暗転した世界
何度もインターフォンを押したが返事がない。
すぐに眉根にしわを寄せてしまうのを変な癖だと笑われたが、あの二人に囲まれていたら自然にそうなってしまったのだ。
どうしたものかと迷ったが、すぐにパスワードを打ち込んだ。
音もなく開いたドアは一見無防備に見えるが、すでにここに来るまでに幾重ものセキュリティが用意されており、容易にここにたどり着くことは出来ない。
しかし足を踏み入れれば、あまりの飾り気のなさにあっけに取られてしまうだろう。
華美を嫌い機能性を好むためか、はたまた貧乏性のせいか、驚くほど必要最低限のものしかない。
調度品も、決して安いものではないが実用性に富んだものが多い。
キンタローが会いにきた、彼女の座るデスクもそうだ。
重量感のある樫で出来たデスクは、滅多な事では使い物にならないということはないだろう。
すべらかな肌触りが心地よく、どこか温かみのあるものだった。
そのデスクを見て目を見張ったのは、別にデスクに異常があったわけではない。
度の過ぎるスキンシップから起こる、ガンマ砲の打ち合いを奇跡的に避けている机には傷ひとつついていない。
そう、問題は緊張感も無くうたた寝している彼女にあった。
長い黒髪が空調の風に合わせて揺れている以外は、シンタローの寝息がかすかに聞こえる程度。
手にペンを持ったまま、気持ちよさそうに眠っている彼女にそっと近づく。
デスクに乗っている大量の書類。
今すぐにでも目を覚まさせ、総てを決済させるべきなのだろう。
そのために、キンタローは手伝いに来たのだから。
けれども寝顔を間近で見た瞬間、手が動いていた。
「ん…」
ゆっくりと体を起こすと、サイドボードの上においてある時計に手を伸ばした。
何度か空振りしたものの、何とか捕まえることに成功し、今の時刻を見る。
「あれ?」
時計の示す時間を見て、違和感を感じた。
明らかにおかしな時間に、ふと寝る直前に何をしていたかを思い出そうとした。
なぜかぼんやりとしか思い出せない。
何時もどおり、業務を終えて屋敷に戻ったはず。
だが、何か腑に落ちないのだ。
そこではた、といろんなことに気がついた。
ここは屋敷ではない、総裁室の奥にあるベットルームだ。
総帥になったころは、あまりの忙しさにここに寝泊りをしたものだが、最近はよほどのことが無い限り、帰る様にしているはずだった。
そして、自分の格好。
上着が脱がされていて、その下に着ているシャツ一枚の格好だ。
さらに言うなら、ブラジャー、ズボンがない。
さっと、顔が青くなった。
いくらなんでもおかしい。
どんなに疲れていても、きちんと着替えて寝ているはずだ。
がば、と身を起こして周りを見回す。
人の気配なんて無い。
よく見ると枕元にズボン、そしてたぶん身に着けていただろうブラジャーが…
見つけた瞬間に、今度は顔が熱くなった。
自分だったらこんな風に畳まない。
脱いだらすぐ、洗濯籠に突っ込むはずだ。
起きぬけの衝撃が覚めやらぬまま、とりあえずのろのろとズボンと、きれいに揃えられている靴を履いた。
そこでようやく部屋の外、いつも自分が陣取っている部屋に何者かの気配を感じた。
今まで気がつかなかったのが不思議なくらいだが、自らの身に起きたことに手一杯で何も考えられなかったというところだろう。
そっと、気配を消して歩き、少しだけドアを開けて様子を窺う。
耳に届く音は、カタカタとキーボードを叩く音のみ。
淡々としたその音にいささか拍子抜けたが、思い切って顔をドアの外へと出してみた。
「…起きたのか?」
真直ぐにこちらを見るその目に、さっきまでのことが嘘だったのではないかと思った。
しかし、彼の座る椅子にかかった深紅のジャケットが全力で忘れようとするシンタローの意識を引き止める。
「いつ、来たんだ?」
それでも一抹の期待を胸に、平常を装ってドアをくぐり彼の元へ、デスクへと近づいていった。
それが現実へと一歩一歩近づいていくと信じて。
「結構前だな」
「そうか」
ちらり、とデスクに広げられている書類に目をやる。
たちまち襲う既視感に胸が騒いだが、何とか抑える。
しかし、現実はシンタローをあざ笑うかのように、するりと伝えられた。
「あまりにも気持ちよさそうだったから、起こさないでおいたんだが、ゆっくり眠れたか?」
「…え?」
キンタローの声が遠くに聞こえる。
代わりに、キンタローの手元にある書類の内容がフラッシュバックする。
確か、昼ごはんを食べた後にあの書類を見ていたのは――自分?
「シンタロー、どうかしたのか?」
突然黙ってしまったシンタローの様子に気がつき、椅子から立ち上がると、その顔に手を伸ばした。
もしかしたら、体調が悪いのかもしれない。
根詰めて仕事をしている姿を見ているからこそ、どうしても心配してしまう。
しかし、伸ばした手はあっけなく振り払われた。
「シンタ…」
「とっとと出て行け~~!」
わけもわからずキンタローが追い出された後。
顔を赤くしたシンタロー一人が部屋に残された。
<後書き>
シンタローのしているブラは肩紐なしのやつです。
(そこからですか)
寝るときにブラを外すものらしいですね。
私はそのまま寝てるんですけど、妹とかがそうしてるのを聞いて書いてみました。
ネタをありがとう、妹(いや、そんな感謝の仕方はどうかと)
なんで脱がしている間に裏向きの話にならないかというと、書いている人間に問題ありです。
後、設定もある程度影響している気がします。
通常設定だったら、キンタローが襲うか、たたき起こして仕事させてそうですけど、この設定だとあくまで兄弟ですから。
付き合っていてもそうでなくても、こんなもんでしょう。
このページにはおまけがあります。すぐに見つかると思うので、頑張ってください。
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