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15

月の雫


あの島から帰ってきた。
――皆で。
色々なことがあり、変わってしまったことがあったのに、現実に戻ればグンマには研究が待っていた。
しかし、そうやってすぐに日常に戻れるものは希少だった。
まずは、シンタロー。
大きな地震の後、島の住民達がどこかへと旅立ったことを知り、暫く呆然としていた。
彼がここに戻ってきたのも、あの島に残っていても肝心の少年達がいないからであって決してこちらにいたかったからではないだろう。
ろくに食事をとろうとしないのも気がかりのひとつ。
そして、もう一人の従兄弟。
彼もまた何をして良いのか分からず、相変わらず無表情にトレーニングルームにて筋トレをしている。
それぞれが思い悩む中、平和に見えるのはグンマだけだと誰もが思っていた。

そんな中、ふらりとシンタローがグンマの元を訪ねてきた。
「今暇か?」
「うんっ!」いきなりドアが開き、首だけを覗かせて問いかける従兄弟に慌てて手に持っていた工具を置くと、彼の元へとパタパタと近づいた。
「どうしたの、こっちにくるなんて珍しいよね?」
なにもシンタローだけでなく、大抵の団員は研究棟へ来ることはない。
研究員のようにここに詰めているものでもなけば、こんな奥まったところに顔を出すものがいないからだ。
独立した建物にあることも要因のひとつだが、マッドドクターの呼び名を持つグンマの育て親に会いたくないという、至極まともな理由が大半であろう。
「んー。確かお前、F-2区の鍵持ってたろ。借りれるか?」
F-2区というのは今いる建物の横にある、温室のひとつ。
研究棟とはいうが、このあたりにはいくつもの建物がある。
シンタローの言う温室も、中はいくつも分かれており、温度設定が定められているところだ。
「…ねえ、僕も行っていい?」
最近なにやら考え込むその姿を見かけるようことが多かったが、それが何を思っているのか分からず、グンマはただ見ているだけだった。
だから唐突に現れた彼が、何かを思いついたのか気になった。
「別に構わなねぇよ」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
大急ぎで鍵を保管している引き出しをかき回す。
その場所は建てられた時期が古く、また利用頻度が低いこともあり、ドアが電子化されていない。
あの建物の以前の管理者よりグンマが引き継いだもの。
しかしバイオに関しては興味がないため、高松に管理を任せ、グンマは名目上の管理者でそこへ赴くことはあまりない。
程なくして鍵を見つけると、じっと見つめる。
「どうかしたのか」
動きの止まったグンマを不審に思い、声をかけた。
ゆっくりと顔を上げ、ふわりと優しい笑みを浮かべるとつかつかとシンタローに近づく。
何事かと眉を寄せるその手を取り、そこに鍵を握らせる。
長い間放置されていた鍵は冷たく、くすんだ色をしていた。
鍵とグンマと交互に見比べていると漸くその口が開いた。
「あげるよ、シンちゃんに」
この鍵は必要ないから。
鍵ごと手を包み込んだと思うと、一度も聞いたことがない優しい声が聞こえた。
「けれど、ここは…」
「僕のものじゃないよ。本当ならキンちゃんのものだし」
そう、元々はルーザーの研究室だったところ。
現在は我が物のように扱っているのは高松で、怪しげなバイオ植物も育てているが、昔の名残か、世界各国の植物が植えられている。
「それから、今はお父様のものだよ」
言外に、己の望みを告げる。
きっと気が付かれることはないだろうけれども、どうしても伝えたかったのだ。
何事にも捕らわれない彼が好きだったから。
未だに混乱しているシンタローは、居心地が悪く眼を逸らした。
この従兄弟は以前と変わってしまった。
髪を切った後、よく笑うようになった。そう、笑い方が変わった。
自分で何でも出来るようで、そのくせすぐに他人に頼るようなところがあったのに、今では自らの分野だけでなくガンマ団にある総ての研究員を束ねるべく頻繁に他の研究室に足を通わせている。
しかし、それは言外にガンマ団を、実父の跡を継ぐ気はないと表明しているようなもの。
前に進んでいく従兄弟は、きっと翻す気はさらさらないのだろうと、なぜかシンタローは分かっていた。
「行こっか」
顔を向ければ、笑っている従兄弟。
何が彼を変えたのか、とても不思議だった。


