まさか――――――。
誰もそんなことは予想にもしなかった。
苦しげに抑えられた喉。
唇から零れた赤い液体。
崩れ落ちる身体。
異変は即座に皆が知る。
けれど、手遅れだった。
何も出来なかった。
彼に触れた時、それを実感するしかなかった。
わずかな時で、永遠に失ってしまったのだ。
――――――彼はもう、二度と目は覚まさない。
「シンタローはん」
アラシヤマは、白いシーツの上に横たわるシンタローの前に立った。
黒髪に縁取られた精悍な顔立ち。気の強さを示す眉。意思の強さを表す唇。
どれも自分にとっては、見知ったものがそこにある。
けれど、唯一見ることができないのは、その固く閉ざされた瞼の奥に存在する漆黒の輝きだった。
そこにはもうあの輝きはなく、二度と見ることはできない。
「シンタローはん」
大気を微かに振るわせるほどの呼びかけ。
それでも、シンと静まり返った部屋では、躊躇うほどよく通る。
誰もいない部屋のようだった。
ここには、自分の他に、彼も存在しているというのに、それを感じさせてくれないのだ。
それが当然なのだとは、思いたくはない。
「シンタローはん」
何度呼びかけても、相手は、反応を返さない。
わかっていても、呼びかけずにはいられない。
痛みをこらえるように唇を軽く噛むと、アラシヤマは、彼に向かって手を伸ばした。
穏やかな寝顔のそれに触れる。
その輪郭を確かめるように、指先で、ゆっくりとなぞる。
その指先に触れる冷たさが、言いようのない憤りを覚えた。
こんな冷たさなんて、自分は認めない。
人を拒絶するほどの冷たさなど、許せない。
もしも可能ならば、自身の熱を全て彼に移してもよかった。
それでもいいから、彼の中の温もりを返して欲しかった。
ついさっきまでは、確かに彼の中にもあったものなのだから。
「なして…?」
幾度となく呟かれた言葉。
どうして、こんなことになったのだろうか。
わかっていても。分かりたくはなかった。
彼は、毒に倒れたのだ。
誰にも倒されないと誰もが信じきっていた彼は、あっさりと敵対する者の手が盛った毒を飲み、その命を果てた。
「わてがいたのに―――――」
そこには、アラシヤマもいた。
彼の親族もいた。
彼の仲間もいた。
それなのに、誰もがいる目の前で、彼は倒れた。
誰も何もできぬまま、彼は、二度と起き上がってはくれなかった。
強いと呼ばれる人々がそこに集っていても、誰も彼を助けることはできなかったのである。
「あんまりどすわ」
指先が、唇に触れた。
何度も触れたことのあるそれ。
ひかれるように、自身の唇をよせた。
冷たい口付け。
もれる吐息。
だが、相手からの呼吸は感じられなかった。
「白雪姫なら、ここでお目覚めどすえ? シンタローはん」
祈るようにもう一度唇を寄せるが、相手が再び呼吸し始めることはない。
何度口付けをしようとも、固く閉じられた唇からは、何も零れてこない。
『毒リンゴを食べたお姫様は、王子様のキスで目を覚ましました』
それは、御伽噺でしかないのだ。
現実は、そこにある。
こんなにもあっさり行くとは思わなかった。
こんなにも簡単に奪われるとは思わなかった。
「…………目を開けてくれなはれ」
ポトリ。
白い肌に、水滴が落ちる。
ポトリ…ポトリ。
一つ、二つ。
それは、冷たい頬に落ち、すべり落ちていく。
まるで、彼が流している涙のようだ。
「泣きたいのはわての方どす」
実際泣いているのは自分だが。
そうでも思わなければ、やりきれない。
何も言わずに、言えずに、相手は逝ったのだ。
今、何を思っているのかなど、自分には想像することはできても、本心を悟ることはできない。
「シンタローはん」
頬に手を滑らせ、自分の涙で濡れたそれを手でぬぐいとる。
「シンタローはん」
もう二度と応えてはくれない。
どれほど叫んでも、相手は何も言ってくれはしない。
「シンタローはん」
現世(ここ)にいる限り、彼とは出会うことはない。
自分を置いて、彼はもう逝ってしまったのだ。
「酷すぎますわ」
一緒にいると。いつまでも傍にいると誓ったのは、遠い昔の話ではない。
なのに、相手は先にいってしまった。
自分を置いてきぼりにしたまま。
「約束は守りますえ?」
ならば、これからすることは決まっている。
いってしまったのならば、追いかけていけばいい。
自分から、彼の元へ行けばいい。
きっと彼も待っていてくれているはずだ。
アラシヤマは、晴れやかに微笑んだ。
「―――――――待っておくんなはれ」
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「我慢するのもええ加減にしておくれなはれ」
「…………関係ねえだろ、お前には」
「せやけど…」
躊躇いがちにアラシヤマの手が、目の前にいるシンタローに向かって伸びる。
だが、その手を一瞬睨みつけると、シンタローは、振り払うように、アラシヤマに背中を向けた。
「お前には関係ない」
そのまま、振り返らずに、キッパリ拒絶の言葉を吐かれる。
全てを拒否する態度。
アラシヤマは、行き場の無くなった自分の手を眺め、仕方なくそれを元に戻すと、向けられた背中に視線を向けた。
自分と変わらない体格と広い背中。どうみても逞しい男の背中だ。
それでもそれを愛しいと感じるのは、自分が恋という病にわずらっているためだろうか。
けれど、今はそんなことはどうでもいい。
ただ、まるでヤマアラシのようにトゲを出して自分を威嚇しているかのように見えるその背中を、アラシヤマは、やんわりと言葉を向けた。
「――――シンタローはん。ほんまにそう思うとりますの?」
関係ないと、その一言で、自分をそう跳ね除けるのだろうか。
確かに、それは自分とは関係ないことだった。
総帥として、彼の責任であり、負うべき任務でもあった。そこに、自分が介入することは許されてない。それでも、全てを彼が背負う必要もないはずだった。実際の仕事面では無理でも、心情的に自分に頼ることは、決して許されないことではない。
