「……わては、何してるんでっしゃろ」
ぽつりと、アラシヤマが呟いた。そんな事俺が聞きたいと口にするか暫く悩み、黙り込んだ。
左手首の火傷がヒリヒリと痛む。本来なら即座に冷やさなければならなかったのだが、そんな暇は与えられなかった。痕が残らなければいいのだが。
「シンタローはんの事好きなんどすけど、愛しとるんどすけど」
俺の顔を見下ろしてはいるのに、俺の瞳を見つめてはいるのに、俺を見ていない。
正気を失っているのかもしれない。それがいつからかなのかは分からないが。
「どないして、傷付ける事しかでけへんのでっしゃろ…」
俺が傷付いている?何を見てそんな事を言うんだ?
それよりも俺は、こいつが傷付いた様な──なんだか寂しそうな、今にも泣き出しそうな子供の様な──そんな表情をしているのが引っ掛かるんだよ。
傷付いてるのは、お前の方なんだろ?…お前が望む通りになったんだろ、それで何で傷付くんだよ。
「──俺は、傷付いてなんかいねェ」
小さく呟くと、アラシヤマは泣きそうな顔を更に歪める。
「シンタローはん、酷く傷付いた顔してはる」
俺は今、感情を押し殺して無表情を装ってるつもりなんだがな。どこを見てそう思うのか、いつもの事だがこいつの思考は分からない。
「怒ってて、泣きそうで、怯えてて、悲しそうな顔してはる」
お前は本当に俺の事を見てるのか?そう問うこともせずに、俺の姿を映しこむアラシヤマの瞳を見つめた。
「嫌いにならんで。嫌わんでおくれやす。わてにはあんさんしかおらんのどす。独りにせんといて。怖いんどす、独りは嫌なんどす。今わてシンタローはんを失のォたら壊れてまう。」
俺に言ってるのか独り言なのか、この距離で辛うじて聞き取れる声でぼそぼそとアラシヤマは言う。
「独りきりはもう耐えられへん。怖いんどす。なァシンタローはん、嫌わんといておくれやす…」
縋るように。
「ホンマは傷付けたくなんかないんどす。シンタローはんには笑うていて欲しいんどす」
釈明するように。
「見捨てんといて。嫌わんで。堪忍どす、すんまへん、謝りますから…ッ」
懺悔するように。
「…だから、傷付いてなんかねーつってんだろ…」
傷付いたのは心じゃない。ただ、身体に傷を負っただけだ。
俺に覆い被さっていた身体を、馬乗りの状態で上体だけ起こしたアラシヤマは、やっと俺から視線をはずして
「シンタローはんに嫌われとォないんどす…捨てんといておくれやす…見捨てんといて…」
空を見つめ、語尾が少しずつ小さくなっていきながらも、口の中で未だ何か言っているが俺にはもう聞こえなかった。
俺が止めないと、アラシヤマはいつまでもこのままだ。
「…早く帰れよ。パプワ達が帰ってくるだろ」
俺の声がやっと耳に入って、怯えた目で俺を見た。後悔する位なら、何もしなきゃいいんだよ。
「シンタローはんの身体が心配で帰れまへん」
「お前と一緒に居るところなんか見られたくねーんだよ」
俺の言葉にはっとして、また表情を歪める。ホラ、傷付いた顔をしてるのはお前の方じゃねーか。
「……そうどすか」
アラシヤマが、俺の身体を優しく抱き締めて肩に顔を埋めた。抵抗する気も起きず、黒髪を無言で睨みつける。
パプワとチャッピーはリキッドを連れて遊びに行った。夕飯の食材をついでに調達してくるとは言っていたが、いつ帰ってくるか分からないこの状況で、こいつを甘やかす気は起きない。手首の火傷の痛みに多少眉を顰めながら、眼魔砲の構えを取った。
「早くどっか去れつってんの、わかんねーの?」
意識を集中させて、光の粒子が形を成していく。そこでやっとアラシヤマは身体を離して立ち上がった。
「せやったら、トージくんとこに帰りますわ…」
のろのろと下げていたズボンを上げて、腰布を巻き付ける。それを見ながら掌の光を四散させた。
「すんまへん……愛してます…」
口にするだけなら簡単な言葉を告げて、扉をくぐるアラシヤマを見届けて、散らばっていたタンクトップで汗を拭う。新しいものに着替えればいい。どうせ洗濯はリキッドの仕事だ。右手首にしているリストバンドを、左手首に付け替える。押さえ付けられた火傷が痛むが、見つかって理由を問われるよりマシだ。
これで、六度目。
何度も同じ事を繰り返しては泣いているアラシヤマを、捨てることが出来ないでいる俺も同罪なんだろうか。
…俺はただ、下手に火傷を増やしたくないだけだ。
青の一族を騙す為の影として作られた俺が、その役目を終えてもそこに存在し続けている現実が息苦しくて、俺を求めるこいつに依存しているのかもしれないと思いこそしても、それを認める気はない。俺に執着している…自分の作り上げた自分にとって都合のいい「シンタロー」像に執着しているこいつには、本物の俺の言葉はもう届かない。俺の気持ちなんてあってもなくても変わらないんだろう。
俺が傷付くことを知らなかった昔と、俺が傷付いたと決め付ける今と、どちらもうっとおしいことに変わりはない。
抱き締められても口付けられても何も感じねェ。ただ、どこか空しいだけで。それが傷付いてるって言うのか?
