「……何、してんだよ」
「言いましたやろ?わては、あんさんの言うことなら何でも聞きますて」
どくり、どくりと脈打つ不快感。それを圧して、アラシヤマは微笑んでみせる。
理解できないものを見る目で、それには怯えも含まれているかもしれない、そんな目で、シンタローはアラシヤマを見つめる。
訳が分からないのだ。彼の行動の意味も、微笑みに含まれた感情も。
「シンタローはんの言葉は、わてにとっての全てどすから」
そう言って、黒髪から覗く左目を細めた。
アラシヤマの首筋に、そっと触れる。指先が軽く震えていた。
「…だからって、どうしてそう…ッ」
「こないなもん、たいしたことあらしまへん。」
ぬる、と嫌な感触が伝わる。慣れた感触ではあるはずなのに、嫌悪感が湧き上がる。
「あんさん、本気やあらしまへんどしたろ。せやから、わてもただの脅しどすわ」
シンタローの右手に、嬉しそうにアラシヤマが指を重ねた。
「心配してくれはるの?」
よく見れば、対して深いものでもないのは分かるのだ。
なのに、どうしてこんなにも動揺しているのか、シンタロー自身にも分からなかった。
「シンタローはんが死ね言うんやったら、わては笑って死にますえ」
「…馬ッ鹿じゃねーの…」
ゆっくり、アラシヤマを抱きしめる。からん、と音を立てて、アラシヤマの掌に握られていた赤く塗れたナイフが床に落ちた。
「ふざけんなッ…死ねバカ!」
いつもの一方的なじゃれ合いの末の、いつもの暴言。
ふっと真顔になったアラシヤマが、胸元のポケットから取り出した折りたたまれたナイフで、首筋に線を描いた。
その時にやっと、シンタローはアラシヤマの異常な執着に気がついたのだ。
シンタローはん、あんさんは優しいから、だからこそ。
わての弱さで、笑みで、愛で、あんさんを縛ったります。
せやから、存分にわてのことで苦しんでな?
まったく、最悪で最低の手段どすけどな。
心の中でそっと呟いて、アラシヤマはシンタローの体温を笑顔で受け止めた。
(04/07/22)
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「シンタローはん、わてな…わて、愛された記憶があらしまへんのや。
親の事なんぞまったく覚えてへんし、師匠は厳しいお人やったさかい。
…せやけどわて、人間のずるいとこ知ってますさかい、分かってしもたんどす。」
そっと長い髪に触れてみても、何も反応はしてもくれない。
「せやから…せやからほんまは知っとるんどすえ。
シンタローはんが、なしてわてのこと好きやて言うてくれはらんのかも
なして嫌いやても言うてくれはらんのかも、理由分かるんどすわ。
せやけど──わてかてずるい人間やさかいに、身の守り方だけはよぉ知っとるんどす。」
肌を晒したまま背を向けて、そのまま汗も乾いてしまった。
「愛されないんやったら、わてから愛したらええんでっしゃろ?
幸せになれへんでもええさかい」
少し熱の奪われた体にそっと腕を回してみても、抵抗はされない。
「……シンタローはん? 眠ってしまはったん?