彼の意に添わない、それでもやらなければいけなかった嫌な仕事をした時に、その気持ちを少しばかり吐露したところで誰が、彼を攻めるというのだろうか。
なのに、一度たりとも彼は、そんな弱音を吐いたことはなかった。ずっと……どれほど願っても、彼は自分の内に全てを押し込んで、なんでもないフリをする。
「ああ、そうだ」
自分の思いなど気づかずに、彼は、トゲを含んだ冷たい言葉で返してくる。
傍に近づけさせないように、必死でトゲをむき出し、距離を置こうとしているのが分かる。
その頑固な性格や意地っ張りな性格を嫌いではない。けれど、今はその性格が歯がゆさを覚える。
なぜ、自分にまでそのトゲを向けるのか。
「わての存在なんてその程度ですのん?」
「……………」
哀しくなる。
自分が必要とされてない気がして。
自分の存在すらも否定される気がして。
なんのために、自分がここにいると思っているのだろう。
「わてがシンタローはんを心配するのもいけへんといいますの?」
「………………」
「また我慢する」
何か言いたいことがあるのだろうに、黙って背中を見せるだけだ。
小さな溜息をこれみよがしについて見せるが、反応は何もない。
今日は、かなりの頑固を見せてくれる。
頑なな相手の態度はくずれそうになかった。
それが必死の虚勢だとしても、自分にはどうしようもなかった。
そのトゲトゲの背中を眺めることしかできなくて、アラシヤマは、切なさをにじませ瞳を緩ませた。
「シンタローはん。もう、ええどす」
苦い笑みを一つ浮かべると、その背中に、そう言い放った。
その台詞とともに、一歩、シンタローの傍から離れる。
(もう、ええ…か)
頑張ってトゲを出す姿は、見ているこちらも痛い。
それならばいっそ彼の望むどおりにして、楽にしてあげようとすら思えるほど。
「わてが必要でないといわはるんなら…………もう、ええどす」
突き放すような声。
たぶん、こんな風に言うのは、彼と出会ってからは、初めてのことだろう。相手の方からは何度もあったけれど、自分からは、彼から離れようとしたのは初めてのことだ。
けれど、そう決意したら、躊躇いはなかった。
靴音を響かせ、後ろに下がる。
彼の背中がその音を聞いて、震えた。
けれど、振り返りもしなかった。何の言葉も言わない。
本当にその我慢強さには呆れてしまう。
それが彼なのだと言い切ってしまえば、それで終わりなのだけれど、少しだけ自分には違うのではないかと期待をしてしまっていた。
でも、彼は他の人と変わらぬ態度で自分に接する。
それならば、これも仕方ない結果であった。
「シンタローはん。さいなら…」
そう呟くとアラシヤマは、シンタローに背中を向けて歩いていった。
後ろは一度も振り返らなかった。
けれど、相手も振り返る気配は見せてくれなかった。
胸を直接つかまれるような痛みに耐えながら、アラシヤマはシンタローに別れを告げた。
ポタリ。
シンタローの足元に雫の跡がつくられた。
それは一つだけではなかった。
ポタリ。ポタリ。ポタリ。
断続に落ちる雫。
一つの点が大きな沁みになって床に広がっていく。けれど、シンタローはその場から動かなかった。
じっと何かに耐えるように、その場に立ち尽くす。
両側の手が握り拳をつくり固く握られる。それが、細かに震えていた。
ゆっくりと唇が開いた。小さくわななく。
「ア………っ」
何かを叫ぶように声がこぼれたが、すぐにそれを飲み込むように閉じられた。
そして、閉じた唇が開かないように、きつくそれを噛みしめた。血がにじんでも緩むこともなく、それを噛みしめ続ける。
瞳からこぼれる水は、まだ止まらなかった。
全てを押し殺したまま、俯いた頭を小さく振る。
耐えられない何かを必死になって耐えるように。
それでも、決して後ろを振り返ることはなかった。
「―――――――負けましたわ、あんさんには」
シンタローは、行き成り暖かなぬくもりに包まれた。
「っ!?」
驚いて顔を上げれば、柔らかな笑みを浮かべたアラシヤマの顔が目の前にあった。
信じられないといった表情のシンタローに、アラシヤマの目がいさめるように、細められた。
「もう、ええどす。わての負けどすから。もう…こんなことはやめてくれなはれ」
アラシヤマは、シンタローの固く閉ざされ、血を滲ませる唇に指を這わした。
「…っ」
その指先が傷口に当たり、痛みに口を開くと、すかさずその唇がふさがれた。
指ではなく、それよりも暖かく柔らかなものに。
それは、激しいものではなくて、優しい口付けだった。癒すような口付け。その最後に、そっと傷口を舐められた。
それも離れ、目を開くと悲痛な表情のアラシヤマの顔が間近にあった。
「自分で自分自身を傷つけるのはやめなはれ。あんさんだけでなく、見ているこっちも痛いですわ」
「な………んで」
信じられないといった顔を向ける相手に、アラシヤマは小さな笑みを浮かべてみせた。
「あんさんも意外に阿呆どすなあ。わてが、あんさんを見限ることなんてあるはずないでっしゃろ? 帰ったのはただのフリどす」
別に意地悪をするつもりはなかった。
ただ、そこにいれば、彼はトゲを出した背中しか向けてくれないことがわかったから、アラシヤマは、いったんそこから離れたのだ。
離れるフリをしただけのこと。
けれど、こっそり中を覗いても、こちらを振り返ることもなく、その場で耐え続けるシンタローを眺めることしかできなくて、アラシヤマは、降参するしかなかった。
ここまでされれば、自分が折れない限りどうしようもないだろう。
「っ…」
シンタローの唇が震えた。
その顔が一瞬泣きそうにゆがみ、その手が、アラシヤマの服を握り締める。
俯き、何かに耐えるように震えるその身体に、アラシヤマは優しく包み込んだ。
「シンタローはん……我慢したければ、我慢すればいいですわ」
素直に自分の気持ちを放出できないというならば、無理をさせるわけにはいかなかった。
それでも、自分にできることは、やってあげたかった。