いつまで続くか分からないこの関係を、俺は終わることを望んでいるのだろうか。続くことを望んでいるのだろうか?
友達だとか親友だとかはとっくに崩壊している。
ただ依存して執着して、こんなのは恋でも愛でもなんでもねェ。
窓からの風に、あいつと同じ色の髪がさらりと揺れた。
「俺はお前の事、最初ッから嫌いなんだよ…これ以上、嫌いはしねェ」
聞こえる筈のない言葉を投げかけて、俺の頬をいつの間にか流れ始めていた滴を手の甲で拭った。
ぽつりと、アラシヤマが呟いた。そんな事俺が聞きたいと口にするか暫く悩み、黙り込んだ。
左手首の火傷がヒリヒリと痛む。本来なら即座に冷やさなければならなかったのだが、そんな暇は与えられなかった。痕が残らなければいいのだが。
「シンタローはんの事好きなんどすけど、愛しとるんどすけど」
俺の顔を見下ろしてはいるのに、俺の瞳を見つめてはいるのに、俺を見ていない。
正気を失っているのかもしれない。それがいつからかなのかは分からないが。
「どないして、傷付ける事しかでけへんのでっしゃろ…」
俺が傷付いている?何を見てそんな事を言うんだ?
それよりも俺は、こいつが傷付いた様な──なんだか寂しそうな、今にも泣き出しそうな子供の様な──そんな表情をしているのが引っ掛かるんだよ。
傷付いてるのは、お前の方なんだろ?…お前が望む通りになったんだろ、それで何で傷付くんだよ。
「──俺は、傷付いてなんかいねェ」
小さく呟くと、アラシヤマは泣きそうな顔を更に歪める。
「シンタローはん、酷く傷付いた顔してはる」
俺は今、感情を押し殺して無表情を装ってるつもりなんだがな。どこを見てそう思うのか、いつもの事だがこいつの思考は分からない。
「怒ってて、泣きそうで、怯えてて、悲しそうな顔してはる」
お前は本当に俺の事を見てるのか?そう問うこともせずに、俺の姿を映しこむアラシヤマの瞳を見つめた。
「嫌いにならんで。嫌わんでおくれやす。わてにはあんさんしかおらんのどす。独りにせんといて。怖いんどす、独りは嫌なんどす。今わてシンタローはんを失のォたら壊れてまう。」
俺に言ってるのか独り言なのか、この距離で辛うじて聞き取れる声でぼそぼそとアラシヤマは言う。
「独りきりはもう耐えられへん。怖いんどす。なァシンタローはん、嫌わんといておくれやす…」
縋るように。
「ホンマは傷付けたくなんかないんどす。シンタローはんには笑うていて欲しいんどす」
釈明するように。
「見捨てんといて。嫌わんで。堪忍どす、すんまへん、謝りますから…ッ」
懺悔するように。
「…だから、傷付いてなんかねーつってんだろ…」
傷付いたのは心じゃない。ただ、身体に傷を負っただけだ。
俺に覆い被さっていた身体を、馬乗りの状態で上体だけ起こしたアラシヤマは、やっと俺から視線をはずして
「シンタローはんに嫌われとォないんどす…捨てんといておくれやす…見捨てんといて…」
空を見つめ、語尾が少しずつ小さくなっていきながらも、口の中で未だ何か言っているが俺にはもう聞こえなかった。
俺が止めないと、アラシヤマはいつまでもこのままだ。
「…早く帰れよ。パプワ達が帰ってくるだろ」
俺の声がやっと耳に入って、怯えた目で俺を見た。後悔する位なら、何もしなきゃいいんだよ。
「シンタローはんの身体が心配で帰れまへん」
「お前と一緒に居るところなんか見られたくねーんだよ」
俺の言葉にはっとして、また表情を歪める。ホラ、傷付いた顔をしてるのはお前の方じゃねーか。
「……そうどすか」
アラシヤマが、俺の身体を優しく抱き締めて肩に顔を埋めた。抵抗する気も起きず、黒髪を無言で睨みつける。
パプワとチャッピーはリキッドを連れて遊びに行った。夕飯の食材をついでに調達してくるとは言っていたが、いつ帰ってくるか分からないこの状況で、こいつを甘やかす気は起きない。手首の火傷の痛みに多少眉を顰めながら、眼魔砲の構えを取った。
「早くどっか去れつってんの、わかんねーの?」
意識を集中させて、光の粒子が形を成していく。そこでやっとアラシヤマは身体を離して立ち上がった。
