「一本くれないか」
向かいに座った弟に言った言葉は、自分の物でないように聞こえた。
言った後で、どうして煙草を吸おうと思ったのか不思議に感じたが、口から出た言葉は取り消すことが出来ないので、驚きに目を見張りつつも差し出された煙草を一本抜き取った。
何十年振りに吸った煙草は思いのほか不味いものではなく、その苦味は奇妙な安堵感を与えてくれた。
「らしくねぇな」
弟は眉根を寄せて、そんな自分を眺めている。
本当にらしくないね、と返しておいて、まだ半分も吸ってない煙草を灰皿に押し付ける。あまり強く押し付けすぎたので、吸殻は真ん中から折れてしまい、くの字に曲ってしまった。
それが己の不安を表しているようで、かすかに苦笑した。
「焦っても仕方ねぇだろ、兄貴」
その言動に反して家族思いである弟は、こちらの心理を察したのか、同情しているかのような顔つきで、小さく息を吐いた。弟に言われるまでも無く、焦っても仕方ないということは重々承知している。
「不安なんだよ、私は。息子達は皆動いているのに、自分だけがあの子の救出に手をこまねいて傍観している」
「老体にムチ打って、総帥代行してるじゃねぇか」
からかうような口ぶりでそう言った弟を軽く睨む。
「それしか出来ないからね。グンマやキンタローのように探索機を開発することは出来ないし、お前達のように戦場に向かうことも出来ない。私は直接的に何もしてあげられない」
無力だ、と実感させられたのは随分久しぶりだった。
「戦場に出りゃ良いじゃねぇか。鈍ってねぇだろ?」
「私が戦場に出て手を汚すことは、あの子が何より嫌がることだ。それに下手に引退したはずの私が動いて、敵国に異変を悟られるのは何としても避けたい」
何を今更、と呆れてみせると弟はそっぽを向いて肩を竦めた。
あくまでも現総帥長期遠征のための総帥代行だと銘打っての現役復帰だったが、いつまで誤魔化せるだろう。息子が跡を継いでから、どんなに長期間の遠征があっても、あの子は決して自分に総帥代行と言うことはさせなかった。おかしい、変だ、とどこかが気付いても不自然ではない。
息子が作った新しい団は軌道に乗っているとは言え、まだまだ不安な要素は多々ある。トップの行方不明は団の足元を崩すには持ってこいの出来事だ。事情を知る者は皆あの子の不在を支えようと必死だが、どこまで持つか。
「コタローの修行も本来は私がすることなのに、サービスに任せてしまった」
親子として再出発するはずだった末の息子は、遠き地で過酷な訓練に耐えている。また父親として何もしてあげられなかった。軽く身を乗り出して、肘をつき両手を組む。組んだ両手に額を当てて、そのまま無言で考え込んでしまった。
正面からそわそわする気配が伝わって、慌てて顔を上げる。
「すまないな、愚痴につき合わせて」
「そんな心配しなくても、どうせあいつは元気にやってるぜ」
「ああ」
こうして家族に愚痴をこぼせるになっただけ、己も成長したものだ。かすかに笑ってみせると安心したのか、弟は総帥室から出て行った。
遠ざかる足音を聞きながら、それが心配なんだけどね、と弟の真似をして肩を竦めてみる。
弟は慰めてくれたようだが、自分の心痛は誰かに話したからと言って軽くなるような類のものではなく、内部に存在する不安は成長し続けていた。
あの南国の島で、あの子は何を思っているだろう。
この四年間、心の支えになっていたであろうあの少年と再会した息子は、再び別れを選ぶだろうか。
以前のあの島での出来事が脳裏をよぎる。
他人から見れば異常なほどの愛情表現は、今も昔も全てはあの子をこちらに留めて置くためのものだった。
金髪碧眼ではなく秘石眼を持っていないことにコンプレックスを感じていた息子。一度逃げ出した息子。血のつながりが無いと判明した息子。
もちろん他の2人の子供も可愛い。かけがいのない存在だ。特に末子とはこれから長い時間をかけて、失われた親子としての時間を取り戻したいと思っている。
けれど傍にいないと言うだけで心がざわつくのは、あの子だけだった。
愛情と言った感情をはるかに超えて、あの子は己の人生の糧なのだ。
一度は帰ってきた。だが二度目は?
