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 昨日は、夢見が悪かった。
 もう、何の夢を見たか忘れたが、とにかく嫌な夢だったことだけは分かる。
 気が乗らないまま、総帥室で書類を眺めていると、アラシヤマが部屋に入ってきた。
 「シンタローはーん!あんさんのアラシヤマが来ましたえ~vvって、どないしはったんどすか?なんや顔色が悪うおますえ?」
 アラシヤマは机に書類を置くと、机越しに心配そうに俺の顔をのぞきこんだ。
 「何でもねぇヨ」
 面倒だったが、俺が少し笑って見せると
 「それは嘘ですな。あんさん、今明らかに作り笑いしてはりますし」
 深刻そうな顔でアラシヤマはそう言うなり、いきなり俺の両頬をつまんで引っ張った。
 「ホラ、シンタローはん。スマイル、スマイル。やっぱり、あんさんには笑った顔が似合いますわ!」
 俺は、アラシヤマの手を振り払い、
 「・・・てっめぇ、ソレ、本気で言ってんのかヨ!?眼魔砲ッツ!!」
アラシヤマに向けて眼魔砲を撃った。
 「い、痛うおす~」
 アラシヤマは丈夫なのかなんなのか、しばらくすると、立ち直ったみたいだ。
 「ほんまに、シンタローはんは容赦おまへんなぁ・・・。普通の人やったら死んでましたえ?まぁ、わてはガンマ団№2やさかい、なんとか大丈夫どすけど。そんなことより、元気出はりました?あぁ、その顔を見ますと、もう大丈夫そうどすな」
 アラシヤマが苦笑しながらそう言うので、俺は、
 「何で、オマエにそんなことが分かんだヨ?」
 と聞くと、
 「そりゃぁ、わてはいつもシンタローはんを見てますさかいな。例え、あんさんが逃げようと、地の果てまでも追っかけていきますえ~vvv」
 それを聞いた俺は、
 (怖ぇ。このストーカー)
 と思ったが、少しだけ嬉しいような安心したような気持ちも確かにあった。
 確かに、コイツなら、やりそうだと思った。
 「俺、いつ消えるかもわかんねぇゼ?一回死んでるし」
 俺がそう言うと、
 「なんや。あんさん、そんなこと心配してましたんか」
 アラシヤマは、机を回り込み、椅子に腰掛けている俺を包み込むように抱きしめた。
 俺は、不意をつかれたせいか、どうしてもその腕を振り払うことが出来なかった。
 頭を抱えられて、目の前のアラシヤマの服しか見えない俺の頭上で、アラシヤマが言った。
 「大丈夫どす。ほら、日本の神話で夫婦の神様がおりましたやろ?神様やいうても死にはるんで、女神の方が死んでしまったんですわ。それをたいそう嘆いた男神は、愛する妻を取り戻そうと黄泉の国、マァ、死後の世界どすな、に出かけました。結局、彼は妻に会えたものの逃げ帰って来たんどすが、わてやったらそうはしまへん。必ずシンタローはんを見つけて、例えどんなあんさんであっても、絶対連れて帰ってきます。あんさんもご存知のとおり、わては不可能を可能にする男どすえ?」
 俺は、何か言うべきだろうと思ったが、涙しか出てこなかったので、誤魔化すようにアラシヤマの服に顔を押し付けた。
 アラシヤマの腕に力が込められ、少し苦しかった。
 俺は、叶わない願いだと何処かあきらめつつも、どんな形であれ、この腕がずっと俺の傍に在り続ければいいと思った。







PR
A
シンタローはんは、よく、わてが好意を示す言葉を言うと、疑ってはる。
好意だけやのうて、どんな言葉であっても、嘘は許されない。
わてからシンタローはんへの言葉は、もちろん、いつも真実のものやけど。
そやかて、たまに、よく考えずに「愛している」と言ってしまう(実際、愛してるさかい、間違ってまへんやろ?)。
そうすると、シンタローはんは、何処か失望した目をし、わてから目を逸らしてしまう。
わては、失望したシンタローはんを見ると、心から血が流れて止まらへんような感覚を体験する。
・・・わてばかりが悪いんやのうて、シンタローはんかて、ズルいと思いますえ?
わては、シンタローはんを思わず責めてしまいそうになる言葉を言ってしまいそうになる自分自身を必死で押し留める。
それを言ってしまえば、シンタローはんが2度とわてを心に入れへんようになることは、簡単に想像が付く。
―――ただ、わては、推測でしか動けんのが時々キツイんどす。
わてかて、人間やさかい、迷うときもありますわな。
たまには、あんさんも、わてにどうしてほしいか言ってみておくんなはれ。
そうすれば、わても、あんさんの望みに沿うことが出来るし、間違いはせんと思うんどす。
もっと、言葉にして求めてくれはってもええんどすえ?
それは、全然、怖いことでも、恥ずかしいことでもあらしまへん。
求めてくれはったら、わては報われます。
as
「シンタローはん、愛してはります。」
いつもそう言って、俺の回りをチョロチョロしていたから。
愛してる、なんて、言うから俺もその気になったりしてさ。
あいつが俺から遠ざかって行くなんて考えてもいなかった。
あいつは俺が好きなんだ、と、自惚れに似た確信。
だからあいつに俺はノータッチだったのだ。