「せやったら、トージくんとこに帰りますわ…」
のろのろと下げていたズボンを上げて、腰布を巻き付ける。それを見ながら掌の光を四散させた。
「すんまへん……愛してます…」
口にするだけなら簡単な言葉を告げて、扉をくぐるアラシヤマを見届けて、散らばっていたタンクトップで汗を拭う。新しいものに着替えればいい。どうせ洗濯はリキッドの仕事だ。右手首にしているリストバンドを、左手首に付け替える。押さえ付けられた火傷が痛むが、見つかって理由を問われるよりマシだ。
これで、六度目。
何度も同じ事を繰り返しては泣いているアラシヤマを、捨てることが出来ないでいる俺も同罪なんだろうか。
…俺はただ、下手に火傷を増やしたくないだけだ。
青の一族を騙す為の影として作られた俺が、その役目を終えてもそこに存在し続けている現実が息苦しくて、俺を求めるこいつに依存しているのかもしれないと思いこそしても、それを認める気はない。俺に執着している…自分の作り上げた自分にとって都合のいい「シンタロー」像に執着しているこいつには、本物の俺の言葉はもう届かない。俺の気持ちなんてあってもなくても変わらないんだろう。
俺が傷付くことを知らなかった昔と、俺が傷付いたと決め付ける今と、どちらもうっとおしいことに変わりはない。
抱き締められても口付けられても何も感じねェ。ただ、どこか空しいだけで。それが傷付いてるって言うのか?
いつまで続くか分からないこの関係を、俺は終わることを望んでいるのだろうか。続くことを望んでいるのだろうか?
友達だとか親友だとかはとっくに崩壊している。
ただ依存して執着して、こんなのは恋でも愛でもなんでもねェ。
窓からの風に、あいつと同じ色の髪がさらりと揺れた。
「俺はお前の事、最初ッから嫌いなんだよ…これ以上、嫌いはしねェ」
聞こえる筈のない言葉を投げかけて、俺の頬をいつの間にか流れ始めていた滴を手の甲で拭った。
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瞼を開き、視界に入る白いタイルの天井の意味が分からなかった。
夜ベッドへ入り朝目が覚めるのとはわけが違うのだ。
なぜ、目が覚めたんだろうか。
あの日の続き
全身が酷く重い。左手を上げ、寝惚けた瞼を擦るのすら億劫だ。肌に触れる腕の感触がどこかおかしく、よく見てみれば真白の包帯がよれてしまっていた。
体を起こさず辺りを見回せばそれと同じ白、白。完璧な清潔感が嘘くさく、夢の中にいるようだった。
「失敗して…してもうたんかな」
今こうして生きているということは、つまりそういうことでしかない。命を、しかも自分以外の仲間の命まで賭したあの戦いに負けてしまったのだろう。
「最後にほんのちぃとだけ、また笑た顔がみたいとか思うてしもたからあかんかったんやろか」
自分では声を発しているつもりだが、きちんとそれが音になっているかも怪しい。
喉はからからに渇き、呼吸が痛い。
「そんで失敗してもうたらなんの意味もあらへんのに」
指先に力を篭め、軽く握ってみた。小さな震えが走る。そんなことはお構いなしに手を突き腰を曲げ上体を起こした。ここはどこで、結局どうなって──あの人は、どうなったのだろう。
「は」
吐いた溜息と共に、声が漏れた。それに、ははは、と掠れた笑い声が続き、重い右手で俯いた額を押さえた。
──しもた。ああクソ、人生最大の失敗や。
今度の言葉はもう完全に発されておらず、どこか壊れたように繰り返される笑いに掻き消され、さして広くもない部屋に響くことなく消えた。
両目で見える部屋中の白が眩しい。右目を覆うように伸ばしていた前髪の気配がなく、指先に短く揃えられた毛先が触れる。誰に切られたのだろう、やはり師だろうか? 見ていてうっとおしいだの視界を狭めるなだのと散々言われた記憶をなぞって見て、それを言った〝師〟であったマーカーの表情を思い出してみれば、最後にみた顔と違わないものに思えた。
人の気配を感じぷつりと「は」の連続音が途切れ、再び静寂が辺りを包む。振り向いてみると見覚えの無い白衣の男が──いや、見覚えはあった。その顔でなく服装は、あまり利用することもないガンマ団の医療練にいた──それが、こちらを見て驚愕を浮かべ、慌てて立ち去る。
