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           『 Engagement 』  
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            ~ その後のお話 ~


 


ゆっくりと意識が浮き上がった。
何だか長い夢を見ていた気がする。
辺りはとても静かで、身体は何だか暖かくて柔らかいものに包まれていて、居心地は良かった。
疲れているのか、身体が重い。
僅かに動かした指に布の手触りがした。
眠っていた割に、床で寝たときのような背中に当たる固さはひとつもない。

コタローは瞼を持ち上げて、薄く目を開いた。

どうやら、自分はきれいなシーツの敷かれたベッドに寝かされているようだった。
まだ、ぼんやりと霞む視界に、明るい窓際に立つ大人の後ろ姿が映った。黒い長い髪が揺れる。リキッドではない。
…誰だろう。

(…ああ。確か、『シンタローさん』、だ)

大きな船で島に来た、パプワ君の大きな友達。島のみんなとも仲が良くて。

(あれ…、でも…?)

けれど、その背中には、もっと違う見覚えがある気がした。
友達の友達ではなくて、もっとよく知っているもの。
いつも自分を守ってくれた大きな…大好きな背中――

 

「――…おにーちゃん…?」

 

身体を起こし掠れた声で呟くと、その人は弾かれたように振り返った。

「コタロー!目が覚めたのか!」

枕元に駆け寄り、シンタローは顔中に安堵を浮かべた。
ひどく懐かしい気がする黒い瞳は、まだ少し心配そうな色を残していた。

「どっか痛いとこないか?」
「ううん…」

反射的に首を振り、コタローは目の前の兄が身体中に包帯を巻いていることに気付いた。
それは首から胸までを覆い、更に片腕は添え木に固定されて首から吊るされている。
自分の方こそ、よっぽど酷い怪我だ。

痛々しい包帯の白さにそう思ったとき、ちかちかと瞼の裏に青い光がフラッシュバックした。
それが連想させるなら、普通はもっと別の色だろうに。

例えば、そう。普通なら、血の色…赤い色を。

――赤!

どくんと胸が鳴った。

赤い色。怖い色。
自分を暖かい場所から引き離して、ひとりぼっちで閉じこめた。

大嫌いな…――赤い服!

沸き起こった憎悪に引き摺られて、コタローは慌てて目を瞑った。

ひどく恐ろしいその色を目の前から追い払おうとした時、庇うようにその前へと、飛び出してきた人影。
振り返る、大きく見開かれた黒い瞳。好きな色。――おにいちゃん。

自分とは違う黒い瞳、黒い髪。
しっかりと抱きしめてくれる腕。
負ぶってくれる大きな背中。
手を伸ばせば握りかえしてくれて、眠るときは頭を撫でてくれる優しい掌。
名前を呼べばいつだって向けられた笑顔。
優しく自分を呼ぶ声。
いつだって、それらは全て、自分のために差し出されていた。
ひとりぼっちの冷たい部屋で、何度も何度も夢に見た。
ただひとりだけ自分の味方。
ただひとつ、絶対に自分を守ってくれるはずの――

 

『おにーちゃん』、…が。

 

その背中に守ったのは、大嫌いな人で、……自分ではなくて、

 

――青い、光に…飲み込まれて。そして…

 

そして……?

 

「あ…」

コタローは両手で口を覆った。
――思い出した。

「僕…おにーちゃんを……」

 

「コタロー」

 

突然、抱きしめられた。
固定された片腕は動かなくて、もう片腕だけの不安定な姿勢だったけれど、その腕には強い力が籠もっていた。
何者からも守るような、もう離さないと告げるような、しっかりした強さ。
それは、いつだって自分を守ってくれた、自分のよく知っている『おにーちゃん』そのもので――。

「え――?」
「ごめんな、迎えに来るのが遅くなって」

頭の上から、辛そうな声が聞こえた。

その言葉が信じられなくて、コタローは目を見張った。

だって、あんなことをしたのに。
どうして抱きしめてくれるのだろう。
どうして何も変わらないのだろう。

…怒って、いないの?

怖くなってこっそりと顔を上げると、思いがけず目があった。
シンタローは苦しげにコタローを見詰めていた。

「淋しかったよな。……守れなくて、ごめんな」

その瞳に怒りはなかった。そこにある深い悲しみも苦しみも、ひたすらにコタローのために向けられている。

――…ああ、この瞳だ。

自分が絶対の信頼を寄せたもの。

(『おにーちゃん』、だ)

コタローは首を振った。
どうして謝ることがあるだろう。

「そんなことないよ!おにーちゃんはちゃんと…」

ちゃんと、守ってくれたのだ。
父を庇ったのも、自分のためだ。自分に父を殺させないためだ。
一度も…そう、あんな時でさえ…ただの一度だって拒絶することなく、自分を受け入れて、受け止めてくれていたのに――

勢い込んで言い掛け、そこでコタローは違和感を感じた。
まじまじとシンタローを見詰め、確かめるように呼びかける。

「…『おにーちゃん』?」
「なんだい?」
「………何か、また色々垂らしてるよ」

見てはいけないモノを見てしまった気がして、突っ込む。
変わらず優しい笑顔だが、しばらく会わないうちに、何かちょっと違う方向へズレたような気がする。

しかし、今はそれよりも重大な、気になることがある。それどころではない。

「――じゃなくて。あの…、その…お、おにーちゃんて…もしかして、本当はおにーちゃんじゃないっていうか、つまり…」

口籠もったコタローに、シンタローがはっとした。
言い辛そうに視線を逸らす。

「ああ、…そうだな。お前の本当の兄はグンマだ。俺じゃない。けど、俺は本当にお前のことを…」

「シリアスなところ悪いんだけど、そーいうヘヴィーな意味じゃなくて、」

続く台詞を、コタローは遠慮なく一刀両断に遮った。

「おにーちゃんて、もしかして、おにーちゃんじゃなくて、

 

………………………おねーちゃん……だよね」

 

おそるおそる確認する。
思いっきり抱きしめられた胸は、間違いなく柔らかかった。

――普通、『兄』にムネはない…ハズだ。

慌てて過去を思い返すが、現在抱きしめられている感触と、幼い頃の僅かな記憶との間に齟齬はなかった。…つまり後からこの胸が出来たわけではないらしい。
そう考えてコタローはかなりホッとした。

久しぶりに再会した家族がいきなり性転換してたら、ちょっと奈落だ。

…ということは、おかしいのは呼称の方である。

一瞬、何を聞かれたか解らないように首を傾げたシンタローが、気がついたように目を瞬き、見る間に狼狽えた情けない顔になった。

「……嫌か?」

だれもそんなことは言っていない。
コタローは思い切り首を振った。

「ううん!ちょっと今、アレ?って思っただけ。昔はそういうこと、あんまりわからなかったから…」
「お前は、まだ小さすぎたもんな」

シンタローが複雑そうに笑った。
抱きしめていた腕を放し、コタローの座り込んでいるベッドに腰を下ろす。
そして大切な話をする時、いつもそうだったように、視線の高さを合わせた。

「おにーちゃんな、ずっと男のフリ、してたんだ。一族の連中はみんな知ってたけど、他は誰にも内緒だった」
「…誰にも?」
「ああ、ずっと隠してた。……ここに辿り着くまでは」
「パプワ島に?」

目を丸くするコタローに、シンタローは頷いた。
ちらりと窓の外に視線を流して微笑む。

「ここでは、俺は自分を偽る必要がなかった。男でも女でも、俺は俺だ。どっちだろうと問題じゃない。ここに来て、俺は初めて、ずっと否定してきたありのままの自分を受け入れることが出来たんだ」
「…うん。…僕も」

何故、偽る必要があったのか事情は分からないけれど、姉の気持ちは理解できた。
きっと、この島に来て救われたのだろう、自分と同じように。

「…そっか。二人して世話になっちまったな」
「うん」

思わず二人で顔を見合わせて笑う。大切なものを共有する、秘密めいた笑みだった。

 

 

「お前の本当の兄はグンマだ。グンマは覚えてるか?」

またシンタローが口を開いた。
さっき遮った続きらしい。

「うん…ちょっと変でかなり馬鹿だけど、僕にも優しくしてくれたお兄ちゃんだよね」

前半をさらりとスルーして、シンタローが頷いた。

「あいつが本当の親父の子だ」

意外なくらい、あっさりと言う。

「俺は血の繋がりで言えば、もう一族のどこにも当て嵌まらない。青の番人の影だからな」
「…でも」

目の前のシンタローが急に離れていくような不安を覚えて、コタローは手を伸ばした。気付いたシンタローが、その手を取る。それに少しだけ安心して、コタローは続けた。

「それでも、おにーちゃんは僕のおにーちゃんだよね……?」

その言葉に、シンタローが破顔した。

「ああ、もちろんだ!」
「…何か変な感じ。本当はおねーちゃんなんだから、おねーちゃんて呼ばなきゃね」

クスリと笑って、コタローは目の前の『姉』に抱きついた。

「血が繋がってなくても、本当は女の人でも、おねーちゃんが大好きだからね!」
「コタロー…」

抱き留めたシンタローの身体から、ほっとしたように力が抜けていった。

 

 

「――だから言っただろう、変な心配をするなと」

 

 

突然響いた第三者の声に振り返ると、短い金髪の青年が部屋の入り口に立っていた。
仕立ての良いスーツの上から、白衣を羽織っている。新品の白衣は腕を捲ったままだった。もしかすると、彼がシンタローの怪我の治療をしたのかもしれない。

「キンタロー…」

コタローを抱き留めたままのシンタローが、名を呼んだ。
それに促されたように、キンタローと呼ばれた青年が動いた。迷いない足取りで部屋を横切り、つかつかと歩み寄ってくる。愛想の良い方ではないのか、その間も表情は全くと言って良いほど変わらなかった。
ベッドに腰掛けるシンタローの真横、定位置のように足を止めると、キンタローは真っ直ぐな視線で二人を見下ろした。

「それに、もうすぐ、また本当の姉になるんだろう」
「え?」
「…あ。そうだった」

確認するように僅かに首を傾けたキンタローに、シンタローが思い出したように手を打った。
意味が分からず、コタローが説明を求めて姉を見上げる。

「おねーちゃん?」
「ああ、コタロー。あのな、おねーちゃんな」

シンタローは弟を安心させるように微笑んだ。

「今度、ケッコンするから」
「…………え?」

ケッコン。けっこん。血痕、…………結婚?