真正面から、彼を見つめ、その身体を抱きしめる。そうして、手を背中に向けた。
トゲのある背中。
けれど、前から抱きしめれば、そのトゲで傷つけることもできない。
どれほど拒絶しようとも、その身体を抱きしめることが出来る。
それは、比喩でしかないのだけれど、こうして、拒絶を見せないところを見ると、案外正解だったのかもしれない。
そう言えば、自分はちゃんと彼の目の前で、告げたことはなかった。
いつも、向けられた背中に言葉を投げつけただけだった。
「けど、哀しい時は、ちゃんと泣きなはれ。そうせんと、いつか身体だけでなく、心も壊れてしまいますわ」
一体何度、どのくらい、彼は我慢し続けたのだろうか。
一人で、それに耐えることを覚えた彼。誰にも、その辛さや悲しみをぶつけないようにと、必死にでトゲを出して相手を拒絶していた。
けれど、もうそれをする必要はないのだ。少なくても、自分には。耐える必要はない。
ヤマアラシのようなトゲを出していた彼の背中を優しく撫でる。
何度も何度も、もうそれは必要ないのだと教え込むように。
融通のきかない彼には、時間をかけないと無理なのだと悟ってしまったから。
「わてには関係ないと言うなら、別に何を言ってもかまいはしまへんやろ? 愚痴も文句も、関係ないわてに八つ当たりしなはれ。わてならかまいまへんから」
だから、自分を必要として欲しい。
切なる思いを込めて、アラシヤマは告げた。
ギュッと再び服を掴まれる感触が伝わってきた。
いつしか、彼の瞳にあたる部分に触れていた服が熱い雫で濡れだした。
「アラ…シヤマ」
小さな嗚咽に混ざりながら、自分を呼ぶ声。
「はい」
返事をすれば、自分の背中に回していた彼の腕の力が強くなる。
その存在を確かめるために。
「ここに…いろ」
命令的なのに、弱々しい口調。
それが切なくて、愛しくて、何よりも恋しい存在をアラシヤマはしっかりと抱きしめ、誓いを口にした。
「―――はい。ずっと、お傍におりますわ」
傍らの温もり
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パチリ。
目が覚める。
時計を見ると深夜2時。まだ眠っていい時間だ。
明日も早いとはいえ、まだ4時間は眠れる。
そう思いつつ、ベットの中でごろごろと動いた。
一人用にしては大きすぎるベットの中で、何かを探るように手を動かす。だが、そこには何もなかった。
ただ、冷たいシーツの感触だけが伝わってくる。
それでようやく気づいたように、その手を止めた。
「何やってんだ、俺は…」
無意識の行動に溜息をついてシンタローは、身を起こした。
眠気が飛んでしまっていた。
そのままじっとしていても眠れそうになくて、服を着込むと外に出た。
ガンマ団本部とは別に作られた棟は、ガンマ団に勤務している人達の宿舎の一つである。その中でも幹部以上の団員のみに与えられる場所にシンタローは寝起きしている。
一応自宅もあるのだが、そちらの方にはあまり帰っていない。理由は簡単だ。帰れば、あの親父が引っ付いてくるからである。仕事で疲れているのに、それをされては休まる暇がないのだ。
シンタローは下にではなく、屋上にあがった。
別に理由はない。あるとすれば、下へ行くよりも上の方が近かったからだ。
最上階丸ごと与えられた総帥用の部屋から屋上は直ぐである。
屋上に出ると建物の端に移動する。そこには、転落防止のためにシンタローの胸のあたりまでの高さの柵が巡らされている。
シンタローはそこに腕を置くと、体重をかけるよにもたれかかった。
季節は初夏。
屋上にあがると生温さと湿気を帯びた風が、シンタローの長い髪に絡まりつつ通り過ぎる。
梅雨に入っており、最近ぐずついた天気ばかりで、昨日も一日中雨が降っていた。だが、上を見上げたシンタローは、思わず溜息をついた。
「へぇ、凄い」
深夜の上、雨上がりのせいだろうか、珍しく澄んだ星空が頭上に展開されていた。
それは、久しぶりにみる星空だった。
「でも、あそこで見た星空の方が凄かったよな」
シンタローは、懐かしむように視線を細めた。
あそこ――――それは、シンタローにとって大切な場所――――パプワ島のことだ。
人工的な光が一切ない島は夜がくれば完全な闇が覆う。そこから見上げた星空は、本当に降ってくるような、という表現が似合うほどの無数の星々が見えた。
シンタローは、幾度となくその星空を見上げ、そして眠りについた。
パプワやチャッピーと一緒に暖かなぬくもりにつつまれて…。
仰向いていた視線を今度は下に向けた。自分の手を見つめる。
「探して…しまってた」
寝ぼけた自分がベットでさぐっていたのは、その手に触れる暖かなぬくもりだった。
あの島では当たり前に触れられた体温。
だが、今は当然あるはずがなかった。
ここはパプワ島ではない。
あの温もりがあるはずなかった。
「眠れねえ」
無意識のうちに、あの温もりで自分は眠りについていたのだ。
気づいてしまったら、もう駄目だった。
自分は眠れない。
温もりが傍にないと眠りにつけない…。
「シンタローはん?」
突然背後から聞こえてきた声に、シンタローは慌てて振り返った。
「アラシヤマ…なんでここに?」
「はあ。ちょっと寝付けられへんので風にあたろうかと思うて。シンタローはんこそ、どうしてここにいるんどすか?」
入り口近くにいたアラシヤマは、そういいながらこちらに近づいてくる。
「俺も……眠れなかったんだよ」
「そうどすか」
シンタローの直ぐ隣に立ったアラシヤマは、同じように柵にもたれかかった。それから、少し前のシンタローと同じように頭上を見上げた。
「綺麗な星空どすなあ」
「ああ」
「せやけど、ここの星空より、パプワ島で見た星空の方がずっと綺麗だった気がしますわ」
「ああ」
天上を仰ぐアラシヤマの隣で、シンタローは前を向いたまま、生返事をする。
ちらりと視線を走らせるとぼんやりした表情で、前を見つめるシンタローの横顔が見える。
(眠たいんやろうか?)
