イタタマレズニ ヘヤヲ デタ。
午後になると「おやつの時間」と称して、グンマが強制的に俺やキンタローに休憩を仕向けにやってくる。
ただのあいつの自己満足かと思っていたのだが、ヤツに言わせると「そうでもしないと二人ともずーーーーっと仕事しっぱなしで倒れちゃうでしょ!」という一見正論とも思える理由を振りかざしてくるのだ。
更にキンタローを先に説得してラボから連れ出して来られた日には、あいつにまで働きすぎを強調される始末だ。
人の事を言えるのか、と切り返そうにも今から休憩に向かうヤツ相手では分が悪すぎる。
しかして、単なる趣味だとしか思えない甘い茶受けの洋菓子とゴールデンルールで淹れられた薫り高い紅茶が用意され、しばらく山積みの決裁待ち書類から強制開放される時間が訪れることとなる。
毎日毎日律儀に守られるこのルール。グンマは嬉々としてやってくるし、キンタローもそのまま受容しているように見えるが、俺は未だに日課として馴染み切れない。
あの島に居た頃だって、やることが山盛りある中、強引に遊びに巻き込まれたり、突発事項は人の都合を考えずに舞い込んで来て、その都度振り回されながらもどうにかやってきたのだから、そんなに簡単にペースを崩される筈はないんだ。
そう信じていたのだけれど、どうやら煩雑さがどうのという類のものではなかったらしい。
多分、時としてそこに混ざるのが引退したアイツであったり、美貌の叔父であったり、はたまた、いつもはどこに居るのかわからない金遣いの荒いもう一人の奔放な叔父であったりするのも一因なんだろう。
美貌の叔父はともかくとして、他の二人のどちらが揃ってもロクなことはないが、両方揃えば、どこが休憩だよ、と突っ込まずには居られない騒ぎに発展しかねない。
下手に付き合うくらいなら、仕事詰めの方がマシなんじゃないかってくらいの騒がしさ。そして場合によっては破壊がオマケについてくることもある。
珍しく、そんな厄介なメンバーが、もれなく一揃い居合わせた日のこと。
賑やかではあるけれど、どことなく長閑な穏やかな空気が紅茶と甘い洋酒を含んだ菓子の匂いと共に室内を満たす。
こめかみに木の杭を打ち込まれるような、がんがんという痛みが鈍く響き始めた。
その音と周囲の和やかな笑い声、雰囲気が、薄紙一枚隔てて鬩ぎ合い、心の奥底から言い様のない不快感を呼び覚ます。
きらきらと光る金色。明るい空の青色。
それはとても綺麗で、幼い頃に焦がれた色。
自分の持っていない色。
今の自分が今のままでいい、と思っているし、それは間違いないことで。
俺の24年間は俺のものだから、誰に恥じるものでもないのだけれど。
それでも、その間に得てきた諸々のものは全て本当は他の誰かが享受すべきものだったのでは、と涌き上がってくるこれは。
ふと思いついただけの疑問のようでいて、ずっとこの4年間、思い続けてきたものかもしれない。
考え始めればキリがなく、こめかみを鈍く叩く杭。
誰にも気付かれることのない痛みに眉を寄せ、自分に向けられる暖かな視線から目を背ける。
寄せられる好意にいつでも不機嫌を装ってきたから、多分誰も気付かない。
気付かれずに目の前で流れていく会話に適当に相槌を打ちながら、頭の端にこびりついた考えは止まることなく流れ続ける。
24年間自分だと思っていた身体は、
今の身体にしたって、
受け取ってきた愛情にしても、
全て本来受け止めるべき誰かがいたはず。
そう。
この魂でさえ、
普段なら考えもしないような、
普段なら忘れていたようなことが一気に膨れ上がる。
胃の奥に固いしこりが生まれ、喉元目掛けて競りあがり、零れそうになる呻き。
それもこめかみの痛みと眉間の皺に掻き消され、唇を噛むにも至らない。
俯けば頬にかかる自分の黒い髪。
彼らの持つそれとはまったく違う。
目を背けた先の天井の色は無機質な灰色で、瞼の裏に常に思い描く楽園の青には程遠く。
青の鮮やかさとの落差に溜息が漏れる。
幼い頃に焦がれたあの色と、彼らが互いにあまりにも優しくて。
そこに俺も居て当然という顔をしたりするから。
俺だけが黒い髪で、俺だけが黒い瞳。
違うことに意味なんかないと彼らは笑うのだけど。
それでも、時々重くなるんだよ。
こいつらの頂点に立って、俺がやりたいことをやる、ということが。
あの叔父との反目を呼んだということが。
青い瞳と金色の髪の一族を率いるのが黒い俺であることが。
あんたが着ていた赤い服を引き継いでも、どこかが違っていて。
黒い髪により禍々しく映える赤。
それが俺なんだとわかってはいるけれど。
笑顔を作りながら、眉を顰めながら、
どこかでこいつらは結局俺とは違うんだ、と自分の中で膨れ上がる違和感は押さえようもなく。
常の疲労を言い訳に、ソファから立ち上がると口の端に軽く笑みを掃いて見せる。
多かれ少なかれ俺を気遣う表情に曇るであろう、あいつらを安心させるために、気休め程度にしかならないかもしれないが、疲れているのも事実だし。
案の定、親父の顔にはかなり大袈裟な「心配」という文字が浮かび上がる。あんた、ほんっとに引退してから親ばかに拍車かかったな。
居た堪れずに部屋を出た。
室内の暖かな空気とは対称的な、ひんやりとした廊下の空気。
ようやくこめかみの痛みをそのまま溜息にして大きく吐き出せば、視界に闇が下りてくる。
仕事に戻る気にもなれず、屋上へと足を向けて階段を上っていく。
高層階の屋外には強風が吹き荒れるが、頭上を仰げば青い青い空が広がっていた。
まるであいつらの瞳の色や、あの南の楽園の高い高い空の色には敵わないけれど、それでも透き通った青。
ああもう。
大好きだよ。お前ら皆。
一緒に居るのが苦しくなるくらいだ。
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