頭の中で単語を反芻し、正しい漢字が当て嵌まった瞬間、コタローは驚愕の叫び声を上げた。

 

「えぇえええーーーーーーー!!??」

 

 

 

 

 

「パプワ君。僕は一度うちに帰るよ……家族に会うために」

見送りに来てくれた友達に悔いのないよう別れを告げるため、イッポンタケの頂上でコタローはパプワと向き合った。


「おねーちゃんがケッコンなんて一体どーゆーことなのか、パパに軽く小一時間くらい問い詰めなきゃ!」

「…いや、確実に一時間じゃ終わらねぇだろ、それ」
「煩いよ、家政夫。」

突っ込んだ青年を振り返ることなく、胸いっぱいの思いを伝えるように、一心に親友を見詰める。

「…でも、僕は必ずこの島に帰ってくる」

固く拳を握りしめ、決意を込めた瞳でコタローは宣言した。

 

「結婚式場からおねーちゃんを攫ってでも、必ず一緒に帰ってくるからねッ!」

 

力の籠もった断言に、リキッドだけが遠い目をした。

 

「…お前、まちがいなく青っ子だな」

 

 

 

 

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無人の廊下にノックの音が響く。
シンタローは構えるように、扉の前で大きく息を吸った。

「――入りなさい」

内側から声が聞こえた。
目の前の扉を、手に重く感じながら押し開ける。
室内に入ってすぐにシンタローは立ち止まった。

ソファに掛けていた部屋の主がこちらを見て、ゆっくりと立ち上がった。

 

「答えは出たようだね。…シンタロー」

 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
            ―― 最終話。 幸せな結末 ――


 

 

 





「親父」

幾分、緊張気味に向かい合ったシンタローに、マジックは呆れたような溜め息をついた。

「…ちょっと遅いよ、シンちゃん」

ちらりと時計を見ると、既に深夜と言っても良い時間だ。
実際、もう眠っているかもしれないとも思いながら訪ねてきたのだったが、マジックは寛いだ格好でこそあるものの寝間着ではなかった。
ソファの隣のサイドテーブルに、それまで読んでいたのか、伏せられた本がある。
自分が来るのを見越して、待っていたのかもしれない。

「悪ぃ…」
「寝ていた訳じゃないから、構わないけれどね。…ひとりかい?グンちゃんは?」
「さあ。仕事してるか、さもなきゃ、もうとっくに寝てんだろ」
「おや…」

どうやら当事者のはずの相手に黙ってきたらしいと悟って、マジックが片眉を上げた。
試すような、探るような眼を向ける。

「良いのかい?後で知ったら、怒るんじゃないの?」
「…いーんだよ」

幾分ぶっきらぼうに、シンタローは付け加えた。

「あんたが思ってるよりか、あいつは俺を分かってるよ。俺の行動パターンも性格も、…もっと深いとこも、さ」

その言葉に、マジックが束の間目を見張り、何とも複雑な表情を浮かべた。

「お前も随分、私が思うよりグンちゃんのことを分かってるようだね」
「……全然。ついさっき思い知ってきたっていうか、知らされてきたばっかりだ」

憮然とぼやき、切り替えるようにシンタローは背筋を伸ばした。
前置き抜きに本題に入る。

「結婚の件…、俺らは撤回しない」

マジックが静かに訊ねた。

「それが、お前の答えかい?」
「ああ」
「それなら、ちゃんとはっきりした気持ちを聞きたいね」
「……ッぐ!?」

しれっと言われて、呻く。
引っ掛けられたと気付いたが、駆け引きで敵う相手ではない。

「…あー…だから、……俺が、やりたくないことは絶対しないのは、あいつも分かってんだってよ」
「……それで?」
「…で……だから、そのォ…つまり、俺は…」

口ごもり、もぞもぞと居心地悪く身動ぐ。
青い瞳が無言で続きを促すように圧力を掛けてくる。
シンタローは逃げ場を探すように眼を泳がせた。

気まずい。

というより、非常に気恥ずかしい。
昼間、グンマと別れた後から、改めて自分自身と向き合うのに、今の今まで掛かったのだ。
正確に言えば、とっくに出ている答えを、自分が認められるのに、だ。
どこまでも天の邪鬼な自分がこれほど恨めしく、素直な従兄弟がこれほど憎たらしくも羨ましかったことはない。

「……つまり…………………その、まぁ…、あいつなら良いかっていうか………が良いっていうか…」

流石に顔を上げては言えずに下を向いた。
たぶん、今の自分の顔は言葉よりよっぽど雄弁だ。
直視できない父の顔の代わりに、絨毯の模様を睨みつける。
そこへ、とてつもなく長く大きな溜息が聞こえた。
こっそり視線を上げると、さっきまでの冷静さはどこへやら、マジックが重い闇を背負って奈落の底まで沈んでいた。
自分で言わせておいて何なんだ、と内心文句を付ける。

「……やっぱ反対か?」
「いいや…」

何とか起き上がり、マジックは苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。

「今更、グンちゃんのことで、私から言うことは何もないだろう。お前を愛しているし、だからといって、それでお前を傷付けることはないだろうからね。……まぁ、気持ちとして言いたいことは、色々山ほどあるが………

 

……………………………………………………………………………やっぱり、小一時間ほど話してこようかな」

「一生掛かっても終わらねぇから止めとけ、親父」

 

危うくドアの向こうへ消えかかる父の襟首を掴んで引き止める。

「…それじゃ、良いのかよ?」

半ば信じられない思いで、シンタローは念を押した。
先日の言葉からして、認められるとは思ってもいなかった。

マジックが見透かしたように笑った。

「自分の納得する答えが出たのなら、もう反対する気はないよ。総帥の座も安心して任せられる」

あっさりと言う言葉に、ばつの悪い気分で俯く。

やはり初めから父は気付いていたのだろう。
自分の中にある葛藤に。

自分の我が儘のために、詐欺みたいなやり方で相手を縛ることへの迷いや罪悪感。
そのくせ相手の真意を確認するのも怖くて、うやむやのまま逃げていたことも。
何より自分の感情にさえ、きちんと向き合うことをしていなかったことも。

何もかもお見通しというわけだ。
敵わない、と思う。
けれど悔しさはなかった。

「――…だけど、我が儘を言うなら、もう少し待って欲しいかな」
「へ……?」

不意にそんなことを言い出したマジックに、首をかしげる。

「もう少しって?」
「コタローの目が覚めるまで」
「え……」

「あの子に報告して、出来れば、あの子も納得してからにしてくれないか。
こういっては何だが、あの子もやっぱり一族の子だから。自分の知らない所で、お前が自分だけの姉でなくなったら、きっとあの子にはショックだろう。だから、それまでは婚約で留めておいて欲しい」
「親父……」

シンタローは父親の顔を凝視した。
――コタローのためにと言ったのか?この父が…?
今度こそ本当の父親にと誓った言葉の通りに、少しづつでもそうなろうとしているのだろうか。
問いかけるように見詰める視線に、それを肯定するかのようにマジックがゆっくり頷いた。

「あの子が目覚めるのが、いつになるのかは分からないから、ずっととはいわない。ただ、もう少しだけ、あの子を待ってやってくれないか。これはコタローの父親としての頼みと、まぁ…ちょっとでも長く娘を手元に置いておきたい父心だよ」

最後は軽い口調で言って、ウィンクする。
年甲斐もないくせに様になるそれに、シンタローは苦笑した。

「ちょっとズルいんじゃねぇ?それ」
「年を取るとズルくなるもんだよ」
「…わかったよ、父さん」

即答すると、マジックが却って意外そうな顔をした。

「いいのかい?そんな簡単に言ってしまって」

少しばかり意地が悪い問いかけに、シンタローは憤慨したように口を結んだ。

「あのな、言っとくけどな!コタローのこと、一番大事に思ってるのは俺なんだからな!」

「シンちゃんのことを一番大事に思ってるのはパパだからねッ!!」
「聞いてねぇよ、馬鹿!!」

阿呆な張り合いをする父親に、思わず罵倒する。
自分の弟への深い愛を、父のはた迷惑なそれと一緒くたにされるのは、何だか非常に不本意だ。

さして気に止めるでもなく笑っていたマジックが、その笑みを静かに納めた。

「シンちゃん、…必ず誰より幸せになるんだよ」

柔らかく、どこか切なげに眼を細める。

「ちゃんと幸せになれるね?パパとママみたいに」
「……ちょっと、あーゆーのは無理だと思うけどナ」

時々、子供が身の置き場と目のやり場に困る程度には、局所的熱帯常夏異常気象だった夫婦の姿を脳裏に思い浮かべたシンタローが空笑う。
マジックも釣られたように笑い、溜息をついた。