「……失礼な奴どすな」
ふん、とまた前を見る。閉ざされた白いカーテンが、風になびいて、ふわりと揺れた。
静寂と孤独、白い病室、これだけでは何も理解が出来ない。どうなったのだろう、あの人は。ただそれだけが気がかりで、幾つもの最悪のパターンを頭に描いているうちに、それはばたばたとした足音であろう騒音に掻き消される。
「うわ、ほんとにアラシヤマさ生き返ってっべ」
「じゃけぇ言うたじゃろう。寝とけば治る」
「そげなんはコージくらいだっちゃ」
あの島で、嫌と言うほど聞いた同僚達の声──自爆に巻き込んだはずの、三人の声。あの炎の中心に居た自分が無事なのだから、彼らが無事なのは道理だ。振り向かずともベッドを取り囲まれ、見慣れぬデザインの新しい軍服に身を包んだ三人の誰にともなく、ぽつりと囁く。
「……シンタローはん、は」
「ああ、アイツんことじゃけどものう…」
コージが頬を人差し指で掻きながら、言い難そうにそう零す。
「シンタローはんは生きてはるん? シンタローはんは怪我はしてへん? シンタローはんは」
シンタローはんシンタローはんと連呼しながら、真正面に陣取っていたコージへ詰め寄ろうとすれば、点滴のチューブや何やら分からない機械に繋がったコードと、残りの二人に取り押さえられる。
「おめ、今無茶さしっだら傷が開くべ」
「開口一番それなんだらぁな…」
呆れたような両脇の二人の言葉と、返ってこない答えが苛立ちを煽り、内から上がりそうな炎を何とか鎮める。
「シンタローはんは」
「…俺がどーしたって?」
興奮のせいだろうか、気配に気が付かず、かけられた声に振り返れば、真紅の軍服に下ろした黒い髪の、その人の姿があった。
「いや、連絡しちょーてもなかなか繋がらんかったけぇ、来んの遅うなりそうじゃて説明しちょーところで…」
「あんさん、それ…」
デザインは多少違うが、それはマジック総帥が身を包んでいた軍服と酷似した、団の頂点を指す赤。振り返った姿勢のままのアラシヤマを気遣ってか、隣へとゆっくり歩む。コツコツと、総帥と同じ硬い軍靴の音。
「…ホントにまだ生きてやがったんだな。ま、二回死んだ俺の方がよっぽどなんだけどよ」
言って笑う姿は、あの島で見ていたものと同じ。最後に見たいと思ったその笑顔。手を伸ばせば、やはり医療器具へ拘束されているようなコードに阻まれ、届かなかった。
「俺、団継ぐことにしたから。まだ正式に就任はしてねーんだけどヨ」
膝の上に置き直した、届かなかった手のように、また、届かない。昔から追いかけていたその背中、やっと並べたと思っていた肩、それがまた、一気に遠ざかった。
「シンタローはんが、総帥に?」
「そー。オメーが寝込んでる間に決めたことだ。団全体もそれに向けて動き出してる。」
もう、届かない場所へ行ってしまったのだ。どこかで違えた選択肢のせいで。
昔着ていた青い軍服に無造作に纏めた髪よりも、今の紅い軍服に広がる黒髪の方が、真新しい光景であるはずなのに何故かしっくりくるものがある。彼の決意は固いのだろう。そこに、もう届くことは叶わないほどに。
「だから早く回復しろよ、意識が戻ったんなら」
遠ざかっていた意識が引き戻される。話の前後が繋がらない。
「お前も──四人纏めて一気に昇格だ。俺の周りは信頼できる奴で固めとかなきゃなんねぇからな」
「それ、て」
「僕ら纏めて総帥直属だっちゃよ」
トットリの言葉に、何となく話が見えてきた。だから、今までと違う軍服に身を固めていたのか。
「わては、シンタローはんの直属の部下になるんどすか」
「…いつまで寝惚けてんだよ。そーいうことだそーいうこと」
「届かなくなったわけや、ないんや…」
下ろした視線の先の拳を、ぎゅ、と握り締めた。
「は?」
「せやったら、早ぉ体調整えて、いくらでもあんさんの下に居りますわ」
十分に届く位置に、彼はいるのだ。選択肢は、何一つ違えてはいなかった。
