出会い編
目の前には一枚の紙がある。
“進路希望調査“ と書かれたそれは、これまでの人生の中でも二度ほど目にしたものだ。
普通、進路といえば大いに悩むもののひとつであろうが、シンタローはこれまでこの手の調査で、思い悩んだことはなかった。彼女は自分の進むべき道がはっきり見えており、他のものに目を向けることがなかったからだ。
・・・・・・見ることが出来なかった、と言うべきだろうか?
けれど今は違う。彼女は先日の家出により、世界の広さを知った。その経験は彼女に自由を教えたが、同時に進むべき道の多さを知り、そのどれを選ぶかで頭を悩ませることにもつながった。
机にうつむき加減なので、黒髪で顔が隠れ、何の手も加えられていない唇しかうかがい知ることはできない。彼女の唇は、どこか不機嫌そうに固く結ばれていた。
「・・・・・・」
「シンちゃーん、何してんの?」
はた目にはぼんやりとしていたシンタローは、聞きなれた能天気な声に脱力しながらも振り返った。
「グンマか・・・」
「そうだよー。ねえシンちゃん、おやつ食べよー・・・・・・ってあれ? これって・・・」
グンマはひとつにくくられた柔らかな金髪を揺らしながら、ひょいと卓上の“進路希望調査”をつまみあげた。
「何も書いてないじゃない。珍しいね。迷ってんの?」
「・・・・・・そうだな」
「・・・・・・・・・・・・やっぱ、あの事気にしてるの?」
「・・・・・・」
あの事、とは昨年のシンタローの家出に端を発した、グンマを含む青の一族の内輪揉めのような事件のことだ。
「もう、終わった話だろ。皆、収まるところに納まったんだ。蒸し返すなよ」
「・・・・・・けどさ・・・」
グンマはその騒ぎにより、両親は死んだと思われていたのだが、実は本当の親が別にいることが解り、今は新しい家族を得た。もう一人、新しい従兄弟も現れたりしたのだが、シンタローはそれまで信じていた血のつながりが、全て絶たれるという結果を残すことになってしまった。
無論、だからと言って彼女の一族から放り出されるわけではない。今まで通り家族とともに暮らしているのだが・・・。
そもそも親族内では唯一の黒目黒髪だったのだ。内心はいろいろと複雑で、グンマはそんな従姉妹の気持ちを汲んで、言葉を濁したのだろうが・・・・・・
ポン、と巻かれた金色の頭に手を置き、わしわしとなでる。
「ち、ちょっと何だよ! やめてよー、シンちゃん!」
「お前が暗くなんなっての」
苦笑いをしながらのシンタローの行動に、グンマはむぅと頬を膨らませる。そんな態度に笑みはさらに広がった。
「お前ほんっと、いつまでもガキだな」
「何だよー! 人がせっかく心配してやってるのにぃー!」
「ハーイハイハイ。誰も頼んでねぇよ」
辛らつなことを言いつつも、その顔は変わらず穏やかだ。それ気付いているのかいないのか、ムキになったグンマが突っかかっていると、二人のいる机に影が差した。何事かと同時に顔を上げる。
「あ、キンちゃん」
「キンタロー・・・・・・」
「何を騒いでいるんだ? 周りに迷惑だろう。ここは公共の場だぞ」
現れたのはもう一人の新しい従兄弟、キンタローだった。
彼らが互いの存在を知ったのは例の騒動のときで、まだ出会って一年も経っていない。けれどグンマは持ち前の人懐っこさで、早いうちからキンタローに慣れ、気さくに話しかけており、キンタローもそれに応えている。が、シンタローのほうは当初敵視していたせいもあり、今のようになるまでに時間がかかった。仲が悪いわけではないのだが・・・
「騒いだのはグンマだ。オレは悪くねー」
「あー! ひどいよシンちゃん! キンちゃん、僕だけが悪いんじゃないよね?」
「・・・・・・そうだな」
グンマがすがるとキンタローは少し考えるようなそぶりを見せる。
「グンマをからかえば騒ぎ出すのは解っていて、からかっている訳だからシンタローにも非はある。・・・・・・それといい加減“オレ”と言うのはやめたらどうだ? マジック伯父貴が嘆いてたぞ」
「チッ! うっせーないちいち。そんなんオレの勝手だろ。親父に指図される覚えはねぇ。ほっとけんなの」
「でも、サービス叔父様も困ってたよ?」
「え?」
悪態をついていた表情が一変し、夢見るような目つきで振り返ったシンタローに、グンマは頬を引きつらせながらも続けた。
「せっかくきれいになったのに、あれじゃ形無しだ・・・って」
「叔父様が・・・・・・」
語尾にハートマークがつきそうな口調に、グンマとキンタローは呆れて顔を見合わせた。シンタローの(美しいほうの)叔父崇拝は、相変わらずだと、肩をすくめる。
「そんなに好きなら、嫁にでもなればいいだろうに・・・」
とたんに夢見ていた顔が険のあるものに歪んだ。
「あに言ってんだよキンタロー。叔父と姪は結婚できねーの」
「・・・・・・しかし、お前の父の力があれば、法の一つくらいごまかせるだろう」
それ以外に問題はないし・・・と言う言葉はさすがに心にしまっておいた。
「あーのーなー・・・」
シンタローがうなるように言うと、グンマも苦笑いを浮かべた。
「それはないよキンちゃん。あのお父様が、よりにもよってシンちゃんを結婚させるために尽力する訳ないじゃない。だって結婚したら別々に暮らすことになるんだよ?」
「・・・・・・それも、そうか・・・」
学園の最高責任者であり、一族の長でもあるマジックは、自分の娘を異常なほど溺愛しており、常にべったりだ。それを娘であるシンタローはうざがって、日々繰り返される親子喧嘩はなかなか壮大だ。それを思い出してキンタローは納得する。