「息子に娘を取られるっていうのも複雑な気分だね」
「大げさなんだよ、いちいち。結局、娘が息子の嫁って肩書きになるだけで、何も変わらねーだろ。この家出てくわけじゃねーんだし」
「全っ然、重大な違いだよ、シンちゃん!」
「あーそーかよ。俺は別にキンタローんトコに嫁入りしたって構わねーゾ。そしたら親父から伯父さんだな」
「ううっ、それはもっと嫌かも!!でもでも、相手が誰でもシンちゃんがお嫁に行っちゃうのは、パパ哀しいよ!!」
「そーかい。」

握り拳で訴えるのにも気のない返事を返されて、マジックがさめざめと涙を流す。

「つれないよ、シンちゃん!もっと真面目に聞いて!!ひとりぼっちになっちゃうパパが可哀想だと思わない!?」

いつの間にか息子達の存在はスルーらしい。
結局いつもの父親の姿に、シンタローは肩を竦めた。

「だったら真面目な話、あんた再婚する気とかあるか?」
「シッ、シンちゃんっ!?」

マジックが悲鳴じみた声を上げた。

「パパの奥さんは、シンちゃんのママだけだよ!!」

力の籠もった断言の、もの凄い勢いに、シンタローが呆気に取られたようにぽかんとした。
まじまじと父親の顔を見つめ、何度か目を瞬く。

「……ふぅーん?」

口の中で呟き、にんまりと笑う。

「そっか、そっか……」
「…シンちゃん?」
「じゃ、そんな純情一途な親父に俺からプレゼント」

ごそごそとポケットを探り、取り出した薄っぺらい封筒を差し出す。

「??なんだい?」

マジックが訳も分からず受け取ったままの姿勢で目を丸くしている。
ここ数年ついぞ無かった事態に動揺しているらしい。
シンタローは照れたように頬を掻いた。

「まー、遠い遙かな過去のウツクシイ想い出とゆーか……。本当はこっそり捨てちまおうと思ってたんだけど、あんたにやるよ。嫁入り前の最後の親孝行ってトコ」

意識が手元にいっている父にそうっと近づき、頬に素早くキスをする。
マジックの全身が今度こそ硬直した。
その隙に、シンタローはすかさず扉に向かって逃げた。

「んじゃ、オヤスミ!」

「え……えええ!?ちょ、ちょっと、シンちゃんっ!?」

 

混乱した声を置き去りに、部屋を飛び出したシンタローの背後で勢いよく扉の閉じる音がした。

 

 

 

 

短い廊下を全力で走り抜ける。
向かう先は自分の部屋、…ではなく。
シンタローはポケットを探り、携帯を取り出しながら短縮を押した。

「グンマ、今どこだ!?…ラボ?キンタローもいんのか?なら、二人とも地下駐車場に来い、大至急!…あ!?いーからヤベぇんだって、非常事態発生!緊急避難だ!急げ!」

携帯を握ったまま、丁度止まっていたエレベーターを見付けて飛び込んだ。
叩くように一番下のボタンを押し、降下していく数字をじりじりと眺めながら、ポケットから取り出した小さなキーを手の中で弄ぶ。

「……早まったかな」

出てきた部屋では今頃、多分、…いや絶対に大騒ぎになっているだろう。
何だか我ながら血迷ったとしか思えない先刻の置き土産もそうだが、渡してきた封筒の中身の方も結構アレだ。幼稚園児の頃の自分はまた、何だってあんなモノまで取っておいたのだか。もう自分を笑うしかない。
今日はもう自分の部屋に帰れないのは確実だった。

チン、と軽い音がして、エレベーターが到着を知らせた。
ドアが開くなり飛び出し、広い地下駐車場を走り抜ける。

ずらりと並んだ車の中のひとつに、シンタローは乗り込んだ。
キーを差し込みエンジンを掛ける。
深夜に叩き起こされた車の唸るようなエンジン音と振動を感じながら、シートに凭れて大きく息を吐いた。

「あーあ…!」

ガラにもなく随分と緊張していたらしい。
緊張の糸が切れた途端、笑いが込み上げてくる。

「あー…何だ、俺、ハイになってんの?」

喜んでいるようなのに、馬鹿馬鹿しいような淋しいような、複雑に昂ぶった気持ちがぐるぐると胸の中を回っている。

「もしかして嫁いでいく花嫁気分ってヤツ?」

自分で言ってみて、吹き出した。
似合わないこと、この上ない
しかも父に言った通り、別に家を出るわけでもないし、一族を離れるわけでもないのに。

そう思ってから、気がつく。

「あー…そっか。逆だ」

思わず呟く。
全く馬鹿だ。全然、逆ではないか。

「俺はここに、嫁いで来るんだな」

ここに、彼に、この一族に。
そして、此処で生きていくのだ。

「何だ、そっか」

その答えは、すとんと胸に納まり、不安定に昂ぶっていた心を落ち着けた。
さっきまで、ほんのちょっとでも感傷的になっていたのが馬鹿みたいだった。

途端に今度は遠足前の子どものように気分が浮き立ってくる自分に笑う。全く現金なものだ。

浮かれた気分で備え付けのCDに手を伸ばし、再生ボタンを押した。
車内にレトロな音楽が響き出す。カーペンターズだ。
曲はお誂え向きに「WE'VE ONLY JUST BEGUN」だった。
タイミングの良さにひとりで更に笑ってしまう。
サビの軽やかなテンポに合わせて口笛を吹きながら、シートに凭れていた上体を起こした。
研究棟から息せき切って来るだろう従兄弟達が、もうそろそろ着く頃合いだ。
フロントガラスに目を凝らし、遠くから走ってくる大小二つの影を見付けて、シンタローは笑った。

 

 

 

「末永く宜しく。青の一族」

 

 

 

 

 

 

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「ダメだ」

静かな重さを含む声が、はっきりと告げた。

「私はやはり反対だよ。この結婚がお前に良いことだとも思わないし、お前の判断が正しいとも思わない」
「…親父」

もの言いたげに口を開き掛けた娘に、向かい合う父は断固として首を横に振った。

「やめておきなさい。これはお前達に何ももたらさない、悪いこと以外は」

有無を言わせぬ断言に、シンタローは唇を噛んだ。
こういう時の父は、決して説得に耳を貸さない。自らの判断によってそうすべきと判じた時、彼は絶対にその意志を覆すことはなかった。

「何で決めつけるの、お父様!そんなこと、分からないでしょう!」

意外な反発を見せたのはグンマだった。
思わず狼狽えたようにシンタローは傍らの従兄弟を振り返った。
穏和な従兄弟は誰かに向かって声を荒げることさえ珍しい。ましてや、この父に反抗するなど。
しかし、常になく険しい顔を見せるグンマに対して、睨み付ける視線を受け止めたマジックは、いささかも揺るがなかった。

「分かるさ。――分かるとも」

噛み締めるように呟く。
相手に向けたというよりも、まるで己に確認するような声は、どこか苦々しかった。

「もう一つ言っておく、シンタロー。私は、今のお前に総帥は継がせない」
「「!」」

二人が、同時に息を呑んだ。

「お父様!?それは…――!」

非難と驚愕の声を上げて詰め寄ろうとした腕を、止めるように捕まれて、グンマは従姉妹を振り返った。

「シンちゃん……?」
「その理由も、お前自身が分かっている筈だ」
「でも…!」

納得しかねるように、なおも声を上げる息子を、父は視線一つで黙らせた。

「グンちゃんは少し黙っていなさい。これはグンちゃんがどうだと言うことじゃない。こればかりはね。全てシンタローが答えを出すべき問題だ」
「……シンちゃんが?」

グンマが困惑した顔になった。
厳しい顔の父親と、硬く唇を引き結んだ従姉妹とを、交互に見比べる。
かつての覇王の苛烈な色の宿る瞳が、我が子を冷ややかに見下ろしていた。

「よく考えてから、出直してきなさい」

 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
            ―― 第七話。 ターニングポイント ――


 

 

 





「良いの?」
「…何が?」

主語のない問いかけに問いかけで返して、シンタローはその場に腰を下ろして手にしていたお盆を置いた。
動作に連れて、い草の匂いが鼻を掠める。
開け放たれた障子戸からは風が通り、その向こうに綺麗に手入れされた庭が見えた。
部屋自体は狭いものだが、元々置かれている物が少ないためにさほど窮屈さは感じなかった。

プライベートエリアでも滅多に使われない茶室だ。

一族では正月の折などにしか使われない場所だが、シンタローは気持ちを落ち着けたい時や考え事をしたい時、時折ここに籠もることがあった。
最も、今回、ここに来たいと強請ったのはグンマの方だった。少し静かな時間が欲しかったからだ。

「あー、何か落ち着くねー」
「畳も良いもんだろ」
「んー」

畳に両足を投げ出して思い切り伸びをするグンマの前に、シンタローが笑って黒文字を添えた銘々皿を置いた。
皿には茶菓子が乗っている。金つばだった。

「あ、美味しそうv」

重たい感じのする和菓子は、どちらかというとグンマの好みではないが、従姉妹の手製なら別だ。
早速、一口切って口へ運ぶと、今回は餡の代わりに芋を使ったらしい。控えめなやさしい甘さだった。
美味しい、と素直に誉めると、従姉妹は満足そうに頬を緩め、お茶を淹れ始めた。

