=雪解け
視線が突き刺さる。
なんとかそれを無視し、書類に目を通すも、一向にそれは逸らされない。
ちらりと目線だけ流してやると、やはり彼はこちらを鋭く睨んでいた。
「…………んだよ。」
あまりに気が散り、いい加減にしろとばかりに問掛けるも返事は返ってこない。
「なんの用だっつッてんだよ。」
答える様子を見せない彼に苛付き、立ち上がりその腕を掴もうと手を伸ばす――が、その手は目的を果たせず、逆に手首を強く握りしめられていた。
眼光が明らかな敵意を含んでいる。
「オメーさぁ、そんなに血の気が余ってるようなら――」
頬を生暖かい風が撫でていく。
ねっとりとした空気に汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、アラシヤマは茂みからひっそりと廃屋の様子を伺っていた。
『簡単な仕事だ。暴動を静めるだけでいい。ちょっと驚かしてやりゃあすぐ降伏するだろう。対象は、ココ。あぁ、そうだ。ガンマ団の支配下にあった国だ。団の方針変えを聞いて報復を企てたらしい。今のガンマ団は腰抜だとか抜かす野郎どもをちっとびびらせてやんな。』
アラシヤマは命令を下した男の声を頭の中で反芻した。
確かに彼の言う通り、これは難しい仕事ではなかった。武器を入手したとはいえ、大した知識もない一般人の集まりだ。
それに、アラシヤマには彼からの命令に背く意志など少したりともない。
しかし、今回の任務は少しばかり面倒だ。
それは彼の最後に付け足した一言からだった。
『キンタローもよろしく頼むぜ』
アラシヤマはゆっくりと隣の男を見る。
今は薄汚れている金髪の、奥の瞳がギラギラと揺れている。
「そろそろ見回りさん出てくる頃どすな。そうしたら…わかっとりますな?」
頷くでも返事をするでもなく、キンタローはただ一心に瓦礫に埋もれかかっている建物をにらみつけている。
とりあえずわかっているのだと信じ、また視線をキンタローと同じ方に向けた。
と、同時だった。
重い音が上がり、衝撃でキンタローは軽くのけぞりつつも未だ銃を構えている。
それを確認し、また前を見ると足を撃ち抜かれた男がその場に蹲っていた。
「何してはりますのんッ!威嚇だけでええて説明しましたやろッツ?!」
「軽い怪我くらいさせた方が効果的だろう。」
「一般人には銃声と銃痕だけで十分なんどすッ!今回は敵味方共に負傷者なしでいける任務やってシンタローはんやって言わはったやろッ!!」
黙り込むキンタローの手を引き、人数が出てこないうちに密林の奥へと走っていく。
――なしてわてがガキのお守りなんぞせなあきまへんのやッ。
『殺してやる』
そんな言葉こそ言われなくなったものの、キンタローは未だに自分へと強い殺意を向けていた。
「なんだかなァ…」
「シーンちゃん」
「うわッ」
机に突っ伏しようとした途端に、扉の開く音と共にやたらと明るい調子の声に呼び掛けられる。
「なぁに難しい顔してんの?」
「お前はいつも楽しそうだな。」
俺の従兄弟――兄弟と言うべきかもしれないが――であるグンマは皮肉にすらも笑って返してくる。
「あんまり眉間に皺ばっか寄せてると、とれなくなっちゃうよ」
控え目に笑われ、眉間を指で押される。
「俺はオメーと違って忙しいんだよ」
「僕だって別に暇じゃないよー。一昨日から寝ないで働いてるんだからね」
言動はともかく、ガンマ団において柱とも言える頭脳を持つグンマも当然暇などはないのだろう。なにしろ、まだ立ち上げ時のガンマ団はどこもかしこも休息という言葉を忘れる程の忙しさだ。
「はーいはい。で、その忙しいグンマ博士がわざわざなんの用ですかぁ?」
頬杖をつき、じろりと眺めてやるとグンマははっとしたように手を叩いた。
「そうそう。キンちゃんの事聞きにきたんだった。なんでキンちゃんを戦線に出しちゃったの?」
せっかく僕の仕事に興味持ってくれてたのに、とふてくされたように見下ろしてくる。
「……アイツ、暇さえありゃ俺に絡んでくんだよ。ならそのエネルギー、団のために使ってくれって言っただけだ。」
告げるとグンマは数回瞬いてから、ふっと表情を和らげる。
「キンちゃんはきっとまだ戸惑ってるんだよ」