しっかりと、決意する。届くのなら、手を伸ばせばいい。肩を並べるのならば、追いつけばいい。視線を上げシンタローを見て、アラシヤマは薄く笑みを浮かべた。
「ガンマ団ナンバー2の呼び名は伊達やあらしまへんえ。しっかりと、こき使うとくれやす」
夜ベッドへ入り朝目が覚めるのとはわけが違うのだ。
なぜ、目が覚めたんだろうか。
あの日の続き
全身が酷く重い。左手を上げ、寝惚けた瞼を擦るのすら億劫だ。肌に触れる腕の感触がどこかおかしく、よく見てみれば真白の包帯がよれてしまっていた。
体を起こさず辺りを見回せばそれと同じ白、白。完璧な清潔感が嘘くさく、夢の中にいるようだった。
「失敗して…してもうたんかな」
今こうして生きているということは、つまりそういうことでしかない。命を、しかも自分以外の仲間の命まで賭したあの戦いに負けてしまったのだろう。
「最後にほんのちぃとだけ、また笑た顔がみたいとか思うてしもたからあかんかったんやろか」
自分では声を発しているつもりだが、きちんとそれが音になっているかも怪しい。
喉はからからに渇き、呼吸が痛い。
「そんで失敗してもうたらなんの意味もあらへんのに」
指先に力を篭め、軽く握ってみた。小さな震えが走る。そんなことはお構いなしに手を突き腰を曲げ上体を起こした。ここはどこで、結局どうなって──あの人は、どうなったのだろう。
「は」
吐いた溜息と共に、声が漏れた。それに、ははは、と掠れた笑い声が続き、重い右手で俯いた額を押さえた。
──しもた。ああクソ、人生最大の失敗や。
今度の言葉はもう完全に発されておらず、どこか壊れたように繰り返される笑いに掻き消され、さして広くもない部屋に響くことなく消えた。
両目で見える部屋中の白が眩しい。右目を覆うように伸ばしていた前髪の気配がなく、指先に短く揃えられた毛先が触れる。誰に切られたのだろう、やはり師だろうか? 見ていてうっとおしいだの視界を狭めるなだのと散々言われた記憶をなぞって見て、それを言った〝師〟であったマーカーの表情を思い出してみれば、最後にみた顔と違わないものに思えた。
人の気配を感じぷつりと「は」の連続音が途切れ、再び静寂が辺りを包む。振り向いてみると見覚えの無い白衣の男が──いや、見覚えはあった。その顔でなく服装は、あまり利用することもないガンマ団の医療練にいた──それが、こちらを見て驚愕を浮かべ、慌てて立ち去る。
「……失礼な奴どすな」
ふん、とまた前を見る。閉ざされた白いカーテンが、風になびいて、ふわりと揺れた。
静寂と孤独、白い病室、これだけでは何も理解が出来ない。どうなったのだろう、あの人は。ただそれだけが気がかりで、幾つもの最悪のパターンを頭に描いているうちに、それはばたばたとした足音であろう騒音に掻き消される。
「うわ、ほんとにアラシヤマさ生き返ってっべ」
「じゃけぇ言うたじゃろう。寝とけば治る」
「そげなんはコージくらいだっちゃ」
あの島で、嫌と言うほど聞いた同僚達の声──自爆に巻き込んだはずの、三人の声。あの炎の中心に居た自分が無事なのだから、彼らが無事なのは道理だ。振り向かずともベッドを取り囲まれ、見慣れぬデザインの新しい軍服に身を包んだ三人の誰にともなく、ぽつりと囁く。
「……シンタローはん、は」
「ああ、アイツんことじゃけどものう…」
コージが頬を人差し指で掻きながら、言い難そうにそう零す。
「シンタローはんは生きてはるん? シンタローはんは怪我はしてへん? シンタローはんは」
シンタローはんシンタローはんと連呼しながら、真正面に陣取っていたコージへ詰め寄ろうとすれば、点滴のチューブや何やら分からない機械に繋がったコードと、残りの二人に取り押さえられる。
「おめ、今無茶さしっだら傷が開くべ」
「開口一番それなんだらぁな…」
呆れたような両脇の二人の言葉と、返ってこない答えが苛立ちを煽り、内から上がりそうな炎を何とか鎮める。
「シンタローはんは」
「…俺がどーしたって?」
興奮のせいだろうか、気配に気が付かず、かけられた声に振り返れば、真紅の軍服に下ろした黒い髪の、その人の姿があった。