「わて、今度結婚しますんや。」
昨日までの遠征を終えて帰ってきた第一声がそれだった。
いつもの調子でいつもの顔で。
違うのはいつもの言葉じゃないこと。
「シンタローはんには友人代表でスピーチやってもらわんとなぁ。」
ニコニコと幸せそうに、笑う。
ふわふわした羽みたいな笑顔から紡ぎ出された言葉にシンタローは少し黙った。
コイツ、こんな顔出来るんだな、なんて思う。
凄く幸せそうな、顔。
でもその顔をさせているのは自分じゃなくて、見た事もない誰か。
「……おめでと」
何て言ったらいいか解らなくて、一番無難な言葉を選んだ。
「へぇ、ありがとうございます!」
またニコッと笑って、アラシヤマはシンタローに背を向け来た道を帰っていく。
シンタローはその後ろ姿をただ呆然と見送った。

おめでと、なんかじゃなくて、もっと違う台詞を言えば良かった。
お前みたいなのがいいっていうもの好きよくいたな。とか、お前の本性ちゃんと相手が解ってるのか、とか。

全部シンタローが思った事はただのヤキモチからなのだが、シンタロー自身は気付かない。
回りの風景が鮮やかさを無くし、セピア色に彩られている事にもシンタローは気付かない。
ただただモノクロームの世界に一人心を置いてきていて。
脳裏に残る微かなアラシヤマの笑顔が残像のように写っているだけ。
「あ。」
今気がついた。
「相手は誰なんだヨ。」
別に知ったからといってどうなる事でもない。

アイツ、俺のストーカーやってるような奴なんだゼ。

そう言ってやろうか、と思ってハタと気付く。
これじゃまるでアラシヤマを好きみたいじゃないか。
それはない。絶対に、断じて。
恋人を取られた女でもあるまいし。
フ、と、自笑気味に笑って、シンタローは仕事に戻ってゆくのであった。










書類に目を通し、サインとハンコを押す。
今日はどうやら調子が悪いらしい。
ペンを紙に引っ掛けるし、印の場所ではない所にハンコを押したりするし。


「大丈夫か。」
補佐官のキンタローにも何度か気遣いをされる始末。
普段間違えないイージーミスを連発した所で、キンタローからタイムがかかった。
「少し休憩しよう。」
そう一言言うと、シンタローの返事も聞かず、さっさと立ち上がってコーヒーを入れてシンタローのディスクの上に置いた。
豆の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、シンタローはモゴモゴと数回口を動かしたが、確かに今日は調子が悪いと認めて、ブレイクタイムにつく。
こんな時キンタローの気遣いは嬉しい。
特に何かを聞く訳でもなく、ただ黙っている。
どうした、とか何があった、とか聞かないで、こちらが話すのを待つ。
言ってもいいし、言わなくてもいい。
流石元同じ体を共有していた、という所か。
「あの、さ。」
コーヒーのマグから唇を離して、シンタローが呟いた。
「どうした。」
何でもない、という顔はしない。
と、いうよりはむしろ、今回は聞いて欲しいのか、助言が欲しいのか、とキンタローは思っていた。
「もし、グンマが急に結婚する、って言ったらお前どーする?」
何だ急に、なんて思わない。
キンタローは少し考えるようにカップの中のコーヒーを除く。
少しして、シンタローの目を見た。
「淋しくは、なるかな。だが、従兄弟だし、家族だから、そんなに悲しくはないと思うのだが。」
その答えを聞いて、例える相手を誤ったと気付く。
キンタローと交流があり、尚且つキンタローに好意を持っている血縁外の人間は……と考えて、ある人物が出てきた。
真っ赤な服を着たマッドサイエンティスト、ドクター高松である。
「じゃあ、高松。」
そう話をふると、キンタローはまた真剣に考える。
「そうだな……やはり淋しいかもしれない。」
「あンだけ犯罪行為されてンのにか!?」
そうつっこむと、キンタローはコクリと頭を倒し、肯定の意を示す。
「俺の為に始めて涙を流してくれた奴だからな。」
目を細めて言葉を紡ぐ。
パプワ島での出来事を思い出しているのだろう。
「そうか。」
そうシンタローは一言呟いてコーヒーを喉に流し込んだ。
独特の苦みが味覚をかすめる。
コーヒーを全部飲み干し、ダンッ、とカップをディスクに置いた。