『兄』の風貌を覗かせた顔が確信めいた微笑みを浮かべていた
。
「ずっと信じてたものが、ずっと向かっていた道が、急になくなっちゃってどうしたらいいのかわかんないんだよ。」
今はここにいない彼を見ていた瞳が戻ってきて俺を見た。
「でもキンちゃんはちゃんと自分と向き合えてるから、きっと大丈夫。」
何が大丈夫なのか、そんなことを問う気もおきなかった。あぁ、きっと大丈夫なんだ。
「それともう一つ」
視線の先でグンマが人指し指を立てる。
「なんでアラシヤマをキンちゃんにつけたの?」
「あ」
「うん?」
「……アイツに任せれば大丈夫だと思ったんだよ。」
小声で告げるとそれはまるでアラシヤマの事を信じているかのようで、癪に障る。
「べ、別にアイツはなんでもできるとか信頼とかそんなんじゃねェからなッ!ただ…ほら、アイツも俺のこと恨んでただろ?だけど今は全然だし…だから、そのな、なんとかできるかな…って、アイツだからとかじゃなくて経験者だからであって、俺はッ」
「えっと、つまり…」
グンマの声に唐突に遮られ、口を噤む。困惑したような瞳が見つめてきた。
「シンちゃんはキンちゃんにアラシヤマみたいになってほしーの?」
「なんで俺がこんな事をしなければいけないんだ。」
それはこっちの台詞だと思いながらアラシヤマはキンタローを睨みつける。
「俺はアイツの部下ではないぞ。」
――阿呆らし。
「あんさん、この任務がそないに気にいりまへんの?」
この我儘な子供をどうにかしないとおちおち任務にも打ち込めないと思い、アラシヤマは静かに問掛ける。
予想通り、キンタローからは睨むような眼差しが返ってきた。
「違うんでっしゃろ?あんさんはシンタローはんに命令されるのが気にいらへんのやろ。」
違います?と首を傾げると視線を背けられる。まるっきり拗ねた子供だ。
意識的に溜息をついて、キンタローの肩を小突く。
「キンタロー…いい事教えたりますわ。」
反応はないが遮られもしない。聞いてはいるのだろうと推測し、話を続ける。
「わてなァ、シンタローはんの事えろぉ憎んでましたんどす。
それこそ…殺したい位に。」
「……お前が、か?」
思わずという感じで返された視線は若干の驚きを孕んでいた。
「そうや。もうほんまに感情の9割くらいはあのお人への憎しみで占められとった。憎悪いうんは人が必ずしも持っとる一番強大な感情やさかいな。…あんさんもそれは感じてはりますやろ?」
誰よりもシンタローを見ているから知っている。キンタローが彼をどんな瞳で見ているかも。
「せやけどな、人間には厄介な事に憎悪によう似た感情があるんどす。」
視線で彼の表情を確認する。好奇心に満ちたようなそれが少しおかしい。
「それはな、好意や。」
「……好意?」
「へぇ。ほんまに似とるんどすえ。表裏一体言う感じどすな。
…わては恨んどるつもりで、ほんまはずっとシンタローはんの事が好きやったんや。」
緑の帽子ごとキンタローの頭を撫でる。
「あんさんのそれも、案外好意なのかもしれまへんえ。……家族愛、やとか。ま、いくらあんさんがシンタローはんの事を好いとっても、あのお人の親友の座は渡しまへんけど。」
キンタローは夢から覚めたような、何かが吹っ切れた顔をしていた。
「お喋りはおしまいや。ほら、行きますえ。さっさと片付けて、その感情は自分自身で確認しなはれ。」
言うと共に走り出す。
枯れ葉を踏みしめる音が林の中で不自然な程に響いていた。
ヘリコプターから何人かの下級団員の後に二人が降りてくる。
そちらへと駆け寄ると先にアラシヤマの方が気付き、疲れた表情を吹き飛ばして笑いかけてきた。
「総帥自らお出迎えやなんて光栄どすなぁ。ただいまどす、シンタローはん。」
再会の抱擁と称して体を寄せてくるアラシヤマを地面へと突き飛ばし、キンタローへと視線を向ける。
「…………」
気付けばキンタローもこちらを見ていた。何故か戸惑ったような表情を浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。
「よォ」
様子がおかしい。やはりアラシヤマなどにまかせるべきではなかった。
「ただいま」
