シンちゃんがいない。
それだけのことでも、僕にとってはひどく寂しいんだよ。
寂しいから帰っておいで!
シンちゃんが遠征に行ってから五日目。
さすがに僕も寂しくなってきた。
シンちゃんが遠征に行くのはもちろんこれが初めてのことじゃない。
でも、やっぱり寂しいものは寂しいんだから仕方がないよ。
「だから僕も会いに行っていいでしょ?ねぇねぇチョコロマー、ティラミスー」
「駄目です」
ピシャリ、とティラミスに否定されてしまった。
ティラミスは相変わらず厳しい。
それでも抵抗のつもりで僕は執務机にうなだれて、えー、ケチンボ!と文句を言った。
視線をティラミスから外せば、その横にいたチョコレートロマンスと目があう。
そこで今度はチョコロマにじーっと訴え賭けるように視線を送ってみる。
けれどチョコロマったら助けてくれるどころか苦笑いをするばかりだ。
もう!二人とも僕に優しくないんだから!
「ただでさえマジック様が行かれてしまって執務に遅れが出ているのですから、さらにグンマ様までもが行かれては大変なことになってしまいますよ」
「そうだけど、さぁ…」
チョコロマの言うとおり、おとーさまはあまりにも寂しさに耐えられなかったらしくて、一昨日の朝に飛行船でシンちゃんのとこに行ってしまったのだ。
いいなぁー、おとーさまは行けて。
「ボクだって、ついて行きたかったのになー」
「…総帥はこの度激戦区の沈静化のために向かわれていますので、グンマ様はこちらで総帥のサポートを成されるが良いかと」
今度はティラミスが言った。
それが何を言おうとしているのかは汲み取ることができる。
所詮、僕は戦闘能力は青の一族の中で一番低いんだ。
だからこれは、ティラミスなりの励まし、なんだよね。
ちゃんとそうだって分かっている。
どうせ行ってもただの足手まとい扱いされるってのも、分かっているよ。
だけど仕方ないよー。
邪魔者扱いされても会いたいんだもの。
(おとーさまは邪魔とかそんな次元じゃなくて、もっとヒドイ扱いらしいけど)
以前、シンちゃんが遠征中の時に思い切って電話を掛けたこともあるんだ。
その際に「シンちゃんに会えなくて寂しいよー」って言ったら、「んなことで泣き言言ってんじゃねぇよ。」って、シンちゃんに言われちゃった。
シンちゃんは“そんなこと”って言うけど、ボクにとってはそんなことじゃすまないんだよ。
たしかに、周りから見ればシンちゃんが仕事でいないってだけのことだよ。
でも僕にとってはそれが辛いって、きっとシンちゃんはわかってないんだろうなー…
むぅ、一緒にいられるキンちゃんが羨ましいよもぅ。
僕だって君達の従兄弟なのに、置いてきぼりは嫌なんだよ。
そんな、以前シンちゃんに言われたこととかを思い出して考えていたら、ちょっとイラッとしてきた。
むすっと頬を膨らます。
そんな僕の様子を見てティラミスは溜め息をついた。
「グンマ様、お手元が捗っておられないようですが」
その言葉に、そういえば仕事中だったんだけと思い出し、ちらりと机の上を見た。
う、相変わらずの書類の多さだなぁ。
いっそのこと思い出さなければ良かった。
「会いたい、と思われるのも良いですが、頼まれている仕事をやらないでいたらそれこそ総帥にお叱りを受けますよ」
「……、だったら二人がや」
「私達ごときがそのような重要な仕事に手を出すなんて恐れ多い。所詮、私達にはグンマ様のサポートで精一杯ですよ」
「………」
僕が言い切る前に間発入れずに先手を打たれた。
この二人のことは嫌いじゃないけど、仕事が絡んだ時の二人は苦手だ。
と、言うかむしろ避けたいよ。
「大体、僕はこういうデスクワークは、ほんっとに苦手なのにさー」
「ですがグンマ様は外で活動をされるより、部屋に篭って作業をするのを好む派ではないですか」
「確にそうだけど、これと発明は違うんだよーもう、チョコロマのバカ!」
「えっ、俺ですか!?」
八つ当たりは止めてくださいよー、というチョコロマの声が聞こえたが、それは聞こえていないことにした。
確に八つ当たりかもしれないけど、さっきからへらへらしてて助け船の一つも寄越してくれないチョコロマだって悪いんだからね!
