月の雫
それはいつからだろうか。
気が付いていた、彼らの関係。
仲の良い、友であり従兄弟である彼らの関係がいつの間にか変貌していた。
力の無い彼はその強さに憧れ、その強さを妬む者にあるときは自分を通して、またあるときは偶然を装って報復を果たしていた。
持ち得なかった色に劣等感を持っていた彼は、自らの父を目指すことによってその力を変え、やがてその方向性を失っていった。
そして、彼らの進む道をただ見ることしか出来なかった自分が、ある時ついに道を示した。
それが、数ヶ月前のこと。
帰ってきたらまず、研究室にいるはずのグンマの元へと向かう。
「グンマ様~!お元気でしたか?」
しかし、応えは無い。
勝手にロックを開け、中に入るが誰もいない。
おかしいと訝しみ、探してみるがどこにも見つからない。
「…シマネ」
留守を任せていた自分の部下に極力抑えた声で問いただす。
先ほどから様子のおかしかった彼は、名を呼ばれただけですくみ上がる。
「グンマ様はどこにいるんです?」
落ち着いたトーンの中に、どす黒いオーラを感じる。
「あの、その、実は――」
「一人で、あの島に向かったんですか」
説明を受け黙り込んだ高松は、確認を取るでなくポツリと一言呟いた。
あの日以来、高松はシンタローに会っていない。シンタローに日本支部での爆発を教えたとき以来…
そしてガンマ団を脱出したことを知った。秘石を持って逃げた彼がどのような動きを見せるのかと続報を気にしていた。
しかし、ある島に行ってからそこから動こうとしない彼に、じれったくもこのまま戻ってこなければよいと思っていた。
幸せになれるのであれば、それでよいからだ。
第一、危険であるコタローから離れられるというのだから心配事のひとつが解消されるというもの。
しかし、そこにグンマが向かったとなれば別だ。
ここ数年、仲の悪かった二人が会ったならば、きっとグンマが無事であるはずがない。
「…どうやら、命が惜しくないようですね、あなた」
物騒な台詞をメスを携えながらいわれ、覚悟を決めたシマネ。
しかし、そこに救いの手が差し伸べられた。
「高松~!!」
唐突にドアが開き、泣きながら入ってきたのはいわずと知れた、グンマ。
そのまま高松に抱きついて子供のように泣きじゃくる。
「どうなされたのですか?」
優しくあやす手に落ち着いたのか顔を上げたグンマは総帥よりも先にあの島で起きたことを語り始めた。
そして、見ることができた彼の姿。
その姿は、ある親友を思い出す。
本部にいたときよりも強く感じるのは、同じように南国の風を纏っていたからだろう。
違うものだと信じる身にはとても辛い、感覚だった。
それでも、生き生きとしているその様に安堵したのも事実。
親友に似ていることで、救われたのは自分なのかもしれない。
グンマを守りながらの逃走は安易に出来た。それは彼らがこちらを傷つけるつもりがないからだろう。
それが、益々高松の傷を癒していくようだった。
「シンちゃん、元気だったでしょ」
あっけらかんに笑うその姿はただ無邪気にしか感じられない。
しかし、高松は知っている。この笑顔の下に隠されている、怖いほどの決意を。
もし誰かにたずねることが出来るのならば、彼はこう聞いただろう。
生まれつき善悪の区別をつけることがなかったものと、常識を知りなおかつそれでも罪を負おうとしようとしているもの。どちらがより罪深いだろうか、と。
恐らく、グンマは何かを掴んでいるのだと高松は確信している。だからこそ、自分をあの島へと連れて行ったのだと。
「高松?」
「いえ、なんでもありませんよ」
不安そうに見上げてくる被保護者に笑いかける。
その性格ゆえに、秘石眼を持たぬその瞳に一族として軽んじられている青年は、しかし誰よりも怖い存在だ。
「大丈夫ですよ」
そして知ってしまってからの高松の立場は変わってきた。
「総て私に任せた下さればいいんですよ」
彼に、何かをさせてはならない。
それが高松の結論だった。
もしも誰かにグンマのことを知られた場合、その神輿に祭り上げられないとは限らない。
誰よりも怖いとはいえ、世間から隔絶されたグンマはまだまだ甘いところがある。そして研究一筋だったその体は純粋な力には敵う事がない。
だから、遠ざける。彼を傷つけると思われる総てものから。
「うん、分かった」
その答えがどれだけ虚しいものだと知っていても。
「それが事の顛末か」
彼は6つの碧眼を知っている。
そのどれもが違う色を宿しているが、その中でもっとも深く激しい色を持っているのは目の前に君臨している覇者だけだろう。
「ええ。グンマ様が望まれましたので」
しかし、その視線を受けても怯まず、笑っていられる自分も相当の狸なのだろう。
島に向かったのはグンマが帰ってきてから直。必要なものだけを揃えて、そのまま出発したのだ。総帥の許可も得ず。
「自分のしたことが命令外のことだということは分かっているのか?」
「どこがです?私はグンマ様の望まれたことをしただけ。そしてグンマ様はシンタロー様を連れ戻すために私を連れて行ったのですよ」
内心はともかく、伊達に年を重ねてきたわけではない。平常心を装い受け流す。
普段であればその態度に笑って許すマジックだが今回だけはそうもいかない。
マジックを常でいられなくするものが、あの島にはあるのだから。
「……今回は許そう。しかし、次はないと思え」
「ええ、分かっていますよ。私も命が惜しいのですからね」
心持引き締まった口元に、ようやく怒りを納めたマジックだったがふとある疑問を思い出した。
それは1年以上前の不可解な出来事についてだ。
「ひとつ、尋ねるが…」
「なんです?今回の成果については報告した以上のものはありませんよ」」
「いや、グンマのことだが――本当に秘石眼はないのだな?」
その問いに、眉をひそめる。
あの瞳に関してならば、ある程度の研究は進められているものの一族の感知能力に比べればまだまだ拙いもの。つまり、彼らが感じたのでなければ他のものが分かるわけがない。
「ええ。もしかしてグンマ様からも何か感じ取られたのですか?」
だとしたら状況は一変する。
シンタローが本部からいなくなったということを知っているものは実は一握りしかいない。
混乱を恐れたための処置だがそれもここまで長期化すると隠すことが困難になってきている。
そこへ今まで秘石眼を持っていないとされていたグンマにその反応があったとしたら?
悪条件が重なりすぎている。
それは誰よりもグンマの好まぬ展開だ。
そんな心中を知ってか、ゆっくりと頭を振る。
「いや、只気になっただけだ」
そして手で退出を促され、高松は一抹の不安を抱えながら戻るべきラボへと向かった。
このとき、二人は知る由もなかった。
それは過去にそのような例がなかったからといえるだろう。
そう、彼は一族の中でも稀に見る、否、もしかした始まって以来の逸材であることを。
<後書>
お待たせしたのに、なぜかミドル二人のお話…
いやはや、日記のままでやったほうが楽だったな~と思いつつ、結構熱中してます。
…ついてきている人が少ないと分かっていても、楽しいものは楽しいんですよ。
趣味に走って申し訳ないと思うのですが、まだまだ続きます(でも、後少しかな?)
最終目標は、髪を切って弟分が出来た頃までを目安に。
…前にグンマ様はあの島が手に入れたものに自分の意思を伝える勇気みたいなことを書きましたが、もしかしたらそれ以上のものを手に入れたのかもしれないと思う、今日この頃でした。
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