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いやな夢だったなあと思って、本当にいやな夢だったとため息混じりに笑みを作りながら、コーヒーメーカのスイッチを押した。

背中から、聞き慣れた声がかけられる。

少し、驚いたようなトーン。

「シンタロー、もう起きていたのか」

「ああ」

「コーヒーなら俺がやろう」

「いいよ、こんくらい」

それより今日の予定は。

午前中デスクワークで、午後からはどこに行くんだっけ。

普段通りの会話、普段通りの雰囲気に、だんだん夢の記憶は薄れていく。

でも、どうしても脳裏にこびりついて剥がれない記憶のカスは、ほんのわずか触れただけでぞわりと背中を震わせるのだった。

だから触れないようにする。

いやな夢はある意味、いやな現実よりタチが悪い。

自分でどうにかすることができない理不尽さを含んでいるから。

ふと視線を上げれば、キンタローの訝し気な表情が妙にクリアに飛び込んでくる。

そうして自分が部屋唯一の扉ばかり気にしていることに気付かされて、居心地の悪いような苛ついたような、曖昧な感情を誤魔化すように、コーヒーカップを乱暴に取り出した。

扉はまだ開かれない。

開きそうにない。
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ガンマ団本部に戻ってくることは少ない。

戻ってきたとしても、滞在時間は短い。

だから相手の言い分も、わからないでもないのだ。

「これから、どないどすか」

軽めの言葉とは裏腹に、伺いをたてるアラシヤマの態度は、つい謝りたくなる程度には切実に見えた。

例えそれが、底冷えする深夜の廊下、なんて、いかにも寂しい状況の醸し出す雰囲気のせいだったとしても。

一応、まだ20代だし。

溜まるもんは溜まるし。

そういうのを抜きにしても、相当の期間触れ合っていなかったから、せっかくの機会に触れ合いたいと思うのも、たぶん、お互い、同じで。

「・・・・いいぜ」

「はあ、やっぱり・・・・・・・って、え」

「聞こえなかったなら、いい」

「シ、シンタローはんっ」

追ってくることがわかっているから、少しも歩調を緩めたりしない。

私室の扉だって服を脱ぎながらさっさと開けて、さっさと閉じた。

ロックまでは、勘弁してやったけれど。
A
好意から花を贈られて悪い気のする人間は、たぶん、いないと思う、けれど。



アイリス、百合、ストック。

「あなたを大切にします、純潔、永遠の恋・豊かな愛」

スミレ、マーガレット、勿忘草。

「誠実・愛、心に秘めた愛、真実の愛」

白バラと赤バラ、スターチス、ライラック。

「尊敬、愛・情熱、永久不変、愛の芽生え」

ジャスミン、ニコチアナ。

「私はあなたのもの、あなたがいれば」

興味深そうに響く、高い声。

今朝、花言葉辞典を片手に現れたグンマは、俺が放っておくのをいいことに部屋を駆け回っては、いちいち花に付属された意味を(知りたくもないのに)教えてくれている。

重いため息を堪えながら、俺は、痛み出したこめかみを押さえた。

突然、花束及び鉢が総帥室に届けられ始めて、1ケ月ばかり。

現在の総帥室には花が溢れている。

むせ返るような甘い匂いにも、部屋とは不釣り合いな鮮やかな色彩にもいいかげん慣れたものの、贈り物の意図がわからないことは怖い。

(わかりすぎるからこそ怖い、とも言えるか)

贈り主を知っているはずのキンタローは、訊かれないかぎりその名を出さないだろうし、俺も敢えて訊く気にはなれない。

そして、断定しようと思えば断定できる贈り主は、花が届き始めてから姿を見せていない。

「シンちゃん、大丈夫?」

「・・・ああ」

「えーとね、昨日の花はアイビー。花言葉は永遠の愛、友情、信頼」

脱力して、背もたれに全体重を預けた。

ぎし、と皮の軋む音とほぼ同時に、扉が軽快に開いて。

「シンタロー、今日の花だ」

「・・・あんがとよ」

いつも通り、キンタローの手によってデスクに置かれた鉢植えには、オレンジ色の花が咲き誇っている。

見慣れない、珍しい形。

「・・グンマ、これは?」

「ん、ん~~~~え~と、あ!ストレリッチア、だって」

「ストレリッチア?」

「ストレリッチア、もしくはストレチア。和名は、極楽鳥花」

力が抜けたはずの体から、さらに力が抜けた。

色も、名前も、1人の男のことを彷佛とさせる。

「花言葉は、恋する伊達男」
a
通い慣れた道だというのに、曇り空の下にあるだけで、いつになく景色は色褪せて見え――偶然にしても天気のいい日にしかなかった道行きなのだと気付く――なにか姿のないものに前方を塞がれたような感覚に陥り、俺は何度目か足を止めた。