せっせと茶菓子を口に運びながら、グンマはそんな従姉妹を眺めて目を細めた。

慣れた様子の手元は自然で淀みなく、動作にも気負いがない。
ほんの少し前まで、こんな姿は見れなかったものだ。いつも気を張りつめて、今にも振り切れそうな程だった。
手元に視線を落とす横顔に、あの頃の危うさはない。

あの島から帰ってきてからの彼女はとても良い感じだ。
自分の目から見ても眩しいほど。
そして誰もが感じているだろう。

ぎすぎすとした険が消えて、代わりに見せるようになった従姉妹本来の笑顔は、ひどく鮮やかで人を惹き付ける。
きっと彼女は、多くの者に慕われる導き手になるだろう。父親のように君臨する覇者ではなく。

だからこそ。

「ね、本当に良いの?」

重ねて問うと、手際よく動いていた手が止まった。

「だから何がだよ」

不可解そうな、苛立った従姉妹の視線をかわすように、グンマはのんびりと微笑んだ。

「もちろん、結婚のこと。結局、シンちゃんたら、また、おとー様に意地張っちゃったけどさ」

…ああ、と濁すような呟きと共に視線が逸れた。ぎこちなく動作を再開する。

「良いのも何も、俺が言いだしたんだから良いんだよ。……何だよ、嫌なのか?」
「僕は嬉しいけど」

否定するように首を振り、差し出されたお茶を受け取ったグンマは、少し考え込んだ。

「うーんと……、ねぇ、シンちゃん?」
「何だよ」
「迷ってるんなら、止めても良いよ?」
「…お前」

目を見開いた従姉妹に、困ったように微笑む。

「棚ぼたでも僕はうれしいけどさ。やっぱりシンちゃんが後悔するのは嫌だもん」
「……俺が後悔するから、俺のために止めた方が良いってのか?」

シンタローが低く唸った。
ふざけるな、と言いたげに相手を睨みつける。
怒りの形相のシンタローが何か言うより早く、グンマが先に口を開いた。

「これだけは誤解しないで欲しいんだけどさ。別に僕は流されてるつもりもないし、結婚がどうでも良いわけでもないんだよ」

弁解じみた様子でもなく一言断って、グンマは慎重に問いかけた。

「ねぇ、シンちゃん。僕にお父様やコタローちゃんを返さなきゃって思わなかった?」
「……別に…!!」

否定をしかけ、従兄弟と目があって、その反応が過剰すぎたことに、シンタローは気が付いた。
内心の動揺を隠そうとして失敗し、それが却って動揺を呼んだ。

「別に、思ってねぇよ!そう思ってんのはお前の方だろ!」

かっとなったように怒鳴りつける。

「お前こそ、キンタローに父親と高松を返さなきゃって思ってたんじゃねぇのか!?だから、俺が持ちかけた話に乗ったんだろ!高松を自分から遠ざけるためにちょうど良かったから!」

逆上したように捲し立てられて、グンマは苦笑した。

「……するどいなぁ」
「お前が見え見えなんだよ」

舌打ちをして、シンタローが低く吐き捨てた。
複雑な表情で押し黙る。
グンマは静かに息を吐いた。

「確かに、このままじゃ良くないなって、思ってたよ。その前からうすうす感じてはいたけど、あの島で本当にそう思った」

「あの島」という言葉に、シンタローの瞳が揺れる。
分かりやすい反応に、グンマが笑った。

「だってねぇ、いきなり従兄弟は増えるし、家系図は見事に書き変わっちゃってるし、僕はお父様が変わって弟が出来るし、シンちゃんは家系図から外れちゃうし。やっぱねぇ、色々考えちゃうじゃない」

従兄弟らしいのんびりした口調の、どこかいつもとは違う言葉に、シンタローが怪訝な目を向ける。
構わず、グンマは話を続けた。

「今まで通りってわけには、もういかない。僕らも変わらなきゃいけない。親離れしないといけないし、あの人たちにも子離れして貰わなきゃいけない。今度は彼らにあの人達の手が必要で、今度は僕らが彼らの面倒を見てあげなきゃいけない番だ。――だから、僕たちはもう、ひとりで立たなくちゃ」

でも、と、いたずらっぽく微笑む。

「やっぱり、いきなりひとりぼっちになるのは、怖いし淋しいもんね」
「グンマ?」

従兄弟の真意が読めずに、シンタローが戸惑う。

「そういうの、全部満たすのに、僕は丁度良いでしょ?シンちゃんが言ったとおり、僕らが結婚して自立すれば、お父様や高松は僕らに気兼ねしたり心配したりせずに彼らのことだけ考えられる。シンちゃんは法的にもお父様の子のまま晴れて一族だし、僕にとっても名実共にお父様だ。そして僕らにとっても、あぶれたもの同士が身を寄せ合うのには体裁の良い口実になる」

のんびりした口調からはあまりに不似合いな、容赦のない言い様に、シンタローが絶句した。
いつもふわふわとした従兄弟らしかぬ、辛辣な言葉を平然と語る彼は、まるで自分の知らない人間のようだった。

動きの固まった従姉妹に、グンマは僅かに自嘲した。
無理もない。
勢いでこの結婚話を決めてから、いや、それよりもっとずっと昔から。
こんな風に本音で話をしたことなんて、もうずっとなかった。
向き合うことをしなかった弱さは、お互い様だ。

「これ以上ないくらい、僕らの利害は一致してるよね。お互いを利用するのには、お誂え向きだ」

口の端に残った自嘲を消し、グンマはふと真顔になった。
従姉妹の瞳を見据える。

 

「――…でも、そんな利害だけの関係なら、僕は要らない」

 

突きつけるように言い切られて、シンタローが愕然とする。
それに気付いたように、僅かにグンマが瞳を和ませた。

「お父様が言ってたのも、要するにそう言うことでしょ?総帥を継ぐためや、体裁を整えるためだけの結婚なんか認めない。それぐらいなら総帥は継がせないって。そんな都合だけの関係じゃ、シンちゃんが幸せになれっこないもんね。本当にシンちゃんが好きな人で、シンちゃんを好きな人じゃなきゃダメだっていうこと。……お父様が言ってるのは一番当たり前のことだ。確かに僕も正論だと思うよ」

「俺は――」

喘ぐように言葉を探すシンタローを遮って、グンマは手を伸ばし従姉妹の俯いた顔を上げさせた。
両手で強引に顔を押さえて覗き込まれ、シンタローがたじろぐ。

「ッ…グ――!?」

 

「でも、ちょっと違うよね」


 

「…………え?」

さっきまでとは一転して、にこにこと笑うグンマに、シンタローが目を丸くする。

「口実にする理由は多ければ多いほど良いんだ。だって、理由がシンちゃんには必要でしょう?」

混乱したように瞬く従姉妹の黒い瞳を間近に覗き込んで、グンマは微笑んだ。

 

「僕はシンちゃんが大好きだから、一緒にいられるのに理由なんて要らない。でも、シンちゃんは照れ屋だから、時々ひとつの行動のために、いっぱい理由が必要なんだって知ってる。……だけど、それが例えどんな理由でどんな行動でも、本当に自分でそうしようと思ったことしかしないってことも」

知ってるよ、と笑う。

 

「……何だよ、その自信」
「長い付き合いだもん」

気が抜けたように脱力するシンタローに、自慢げに胸を張った。
ああ、そう、と呻くような返事が返る。

「…それでもね。時々、ガマンしてないか不安になるよ」

そこで途端に情けない顔をする従兄弟に、シンタローが呆れた顔になり、ため息をついた。
中途半端に口を開き掛け、そこで引き攣ったように動きが止まる。
かと思えば、見る間にその顔が赤くなり、

自棄くそのような怒鳴り声が静かな茶室に響き渡った。

 

「二度は言わないし、二度と言わねぇぞ!お前バカなんだから、んなデリケートなことで悩むんじゃねぇよ!いちいち不安に思ったりしねーで良いから、その無駄な自信に自信持ってろ!!」

 

言い終わるなり、真っ赤な顔で顔を背ける。
怒鳴られたグンマはきょとんと瞬き、意味を理解して嬉しそうに笑った。

 

 

「…えへへ」

 

 

 

 

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その時はきっと、自分も相当疲れていたか、頭がどうかしていたに違いなかった。


 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
            ―― 第六話。 事の起こりの顛末編 ――


 

 

 





「だからさ~、黙ってたらバレないんじゃな~い?」

いかにも気が進まないと言った調子でグンマが言った。
サワーの入ったグラスに口を付けるでもなく、くるくると手の中で弄んでいる。
軽い口調とは裏腹にしつこく食いつく視線を受けて、シンタローは自分の分のビールを片手に首を振った。

