、ほんのわずかも揺れなかった。まるで何もなかったかのように、ひっそりと佇んでいる。
「……とう…」
 シンタローが見た床に落ちている細かな赤い塊。それは背後から放られたように、床に染みを引き摺って止まっていた。
「ごめんね、怖かったかい、坊や」
 マジックが息子を抱き締めた。目の前にある額に唇を寄せて、長い黒髪を撫でた。まるで小さい子にするように、頭を撫でた。
「父……さ……?」
 とたんに、むっとした生々しい臭いがシンタローを取り巻いた。鉄の味が、口の中に広がるような錯覚さえした。
 …血の匂いだった。
「シンタロー」
 マジックがシンタローの耳元で囁いた。低い声は暖かな息とともにそこから心臓まで侵入した。シンタローのぴくりと跳ねる体を押さえつけて、マジックが耳朶を口に含んだ。
「シンタロー」
 マジックは腕に力を込めて、まるでシンタローの体を自分の中に押し込めるように力を込めて、口づけを繰り返した。
「…親父…?どうしたの。あいつらは?」
 振り返ろうとするシンタローの頭を、マジックは後ろから大きな手で固定してしまう。今見てもいいのは、パパだけだというように。
「父さん」
「シンタロー……」
 マジックの口づけは、シンタローの顔中に降る。まるでそうすることしかできないように。
「父さん、ねぇ、おかしいよ、放してくれよ。苦しいよ」
 血の臭いと、大きな腕。
「…放して…」
 小さなシンタローの願いを、マジックは聞いてくれそうもなかった。変わりにシンタローを抱き締めたまま……自分の正面に転がる潰れた人間たちを睨みながら……今日はパパと一緒に寝ようねと言った。
「父さ…あ」
 ふいに重ねられる唇。けれどそれは直ぐ離れて、次にシンタローを捕らえたのは呪われた青い瞳だった。
「…ぁ…?」
 シンタローが欲しかった海と同じ青い瞳。
 総帥室に飾ってある、宝玉と同じ色。
 それがシンタローの意識を取り込んだ。
 マジックは、意識を失って力なく崩折れるシンタローを抱え直した。両膝の後ろに片腕を当てて運ぶために。
「!そこにいるのは誰だ!」
 科学室を出ようとして、ようやくマジックは人の気配に注意を払った。
「最後まで見ていたとは良い度胸だな。だが賢い行動ではなかったぞ」
 マジックの瞳が、怪しく光る。
「……わてを殺しはるんどすか」
「アラシヤマか」
 姿を現したのは、マジック自ら本部に呼び寄せた学生、アラシヤマだった。誰もがマジックに恐れをなして姿を消したというのに、彼だけが残っていたらしい。
「……お前、シンタローが奴らのターゲットになっていたこと、知っていたな。何故止めなかった」
 アラシヤマとて、このとき初めてマジックの眼の恐ろしさを知ったのだ。言葉が滑るように出てきたのは、度胸があったというよりも、恐怖ゆえに感情が死んでしまっていたからだった。
「…わてが総帥から受けた命令は、シンタローを正当な手段で追い詰め、追い抜くことどした。…命令以外のことに関しては、わてはわての判断で動きます」
「……そうか」
 マジックの口元が歪む。
「お前という存在のお陰で、シンタローは随分と早く強くなったよ。……シンタローの後をつけてきたことに免じて、今回のことは見なかったことにしよう。命令はまだ有効だ。いいな」
「は…はいっ」
 シンタローを抱えて、マジックはその場を後にした。
 アラシヤマはマジックが、シンタローをどうするつもりなのか問い詰めたかったが、聞けなかった。
 この日マジックに裏切り者が制裁されたという簡単な事実だけが、学生の間に厳かに広まり、噂された。
   

