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バラ色の日々(2)


聖サザンクロス学園は乙女チックな名前とは裏腹に、古い歴史を持つ男子校だ。

全寮制という今時珍しい体制に加え、総生徒数は中高合わせても400人未満。

そのため、世間にはあまり知られてはいないが、実は国内難関大への進学もさることながら、海外の有名大学への進学率が高い。

政治家や財界人の子息が多く在籍する、知る人ぞ知る名門校だった。

しかし、だからと言って、こんな山奥の全寮制男子校に自ら入学したがる子供が多いわけもなく、生徒のほとんどが親に強制的に入学を決められていた。

そんな中、シンタローは自ら志願してこの学園に入学した。

理由は、過保護で何事にも干渉しすぎる父親から離れたかったからだ。


シンタローの父は世界を股にかける巨大企業、ガンマコンツェルンのトップだ。
経済力と強力なコネクションを背景に大きな権力を手にしている父は『会長』ではなく『総帥』と呼ばれている。

幼いころは、世界中を飛び回る忙しい身の上ながら、いつもシンタローを1番に考えてくれる父親が大好きだった。

しかし、母が事故で他界してからは、その愛情表現は次第に度を超したものになっていった。

日記を見る、電話を盗聴するなんてのは当たり前。

自室に隠しカメラが取り付けられていたことに気付いたとき、シンタローは一日も早く家を出る決意をした。

聖サザンは父の母校でもある。

父は散々反対したが、シンタローは入試でトップ合格することを条件に願書に判を押させた。
見事に条件を果たしたシンタローは、以来5年間の寝食をこの学園内に隣接するエデン寮で過ごしている。