「駄目だ。こういうのは、最初にはっきりさせとかないといけねーだろ」
「むぅ。シンちゃん、真面目なんだから」

不満そうにグンマは唇を尖らせるが、真面目とかそう言う問題じゃないと思う。

あの島から帰ってきて一ヶ月。
やっと団は通常の落ち着きを取り戻した、……あくまで表面上は。
シンタローの出奔から始まって、日本支部でのコタローの脱走騒ぎ、ハーレムの反乱。挙げ句に、総帥一族がことごとく行方をくらまし、指示する者を失ったガンマ団は完全な混乱状態に陥った。
殆ど機能停止に追い込まれた所へやっと総帥一族が揃って帰還したと思えば、以前の騒ぎはうやむや、一族の特徴を備えた素姓不詳の人間が増えている、更に総帥がシンタローを後継者に指名。
総帥の帰還で運営こそ通常通りに落ち着いたが、何の説明のないまま放って置かれた団内では未だにデマと噂が錯綜し、一連の騒ぎに関して納得のいく説明を求める不満の声が上がっていた。

「この状態で、何も説明しないままじゃ通らねぇだろ。団内だってまだ混乱してるし。キンタローのことだってあるんだし。お前のことだって、本当は親父の子だって、ここでちゃんと公にしとかねぇと」
「……僕、キンちゃんと兄弟ってことでも良いよ?」

父親がルーザーのままでも良いと、グンマが上目遣いにこちらを伺う。
そのどこか遠慮がちな態度に溜息をついて、シンタローは相手の頭を小突き倒した。
乱暴な扱いにむくれる従兄弟の頬を、更に摘んで引っ張ってやる。

「いひゃいぃ~!」
「馬ぁ鹿。この期に及んでおじ様とか呼んで見ろよ。あの親父、ぜってー泣くぜ?」
「…う~~~、じゃあじゃあ、シンちゃんと兄弟…」
「無理だろ、それ。同い年の上に誕生日も殆ど変わらねぇんだから」
「は、腹違い…とか」
「…あの親父が?」
「うう……」

いちいち突っ込まれて、ついに反論も思いつかなくなったらしい。
意味のない呻き声を洩らした従兄弟が、空しく口を開閉させて黙り込む。
それを放って、考えるようにシンタローは視線を宙に飛ばした。

「にしても、どう説明すっかなぁ~~」
「シンちゃん、やっぱ止めとこうよ~~」
「んだよ、まだ言ってんのかよ」
「だってだって、どうやって理解して貰うのさ~~」

ゆさゆさと肩を揺すらんばかりに、グンマが縋り付いた。どうでも良いが、その情けない声と姿はちょっと父親を彷彿とさせるので止めて欲しい。

「生まれてすぐ子供がすり替えられてて、お父様の子が本当は僕だけどキンちゃんで、それでキンちゃんはルーザーお父様の息子で男だけど、女性である赤の番人の精神の複製が送り込まれて消された代わりの青の番人の影がシンちゃんだから姿は女の子だけど身体はキンちゃんのものだから男で、一度死んでキンちゃんと分かれた後赤の番人の身体を手に入れたから今は女の子でお父様の娘……………………あれ?」
「ま、普通、無理だな」

自分で言っている内に、こんがらがってしまったグンマが頭を抱える。
シンタローは肩を竦めて投げ遣りに言った。

「手っ取り早い説明をすんなら、俺は実は女で、マジックの実子じゃなかったってことだろ」
「駄目だってば!」

グンマが慌てたように身を乗り出して、反対を唱えた。

「総帥を襲名するのに女性だって公表だけでも大事なのに、次期総帥が一族直系じゃないなんてことになったら、どんな反応が起きるかわからないよ!?」
「そ、そりゃそうだけど…」

思いがけずまっとうな正論を吐かれて、さすがにシンタローも反論に詰まる。

「それに!シンちゃんはお父様の子で僕の従姉妹だもん。24年間ずっとそうだったんだから、今さら血が繋がって無くても関係ないもん」

グンマは続けて言い、拗ねたように俯いた。
子供じみた従兄弟のストレートな本音に、シンタローが溜息をつく。
どうして、こいつはこういうことがあっさり言えるのだろうか。
天の邪鬼な自分には絶対に真似できない。別に真似したいわけではないが。
ただ、それが個性で性分だとしても、素直なのは得だとつくづく思う。

…だからといって、ここで絆されていたら話が進まない。

「わかってるよ。けどな、団員達や、外の奴らにまで、それをわかれってのは難しいだろ」

心を鬼にして、とまではいかないが、何とも言えない居心地悪さを堪えながら、シンタローは説得を試みた。

「隠しておいたら、いつかバレる。そうしたら、そのせいでいつ足下を掬われかねないだろ。だったら、始めに全部はっきりさせておいた方が良い」
「理屈は……わかるけど」
「何だよ、煮え切らねーな。何がそんなに不満なんだ」

苛立ったように眉を寄せながらも、相手を睨む瞳は迫力に欠けている自覚がある。
自分の方が正しいこと言っているはずなのに、酷く我が儘を言っている気がするのは何故だろう。

「…だって、イヤなんだもん」
「あ?」

ぼそりとした呟きに思わず聞き返すと、俯いていたグンマが、きっ、と顔を上げた。
その睨み付けるような青い瞳の強さに、一瞬、不覚にも圧倒された。

「建前上でもシンちゃんが一族から外れるのがイヤだ。一族直系のお父様の子で、コタローちゃんのおに…お姉さんで、僕のイトコのシンちゃんじゃなきゃイヤだ!どんなことでも、シンちゃんが僕から遠くなっちゃうのは絶対、嫌だ!」
「無茶言うな……」

ムキになったように、グンマは一気に捲し立てた。
子どもの癇癪のように喚く従兄弟に内心狼狽えつつ、どう宥めたものか頭を抱える。
慕われる気持ちは嬉しくないこともないが、言っていることは無茶苦茶に近い。

「…どうしよう。お父様が駄目なら、最悪、書類改竄して叔父様たちどっちかの隠し子ってことにするか……う~、でもでも、やっぱそれもヤだ~」
「俺だってどっちの隠し子でも嫌だ…」

いつのまにか自分の中に没頭して思案を巡らせ始めたグンマの呟きを拾って、シンタローがげんなりと宙を仰いだ。
発明をこよなく愛する従兄弟の思考は、よく途中経過をすっ飛ばして一足飛びに彼方へ飛躍してしまうので、時々かなり…いや、結構ものすごく付いていけない。
未だぶつぶつと聞こえている従兄弟の恐ろしい呟きにあえて耳を塞いで、シンタローは諦めたように待ちの体勢に入った。
手に持ったまますっかり忘れていた、温くなったビールでとりあえず乾いた喉を潤す。

「そうだ!」

待つことしばし、グンマが勢いよく手を打った。
名案を考えついたと言わんばかりに目を輝かせてこちらを向く。

……一体、どんな迷案を思いつきやがったやら。

「あんだよ?」

付き合いのようにやる気なく訊ねてやる。

 

「シンちゃん、お父様のお嫁さんにならない!?」

 

あまりに予想外の爆弾発言に、シンタローはたまらずビールを噴き出した。

「なんでそーなる!?」

動揺のあまり相手の襟首を締め上げて、がくがくと揺らす。
グンマは揺られながら、呑気に首を傾げた。

「え、え、だめ?シンちゃんならお父様、喜んで再婚してくれると思うけどなぁ。シンちゃんも昔はお父様のお嫁さんになりたいって…」
「ひとっことも言ってねぇっ!!」
「確かに言ってはいないけど、幼稚園の年少さんの時の七夕の短冊に…」

そう言う従兄弟の手元には、いつの間にかお馴染みの日記帳が広げられていた。
バージョンの古いものなのか、今より数段のたくった字で表紙に大きく名前が書いてある。
反射的に、引ったくるように取り上げた。

「見たのか、テメェっ!!???しかも、何そんなの日記に付けてんだよッ!!!」
「だって、初失恋だもん。書くよ、そりゃ」
「いいから忘れとけッ、俺の人生の汚点だッ!!!」

力一杯怒鳴った後で、ふと口を噤んだ。
……今、何か妙なことを聞いたような気がするのだが。
とりあえず、それは脇に置いておく。

「大体、それ本末転倒してるだろうが」
「そう?」
「あのね、お前なんて言った?親父の子でコタローの姉でお前のイトコ、だろ?親父と結婚したら、俺はコタローとお前のオフクロか?」
「……、…あれ?」

虚空を仰ぎ、間の抜けた声を洩らした従兄弟に、深い溜息が洩れる。

「つくづく思うけど、お前そんなんで何で博士なんだ…?」
「……名案だと思ったのになぁ」
「まだ言うか」
「何か無いかなぁ、シンちゃんが女の子で一族直系じゃなくても、総帥継げてお父様の子でコタローちゃんのお姉さんで僕とキンちゃんのイトコでいられる方法」
「だぁら、そんな四方八方うまく納まる方法がそうそう……」

きっぱりと言いかけて、一瞬、シンタローは動きを止めた。

 

「……グンマ」

 

「なに?何か名案!?」

嬉しそうに問い掛けてくる従兄弟に、シンタローは狼狽えたように視線を動かした。

「あ、いや…とりあえず飲めよ。ツマミもあるし。さっきから全然減ってねぇじゃん」

テーブル上の皿を指すと、グンマは言われたとおりにせっせと食べ始めた。まったくもって素直だ。
その間に、二杯目のサワーはさっきと違う味のものを作ってやる。

「あ、これ飲みやすい」
「うんうん、だろ。ほれ、お代わり。……で、お前さっきさ、みょーなこと言ってなかった?」
「妙なことって?」
「あー…そのォ、初失恋がどうのとか」

