俺がパパでお前がママだ
「うっ…」
綺麗に整備され掃除も隅々まで行き届いたガンマ施設内のトイレに、苦しそうな声が響いた。
誤解を招かないように先に説明しておくが、別段トイレの花子さんでもそういった類の恐い話しに出てくる声でもない。
このうめき声はトイレの個室から聞こえるのではなく、トイレ内に設置された手洗い場から聞こえてきているのだ。
手洗い場の縁に手をつき、がんがんと痛む頭を抱えている一人の男から。
「くっそー、飲みすぎたな…」
そう呟きながら痛む頭を押さえた人物、シンタローは正面に構えている鏡をじっと見る。
そこには少し青ざめた顔をしながら眉間に皺を寄せている自分が写っている。
もう一人の自分と対面した男は、さらに眉間の皺を増やした。
「あんの糞獅子舞、覚えてろよ」
自分がこうなってしまった原因である人物にぶつぶつと文句を言う。
と、言ってもその本人であるハーレムは今この場に、どころか気付いたらガンマ団から飛び出してまた何処かに行ってしまったので、今ここで文句を言っても効果は皆無であったが。
そう思うと余計に腹が立ってくる。
どうせならそのまま帰ってこなければいい!と憎まれ口を叩きたくなる。
毎度毎度、ハーレムは自隊とともに好きかってにやらかしたり、どこかに行ったりしているのだから本当にそのまま戻ってこなくなるというのも考えられることだ。
しかし、彼は時々帰ってくるのだ。
酒と酔っぱらいというオプション付きで。
昨夜はシンタローがその酒乱のターゲットとなってしまった。
疲れた体をベットへダイブさせようとした矢先に、叔父であるハーレムが高笑いで入ってきたのだ。
追い出そうと力も行使したのだが「俺の酒が飲めないってのかー!」という言葉を皮切りに捕まって飲まされてしまった。
そして気付けばこの状態だ。
しかもあの叔父の暴挙は今回が初めてというわけでもなかったので、またもこんな状態になっている自分にも苛立ちが募っていく。
だがそんな苛々とした気持ちも次第には気持ち悪いという気持ちが勝り、吐き気と共にどこかに飛んでいってしまった。
気分転換の為に顔でも洗うかと思ったシンタローは、蛇口を捻り水を勢いよくだした。
銀の口からジャーと垂直に落下し、その無色透明の水はやがては円を描くようにしてぐるぐると穴に吸い込まれていく。
そんな普段ならどうでもいいことも、まだ本調子じゃないからか顔を洗うどころかついぼけっとその様を見ていた。
だがそれも肩を叩かれたことにより束の間で終わる。
何だとも思ったが、振り返るのすら億劫になってきたので鏡越しに背後を見る。
すると自分とは別の、一族特有の風貌をもつ自分の傍らの姿が映っていた。
「戻ってこないから様子を見に来てみれば…お前は一体何をやっているんだ」
その言葉に返事をしようと振り向けば、体を動かしたせいか再び気持悪さが襲ってきた。
顔をしかめたのが相手にも見えたようで、キンタローはその様に気付く。
「どうした?」
「な、なんでもな……ううっ」
二日酔いです、などと素直に言ってしまえばどうなるかは明白なので(またお前はだらしないことを云々と説教されるに決まっている)なんでもないと告げようと試みた。
だがそれも吐き気によって失敗となる。
込み上げてくるものを堪えようとバッと口許を手で抑える。
そのまま振り返り再び洗面台へと対面すると、もう片方の手で体を支えるようにその縁を掴んだ。
また何度かうめいたが、しばらくするとなんとか治まってくれたようだ。
「…大丈夫か」
一息ついて声のした方へと顔を上げると、キンタローがハンカチを片手に側で立っていた。
さすがお気遣いの紳士だけある。
「ああ、サンキュー」
シンタローは一言礼を言うと、ハンカチを受け取ろうと手を伸ばす。
だが、それはキンタローの手によって阻まれる。
ハンカチへと伸ばした筈の手が、キンタローにがしりと掴まれてしまったのだ。
突然の行動に内心驚いたシンタローは、視線を掴まれた腕から掴んだ人物の顔へと移す。
その表情を伺うように見てみれば、いつも通りの仏頂面だ。いや、少し、機嫌が悪いのかもしれない。
シンタローは何故彼がそんな顔をしているのかわからなかったが、つられるように眉根にぐっと皺を寄せた。