折角、わてが色々話しとるのに、しゃあないどすな。
ま、聞かれてへん方がええか…こないな話。」
小さく溜息を吐いて良く聞いてみれば、静かな寝息が聞こえた。
「しょうもない男の、こないしょうもない話なんて、毒にも薬にもならへんしな」
(05/04/05)
その日のアラシヤマは総帥室へ向うべく計算し仕事を片付け報告書も仕上げた。
まだ理由なく会うには自分には総帥室の扉は重い。
とはいえそういう機会を得てはその話を持ち出して刷り込みを行う努力はした。
普通に任務をこなすようになってからは仕事上での対峙が多く物足りないと感じる日々。
驚く程自分が相手を欲していると痛切なまでに実感したのは実は最近であった。
ドアの中からの了解で総帥室の扉が開く。
満を持して総帥として座るシンタローの前に立てば眉間に皺が寄ったかと思うと溜め息一つの応対。
仕事も終わろうとしてる頃の厄介物登場に非常にわかりやすい空気を惜し気も無く醸し出す。
(そしてその時間はこちらが狙ったものであったのだが)
「先週までの任務の報告書どす」
今更ひるまず歩み寄って報告書を差し出した。
「ん、そこ置いとけ」
相手はもう目線を手元の資料に戻してこれも素っ気無く応える。
アラシヤマはああやっぱりと思わず苦笑した。
それを感じとったシンタローが怪訝な表情で顔を上げる。
「用が済んだら帰れよ」
それが予想と違わぬ言葉だった為に返って気力を得てやはり切り出してみた。
「今日ねわて誕生日でしてん。知ってはるやろ」
「…あんだけカウントダウン並に連呼されりゃあな」
ああこれは諦めの表情だったかと更に気を良くする。
この人はこうなのだとわかってた自分が嬉しい。
「なんも用意もしてねーしなんもやらねーぞ」
そう言うと椅子を回してアラシヤマに背を向けた。
「わかってますて」
何かが欲しいというよりはね。
自分とシンタローを隔てる大きい総帥のデスクにそっと近付き回りこんで
これも大きめのソファーに座るシンタローの横に立った。
シンタローの視界には依然アラシヤマはいないがその位置のままで手を伸ばす。
シンタローの横顔を隠しがちな髪を指先で持ち上げて表情を伺う。
そのカオはいつも見るカオのようだった。
「何か特別に下さいってことはあらへんのどすえ」
「やらねえって言ってんだろ」
「ただちょっと」
「何」
「ちょっと許してくれはったら」
ここまでは許してくれはったみたいやし。
体勢をシンタローの正面に移動させると同時に髪に触れてる手を頬にすべらせて
再度表情を伺うとやはり目線は合わせてくれなかったが小さく吐く息が音で聞こえて
現在の二人の距離の近さを思い知った。
この距離が許されるなら。
こっから先はと云ったら実はかなりキス狙いですが貴方は許してくれるでしょうか。
別にお前が死のうと知ったこっちゃないけれど。
だけどこんなにムカつくことはないな。
We DIdn't Start The Fire
-side s-
意識不明状態のアラシヤマを見たのはガンマ団施設内に戻ってからだった。
それでも思ったよりかは外傷少なくて、その時は割と考えなかった。
自分には他に思うことが幾らでもあったから。
そう 本当に二の次三の次。
間もなく総帥になると決めてからは特に日々の雑務に忙殺されて忘れ気味。
そのウチ目を覚ますだろうと。
またあの調子で自分の前に現れるだろうと。
なのにお前は一向に目を覚まさない。
外傷は治っていく。
なのに目を覚ます気配がない。
顔色は寒く気休めに触れると体温は低い。
死体のように目を覚まさない。
こうなると事情が変わってくる。
おいおい。
なんなんだ。
アラシヤマの病室では滅多に他の人間に出会うことはなくそれはたまに
ドクターの高松くらいであったがある時意外な人物と鉢合わせることになった。
アラシヤマのベッドから一歩離れて 横たわる部屋の主を見下ろしていたその男。
そういえばあまり一対一で向かい合ったことがない…
何度か例の豪放な叔父の後ろに控えめに付いているのを見かけたくらいで。
一種の気まずさを感じながら病室に入ると横目に自分を確認し軽く会釈する。
徹底的に冷酷な部分も感じさせるが反面礼を重んじる所がある男で
正直自分には彼とアラシヤマとの師弟関係というものが具体的には思い浮かばない。
というよりこの男のことをアラシヤマのこと以上に知らないのだ。
ふと特戦部隊は今日にもここを出るのだということを思い起こす。
隊長がああだから一所に収まってるのが窮屈なのだろう。
自分の総帥就任も任務も待たずに飛び出す辺りはあの叔父らしい。
(引き止める気にもならないし)
それで征く前にこの男は見に来たのか。
弟子の醜態を?
「コイツ…このまま目を覚まさねえのか?」
我ながら何かを期待してるような問いだと思った。
「わかりません」
表情は変わらない。
「…師匠のアンタならどういう状態かわかるかと思ったけどな」
「自爆技は私は実際に使ったことがないので予想の範疇を出ませんが」
それはそうだ。
自爆技だし。
「火を操るということがどういうことかおわかりですか」
「…さあ」
「火種なくして火は起こりません。
簡単に言えば体内のエネルギーでもって発火し
いかに少ないエネルギーで燃焼し増大させ操るか。
エネルギーを使えばそれなりのダメージがあるものです。
そこをコントロールすることを教えたつもりでしたが」
…コントロール?