歯切れ悪く口籠もった途端、グンマがどんよりと暗い顔になった。

「だって、シンちゃんがお父様のお嫁さんになりたいなんてさ…」
「だからそれ、…失恋だったわけ」
「そだよ?僕、シンちゃんが初恋だもん」

言ってなかったっけ?とばかりにあっさりと返される。

「……あー、…もう一杯どうだ?」
「これも美味しいー」

とりあえずカクテルを誤魔化すように押しつけた。
先程のサワーより度数は上がっているのだが、かぱーっと干していく。以外とイイ飲みっぷりだ。

「ちゃんとツマミも食えよ、空きっ腹に入れると悪酔いするからナ」
「うん。シンちゃんの料理、何でも美味しいよね~。冗談なしに、良いお嫁さんになれるよー」

口煩いことを言われるのにもグンマはにこにこと頷いて、芋の煮っ転がしを嬉しそうに口の中へ放り込む。
そういえば、自分の手料理に、この従兄弟がどこかのお子さまのようにケチをつけたことはない。
今度は濃い目の味の煮浸しと一緒に、普段グンマが手をつけない日本酒を勧めてみた。

「こっちのはこの酒が合うんだ。たまには甘くないのも飲んでみろよ。どうだ?」
「か、辛ぁい…、口の中がピリピリする~~。あ、でも、…うーん、ちょっとだけならイケるかもー?」
「だろだろ。……で、お前、その後どうなんだ?」
「何がぁ?」

間延びした調子で首を傾げる。そろそろ半分ろれつが回っていない。
よしよし、と心の中だけで呟いて、シンタローは何食わぬ顔で話を振った。

「好きな奴出来たとか、付き合ってる奴とか。そーゆー話、とんと聞いたことねーけど」
「いないよ~?」

きょとんとした顔で、いともあっさり返される。

「全く?ちょっとぐらい気になる奴くらい、いるだろ?」
「んー…ん~ん」

再度しつこく訊ねると、グンマは少しだけ考え込み、やはりふるふると首を振った。

「じゃぁ…あー…仮にだな…ケッコンしたい奴とかもいねぇわけか?よく考えろよ」
「…そー言われてもーぉ…、…うん」

いない。と断言するのに、シンタローは目を泳がせた。
近くのグラスを引き寄せて、とりあえず日本酒の瓶を傾ける。
コップ酒で一気に一合近く煽った。灼ける喉を宥めて、咳払いを一つ。

「で、……だな。繰り返すけど、お前、俺が初恋だったんだな?」
「うん、そーだよー。あの時はショックだったもん~。あの後、腹いせに高松のラボから新開発のゲキ辛いけど良く効く栄養剤とかいうの盗んでー、お父様のとこに届けられるコーヒーに混ぜてみたりしたんだっけ~」

あはは~、と朗らかに笑う実子である。

…そういえば、いつだったか本部で何か異物混入騒ぎがあって、親父が早く帰ってきて喜んだことがあったっけな…。

相手にも酌をしてやりながら、遠い目のシンタロー。

「それはともかく、だったらお前、たとえば俺となら結婚しても良いって思うか?」
「だって、シンちゃんはお父様と~~~」
「あー、それはナシ!なかったとして!!」

過去のアヤマチにしつこく拘るグンマに苛立って、どん、とテーブルに叩き付けるように瓶を置く。
ちょっと勢い余って酒が零れたが、そんなことはどうでも良い。
不機嫌に睨み据えられて、グンマがぱちくり瞬いた。

「えーと、シンちゃんが?僕のー、お嫁さん…だったら~?…てこと??」
「そうそう…嫌か?」

「ううん、嬉しいv」

即答だった。
満面笑顔の背後に蝶が舞い、花が散っているのが見える。それがまた違和感なくハマっていた。

「マジだな?間違いねーな?後悔しねーな?絶対だな?」
「うんv」

シンタローの、何だか半ば脅すような念押しにも全く動じない。
幸せそうにふわふわと頷く従兄弟は、もしかして計り知れないほど図太い神経なのかもしれなかった。

「…よし、わかった」

腹をくくるように頷いて、シンタローはグラスを手に取った。
カクテル用のジンをストレートで、景気づけとばかりに一気に煽る。

――後は酒の勢いだ。

空になったグラスになみなみ次の酒を注ぎ、どこか不穏な笑みを湛えて彼女はそれを従兄弟の前に突き出した。

 

 

 

「――…それじゃ、きっちりセキニン取ってやるから、とりあえず今夜は泊まってけ」




 

 

 

事の次第

 

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日のある内から始まった賑やかな宴会も、夜が更けた頃には随分と鎮まっていた。
室内には酒瓶と人間がそこここに転がり、すっかりツワモノどもが夢の跡の戦場跡と化している。

自然とお開きの空気が漂う会場から、しかし、勝手に場所を移して、未だに収まらない者たちが若干名…

「うう、グンマ様ぁ~~~」
「なー、そろそろやめとけよ、高松ー」

さめざめと涙を流しながら、延々とヤケ酒を煽り続ける旧知の友人に、ジャンは仕方なさそうに声を掛けた。
お開きムードの宴会場から残った酒と肴をかき集めて、二次会よろしく隣の控え室に雪崩れ込んだは良いが、バカ親ドクターは延々とこの調子で荒れっ放しである。
さして本気でもないとは言え、一応律儀に止めてやろうと試みているものを、それに付き合うでもなくひとり好き勝手に酒を煽るハーレムがまた、いちいち余計な茶々を入れてくれる。

「いつまでうじうじやってんだ。ガキなんざ、とっとと巣立ってくモンだろーが」
「うっさいですよ!子育てひとつしたことない奴らに偉そうなこと言われる筋合いはありませんよ!」
「………『ら』…って、俺も…?」

どさくさに巻き添えを食って八つ当たられて、ジャンがむくれた。


「俺だって、子育てぐらいしたことあるぞ」


「………」
「………」

不満げな抗議に、二対の瞳が外見ばかりはうら若い『少女』の顔を凝視した。
短髪の黒髪、光の加減で赤みを帯びる黒の瞳。年の頃は17、8。此処には居ないもう一人の、かつてに酷似した姿。
元赤の番人の、本来の姿である。
辺りに無粋な部外者が居ない上に酒も入って、すっかり元の姿でくつろいでいる。

高松が胡乱げな視線を流した。

「あの島の不条理なナマモノなんかと、グンマ様を一緒にしないで下さい」
「酷ぇ!なんかって何だよ!ソネ君もイリエ君も素直な可愛い良いコ達だったんだぞ!」
「…よりによって、あの半ナマ(※半分ナマモノ)どもかよ」
「……お?」

この場にない筈の苦々しい声音に、ハーレムが首を巡らせた。
いつの間に来たものやら、すぐ傍に本日の主役が憮然とした顔で立っていた。

「よお、シンタロー」
「まだ潰れてなかったのか、てめーら」

呆れかえる姪に、ハーレムがにやりと笑った。

「何だよ、主賓。素面じゃねぇか。こっち来て一杯付き合えよ」

片手にした瓶を持ち上げて、もう片手で差し招く。
まだ呑む気満々だ。
延々しょーもない愚痴を垂れる同期より上等な酒の相手を見付けたことで、完全にソノ気になっているらしい。
こうなると、もう逃がしては貰えない。

「ったく、このオッサンは…」

シンタローは諦めたように溜息をついた。

 

 

 

 

           『 Engagement 』  
                              .
            ―― 第五話。 宴の始末 <暴露>編 ――


 

 

 

 

数十分後。

「おーい、酒足んねぇぞぉ~」
「…足らねーってヨ。持ってこい、元番人」
「何で俺が…」
「あ~?取ってこいもできねーのか、犬より使えねーヤツだな」
「そーだ、てめーよりぢゃんの方がよっぽど賢かったぞ」
「ナニがだ、この酔っ払いども(怒)」

見事な酔っぱらい二人が出来上がっていた。
先刻のいかにもしょーがなさそうな態度など何処へやら、叔父と姪と、合わせて元番人相手に絡む有様は、なかなかにタチが悪い。

周囲には空の瓶が山と積み上がり、中には空の樽までも転がっている。
あれから二人が競うように飲んだ分だけで、はっきりいって酒が勿体ないような消費量である。

 

「にしても、テメェなぁ、酒の勢いでヤっちまいましたたぁ、10代のガキじゃねーんだぞ」

 

いい加減酔いの回ったハーレムが、やおら姪に指を突きつけた。
タイミングの唐突さと言い、話題の無遠慮さと言い、無駄に説教がましい口調と言い、まさしく飲み屋で手当たり次第人を掴まえて管を巻くおっさんそのものである。典型的かつ、はた迷惑な絡み酒だ。

「…っせーな、しょーがねぇだろ」

直球でイタイ話を振られたシンタローがぶすくれた。
通常、素面ならばここで大いに動揺する所なのだが、不快を示すばかりの鈍い反応からして、こちらも色々どーでもよくなるくらいには酔っているようだ。