それならば、こんなところにいないでさっさと部屋に戻った方がいいと思うのだが。
それでも、そう言う気配も見せず、さりとて綺麗な星空を見上げもしないシンタローに訝しげに思いつつ、アラシヤマはまた、声をかけた。
「シンタローはん?」
「ああ」
「いい天気どすなあ」
「ああ」
「わてのこと好きでっしゃろ?」
「いーや」
「………なんで、そこだけ否定しますのん」
聞いてないと思ったのだが、一応耳には入れていたようである。
ちょっとだけ、嘘だと思っても聞いて頷いて欲しかった質問をあっさりと否定され、落ち込みが入る。
しかし、相手の方も様子がおかしかった。人が眠りにつく深夜だからというのもあるとは思うが、どことなく空ろな様子を見せる。
時折身体が船をこぐように揺れるのを見て、アラシヤマは眉をひそめた。
「シンタローはん? どうしたんどすか。眠いなら、部屋に戻った方がよろしゅうおますが」
「眠れない……」
シンタローは、億劫げに口を開きながらそう告げる。
眠れるはずがない。帰っても温もりが傍にないのだから。
けれど、なぜか眠気は訪れていた。
もたれかけていた腕にさらに体重がかかる。
「はあ。でも…」
困ったような声が耳元で聞こえてくる。
けれど、目を開けてられなくなって、シンタローは目を閉じる。
「部屋に戻ったら眠れない」
一人ぼっちのあの部屋にいたら、また自分の目はさえてくるだろう。
しかし、確かに今は、眠たかった。
ここには、温もりがあるからだ。
直ぐ傍に、暖かな体温が触れている。それはわずかなものだったが、それでも自分には心地良くて、眠りを誘う。
小さくあくびをすれば、アラシヤマに見咎められた。
「ここなら寝むれますのん?」
「んんっ」
違うと返事をしようとしたが、くぐもった声にしかならなかった。
すでに思考能力は働いてはいない。あくびがまたこぼれた。
眠くならないはずはないのだ。激務をこなしている自分だ。眠気がおとずれさえすれば、すぐに身体は深い眠りに入ろうとしていく。
「シンタローはん。もう部屋に戻った方がいいですわ。こんなところで眠りはったら風邪引きますえ」
どう見ても眠る態勢のシンタローに声をかける。
「………………」
だが、今度は返事がなかった。
「シンタローはん?」
首を傾げつつ、アラシヤマは、そっとシンタローの肩に置いた。
そのとたん、その身体が驚くほど簡単に傾いだ。
慌ててそれを抱きとめ、自分の身体にもたれさせる。
「なんやの、このお人は。もう寝てはりますやん」
覗いて見れば完全に熟睡状態のシンタローがいた。
軽く強請ってみるが、起きる気配はまったくない。
ガンマ団総帥にしては、あまりにも豪快な眠りっぷりであった。
「こんなに無防備でどないするんやろ」
呆れたように呟きながらも、そのまま放置することなどできるはずはなく、アラシヤマはその身体を抱え上げると、屋上を後にした。
「やれやれですわ」
アラシヤマは抱えてたシンタローをベットの上に寝かせた。
ここは自分に与えられた部屋の寝室である。
最初は当然総帥の部屋に行ったのだが、当然ながらしっかりとロックされており、開けるためのパスワードも知らないために、仕方なく自分の部屋に運んだのだ。
「わてはソファーにでも寝るしかありまへんな」
シングルサイズのそれには大人一人が寝てしまえば、後はあまりスペースはない。
仕方なく、ソファーの置いてあるリビングの方へ移動しようとしたアラシヤマは、けれど、その足を止めた。
「んっ」
その前に、シンタローが小さなうめき声をあげながら、無意識のように手を動かし、触れたアラシヤマの腕を掴んだのである。それだけならばまだしも、アラシヤマに触れたとたん、行き成り強い力でひっぱった。
「シンタローはんっ!?」
突然のことでバランスを崩したアラシヤマは、当然のようにベットの上に転がった。
もっとも、とっさに空いている腕を突き出したために、どうにか寝ているシンタローの上に落ちることだけは免れる。
それでも事態はそれほどよくなったわけではなかった。
「なんですのん?」
真上からシンタローを見下ろすはめになったアラシヤマは、困惑げに自分の腕を見た。
まだ、手は掴まれたままだ。
しかも、かなりしっかりと握られていて、離すのには苦労しそうだった。
自分の今の姿を省みて、アラシヤマは苦笑する。
「ふう。こんなんあのマジック様にでも見られたら、良くて減給へたすれば、抹殺されますわ」
どう見ても、今の状況は、自分がシンタローの寝込みを襲っている姿にしか見えないのである。息子を異常なまでに溺愛しているあのマジックが見れば、間違いなく自分の運命は最後にしか思えなかった。
それでも無理やり起こしてまでその手を振り払えないのは、目の前の寝顔が無防備すぎるからだ。
安心しきった子供のように眠られてしまえば、起こすのも忍びなく感じる。
「せやけど、この態勢はキツイしどうにかせなあかんやろうな」
とりあえず掴まれた手はそのままに、そろそろと動かし、ベットの上から降りようとしたアラシヤマだが、その気配に気づいたのか、今度は、もう一方の手がアラシヤマを掴んだ。
「うわっ」
またもや不意をつかれる。
その手は、アラシヤマの首に回り、そのままぐぃっと引き寄せられた。眠っているためか手加減のない凄い力だ。
今度は、なし崩しのままシンタローの胸の中に抱きこまれてしまっていた。
「シンタローはん。ちょっと、起きてくれなはれっ!!」
さすがにこれはまずいと抗議の声を上げたアラシヤマに、けれど返ってきたのは、完全に寝ぼけた声だった。
「こらパプワ。暴れないで、大人しく寝てろっ」
そう言うと、さらに、アラシヤマの背中をぽんぽんと宥めるように叩く。
「なんですって?」
その寝言に思わず声を上げるが、相手は再び眠りについていた。
アラシヤマはしっかりと抱きしめたままに。
そのままたっぷり一分ほどその状況にいて、アラシヤマはようやく口を開いた。
「………もしかして、わてをパプワはんと思うとりますの?」
もちろん返事はない。
しっかりと抱き込まれたまま、アラシヤマが出来ることと言えばじっとしているだけだ。
