「シンタローはん、シンタローはん!」
2週間に及ぶ遠征を終えて、久しぶりに帰ってきた本部で、一休みする為に自室に向かっていたシンタローに、後ろから嬉しそうな声がかかった。
「お帰りなさいまし」
「…あー」
軽く、返事を返す。
団員は、総帥の帰還時には敬礼で出迎えなければいけない為、シンタローの『正義のお仕置き』の期間は前もって団内に告知されている。
だから、こうして帰ってきた途端にアラシヤマに声をかけられる事はそう珍しくはない。先程シンタローが見た沢山の団員の中に、アラシヤマも混ざっていたはずだ。
だが、疲れてるときにこいつの顔なんか見たくもない、とシンタローは思う。疲れていなくても、あまり会いたくはない。
しかしアラシヤマは、そんな気持ちを察することもせずに、隣に並んで会話を始めた。
「シンタローはんにはよお会いしとうて、さっさと任務終わらせてきたら
入れ違いにシンタローはんの遠征がありましたやろ?」
(知らねェよ、そいつはラッキーだったな)
余計な言葉は、胸の奥に押し込んで、少し歩くペースを速める。
「すこぅし寂しゅうて、トージくんの胸借りたりもしたんどすけどな。
あ、トージくん言うんは、最近できた友達で…」
速まったペースに気がついたらしく、アラシヤマもペースを上げて言葉を続けた。
「…友達?」
シンタローが、ぴくりと眉尻を上げた事にも気がつかず、アラシヤマは更に言葉を続ける。
「へぇ。こないだ知り合うて、意気投合しましたんどす。」
ぴく、とシンタローの表情が不機嫌に曇っていく。
「そー、友達…ね」
「そうなんどすぅ」
シンタローと対照的に、機嫌よくにこやかに笑うアラシヤマ。
その笑顔が、シンタローの神経を逆撫でした。
ふと、歩みが止まる。
そこでやっと、アラシヤマはシンタローの表情を伺った。
「シンタローはん、どないしはりました?」
「……やっと友達出来たんだな良かったな」
「え」
「もうこれで俺に付きまとわなくても楽しくやっていけるよな」
「ちょ」
「そーか良かったないやマジでッ!」
満面の笑みを浮かべてはいるが、こめかみが引きつってるシンタローは、口を挟むことも許さず一息で告げて、背を向けて早足で歩き出す。
勢いに圧されて、ひとり取り残されたアラシヤマは心底不思議そうに
「……シンタローはん、何を怒ってはるんでっしゃろ」
ぽつり、呟いた。
普段から、確かに無視され気味ではあった。けれどここ最近は、少し方向性が違うというか。アラシヤマが視界に入れば、一度は目を合わせてから、わざと視線を逸らす。そんな行動をシンタローは繰り返すようになり、幾らアラシヤマでも少しずつ居心地が悪くなって。
話しかけても軽く流される事は普段と対して変わりないのだが、何か怒らせたのなら話は別だ。なんとか会話を続けて、原因を見つけて謝らなければいけないと、アラシヤマは焦っていた。
「あの、シンタローはん」
焦った挙句、話題も無いのに話しかけ、余計に怒りを買うような事を既に何度かしていたが、今回は同じヘマは繰り返すまいと何を話すのか考えてきてあった。
「ンだよ…」
「シンタローはんに、トージくんのこと紹介しよ思いまして」
最後の会話は、「彼」についてだった。原因は、多分この会話。
シンタローの眉がぴくりと小さく跳ねるのを見て、それが確信に変わる。
「……どこにいるんってんだよ」
「ここに」
軍服のボタンを外し、覗く白い胸元から「彼」を取り出して、総帥の大きな机に置いた。
「わてのお友達の、トージくんどす」
言って、アラシヤマは「彼」に軽くお辞儀を促す。
「……は?」
目の前で、ちょこんと立っている「彼」を、シンタローは見つめ返した。
「せやから、デッサン人形のトージくんどす」
「彼」の木目を撫でながら、アラシヤマはシンタローの様子を伺う。どうやら、もう怒ってはいないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「トージくんがシンタローはんに『初めまして、よろしゅうに』って」
「…………」
「シンタローはん?」
「…友達って、それか?」
シンタローは俯いて、小さく肩を震わせた。
「そうどす、けど」
また地雷を踏んだかとアラシヤマは一瞬身構えて、シンタローの突如噴出した声にびくりと震えた。
「何だよ、お前の友達って…そーだな、お前に人間の友達はできねェよな」
「シンタローはんがわての唯一の人間のお友達どすえ!」
「あー、そうかそうか。そーだよな…」
アラシヤマを置いてけぼりにして、一人で納得するシンタローを見て、ふと、気がついたことを口にしてみる。
「…もしかしてシンタローはん、嫉妬してくれはったんどすか…?」
馬鹿にした様に笑っていたシンタローが、動きを止めて、アラシヤマを見る。その目つきのきつさに、アラシヤマはまたびくりと怯えた。
「……なんで、そうなるんだよ?」
「いや、だって…違いますの?」
轟音が、ガンマ団本部を揺らす。後には、瓦礫に埋まり笑顔で鼻血を垂らすアラシヤマと、怒りの形相でそれを見下ろすシンタローの姿があった。
(04/07/22)