「もう少し待ってておくれ、シンタロー…」
必ず迎えに行くから、帰ってきて。
思わずこぼれた願いのせいで、煙草の吸殻がかすかに揺れた。
向かいに座った弟に言った言葉は、自分の物でないように聞こえた。
言った後で、どうして煙草を吸おうと思ったのか不思議に感じたが、口から出た言葉は取り消すことが出来ないので、驚きに目を見張りつつも差し出された煙草を一本抜き取った。
何十年振りに吸った煙草は思いのほか不味いものではなく、その苦味は奇妙な安堵感を与えてくれた。
「らしくねぇな」
弟は眉根を寄せて、そんな自分を眺めている。
本当にらしくないね、と返しておいて、まだ半分も吸ってない煙草を灰皿に押し付ける。あまり強く押し付けすぎたので、吸殻は真ん中から折れてしまい、くの字に曲ってしまった。
それが己の不安を表しているようで、かすかに苦笑した。
「焦っても仕方ねぇだろ、兄貴」
その言動に反して家族思いである弟は、こちらの心理を察したのか、同情しているかのような顔つきで、小さく息を吐いた。弟に言われるまでも無く、焦っても仕方ないということは重々承知している。
「不安なんだよ、私は。息子達は皆動いているのに、自分だけがあの子の救出に手をこまねいて傍観している」
「老体にムチ打って、総帥代行してるじゃねぇか」
からかうような口ぶりでそう言った弟を軽く睨む。
「それしか出来ないからね。グンマやキンタローのように探索機を開発することは出来ないし、お前達のように戦場に向かうことも出来ない。私は直接的に何もしてあげられない」
無力だ、と実感させられたのは随分久しぶりだった。
「戦場に出りゃ良いじゃねぇか。鈍ってねぇだろ?」
「私が戦場に出て手を汚すことは、あの子が何より嫌がることだ。それに下手に引退したはずの私が動いて、敵国に異変を悟られるのは何としても避けたい」
何を今更、と呆れてみせると弟はそっぽを向いて肩を竦めた。
あくまでも現総帥長期遠征のための総帥代行だと銘打っての現役復帰だったが、いつまで誤魔化せるだろう。息子が跡を継いでから、どんなに長期間の遠征があっても、あの子は決して自分に総帥代行と言うことはさせなかった。おかしい、変だ、とどこかが気付いても不自然ではない。
息子が作った新しい団は軌道に乗っているとは言え、まだまだ不安な要素は多々ある。トップの行方不明は団の足元を崩すには持ってこいの出来事だ。事情を知る者は皆あの子の不在を支えようと必死だが、どこまで持つか。
「コタローの修行も本来は私がすることなのに、サービスに任せてしまった」
親子として再出発するはずだった末の息子は、遠き地で過酷な訓練に耐えている。また父親として何もしてあげられなかった。軽く身を乗り出して、肘をつき両手を組む。組んだ両手に額を当てて、そのまま無言で考え込んでしまった。
正面からそわそわする気配が伝わって、慌てて顔を上げる。
「すまないな、愚痴につき合わせて」
「そんな心配しなくても、どうせあいつは元気にやってるぜ」
「ああ」
こうして家族に愚痴をこぼせるになっただけ、己も成長したものだ。かすかに笑ってみせると安心したのか、弟は総帥室から出て行った。
遠ざかる足音を聞きながら、それが心配なんだけどね、と弟の真似をして肩を竦めてみる。
弟は慰めてくれたようだが、自分の心痛は誰かに話したからと言って軽くなるような類のものではなく、内部に存在する不安は成長し続けていた。
あの南国の島で、あの子は何を思っているだろう。
この四年間、心の支えになっていたであろうあの少年と再会した息子は、再び別れを選ぶだろうか。
以前のあの島での出来事が脳裏をよぎる。
他人から見れば異常なほどの愛情表現は、今も昔も全てはあの子をこちらに留めて置くためのものだった。
金髪碧眼ではなく秘石眼を持っていないことにコンプレックスを感じていた息子。一度逃げ出した息子。血のつながりが無いと判明した息子。
もちろん他の2人の子供も可愛い。かけがいのない存在だ。特に末子とはこれから長い時間をかけて、失われた親子としての時間を取り戻したいと思っている。
けれど傍にいないと言うだけで心がざわつくのは、あの子だけだった。
愛情と言った感情をはるかに超えて、あの子は己の人生の糧なのだ。
一度は帰ってきた。だが二度目は?
「もう少し待ってておくれ、シンタロー…」
必ず迎えに行くから、帰ってきて。
思わずこぼれた願いのせいで、煙草の吸殻がかすかに揺れた。
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