「いや、連絡しちょーてもなかなか繋がらんかったけぇ、来んの遅うなりそうじゃて説明しちょーところで…」
「あんさん、それ…」
デザインは多少違うが、それはマジック総帥が身を包んでいた軍服と酷似した、団の頂点を指す赤。振り返った姿勢のままのアラシヤマを気遣ってか、隣へとゆっくり歩む。コツコツと、総帥と同じ硬い軍靴の音。
「…ホントにまだ生きてやがったんだな。ま、二回死んだ俺の方がよっぽどなんだけどよ」
言って笑う姿は、あの島で見ていたものと同じ。最後に見たいと思ったその笑顔。手を伸ばせば、やはり医療器具へ拘束されているようなコードに阻まれ、届かなかった。
「俺、団継ぐことにしたから。まだ正式に就任はしてねーんだけどヨ」
膝の上に置き直した、届かなかった手のように、また、届かない。昔から追いかけていたその背中、やっと並べたと思っていた肩、それがまた、一気に遠ざかった。
「シンタローはんが、総帥に?」
「そー。オメーが寝込んでる間に決めたことだ。団全体もそれに向けて動き出してる。」
もう、届かない場所へ行ってしまったのだ。どこかで違えた選択肢のせいで。
昔着ていた青い軍服に無造作に纏めた髪よりも、今の紅い軍服に広がる黒髪の方が、真新しい光景であるはずなのに何故かしっくりくるものがある。彼の決意は固いのだろう。そこに、もう届くことは叶わないほどに。
「だから早く回復しろよ、意識が戻ったんなら」
遠ざかっていた意識が引き戻される。話の前後が繋がらない。
「お前も──四人纏めて一気に昇格だ。俺の周りは信頼できる奴で固めとかなきゃなんねぇからな」
「それ、て」
「僕ら纏めて総帥直属だっちゃよ」
トットリの言葉に、何となく話が見えてきた。だから、今までと違う軍服に身を固めていたのか。
「わては、シンタローはんの直属の部下になるんどすか」
「…いつまで寝惚けてんだよ。そーいうことだそーいうこと」
「届かなくなったわけや、ないんや…」
下ろした視線の先の拳を、ぎゅ、と握り締めた。
「は?」
「せやったら、早ぉ体調整えて、いくらでもあんさんの下に居りますわ」
十分に届く位置に、彼はいるのだ。選択肢は、何一つ違えてはいなかった。
しっかりと、決意する。届くのなら、手を伸ばせばいい。肩を並べるのならば、追いつけばいい。視線を上げシンタローを見て、アラシヤマは薄く笑みを浮かべた。
「ガンマ団ナンバー2の呼び名は伊達やあらしまへんえ。しっかりと、こき使うとくれやす」
「か・・・買ってしもうたどす・・・」
アラシヤマが一枚の写真を食い入るように見つめている。
写真には長い黒髪の青年が写っていた。
「ああ・・・シンタローはん・・・ッツvv」
写真に頬ずりをして、完全に独りの世界に浸ってしまっていた。
どう見ても変態である。
アラシヤマが浮かれ気分で部屋へ戻ろうと角を曲がったその時、進行方向から来た男にぶつかってしまった。
「うわっ!!」
「ああっ、写真がっ!」
ひらひらと自分の手から落ちてしまった写真を拾おうとして、アラシヤマは固まる。
ぶつかった相手は拾おうとしている写真に写っているその人だった。
「シ、シンタローはん」
「いってえなぁっ、ちゃんと前見て歩きやがれ!」
自分のことは完全に棚に上げている。・・・さすが天然俺様体質である。
「す・・・すんまへん・・・」
思わず謝ってしまうアラシヤマもアラシヤマだが。
そこでアラシヤマが写真のことをハッと思い出した。
シンタローに見られる前に隠さなくては!
勢いよく写真に手を伸ばすが、時既に遅し。
さっきまで怒っていたシンタローが、写真を拾い上げてぽかーんとしている。
「・・・なんだよコレ」
そこには撮られた覚えの無い自分の姿が写っている。
「あ、えーと・・・それはどすな・・・そのー」
しどろもどろの答えしか返さないアラシヤマを、シンタローは普通の相手ならビビってこの場から逃げ出してしまう程きつく睨む。
さすがにアラシヤマも、このまま答えなければガンマ砲を撃たれかねない、と観念して口を開いた。
「それは、買ったんどす・・・」
「買ったぁ?!誰からだよッ」
あああ~、やっぱり怒ってはる!