「しょうがねぇで済むか、馬鹿野郎が」

姪のやさぐれた態度に、叔父は嘆かわしげな溜息をついた。

「せっかく俺が散々鍛えてやったてぇのに。酔い潰れるたぁ、何てザマだ。情けねぇ」
「…そっちかよ」

ジャンがツッコんだ。
酒の勢いで起きてしまった不測の事態より、酒に飲まれて潰れた事実の方がこの不良中年にとっては問題であるらしい。

「鍛えてやった、だぁ?絡んだの間違いだろーが。偉そうに言ってんじゃねーよ、おっさん」

言外に半人前と馬鹿にされたシンタローが、眼前に突きつけられた指を叩き落とした。
酔いも手伝って、据わった目つきは普段より更にガラが悪い。

「言っとくけどな、潰れたのはアイツの方だっつーの。俺がアイツ相手に、しかもあの程度の量で潰れるわけねーだろ!」

叔父をぎろりと睨め付けて強い口調で言い放ち、半分ほど残っていたグラスを一気に干す。
水のように呷っているが、中身は恐らくストレートのウィスキーだ。
ついで手を伸ばし、手近にあった未開封のワインの瓶を無造作に掴んで、ナイフで封の口を切る。
もはやアルコールでさえあれば、酒の種類も銘柄も、どうでも良いのに違いない。

「おら」
「おう」

コルクを引き抜き、突き出したワインを相手の空のグラスにだばだばと注ぐ。
手つきは乱暴だが、狭いグラスの口から零してはいない辺り、意外とまだ余裕があるらしい。
当然のように自分の分も手酌で注ぐ。注ぐと言うより突っ込む勢いだ。

「確かに勢い付けでそれなりには飲んだから、翌朝は軽く地獄だったけどよ。それでも潰れるほどじゃねぇぞ。吐いてもねぇし、記憶も飛んでねぇし。大体、俺が潰れてたら、今頃、何も起きてるわけねーだろーが」

少々言い訳がましいながらも、シンタローが釈明する。
その発言を拾い、端っこの方でさめざめと泣いていたマッド・サイエンティストが顔を上げた。

「………ちょっと、それどーゆーことですか」

きょとんとしたシンタローだが、すぐに気付いて、しまったとばかりに首を竦めた。
ぽん、と手を打ったのは同じ顔。

「あ~、そりゃ、どれだけ酒が入ったってボーヤにコイツが押し倒せるわけないよなぁ」

納得したように言って、ジャンが遠慮無くけらけらと笑い出す。元々の陽気な性格にプラスして、酒が入れば笑い上戸な性質だ。
もっとも仮にも元番人、いくら酔っても潰れることはない。それこそ限界のないザルでもあるのだが。

「たりめーだろ。俺はそんなヤワな鍛え方はしてねーぞ」

シンタローはジャンへ挑戦的な視線を向けた。
造りが同じ顔なので余り迫力はない。本人達は嫌がるだろうが、そうやって顔を付き合わせていると、まるで姉妹に見える。

「そりゃそーでしょ、元は俺の器なんだし?」
「ま、俺が仕込んだんだから当然だな」

「外野はすっこんでらっしゃい!ちょっとアナタ、それじゃまるで――」

無責任に言いたい放題言っている面子に怒鳴り、高松が勢いよくシンタローを振り返った。
血相の変わっているドクターにシンタローも向き直り、

 

「まるでっつーか完ペキ、俺が誘ったってゆーか、むしろ襲った――…みたいな?」

 


ははっ、と爽やかに輝く笑顔が嘘くさい。


 

 

「そんな昔の女子高生みたいなノリで誤魔化せる歳だと思ってんですか、アンタわーーーー!?」




「歳とかゆーな、てめーーーー!!!」

 

 


ぶち切れた高松に間髪入れず、シンタローがテーブルに拳を叩き付けて怒鳴り返した。
20代半ばの微妙なお年頃に、年齢の話は逆鱗だったらしい。

逆ギレて居直ったシンタローが、ソファに傲岸にふんぞり返った。

「んだ、てめぇ。こーして責任は取ってやってんだから、文句ねーだろ!!」
「犯罪紛いのことしておいて、態度でかすぎますよ、アンタ!!」

「ふん、残念だったナ!あいにく合意の上だ、ゴーカンじゃねぇーぞ!」

「ナニ堂々と口走ってんだ、そこー!!」

さすがの問題発言にジャンが慌ててストップをかけた。
やはり酔っ払い。言動がうっかりと危険である。

「…何だ、合意じゃあったのかよ」

何を期待していたのか、ハーレムがつまらなさそうに舌打ちした。

「何だたぁ何だよ、おっさん。俺はそこまで鬼じゃねぇっつーの」

シンタローがむっとしたように眉を上げる。

「ちょっとばっか酒に飲まれてトんでたって、合意は合意だろ。ムリ強いはしてねーんだ、文句あっか。」
「その発言が既に鬼そのものだろ」
「煩えぞ、犬以下」

一言で切って捨てられて、酔っ払い相手にも根気よく付き合っていたジャンが流石にいじけた。

俺、健気に頑張ってるよな。何でこんな所で酔っ払いども相手にわざわざ要らない苦労買ってるんだろう、何で俺ってばいつも苛められてんの、何でこんなにいつも貧乏籤ばっか…

泣き上戸にモードが切り替わったか、元番人が膝を抱えてめそめそ泣き出す。

それを完璧に無視して、

 

「しかし、何だな」

 

ハーレムが、しみじみと呟いた。

 

 

「…据え膳とはいえ、一応あいつも男だったんだな」

 

 

シンタローが真顔で頷く。

「いや、うん。言っちゃ何だけど、俺もちょっとビックリだった」

きっぱりと何げにかなり失礼な言いぐさである。

「まぁ、仕掛けといて流されたら、そっちの方がショックだ」
「あいつに限っては、ありえそうだけどな」

それも本気で気が付かずに流しそうだ。

「ああ。流石にそこでボケられたら、俺もちょっとどうしようかと思った」

ちょっと疲れたような遠い眼差し。当事者としては笑い事ではなく、結構、切実だ。

「……」
「……」

 

 

「…………やることやれたのか、あいつ」

 

ハーレムがぼそっと呟いた。
つい本音が出たらしい。
シンタローも明後日を見たまま答えた。

 

「………少なくとも、キャベツ畑やコウノトリを信じてることはねぇだろナ」

 

 

「……」
「……」

お互い何となく逸らしていた視線を手元に戻す。
気を取り直したように、グラスに再び酒が注がれた。

「…にしても、襲うほど切羽詰まってたのか、お前」
「馬鹿言え、俺がそんな欲求不満に見えるか。あんたじゃあるまいし」

からかい混じりににやにや笑うハーレムに、半眼に目を眇めたシンタローがやり返す。

「テメェ、俺が不自由してるように見えんのか、コラ」
「ああ、違ぇの?部下にでも手ぇ出してンのか?あんた抱く方、抱かれる方?」
「…………んのクソガキャぁ」

売り言葉に買い言葉というのか。
どうにも飛び出す余計な一言に、叔父と姪が不毛に睨み合う。

「俺は女専門だっつーの!抱く方に決まってンだろが」
「抱く方『は』女専門の間違いじゃねーの」
「んだと、実地でヤられてみてーか、ぁあ!?」
「ヤれるモンならヤってみやがれ。あんた、この顔相手にソノ気になんねぇだろ」
「当たり前だろ、サービスの物好きじゃぁ、あるまいし」
「Σうぁ、止めろ!!俺は何も聞いてねぇ!!」
「…ケッ、あきらめろ。アイツは狙った獲物は逃がさねぇ。ヤツが喰われんのも、どうせ時間の問題だ」
「ぎゃーー!!」

何だか話が勢いよく脱線していっている。
しかも、内容は修学旅行の夜の猥談並みだ。

そこへ、

「なぁ、ここで約一名死んでるけど…」


先程までその辺で凹んでいた筈の元番人の声が掛かった。
けろりと首を傾げる彼女は、いつの間にやら自力で復活したらしい。まったくもって打たれ強い。
もはや暴走する会話へのツッコミは諦めたのかシャットアウトすることにしたらしく、彼女の意識は足下に倒れている友人に向いていた。
こちらは自力では復活出来なかったドクターの屍である。
どうやらショックの大きい問題発言の数々に完全に再起不能に陥ってしまったらしい。

視線すら向けずにハーレムが即答した。

「介抱してこい、竹馬の友だろ」
「自分が動く気は全くねぇのね、同期の桜は」

ジャンが肩を竦めた。
どうせそうくるだろうとは予想していたらしい。
精神的に壊れ掛けている友人をちょいちょいと突いて呼びかける。

「おーい、タカマツー?」
「ううう…」
「おいって…あー、しょうがねぇなぁ、もう…」

泣きながら呻くばかりの生ける屍に、苦笑しながら肩を貸す。
半ば引きずるようにしながら、彼女はこちらへ向けて背中越し、ひらひら片手を振り、

「んじゃ、連れてくわ、お休み」

あっさり部屋を立ち去った。

 

 


 

 
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「やれやれ、子離れ出来ねーヤツだぜ」

同期達が出ていった扉を見詰めながら、ハーレムが呆れた。
独り言のような呟きが、人数が減って静かになった室内に響く。
手元のグラスを揺らして、シンタローがひっそりと笑った。

「すぐ慣れる。それにもう一人、図体のでかいガキがいるからな」

声を立てない口端だけの笑いを見遣り、ハーレムは気に入らないように目を眇めた。

「おい」
「…あ?」

低く呼びかける。
何気なく顔を上げたシンタローが眉を顰めた。

珍しい叔父の真顔がそこにあった。

ある意味貴重ではあるが厄介でもある、それ。
普段の崩した調子を抑えてしまうと、彼の一挙一動はいちいち力がありすぎる。
強く響く声はそれだけで相手を不必要に威圧するし、容赦のない眼差しは剥き出しの刃のように鋭い。