寮生活に不便さを感じることも少なくないが、一切の干渉がないこの生活を、シンタローはことのほか気に入っていた。


* * * * *


「お、シンタロー君。お帰り。今日は早いね」

シンタローが寮に戻ったとき、管理人の木村が玄関の掃除をしていた。

いつもなら部活に出ている時間だったが、今日はコーチに急用が入ったため、各自自主練になった。

ホームルームで面倒な仕事を押し付けられたこともあり、さっさと切り上げて帰ってきたのだ。

「木村さん、アラシヤマ、帰ってる?」

「……アラシヤマ…?誰それ?」

木村はハテ?と首をかしげた。

「あの、転校生の…」

「…ああ!転校生の!」

木村は『転校生』の存在は覚えていても、アラシヤマの存在は覚えていなかったらしい。

こんな特殊な学校では、途中転入は極めて珍しい。

それにもかかわらず、寮の管理人にすら名前を覚えてもらえないとは。

…あの影の薄さは、オレだけじゃなく、みんなも共通で感じているんだな。

シンタローは少しだけ安心した。


「帰ってたかな~…。いるかもしんないけど、気がつかなかったなー。内線で呼び出す?」

「いや、いいよ。どーせ部屋、隣だから。直接見に行くよ」

シンタローは木村に礼を言って寮に入った。



付属寮であるエデン寮は、校舎から歩いて5分の距離の洋館風木造建築物だ。

年代物のため、夏は涼しいが冬はすこぶる寒い。

秋口の今、すでに隙間風が入り込み、寮内はひんやりしていた。

エデン寮は3階建てで1階は食堂、浴室、娯楽室、調理室などの公共の場。2階3階が各自の自室となっている。

部屋は、中等部では二人部屋、高等部から一人部屋になる。

各個室の広さは4畳しかなく、窮屈感はぬぐえなかったが、自分だけの居室がある生活は快適だ。

シンタローは部屋の鍵を取り出しながら、2階の突き当たりにある自室に向かった。

ふと、シンタローは自分の部屋の一つ手前、251号室の前で立ち止まった。

シンタローの部屋、250号室は角部屋で、隣はこの251号室しかない。

去年、先輩が卒業してからは空き室になっていたので、アラシヤマの部屋はこの部屋で間違いないだろう。

ドアの下の隙間からは僅かに明かりがもれている。

帰って来ているらしい。

シンタローはドアの前で聞き耳を立てたが、物音は聞こえなかった。


ずいぶん、静かな奴だよな…。

シンタローは自分が注意力がないとは思わない。
むしろ敏感な方だろう。

しかし、アラシヤマは3日も前に入寮していたにもかかわらず、隣室のシンタローに気配を気付かせなかった。

人が住めは少なからず生活音が出る。

築30年を越えるこの寮で防音設備などあるはずもなく、壁が特別厚いわけでもない。

アラシヤマは静か過ぎる。

…不気味な奴。


シンタローはいったん251号室を離れ、自室に戻った。

鞄をベッドにほうり投げ、学ランからパーカーとジーンズに着替えてから、再び251号室の前に戻った。


コンコン。

251号室のドアをノックすると、ドアが僅かに開いた。

細い隙間からアラシヤマが顔を出す。

「なんですのん…?」

アラシヤマの声は暗い。

表情のせいか、重たい前髪のせいかはわからないが、アラシヤマを覆う空気まで暗く感じられた。

「あー、ちょっとオメーに伝えなきゃならねぇことがあってよ。中、入ってもいいか?」

「……少し、待ってておくれやす…」

アラシヤマは一度ドアを閉めた。

まあ、男子高校生だし、人に見られたくないものでも片付けているのだろう。

1分程して、再びドアが開いた。


「どうぞ」

アラシヤマは寝ていたのか、黒いスウェットの上下を着ていた。

頭が痛いと言っていたのは嘘ではなかったのかもしれない。


「そこらへん座っておくれやす」

アラシヤマはシンタローにベッドをすすめ、自分は椅子に座った。

シンタローはベッドに座って、辺りを見回した。

部屋には、備え付けのベッドと机、椅子の他は、小さな段ボールがあるだけ。

物が少ない分、シンタローの部屋より広く見える。

持ち主の人格を感じさせない、無機質な部屋。


「で、なんどすか?話って…」

アラシヤマの声は不機嫌さを押し隠している。

人付き合いは下手そうだが、最低限の社会性はありそうだ。


これなら、以外と大丈夫かもしれない。

「あのな、転校早々気の毒なんだが、お前、生徒会書記に立候補してもらうことになったから」

シンタローは単刀直入に言った。

「……はあ?」

アラシヤマの反応は予想通りだった。

「だからな…」

「二度言わんでも意味はわかっとりますわ。わからんのはその経過や」

アラシヤマはシンタローを睨み付けてきた。

「オレに怒ってもしょーがねぇよ。『クラス全員が参加した公正なアミダの結果』なんだ」

「何が公正や。わてがおらんのをええことに、なんや小細工しくさったんやろ」

小細工どころか、むしろ堂々とした細工でした、とは言わなかった。

「そんなん、わては絶対出まへんえ」

アラシヤマはフンと顔を背けた。

「まあ、そう悪いもんでもねぇよ。部活も入ってねーんだろ?なんかしてねーと、ここの生活はけっこう退屈だぜ」

「余計なお世話どす」

…人が気ぃ使ってやってんのに。

アラシヤマのはねつけるような言い方に、シンタローも流石にカチンときた。

「オメー、ただでさえ印象悪ぃのに、そんなんじゃ友達できねーぞ」

「………」

アラシヤマは黙ったまま俯いた。

「…わては…、遊びに来たんと違うんどす。そないな暇はありゃしまへん…」

呟くような、小さな声だった。


この学園には、いろんな事情を抱えた生徒がいる。

有名政治家の隠し子や、シンタローのように親から逃げてきた子供。

1番多いのは、将来のレールをギチギチに固められている子供達だ。

アラシヤマもそんな子供のひとりなのかもしれない。

こんな時期の転校生に、事情が無いわけはなかった。

「…なあ、アラシヤマ。学校は勉強だけするところじゃない…つーと、なんか金八みてーだけどさ。こんな山奥まで来て、柵に縛られる必要はねーんじゃねぇのか?」

アラシヤマは顔を上げた。

「オメーにどんな事情があるかはわかんねーけどよ、ここは保護者の目の届かない全寮制学校だぜ?
そりゃ、必要最低限の成績は取らなきゃなんねーけど、オレらの人生で1番自由な時期かも知れねぇ。なのに、オメーはそんなんでいいのかよ?」