後悔の念に捕われて頭を掻きむしると、不意にそんな声が届いた。
「へ?」
キンタローの顔を窺おうとした時には、既に彼は背中を向けて本部へと歩みを進めていた。
――なんだ、それ。
「どないしはりました?」
いつの間にか立ち直っていたアラシヤマが俺の口元に指先で触れる。そこで初めて自分が笑っていたことを知る。
「……サンキュな。」
小声で告げたつもりだったのだがアラシヤマには届いていたらしく、締まりのない笑みが返される。
「嫌やなぁ、シンタローはん。お礼なんていりまへんえ。あ、せやけどどうしても言わはるなら体で」
「眼魔砲」
きっちり制裁は加えてから炭と化したアラシヤマにしょうがなく、本当にしょうがなく手を差し延べてやると食い付くようにそれを握られた。
手を握った先の馬鹿な笑顔など見たくなくて、それ以上に自分の顔を見られたくなくて急ぎ足で歩き始める。
――尻尾振ってついてきて犬みてェ。
そうだ。俺が飼い主でこいつは犬。
俺はコイツのリードを握っているだけで、対等な信頼関係なんかじゃ絶対にない。
唱えるように自分に言い聞かせた。
だけど――
振り返るとやはりだらしのない笑顔がそこにはあった。
――今日だけはこの馬鹿犬に少しの感謝を。
end
================================
茂鶴様からサイト開設祝いとして頂きました。
小説をいただけるとのお申し出に不肖矢島がお願いしたのは
「アラシンで、ちょっとキンタローが絡んでるもの」。
そうしたらこんな素敵小説がいただけてしまいましたよちょっと奥さんどうします!!(落ち着け)
いやもう・・・ちょっと・・・ホント・・・矢島を萌殺すおつもりですか。
メールでいただいてから一心不乱に読みふけり、読了後はモニター前で転がりました。
この時期のキンタローの変化っぷりって矢島にとってほんとに興味深いところでもあります・・・。
そしてこの微妙な距離感のアラシン!
茂鶴様本当にありがとうございます! 心よりの、御礼を。
視線が突き刺さる。
なんとかそれを無視し、書類に目を通すも、一向にそれは逸らされない。
ちらりと目線だけ流してやると、やはり彼はこちらを鋭く睨んでいた。
「…………んだよ。」
あまりに気が散り、いい加減にしろとばかりに問掛けるも返事は返ってこない。
「なんの用だっつッてんだよ。」
答える様子を見せない彼に苛付き、立ち上がりその腕を掴もうと手を伸ばす――が、その手は目的を果たせず、逆に手首を強く握りしめられていた。
眼光が明らかな敵意を含んでいる。
「オメーさぁ、そんなに血の気が余ってるようなら――」
頬を生暖かい風が撫でていく。
ねっとりとした空気に汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、アラシヤマは茂みからひっそりと廃屋の様子を伺っていた。
『簡単な仕事だ。暴動を静めるだけでいい。ちょっと驚かしてやりゃあすぐ降伏するだろう。対象は、ココ。あぁ、そうだ。ガンマ団の支配下にあった国だ。団の方針変えを聞いて報復を企てたらしい。今のガンマ団は腰抜だとか抜かす野郎どもをちっとびびらせてやんな。』
アラシヤマは命令を下した男の声を頭の中で反芻した。
確かに彼の言う通り、これは難しい仕事ではなかった。武器を入手したとはいえ、大した知識もない一般人の集まりだ。
それに、アラシヤマには彼からの命令に背く意志など少したりともない。
しかし、今回の任務は少しばかり面倒だ。
それは彼の最後に付け足した一言からだった。
『キンタローもよろしく頼むぜ』
アラシヤマはゆっくりと隣の男を見る。
今は薄汚れている金髪の、奥の瞳がギラギラと揺れている。
「そろそろ見回りさん出てくる頃どすな。そうしたら…わかっとりますな?」
頷くでも返事をするでもなく、キンタローはただ一心に瓦礫に埋もれかかっている建物をにらみつけている。
とりあえずわかっているのだと信じ、また視線をキンタローと同じ方に向けた。
と、同時だった。
重い音が上がり、衝撃でキンタローは軽くのけぞりつつも未だ銃を構えている。
それを確認し、また前を見ると足を撃ち抜かれた男がその場に蹲っていた。