 シンタローに関わったせいで学生が三人、マジックに制裁を受けてから、一年。
 もともと人付き合いが得意という方でもなかったシンタローは、滅多なことでは自分から付き合いの輪を広げようとはしなくなっていた。
 シンタローはそれまで、自分のことを考えるのでせいいっぱいだった。けれど一年前のあの事件で、マジックのことも考えるようになったからだ。
 マジックの中の、シンタローが知らない部分。冷酷で非道な悪意の固まり。
 たった今までシンタローと話していた仲間たち。それが一瞬にして死んだ。マジックが、なんらかの力を使って処分したのだ。
 あのあとマジックは何度も問いただした。
 何故自分を殺そうとした者を許せるんだい?
 命を狙った者を見逃せば、また同じことを繰り返すよ。
 パパはシンちゃんに悪さする奴らを許さない。
 だってパパはシンちゃんを愛しているんだからね。
 誰よりも一番に愛しているんだからね。
 今、シンタローにとってそれらの言葉は苦しみ以外何も感じさせなかった。マジックの言葉は、どうしてもシンタローを束縛する。ゆっくりと、じんわりと、シンタローの自由と感性を蝕んでいくのだ。
 事件以来、マジックのシンタローへの想いは強くなる一方だった。
 シンタローの一挙一投足にまで監視の眼を光らせる勢いだ。その強烈な愛情は、シンタローには重すぎた。息がどんどん苦しくなった。
 そしてもう一つの不安なことが、シンタローの苦しみに輪をかける。
 限界を、感じるのだ。
 マジックを越えることが出来ない自分というものを、酷くリアルに想像できる。一族の中で一人だけ異なる容姿も、秘石眼という不思議な光を持つ眼が無いことも、それを助長した。眼魔砲を会得したその後も、それは変わらなかった。
 ただなんとなく、ほんの少し楽になったことと言えば、アラシヤマが以前のようにつっかかってこなくなったことだ。
 良く言えばおとなしく、悪く言えば根が暗いアラシヤマとは、以前よりも試験や試合が減ったことで、競り合わなければならない回数が格段に減ったからである。

 そんなある日、シンタローに弟ができた。
 シンタローは初め、ただの冗談だと思った。あのマジックが、自分以外の子供を欲しがるなんて、想像できなかったからだ。
 けれどそれは本当だった。
 生まれた子供は、確かにシンタロー弟だったのだ。
「ああ……」
 初めてその子を見たとき、シンタローは泣きたくなった。
 この子は。
 この子は金髪をしている。
 シンタローはやはり異端なのだ。
 一族のなかで、やはりただ一人の異質な存在だったのだ。マジックが綺麗だという黒い髪。太陽のようなきらきらとした金髪よりも、綺麗な筈がないじゃないか。
 けれど直ぐにシンタローはその考えを捨てた。
 こんなことでいじけるのはもう終りにするのだ。もしかしたらこの子の方がガンマ団を受け継ぐのかもしれない。でも、それもいいかもしれない。
 シンタローは思った。
 いいじゃないか、誰が後を継いだって。
 この子は生まれたばかりなんだから。
 俺の弟なんだから。
「……コタロー。お兄ちゃんだよ」
 小さなもみじを指でつつくと、コタローは握り返してくる。
「うわぁ…」
 かわいい。
 凄く可愛い。
 シンタローは、かつて弟を欲しがっていた自分を思い出した。
 そうだ、うんと可愛がってやろう。一緒に遊ぼう。いろんなことを教えてあげよう。たくさんのものを見せて上げよう。
 あれやこれや、あっというまに楽しい夢はふくらんで、シンタローは幸せだった。だからそんなシンタローを、複雑な眼でマジックが見ていたことに気がつかなかった。