俺にとってアラシヤマはそんな御大層な間柄じゃない。
むしろ昔はお互い反発しあっていたし、ガンマ団No.1の座をかけて張り合っていた。

ライバルといえばライバルかもしれないが、今となってはライバルというより戦友……。

いやいや、と、シンタローは頭を振った。
長い髪がぱさぱさ揺れる。
友ではない。それはない。
アイツはミヤギやトットリ、コージとは何か違う部類なのだ。
友ではない。かといってただの部下でもない。
酷く曖昧で不安定な場所の奴なのだ。
シンタロー考え事をしている最中に、キンタローはさっさと自分の仕事についていた。
パラパラと紙をめくる音と、サラサラと文字を書く音にシンタローは現実に引き戻される。
そしてシンタローもまた仕事に戻るのだった。










「査定が終わった書類です。」
秘書課の人間はそう言ってアラシヤマに書類を渡した。
「へぇ、確かに受け取りましたわ。」
パラパラと分厚い書類を見ながらそう言って、口元を手で押さえる。
それは笑顔を隠せないから。
サインの仕方、ハンコの押し直し、普段からは考えてられないイージーミスに、アラシヤマはにやけそうな顔を必死に抑えた。

あのシンタローが心を乱している。

それは自惚れに似た確信。
この報告書を持って行った時の「結婚する」発言が引き金だろうと思う。
秘書課の人間と別れた後、自分のディスクに座り、口角を少し上げる。

「これであの人も自分の気持ちが解りますやろ。」
ガタンと引き出しを開けると、そこには隠し撮りしたシンタローの写真。
今まで取った中でも1番出来のいいものである。
ククク、と笑うアラシヤマは不気味過ぎて。
「まぁーたキモい笑いすてるべ。」
「ミヤギくん!目を合わせちゃ駄目だっちゃよ!」
しかし、日常茶飯事なので誰も気に止めないのであった。

結婚する、というのはアラシヤマの真っ赤な嘘。
早くこの気持ちに気付いて欲しくてついてしまった狂言。
自分は……充分過ぎる程待った。
体の関係を持ってから4年。
好きになってからは5年。
今だ自分ばかりがシンタローを好きで、言葉さえシンタローからはかけてもらえない。
好きだ、愛している、と自分から何度も言い、態度で示しても依然相手は曖昧模糊の態度を崩さなくて。
体を抱きしめて、貫いて、その時だけは縋り付いてくれるのに事が終われば素知らぬ顔でさっさと乱れた服を直しドアを閉める。
パタンというあの時の音程アラシヤマを寂しくさせる音はこの世に存在しないだろう。

シンタローも自分を好きだ、とは解っている。
だが、シンタロー自身は解っていないのだ。
あの、ガードの固いシンタローの事である。
肌と肌との触れ合いを好きでもない相手とはできないだろう。
初めて彼を抱いた時も初めてのようだったし。
まさか体だけの関係を持てる程彼は大人側ではないはずだ。
ふふ、と笑い、また引き出しに閉まってあるシンタローの写真を見始める。
愛するシンタローを見つめ、今日は早く帰ろうと思う。
シンタロー側から何かアプローチがあるはずだ。
アラシヤマはそう確信していた。
ダラダラと悩むより、悩みの根源、つまり自分をバッサリいきたいはず。
士官学校時代から良い悪いは別として、顔見知りでクラスも同じであったし、嫌でもシンタローは目立つ存在であったから、アラシヤマの方はシンタローをよく知っている。
女々しいタイプではない。
むしろ雄々しいタイプである。
まだ一度も使われていない自分用の団の携帯電話を取り出し、中を見る。
勿論画面設定はシンタローで。