それ下手だよなこいつ。
いつも感情のままに発火していたような気がする。
確か初めて出会った時も火傷させられたし。
余り思い出す事もないアラシヤマとの初対面当時の光景がなんとなく懐かしく過って思わず口の端が緩んだ。
相手に気付かれる前に素面に戻す。
「体内のエネルギーを全て使うのが自爆技です。
見ての通り基本的に自分の炎では焼かれないので外傷は残りません。
但し自爆技を使えばその時にすぐに命を落とすのが普通なので
そういう意味ではこれはかなり特殊なケースと言えます。
となるとこの場合アラシヤマが今後どうなるかは私にも解しかねる…」
そういう彼の頬には消えそうに無い火傷の後がまだ生々しさを伴って残っている。
色が白く端正な顔立ちにそれは主張も激しく。
彼がその時アラシヤマを抑え仲間を助けた(結果こちら側の人間も守られた)ことは聞いた。
実力は所詮師が上回っておりしかしお互いに全く違う形で傷付いた師弟。
消えない火傷と覚醒の遠い消耗と。
表情は変わらない。
「そのウチ目を覚ますのかこのまま目を覚まさないのか…
或いは」
表情が変わらない。
しかし感じるのは。
やはりこの結果にこの師は怒っているのだと。
他人の為に自爆技を使った弟子にか。
そうさせた俺か。
もしくは
思うような弟子に育てられなかった自分にか。
…わからない。
全部かもしれない。
あるいは全くの見当違いかも知れない。
全てを燃焼させようとした弟子と抑えようとした師が
実は非常に近しい行動をとったのだなと感じた。
連想し自分にとっての師といえるもう1人の叔父のことを思う。
叔父が自分より強くなれと望んだことを。
ではこの男の場合は?
実際弟子の選択が不本意だったとして。
何を望んだのだろう?
自分より強くなれと?
もう1人の「自分」を作ることを?
なのに結局アラシヤマはアラシヤマで。
そのことが何故か自分を安心させる。
結局弟子の目覚めを待たずその男はその日の内に仲間と行ってしまった。
去り際にこんなことを言って。
「案外ちょっとしたことで目を覚ますかもしれません
あなたが望んでやるだけでも」
「なんだそりゃ…」
「単純な男ですから」
僅かに破顔ってるように見えたのも気のせいかもしれない。
「シンタローはん、シンタローはん!」
2週間に及ぶ遠征を終えて、久しぶりに帰ってきた本部で、一休みする為に自室に向かっていたシンタローに、後ろから嬉しそうな声がかかった。
「お帰りなさいまし」
「…あー」
軽く、返事を返す。
団員は、総帥の帰還時には敬礼で出迎えなければいけない為、シンタローの『正義のお仕置き』の期間は前もって団内に告知されている。
だから、こうして帰ってきた途端にアラシヤマに声をかけられる事はそう珍しくはない。先程シンタローが見た沢山の団員の中に、アラシヤマも混ざっていたはずだ。
だが、疲れてるときにこいつの顔なんか見たくもない、とシンタローは思う。疲れていなくても、あまり会いたくはない。
しかしアラシヤマは、そんな気持ちを察することもせずに、隣に並んで会話を始めた。
「シンタローはんにはよお会いしとうて、さっさと任務終わらせてきたら
入れ違いにシンタローはんの遠征がありましたやろ?」
(知らねェよ、そいつはラッキーだったな)
余計な言葉は、胸の奥に押し込んで、少し歩くペースを速める。
「すこぅし寂しゅうて、トージくんの胸借りたりもしたんどすけどな。
あ、トージくん言うんは、最近できた友達で…」
速まったペースに気がついたらしく、アラシヤマもペースを上げて言葉を続けた。
「…友達?」
シンタローが、ぴくりと眉尻を上げた事にも気がつかず、アラシヤマは更に言葉を続ける。
「へぇ。こないだ知り合うて、意気投合しましたんどす。」
ぴく、とシンタローの表情が不機嫌に曇っていく。
「そー、友達…ね」
「そうなんどすぅ」
シンタローと対照的に、機嫌よくにこやかに笑うアラシヤマ。
その笑顔が、シンタローの神経を逆撫でした。
ふと、歩みが止まる。
そこでやっと、アラシヤマはシンタローの表情を伺った。
「シンタローはん、どないしはりました?」