そんな当たり前なことを思いつつ、アラシヤマは泣きそうになりながら写真のことを話した。
このガンマ団内では、シンタローの写真が売買されているのだ。
勿論このことはシンタローやマジックに知られれば半殺しでは済まないと誰もが分かっているので、ごく一部の間で密かに取引が行われている。
そして自分はたまたまその現場を目撃してしまい、取引を行っている奴に必殺技をかまそうとしたら逆に写真を売りつれられてしまった。
「と、言う訳なんどす・・・」
自分がその写真を買って喜んでいたことと、シンタローファンクラブなるものも存在するという事は話さないでいる。
「そいつら・・・全員ぶっ殺す!!」
写真を売りつけた団員を捜しに行こうとずかずかと歩いていく。
「あ、シっ、シンタローはんっ」
「あんだよ?止める気か!?」
物凄い形相をして怒っている今のシンタローを止められる者は居ないだろう。
「ち、違いますえ!・・・写真を・・・」
アラシヤマが言いたいのはシンタローが握り締めている自分の写真を返して欲しいという事だった。
すぐにそれを察してシンタローはアラシヤマに向かって右手を突き出す。
・・・ヤバイ
思った瞬間にアラシヤマの身体は閃光に包まれていく。
衝撃音が辺りに響いて、タメなしガンマ砲をくらったアラシヤマは黒焦げで倒れている。
「ったく・・・」
シンタローは大きくため息をついた。
そして気を失っているアラシヤマに向かってぼそりと呟いた。
「・・・写真なんか、買わなくてもオメーにならいくらでもやるっつーの」
微かに顔を赤らめながらシンタローは他の奴らを捜しにその場を去っていった。
アラシヤマが一枚の写真を食い入るように見つめている。
写真には長い黒髪の青年が写っていた。
「ああ・・・シンタローはん・・・ッツvv」
写真に頬ずりをして、完全に独りの世界に浸ってしまっていた。
どう見ても変態である。
アラシヤマが浮かれ気分で部屋へ戻ろうと角を曲がったその時、進行方向から来た男にぶつかってしまった。
「うわっ!!」
「ああっ、写真がっ!」
ひらひらと自分の手から落ちてしまった写真を拾おうとして、アラシヤマは固まる。
ぶつかった相手は拾おうとしている写真に写っているその人だった。
「シ、シンタローはん」
「いってえなぁっ、ちゃんと前見て歩きやがれ!」
自分のことは完全に棚に上げている。・・・さすが天然俺様体質である。
「す・・・すんまへん・・・」
思わず謝ってしまうアラシヤマもアラシヤマだが。
そこでアラシヤマが写真のことをハッと思い出した。
シンタローに見られる前に隠さなくては!
勢いよく写真に手を伸ばすが、時既に遅し。
さっきまで怒っていたシンタローが、写真を拾い上げてぽかーんとしている。
「・・・なんだよコレ」
そこには撮られた覚えの無い自分の姿が写っている。
「あ、えーと・・・それはどすな・・・そのー」
しどろもどろの答えしか返さないアラシヤマを、シンタローは普通の相手ならビビってこの場から逃げ出してしまう程きつく睨む。
さすがにアラシヤマも、このまま答えなければガンマ砲を撃たれかねない、と観念して口を開いた。
「それは、買ったんどす・・・」
「買ったぁ?!誰からだよッ」
あああ~、やっぱり怒ってはる!
そんな当たり前なことを思いつつ、アラシヤマは泣きそうになりながら写真のことを話した。
このガンマ団内では、シンタローの写真が売買されているのだ。
勿論このことはシンタローやマジックに知られれば半殺しでは済まないと誰もが分かっているので、ごく一部の間で密かに取引が行われている。
そして自分はたまたまその現場を目撃してしまい、取引を行っている奴に必殺技をかまそうとしたら逆に写真を売りつれられてしまった。
「と、言う訳なんどす・・・」
自分がその写真を買って喜んでいたことと、シンタローファンクラブなるものも存在するという事は話さないでいる。
「そいつら・・・全員ぶっ殺す!!」
写真を売りつけた団員を捜しに行こうとずかずかと歩いていく。
「あ、シっ、シンタローはんっ」
「あんだよ?止める気か!?」
物凄い形相をして怒っている今のシンタローを止められる者は居ないだろう。
「ち、違いますえ!・・・写真を・・・」
アラシヤマが言いたいのはシンタローが握り締めている自分の写真を返して欲しいという事だった。
すぐにそれを察してシンタローはアラシヤマに向かって右手を突き出す。
・・・ヤバイ
思った瞬間にアラシヤマの身体は閃光に包まれていく。
衝撃音が辺りに響いて、タメなしガンマ砲をくらったアラシヤマは黒焦げで倒れている。
「ったく・・・」
シンタローは大きくため息をついた。
そして気を失っているアラシヤマに向かってぼそりと呟いた。
「・・・写真なんか、買わなくてもオメーにならいくらでもやるっつーの」
微かに顔を赤らめながらシンタローは他の奴らを捜しにその場を去っていった。
My dear ruler
バサリ。
広い室内に相応しい大きさの黒卓に、紙の束が放り投げるように置かれる。
「アラシヤマ」
「へえ」
「今度の任務だ」
長い黒髪の紅い御人が平淡な声で告げた。
普段は常に何らかの感情が其処に篭められているが、この時だけはいつもこうなので特に気に留める事
もない。
視線で書類に目を通すように言われ、手にとってパラパラと捲った。
沈黙。
これも、いつもの事だ。
この瞬間に、常駐している彼の側近がいない事も。
自分の時だけなのか、他の連中もそうなのか。
どちらにせよ、関係のない事だ。
此処にいないのが本当なのだから。
紙を捲る音がピタリと止んだ。
「特AAA、どすか。
ほんまに在ったんどすなあ、初めて見ますわ」
【特AAA】。
それは最高難易度を示す。
難易度と共にするのは死亡確立。
彼で三代目になるこの組織、生還者は片手が埋まれば良い方だろう。
「ああ」
死の宣告に等しい其れを確認する自分の声に、事も無げに応える目の前の彼。
じいっと目は目から逸らさずに。
(色事中は、可愛らしく逸らしなはるくせになあ?)
