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バラ色の日々(3)

「おはよー、アラシヤマ」
「オーッス、アラシヤマ」
「あ!アラシヤマ君、おはよう」


「……おはようさんどす…」


寮から校舎に向かう5分の坂道。

聖サザンの学生達が、とぼとぼ歩くアラシヤマをどんどんと追い越して行く。

秋らしい晴天の朝にも関わらず、アラシヤマの足どりは重かった。

「何ダラダラ歩ってんだョ、アラシヤマ」

頭を軽く小突かれて振り向くと、パンを片手にシンタローが立っていた。

「…シンタローはん…、あんたさんのせいどすえ…」

アラシヤマは怨みのこもった目でシンタローを睨みつけた。

「ああん?挨拶されるようになって、何が不満だっつーんだョ」

ドスの効いた声で睨み返される。

「………ここの生徒はみんな性格が悪いどすわ…」

アラシヤマは小さく溜息をついた。


* * * * *


先週の生徒会選挙以降、アラシヤマは一気に学園内の有名人になっていた。

今では、アラシヤマに声を掛けることは、学園の流行ですらある。

もっとも、原因を作ったのはアラシヤマ自身だった。


生徒会選挙当日。

アラシヤマは緊張の余り、目の焦点が合わなくなりながらも、シンタローに支えられて、なんとかステージに立った。

緊張のあまりに全身の筋肉がこわばっているのか、ギクシャクと動くアラシヤマはまるで腹話術の人形のようだった。

その時点で既に失笑が沸き上がっていたが、体育館に響くざわついた笑い声が、アラシヤマの緊張にさらに追い撃ちをかけた。

『…あ…っ、わ…、わっ………わ…っ…』

マイクに通るのはアワアワした声だけで、言葉らしい言葉にならない。

5分ばかりもそんな状態が続いたあと、

『………』

とうとうアラシヤマは一言も喋らなくなった。

おかしいと思ったシンタローがアラシヤマの顔を覗き込むと…

アラシヤマは白目を剥いて立ったまま失神していた。

その場はシンタローが上手くフォローしたため、アラシヤマもシンタローも無事当選したが、アラシヤマには『気絶王子』という、不名誉なあだ名が残ってしまった。

ちなみにフォローに立ったシンタローの台詞はこうだった。

「諸君、ご覧のとーり、このアラシヤマという男はネクラで友達も無く、人との会話経験自体が乏しい男だ。
けれど、そんなアラシヤマ君すらも受け入れるのがこの学園の紳士たちであると思う」

かくして、『アラシヤマおはよー運動』が始まったのだった。


* * * * *


「おーす」
「…おはようさんどす」

アラシヤマとシンタローが教室に着くと、金髪メッシュの少年が二人を待っていた。

「あ、来た!シンタローさん、アラシヤマさん、オハヨーッス!」

「おう、リキッド。どーした?二年の教室まで来て」

リキッドはシンタローの部活の後輩だ。

「センセーから伝言ッス!今日の生徒会のことで」

リキッドは子犬のような笑顔でシンタローたちに駆け寄ってきた。

リキッドはヤンキー臭い外見の割には素直な性格で、先輩のみならず教師達からも可愛がられている。

面倒事を嫌がらないので、何かと頼まれ事を引き受けることが多かった。

しかし、性格はいいのだが、極端に運が悪いため、今回の選挙でも副会長に選出されている。

ちなみに、リキッドの学年はクジで役員を選出するのが恒例になっているが、リキッドがこのクジを引き当てるのは中等部から通算3回目。
本人も半ば宿命と諦めているらしい。