そう思いながらつーんとそっぽを向けば、またティラミスが溜め息をついた。
「…グンマ様、あの方は人を見る眼が優れている方です。ですからあなたに任すことで、総帥は気兼なくここを空けられることができるのです」
「そうですよ!“頭が足りねー時もあるけど、あいつはあれでも頭が切れる。だから俺がいない間はグンマと、ガンマ団のサポートをよろしくな”って俺たちも言われたんですから!確かにグンマ様は普段アレでも、シンタロー総帥はあなたのことかってるんですよ」
二人は言うことを聞いてくれない子どもを諭すように、静かに言った。
……もう、そんなことを言われたら僕は少しくらいやる気を見せないといけないじゃないか。
さすがおとーさまとシンちゃんの秘書を勤めているだけあって、人の気持ちを浮上させるのが巧いなあ。
チョコロマは一言多いけど。
「分かったよー、これからちゃんと仕事するって」
「そうですか、では溜った追加分の仕事も直ちに持って参ります」
「えっ、これ以外にもあるの!」
「はい、なにせとあるミドルが一昨日からいなくなってしまったので」
おとーさま……。
うう、この先のやらなきゃいけない事を思うと、頭が痛くなってきた。
せんせーい、早退しても良いですかーと言いたいところだけど、120%で却下されそうだ。
ぷひーと溜め息をはいてうなだれる。
そこでふと、現実逃避のためかあることを思った。
そういえば、シンちゃんたちはいつ頃帰ってくるのかなー、と。
今回の遠征は急だったため、ちゃんと話を聞く前にシンちゃんたちは行ってしまったんだ。
長期だったら嫌だなあ。
「…あ、そーだ!」
「ソーダ、をご所望ですか?」
あれ、ティラミスって意外と天然…?
それともわざと言ってるのかなこの人。
ティラミスに違うよ、と否定をしてから僕はペンを握って、紙面にそれを走らせる。
ちょっとした願掛けというか、まじないみたいな気持ちで書いた一文。
そのたった一文に今の気持ちを込めて書いたんだ。
書き終わると、その書いた文字を心の中で反芻しながら今度はその紙を折り始める。
縦半分に折り目を付けて、その折り目にて端と端が直角に合うように三角に折る。
そして今度は三角の両端をまた真ん中の折り目に合わせて折り、真ん中の折り目に沿って半分に折る。
あとは両端を翼になるように折れば完成だ。
いわゆる、紙飛行機ってやつ。
完成品を手に持って久しぶりに椅子から立ち上がる。
二人がどうなさいました?という顔になったので、何でもないよ、という意味を込めてとりあえず笑顔を返しておいた。
そのまま僕は大きな妨弾ガラスがはめこまれた窓に近付き、ガラスとガラスを仕切っている支柱の中央部にある赤いボタンを指先で押した。
ピ、と電磁音が小さく鳴った後、僕の左側にある大きなガラスはシュッと音を立ててなくなった。
そのことによしよし、と満足して開け放たれた窓辺へと寄ると、持っていた紙飛行機を外へと飛ばす。
少しでも遠くへ飛びますように、彼のところへ届きますように、と願いながら。
紙飛行機は清々しいほどの青い空へと吸い込まれていった。
そして、僕は見たんだ。
青い空を飛ぶ白い紙飛行機の奥に、白い飛行船の姿を。
・END・
(早く帰ってきて、と願ったんだ。そうしたら僕の目の前にはこの光景、頬が緩むのは仕方がないよ。さあ、迎えに行こう。笑顔で君のもとへ!)
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