意識が不意に浮き上がり覚醒する。
うつぶせた胸板に冷ややかな触感のシーツ。僅かにだるさが残り寝返りを打つのさえ億劫な身体。
それでいて意識だけは驚くほどクリアで、瞼を開こうとすれば、すぐに視界は明確。
蒼い。
目の前に広がる枕とシーツは全て蒼かった。視線を上げると見覚えのある誰かの部屋。
眉間に皺を刻んだまま、そろりと傍らへと目を移す。予想通り、部屋の主の金色の髪が薄闇に浮かび上がる。
見るからに柔らかそうな艶やかなそれが縁取る顔の輪郭は年月を刻んで鋭い。
伏せられたままの碧眼が開けば、世界征服を掲げた冷酷無比な殺し屋集団のトップであった頃の冷たい青が見られる筈だ。
当人は「今は引退したシンちゃんを愛するただのナイスミドルにすぎないよ」と主張するだろうが、一族に伝わる青い色を両目に宿していることに変わりはない。
ゆっくり、ゆっくりと、肘をついて上体を起こす。
細心の注意を払って。
傍らで未だ眠るこの人が目覚めないように、寝台を揺らさないように。
俺の肩を滑る毛布から二人で作り上げた温もりを、ひんやりとした明け方の空気に奪われることのないように。
淡い薄明の薄青い紗をかけた視界に浮かび上がる寝顔。
俺が身を起こした時に滑り込んできた冷たい空気の流れによって、眉間に小さな皺が寄ったものの、やはり端正な造作をしていて、綺麗な顔と呼んでいいと思う。
こんな満ち足りた穏やかな表情をされると、際立つのは絶妙のバランスの配置と計算されつくしたパーツで、やはりあの美貌の叔父の兄なのだ、と思い知らされる。起きている時にそんなことを言ったら調子に乗ること請け合いだから、絶対に言わないけれど。
纏う空気は緊張感の欠片もない。このまま首に手を掛けて締めたら、あっさりと縊り殺せそうだと思えてきて、冷たく青みがかって見える白い喉に親指をかけた。
苦悶を訴えるように眉を寄せるか、気配を察して目を覚ますかと期待をして、間近に表情を覗き込む。
変化はない。むしろ間近に観察したせいで、こいつが眠りながら口許に微笑を刻んでいることに気付かされる。こんなことをしている自分のばかばかしさを強調され、かけた指をそっと離す。
血族に対しての甘さ、特別扱いっぷりは今に始まったことではないけれども、こんな調子で誰かに寝首をかかれたらどうするんだ。
一族同士の結束の固さは確かに尋常の血縁の繋がりを越えているから、血族の前で無防備にしていても問題はないのかもしれない。
とはいえ、俺には一族特有の髪も瞳もなく、現在の細胞の組成に至っては相反するモノでさえあるのだから、厳密には違うとも言える。その事実が意識の隅に引っかかってしまい、余計にこの無防備さに苛立つ。
こんなことを口に出したところで、こいつはきっと気にせずに笑うだろう。しかも、顔から火が出そうな余計な言葉を盛り込んだ挙句、過剰なスキンシップというオマケ付きで。
俺に対するコレもまた、一族特有の過剰な結束の延長にあるものだろう。
物理的な組成が何であれ、こいつらが俺にとっての一族で親族と呼ぶべき存在であることに何ら変わりはないのだし、こいつの立場でもそれは同じだから。きっと。
成長を見守ってきた身体や、本当の血肉を分けた息子よりも、長い年月をかけて培われてきた意識というものはそう簡単に変えられるものではない。
「シンちゃんはパパにとって特別だよ」
実際に言葉を聞かなくてもいつでも再現できるほど聞き飽きたこの言葉だが、俺の居場所を明確にしてくれている。
その言葉を発する唇は今は噤まれて、何を思ってか微笑を刻む。指先を伸ばしてそのなだらかな線をなぞってみる。
顎、頬骨と線を伝い、高く細い鼻梁を経て伏せられた眼窩へと形を辿っていくと、微かに睫毛が揺らめいた。
不意に指に感じた瞼の震えに手を引き、間近に寄せた頭を起こそうとしたところで、肩から滑り落ちていた毛先を引かれた。
間近に見開いた視界に瞼の下から覗いた蒼い瞳。唇の端が僅かに角度を変えて上がり、微笑みが深くなった。
「っ!…起きてたのかよ」
「あんなに見詰められたら、愛の力で起きてって言っているようなものじゃないか」
頭を引き止めた毛先に唇を寄せ、細められた目が笑いかけてくる。
身体の怠さも手伝って、殴り倒す拳を握るに留め、わざとらしく溜息を吐いて見せる。
「寝ていればシンちゃんから寄ってくるだろうって思ってたんだよねぇ。予想通りの反応で嬉しいよ」
「勝手に予想つけてんじゃねー!」
すべてを見透かした態度で、笑みを含んで囁く声に顔が熱くなる。握った拳で頭をシーツに叩きこむと、顔を見られないように上掛を引き上げ、拒絶の意志を背中で示そうとした。
視界から追い出した存在が押しかかってくる。頭上から零れる低い押し殺した笑い声。予想は容易にできたが、いちいちそれを裏切るのも面倒で上掛の端を下ろして視線だけを覗かせると、間近に楽しげな笑みを浮かべた顔があった。
まったく、楽しそうな顔しやがって。予想通りの反応を返しているのは俺だけじゃないってこと、わかっていないだろう。いかにも仕方がない、という風を装って溜息混じりの声で囁き、視界から青い瞳を追い出す。
「馬鹿親父」
「シンちゃん馬鹿という点では誰にも負けないよ」
伏せた瞼の上に落とされる柔らかな温もりに口許が綻びそうになるのを上掛で隠すと、それも予想通りとくすくすと低い笑い声が響いて、瞼といわず顔中に口付けを落とされる。
悔しいけれど、この居心地の良さからはなかなか抜け出せない。
伸ばした腕で頭を抱き寄せると上掛の隙間から伸ばされた腕に引寄せられる。
全てが予想通りとなるほどに繰り返されたパターンの踏襲でしかないのだけれど、その繰り返し、居心地の良さが俺にとっては必要不可欠なのだと気付いた。
この繰り返しが俺の居る場所を示すためのこの人なりの努力だろうから。
そう思い至ると自然と口許が緩んだ。
まだ夜が明けるには少しだけ時間がある。
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