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 さっきまで熱を孕んでいた空気は、息が整う頃にはいつもの通り沈黙し、ひんやりと涼しい。夜も更け、日付も変わったことだろう。
 皮膚の表面を薄く覆う汗も冷え、身体に纏わりつくだけで鬱陶しかったシーツが恋しくなる。
 白い布を引き寄せ身体に巻きつけると、蓑虫よろしくベッドに転がって寝返りを打った。
 ぼんやりと開いた目の先に映る窓の外はまだ暗い。誰にともなく呟く。
「今日は絶対厄日だ…」
「へぇ?それはまた何で?」
 背中の向こうから半身を起こす気配が身を乗り出してきて、耳元に囁きを残す。
 甘ったるく、少し掠れた声に鼓膜を擽られ、先刻までの名残を色濃く残す身体が小さく疼いた。
 そんな状態を悟られまいと、殊更に大きく溜息を吐いて聞かせ、シーツを頭まで引き上げる。あいつの目から俺の姿を全て包み隠すかのように。
「いけずやな」と呟く声が聞こえたが、笑いを含んでいたのが明らかだったので無視をした。
 それでも消えない笑いの気配。
 布の塊の端から広がる長い黒髪を掬い取られ、ちゅ、とわざとらしく音を立てて毛先に口付けてくる。
 何度となく聞かされ続け、耳にこびりついた言葉が囁かれずとも蘇ってくる心地悪さに身動ぐと、手元から髪を奪い返すように頭を振る。布から目だけを覗かせて睨みつけた。
 視線が合う。未だ情欲の名残りを残して蕩けた瞳が、笑みの形に更に緩んだのが見える。
 長い前髪で片目を隠していても、美しく整った顔立ち。なのに、何故こうも「笑顔」が似合わないのか。
「お前とこうやって過ごさなきゃならねぇから」
 散々啼かされて痛んだ喉から低く不機嫌な声を搾り出すと、覗き込んできた左目が丸く見開かれた。
 一瞬の絶句。続いて、呆れたのか諦めたのか、小さく息を漏らす音。
 再びシーツに潜り込もうとしたが、肩を包み直す前に布を軽く引かれ、引き止められる。
「…あんさん…わてのこと、そこまで疫病神扱いしたいんどしたら、さっさと服を着て帰りなはれ」
 シーツに包みそびれた肩の上にあいつの顎が乗ってくる。互いに汗を含んだ肌はぺたりと吸い付き、そのまま溶けるように馴染んでしまう。
 その感覚がなんとも忌々しく、離せと肩を揺らしても離れやしない。それどころか、そのまま上に圧し掛かり、耳の近くに笑いを含んだ吐息がかかって擽ったい。
 こんなに怠くなければ、このくらい楽勝で跳ね返せるのに。悔しさに眉間に皺が寄っていくのがわかる。
「……できりゃ、とっくにやってる」
「ま、そりゃそうでっしゃろなぁ…」
 口を開いても出るのは負け惜しみでしかなく、あいつにはそれが筒抜けなのが気に食わない。
 全てわかっていると言わんばかりに耳殻に歯を立てられ、背を乗り越えて密着する熱が伝わってくる。ふわりと甘く官能を含んだ芳香が纏わり付いて、昨夜の熱に侵された時の眩暈にも似た感覚が蘇ってくる。
 身動ぐ反動で身体が仰向けに転がり、視線を上げれば天井越しに見下ろしてくるあいつの腕の下に組み敷かれた格好となってしまい、より濃厚な香りに包まれる。
 頭上から落とされる視線は獲物を捕らえて飽食した獣のもので、飢えた時のそれも知っているだけに、満足するまで貪った証のその目がまた淫靡に映る。
 さっきまでいいように貪り喰らわれた身体が再び疼き、新たな興奮に酔いたくなる誘惑。
それをあと一歩のところで踏み留まるべく、眦に力を込めて睨み返すが、アラシヤマは全く悪びれずに目を細めただけだった。
「お前が無茶しすぎなんだって気づけよ…」
「でも、無茶するのんわかっといてこうやって来はるお人が居るのは何どしょうな」
 囁きと共に伸ばされた指が、頬の線をなぞってくる。同じ圧力を均一にかけながら、短く整えられた薄い爪がすべり、頭上の薄い唇が笑みを形作って降りてくる。
 わてはもっと無体なことさせたい思うてますえ。
 そんな囁きが聞こえてきそうな、蕩然とした色を浮かべた瞳。見下ろしているせいで顔を半ば隠す前髪が下がり、その下に隠れた目までよく見えた。
 薄く開かれた唇が触れる直前、掌でその口元を押し返し、まだ怠さの残る身体を無理に起こす。
 天井との間を遮っていたアラシヤマを隣へ転がすと、そのまま不貞腐れたか、手近に投げ出されていた枕を両腕で抱え込んでうつ伏せになり、頭が落とされる。
「まったく…つれないお人やなぁ」
 不機嫌な落胆の声が響く。ざまあみろ。
 それを振り返ることなく、乱れて肩に重たげにかかる髪を手櫛で前髪から一気に梳き流す。
指を通る髪はやや重く、含んでいるものが汗だけだとは到底思えない。隣で寝そべるこいつの想いもそのまま孕んだかのようだ。
 腰に負担がかからぬよう、背をそらして伸びをひとつ。
「あー、ほんっとにツイてねぇ」
 聞こえよがしに部屋へと声を響かせ、首をゆるりと回すと、隣から深い溜息が響いた。
「そない言わはるんやったら、賭けでもしまひょか。きっと厄日やのうて、ラッキーデイだと確認させたりますわ」
「確認するまでもなく厄日だろ。間違いねぇよ」
 実際、腰は痛いし、身体は怠い。きっと暫くの間は、こいつの気配が身体に染み込んだまま取れないだろう。
 このままいつもの俺に戻れなくなってもおかしくないんじゃないか、と不安になる。
 そんな気分だというのに、何がラッキーなものか。
「きっとさ、今朝の『目覚めろテレビ』の『本日の占いカウントダウン』とかでも最下位になってるって」
 ごろりと広いベッドの傍らに仰向けに倒れ込むと、隣でうつぶせていたアラシヤマが頭を起こした。
 愉しげな笑いを含む声と共に、指先がシーツに散らかした髪の先を弄ぶ。
 地肌が少しだけ引かれ、むずがゆい刺激を嫌がって無意識に眉間に皺が寄る。その上に押し当てられた柔らかな感触が唇だと気付く前に、面白くない言葉が吐き出された。
「むしろそれで第一位とかになっとりますやろな」
「いくらなんでもそれはねーだろ」
 覗き込んでくる視線をかわし、毛布に身体を包んで背を向けた。のし、と再び肩越しに乗り上げ、耳元に寄せられた唇が密やかな声を届ける。
「わてと居られて幸せでっしゃろ?」
「さぁな…厄日じゃなけりゃ幸せなんじゃねぇ?」
 耳障りの良い甘い声に纏わりつかれても、今までなら『幸せなのはお前だけだろ』と一蹴することもできた筈なのに、言葉が出てこなかった。
 触れてくる重みも体温も、包んでくる空気の甘い重苦しさも、全てがいつの間にか俺にとって抵抗のないものに変わっていたのだろうか。
 なんとなく納得がいかないが、身体を包む毛布ごしの温もりが心地良く眠気を誘うから、考えるのは後にして瞼を伏せた。

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