月の雫
その様子をグンマがリアルタイムで知ることが出来たのは、一重に実力から。
システムの拡張を行った際に、密かに優先コードを作り変えておいたことがどうやら功を奏したようだ。
あの日以来、誰にも内緒にしていることがたくさんある。
まず自分の知らないところで物事がどれだけ動いているか把握することは出来ないと考え、自分に必要な事項のみを集めるようにになった。
一番最初に、グンマは初めてマザ・コンに対してハッキングを行った。
いや、正確にはハッキングとは違うかもしれない。
製作者コードを使って入った以上、コンピュータはグンマのことを侵入者とは思わない。故に、侵入した形跡も無く堂々とアクセスすることが出来た。
そしてそこからいろいろと探っていった。それこそ、重要機密事項ですら覗くことが出来るグンマの前にはパスワードの壁など無いも同然で、何でも閲覧することが可能だ。
そしてどこにコタローが幽閉されているのかがわかった。
この大掛かりな計画に関わった者達も…
調べてゆくうちに、自分が何をするべきなのかわからなくなった。
いや、手段だけならば幾通りも浮かんだ。コタローを助ける方法も、シンタローに誰にも悟られず、総てを教える方法も。
養い人の高松に復讐する方法も、一瞬だけ浮かんだ。流石にその時は、自分がそんなことを考えたことが怖くなり、背筋に冷たいものが走った。
しかし、グンマにはどれも実行に移すことは出来なかった。
最後の一歩を踏み出す勇気が無く、そのままただ時間だけが過ぎていった。
そしてその日、時計のアラームが始まりを教えてくれた。
ただのアラームではなく、ガンマ団本部において何らかの変化があったときに報せるようにと命じておいたプログラムのひとつ。
慌ててグンマは今までの作業を中断し、本部の管理システムに潜り込んで詳細を掴もうとした。
この研究室にはガンマ団のシステム総てを掌握出来るように組み替えてあるため、直にどこに異常が起きたのかがわかった。
総帥室に何者かが侵入した。それまでに何の反応も無いことから、内部の特に幹部クラスの犯行。
ひとつの予感が、グンマの胸に過ぎった。はやる気持ちを抑えて、侵入者の逃走ルートを予測しながらカメラからの映像をチェックしていく。
やがて、ひとつの映像が眼に飛び込んできた。
侵入者として判断された一人の青年。長い黒髪をなびかせ、大事そうになにかを抱えている。
監視カメラから彼の様子を追う一方で、グンマは彼が何をしたのかを調べた。彼を逃がすために、監視カメラに偽の映像を流すことも忘れずに。
彼が建物から飛び出した瞬間、ようやく知ることが出来た。
「行ってらっしゃい。シンちゃん」
『シンちゃんは、何になるのさ』
『俺はそうだな~』
『早く教えてよ~!』
『パパみたいに強くなるんだ』
『強くなってどうするの?』
『そりゃぁ…そうだ』
『なぁに?』
『お前が苛められないように守ってやるよ』
『ホント?約束だよ!』
『ああ、約束だ』
きっと、忘れられている約束。
でもそれはシンタローだけのせいではない。
期待の大きかったシンタローはいつしか目的だけが圧し掛かり、なぜ強くなろうとしたのか忘れてしまったのだ。
単純な父親への羨望が重圧に変わったとき、ただ強く、総帥の息子としての自分に囚われてしまった。
強くなっていく従兄弟をみて、グンマは嬉しい反面、怖かった。
負けるを知らないシンタローが、敵わない壁を知ったときにどうなるのか予測できなかったから。
やがて、シンタローに弟が出来た。年の離れた、小さな赤ん坊。
直になくなった母親の代わりのように、シンタローは愛情を注いでいた。
それだけでグンマは喜びを感じている自分を知った。忘れられていた約束が実った気がしたからだ。
呪縛から抜け出せたのだとほっとした束の間、またしても父親の、総帥の影に囚われてしまった従兄弟と、変わらず何も出来ないままの自分。
そして今。
シンタローの、眼には強い光が宿っていた。
果たして、今度はどうなるのだろうか?
<後書>
エンジンが掛かってきた二人。
シンタローさんはまだ逃げることしか考えていないけれども、今のレールから外れようと頑張っていて、グンマさんはシンタローさんが自分以外の人間にだけれども約束を果たそうとしているのが嬉しいということで。
次は…パプワ島?
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