「で、なんだって?」

「えっと、明日、教職の先生が来るから集会仕切れってことと…」

「教職ぅ?珍しーな」

「ッスよね。オレもびっくりしたんスよ。でもこのガッコの卒業生らしいッスよ」

「ふーん、特異な奴もいるだな」

この学校の性質上、教職を取る卒業生は極めて稀だ。
事実、教職の学生を迎えるのは、シンタローの5年間の学園生活では初めてだった。

「あと、今日の役員会、第3会議室使えって。伝言は以上ッス」

「なんでだ?生徒会室使えねーのかよ?」

「なんか、職員室と生徒会室に工事入るらしいッスよ。セン…セントナルヒーリングがなんとかって」

「…セントラルヒーティングだろ…」

シンタローは軽く頭を抑えた。

「…だったかも知れないッス」

リキッドはぴょこんと首を傾げた。

キーンコーン…。

ちょうどいいタイミングで予鈴がなる。

「じゃあ、ちゃんと伝えましたからね!」

リキッドはシンタローに念を押すと、バタバタと駆け足で教室を出て行った。

「…まったく、ヒーリングしてどうするよ…」

シンタローは、可愛いけれどオツムの弱い後輩の行く末を思って、少し溜息をついた。

「リキッドは半分はアメリカ人でっしゃろ?お粗末な英語力でんなぁ…」

アラシヤマも呆れた声を出している。

「まったくな。外見は金髪碧眼のくせに、あいつ日本語しか話せないんだぜ」

しかもヤンキー語。と、付け足してシンタローは笑った。

「同じハーフでも、シンタローはんとは真逆でんなぁ」

アラシヤマも珍しく笑っている。

が、シンタローはアラシヤマの言葉に違和感を覚えた。

「…あれ?オレ、オメーに家のことなんて話たっけ…?」

キーンコーン…

本鈴のチャイムが鳴る。

「こらー、お前ら、席着けー」

チャイムと同時にジャンが教室に入って来た。

アラシヤマは質問に答えないまま、さっさと自分の席に着席している。

「あ、おい…」

「シンタローはん、先生来てますえ?」

アラシヤマは教室の前方を指差した。

「こーら、シンタロー。生徒会長がいつまでも席に着かんでどーする」

「…へーいへい…」

ジャンに促されて、シンタローは仕方なく自分の席に向かった。

一度だけ、後ろを振り返ったが、アラシヤマは窓の外を見ていて、視線は合わなかった。


* * * * *


「どうしたっちゃ?シンタロー、妙な顔して」

昼休み、シンタローはいつものように、ミヤギとトットリと学食に来ていた。

「…おかず足りなぐってもやんねーべ」

ミヤギが何を勘違いしたのか、自分のトレーを手で防護した。

「誰が取るかよ。そんなんじゃねーよ」

確かに、シンタローの目の前で1番人気のA定食が売り切れてしまい、シンタローひとりだけ、おかず少なめのB定食になってしまったが、問題はそこではない。

「誰かよ、アイツに俺んちの話ってしたか?」

ミヤギ、トットリはきょとんと首を傾げた。

「アイツって誰だべ?」

「アラシヤマだよ」

二人は顔を見合わせてから、ふるふると顔を横に振った。

「シンタローんちって、ガンマコンツェルンの話だべか?オラはしてねーけんど?」

「僕なんかアイツとまだ口効いてもないっちゃ」

「…だよなぁ…」

じゃあ、何で俺がハーフだと知ってたんだろう?