「それにさ、オ・・・私はジャンとそっくりなんだぜ? いくらなんでも男の親友と似た顔の嫁は、もらいたくないだろ叔父さんも」
「確かにな」
「あー・・・それはちょっと嫌だろうね・・・」
ジャンとは、サービスの長年の親友で、長いこと行方不明だったのだが、これもまた去年戻ってきていた。彼の存在を知らなかった頃の、まだ幼いシンタローはわりと真剣に、将来の夢として叔父の奥さんを考えていたが、今はもう昔の話だ。
「・・・・・・ホント、どうすっかなー・・・」
初心に戻って白紙の紙に目を落とすと、今度はキンタローが覗き込んでくる。
「決めてなかったのか?」
「ああ。お前はグンマと一緒に研究所だろ、ドクター高松んとこの。それとも院に入るのか?」
「どっちでも大差ないけどねー」
高松はグンマの育ての親で、この学園の母体となる企業の研究員であり、大学の講師もしている。金髪の二人はずっと高松に師事し、就職後も彼の下で働くことになっているので、肩書きが違うだけでどちらを選ぼうと大差はないのだ。
「シンちゃんも、このままここにいるんでしょ?」
「・・・・・・」
これまでだったらうなずいていただろう事に、今は簡単に答えられない。そんな反応をされるとは思っていなかったグンマは、不安そうにシンタローを窺い、続いてキンタローを見上げた。
「何だ? ひょっとしてシンタローは外に行くのか?」
「・・・・・・いや・・・・・・」
図体のでかい(とはいえグンマは彼女より小さい)男二人に不安気な目を向けられ、シンタローは苦笑う。不安なのは彼女も同じだったが、安心させるように笑って見せた。
「まだはっきりとは決めてねぇんだ。どうなるかは解んねぇ」
自分の素性を知り、自由を知り、いかに世間知らずで狭い世界で恵まれて生きてきたかを知り、シンタローの中にはこれまでにない思いが芽生えてきていた。しかしまだ彼女は、この思いをどう表現していいいのか解らないでいる。
「大変だよな、生きるって」
大きく伸びをしてつぶやくと、三人の従兄妹達は、そろって天井を見上げた。その先にある未来を見ようとでもするように。
「勘弁してくださいよ、部長ー!」
高等部へとつながる渡り廊下。通りかかった際に、そんな大声を聞いたシンタローは思わず立ち止まり、そちらに目をやる。
中庭の、校舎に半分隠れる程度の場所で、なにやら数人の男達が言い合いをしていた。非常に不本意だが、その大半には見覚えがある。
(まーた何かやってんな、オッサン達・・・・・・)
やれやれとそちらに足を向けた。知り合いは、サービスの兄であるもう一人の叔父、ハーレムとその部下達だったからだ。
彼らは(おもに上司であるハーレムのせいで)つねに揉め事を起こす、企業の悩みの種である。しかし、仕事となると類まれなるチームワークを発し、他の誰にもできない特技を生かした集団であるがために、そうそうクビにもできず、少々のことは黙認している状態だった。少なくとも今のところは。
(たっく・・・・・・・)
そのためシンタローは彼らの悪行(おもに生徒に対する脅しや、カツアゲ)を見つけるたび、止めていた。今回もその類だろうと、堂々と叔父に声をかけた。
「おい、オッサンども。いい年してんなことして、恥ずかしくねぇのかよ」
予想通り、そこにはハーレム、マーカー、ロッド、Gと見知った顔が、高校生らしい金髪の男子生徒を、取り囲んでいる姿があった。腹が立つより先に呆れてため息をつくと、なぜかハーレムは嬉々とした笑みを向けてきた。
「ちょーどいいところに来たじゃねぇかよ、シンタロー!」
「何がだよ。うちの生徒にカツアゲすんなって、何回言われりゃ解んだよ。それと校内は禁煙だ。またボヤでも起こす気か? いい加減その金のことしか詰まってない頭にも、一般常識くらい入れてくれよ」
「・・・・・・ほ、ほぉう・・・・・・・」
こき下ろされながら鼻で笑われ、とたんに機嫌が悪くなった叔父を、シンタローはつくづくガキだな、と思いつつ見ていたが、その他の人間は青くなっていた。特にその怒りの八つ当たりをよく受けるらしいロッドが、なだめようとしてか、慌ててフォローに入る。
「いや、違うんすよシンタロー様。こいつは最近ここに入ってたばっかのやつで、今は、社長にあいさつに行かせようって話をしてたんす」
「・・・・・・その割に、悲鳴みたいな声がしてたけど・・・・・・?」
「それはいつも通りに、部長のからかいのためです。断じてカツアゲなどはしておりません。なあ、G」
「・・・・・・ああ」
今は、という声が聞こえたような気がしたが、彼らの中でも比較的常識的なマーカーとGに言われてしまうと、不信がっていたシンタローも、納得するしかなさそうだった。
不承不承うなずくシンタローに、機嫌を直したハーレムが、煙を吐きながら勝ち誇った。
「つー事だからよ、そう目くじら立てんなって。美人がだいなしだぜ?」
「うっせえ、アル中」
そう捨て台詞を残して、長居は無用と去りかけると、背後から呼び止められる。
「おい、シンタロー」
「あんだよ」
「そうつんけんすんなって。急用がないなら、こいつをちょっと理事長室まで連れてってくんねぇか? まだよく覚えてねぇんだとよ」
「・・・・・・」
ハーレムの言葉には顔をしかめるが、この学園は中、高、大、院までがひとつの敷地にあり、とにかく広い。来て日の浅いものや、新入生が迷うのはよくあるのだ。
