どうにも俺は、泣き落としというものに弱いらしい。
コイツが柄にもなく弱気な表情でしがみ付いてきやがるから、どうにも振り払うタイミングも逃し、俺の胸でいきなり泣き出したアラシヤマを、どうすることもできずに見下ろしている。
「…シンタローはん、わては、わては」
苦しそうなくらい表情を歪めて、俺を見上げる。
いつもみたいに強気なアラシヤマなら簡単にあしらえるのに、こんなツラされちゃ誰だって怯むだろ。
「わては、あんさんを憎んどるのかもしれへん」
言葉を紡ぐことすら辛いのか、自分の気持ちを口に出すだけで傷付いているような、そんな表情で必死に俺に縋りつく。
「そないなことあらへんって、どないしたら証明できるん?」
辛そうに、それでも目線を逸らすことだけはせずに向けられる瞳が痛々しい。
人を殺すときだってこんな顔はしないくせに、なんてそんなことばかり目に付いてしまう。
「結局、昔の、あんさんを憎んどったときと何ひとつ変わってへんのどす」
そんな風に言いながら、何を死に物狂いになってるんだ?
俺の軍服を跡が残りそうなくらいに握り締めて、俺が逃げないように、自分が逃げ出さないように?
「せや、まず愛情と憎悪の差ァが分からへんのや。わてのこの誰より強い想いはどちらなん?
どっちも他人に強く執着して…わてのこの想いはどっちなのか分からなくなってもうたんや」
他人とのコミュニケーション能力が欠如したコイツには、そんなことも理解できないらしい。道徳やら倫理やらなんてガンマ団の士官学校では教えないし、それ以前にもそんなことを教わる機会もなかったんだろう。
「…わてはずっとあんさんを愛しとるつもりやった。せやけどほんまは憎んどったんやろか」
別段俺の返事を待っている訳でもなく、ただ自分の心情を吐露したいだけのようなので何も答えず、ただじっと見詰めてやる。意外と冷静なのか燃え上がる様子もない。
「全部復讐やったんやろか…あんさんの優しさに付け入って、縛り付けて…」
瞳が、揺らいでいる。
情けなく涙を零して、鼻を啜り上げて、それでも真直ぐ俺を見上げて。
「ひとの感情の中で一番強いのは憎悪でっしゃろ? わてのこれもそうなんやろか」
自分に対しての哀しみなのか、俺に対しての哀れみなのか、悲しそうに俺を掴む。目も逸らせないし手も振り払えず、何も言えず、俺は掴まれるがままだ。
「ずっとずっとあんさんを苦しめる為に抱いとったんやったら…わては」
──そんな訳ないだろ。
「わてのこのどうしようもない殺意はなんなんでっしゃろ」
──それは只の、行き過ぎた独占欲だ。
「やっぱり、わてはあんさんのこと嫌いなままやったんやろか」
──あんなに嬉しそうに笑いかけといて、本当にそう思うのかよ。
「愛しさも憎しみも、あんさんが教えてくれはってん…今の気持ちは、どっちなんやろか」
──本当は、そんな答えなんかとっくに分かってるんだろう?
何かを言う気も起きずに、ただ心の中で答えを言う。
そっと背に腕を回して、軽く抱き締めてやれば、腕の中に納まったアラシヤマの体がびくりと強張る。
「…なして、そない優しいんどすの…わては、あんさんをきっと」
どうせ誰かの胸で泣いたこともないんだろう。
仕方なしに俺の胸を貸してやってるんだから、素直に泣いておけばいいのに。
「きっと……憎んどるのに」
耐え切れなくなったのか、そのまま俯いて、俺の胸元に顔を押し付けてしゃくりあげる。
俺はといえば、自分の中で出る結論を無視して、俺の答えを待つコイツの言葉なんか聞きたくもなくて、ただアラシヤマの髪の流れを眺めてみたりしながら、
──それくらい自分で考えろよ。いくらでも待っててやるから。
そんな優しい言葉をかけてやりたくもなくて、目線で訴えてみたりしていた。
(05/03/28)
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