リキッドのような容姿なら、自ずと気付くのも当然だろうが、シンタローは日本人であった母の血を濃く引いており、髪も目も真っ黒だ。

外見から、シンタローが半分イギリス人であることを見抜くのは難しい。

シンタロー自身も、本当にあの父の血を引いているのかと疑いたくなるくらいだ。

「どしたべ?アラシヤマになんか言われたんか?」

黙り込んでしまったシンタローに、ミヤギが心配そうな顔をした。

「でも、シンタローはこのガッコの有名人だっちゃ。誰かから聞いててもおかしくないっちゃよ」

「まあ、そうかもナ」

ジャンあたりがポロっとこぼしたのかも知れないし。

シンタローは、親の威光を笠に着るのを嫌い、自らは決して家業のことを人に話したりはしない。

しかし、それでもこの学園の人間は皆、シンタローがガンマコンツェルンの跡取りであることを知っていた。

つまり、人の口に戸板は立てられないということだ。

「まあ、知ってても不思議はねーんだけどよ…」

けれど、何かスッキリしない。

アラシヤマ自身に聞こうにも、アラシヤマは休み時間ごとにどこかに消えてしまう。

昼食もどこで取っているのかわからなかった。

「でも、知られて困ることでもないべ?」

「みんな知ってることだっちゃ」

それもそうだ。自分でも何が引っ掛っているのかわからない。

「…だよな」

まあ、放課後にでも本人に聞こう。

シンタローは気を取り直して昼食を再開した。


* * * * *

キーンコーン…。

ひび割れたような古いチャイムが鳴る。

待ちに待った放課後。

シンタローはアラシヤマに声を掛けようとしたが、後ろを振り返ったときには、もう姿が消えていた。

アラシヤマの席は教室後方のドアのすぐ側なので、素早く行動されては捕まえられない。

「…ったく、どこに消えやがるんだあいつは…」

シンタローはガシガシと頭を掻いた。

「シンタローさーん!」

バタバタと喧しい音と共にリキッドが入って来た。

「オメー、二年の教室にそうしょっちゅうやって来んなよ」

「なんすか、その言い方!役員会で部活遅れるって、コーチに言ってきてあげたんスよ!」

リキッドはぷんすかと頬を膨らました。

「悪かった悪かった。よく気のつく後輩を持って俺は幸せだよ」

シンタローはぽんぽんとリキッドの頭を撫でた。

「ところでリキッド。オメー、アラシヤマ見なかったか?」

「え?ああ、ここに向かう途中で会いましたよ。非常階段に向かったんじゃねーのかなァ…。ケータイ、ブルってたっぽかったっす」

「ケータイだぁ?あんにゃろ、そんな文明の利器を持ってたのか」

「…今ドキ、みんな持ってるじゃないスか」

口答えするリキッドを軽く殴って、シンタローは非常階段に向かった。

この校舎の非常階段は古く錆び付いている上に、校舎の北側にあるため、陰気で寒い。

当然近寄る生徒も少なく、そういえばそんな場所もあったかと忘れ去られてしまうようなスポットだった。

…あいつ、なんだってわざわざこんなとこに…。

シンタローが錆び付いたドアを開くと、ヒュウと強い風が吹き込んできた。
台風でもくるのか、森の木々がザワザワと激しい音を立てている。

…いねぇじゃねえか…。

扉を開けた先にアラシヤマの姿はない。

シンタローが引き返そうとしたとき、風に掻き消されながら、僅かに声が聞こえた。

「へぇ……明日…。わ……ました…」

声は一つ下の階から聞こえてくる。

なんだ、下にいるのか。

しかし、電話を盗み聞きするのは趣味じゃない。

少しドアの前で待とうと、シンタローはドアに手をかけた。

「シンタロー…は……へん…。ころ…」

不意に聞こえた自分の名前。
シンタローはドアにかけた手を止めた。

ころ…?何て言ったんだ?…殺す?まさか、そんな馬鹿な。

カンカンと鉄の階段を昇る音が聞こえて、シンタローは慌てて校舎に戻った。

そのまますぐに側のトイレに駆け込む。

ガンと扉を閉める音は聞こえたものの、アラシヤマの足音は聞こえなかった。

しばらく待ってから、シンタローは顔だけ出して廊下を覗いた。

人気のない廊下はシンとしていて、シンタローは少しだけホッとした。


…俺を、殺す?
まさか、そんなドラマや漫画じゃあるまいし。

シンタローはくしゃりと髪をかきあげ、笑おうとした。
が、強張った筋肉は笑いの形を取ってくれない。

シンタローは今までに2度、殺されかけたことがある。

一度は3歳のとき、身代金目当ての誘拐専門の犯罪組織に。
もう一度は11歳のとき、父と対立し、闇に追いやられたファミリーの報復だった。

ガンマコンツェルンは、表向きは健全な多国籍巨大企業だが、裏では世界中のマフィアと繋がっている。

シンタローと、父である現ガンマコンツェルン総帥・マジックとの確執も、発端はそこにあった。

マジックはシンタローを子供扱いし、闇の部分を決して見せようとはしない。