がちゃり、と原始的な音がする。
ドアは普通のものと違い、外の熱に影響されないように分厚くなっている。
そのため開けるのに苦労するが、ドアからあふれる熱気が心地よい。
「ここのドアも換えたいな~」
「好きにしろよ」
結局そうしたならばあの鍵の意味がなくなるのだが、発想があまりにもらしくて笑った。
熱帯の気候を模した温室にはガンマ団周辺では見かけることのない木々が植えられている。
暫く、二人とも無言で歩いた。長い間歩いた気もするが、実際は短かったかもしれない。
草を踏む音だけが耳に届く中、不意にシンタローが足を止めた。
その後ろを歩いていたグンマもつられて足を止める。
「…シンちゃん?」
仕方なく、声をかける。
グンマはどんな無茶を言われてもかまわないと思っていた。
たとえそれが、彼が目の前から去っていくことでも。

実際、あの島にいるときから覚悟していた。
この従兄弟がここで生きていくのだろうということ。
自分とは違う世界に行ってしまうのだと。
それでも笑ってくれるなら、それでいいと思った。
少し前の彼のような表情はもう見たくなかったから。


今彼がここにいるのは、奇跡。
あの子供が手を離してくれたから起きたこと。
何故きっちりと結ばれていたそれを離してしまったのかは知らない。
ただ、それが一番良い方法だと思ったのだろう。
あの子供は聡いから。


「綺麗だな」
「うん」
彼は振り返らない。
けれども、それでいい。
彼が今欲しいのは、話を聞いてくれる誰か。
だから、このままでいい。


「悪ぃ」
「…何が?」
息を整えて、泣かないように準備する。


「俺は、ここから始めようと思う。俺の楽園を」


一瞬にして、止まった。
彼は、なんと言った?
それは、そうその一言は。
望んだもの。
望んではならないと、抑えていた答え。
あの少年を追いかけるものだと思っていた自分がいた。
だから。


「―――っぅ」
「グンマ?」
シンタローが振り向く姿が、翳んでいた。


きっと、もう使われなくなると思ったから、鍵を渡した。
あの島と、彼と繋がっていたいと少しでも思っていたかったから。


「泣くなよ」

困った顔で、シンタローが頭を撫でてやるが、その涙が止まることはない。
「お前の、居場所を取っちまって悪いな」
でも、決めたから。
その言葉に、頭を横に振ることで答える。
居場所なんて、どうでも良かった。
自分があの父親の跡を継ぐつもりはなかったし、なによりどんなことをしても自分が変わるわけではないと分かったから。
たとえ名前が変わっても、親が違っても、自分は自分なのだと。


漸く涙がひいて、眼が赤いままグンマは笑った。
「お帰り」
「…なんだよ」
いきなりの言葉に、どっと力が抜けた。
「気にしないでよ」
「大体、何で泣いたんだよ。わけわからねーよ」
「あはは」
言うつもりはなかった。
きっと、怒るだろうから。
「それで、これからどうするの?」
せがんで我侭を通して手をつないでもらった。
こんなのはいつ振りだろうか?
嫌がりながらその手を握る彼の眉間には皺が寄っている。
「ん、そうだな~。取り合えず親父の跡をついで…」


彼の声が、耳に優しい。


この胸の中の誓いは、きっと変わることがないだろう。


彼のためならば、僕は何だってしてみせよう。
幼いころ、僕を守ってくれるといった彼のために。









<後書>
いかがでしたでしょうか?
初めての長い話ということでしたが、これでお終いとさせていただきます。

書いている最中で、自分の中のグンマさんが変わっていくのが分かり、そのため、読みづらいところも沢山あったと思います。
ただ、シンタローさんが大好きなグンマさんを書こうとしていただけなのに、いつの間にかグンマさんが大好きになっていく自分に笑ってしまいました。
もし、この話を読んで、グンマさんを好きになってくれる人がいたらなと思います。


ここまで読んでくださった皆様、感謝の言葉でいっぱいです。本当に長々とありがとうございました。

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