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最後に見たのは赤い火で、それがまだ身体の中でくすぶっているかのように痛む。
何度も意識を引っ張られ、かと思うと突き落とされる。全身がひりひりするほど熱っぽいのに寒気が背筋の方から忍び寄って、熱いのか寒いのか判らない。誰かに何かを伝えたいような気がするのに、言葉にならない呻き声だけが咽喉から漏れる。
そんな状態でも、必死で誰かを探していたような気がした。

男が意識を取り戻したのは一週間前のことだった。
ようやく意識不明の状態から回復したとは言え、まだ男の火傷は癒えていない。生きたまま焼かれかけていたあの時よりも、今の状況の方がはるかに辛いようで、じくじくと長引く痛みは中々去ることをせず、その存在を主張し続けていた。
入院生活には慣れてもこの痛みには慣れないようで、血の気の失せた顔は痛みのせいかますます白い。点滴の針が何箇所もの痣を作り、幾分痩せた腕をさらに痛々しく見せている。狭くも無いが広くも無い個室の真ん中に置かれたベッドの上で、男はぼんやりとした表情で天上を眺めていた。
白く塗られた天井は、音を吸収するためなのか等間隔で小さな穴が空いている。
焦げと治療のために短くなった前髪のせいで、隠れていた右眼が晒されて、おかげで視界が広かった。穴の数を50まで数えたところで辞めた。天井を見るのにも飽きたが、寝返りをうつのにも一苦労だったため、男は目を閉じて天井を視界から追いやった。
男はある人物を待っていた。
意識を取り戻して以来、ある程度の頻度でやって来る見舞客の中に、その人物が混じることはない。目を覚ました時、その人がいなくて残念だった癖に、同時に安心した覚えがあった。
来て欲しい気持ちが八割で、来て欲しくない気持ちは二割程度。どちらかと言えば早くその顔を拝みたいのに、見たくない気もしないではない。つまり男はその人物の反応を怖がっていた。
命を捨てるつもりで望んだ戦いで生き残り、こうして清潔なベッドの上で呑気に天井を眺めている自分が妙に愚かしい気がして、男は嘲笑と憐れみが混じったような笑いを自分自身に向けた。
死ぬなと言われたのに死ぬつもりで挑んだ戦いでも、師匠に勝つことは出来ず、結局「彼」の命令に背いた罪悪感と、また余計なものを背負わせてしまったかもしれない後悔が、男の胸に残った。
他人のために力になりたい、と思って行動した結果がこれだ。なら初めからあんなことしなければ良かったのだろうかとあの時の出来事を振り返って見ても、やはり自分は自爆技を使っただろう、と言う同じ結論しか導き出せず、思考は迷路に入り込む。
堂々巡りの考えに決着を付けるためにも「彼」に会うに越した事はないのだけれど、その反応が怖い。命令に背き命を捨てようとした己は見限られても仕方ないが、いざそうされるかも知れないと考えると途端に目の前が暗くなる。
痛む体を無理やり反転させて嫌な考えを追い出していると、遠くから足音が聞こえてきた。音の無い病室にいる男には、遠方の音もやけにくっきり聞き取れて、近づいてくる足音はまっすぐこちらに向かっている。
どうせ医者か冷やかしに来た見舞客だと高を括って、男が入り口を睨むように見つめていると、小さなノックの後返事も待たずに開かれたドアから入室してきたのは恐れつつも待ち望んでいた「彼」だった。
「なっ…」
慌てて半身を起こしつつ言葉を失い目を泳がす男を尻目に、彼は来客用の折りたたみのイスを広げて座り、眉間に皺を寄せたままベッドの上の男をじろじろと眺めた。巻かれた包帯や点滴の痣を見るたびに、彼の目に浮かぶ怒りに良く似た感情を、男は呆然と見つめていた。
一通り男の容態を確認して気が済んだのか、彼は男と目を合わせると「馬鹿じゃねぇの」と吐き捨てた。馬鹿と言われて返す言葉も無く、男はただ目の前にいる彼を見つめ返そうとして、そして出来ずに目を逸らした。
「誰がそこまで頼んだ。他人のためにそこまでするキャラじゃねーだろお前。馬鹿じゃねぇの」
「へぇ、すんまへん」
吐き出される罵詈雑言に身を縮めながら恐る恐る彼の方を窺うと、自責の念を押し隠したような苦しく歪んだ表情があった。
「人のために死のうとしてんじゃねーよ」
それは違うと男は胸中で否定した。男は人のために死のうとしたのではなく、彼のために死のうとした。もっと正確に言うと死のうとしたのではなく、死んでも構わないと思っただけだった。
いくつも浮かんできた言い訳は言葉にならず、結局「すんまへん」と、それこそ馬鹿のように男は繰り返した。
「もういい」
怒りながら悲しんでいた彼は不機嫌な表情のままイスを立ち、男に背を向けた。見限られたと悟った男へ軽い目眩とともに絶望が忍び寄ってくる。
「死ぬほどコキ使ってやるから、さっさと治れ。俺のために馬車馬のように働け」
もう駄目だと思った瞬間、振り向くこともせず発せられた予想外の別れの挨拶に、男はベッドから身を乗り出した。点滴の管がゆらゆら揺れて倒れそうになり、痛む手で慌てて押さえていると、すでに彼の姿は無かった。
「…おおきに」
彼に対する礼の言葉は、誰に聞かれることも無く壁に吸収されて消えた。『働け』が『生きろ』に聞こえたのは気のせいばかりとも言えず、男は場違いな幸福に満たされながら、見慣れつつある天井を仰いだ。


(2006.6.5)

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