けれど、シンタローは成長するにつれ、この強大な組織が正攻法のみで築き上げられたものではないことに気付かざるを得なくなっていた。


11歳を少し過ぎた夏の日。スクールバスを降りて家に入る一瞬のうちに、シンタローは誘拐された。

気がついたとき、シンタローは手足を縛られ、薄暗い倉庫に転がされていた。

「起きたのか。かわいそうに、もう少し寝てりゃ、痛くないまま死ねたのにな」

サングラスの男がスパニッシュ訛りの英語で言った。その場にはもう一人、スキンヘッドの男がいる。
男は無表情のまま、シンタローを見下ろしていた。

「悪いな。恨むなら自分の親父を恨んでくれ」

ガツっと銃口が額の真ん中に押し当てられる。
黒い鉄の、冷たい感触。

感じるのは、本能的な死への恐怖だけだった。
悲鳴をあげようにも、歯がガチガチと震え、声を発することすらできない。

ガチリと撃鉄が起きる音が聞こえた瞬間。

男の額が、サングラスとともに砕け散った。

シンタローの顔に生温かいものがぬらりと降りかかる。

男はそのまま、シンタローの上にどさりと倒れ込んだ。
男の頭はぱっくりと割れ、豆腐のような脳みそが覗いていた。

「なっ…!?」

スキンヘッドの男は咄嗟に手を懐に入れたが、身構える間もないまま仰向けに倒れた。
じわじわと赤い血溜まりが広がり、シンタローのスニーカーまでたどり着く。
スキンヘッドの男は顔の半分が砕け、血溜まりの中にはごろりと白い目玉が転がっていた。

「いっ…あっ…ぁ……」

一体何か起こったのかわからない。
シンタローはただただ目の前の光景に怯えた。

ぬるりと顔を覆う不快な感触と、鼻に付く鉄の匂い…。

「シンタロー様!ご無事ですか!?」
「シンタロー坊っちゃん!大丈夫っすか!?」

バタバタと数人が駆け寄ってくる。


どこかで見た顔だ…。
鋭い目の、チャイニーズ…。

そうだ。こいつら。

…ハーレム叔父貴の、部下。


極度の緊張の糸が切れ、シンタローはそのまま気を失った。


:* * * * *

シンタローが『ガンマコンツェルン』そのものに疑問を抱き始めたのはその事件がきっかけだった。

叔父であるハーレムはガンマコンツェルンの中枢にかかわる会社を経営していると聞いていたが、その実態は不明だ。

いつもハーレムは3人の部下を引き連れて世界中を飛び回っている。
その3人とは、シンタローを連れ去った男たちを事も無げに処分したうちの一人だ。

事件から1週間ほど、シンタローは外に出ることを許されなかったが、その間、どこのニュースや新聞を見ても、あの男たちの死を伝える記事は報道されなかった。

…目の前で、人が殺されるのを見ていたと言うのに。

確かに男たちはシンタローの命を狙っていた。
この場合、正当防衛…いや、緊急避難ということで、罪にはならないだろう。

けれども、あんな明らかな殺人が表ざたにならないということは…。

どれだけ父に詰め寄っても、父は真実を教えてはくれなかった。

「シンちゃんが心配するようなことは、なぁ~んにもないよ」

マジックは笑ってはぐらかした。


シンタローはそのころから、体を鍛えることを始めた。

マジックは何も教えてくれない。
けれど、最低限自分の身くらいは守れるようにならなければと思ったからだった。

柔道、空手、合気道などの武芸から銃器の扱いまで。
マジックはシンタローが望めば、あらゆる分野のスペシャリストを用意してくれた。

彼らに教えを受けた時期は短かったが、シンタローは乾いた砂が水を吸収するように貪欲に技術と知識を吸収した。

一番性に合うと思えた空手は、聖サザンに入学した今も部活で続けている。

結局、真実を知らされないままシンタローは父から離れた。

真実を教えてくれないのも、過干渉なのも全部自分を子供だと思っているからだ!

一度そう思うと、以前のように父に甘えることは出来なくなっていた。

…もしも。

もしも ガンマコンツェルンが、俺が思っている以上にヤバイ裏を抱えているとしたら…?

俺はこれからも、あの日のように命を狙われることがあるんじゃないだろうか…。


シンタローは、自分がアラシヤマに抱いている違和感の正体に、ようやく気がついた。


……これは違和感じゃない。危機感だ。

本能が感じる、危険のシグナル。


時期外れの転入。静か過ぎる生活音。
ほとんどならない足音。

「…ホント、漫画じゃ…あるめぇしヨ…」

シンタローは額を押さえて壁に寄りかかった。

思いついてしまった可能性はあまりにも暗く、少しだけ泣きそうになった。



→バラ色の日々(4)に続く



























































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