離してくれる気配が全然ないのだからしかたない。
「あんさん、実は思いっきり寂しがり屋でしたんやなあ」
こうして傍にいるとよくわかる。
シンタローは、今までに見たこともないほど、安心した表情で眠っていた。
士官学校の時代でも、総帥である今も、一度としてそんな表情は、見たこともない。
自分が覚えているのは、どこか寂しげな彼の顔。
それでも、彼の周りに人が絶えたことはない。
「一人ぼっちにはあんまりなれてないんどすな」
眠れないと言っていたくせに、自分が傍にいたとたんに眠むってしまったのは、たぶん、そんな理由だろう。
推測でしかないが、それでもあの寝言とその後の行動で確信がついた。
自分のことをパプワだと思っているのだろう彼は、しっかりとその温もりを腕に抱きしめていた。
眠れないのだと、一人屋上にいたくせに、この眠りっぷりを見ればわかる。
人の温もりが恋しくて、欲しくて、眠れなかったのだ、彼は。
「それじゃあ、しょうがありまへんなあ。今日は、このままでいましょうか。………朝が恐ろしいことになりそうやけど」
たぶん、彼は今晩のことを覚えてないだろう。
そうなれば、目覚めた時、この状況では彼がパニクるのも想像がつく。なにせ、自分は、彼に愛の告白をこの間したばかりなのだから。
もっとも、即効断られてしまったが。
「そやけど……ちょっとは脈ありと見てもええかもしれへんなあ」
人肌が恋しいとはいえ、そうそう人前で簡単に眠りにつく人ではない。
それでも、こうも簡単に無防備に眠りについてくれたのは、少なくても信用はされていると見てもいいのではないだろうか。
「まあ、いいどす。答えはまた後からでも出しましょう」
そろそろ自分も眠くなってきた。
思考能力も危ぶまれてきたし、ここは眠りに身を任せた方がよさそうだった。
「おやすみどす。シンタローはん」
少々窮屈ではあるが、アラシヤマも気持ちのいい温もりに包まれながら、眠りについた。
明朝。
ズドォーン!
突如として、幹部の宿舎である建物の一角が吹っ飛んでいた。
― 蛇 足 ―
(これは一体どういうことだ?)
シンタローは朝からつきつけられた信じられない現実に対応しきれずに、何度もそれを見つめていた。
自分の腕の中にいるアラシヤマの存在を。
(ちょっとまて…なんでアラシヤマがいるんだ? つーか、この部屋アラシヤマの部屋じゃねえかよ)
目が覚めた時には違和感があった部屋もよく見れば、見たことのある人物の部屋だった。
(昨日、何があった?)
とりあえず、状況はそのままでシンタローは記憶を探る。
(えーっと、確か俺は眠れなくて屋上にいたんだよな………で、そこにアラシヤマがきて………隣にあいつがあって……それから……………………………記憶がねぇ!?)
そこからぷつりと記憶が途切れていた。
(まさか、そこからアラシヤマに無理やり部屋に連れ込まれたとか………)
腕の中にいるこの人物に愛の告白を受けたのは、まだ記憶に新しいことだ。
だが、シンタローは今の状況を見ると首をひねらせた。
(けど、抵抗した覚えないし……第一、なんでこんな態勢になってるんだ? 逆なら理由もつくが)
どう見ても、自分の方がアラシヤマを抱きかかえているのである。
これを見れば、自分がアラシヤマに襲われたとは思えない。
(えーっと……もしかして、俺、眠ったのか?)
記憶を堀り起こしてみれば、なんとなくそんな記憶がかすかだが残っている。
(じゃあ、アラシヤマはここにわざわざ運んでくれたわけか)
そうなるど合点がいく。自分の部屋はパスワードがなければ開かないのだから、当然だろう。
(で、この格好は………ぬくもりか)
伝わってくる暖かさを感じつつシンタローは、苦笑を浮かべた。
自分が眠れなかった理由を思い出したのだ。
この格好は、あのパプワ島の時の自分とパプワによく似ている。たぶん、寝ぼけた自分が、やってしまったことなのだろう。
「けど、お前、本当に俺のこと好きなのか?」
好きな人とこんなにも密着した状態で、よくもまあぐっすり眠るれるものだと呆れてしまう。
けれど、反対にこの温もりなら眠ってしまっても仕方ない気がする。
本当に心地いいのだ。
また眠気も出てくるが、そろそろ起きる時間である。
(久しぶりぐっすり眠れたし、まあ、いいか)
ようやくシンタローが大きく身動きし、アラシヤマを抱いていた腕を離すと、アラシヤマもそれに気づいたのが身動ぎし、目を開いた。
ぼんやりした寝起きの視線がシンタローに向けられる。
「おはよう、アラシヤマ。昨日は、悪かったな」
とりあえず、そう謝ったシンタローに、だが、アラシヤマは行き成り抱きついてきた。
完全に寝ぼけている状況だ。
「おいっ」
だが、引き離そうとするよりも先に、アラシヤマの行動の方が早かった。
「シンタローはん。好きどす」
チュッ!
抵抗しそこねたシンタローの唇に、アラシヤマのそれが重なった。
「何しやがるっ!」
だが、それは、即座にシンタローによって引き離された。
そのままアラシヤマの身体を力いっぱい押し、その勢いでベットの上から転がったアラシヤマは、床にしたたかに頭を打った音が聞こえるが、もちろんシンタローは同情する気はなかった。
「くそぉ。不覚だ…」
ぶつぶつと文句を吐き出しつつ、先ほど触れられた口元をごしごしと袖でぬぐっていると、ようやく覚醒したのか、アラシヤマが打ちつけた後頭部をさすりながら身を起こしてきた。
「…………アラシヤマ。てめぇ~、よくも」
「へっ? 何ですの」
怒り収まらず、ベットの上から睨みつけるシンタローに、アラシヤマは、自分の今の状況も理解できぬまま、とりあえず無難な挨拶をした。
「えーっと。あ、シンタローはん、おはようどす。今、朝になったんどすな。………………それじゃあ、さっきのは夢やったんか。シンタローはんとキスする夢」
最後のは、独り言のようだったが、それは思いっきり蛇足だった。
その言葉に、シンタローの頬が大きく引き攣った。
「夢…ね。てめえは、一生夢を見てろ。―――眼魔砲っ!!」
ズドォーン!!