彼もまた、何故自分が手を掴まれてしまったのか分からなかったからだ。
見る、と言うよりも睨みつけるように視線を送ると、何故か向こうに呆られた顔をされた。
しかもはぁーという盛大な溜め息付きで、だ。
そんなに彼を待たせてしまったのだろうかと思ったシンタローは、とりあえず何か言おうと口を開こうとしたがそれはキンタローに先を越されてしまった。
「行くぞ」
何か文句でも言われるのかと思っていたが、彼が言葉にしたのは移動の促しだった。
「…行くって、どこに?」
その言葉がどこを示すのかなど分からず、その主語を聞こうと口を開く。
いや、もしかしたら仕事場に戻るぞ、という意味なのかもしれないがそれにしても簡潔な注文すぎる。
しかしただ単に行き先を聞いただけだったのだが、キンタローはというと顔に不機嫌さを上乗せしただけであった。
「決まっているだろう、医者にだ」
「……はぁ?何でだよ」
シンタローはその行き先聞いてしばし考えた後、今度はシンタローがぽかんとした表情になった。
たかだか二日酔いで病院行き、なんて考え付かないからだ。
第一、今はそんな所に行ってる暇はない。
つまりは、忙しいのだ。
今日は自分が酔い潰れたせいでいつもより仕事始めが遅くなってしまった。
酔った姿は見せれまいと酔いがさめるのを待った結果が、そうなってしまった原因なのだ。
明確なる原因が自分である以上(あの獅子舞にも充分責任はあると思うが)そんなとこに行っているよりも自分が仕事を進めなければならない。
「そんなとこに行かねぇよ。第一行ってる暇なんかないだろ」
たとえ暇があっても二日酔いで病院など行けないが。
だからシンタローは行かないと意思表示をした。
すると今度はキンタローが悲しそうな顔をしていた。
それどころかはらはらと泣いているではないか。
「お、おい!どうしたんだよ!」
ますますわけがわからないとシンタローはうろたえるしかなかった。
この時、キンタローの手はシンタローの腕から外れていたが、それに気付くこともなく慌てていた。
そして外れた手は上へと移動して、がしりと両肩を掴んだ。
それと同時にキンタローはシンタローの顔を見据える。
その時の顔があまりにも真剣だったので、シンタローはびくりとした。
いつの間にかキンタローの涙は止まっていた。
代わりに口をゆっくりと開いていく。
「…俺の、子か?」
「……………………は?」
「そうか、そうなんだな!今まで気付いてやれなくてすまなかった。子どもができていたなどと知らずに毎日毎日仕事ばかりをさせてしまい…俺は何という男なんだ!」
「いや、あの、は?いったい何を言って…」
「いいんだシンタロー!みなまで言うな!総帥という身で今まで誰にも明かすことが出来ず一人で大変だったんだろう?産気づいたりしてお前は……俺が頼りないばかりに、苦しい思いをさせてすまなかった!だがこれからはお前一人ではなく、俺と共にこの新しい命を育てていこう。いいか、俺たち二人でこの命を育てていくんだ!」
「………。」
開いた口が塞がらない、とはまさにこの事か。
誰が、いったい誰がこの男の暴走を止められるというのだろうか。
いいや、誰にもできないだろう。
それほどまでに目の前の男はキラキラと、そして情熱に溢れているのだ。
シンタローは誰かこいつにおしべとめしべについて教えてくれ!と思った。
そして「子どもの名前は何がよいだろうか?」とくちばしってきた従兄弟に、このまま意識を手放したくなったのだった。
・END・
暴走したキンタローが「はっ、みんなに報告しなくては!」と言い出すのは1分後。
そしてガンマ団に知れ渡るのはそれから15分後。
そして嵐、いや世界の終わりを背負ってマジックが来るのはその30秒後。
シンタローさんがキンタローとみんなの誤解を解くのはさらに丸一日かかったようです。
思ったよりもキンちゃんが暴走して長ったらしくなりました。びっくり。
キンちゃん書いてると楽しくて止まらなくなる!
溜め息ついたりしたのは自分のふがいなさにしたもようです。
そしてたぶんハムが団を抜ける前の話、し…?(ぐだぐだだな!)
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