別に、案内すること事態に不満はない。・・・・・・この状況が気に食わないだけだ。
だが――と、シンタローはびくびくしている高校生を見て思う。彼は悪くないわけだし、こんな集団からは早く引き離したほうがいいに決まっている、と自分を納得させ、そちらにだけ目を向けて言った。
「いいぜ。ついて来な」
手招きしてから背を向けて歩き出すと、おずおずとついてくる気配と、叔父らからの声がした。
「しっかりやれよ! びびんじゃねぇぞ、リキッド!!」
「何させる気だよ、オッサンら! それとせめて歩きタバコだけは止めろよな!」
振り向いて怒鳴ると、張本人達よりも、心底驚いたような高校生の表情の方が目に入ってきた。
学園指定の紺のブレザーを着た男子高校生は、珍しそうに校舎内を見回している。長身のシンタローに時々置いていかれそうになり、あわてて小走りに駆け寄る、という事態も何度かあった。それに気づいたシンタローは、足も止めずに振り返ると、苛立ちを含んだ声で言う。
「おい、トロトロしてんな、置いてくぞ! 迷っても探さねぇからな!」
「は、はい!」
慌てて返事をして走りよってくる高校生は、それからは周りに目をやるのをやめ、背を追ってきた。素直な反応に気をよくしたシンタローは、今さらながら少しだけ歩調を落としてやる。
「お前さ、あのオッサンらの知り合い?」
「え? あ、はい! 俺、ハーレム部長に引き抜かれてここに来たんす」
「・・・・・・あんだって?」
歩きながらも思わず高校生――確か、リキッドと呼ばれていたなと思い出す――をまじまじと凝視する。相手はあせったようで冷や汗をたらしていたが、シンタローはかまわず続けた。
「引き抜かれたって、あのオッサンに・・・・・・? 何だってまた・・・・・・」
「いえ、その・・・」
しどろもどろなリキッドの説明によると、不良グループの一員だった彼は、そこを抜ける際のケンカをハーレムに目撃され「俺んとこ来い」と無理やり連れて来られたらしい。
「・・・そもそも元の学校も、退学させられる寸前だったんで、ちょうどいいかなー、なんて思って・・・・・・」
ここでリキッドは何かに気付いたように体を震わせた。今までヤクザまがいのハーレムのような人物ばかりに会い、失念していたようだが、目の前にいるのが一般人で、しかも今は理事長にあいさつに行く途中だった、ということを思い出したらしい。
「あ、あ、すんません! ・・・じゃなくってあのその、今は違いますから! グループも抜けたし、知り合いから子供預かってるんで、まっとうな職に就きたいって思ってて・・・・・・それでここに来たんすよ! だから・・・」
「・・・・・・あー、そうか・・・」
彼が、シンタローをおびえさせてしまった、あるいはこれからの生活をしていく上で、族上がりだとばれてしまうのはまずい、と慌てているのは解る。これだけ必死に言っているのだし、言葉に嘘はないのだろうが、シンタローは哀れみを感じた。
まっとうに生きるための新天地に来て、最も身近になった存在がよりにもよって一族の問題児(という年でもないが)ハーレムだというのが、かわいそうになってきたのだ。
「・・・・・・ならな、ひとつ言っておく。まっとうな職につきたいのなら、あのオッサンには近付くな。それさえせずにこの学校でまじめにやってりゃ、そこそこのことはできるぜ。でっかい企業だしな」
「・・・・・・」
意外な言葉だったのだろう。リキッドはしばらく大き目を見開いていたが、ふとあさっての方向を見てため息をついた。
「近付きたくて、近付いたんじゃないんすけどね・・・」
「ま、そうだろうな、さっきの様子からすると。今も金巻き上げられたりしてんだろ」
「・・・・・・はい・・・・・・」
前髪で隠れた目元から見える、きらりとした滴にますますシンタローは同情する。我が叔父ながらどうしよもない奴だと思い、粛清(公正ではなく)方法をいくつか考えてみた。
「っと、いけねぇ。こっちだぜ」
角を曲がり損ねかけ、たたらを踏んでから再び正しい道へと進む。その様子を不慣れな男子生徒は、感心したように見つめていた。
「よく解りますね、こんな広いところなのに・・・」
「ああ、オ・・・・・・私は長いからな」
「ひょっとして中学からいるんすか?」
「・・・・・・ああ。大ベテランだぜ」
どうやらこの高校生は、自分の素性を知らないようだ。しかし言って威張り散らしたいわけでもないので、あえて言いはしないでおく。
「俺も早いとこ慣れないとな・・・。寮と学校の行き帰りも、最近ようやく覚えたくらいだし」
「・・・いつからいるんだ?」
「今学期からっす。寮はもうちょっと前からいたんすけど・・・・・・」
「ひょっとして、寮に子供と暮らしてんのか?」
先ほどの言葉を思い出し、問いかける。
「はい。子供つっても小学生なんで、もうそれほど手ぇかかりませんけど」
「へぇ・・・・・・。いくつだ?」
「十歳っすね」
「へぇ! 私の弟と同い年だ。聴いたら知ってるかもな」
話がはずみ、もっと聞きたいことも出てきたが、ちょうどいいタイミングで理事長室に着いてしまった。
まぁいいか、と思い中断して事務的なことを言う。
「着いたぜ。帰り道は・・・・・・解んねぇよな。一応地図もあるけど、外だから意味ねぇし・・・・・・」
シンタローは持っていたかばんをかき回し、一枚のたたまれたカードを取り出した。
「これやる。小さいけどここの地図だ。・・・ここが現在地でここが高等部。こっちが寮。・・・・・・大丈夫か?」