明朝、幹部の宿舎である建物の一角が吹っ飛ぶこととなった。
BACK
兄はん……
兄はん……
どこか遠くで幼い子供の声が聞こえる。自分を呼んでいるのだろうか。
『お兄ちゃん』。昔、屈託のない声で呼んでくれた弟の声とは随分と違うが、それでもその声に導かれるようにして、波間を漂うようなまどろみとは別れを告げ、現実に引っ張られるままに、意識を浮上させていった。
「――はん……兄はん、起きなはれ。そんなとこで寝とったら邪魔どす」
邪険に感じる声が、上の方から、降り注ぐように聞こえてくる。それは、先ほどまどろみの中で聞こえていた声に重なった。
「寝はるのは自由やけど、ここは人通り少ないゆうても一応往来の真ん中どすえ。誰かに踏み潰されんうちに早う起きはったらどないどすか」
何度も聞こえてくる子供の声に、なぜか頭が酷く重たく感じながらシンタローがゆっくりと目を開けた。とたんに、差し込む無数の鋭い光の矢。
「んっ……あぁ? 外?」
目を覚ましたシンタローの目に映ったのは、ちらほらと色づき始めた葉とその葉の合間から差し込む日の光だった。体に感じるのは、冷房ではない自然の風。さらりと乾いた風が、漆黒の前髪を撫でるように吹き抜けていった。
瞳に映る目に優しい緑の風景。しかし、シンタローは信じられないといった驚愕の表情で、その光景を瞳に映した。
「え? ここどこ?」
驚愕の次に現れたのは、狼狽だった。反射的に身を起こすために、頭を持ち上げようとしたが、ズキンと鈍い痛みが頭部を貫いた。気持ちが悪い。荒波にもまれ、身体を酷く揺さぶられ、悪い酔いした感じだ。とりあえず、無理に起き上がるのをやめ、寝転がったまま、シンタローは、自分のおかれている状況を知ろうと、頭の中をさぐった。
「俺は、さっきまで何してた……?」
柔らかな日差しを顔に受けながら、必死で目覚める前のことを思い出す。
シンタローには、こんな避暑地に来た覚えが欠片もなかった。というか、あるはずがない。自分はつい先ほどまで、ガンマ団本部内にいる総帥室にいたのだから。
(ああ、そうだ)
徐々に明確に思い出す。確か自分は執務中だった。けれど、連日ほぼ徹夜状態で仕事をしていたために、あまりにも眠気がひどくて、一休みという名目で、誰もいない執務室の机の上でうつ伏せになるようにして、目を閉じたのだ。
しかし、目を開けてみれば別天地。ここはどう見ても総帥の執務室ではなかった。
一体どういう理由と原因で、自分はこんな場所へワープしてきたのだろうか。
シンタローがいるのは、夏から秋に移ろうとし始めた森の中。状況がわからず混乱したまま、青天井を映すシンタローの視界に、幼さを多分に含んだ高い声とともに他のものがわりこんだ。
「やっと起きはったん?」
頭上から覗き込むようにして、自分を見下ろすのは、小さな子供だった。顔半分を覆う長い前髪と白い肌をした京訛の少年。
(えっ! アラシヤマ?)
その顔を見た瞬間、シンタローは、頭の痛みも忘れて、バネ仕掛けの人形のように起き上がった。
ゴツンッ!
鈍い音が頭の中に響く。同時に、眼前に火花が散り、くらくらと眩暈がする頭と痛みを訴える額を抱え込んだ。しかし、それは相手も同じだったようで、同じように地面を蹲る少年がチカチカする視界の端に映っていた。
「周り見て起き上がりなはれ!」
十数秒の空白後、痛むのだろう何度も額をさすりつつ、子供がシンタローに向かって怒鳴った。
真後ろから、自分を覗き込んでいた相手の額とそれを忘れて立ち上がろうとした自分の額が、ものの見事にぶち当たったのだ。
確かに、先ほどのは自分が全面的に悪いとわかっているためシンタローも素直に侘びた。
「悪ぃ。急にお前が縮んでるからびっくりして」
まさか、こんなところにアラシヤマがいるとは、思わなかったのだ。しかも、かなり小さくなっていたのだから、驚かずにはいられないだろう。
「何して、そんな身体になったんだよ。思い切り縮みやがって」
そう言うシンタローに、しかし、返って来たのは、呆れたような冷ややかな視線だった。
「何言うてますの? 頭打って、おかしくなりはったんどすか? わては元々この大きさどすえ。大きく成長はしても人間が縮むわけあらへんやろ」
「え?」
その言葉に、シンタローは、まじまじと目の前の少年を見つめた。
長い前髪も、しゃべり方も、目つきも少年はアラシヤマとそっくりである。違うのは見た目の年齢で、シンタローの知っているアラシヤマは今年二十八になるが、こちらはまだ少年で、十歳にもならない小さな身体だった。確かに、現実的には辻褄があわないが、そこはそれ、てっきりマッドサイエンティストのドクター高松の怪しい実験か何かで幼児化したのだと思っていたのだ。
しかし、どうやら違うらしかった。
(ま、普通に考えればそうだよな。いくらドクターといえども、人の身体を若返らせたりはできないか)
シンタローの日常は、知らぬものの非日常をはるかに超えているが、通常は人が幼児化するなんてありえないのだ。そのことを考えれば人違い、他人の空似という結論が出る。そもそもアラシヤマが子供でもこんな美少年にはならないと納得し、シンタローは子供にもう一度謝った。
「ごめん、人違いだ」
「まぁ、そうでっしゃろな」
こちらの発言は、どうやら頭を打ったせいの混乱ととられてしまったようである。さらりと応えると、アラシヤマによく似た少年は、シンタローにこれ以上取り合う気がないように、傍らに置いてあった、天秤を担いで立ち上がった。随分と時代錯誤な代物である。けれど、しっかりと水が入っているようで、ちゃぷん、と音立てるそれは、随分と重そうであった。
「ちょーっと待った!」
シンタローはそのまま立ち去ってしまいそうな少年の肩を掴んで、足を止めさせた。嫌そうに振り向いた顔はやはりアラシヤマに似ていた。昔、心友だなんて叫びだす前、お互い士官学校の学生だった頃にシンタローが声をかけるといつもアラシヤマはこんな顔をしていたのだ。
「なにしますん」
取り付くしまも無い、つっけんどんな態度。しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「帰り道邪魔して悪い。けど、すまないが、帰る前にここがどこだか教えて欲しいんだよ」
そんな初歩的な知識さえも、今のシンタローには欠乏していたのである。口を真一文字に結び、こちらを睨みつけてくれる少年に、手は離さないまま質問すると、すぐに答えが返ってきた。