「よく考えろよ」
「…何?」

訝しむように聞き返すシンタローを、ハーレムがじっと見下ろした。

「止めとくなら今の内だ。成り行きだとか、外聞だとか、そんな半端なモンなら、此処で引き返せ。覚悟もねぇくせに早まった真似はするな。でないと…」

素っ気なく言う。

「破滅するぞ」

シンタローが僅かに目を見開く。
どこか苦々しげに、彼は小さく溜息をついた。

「青の一族の執着心は並大抵じゃない。一度執着したものは、どうあっても手に入れるし、何があろうとも手放さない。それだけの力があって、そうすることを躊躇わない。…それが時にどれほど悲劇を生むか、お前が一番わかってんだろ」
「…けど」
「あいつは違うとでも思うか?――…いいや」

口を開きかけた姪を、ハーレムは睨み付けて黙らせた。

「あいつも、決して例外じゃねぇ。あれでも一族の男だ。あの狂気のような執着も力も、まだ目覚めていないだけで、必ず『それ』は持っている。

――…アイツの中の、眠ってる獣を起こすな」

力ある青い瞳が貫く。
一族特有の危うい色と、彼独特の苛烈な眼差し。
奥底に隠された真摯さを孕んで、有無を言わせない強い意思。

シンタローが目を逸らした。

 

「…忠告ありがとうよ、おっさん。…でもな――」

 

 

 

 

 

 

 

「シンタローはん!結婚なんて待っておくれやす!」

 

 

 

 

 

 

「…いたの、アラシヤマ。」

目一杯勢いよく飛び込んできた友情ストーカーを振り返りもせず、シンタローが冷たく宣った。

「うう、愛が痛いおす…」

すげない態度に撃沈し、しかし、それどころではないアラシヤマは、すぐさま復活して縋り付いた。

 

「シンタローはん、心友のわてに何の相談もなく結婚なんてヒドいどす~~~!しかも、相手は『あの』天災バカボンボン博士やなんて…」

 

「さすがアラシヤマ、的確な表現だナ!」
「…お前、仮にもこれからダンナになる奴だろ。」

ぐっと親指を立てたシンタローに、ハーレムが思わず突っ込みを入れる。

「わては絶対に反対どす~!考え直しておくれやす~~!」
「だぁ~!どいつもこいつも…」

必死に畳み掛けるアラシヤマは、もはや縋り付くを通り越して絡みついてくる。
がしりと顔面を押さえて力任せに引き離そうとするが、腐っても沸いても団内NO.2、そう簡単には剥がれない。

「離れろ!鬱陶しい!!」
「何もよりによって、あのお人と結婚しなくても良いやおまへんか!」
「じゃー、ダレとしろってんだヨ」

いい加減、苛立ちも頂点のシンタローが不機嫌に目を眇めた。
周囲が野郎ばっかりなので、結構、忘れがちだが、ぶっちゃけ適齢期ど真ん中である。

その言葉に何を思ったかストーカーが恥ずかしげに頬を染めた。

 

「……////」

 

「眼魔砲。」

 

 

「ひぃッ!!何するんどす――!」

「煩ぇ!大体、何でお前にまでゴネられなきゃならねーんだ!俺が決めたんだ、ぐだぐだ言うな!!」

 

慌てて離れたストーカーをすかさず蹴り飛ばし、シンタローが一喝した。
本気の怒気の篭もる声にアラシヤマが怯む。
だが、これで引くだろうという予想に反して返ってきたのは、

 

「…いいえ、言わして貰いますわ」

 

静かな声が、きっぱりと言った。

否と返す答えに更に苛立ちを煽られて、シンタローが目つきを険しくする。
睨み付ける視線が、長い前髪に隠されていない片目とかち合い、喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。

冷ややかな瞳がこちらを向いていた。

「あんさん、いつまで、あの一族に拘ってるつもりや」
「!?」

シンタローが息を飲んだ。

「な…」
「そのしょーもない引け目、いつまで抱えとるんや。あの島でちょっとは吹っ切ったのかと思えば…」

容赦なく、侮蔑するように吐き捨てる。
的確に一言で相手の胸に切り込む言葉に、一気に激昂した感情が振り切れた。

バネのように飛び出した手が、力任せに相手の胸ぐらを掴む。

「ッ何が言いたい!」

抵抗する素振りもなく引き摺られたアラシヤマを至近距離で睨み付けた。
襟元を締められて、それでもなお睨み返すだけの冷徹な顔に、血の上った頭が少しだけ冷える。
相手の静かな瞳に、みっともなく感情を乱した自分の姿が映っていた。
凪いだ黒い瞳、映る自分の色も、黒。
睨み合ったまま、シンタローは内心で舌打ちした。
このくらい、ムキになる必要はなかった筈だ。
こうも過剰に反応してしまったのは、相手の核心をつく洞察に優れる彼だからこそ。
それはつまり…

「あんさんは、ここを離れて生きていくことだって出来るんや」

「――!」

黒瞳が動揺したように揺れた。
アラシヤマは僅かに憐れむようにそれを見遣った。

「総帥の子で、跡継ぎで、それなのに一族の異端で。必死にガンマ団のNO.1やってたあんさんは苦しそうでしたえ。あの島でのあんさんは何者でもなくて、…ただのシンタローはんやったあんさんは楽しそうどした」

「俺は…」

シンタローの手から力が抜けた。
解放されたアラシヤマが吐息をつく。

「別に離れなきゃいかん言うてるわけやないけど…あんさんはもっと色んな道が選べるんや。あの島で、あんさんは確かにそれを知ったはず――」

 

 

 

 

「…『あの島』『あの島』って、うるさいよ」

 

 

 

 

すぐ背後で響いた声に、アラシヤマが身動きを止めた。
振り返るにも間合いの取れない距離で、不機嫌な声が唸る。


 

「それで何が言いたいのさ。結局、僕らから離れろって言いたいんじゃない。…そんなの」

 

――許さないよ。

 

殆ど囁きに近い微かな声。

物騒な言葉とは裏腹に、仕掛けてくるほどの殺気も闘気もない。気配ひとつで分かる、力でどうこうしようとする意思も、またその力もないだろう、戦い慣れない空気。
話に気を取られて背後を取られたのは失態だが、今、一瞬で振り返りねじ伏せるだけの隙もある。

それなのに。

断固とした意思が籠められたその声。
ただ真っ直ぐな本気だけがそこにある。
それだけで不可能をも可能にするような錯覚は、どこから来るのだろう。

脳裏に閃いた色に、ほんの僅か動きが遅れた。

 

「……!」

「ちッ!おい、グン――」

 

「こンの馬鹿グンマ!!」

 

ゴッ!!と鈍い音がした。

ハーレムは手を伸ばし掛けた体勢で固まったまま、その場にうずくまった甥を見詰めた。

 

「い…ったぁ~~い!!何すんのさ、シンちゃん!!」

 

しゃがみ込んだまま頭を押さえたグンマが、涙目で非難がましく訴えた。
仁王立ちのシンタローが、それを怒りの形相で見下ろす。

「何じゃねぇ!飲むなっつったろーーが、俺は!?」

「…だってぇ」
「だってもくそもあるか!キンタローは何やってんだよ!」

言い訳を許さない従姉妹の剣幕に、グンマがびくりと首を竦めた。

「伊達衆のみんな、運んでるよ。全員、酔いつぶれちゃったから。特戦の人たちはまだ残っててナンか麻雀とか始めてたけど…」

シンタローが片手で顔を押さえて、天井を仰いだ。

「あの馬鹿どもは…。…ああ、もう。行くぞ、今のうちにちょっとは後片付けとかねーと」

言うなり、さっさと踵を返す。
その後を追おうとして、突然立ち止まった従姉妹の背中に、グンマは強かぶつかった。
ぶつけた顔を押さえながら、首を傾げる。

「…シンちゃん?」

 

「――…わかってる」

 

室内に背中を向けたまま、シンタローの声が部屋の中に響く。

 

「色んな道があって、その中から俺が選んだんだよ。…俺が――」

 

呟いて、振り返りもせず出ていった。
不思議そうな顔をしながらも、グンマも後を追った。

 

 

「…とっくに手遅れかよ。兄貴の子だな、全く」

 

残された部屋の中で、ハーレムが溜息をついた。
同じく部屋に残された青年を、ちらりと見遣る。

「マーカーんとこのガキだな。命拾いしたぜ、お前。…行け」

僅かに瞑目し、ただ短く頷いて、彼は姿を消した。

一人になった部屋を彼は見まわした。
先程までの騒ぎの余韻が、まだその辺に漂っている気がする。

 

「本当に兄貴の子だぜ、…どっちもな」

 

俺が――…離れられねぇんだ

 

零された言葉。

 

――許さない

 

譲らない瞳。

 

「…とっくに覚悟が出来てんなら、俺の口出すことじゃねぇ…か。…クソ、テメェらで勝手にやりやがれ!」

 

投げ遣りに吐き捨て、乱暴に髪を掻く。

ソファに寝ころび、天井を仰いで。

 

彼はもう一度、深く溜息をついた。

 

 

「ったく…。これできっちり幸せにならなかったら承知しねぇからな、ガキども」

 




 

 

 

 

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