「・・・・・・はい、どうにか・・・」
地図を凝視する様子にやや不安を抱きながらも、それじゃあな、と手を振り去ろうとする。と――
「あの!」
「あ?」
振り返ると、青い瞳がこちらをまっすぐに見返している。一族のとは少し違う色だと、今さらながら気付いた。
「あ、ありがとうございました! えっと・・・・・・」
言いよどむ元不良の高校生に、フォローを入れてやる。
「シンタロー、だ。こんな名前だけど一応女。大学の二回生だ」
「あ、はい。ありがとうございます、シンタローさん」
「お前もしっかりな! 機会があったらまた会おうぜ、リキッド」
「はい!」
今度こそ手を振って去るシンタローと、理事長室に向き直るリキッド。
こうして二人のファーストコンタクトは終わるのだが、この後リキッドは、扉越しに話を聞いていたマジックに、遠回し(かどうかは定かではない)に娘との関係を聞かれ、肝を冷やしたり、同居人のパプワが、一時期シンタローと生活をともにした親友だと知って、驚いたりするのだが、それはまた別の話。
そうしてシンタローも、これが自分の人生を左右する出会いになるなどとは、知る由もなかった。
終
出会い編。
のわりにリッキーあんまり出てこない。
ちょっと不明点とかもありますが、本筋とは関わりないし、説明くさくなるんで、そのうち設定にでも書きます。
次へ
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学園物 設定
・中高大一貫で、企業付属大学校が舞台
・学生はその企業の社員候補生
・青の一族が仕切ってます。立場はみな同じ
・ただしシンタローは女。ジャンもいるよ、男だけど
・あ、生まれつき女です
・ちなみにスレンダー体系。ノーブラでもばれない(byブリトラ)
・シンタローは興味がないだけで、決してセンスが悪いわけではないです
・リキシンです
・基本はシンタロー24歳、リキッド20歳のパプワ6歳
・シンタローとパプワの出会いは21歳と3歳
・リキッドは17歳
・パプワと出会った数か月後ぐらいに二人(リキッドとシンタロー)は会ってます。
・パプワとシンタローは共同生活経験あり
・パプワのご両親がジャンと知り合い
・赤の一族なんで、死後ジャンに託されました。
・パプワは秘石眼もちです。特別何に使うとかはありませんが。
・コタローとパプワは同じ地域の公立小学校に通ってます。
・キンタローの設定も原作通り。非科学的です。
本編へ
・中高大一貫で、企業付属大学校が舞台
・学生はその企業の社員候補生
・青の一族が仕切ってます。立場はみな同じ
・ただしシンタローは女。ジャンもいるよ、男だけど
・あ、生まれつき女です
・ちなみにスレンダー体系。ノーブラでもばれない(byブリトラ)
・シンタローは興味がないだけで、決してセンスが悪いわけではないです
・リキシンです
・基本はシンタロー24歳、リキッド20歳のパプワ6歳
・シンタローとパプワの出会いは21歳と3歳
・リキッドは17歳
・パプワと出会った数か月後ぐらいに二人(リキッドとシンタロー)は会ってます。
・パプワとシンタローは共同生活経験あり
・パプワのご両親がジャンと知り合い
・赤の一族なんで、死後ジャンに託されました。
・パプワは秘石眼もちです。特別何に使うとかはありませんが。
・コタローとパプワは同じ地域の公立小学校に通ってます。
・キンタローの設定も原作通り。非科学的です。
本編へ
!警告!
女体化ネタです。展開によっては成人向けな描写も入りかねません。 例の如くまだ未完です。無計画です。
「ったく、人使い荒いんだもんなあ、あのヒト……」
パプワハウスから蹴りだされた際の腰の痛みをこらえて、リキッドは両手の水桶を抱えなおした。
今日も今日とて、朝一番から独楽鼠のように働かされ、疲労感はすでにピークに達していた。朝食、蒲団干し、掃除に昼食とすませ、やっと少しの休息を得られるかと思えば、「おら、怠けてないでとっとと洗濯用の水汲んで来い!」と労わりの言葉すらないまま鬼姑に追い出されたのだ。
ああ、報われない俺の人生。幸せの青い鳥は現れないんだろうか(薄幸の鳥人バードの加護なら十分に受けているかもしれない)――つらつらとそんなことを考えていると、ふと、頭上を小さな影が過ぎったのに気付いて、リキッドは立ち止まった。
「――?」
羽音のした方向へと顔を向けてみるが、逆光に遮られ、音の正体まではわからない。
あの羽の形からすると、テヅカくんかもしれない。
ついでとばかりに空桶を下ろして、リキッドは額に伝った汗をぬぐった。
入り組んだ森の中では、潮騒もどこか遠い。じっと耳を澄ましていれば、遠くからナマモノたちのいつもの喧騒が聞こえてきそうだった。
今は自分の荒い息遣いだけが、沈黙の中でやけに響いて聞こえる。ガンマ団にいた頃と比べて、少しばかり体力が落ちてきたのかもしれない。そう考えて、いや、あの頃と負けず劣らずタフな毎日なんだけど、と思い直す。
「……四年かぁ」
改めて言葉に出してみれば、どこか寂しいような、こそばゆい感慨が胸をくすぐった。この島に来てから、もうそれだけの時が経ったのだ。日々の苦労こそ絶えないが、小生意気なちみっ子と、夢の国顔負けの喋る動物達に囲まれた生活は、楽しくて時を忘れさせられる。
前の番人は二百年近く、ほとんど一人で秘石を守ったと聞いていた。