「親父ィ!コタローをどこにやったんだよ !! 」

 突然。
 夢の時間は終りを告げた。
 シンタローが愛した弟は、まだ幾つにもならないうちに、マジックがどこかへやってしまったのだ。それも、シンタローからの略奪という形で。
「親父!!」
 耳の奥に、兄を呼ぶ弟の声が残る。大人たちに手を引かれて、連れ去られてしまった。シンタローの手の届かないところへだ。
「どうしてだよ、なんでこんなことするんだよ !! 信じられねぇよ。正気かよ!」
 シンタローは叫んだ。自分にはこんなに叫ぶことができるんだと、自分で驚いたくらい声が出た。
 頭の中がぐちゃぐちゃになった。コタローを奪われたことが悲しくて、マジックが自分に酷いことをしたのが苦しくて、守ってやれなかった弟が可愛そうで、力の足りなかった自分が許せなくて、事態が理解できないことが情なくて、怒りのやり場が見つからなくて、もうぐちゃぐちゃだった。
 もう何も出来なかった。
 何も見えなかった。
 結局はマジックの手の中しか、マジックの望む生き方しか、自分には許されていなかったのだ。
 シンタローは、コタローだけは違うと思っていた。コタローとだけは、マジックの元でも暮らしてゆけると思っていた。だってコタローだって血の繋がった息子ではないか。
 兄と弟、どこが違うというのだ?
 何故マジックは、コタローだけをよそへやった。
 シンタローから引き離すことが目的だったとしか思えなかった。
 何度聞いても、マジックは答えをくれなかった。むしろますます強くなるのその独占欲に、自分を失いそうだった。
 平静を取り戻すまでは、かなりの時間を要した。
 だが、冷静になれば今までと違ったものが見えてくる。マジックが、ガンマ団員たちにどう見られているのか、ということが。
 生まれながらの覇王。
 あのサービスでさえ、マジックに逆らってはいないではないか。
 マジックは、シンタローが考えていた以上に絶対者だったのだ。
 知らなかったのは、シンタローだけだ。
 もっとも、それがわかったところで、悲しみが薄れることはなかった。いっそ憎めたらどれだけ楽になるだろう。
 愛しているよ。
 マジックはことあるごとにそう言う。シンタローはいつからかそれをマジックに対して言わなくなった。けれど、もう言葉なんかいらないくらい、マジックという存在はシンタローの中に根を下ろしているのだ。だから、いっそ他人だったら。憎めたら。ただの兵士と総帥だったら。
 有り得ない夢。
 はかない希望。
 シンタローの夢は、どうしても、かなわない………。

 口数こそ減ったものの、マジックはシンタローが諦めたと思っていた。
 シンタローはいつだって最後には言うことを聞いてくれる、可愛い息子だった。
 だからかつてシンタローが物心つく前、日本で他人の手に育てられた記憶を洗い流してしまったときのように、今度もまた、シンタローは忘れてくれたと思っていた。
 けれどシンタローの心はずっと血を流し続けている。
 コタローと、マジックと、平和に暮らすという決して手に入らない夢を見ながら血を流している。
 
 その傷は随分と深くて、誰にも癒せない……。

裁かれざる者7

アオザワシンたろー




「シンタローはん。これはまた、思い切ったことをしはりましたな」

 秘石を奪って逃走したシンタローの行く手を塞いだのはアラシヤマだった。ガンマ団の制服に身を包み、ナイフを装備している。
「うるせぇ!そこをどけ。相手が誰であろうと容赦しないぜ !! 」
 シンタローは偶然、コタローの居場所を知ることができた。
 マジックが敷いたシークレットセキュリティを掻い潜り、コタローが連れ去られた場所を突き止めたのだ。
 だから会いに行く。
 弟に会いに行く。そして。
 大好きなマジックに、わかってもらうのだ。
 僕がどんなに悲しかったか。
「港はすべて封鎖されとります。逃げようがあらしまへん」
 アラシヤマは、そう言う。
「黙れ!」
「せやけど非常用第二埠頭に、点検用ボートが何台か未収容になっとります。警備人もそこまでは手がまわらんでっしゃろなぁ」
「……何?」
 アラシヤマはナイフの刃先の光を確かめるように、裏返したりしている。
 攻撃してくる気配はない。
「……何でおめぇが助ける」
 警戒を解かずにシンタローが問えば、アラシヤマは眼を細めて得意気に笑った。
「あんさんがいなくなれば、わてがガンマ団ナンバーワンに、なりますからなぁ」
「……言ってろ」

 シンタローはアラシヤマの脇を走り抜けた。
 肩に、秘石を治めた鞄をかけて。
 この逃亡はシンタローにとって生まれて初めての賭けだった。何としてでもマジックの手から逃れなければならなかった。
 逃げおおせなければ、きっとわかってもらえない。だからシンタローは必死だった。
 いつか。
 いつかコタローと、そしてマジックと、三人で暮らす、そんな遠い夢だけを追って、シンタローは海へ向かった。

 そして、物語は始まる。






--------------------------------------------------------------------------------
平成6年発行本でした。手直しは明らかに意味が通じてない部分だけにとどめたので、稚拙な文章なんですが、お許しください。
ガンガンでまだパプワくんが連載中だったため、自己流設定が山ほど!(^^;)
見逃してください~~。
パパとシンちゃんの確執のお話の予定が、アラシヤマ出張る出張る…。






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