「……やっと友達出来たんだな良かったな」
「え」
「もうこれで俺に付きまとわなくても楽しくやっていけるよな」
「ちょ」
「そーか良かったないやマジでッ!」
満面の笑みを浮かべてはいるが、こめかみが引きつってるシンタローは、口を挟むことも許さず一息で告げて、背を向けて早足で歩き出す。
勢いに圧されて、ひとり取り残されたアラシヤマは心底不思議そうに
「……シンタローはん、何を怒ってはるんでっしゃろ」
ぽつり、呟いた。
普段から、確かに無視され気味ではあった。けれどここ最近は、少し方向性が違うというか。アラシヤマが視界に入れば、一度は目を合わせてから、わざと視線を逸らす。そんな行動をシンタローは繰り返すようになり、幾らアラシヤマでも少しずつ居心地が悪くなって。
話しかけても軽く流される事は普段と対して変わりないのだが、何か怒らせたのなら話は別だ。なんとか会話を続けて、原因を見つけて謝らなければいけないと、アラシヤマは焦っていた。
「あの、シンタローはん」
焦った挙句、話題も無いのに話しかけ、余計に怒りを買うような事を既に何度かしていたが、今回は同じヘマは繰り返すまいと何を話すのか考えてきてあった。
「ンだよ…」
「シンタローはんに、トージくんのこと紹介しよ思いまして」
最後の会話は、「彼」についてだった。原因は、多分この会話。
シンタローの眉がぴくりと小さく跳ねるのを見て、それが確信に変わる。
「……どこにいるんってんだよ」
「ここに」
軍服のボタンを外し、覗く白い胸元から「彼」を取り出して、総帥の大きな机に置いた。
「わてのお友達の、トージくんどす」
言って、アラシヤマは「彼」に軽くお辞儀を促す。
「……は?」
目の前で、ちょこんと立っている「彼」を、シンタローは見つめ返した。
「せやから、デッサン人形のトージくんどす」
「彼」の木目を撫でながら、アラシヤマはシンタローの様子を伺う。どうやら、もう怒ってはいないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「トージくんがシンタローはんに『初めまして、よろしゅうに』って」
「…………」
「シンタローはん?」
「…友達って、それか?」
シンタローは俯いて、小さく肩を震わせた。
「そうどす、けど」
また地雷を踏んだかとアラシヤマは一瞬身構えて、シンタローの突如噴出した声にびくりと震えた。
「何だよ、お前の友達って…そーだな、お前に人間の友達はできねェよな」
「シンタローはんがわての唯一の人間のお友達どすえ!」
「あー、そうかそうか。そーだよな…」
アラシヤマを置いてけぼりにして、一人で納得するシンタローを見て、ふと、気がついたことを口にしてみる。
「…もしかしてシンタローはん、嫉妬してくれはったんどすか…?」
馬鹿にした様に笑っていたシンタローが、動きを止めて、アラシヤマを見る。その目つきのきつさに、アラシヤマはまたびくりと怯えた。
「……なんで、そうなるんだよ?」
「いや、だって…違いますの?」
轟音が、ガンマ団本部を揺らす。後には、瓦礫に埋まり笑顔で鼻血を垂らすアラシヤマと、怒りの形相でそれを見下ろすシンタローの姿があった。
(04/07/22)
2週間に及ぶ遠征を終えて、久しぶりに帰ってきた本部で、一休みする為に自室に向かっていたシンタローに、後ろから嬉しそうな声がかかった。
「お帰りなさいまし」
「…あー」
軽く、返事を返す。
団員は、総帥の帰還時には敬礼で出迎えなければいけない為、シンタローの『正義のお仕置き』の期間は前もって団内に告知されている。
だから、こうして帰ってきた途端にアラシヤマに声をかけられる事はそう珍しくはない。先程シンタローが見た沢山の団員の中に、アラシヤマも混ざっていたはずだ。
だが、疲れてるときにこいつの顔なんか見たくもない、とシンタローは思う。疲れていなくても、あまり会いたくはない。
しかしアラシヤマは、そんな気持ちを察することもせずに、隣に並んで会話を始めた。
「シンタローはんにはよお会いしとうて、さっさと任務終わらせてきたら
入れ違いにシンタローはんの遠征がありましたやろ?」
