忍者ブログ
* admin *
[1048]  [1047]  [1046]  [1045]  [1044]  [1043]  [1042]  [1041]  [1040]  [1039]  [1038
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

sg

(時間的に、お題「三つ数えて」の後の話です)


飛行船の窓からの眺めは、乱雑とした船内とは違い、切り取ったような一面の海と空の青が広がっていた。
境界が曖昧になるほど溶け合った海と空の色はいつになく穏やかで、つい先ほどまで行なわれていた戦いがなかったかのような平穏な景色を作り出していた。しかし彼が以前島から離れたときに、子供と犬が見送ってくれた岩山の頂上には、もはや何者の姿も無く、ただ荒涼とした岩肌だけが風に吹かれて砂埃を上げていた。彼の感情とはお構い無しに、飛行船は淡々と進み、島との距離を大きく広げている。
疲労し切っているにも関わらず身体を休めることをせず、彼はずっと壁にもたれ掛って窓辺に立ちながら、どんどん小さくなっていく島を無言で目に焼き付けていた。彼は子供から送られた一輪の花だけを傍らに置き、泣く事も叫ぶ事もなく、楽園との別れを惜しむように、全てを覚えておこうと飽きることなく島を見ていた。
島が小さな点になり、それがとうとう水平線に消えてしまっても、彼はそこを動こうとはしなかった。もし彼の目を覗き込む者がいれば、その中に突然の別れに対する驚きや、それに関しての様々な感情の波が過ぎ去った後の空白の奥底に、身を切られるような悲しみが沈んでいることに気が付いたかもしれない。しかし彼の背後で時折足音が止まることこそあったが、彫像と化した彼に声をかける者は誰もおらず、ただためらうような気配を残して去っていくだけに留まった。
空は刻々と色を変える。薄い雲が橙色に変化し、空全体が目に痛いような青から橙色に変化していった。沈みかけた夕日は海を鮮やかな黄金色に染め上げている。
疲労を忘れるのにも限度があった。酷使した体は必要に休息を求めている。彼はずっともたれ掛っていた壁からようやく身体を離したが、視線は相変わらず窓の外に固定されたままで、すでに見えなくなってしまった島に遠く想いを馳せていた。