早くかかってこないどっしゃろか。

ウキウキとした気分の中、アラシヤマは仕事を終わらせる為に、さっさとパソコンのキーを打ち始めるのであった。









アラシヤマの思惑通りシンタローは今日の仕事を早めに切り上げアラシヤマに会う気であった。
アポなんて必要ない。
例えどんな重要な用事があったとしてもアラシヤマにとってシンタロー以上の用事なんてないのだ。
ミスが多い今日だからこそ、なのかもしれない。
「今日の書類はこれだけだ。」
キンタローがそう呟いた。
明らかにいつもより少ない量であるとシンタローは勿論解っていた。
が。
だからといって、今日のイージーミスの多さは自分でも理解している。
なので、もっと出来る!などと責任感のない上っ面の言葉は言えなかった。
ガンマ団は正義のお仕置き集団に生まれ変わった。としても、武力団である事に代わりはない。
団の総帥である自分のサイン一つでとんでもない事になる事だってあるのだ。
総帥に回ってくるディスクワークの仕事は団員達の判断では解りきれない事の判断を総帥にしてもらう、というのが殆どで。
シンタロー直属の部下である伊達集のみ報告書を読んでいる。
それ以外はキンタローや、ティラミスやチョコレートロマンス等の秘書科に任せてあった。

今回の事はキンタローの暗黙の気遣いなのだろう。
それに、と、シンタローは思う。
自分もアラシヤマもいつも同じ支部や本部に居る訳ではないのだ。
またいつ顔を合わせるか解らない。
それまでずっとこのモヤモヤを持って生活するのはシンタローにとってマイナスでしかない。
ならば。
「悪ぃナ。」
シンタローはそう言ってキンタローを見ると、気にするな、というようにキンタローが微かに笑った。
プシュン、とドアが閉まる。
キンタローの姿を総帥室に残して、シンタローは早足でエレベーターに乗り込んだ。
こんな時、無駄に高い建物が恨めしい。
苛々するようにブーツを数回カツカツと音を立ててみたが、やった所で早く進む訳でもなく、壁によりかかった。

何で俺こんなにあいつの事で焦ってンだろ。

脳裏に浮かぶのは心底嬉しそうなアラシヤマの顔。
『結婚する。』
その言葉のそのフレーズだけが耳から離れない。
チン、と、間抜けな機械音がして、ようやく目的の階についた。
そのままカツカツと一目散にアラシヤマの居る部屋に行く。

プシュン、とドアが開き部屋に入ると、電気が消えていて誰も居なかった。
定時はとっくに過ぎていたから。
今日たまたま一緒だったミヤギとトットリはどうせ何処か二人で出掛けたのだろう。
だが、アラシヤマまで居ないというのは不思議だ。
ミヤギのベストフレンドであるトットリはアラシヤマが苦手なので、多分アラシヤマは誘わないだろう。
だとすると帰ったのか。

「そーだよな。結婚するって相手が居ンのに残業していく馬鹿なんて居ねぇよナ。」

暗闇のオフィスで呟いた言葉は光には溶け込めず、闇に消えた。
呟いて、ぼうっと焦点を定めずオフィスを見渡す。
言葉にしてしまった事で、全ての出来事を認めてしまった。
この気持ちって、何て言うんだっけ……心がスースーするのって何でだっけ。
「シンタローはん…?」
プシュンといきなりドアが開いてシンタローは、びく、と体を震わせた。
振り向かなくても解るお国言葉と独特の声色。
アラシヤマだ。
「あー…忍者はん電気消していかはったんどすなー。全く嫌がらせのつもりなんどっしゃろか。阿呆くさ。」
辺りを見回して面倒くさそうに呟く。
少しシンタローの返答を待ってみたが、言葉も、態度も何も変わらない。
「シンタローはん。どないしはったんどすか?」