左の脚の、膝から下に鈍く痛みが走る。

「・・降ってくるな、こりゃ」

語尾に重なり頬を打った、初めの雨滴。

小さく舌を鳴らしたところで、雨雲が一気に割れるわけもないのだけれど、ずいぶんと激しい降りになりそうだった。

自宅に戻るにしても、目的地に向かうにしても、同じくらいの距離を行くことになる。

「どうするかな」

ため息を1つ、左足を庇うようにしながらも、結局は当初の予定通りに小走りに急ぐことにした。

雨の日は脚も気分も重い。



雨隠れ



門をくぐったところでか細く聞こえた、けんけんと不快な音を追って、玄関ではなく庭先に出る。

そんな気温でもないのに、そいつは薄物を引っ掛けただけの姿で縁側に座っていた。

肩を震わせて口許を押さえる様に、思わず寄った眉間の皺、を、指で延ばして。

「よお、元気そうじゃねーか」

「おかげさんで」

とっくに気配に気付いていたのか、アラシヤマは少しも驚くことなく、薄ら笑いを浮かべてみせた。

勧められるままに隣に腰を下ろし、俺は、とりあえず手に持っていたものを差し出した。

甘い香りが、湿った匂いを打ち消す。

アラシヤマがまた口唇に指をやり、おおきに、と囁く。

笑い出すのを堪えているのかもしれない。

「今夜あたり、雪にでも変わりそうどすな」

「昨日、親父が買って来たんだよ。見舞いにはちょうどいいだろ、・・この家、殺風景だからな」

まだ開ききっていない花びらには幾つか雫が乗っている。

周囲を取り巻く暗い色調の中、いやに鮮やかな紅が目に痛い。

「つーかお前、寝てたほうがいいんじゃねえの?」

奥に敷きっぱなしの布団を横目で見やった隙に、目前に迫っていたのは、ついさっき咳を口腔に押し込んでいた指で。

しとどに濡れ色濃くなった髪を掴まれ、垂れ落ちた冷たい雫が、やはり冷たいアラシヤマの腕を伝う。

「・・シンタローはんにはよう似合いますな」

「・・馬鹿が」

俺の漆黒の髪に差し込まれた、一輪の花。

真っ赤なそれに、急激に心臓が騒ぎ始める。

その鮮明な色を、最後に見たのは、ほんの少し昔のことだ。

白い指からこぼれる赤。

赤に濡れた薄い口唇。

「・・傷の舐めあいなんて堪忍してほしいわ」

馬鹿言うな、と怒鳴って、いつものように蹴り飛ばしてやることはできなかった。

「もうここに来たらあきまへんえ、シンタローはん」

アラシヤマの青白い喉が、引き攣るみたいに震えて、笑い声を作る。

(俺が今、なにを探しているのかなんて、知ろうともしないくせに)

会いに来るのに理由なんて必要あるかよと思いたいのに、それでも言い返せずに、必死に理由を考え倦ねている。

胡座をかいた膝の上の指先が、きつくきつく握られたせいで色を失くしている。

(・・脚が、痛え)

広くもない庭に降り注ぐ雨音が身体の中に響き、否が応にも記憶を、その時の痛みを呼び起こす。

途中で退いた男と、最初から退かざるをえなかった男。

どっちも幸運といえば幸運で、不幸といえば不幸に違いないけれど。

仕方なくといった感じで口をついた自嘲の笑いは、アラシヤマの声とまったく同じ調子に響き、しかし、すぐに雨滴に吸い込まれてあっけなく消えた。
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「気が重いぜ」

ぽつりと落とした呟きを逃すことなく、キンタローはわずかに首を傾げた。

その手には明日の進行表がある。

明日、すなわち、士官学校の入学式。

「なんのことだ」

「なあ、俺よりも親父に挨拶させれば?」

あいつはそういうの好きだし(俺だってきらいじゃないけど)、得意だし(俺だって苦手じゃないけど)、いかにも適材適所って感じじゃねーか。

と、ごちれば、意味がわからないと語る視線が降りてきて。

「総帥はお前だろう」

「・・いや、そりゃそうなんだけどよ」

それは確かに、今さら間違えようのない事実なんだけど。



君の名は



ガンマ団士官学校の入学式。

初々しさも眩しい新入生は、遥か高みの存在である総帥より直に挨拶を受け、未来への期待や緊張に胸をふくらませる、・・らしい。

そいつらが現実的に目指す高みはと言えば、当然ガンマ団の幹部になるわけだが、

「・・おい、なにしてんだ」

その幹部の1人とは思えないほどに、どうしようもなく笑み崩れた男の背後から、俺は低く声をかけた。

途端、そいつ――アラシヤマはぎこちなく身を強張らせたのだから、どれだけ好意的に見てやったとしても、やましいことをしていたとしか考えられない。

「シンタローはん・・今日も世界一の男前どすなあ」

案の定下手なごまかしを始めたアラシヤマに、わざわざ笑顔をサービスしてやりながら、片手に気を集める。

眼魔砲、準備完了。

場所は団員共有の休憩フロア、当然ながら、アラシヤマの周囲には人影1つ見当たらないから、手加減の必要もいらない。

「3秒以内に答えろ。それ、なんだ」

3、と、指したのは、アラシヤマがそっと背後に隠した分厚い冊子。

「こ、これは」

「2」

「ええと、」

「1」

「・・シンタローはんのお宝スナップアルバム・・って、ああっ!」

ひらりと1枚、難を逃れた写真が足元に落ちた。





総帥室のロックを外し足を踏み入れる。

わずか1歩目で、デスクの前のソファにくつろぐ若い男に気付いても、俺は驚くことはなかった。

そのかわり心から呆れ、大きな大きなため息をついたけれど。

「シンちゃん、さっき会計から内線があったよ~」

と、言って脈絡なく腰に抱きついてくるのは、

「いいかげんにしろよ・・親父っ!」

――悲しいかな、自分よりずっと幼い外見年齢の、推定10代半ばの父親。

自然の理に思いきり逆らうこの状況、コトの発端は、数週間ばかり前に遡る。
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