「ここは鞍馬どす」
味もそっけもない返事。
「くらま? ……ってどこ?」
その顔に、胡散臭そうな表情が浮かぶ。確かに、普通はそれで大方検討がつくだろう。しかし、ここまで来た経路も状況もわからないシンタローには、行き成り耳慣れない地名だけを言われても、どこだが予想がつかなかった。少なくてもガンマ団本部の敷地内でないことだけはわかった。だが、分かったのはそれだけで、ここがどこの国であるかもわからないのだ。いや、大方予想はついているのだが―――。
とりあえず、じっと少年の答えを待っていると、こちらが手を離さないこともあってか、ぶすっとした表情のまま答えてくれた。
「京都市左京区の鞍馬といえば、わかりますやろか」
「京都……鞍馬…?」
幸いなことにその地名は聞いたことがあった。京都ということは、まず間違いなくここは日本である。『鞍馬』と言われても、どこであるかはピンと来ないが、いきなり未知の世界に飛ばされてしまったわけではないことがわかり、シンタローはほっと安堵した。
「ありがとう。助かった。えぇっと、君、名前は?」
「名乗る必要はあらしまへんやろ」
やはり態度は頑ななまま。しかし、シンタローはにっこりと笑って言った。
「俺はシンタロー。お前は?」
その言葉に、少年の鼻の頭に皺がよる。だが、先に名前を名乗られては、礼儀として名乗らないわけにはいかない。しぶしぶといった感じで少年も名乗った。
「……アラシヤマどす」
「え? なんだって?」
聞き間違えかと思い訊ね返せば、今度はもう少し語調を強め、ゆっくりと名前を告げた。
「『アラシヤマ』が、わての名前どすえ」
……マジ?
こんな偶然は、ありえるのだろうか。目の前の『アラシヤマ』をシンタローはじっと見つめた。
「そっか。すげぇな。さっき俺が君に似てるっていったやつも『アラシヤマ』って名前なんだ」
「そうどすか。ほな、わてはこれで」
シンタローの言葉に、何の感慨も覚えなかったらしい、少年アラシヤマは、冷ややかに立ち去ろうとする。また、水を溜めた天秤を担ぐ。肩に担いだ天秤の棒が、小さな肩にキツク食い込んだ。
「あ、ちょっと待って!」
「まだ、何かありますの?」
鬱陶しげに振り返るアラシヤマに、シンタローは笑みを浮かべながら、さり気なく天秤に手をかけた。
「起こしてくれたのと、教えてくれたお礼。それ、重いだろ? お兄ちゃんが運んであげるよ」
少年の了承を取るよりも先に、シンタローは、小さなアラシヤマから天秤を取り上げると、勝手に自分の肩へ担ぎなおした。そして、アラシヤマの前を歩き出す。すたすたと淀みなく歩く姿は、天秤の重さなど感じられない。その後ろ姿を、アラシヤマは呆れたように見やった。
「―――わてより先行ってどないしますの。阿呆とちゃうか、あの兄はん」
けったいな人である。道の中央で寝ているので、親切心出して起こしてみれば、随分ととんちんかんなことをしゃべっていた。もしかしたら、頭の方がいかれているのだろうかと疑ってみたが、発言のおかしささえ、目を瞑れば、言動はしっかりとしていた。何よりも、自分を見る目はまっすぐで―――邪険にするには躊躇うほど人懐っこいものである。だからだろう。冷たい態度をとってみたものの、最後まで抵抗できずに、水の入った天秤は、シンタローという青年の肩に乗せられてしまった。
「そっちやあらしまへん。わての家は、こっちどす」
反対方向へと歩いていく青年の背中にそう呼びかけて、アラシヤマは後ろを見ずに歩き出した。
キリ番140000リクエスト 『アラシヤマ×シンタロー テーマ;春の嵐』
************************************************
ザァ……っ
ひときわ強い風が吹き、桜の花が舞い散っていく。
風にひらひらと煽られて、軽やかに散っていく様は儚いけれど、
それゆえに美しいと歌った詩のとおり。
特に今は宵。
白に近い文字通りの桜色は夜の闇によく映える。
わずかに曇ってしまったが、霞がかった月も幻想的で、
シンタローはどんなにカメラの性能が上がっても、
この瞬間の美しさは記録できないだろうなどと考えていた。
しばらく魅入っていたが、やがて後ろからの気配に振り返った。
「見事な桜どすなぁ……。」
「そうだな。」
現在シンタローとアラシヤマ、パプワ島の面々に心戦組の幹部たちは、
赤い秘石を探すため次元を超えての旅をしている。
そのせいでイクラまみれになったり溶岩の真っ只中で燃えたりと
なかなか体も心も休まる時がない。
そして今回秘石が導いたのは、植物が鬱蒼と茂る星だった。
シンタローたちは早速この星の住民から秘石の情報を集めたが
結果は芳しくなく、数週間情報集めをして出た結論は「この次元に赤の秘石は存在しない」だった。
「偽物すらねェ次元にまで旅させるんじゃねぇ!」というシンタローの至極まともな意見に、
青の秘石は「こんな時もある」と涼しい顔で……もとい声色で答えた。
本当ならすぐにでも別の次元に行くべきなのだが、
最初に心戦組のウマ子嬢が
「これだけの桜を見たら花見をせんと!」と
無意味にでかい青のビニールシートを振り回して主張したため、
勢いに負けた男性陣および秘石はもうちょっとここに留まることにしたのだった。
今二人が立っている場所から、もう少し離れた広場では男共が酒盛りをしているはずだ。
「それにしても不思議やわ……」
「何がだよ」
「この桜のことどす
次元が違ても、この美しさはかわらへん。」
「……次元が違うのに桜があるっつー事は変だと思わんのか。」
「この島と秘石は何でもありでっしゃろ?」
あっさりと返ってきた台詞に、シンタローは頭をボリボリと掻いて
「違いねーけど、なんか釈然としねぇんだよな。」
何度もスカを食らっている所為か、いまいち素直になれないシンタロー。
「まぁまぁ、そんな風に気を張り詰めんでもよろしゅおす。
とりあえずは……」
そういって視線を上に移す。
音のない風が吹き、桜を揺らし、ザァッと波のような音を生み出した。
宵闇に桜の花びらが舞い上がる。雪が天に還っていくように。
「とりあえずは、コージはんの妹はんの言うとおり、
この景色を楽しんだらよろしゅおす」
目を細めその景色に見入るアラシヤマに、シンタローは釈然としない面持ちで
「そりゃ確かに俺も酒は嫌いじゃねェ…っつうか好きだけどな。
こんなことしている場合じゃねーだろって」
「その事は今まで何度も話しましたぇ?