声をかけてみるが返事は、ない。
「………もしかして泣いてるんどすか?」
「泣いてねぇよ。」
くる、とアラシヤマに向き直り、睨み付ける。
黒い髪は暗闇に溶け込んでいた。
電気を付けて確認してやろうと意地悪心がムクムクとでてきたが、シンタローがいつから此処に居たか解らないアラシヤマは、シンタローの目の事を考えてあえて電気はつけなかった。
「そうでっか。で、何の用事どす?忍者はんも、ミヤギはんも、もうとっくに帰りましたえ?」
暗闇に二人佇む。
目が馴染んできたのか、シンタローの顔がぼんやりと見えてきた。
が、真意は見えない。
ただただいつも見ている顔がそこにあるだけで。
怒りなのか悲しみなのか、喜びなのかさえ解らない。
「もしかして、わてに会いに来てくれたんどすか?」
体をしならせ媚びるように頬を染めると、シンタローは少し眉を上げ嫌そうな顔をした。
いけずなお人やなぁ~なんて冗談めかして言うと、シンタローの眉間の皺が深く刻まれる。
思い切り不快感の現れ。
「テメーに会いに来る訳ねーだろ!たまたま通りかかっただけだッツ!」
「へぇ?総帥室から遠いこの部屋まで、たまたま…どすか?」
「報こ…」
「報告書はもう出しましたし、秘書課の方にシンタローはんのハンコとサインを既に頂いとります。」
「くぅ…!だから、その報告書に間ち…」
「間違いがあるわけあらしまへんやろ。何人もがチェックするんさかい。」
「だ、だから!そーだ!ミヤギ!ミヤギと会うの久しぶりだからこれから会おうと…」
「それ、本気で言ってますのん?嫉妬通り越して溜息しか出まへんわ。忍者はんがおるのに出し抜いてまで会うてどないするん?」
「う……」
いくつかの押し問答の末そう言われると、もうぐうの音も出ない。
ミヤギとは当然士官学校からの知り合いではあるが、トットリ程のベストフレンドという訳でもなければ格別仲がよかった訳でもない。
一時はシンタローを倒してガンマ団No.1の座を狙っていた程の男である。
そう言ってしまえば伊達集全員がそうなのであるが。
「素直にわてに会いに来たといえばいいのに。」
そう言って笑うアラシヤマに不覚にも目を奪われた。
こいつは時々冷めたように見せ掛けた熱い目をする。
冗談めかしているのに。
まるで獲物を捕る為に興味ない振りをする肉食動物の目。

「いけずなシンタローはんも勿論好きどすけど、素直なシンタローはんも大好きなんどす。」
そう微笑まれてシンタローは少し頬を染めたが、すぐ、いつもの仏頂面になる。
値踏みするようにアラシヤマを上から下まで往復しながら見遣った。
「何だそりゃ。これから結婚するって奴が言う台詞じゃねぇゼ。」
「そう……どすな。」
肯定されて、ああ、本当にコイツは結婚しちまうんだ、と、シンタローは改めて思った。
今日、仕事が出来なかったモヤモヤはその肯定の言葉でスゥッと消えていったのだが。
新たに心に浮かび上がるモヤモヤ。
「独身最後に…酒盛りでもしまへんか?昔みたいに。」
「………」
沈黙は肯定とばかりにアラシヤマはシンタローの手を引いて部屋を出た。
いつもなら眼魔砲なのにそれをしないシンタローをアラシヤマは心の中でクスリと笑う。
部屋を出るといつもなら気にならない照明が暗い部屋から出てきたせいで眩しい。
目を細めるのはシンタローだけで、アラシヤマは平然としている。
何故なんて聞かない。
知りたくもないし、ましてやアラシヤマだし。
なんて、意味不明の事を思ってしまう。
そうこうしているうちに、もう目の前は本部のアラシヤマの部屋。
そういえばアラシヤマの部屋なんて士官学校以来入った事がない。
あの頃は学生寮の為、ボロイ部屋であったが、今は幹部の一人であるだけあり、しっかりした扉が構えてある。
ドアには金のプレートで“ARASIYAMA”と入っており、ここが彼の部屋だと主張していた。
「そういえばシンタローはんがワテの部屋に来はるんて士官学校以来やなあ。」
自分が思っていた事を言われて、何とも心を透かされているような気がして落ち着かない。
「そうだな。」
無難な言葉を一言吐いた。
アラシヤマがカードキーを差し入れると、解除音と「警備を解除しました」との解除アナウンスが流れ、プシュンとドアが開かれる。
部屋は当たり前だが真っ暗で。
掴まれていた手を離され、先に中に促され、その促されるままシンタローはアラシヤマの部屋に入る。
後からアラシヤマも部屋に入って来たようで、背後から扉の閉まる音が聞こえた。
暗闇でよく部屋は見えないのではあるが、シンタローは辺りをキョロキョロ見回す。
鼻孔をアラシヤマの匂いがかすめていった。

パチ、という音と共に部屋の照明が煌々とつけられ、シンタローは眉間にシワを寄せたのではあるが、すぐに言葉を失う事となる。

「……なんだ、これ。」

ようやく絞り出せた言葉はこの五文字。
呆然と立ち尽くすシンタロー。
アラシヤマは別段なんでもない態度。
なんなんだよ。なんだよ。これ。
血の気が引いた。
部屋にもアラシヤマにも。
電気のついたアラシヤマの部屋。
その部屋の至る所に自分の写真。
しかも撮られた覚えのないものばかり。
こんなものを見せ付けてなお、普段の態度と変わらないアラシヤマを見ると、自分がおかしいんじゃないかという錯覚までおきてくる。
「よく撮れとりますやろ。」
冷蔵庫から酒を取り出しながら笑顔で言う。
罪悪感のカケラもない言葉。
「お前……結婚すンだろ…?なのになんでこんな……。」
「ハハ。嘘に決まっとりますやろ。そんなの。わてがあんさん以外の人間に好意を抱く訳あらしまへん。」
心配かけてみたかったんや、というアラシヤマの瞳は普通で。
それが逆に怖かった。
そこまでやられて、そこまでされて。
もう自分は逃げられない所まで来てしまったらしい。
ああ。無情。