2週間に及ぶ遠征を終えて、久しぶりに帰ってきた本部で、一休みする為に自室に向かっていたシンタローに、後ろから嬉しそうな声がかかった。
「お帰りなさいまし」
「…あー」
軽く、返事を返す。
団員は、総帥の帰還時には敬礼で出迎えなければいけない為、シンタローの『正義のお仕置き』の期間は前もって団内に告知されている。
だから、こうして帰ってきた途端にアラシヤマに声をかけられる事はそう珍しくはない。先程シンタローが見た沢山の団員の中に、アラシヤマも混ざっていたはずだ。
だが、疲れてるときにこいつの顔なんか見たくもない、とシンタローは思う。疲れていなくても、あまり会いたくはない。
しかしアラシヤマは、そんな気持ちを察することもせずに、隣に並んで会話を始めた。
「シンタローはんにはよお会いしとうて、さっさと任務終わらせてきたら
入れ違いにシンタローはんの遠征がありましたやろ?」
(知らねェよ、そいつはラッキーだったな)
余計な言葉は、胸の奥に押し込んで、少し歩くペースを速める。
「すこぅし寂しゅうて、トージくんの胸借りたりもしたんどすけどな。
あ、トージくん言うんは、最近できた友達で…」
速まったペースに気がついたらしく、アラシヤマもペースを上げて言葉を続けた。
「…友達?」
シンタローが、ぴくりと眉尻を上げた事にも気がつかず、アラシヤマは更に言葉を続ける。
「へぇ。こないだ知り合うて、意気投合しましたんどす。」
ぴく、とシンタローの表情が不機嫌に曇っていく。
「そー、友達…ね」
「そうなんどすぅ」
シンタローと対照的に、機嫌よくにこやかに笑うアラシヤマ。
その笑顔が、シンタローの神経を逆撫でした。
ふと、歩みが止まる。
そこでやっと、アラシヤマはシンタローの表情を伺った。
「シンタローはん、どないしはりました?」
「……やっと友達出来たんだな良かったな」
「え」
「もうこれで俺に付きまとわなくても楽しくやっていけるよな」
「ちょ」
「そーか良かったないやマジでッ!」
満面の笑みを浮かべてはいるが、こめかみが引きつってるシンタローは、口を挟むことも許さず一息で告げて、背を向けて早足で歩き出す。
勢いに圧されて、ひとり取り残されたアラシヤマは心底不思議そうに
「……シンタローはん、何を怒ってはるんでっしゃろ」
ぽつり、呟いた。
普段から、確かに無視され気味ではあった。けれどここ最近は、少し方向性が違うというか。アラシヤマが視界に入れば、一度は目を合わせてから、わざと視線を逸らす。そんな行動をシンタローは繰り返すようになり、幾らアラシヤマでも少しずつ居心地が悪くなって。
話しかけても軽く流される事は普段と対して変わりないのだが、何か怒らせたのなら話は別だ。なんとか会話を続けて、原因を見つけて謝らなければいけないと、アラシヤマは焦っていた。
「あの、シンタローはん」
焦った挙句、話題も無いのに話しかけ、余計に怒りを買うような事を既に何度かしていたが、今回は同じヘマは繰り返すまいと何を話すのか考えてきてあった。
「ンだよ…」
「シンタローはんに、トージくんのこと紹介しよ思いまして」
最後の会話は、「彼」についてだった。原因は、多分この会話。
シンタローの眉がぴくりと小さく跳ねるのを見て、それが確信に変わる。
「……どこにいるんってんだよ」
「ここに」
軍服のボタンを外し、覗く白い胸元から「彼」を取り出して、総帥の大きな机に置いた。
「わてのお友達の、トージくんどす」
言って、アラシヤマは「彼」に軽くお辞儀を促す。
「……は?」
目の前で、ちょこんと立っている「彼」を、シンタローは見つめ返した。
「せやから、デッサン人形のトージくんどす」
「彼」の木目を撫でながら、アラシヤマはシンタローの様子を伺う。どうやら、もう怒ってはいないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「トージくんがシンタローはんに『初めまして、よろしゅうに』って」
「…………」
「シンタローはん?」
「…友達って、それか?」
シンタローは俯いて、小さく肩を震わせた。
「そうどす、けど」
また地雷を踏んだかとアラシヤマは一瞬身構えて、シンタローの突如噴出した声にびくりと震えた。
「何だよ、お前の友達って…そーだな、お前に人間の友達はできねェよな」
「シンタローはんがわての唯一の人間のお友達どすえ!」
「あー、そうかそうか。そーだよな…」
アラシヤマを置いてけぼりにして、一人で納得するシンタローを見て、ふと、気がついたことを口にしてみる。
「…もしかしてシンタローはん、嫉妬してくれはったんどすか…?」
馬鹿にした様に笑っていたシンタローが、動きを止めて、アラシヤマを見る。その目つきのきつさに、アラシヤマはまたびくりと怯えた。
「……なんで、そうなるんだよ?」
「いや、だって…違いますの?」
轟音が、ガンマ団本部を揺らす。後には、瓦礫に埋まり笑顔で鼻血を垂らすアラシヤマと、怒りの形相でそれを見下ろすシンタローの姿があった。
(04/07/22)
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