小鳥の声が聞こえてきそうな天気の良い朝に、親しい家族と共に朝食を摂ることが出来るとなると、一日の滑り出しとしては上々である。それがプロ顔負けの腕を持った料理好きの従兄弟の作った食事ならば、なおさらのことだ。
トーストラックにはカリカリのトーストが並べられ、大きめの皿にはベーコンの添えられたふわふわのオムレツが乗っており、ガラス製の小鉢にはフルーツサラダとヨーグルトが用意されている。
「今日はイングリッシュブレックファースト?」
彼はお早うの挨拶も忘れて食卓を一目見ると、キッチンに立つ従兄弟に尋ねた。まだ何か作っている様子の従兄弟は聞こえなかったのか返事はなく、代わりにすでに席について新聞を読んでいたもう一人の従兄弟がおもむろに新聞紙を畳んでからこくりと頷く。
「みたいだな。お早う、グンマ」
「おはよう、キンちゃん」
シンちゃんおはよー、と彼は慌ててキッチンの方に向かって朝の挨拶を繰り返し、大人しく指定の席に座った。それとほぼ同時にポットを片手に従兄弟が現われる。それぞれに紅茶を配り終えると、これで支度は整ったのか彼らの料理人もやっと自分のイスに着いた。
「よぉ、お早う。ここんとこ和食が続いてからなー、たまには洋食もいいんじゃねぇかと思って」と言って従兄弟はフォークを手に取った。つられて彼もカップに口を付け、和やかな食事が始まる。
「野菜も食えよ」
サラダに中々手を付けず、トーストにジャムを塗りたくって齧っていると、すかさず従兄弟から指摘された。彼は何となくくすぐったい気分になりながら、はぁい、と子供のような返事をしてサラダに手を伸ばす。面倒見の良いこの従兄弟は、いつも家族の食事の心配ばかりしている。
元々手先は器用な方だった従兄弟は、叔父との修行から帰ってきてから料理に凝りはじめ、今ではすっかりプロの領域に達していた。
料理そのものも好きなようだが、今ではそれに加えて『人に食べさせる』ことも好きなようだ。これは島から帰って来てからの特徴であり、従兄弟の変化の一部である。
「子供じゃないんだからー」
口では文句を言いつつ、彼はカーテンから透ける陽光に照らされた、クロスのかかったテーブルの上を見る。
日の当たるダイニングにそろった大切な家族と、湯気の立つ温かい食事、そしてたっぷりの紅茶と気心の知れたもの同士の気安い会話。
何となく、絵に描いたような幸せだと彼は思った。
* * *
彼にとって、鳥の声で目を覚ますことは珍しい。
大抵子供らの食事の催促の声や、鬼姑の厳しい声で覚醒する彼は、爽やかな鳥の声とともに朝を迎えられただけで幸福な気持ちになった。幸せな気分を味わいながら彼が布団から起き出すと、子供と犬もすでに起きているようで、耳を澄ませば鳥の声に混じって賑やかなやりとりが聞こえてくる。
「メシはまだか!」
「はいはい。うるせーな、相変わらず」
続けてぎゃーとお姑さんの悲鳴が聞こえたのは、犬が噛み付いたせいだろう。相変わらず仲のよろしいことで、と感心しつつ声のする方に向かうと、卓袱台の上にはすでに完璧な朝食が並べられていた。
炊き立ての白いご飯に、湯気の立つ味噌汁、皿の上には大根おろしが添えられた出し巻き卵と魚の干物が乗っており、簡素な小鉢には葱と豆腐が用意されている。
「日本の朝ご飯っすね」
「オメーが作る朝飯は洋食が多いから、たまにはな」
それはつい最近までいた金髪の我侭な少年が、カフェオレとクロワッサンと言うような洋食が好きだったせいだ。それに付き合ってか、そもそも元々好き嫌いがないのか、子供も特に朝食について何かを言うことはなかったが、何となく茶碗を箸で叩いて嬉しそうな様子を見ると、実は子供は和食派だったのかもしれない。
いや、パプワはシンタローさんの作るもんなら何でも嬉しいのかもな。実際美味いし。
そんなことを彼が考えていると、濃い目の日本茶が用意され、これで食事の準備は整ったらしく、お姑さんが子供の隣に腰を下ろした。
「いただきます」
皆で唱和して、箸を取る。窓からは朝の日差しが差し込み、動物達の活動する音が聞こえ始め、今日も暑くになりそうな予感を抱かせた。
美味いかと尋ねる青年と、無表情にせっせと箸を動かす子供、尻尾を振る犬。丸い卓袱台を囲んで一緒に食事をする者同士の親密な空気がそこには流れている。そして卓袱台の上には湯気の立つ朝食。
何となく、絵に描いたような幸せだと彼は思った。
(2007.3.17)
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