終わり











as
 さっきまで熱を孕んでいた空気は、息が整う頃にはいつもの通り沈黙し、ひんやりと涼しい。夜も更け、日付も変わったことだろう。
 皮膚の表面を薄く覆う汗も冷え、身体に纏わりつくだけで鬱陶しかったシーツが恋しくなる。
 白い布を引き寄せ身体に巻きつけると、蓑虫よろしくベッドに転がって寝返りを打った。
 ぼんやりと開いた目の先に映る窓の外はまだ暗い。誰にともなく呟く。
「今日は絶対厄日だ…」
「へぇ?それはまた何で?」
 背中の向こうから半身を起こす気配が身を乗り出してきて、耳元に囁きを残す。
 甘ったるく、少し掠れた声に鼓膜を擽られ、先刻までの名残を色濃く残す身体が小さく疼いた。
 そんな状態を悟られまいと、殊更に大きく溜息を吐いて聞かせ、シーツを頭まで引き上げる。あいつの目から俺の姿を全て包み隠すかのように。
「いけずやな」と呟く声が聞こえたが、笑いを含んでいたのが明らかだったので無視をした。
 それでも消えない笑いの気配。
 布の塊の端から広がる長い黒髪を掬い取られ、ちゅ、とわざとらしく音を立てて毛先に口付けてくる。
 何度となく聞かされ続け、耳にこびりついた言葉が囁かれずとも蘇ってくる心地悪さに身動ぐと、手元から髪を奪い返すように頭を振る。布から目だけを覗かせて睨みつけた。
 視線が合う。未だ情欲の名残りを残して蕩けた瞳が、笑みの形に更に緩んだのが見える。
 長い前髪で片目を隠していても、美しく整った顔立ち。なのに、何故こうも「笑顔」が似合わないのか。
「お前とこうやって過ごさなきゃならねぇから」
 散々啼かされて痛んだ喉から低く不機嫌な声を搾り出すと、覗き込んできた左目が丸く見開かれた。
 一瞬の絶句。続いて、呆れたのか諦めたのか、小さく息を漏らす音。
 再びシーツに潜り込もうとしたが、肩を包み直す前に布を軽く引かれ、引き止められる。
「…あんさん…わてのこと、そこまで疫病神扱いしたいんどしたら、さっさと服を着て帰りなはれ」
 シーツに包みそびれた肩の上にあいつの顎が乗ってくる。互いに汗を含んだ肌はぺたりと吸い付き、そのまま溶けるように馴染んでしまう。
 その感覚がなんとも忌々しく、離せと肩を揺らしても離れやしない。それどころか、そのまま上に圧し掛かり、耳の近くに笑いを含んだ吐息がかかって擽ったい。
 こんなに怠くなければ、このくらい楽勝で跳ね返せるのに。悔しさに眉間に皺が寄っていくのがわかる。
「……できりゃ、とっくにやってる」
「ま、そりゃそうでっしゃろなぁ…」
 口を開いても出るのは負け惜しみでしかなく、あいつにはそれが筒抜けなのが気に食わない。
 全てわかっていると言わんばかりに耳殻に歯を立てられ、背を乗り越えて密着する熱が伝わってくる。ふわりと甘く官能を含んだ芳香が纏わり付いて、昨夜の熱に侵された時の眩暈にも似た感覚が蘇ってくる。
 身動ぐ反動で身体が仰向けに転がり、視線を上げれば天井越しに見下ろしてくるあいつの腕の下に組み敷かれた格好となってしまい、より濃厚な香りに包まれる。
 頭上から落とされる視線は獲物を捕らえて飽食した獣のもので、飢えた時のそれも知っているだけに、満足するまで貪った証のその目がまた淫靡に映る。
 さっきまでいいように貪り喰らわれた身体が再び疼き、新たな興奮に酔いたくなる誘惑。