「…いちばん、自由な時期…」

確かめるように、アラシヤマは呟いた。

「そうだぜ。ここはただの山奥じゃねぇ。この森は俺たちを世間から守ってくれてんだよ。隔離されてんのは俺らじゃない。世界のほうだ」

シンタローは一気にまくし立てた。

アラシヤマに話した言葉は、詭弁でもなんでもなく、シンタローが常に抱き続けていたものだ。

おそらく、自分にとってここは最後の自由。

シンタローは大学進学と同時に、父の跡継ぎとしてビジネス界に出て行かなくてはならない。

実業家としての父を尊敬しているし、父の跡を継ぐことは、自分でも納得している。

けれど、今のような穏やかな日々は、ここを出たら二度と来ないことを、シンタローは痛いほど自覚していた。

だからこそ、ここに来てまで何かに縛られるアラシヤマが、放っておけなかった。

「…でも、わては…」

「デモもクソもねーよ、イライラするヤツだな~。
とにかくやってみろよ。生徒会は基本的に雑用ばっかだけど、すぐに文化祭もあるからけっこー面白いと思うぜ」

シンタローはアラシヤマの肩をポンと叩いた。

アラシヤマがびくりと跳ねる。

「…で、でもっ…!わては目立ちとうないんどす…!」

「大丈夫だって。演説は2、3分だからそんな目立たねーよ」

「わて…人前で喋ったこともありまへん…!」

「俺も同じステージに立つから、いざとなったら俺が助けてやるよ」

「……!」

アラシヤマは言い訳も尽きたのか、何か言いかけようとして口を閉じた。

「よし、納得したな」

シンタローはポン、と膝を叩いて立ち上がった。

「まだ、出るとは言うてまへんえ」

アラシヤマはシンタローの袖をつかんだ。

「でも、ちょっとはやる気になっただろ?」

シンタローがニッと笑うと、アラシヤマは顔を背けた。

悔しがっているような、恥ずかしがっているような、複雑な表情で。

「んじゃな、選挙演説来週だから、草稿書いておけよ」

「どーせ…、わてが出ても落ちますえ…」

「あ、それなら大丈夫。どうせ不信任投票だから」

聖サザンの生徒会選挙は小一時間もかからずに終わる。

なぜなら、各役員の立候補者が一人しかいないからだ。

「不信任…って、どういう…?」


シンタローは答えなかった。

変わりに、微笑を浮かべてアラシヤマの肩を叩いた。

「さて、じゃあトットリに報告に行くかな~」

シンタローはくるりと踵を返して、ドアに手を掛けた。

が、出て行こうとして、パーカーの帽子を引き止められた。

「待って…待っておくれやす…!」

「んだよ、まだ何かあんのかよ」

これだけ言っても無駄なら、最終的には拳で黙らせよう。

シンタローはそう決意していた。



「あ、あんさんの名前を…教えて欲しいんどす…」


……こいつ…俺の名前知らなかったのか…。


こんな少ない生徒数の中、隣の住人の名前すら覚えてないなんて。

シンタローは呆れたが、この人付き合いの下手さでは、無理も無いのかもしれないと思い直した。

「シンタローだ。ちなみに部屋は隣の250な」

シンタローは自分の部屋の方向、向かって左を指差した。

「わ、わての名前は…ア、アラ…ッ」

アラシヤマは顔を真っ赤にしている。

「なに急にどもってんだよ。文句や嫌味はスラスラ出てくるくせに、変なヤツ」

アラシヤマの意外な一面に、シンタローは思わず笑ってしまった。

「アラシヤマだろ?知ってるぜ。それに、さっき俺、オメーの名前呼んだじゃねーかよ」

シンタローは笑って、アラシヤマの手をパーカーから外した。



じゃあな、と言ってドアを閉じる瞬間。


見えたのは、顔を赤らめて俯くアラシヤマだった。






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