青の秘石が持ち出されてからは、島では存在を知られることもなく、独りぼっちでいたというが――いまは隊長の弟さんと、楽しくやっているんだろうか。
あたりに生い茂る木々をぼんやりと眺めながら、リキッドは視界に入ったあるものに、目を瞬いた。道端の草陰に、見覚えのない花が咲いている。パプワ島の植物にしては珍しく、淡い単色のものだ。
ここの道に、こんな植物があったろうか。
地味な色と相まって芳香も薄いためか、南国独特のけばけばしい植生の中では、いささか埋もれがちな印象をうけた。けれど、儚げで凛とした風情は、見ていてどこか心惹かれるものがある。
花瓶にでも生けてみれば案外、見栄えがするのかもしれない。
指先で薄い花弁をつつきながら、余裕があれば帰り道に摘んでいこうかな、と、リキッドは咲いている場所をもう一度確認する。
それにしても不思議なものだ。
しょっちゅう行き来する道だというのに、今の今まで気付きもしなかったなんて。
ドクター高松でもあるまいし、リキッドもなにも、島中の生態系を把握しようなどという酔狂な考えを持ったことはなかったが、炊事洗濯をこなす仕事柄、動植物についての知識はそれなりにあるつもりだった。
それでもまだ、こんなに歩きなれた道ですら、知らず通り過ぎていたものに、今ごろのように気付かされる。
――まだ、たったの四年なんだ。
新しい道を歩いたならば、それこそ数え切れないほどの新しい発見があるに違いない。子供じみた安堵とともに、リキッドはひとり微笑んだ。思えば、かつての仲間であった特戦部隊のメンバーのことですら、自分はちゃんとは理解していなかったように思う。この島で望まずも再会を果たして、改めて、彼らの強さと温かさを知らされたのだ。
だから――シンタローさんに関してもきっと、同じことなのだろう。彼の知らない一面を、自分はまだまだ、これから見出していくのだ。それがいつまでの事かは、分からないけれども。
まあ意外性という意味では、すでに十分知ってるのかもしれない、とリキッドは男前な新総帥の姿を頭に思い描いた。ブラコンで、動物に好かれて、徹頭徹尾抜かりなく家事をこなすあの人が、泣く子も黙る天下のガンマ団総帥だなんて、いったい誰が想像するだろう。
……あれでせめて、もうちょっとだけでも、優しくなってくれれば良いのだが。
「つーかもっと他の意味で、女性的だったら良かったのになぁ」
ぼそりと呟いた言葉は、限りなく本心から出たものだった。
しかし、だからこそ、その時は別に、深い意味などなかったのだ。
パプワハウスの外から、夜明けを告げるものであろう、鳥の囀りが聴こえる。
美しいメロディに呼び起こされるように、リキッドは、ぼんやりとまどろみから目覚めた。常夏の島の朝は、いつだって適度に清々しくて気持ちが良い。
「ふぁ~あ……ん?」
間延びした欠伸をしながら、唸りながら伸ばしたリキッドの指先が、得体の知れない何かに触れた。予想だにしなかった感触に、リキッドは夢うつつのまま眉根をひそめる。
なんだこれ。
ふわふわと温かく、指で押せば、妙に心地よい弾力を返してくる。触れている先をまさぐると、掌に少し余るほどの柔らかな膨らみが確認できた。
……なにか新手のナマモノでも入り込んだんだろうか。
眉間に皺を寄せながら、歓迎できない自体を思い浮かべる。姑目当ての鯛かカタツムリかもしれない。だが目を開くのはどうも億劫に感じられる。結果として、半端な好奇心だけが先走ることになった。
夢に片足を突っ込んだまま、リキッドは果敢にも、その膨らみをむんずと掴むという暴挙に出たのだ。
「――ってぇ!!」
「へ?」
なんだ、いまの耳慣れない甲高い悲鳴は。
薄目を開けたリキッドの左手首は、つぎの瞬間、骨が軋むような強さでがしっと拘束された。
「ぁにすンだよ、このヤンキーが……」
「え? あ、あの――ちょ」
気の動転からすぐに覚醒できたのは、不幸中の幸いだったといえる。
そのまま、朝一番に放たれたタメなし眼魔砲は、ギリギリで避けたリキッドの髪先を二センチほど消滅させると、パプワハウスの壁に大穴を空け、「愛しのリッちゃんへのモーニングコール」五秒前待機中だったウマ子もろとも、水平線の彼方へと散ったのだった。
涼しい風とともに、差し込んでくる朝日がまぶしい。
自分の髪の先端から漂うこげ臭い煙が風にまかれるのを感じながら、リキッドは、卒倒したヒキガエルがごとく腰を抜かしてのけぞった。
「んなっ、ななな……っ!!」
「避けやがったか」
チッ、と心底残念そうな舌打ちを聞いて、恐々と後ろを振り返ると、仁王立ちする人影から、どす黒い殺気混じりのオーラが立ち上っていた。
普段なら即座に三途の川への日帰り旅行を覚悟するほどの、不機嫌最高潮な鋭い眼光が、リキッドを射抜く。しかし彼はただ唖然と、口を開けて固まっている事しかできなかった。
「し……シンタローさん……?」
「ああ? テメー朝っぱらから人様の胸揉むたぁいい度胸してんじゃねぇかこの変態ヤンキー!!」
普段よりも細く高い声。さらに、目前で揺れるその大きな膨らみは、リキッドの声を驚愕で裏返らせるのに十分な効力を持っていた。
「どっ、どうしたんスか、その身体っ!?」
「は? なに寝ぼけていやがる。俺の身体がどう……」
闇色の瞳が、訝しげに自身の身体を見下ろす。
途端。
――ぶっ。
「ぎゃああああッツ!! なんじゃこりゃあーーーーっ!!」
「し、シンタローさん、落ち着いてっ!!」
「……お前たち、うるさいぞー」