「シンちゃん」
おずおずとした掛け声とともに、横から湯気の立つ紙コップを差し出されたのは、太陽がついに海に沈んだ時だった。誰かと会話する気分とはとても言えなかったが、それでも従兄弟を無視するわけにもいかなかったので、彼は窓の外の風景に対する未練を打ち切るために、静かに息を吐いた。インスタントコーヒーのわざとらしい香りが鼻腔を刺して、黒い水面に映る自分の未練がましい顔に苦笑しながらも、彼は従兄弟から紙コップを受け取った。
彼の右隣にぽつんと立っていた従兄弟は、憔悴しきった表情でちらりと窓の外に目をやったが、すぐに視線は伏せられた。続いてポケットから出されたミルクとシュガースティックは従兄弟の手に押しとどめて、いらない、と意思表示したが、従兄弟は勝手に彼の手の中のコーヒーに砂糖とミルクを入れてぐるぐるとかき混ぜ始めた。
「本当は、コーヒーじゃないほうが良いんだろうけど」
他にはお酒くらいしかなかったから、と語尾を濁した従兄弟の目元はかすかに浮腫み、疲労の度合いを示している。充血した瞳を持ち上げて、従兄弟は彼に視線を合わそうとしたが、不意に窓の外に逸れた。海に消えた夕日が、まだ存在を誇示するかのように水平線を淡く輝かせている。島の方向を見やっても、そこにはどこまでも続く海原だけが漠然と広がっていた。
「…とうとう見えなくなっちゃったね」
「ああ」
彼が久しぶりに発した声は、いくら取り繕っても虚ろな響きを帯びていた。しばし無言の時が過ぎる中で、何か言いたそうにしては彼の顔を見て黙る従兄弟に、いつもならすぐ促すために話しかけるところだったが、今回ばかりはそうはいかなかった。海に吸い込まれて行きそうになる意識を無理に浮上させると、このままではいけない、と彼は決心し甘ったるいコーヒーを飲み干して、ようやく従兄弟の方に向き直った。
「どうした?」
「さっきね、マジックおと…じさまに会ったよ。コタローちゃんに付き添ってたみたい」
「…そっか」
弟に付き添う父親が嬉しい反面、「父親」と言おうとして、こちらを気遣って「伯父」と言い直した不自然な空白に、彼は気付いていた。いずれ触れなければと思っていた問題に直面し、彼はうろたえ、そして覚悟した。
「マジックはお前の父親なんだから、好きに呼べよ。俺に遠慮すんな」
歪んでしまっていた家族は、あるべき姿に修正された。そこからはみ出てしまった自らの身の置き場は、こちらの希望だけでなく、他者の意思にも委ねられている。親族一同の濃淡の違うが同じ青い瞳を思い出し、それに混じる自らの黒の異質さに、彼はただ笑った。
黒に生まれついたコンプレックスは、全てを受け入れてくれた子供と島によって壊され、もうわずかしか残っていなかったが、それでも違いはそのままだ。自分の黒を皮肉って笑ったわけではなく、ただ「違う」と再認識すると、ふと肩の力が抜けて妙に笑えた。
「うん…でも、シンちゃんだってマジックお父様の息子でしょう。そして僕の従兄弟」
兄弟でも良いけど、と付け加えてから青い目が心配そうに彼を覗き込む。そこには懇願ともいえる感情が隠すことなく表れており、それに流されるように何がしかの言葉を発しようと口を開きかけた彼を、従兄弟が遮った。
「だって、あのとき、コタローちゃんを止めようとしたときマジックお父様が言ってたじゃない。『お前も私の息子だよ』って。僕だって同じ。シンちゃんも僕の従兄弟だよ」
いつもの気弱な様子など微塵も見せず猛然と言い立てる従兄弟を意外に思いながら、彼は手にした紙コップを握りつぶした。カップの底に残っていたコーヒーが零れ落ち、白い床に点々とした染みを作る。彼はそれを視界の隅で確認し、同じような斑点が自分の心の中に広がっていくのを感じていた。
「今回のことで色んなことが分かって、色んなことが変わったりしたけど、それだけはずっと変わらないから。家族の数は増えたけど、減ったりなんかしてない」
いつしか従兄弟は彼の袖を掴んでいた。離したらどこかに行ってしまうと信じているかのように、指に筋が浮くほどきつく握りしめ、否定されることを恐れるかの如く一気にまくし立てた。
だから、と続けた声が掠れたかと思うと、従兄弟は彼の袖を掴んだまま俯いた。泣くのを堪えているのか、くっと嗚咽のような音が喉からもれたが、従兄弟はいつものように彼に肩にもたれることはなく、立ったまま静かに肩を震わせていた。
彼はつぶれてしまった紙コップを酒瓶が山になっているあたりを目掛けて放り投げ、空いた右手を従兄弟の背中に置いた。宥めるように背中を叩いていると、従兄弟との思い出が次々と思い出された。こんな風に泣く従兄弟を、彼は初めて目にしていた。
「なぁグンマ。俺、親父の跡継ぐことにする」
従兄弟が弾かれたように顔を上げた。一番驚いたのは従兄弟ではでなく、思いがけない言葉が口をついで出た彼自身だった。だがこうして言葉にしてみると、もしも父親や従兄弟などのずっと家族だった誰かが、まだ自分を家族だと認めてくれるのなら、子供が残した世界といずれ目覚める弟のためにも、自らがそうしたいと考えていたことに気が付いた。
堪えていた涙を溜めたまま、目を見開いて驚く従兄弟の顔を眺めながら、重要なことを決定するのは案外こういう時なのかもしれないと内心苦笑していると、曖昧模糊とした構想がだんだん形になって見えたような気がした。
「たぶん、すげー面倒なことになるだろうけど、手伝えよ。従兄弟なんだろ」
「…うん」
従兄弟が笑うと涙が頬を伝った。その情けないような笑顔を見ながら、彼は出来るだけ子供が笑っておける世界にしたいな、とひとつ形になった構想を目に焼きついた島の光景と共に胸に刻みつけた。
白い波間に浮かんでいた彼方の島の方向に、彼は自ら出した答えを問うように視線を投げる。日の落ちた窓の外は黒と青が入り混じった深い紺青色が広がっていた。

(2006.9.16)

戻る

PR
BACK HOME NEXT
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
as
(06/27)
p
(02/26)
pp
(02/26)
mm
(02/26)
s2
(02/26)
ブログ内検索
忍者ブログ // [PR]

template ゆきぱんだ  //  Copyright: ふらいんぐ All Rights Reserved