それをあと一歩のところで踏み留まるべく、眦に力を込めて睨み返すが、アラシヤマは全く悪びれずに目を細めただけだった。
「お前が無茶しすぎなんだって気づけよ…」
「でも、無茶するのんわかっといてこうやって来はるお人が居るのは何どしょうな」
 囁きと共に伸ばされた指が、頬の線をなぞってくる。同じ圧力を均一にかけながら、短く整えられた薄い爪がすべり、頭上の薄い唇が笑みを形作って降りてくる。
 わてはもっと無体なことさせたい思うてますえ。
 そんな囁きが聞こえてきそうな、蕩然とした色を浮かべた瞳。見下ろしているせいで顔を半ば隠す前髪が下がり、その下に隠れた目までよく見えた。
 薄く開かれた唇が触れる直前、掌でその口元を押し返し、まだ怠さの残る身体を無理に起こす。
 天井との間を遮っていたアラシヤマを隣へ転がすと、そのまま不貞腐れたか、手近に投げ出されていた枕を両腕で抱え込んでうつ伏せになり、頭が落とされる。
「まったく…つれないお人やなぁ」
 不機嫌な落胆の声が響く。ざまあみろ。
 それを振り返ることなく、乱れて肩に重たげにかかる髪を手櫛で前髪から一気に梳き流す。
指を通る髪はやや重く、含んでいるものが汗だけだとは到底思えない。隣で寝そべるこいつの想いもそのまま孕んだかのようだ。
 腰に負担がかからぬよう、背をそらして伸びをひとつ。
「あー、ほんっとにツイてねぇ」
 聞こえよがしに部屋へと声を響かせ、首をゆるりと回すと、隣から深い溜息が響いた。
「そない言わはるんやったら、賭けでもしまひょか。きっと厄日やのうて、ラッキーデイだと確認させたりますわ」
「確認するまでもなく厄日だろ。間違いねぇよ」
 実際、腰は痛いし、身体は怠い。きっと暫くの間は、こいつの気配が身体に染み込んだまま取れないだろう。
 このままいつもの俺に戻れなくなってもおかしくないんじゃないか、と不安になる。
 そんな気分だというのに、何がラッキーなものか。
「きっとさ、今朝の『目覚めろテレビ』の『本日の占いカウントダウン』とかでも最下位になってるって」
 ごろりと広いベッドの傍らに仰向けに倒れ込むと、隣でうつぶせていたアラシヤマが頭を起こした。
 愉しげな笑いを含む声と共に、指先がシーツに散らかした髪の先を弄ぶ。
 地肌が少しだけ引かれ、むずがゆい刺激を嫌がって無意識に眉間に皺が寄る。その上に押し当てられた柔らかな感触が唇だと気付く前に、面白くない言葉が吐き出された。
「むしろそれで第一位とかになっとりますやろな」
「いくらなんでもそれはねーだろ」
 覗き込んでくる視線をかわし、毛布に身体を包んで背を向けた。のし、と再び肩越しに乗り上げ、耳元に寄せられた唇が密やかな声を届ける。
「わてと居られて幸せでっしゃろ?」
「さぁな…厄日じゃなけりゃ幸せなんじゃねぇ?」
 耳障りの良い甘い声に纏わりつかれても、今までなら『幸せなのはお前だけだろ』と一蹴することもできた筈なのに、言葉が出てこなかった。
 触れてくる重みも体温も、包んでくる空気の甘い重苦しさも、全てがいつの間にか俺にとって抵抗のないものに変わっていたのだろうか。
 なんとなく納得がいかないが、身体を包む毛布ごしの温もりが心地良く眠気を誘うから、考えるのは後にして瞼を伏せた。