叫んでいる両者の足元でそのとき、あまりの喧騒に目覚めたらしいパプワが、不機嫌そうに目をこすった。チャッピー餌、と起き抜けにぴっと騒音の原因を指差す。
容赦ない号令を合図に、わうん!と跳び上がったチャッピーはしかし、その場の明らかな異変に気が付くと、困惑したように鼻を鳴らして少年を振り返った。
見慣れぬ人影の存在に、勝気につり上がった少年の眼がわずかに見開かれる。
「シンタローなのか?」
子供の単純な問いかけは時として、大人を冷静にしてくれるものだ。
「あー、パプワぁ……」
胸元の双丘を持て余すように両手で支えながら、シンタローと思わしきその人物は、ぽつりと呟いた。
「俺、女になっちまったみてーだ」
「ったく、なんで突然こんなことに……」
普段通りに、朝の食卓を囲みながら、しかし一人だけ普段とは異なる空気をはなつ人物が、ぶつくさと洩らしつつ頭をかきむしった。
「青玉の野郎が何かしやがったんじゃねーだろうな?」
胡乱げなシンタローの視線に、チャッピーに乗り移った青の秘石が、心外そうに反論する。
『失礼な。いくら面白そうでも、人の肉体を勝手に作り変えたりはせんわ』
「人の死体は勝手にいじくりまわしたくせに……」
そりゃあ一体どういう道徳観念だよ。顔をひきつらせるシンタローの横で、リキッドが恐る恐る口を開く。
「これって、異空間を移動してることの影響とかじゃないんですよね?」
『さーな。さっぱり分からん』
「いい加減叩き割るぞテメー」
ぷるぷると拳を震わせるシンタローをなだめて、一同は顔を見合わせた。
青の秘石の仕業ではないのだとしたら、原因は他にあるという事になる。
「この忍者ワールドって、とんでも怪現象を引き起こしそうなもの、ありますっけ……?」
「いや、ないだろ……住人の人間性を除けば、少なくとも俺には、いたって普通の世界に見えるぞ」
忍者屋敷の建築もあと一息というところで、とんだ災厄に見舞われたものだ。
「シンタローさん、昨日の晩飯になんか、変な食材とか使ってませんよね?」
雌雄同体の赤ちゃんとか、しめじに見せかけた毒キノコとか。考えられる原因は、むしろパプワ島の生態系にありそうなものだ。
しかし案じるリキッドを尻目に、完全無欠の姑は、ありえねえよ、と顔を顰めた。
「俺がンな阿呆なミスするか」
「ですよねー」
熟練の先輩に断言されてしまっては、反論の余地もない。
朝食を終えて一息ついたところで、パプワとチャッピーは日課の散歩に出かけた。相変わらずマイペースなちみっ子たちだ。
汚れた食器を重ねながら、これからどうしたものだろうかと、リキッドは内心、途方に暮れる。 奇怪な現象なら何でもござれのパプワ島だが、完全な性転換というのは歴史になかった(と思われる)。
女ッ気のない孤島で、生態系を維持するための不思議パワーが働いたのだろうか。
「――って、何してんスかアンタ!?」
「あ?」
シンタローは恥辱の欠片もない顔で、平然と自らのパンツの中を覗き込んでいた。仮にも妙齢の女性が、しかも美女が、男の前で取るべき行動ではない。
真っ赤になって悲鳴をあげたリキッドに、シンタローは、いやよぉと暢気に首をかしげる。
「俺、一体どこまで女になってんのかと思ってヨ。残念だな、これキンタローがいたらさぞかし研究したがるだろーに」
「な、何言っちゃってんスか! 仮にも女性なんですから、男にんなモン見せちゃダメッス! いくらお気遣いの紳士でも、絶対にダメ!」
「るせーな、なにムキになってんだよ、ヤンキーが」
女扱いされるのが気に食わないのか――中身は男なのだから、当然といえば当然だ――面倒臭そうに口を尖らせる。
そもそも、お気遣いの紳士どころか、今リキッドの目の前にいる出で立ちにすら十分に問題があると言えた。
今までまともな成人女性が滞在したことなどないパプワハウスには、当然、女物の服など常備されていない。シンタローはとりあえず、いつものクンフーパンツとタンクトップを着てはいるが、どちらも現在の体系にはとうてい合っていなかった。タンクトップは脇も胸元も大きく抉れている上に、白という致命的な色のおかげで、下手をすれば胸の膨らみまでバッチリ見えてしまうのだ。
これは絶対によろしくない。ちみっこ達への教育上も、俺の精神衛生上も。
「シンタローさん、とりあえず俺の上着貸しますから、これ着てて下さいよ。あと、包帯出すんでサラシにして巻いて、胸元ちゃんと隠してっ」
今のシンタローには、リキッドの服の方がまだサイズが合うだろう。幸い、首元まで閉まるジャージのトップがある。ただ、唯一の問題はといえば――。
「……お前の服かよ……」
「えぇもう分かってますからそんなすんげぇ嫌そうな顔で汚物を摘むように持たないでっ! ファブりたかったら存分にして良いからっ!」
涙ながらの悲痛な叫びがシンタローの同情の琴線に触れたのかはともかく、とりあえずはファブリーズを引っ張り出すこともなく、“彼女”はサラシと上着を身に着けてくれた。
ようやく身体の力が抜けたリキッドの気も知らずに、シンタローはいまだに自分の肉体検分に忙しい。
「サラシで抑えてこのサイズじゃ、動くとき明らかに邪魔だよな。自分についてるんでさえなきゃ大歓迎なのによー」
ご尤もな意見に、リキッドは苦笑いしながらも内心で思う。いや、他人――それもシンタローさんほどまともな人間に――ついてるという点では、今の俺には眼の保養ではあるんですけど、ええ。