「何してはりますのんッ!威嚇だけでええて説明しましたやろッツ?!」
「軽い怪我くらいさせた方が効果的だろう。」
「一般人には銃声と銃痕だけで十分なんどすッ!今回は敵味方共に負傷者なしでいける任務やってシンタローはんやって言わはったやろッ!!」
黙り込むキンタローの手を引き、人数が出てこないうちに密林の奥へと走っていく。
――なしてわてがガキのお守りなんぞせなあきまへんのやッ。
『殺してやる』
そんな言葉こそ言われなくなったものの、キンタローは未だに自分へと強い殺意を向けていた。
「なんだかなァ…」
「シーンちゃん」
「うわッ」
机に突っ伏しようとした途端に、扉の開く音と共にやたらと明るい調子の声に呼び掛けられる。
「なぁに難しい顔してんの?」
「お前はいつも楽しそうだな。」
俺の従兄弟――兄弟と言うべきかもしれないが――であるグンマは皮肉にすらも笑って返してくる。
「あんまり眉間に皺ばっか寄せてると、とれなくなっちゃうよ」
控え目に笑われ、眉間を指で押される。
「俺はオメーと違って忙しいんだよ」
「僕だって別に暇じゃないよー。一昨日から寝ないで働いてるんだからね」
言動はともかく、ガンマ団において柱とも言える頭脳を持つグンマも当然暇などはないのだろう。なにしろ、まだ立ち上げ時のガンマ団はどこもかしこも休息という言葉を忘れる程の忙しさだ。
「はーいはい。で、その忙しいグンマ博士がわざわざなんの用ですかぁ?」
頬杖をつき、じろりと眺めてやるとグンマははっとしたように手を叩いた。
「そうそう。キンちゃんの事聞きにきたんだった。なんでキンちゃんを戦線に出しちゃったの?」
せっかく僕の仕事に興味持ってくれてたのに、とふてくされたように見下ろしてくる。
「……アイツ、暇さえありゃ俺に絡んでくんだよ。ならそのエネルギー、団のために使ってくれって言っただけだ。」
告げるとグンマは数回瞬いてから、ふっと表情を和らげる。
「キンちゃんはきっとまだ戸惑ってるんだよ」
『兄』の風貌を覗かせた顔が確信めいた微笑みを浮かべていた
。
「ずっと信じてたものが、ずっと向かっていた道が、急になくなっちゃってどうしたらいいのかわかんないんだよ。」
今はここにいない彼を見ていた瞳が戻ってきて俺を見た。
「でもキンちゃんはちゃんと自分と向き合えてるから、きっと大丈夫。」
何が大丈夫なのか、そんなことを問う気もおきなかった。あぁ、きっと大丈夫なんだ。
「それともう一つ」
視線の先でグンマが人指し指を立てる。
「なんでアラシヤマをキンちゃんにつけたの?」
「あ」
「うん?」
「……アイツに任せれば大丈夫だと思ったんだよ。」
小声で告げるとそれはまるでアラシヤマの事を信じているかのようで、癪に障る。
「べ、別にアイツはなんでもできるとか信頼とかそんなんじゃねェからなッ!ただ…ほら、アイツも俺のこと恨んでただろ?だけど今は全然だし…だから、そのな、なんとかできるかな…って、アイツだからとかじゃなくて経験者だからであって、俺はッ」
「えっと、つまり…」
グンマの声に唐突に遮られ、口を噤む。困惑したような瞳が見つめてきた。
「シンちゃんはキンちゃんにアラシヤマみたいになってほしーの?」
「なんで俺がこんな事をしなければいけないんだ。」
それはこっちの台詞だと思いながらアラシヤマはキンタローを睨みつける。
「俺はアイツの部下ではないぞ。」
――阿呆らし。
「あんさん、この任務がそないに気にいりまへんの?」
この我儘な子供をどうにかしないとおちおち任務にも打ち込めないと思い、アラシヤマは静かに問掛ける。
予想通り、キンタローからは睨むような眼差しが返ってきた。
「違うんでっしゃろ?あんさんはシンタローはんに命令されるのが気にいらへんのやろ。」
違います?と首を傾げると視線を背けられる。まるっきり拗ねた子供だ。
意識的に溜息をついて、キンタローの肩を小突く。
「キンタロー…いい事教えたりますわ。」
反応はないが遮られもしない。聞いてはいるのだろうと推測し、話を続ける。
「わてなァ、シンタローはんの事えろぉ憎んでましたんどす。
それこそ…殺したい位に。」