as


最後に見たのは赤い火で、それがまだ身体の中でくすぶっているかのように痛む。
何度も意識を引っ張られ、かと思うと突き落とされる。全身がひりひりするほど熱っぽいのに寒気が背筋の方から忍び寄って、熱いのか寒いのか判らない。誰かに何かを伝えたいような気がするのに、言葉にならない呻き声だけが咽喉から漏れる。
そんな状態でも、必死で誰かを探していたような気がした。

男が意識を取り戻したのは一週間前のことだった。
ようやく意識不明の状態から回復したとは言え、まだ男の火傷は癒えていない。生きたまま焼かれかけていたあの時よりも、今の状況の方がはるかに辛いようで、じくじくと長引く痛みは中々去ることをせず、その存在を主張し続けていた。
入院生活には慣れてもこの痛みには慣れないようで、血の気の失せた顔は痛みのせいかますます白い。点滴の針が何箇所もの痣を作り、幾分痩せた腕をさらに痛々しく見せている。狭くも無いが広くも無い個室の真ん中に置かれたベッドの上で、男はぼんやりとした表情で天上を眺めていた。
白く塗られた天井は、音を吸収するためなのか等間隔で小さな穴が空いている。
焦げと治療のために短くなった前髪のせいで、隠れていた右眼が晒されて、おかげで視界が広かった。穴の数を50まで数えたところで辞めた。天井を見るのにも飽きたが、寝返りをうつのにも一苦労だったため、男は目を閉じて天井を視界から追いやった。
男はある人物を待っていた。
意識を取り戻して以来、ある程度の頻度でやって来る見舞客の中に、その人物が混じることはない。目を覚ました時、その人がいなくて残念だった癖に、同時に安心した覚えがあった。
来て欲しい気持ちが八割で、来て欲しくない気持ちは二割程度。どちらかと言えば早くその顔を拝みたいのに、見たくない気もしないではない。つまり男はその人物の反応を怖がっていた。
命を捨てるつもりで望んだ戦いで生き残り、こうして清潔なベッドの上で呑気に天井を眺めている自分が妙に愚かしい気がして、男は嘲笑と憐れみが混じったような笑いを自分自身に向けた。
死ぬなと言われたのに死ぬつもりで挑んだ戦いでも、師匠に勝つことは出来ず、結局「彼」の命令に背いた罪悪感と、また余計なものを背負わせてしまったかもしれない後悔が、男の胸に残った。
他人のために力になりたい、と思って行動した結果がこれだ。なら初めからあんなことしなければ良かったのだろうかとあの時の出来事を振り返って見ても、やはり自分は自爆技を使っただろう、と言う同じ結論しか導き出せず、思考は迷路に入り込む。
堂々巡りの考えに決着を付けるためにも「彼」に会うに越した事はないのだけれど、その反応が怖い。命令に背き命を捨てようとした己は見限られても仕方ないが、いざそうされるかも知れないと考えると途端に目の前が暗くなる。
痛む体を無理やり反転させて嫌な考えを追い出していると、遠くから足音が聞こえてきた。音の無い病室にいる男には、遠方の音もやけにくっきり聞き取れて、近づいてくる足音はまっすぐこちらに向かっている。
どうせ医者か冷やかしに来た見舞客だと高を括って、男が入り口を睨むように見つめていると、小さなノックの後返事も待たずに開かれたドアから入室してきたのは恐れつつも待ち望んでいた「彼」だった。
「なっ…」
慌てて半身を起こしつつ言葉を失い目を泳がす男を尻目に、彼は来客用の折りたたみのイスを広げて座り、眉間に皺を寄せたままベッドの上の男をじろじろと眺めた。巻かれた包帯や点滴の痣を見るたびに、彼の目に浮かぶ怒りに良く似た感情を、男は呆然と見つめていた。
一通り男の容態を確認して気が済んだのか、彼は男と目を合わせると「馬鹿じゃねぇの」と吐き捨てた。馬鹿と言われて返す言葉も無く、男はただ目の前にいる彼を見つめ返そうとして、そして出来ずに目を逸らした。
「誰がそこまで頼んだ。他人のためにそこまでするキャラじゃねーだろお前。馬鹿じゃねぇの」
「へぇ、すんまへん」
吐き出される罵詈雑言に身を縮めながら恐る恐る彼の方を窺うと、自責の念を押し隠したような苦しく歪んだ表情があった。
「人のために死のうとしてんじゃねーよ」
それは違うと男は胸中で否定した。男は人のために死のうとしたのではなく、彼のために死のうとした。もっと正確に言うと死のうとしたのではなく、死んでも構わないと思っただけだった。
いくつも浮かんできた言い訳は言葉にならず、結局「すんまへん」と、それこそ馬鹿のように男は繰り返した。
「もういい」
怒りながら悲しんでいた彼は不機嫌な表情のままイスを立ち、男に背を向けた。見限られたと悟った男へ軽い目眩とともに絶望が忍び寄ってくる。
「死ぬほどコキ使ってやるから、さっさと治れ。俺のために馬車馬のように働け」
もう駄目だと思った瞬間、振り向くこともせず発せられた予想外の別れの挨拶に、男はベッドから身を乗り出した。点滴の管がゆらゆら揺れて倒れそうになり、痛む手で慌てて押さえていると、すでに彼の姿は無かった。
「…おおきに」
彼に対する礼の言葉は、誰に聞かれることも無く壁に吸収されて消えた。『働け』が『生きろ』に聞こえたのは気のせいばかりとも言えず、男は場違いな幸福に満たされながら、見慣れつつある天井を仰いだ。


(2006.6.5)

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