く、と咽喉で一つ笑いを。
「恋人であるわてに、死ねと仰る?」
常だったら歪むだろう瞳が
「関係ねぇな。その任務はどうしても外せねえ。
お前が一番適任だった。
それだけだ」
ひたり、と見てきらり、と静かに瞬いて
「如何してわてが適任と思われなはったか、お訊きしても?」
ああ、
「お前がお前だからだ」
タマラナイ。
一人、小脇に書類を抱えて広い通路を歩く。
足音が響かないのは幼い頃の修行の賜。
少し縒れた胸元を一撫でしてから感触を思い出す。
胸倉を引かれて、ガツリとぶつかりながら重なり合った。
『帰って来い。テメェにやらせなきゃなんねえ事は未だ山の様にあるんだよ』
目を閉じて、黙祷するように、
「Yes,sir」
If it's with you,
it's by the hell,too.
サッパリってなんですか。
とりあえず5050hit有難う雪刃嬢。
感謝・・・・!
雪刃のみお持ち帰り可で。
因みに最後の英文は
『貴方となら、地獄まで。』です。
ついでにタイトルは
『愛しい支配者』なり。
『Yes,sir』は『イエッサー』だけど、
綴りがあってるかどうかはかなーり謎。(ダメじゃん)
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砂が舞い上がる。
その様はまるで。
曖昧な世界の中心で曖昧な僕が叫ぶこと
「シンタローはん?」
擦れて、聞き慣れた自分の声とは思えない音が溢れた。
返事は無い。
背中合わせで座り込んでいる為表情は分からないが、伝わる肩の上下で安堵し、そのまま続ける。
「シンタローはんからも、砂が踊るのが見えてます?ずーっとずぅっと向こうまで」
背中に少し重みが増した。
話を聴く体勢をとったのか、唐突な話題への抗議なのか。
普段なら考えずとも解るソレが今は全然で、少し己に失望する。
「砂達が舞うこの光景は、まるで世界にノイズが走っている様やんなあ。
霞んで、途切れて、曖昧で。
世界が壊れ始めている様に見えますえ?」
そう言って嘲った声さえ霞んでいて、余計に、可笑しかった。
返事は、矢張り無いまま。
「今なら、総て壊して奪って喪失しても。誰にも知られないで済みまんなぁ。
何をしたって咎めるお人なんて居らんですわ」
「居らんから、シンタローはん」
「『還って』も、良いんどすえ?」
あの、多分世界で最後の鮮やかな場所。
そして世界の終わるその瞬間まで暖かな。
「わては何処へでも付き従いますから。今なら、あんさんの『生きたい』場所へ」
自分は貴方が好きだけれど、総帥を担っている貴方はとても綺麗だけれど。
あそこでの貴方は眩しくとも柔らかな、原初の人間そのままのそれだったから。
こんな自分がそう想えるのも、きっとあの島のお陰。
ぐっ
「い・・・・っ!?」
急に胸と膝が接近して、酷使した体が軋んだ。
「バァーッカ」
やっと声が聞けたのに。
その声が響かせたのは、そんな言葉。
「シ、シンタローはん?」
「俺はまだ、逢いに行けねぇよ」
「・・・・・シンタローはん」
「まだ俺は、アイツに自分を誇れねぇ。こんな、全部が中途半端じゃな」
・・・ああ。
如何してこんなにまで、この人は自分に厳しい。
人に厳しい以上に、ずっと、ずっと、酷なのだ。
そんな揺るぎ無く紡ぐそれは、絶対に覆る事は無い。彼が口に出した以上、絶対。
だから行かないだろう、今はまだ。
何かやむを得ない事情が出来るまで、彼が行くのにどれだけの時間が必要で。
どれだけの傷を負うだろう。
でも。
今ある生が終わったら、必ず彼の魂あの島へ還るのだろう。
せめてその瞬間まで傍に居られる事を、信じてもいないけれど神に祈り続けよう。
なんだかよく分からない話。
多分戦闘中の小休憩中か何かだと。(曖昧だな)
コタローの事がなかったら、シンタローさんはパプワ島に帰って来なかったのかも、と思いました。
けれど回帰する処は。
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