(知らねェよ、そいつはラッキーだったな)
余計な言葉は、胸の奥に押し込んで、少し歩くペースを速める。
「すこぅし寂しゅうて、トージくんの胸借りたりもしたんどすけどな。
あ、トージくん言うんは、最近できた友達で…」
速まったペースに気がついたらしく、アラシヤマもペースを上げて言葉を続けた。
「…友達?」
シンタローが、ぴくりと眉尻を上げた事にも気がつかず、アラシヤマは更に言葉を続ける。
「へぇ。こないだ知り合うて、意気投合しましたんどす。」
ぴく、とシンタローの表情が不機嫌に曇っていく。
「そー、友達…ね」
「そうなんどすぅ」
シンタローと対照的に、機嫌よくにこやかに笑うアラシヤマ。
その笑顔が、シンタローの神経を逆撫でした。
ふと、歩みが止まる。
そこでやっと、アラシヤマはシンタローの表情を伺った。
「シンタローはん、どないしはりました?」
「……やっと友達出来たんだな良かったな」
「え」
「もうこれで俺に付きまとわなくても楽しくやっていけるよな」
「ちょ」
「そーか良かったないやマジでッ!」
満面の笑みを浮かべてはいるが、こめかみが引きつってるシンタローは、口を挟むことも許さず一息で告げて、背を向けて早足で歩き出す。
勢いに圧されて、ひとり取り残されたアラシヤマは心底不思議そうに
「……シンタローはん、何を怒ってはるんでっしゃろ」
ぽつり、呟いた。
普段から、確かに無視され気味ではあった。けれどここ最近は、少し方向性が違うというか。アラシヤマが視界に入れば、一度は目を合わせてから、わざと視線を逸らす。そんな行動をシンタローは繰り返すようになり、幾らアラシヤマでも少しずつ居心地が悪くなって。
話しかけても軽く流される事は普段と対して変わりないのだが、何か怒らせたのなら話は別だ。なんとか会話を続けて、原因を見つけて謝らなければいけないと、アラシヤマは焦っていた。
「あの、シンタローはん」
焦った挙句、話題も無いのに話しかけ、余計に怒りを買うような事を既に何度かしていたが、今回は同じヘマは繰り返すまいと何を話すのか考えてきてあった。
「ンだよ…」
「シンタローはんに、トージくんのこと紹介しよ思いまして」
最後の会話は、「彼」についてだった。原因は、多分この会話。
シンタローの眉がぴくりと小さく跳ねるのを見て、それが確信に変わる。
「……どこにいるんってんだよ」
「ここに」
軍服のボタンを外し、覗く白い胸元から「彼」を取り出して、総帥の大きな机に置いた。
「わてのお友達の、トージくんどす」
言って、アラシヤマは「彼」に軽くお辞儀を促す。
「……は?」
目の前で、ちょこんと立っている「彼」を、シンタローは見つめ返した。
「せやから、デッサン人形のトージくんどす」
「彼」の木目を撫でながら、アラシヤマはシンタローの様子を伺う。どうやら、もう怒ってはいないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「トージくんがシンタローはんに『初めまして、よろしゅうに』って」
「…………」
「シンタローはん?」
「…友達って、それか?」
シンタローは俯いて、小さく肩を震わせた。
「そうどす、けど」
また地雷を踏んだかとアラシヤマは一瞬身構えて、シンタローの突如噴出した声にびくりと震えた。
「何だよ、お前の友達って…そーだな、お前に人間の友達はできねェよな」
「シンタローはんがわての唯一の人間のお友達どすえ!」
「あー、そうかそうか。そーだよな…」
アラシヤマを置いてけぼりにして、一人で納得するシンタローを見て、ふと、気がついたことを口にしてみる。
「…もしかしてシンタローはん、嫉妬してくれはったんどすか…?」
馬鹿にした様に笑っていたシンタローが、動きを止めて、アラシヤマを見る。その目つきのきつさに、アラシヤマはまたびくりと怯えた。
「……なんで、そうなるんだよ?」
「いや、だって…違いますの?」
轟音が、ガンマ団本部を揺らす。後には、瓦礫に埋まり笑顔で鼻血を垂らすアラシヤマと、怒りの形相でそれを見下ろすシンタローの姿があった。
(04/07/22)