「ちくしょー、筋肉がかなり落ちてやがる……まーこれでナマモノどもに纏わり付かれずに済むならある意味、儲けモンだが」
「わーすごい前向き思考」
だが実際、シンタローが女性になったところで、差し当たって深刻な問題はないのかもしれない。
女として不利な点といえば、主に力仕事や戦闘が挙げられるが、しかし多少筋力が落ちたとしても、その分身軽さは増しているだろうし、シンタローほどの格闘センスがあれば、パワー不足もスピードで補える。そもそもパプワ島に、女性に乱暴を働くような不届き者はいないのだし。力仕事にしても、リキッドや、それこそスーパーちみっ子のパプワがいれば、すでに十二分に事足りているに違いない。
カラクリ屋敷の建築なら、あとは連帯責任で心戦組の方達にでもお任せしておけば、とりあえずは万事解決だろう。
眼魔砲も、朝一番に快調にぶっ放してたしなぁ。ていうか……うわぁ。
改めてシンタローを眺めていると、リキッドは耳の先まで熱くなるのを感じた。いささかワイルドな印象こそあれ、目の前にいるのは、立派な美女である。たとえ中身は俺様でも。
肉体の変化に伴って背丈も縮んだらしく、いつも見上げていたはずの頭はいま、リキッドよりも少しだけ低い位置にあった。それがますます現状への実感を生んで、知れず、ドキドキと胸が高鳴ってくる。
うわ、どーしよ。
芯の通った、媚びない感じの迫力美人だ。おまけに超グラマラス。こんな女性と同じ空気を吸ってるのって、もしかして、かなりの僥倖なんじゃ――。
「オラ、あんまジロジロ見てっと見物料取っぞ変態ヤンキー」
幸か不幸かはいざ知れず、とりあえず男であろうと女であろうと、シンタローがシンタローである事だけは確かだった。
靴の踵で頭をぐりぐりと踏みつけられて地面とお熱いキッスを強いられたリキッドは、塩ッ辛い涙と鼻血の水溜りに顔をうずめ、がくりと肩を落とした。
さすがはロタローのお兄様といったところか。
……俺様転じて、筋金入りの女王様だよ、この人。
一通り取り乱したり騒いだりした後、けっきょく二人は普段のルーティーンに戻り、チャキチャキと皿洗いに勤しんでいた。
「でも、これからどうします、シンタローさん?」
横目で窺ったリキッドの問い掛けに、シンタローは怪訝そうに一方の眉を上げた。
「どーするって、一刻も早く元に戻る方法を探すに決まってんだろ」
「あ、そうなの……」
「なんだよその期待外れみたいな顔は」
じと目で睨まれ、リキッドはアハハと乾いた声で笑った。
「いやその……どうせなら、ガンマ団の迎えが来るまで待つとか」
そんな、急いで男に戻る必要もないのでは。
そう提案したのはなにも、下心からばかりではなかった。
リキッド達は今ただでさえ、秘石探しと家事の両立に四苦八苦している身なのだ。新たな異世界を訪れるたびに聞き込みや探索でそこら中を駆けずり回り、それでいてちみッ子らの要求する生活水準を調えるというのは、容易なことではない。そこに更なる課題が加わるというのは正直、ご勘弁願いたいのだ。
いずれ、シンタローがガンマ団本部に戻れば、それこそお気遣いの紳士か、ドクター高松か、はたまた名古屋ウィロー辺りの人材が、元に戻るための薬でもなんでも開発してくれるに違いない。今、あてのない解決策を無理に探すよりは、とりあえず気長に迎えを待つほうが、負担も減るのではないだろうか。
しかし、そう告げるとシンタローは、苦い顔で首を振った。背中の黒髪がその動きにともなってさらりと揺れる。
「高松の実験台になる気は毛頭ねえし、トップのこんな姿、部下の奴らには見せられねえよ。それに、いつ来るかも分からない迎えを待つんじゃ女の面倒事まで体験することになりかねん」
「え?」
不思議そうに問い返したリキッドに、シンタローが白い眼を向けた。
「オメー義務教育受けてるか」
「しっ失礼っすね、これでもちゃんと高校まで行ってましたよ!」
あんたの叔父に誘拐されるまでは! 忌まわしい記憶に思わずトリップしそうになる精神は、続くシンタローの冷静な声に引き戻された。
「なら保健体育で習ったろ。何事も経験とはいえ、俺はそんなモンまで経験したかねえ」
「え。あ、ああ……」
はい、それまたご尤もです。
言うところを察すれば、さすがに男としては同意するしかない。シンタローの肉体がもし、完全な女性体になっているとすれば、遠からず月経がくる可能性もあるだろう。いくら血に耐性があるといえ、慣れない場所からの出血には別の恐怖がありそうだ。
「でも、戻る方法って言ったって、原因もわからないんじゃあどうしようも……」 言いかけて、あっとリキッドは手を打った。
その道のエキスパートならば、この島にだっているではないか。
「そうだ、シンタローさん! タケウチくんとテヅカくんならきっと、元に戻る薬を作ってくれますよ」
しばらくして、ちみッ子達も散歩から戻ったところで、一行は早速、沙婆斗の森へと向かうことになった。心戦組にこの事態が知れるのは好ましくないという事もあって、周囲にやたらこまめに気を配りつつ、鬱蒼と木々の生い茂る道を進んで行く。
「へえ、あのテヅカくんがな……」
「そうか、シンタローはまだちゃんと会ってなかったんだなー」
さも意外そうなシンタローの言葉に、パプワが扇子を広げて頷いた。
かつてアラシヤマと戯れていたコウモリも、その後ウィローから得た魔法薬学の知識を上手に活かして、今では図太く逞しく島に店舗をかまえている。助手の性格とその商法にいささか問題があるのは否めないが、困った時にすがる相手としては十分に頼もしい存在だ。