シンタローはんウマ子はん説得できます?」
「無理。絶対。」
一瞬リキッドを餌に何とかできないかと思ったが、
なんだか『コイツ好きにして良いから早く次ぎ行かせてくれ』などと交渉しようものなら、
色々と恐ろしいことになりかねない。
『なんでシンタローさんがそんなこというんじゃ!!?
は…っまさか…ッツ!』(以下いつものパターン)
「~~~~~~……………。」
色々と想像してしまい、腕を抱えて震えるシンタローを見て、
アラシヤマは何を勘違いしたのか後ろからギュッと抱きしめる。
そのまま、むき出しのシンタローの腕をさすりながら
「ほら、風が出てきましたぇ?
いくら春言うたって、まだまだ夜は寒いんやから気ぃつけんと。
向こうではまだ宴会も続いてますぇ?」
「…そうだな。戻るか。」
同意してきびすを返す。
そろそろみんな酔いが回ってくる頃だろう。
酔った心戦組の連中に絡まれるのがわかっていたので、そうなる前に逃げてきたのだが、
ゆっくり帰れば、着く頃にはみんな絡む気力もなくなっているだろう。
そう思ってゆっくり歩いていたが、
その途中。もうすぐで宴会場に着くという時に、
シンタローの服をつまんでくいと引っ張り
「自分で戻ろう言い出しておいてなんやけど、
も少し遠回りして返りまへん?」
「……そだな。」
頷くシンタローは概して無表情。
それでも、嬉しそうにアラシヤマは本道と外れた道を先導していった。
とりあえず一番若い永遠の18歳に片付けとか色々と押し付け任せて、
ゆっくりと、花びら舞い散る風の中を歩いていこう。
おまけ
春なアラシ(ヤマ)
『春春春春春どすぇえええ───!!
花は咲きほころび葦は芽吹き雪は解け始め閑古鳥も鶯も鳴き始める春!
邪魔者キンタローやコタロー様、もちろんマジック様もおらへんし!
伏兵になるかもしれへんリキッドはウマ子はんに預けて無問題!
今年こそ決めて見せますシンタローはんとのバーニングらぶ!
そう! この春が終わる頃!
ワテとシンタローはんの関係は夏真っ盛りのお暑いカップルになっとりますぇえええ!!
待っててくださいシンタロはぁあああんッッツ!!』
なんだかイタいことを言っていたアラシヤマ。
彼が走り去って言った後にわずかに聞こえる話し声。
もとい、声は一人分だが、それは誰かに話しているような口調だった。
「───ということで、現場のソージでした。
要求どおりのガンマ団ナンバー2の近況報告です。
続いて今夜は23:30から
『実録! 家事に疲れた家政夫に手を出すご法度野郎~スパイは見た!~』をお送りします。」
遠く離れたこちらは壬生国。
「……………………三南さん。
確かパプワ島に残っているガンマ団員の報告しろって指示したの山南さんですよね」
「……ごめん山崎君。
まさかこんな展開になっているとは思わなかったよ」
************************************************
没原稿
名残惜しそうに腕を解き、ゆっくりと家路に着く。
途中。ふと、シンタローは空を見上げた。
視線の先には満開の桜の木、その奥に霞がかった朧月。
「…こんな月の日に。」
ポツリと言葉をこぼす。
きょとんしてとアラシヤマはシンタローを見た。
「親父に背負われて外に出たことがあるんだ。」
「…ほぉ。」
背負われてというくらいだからまだ幼稚園かそこいらの子供の時だろう。
もっとも、あの父親ならこの年になってのおんぶ位しそうだが。
「で、俺が言った言葉がな。」
「へぇ。」
「『あーこれがおんぼろ月夜か』って。」
「…………そ、それは…。」
「すっげー笑われた」
「…でっしゃろな。」
************************************************
テーマがテーマなだけに早く完成させなきゃと思っていたのですが……
おくれまくりましたごめんなさい申し訳有りませんつけないでー!
イヤイヤなんかどスランプにぶち当たりまして……。
その所為で短いしー!!!
何だか中途半端な出来になってしまいました。
そして最後はギャグに逃げるし。
あーでもトシさんとリキッドのエロも書きたいなー。
主要カップリング制覇を目指している身としては。(いつめざし始めた)
と言うことでいした様。
大変遅れてしまいましたが、お納め下さいませ。
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ゆっくり帰れば、着く頃にはみんな絡む気力もなくなっているだろう。
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もとい、声は一人分だが、それは誰かに話しているような口調だった。
「───ということで、現場のソージでした。
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続いて今夜は23:30から
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遠く離れたこちらは壬生国。
「……………………三南さん。
確かパプワ島に残っているガンマ団員の報告しろって指示したの山南さんですよね」
「……ごめん山崎君。
まさかこんな展開になっているとは思わなかったよ」
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没原稿
名残惜しそうに腕を解き、ゆっくりと家路に着く。
途中。ふと、シンタローは空を見上げた。
視線の先には満開の桜の木、その奥に霞がかった朧月。
「…こんな月の日に。」
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「…ほぉ。」
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もっとも、あの父親ならこの年になってのおんぶ位しそうだが。
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「へぇ。」
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