「……お前が、か?」
思わずという感じで返された視線は若干の驚きを孕んでいた。
「そうや。もうほんまに感情の9割くらいはあのお人への憎しみで占められとった。憎悪いうんは人が必ずしも持っとる一番強大な感情やさかいな。…あんさんもそれは感じてはりますやろ?」
誰よりもシンタローを見ているから知っている。キンタローが彼をどんな瞳で見ているかも。
「せやけどな、人間には厄介な事に憎悪によう似た感情があるんどす。」
視線で彼の表情を確認する。好奇心に満ちたようなそれが少しおかしい。
「それはな、好意や。」
「……好意?」
「へぇ。ほんまに似とるんどすえ。表裏一体言う感じどすな。
…わては恨んどるつもりで、ほんまはずっとシンタローはんの事が好きやったんや。」
緑の帽子ごとキンタローの頭を撫でる。
「あんさんのそれも、案外好意なのかもしれまへんえ。……家族愛、やとか。ま、いくらあんさんがシンタローはんの事を好いとっても、あのお人の親友の座は渡しまへんけど。」
キンタローは夢から覚めたような、何かが吹っ切れた顔をしていた。
「お喋りはおしまいや。ほら、行きますえ。さっさと片付けて、その感情は自分自身で確認しなはれ。」
言うと共に走り出す。
枯れ葉を踏みしめる音が林の中で不自然な程に響いていた。
ヘリコプターから何人かの下級団員の後に二人が降りてくる。
そちらへと駆け寄ると先にアラシヤマの方が気付き、疲れた表情を吹き飛ばして笑いかけてきた。
「総帥自らお出迎えやなんて光栄どすなぁ。ただいまどす、シンタローはん。」
再会の抱擁と称して体を寄せてくるアラシヤマを地面へと突き飛ばし、キンタローへと視線を向ける。
「…………」
気付けばキンタローもこちらを見ていた。何故か戸惑ったような表情を浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。
「よォ」
様子がおかしい。やはりアラシヤマなどにまかせるべきではなかった。
「ただいま」
後悔の念に捕われて頭を掻きむしると、不意にそんな声が届いた。
「へ?」
キンタローの顔を窺おうとした時には、既に彼は背中を向けて本部へと歩みを進めていた。
――なんだ、それ。
「どないしはりました?」
いつの間にか立ち直っていたアラシヤマが俺の口元に指先で触れる。そこで初めて自分が笑っていたことを知る。
「……サンキュな。」
小声で告げたつもりだったのだがアラシヤマには届いていたらしく、締まりのない笑みが返される。
「嫌やなぁ、シンタローはん。お礼なんていりまへんえ。あ、せやけどどうしても言わはるなら体で」
「眼魔砲」
きっちり制裁は加えてから炭と化したアラシヤマにしょうがなく、本当にしょうがなく手を差し延べてやると食い付くようにそれを握られた。
手を握った先の馬鹿な笑顔など見たくなくて、それ以上に自分の顔を見られたくなくて急ぎ足で歩き始める。
――尻尾振ってついてきて犬みてェ。
そうだ。俺が飼い主でこいつは犬。
俺はコイツのリードを握っているだけで、対等な信頼関係なんかじゃ絶対にない。
唱えるように自分に言い聞かせた。
だけど――
振り返るとやはりだらしのない笑顔がそこにはあった。
――今日だけはこの馬鹿犬に少しの感謝を。
end
================================
茂鶴様からサイト開設祝いとして頂きました。
小説をいただけるとのお申し出に不肖矢島がお願いしたのは
「アラシンで、ちょっとキンタローが絡んでるもの」。
そうしたらこんな素敵小説がいただけてしまいましたよちょっと奥さんどうします!!(落ち着け)
いやもう・・・ちょっと・・・ホント・・・矢島を萌殺すおつもりですか。
メールでいただいてから一心不乱に読みふけり、読了後はモニター前で転がりました。
この時期のキンタローの変化っぷりって矢島にとってほんとに興味深いところでもあります・・・。
そしてこの微妙な距離感のアラシン!
茂鶴様本当にありがとうございます! 心よりの、御礼を。
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