「けどよ、性転換の薬なんてそう簡単に作れんのか?」
「うーん、かなりあくどい所はありますけど、あの二人の腕は確かだと思いますよ。俺も以前、『モテナイ薬』作って貰ったことありましたし」
「は?」
モテるの間違いじゃねえの、というシンタローの疑問に、リキッドは哀愁漂う瞳で遠くの空間を見つめる。
「ハハハ……この島の常軌を逸した生態系の中じゃ、モテることに何のメリットもないって俺、気付いたんス」
「お前ってけっこう、不憫な奴だよな……」
強く生きろよ。呟いたシンタローの手がリキッドの肩を軽く叩いた。それだけで、リキッドの鼓動はわずかに駆け足になる。いやに珍しいシンタローからの――それも女性の――スキンシップに、驚きとともに、喜びまで感じてしまうとはつくづく単純だ。
もしかしたら、あの時モテナイ薬を飲まなくて正解だったのかもしれないと、そんな事さえ考える。
ウマ子による被害は今も減らないが、シンタローが女性になった今、どんな事情であれ彼に毛嫌いされるのには耐えられない気がした。
苛められ、こき使われる事はあっても、いつも肝心のところで、シンタローは自分を認めてくれるのだ。
劣等感や、ほんの少しの嫉妬、気まずさ。そんなものでしかなかった気持ちは僅かの間で、羨望と憧憬にほとんどが取って代わられた。
パプワ達とシンタローの間にある親密な信頼関係を、いまだに羨ましく思うことはある。けれどもその嫉妬心ですら、今となっては、誰に抱いているのかも分からなくなっていた。
もし今、リキッドが『モテる薬』を飲んだとして、女性であるシンタローは、万が一ほんの少しでも、自分に優しくしてくれるのだろうか。
さすがにコタローのように、鼻血を垂らしてまで甘やかされたいとは思わないが、そのアイデアは少しだけ魅力的に感じられた。
『性転換の薬ですね。作れますよ』
いざ店につき事情を説明すると、ラヴリーアニマルのタケウチくんは、くりくりとつぶらな瞳を店内の照明で輝かせながら、いともあっさりと頷いた。シンタローもリキッドも、半ば拍子抜けした気持ちでしぱしぱと瞬く。
「そりゃ助かったけど……そう簡単に出来るもんなのか?」
『はい、準備に少し時間がかかりますが、薬の調合自体には問題ありません。代金は念のため先払いでお支払い頂ければ、三週間以内には元の身体に戻してあげられます』
「良かったじゃないですか、シンタローさん!」
とりあえず、血生臭いお客さまの到来までには、ギリギリ間に合うと考えて良いのだろう。
「で、その代金って、いくらぐらいなんだ?」
『800万円です』
「高ッ!!」
いやちょっとまて、性転換の相場なんぞ聞いたこともないが、この値段は流石にボッタクリではないのか。でも、傷も残らず完全な性転換が可能というのなら、良心的な値段と言えないこともない……のかなぁ?
思わず考え込むリキッドをよそに、当のシンタローが、すぱっと否定の声を上げた。
「ちょっと待った。俺いまそんな大金、持ってねーぞ」
「ええっ!? だって、仮にもガンマ団総帥なんじゃないんスか? カードとかでちゃちゃっと……」
「アル中と同じ物差しで俺を測るなっての。組織のトップであるのと、金を浪費するのとは別問題なんだよっ」
確かに、ギャンブル狂いの叔父とは違い、普段の倹約主婦ぶりを見ていると、財布の紐は固いタイプなのだろう(ただのケチなんじゃと思わない事もないが)。金を金とも思わなさそうな青の一族に育った人間としては、唯一まともな神経の持ち主と言えるのかもしれない。
「もーちょっと安くなんねーのか? せめて後払いとかさ」
頭をかきながら訊くシンタローに、タケウチくんは無情にも両手で大きくばってんを作った。28歳は子供のように唇を尖らせる。
「ちぇー」
本来ならここで、「身売りしてでも払います」と言わせるはずであったラブリーチワワの眼力も、ナマモノの扱いに熟練したシンタローには、さして効力を持たなかったらしく、シンタローは今度は、平然とリキッドを振り返った。
「おいヤンキー、オメーヘソクリの少しでも貯めてんじゃねーのか」
主夫の基本だろ、基本。支払いの矛先を向けられ、リキッドはまな板に乗せられた魚がごとく憐憫をさそう表情でさっと蒼褪めた。
「そ、そんな、無理ッスよ! 俺、父の日祝いでちみっ子達に浪費された分のローン、ようやく払い終えたとこなんスから!」
「ふーん、オマエ家政夫の分際で、コタローに父の日なんか祝ってもらったの……」
いや、あれは嫌がらせ以外の何でもありませんでしたけど。シンタローの殺気立つ気配に、あわてて言葉を重ねる。
「シンタローさんもそのまま帰れば、母の日祝ってもらるじゃないスかっ」
「するかぁッ! そーいう問題じゃねえんだよっ!!」
「――シンタロー」
いきりたつシンタローの服の裾を、それまで傍観していたパプワが、ふいにちょんと引いた。
「どうせならオマエ、この島でバイトでもしてみたらどうだ」
チャッピーとパプワに見上げられて、シンタローは迷うように首をかしげる。
「えー、バイトぉ?」
「そ、そうですよ! せっかく女になったんだから、この際、保母さんでもしてみるとか!」
「めんどくせーなぁ……」
三週間で八百万も貯められるバイトが、果たしてこの世に存在するのかは謎だが。アイデア自体はそう悪くもなかったらしく、しばしの逡巡の末に、シンタローはぼそりと呟いた。
「ま、せっかくだし、この際バカな野郎どもに金品貢がせてみるってのも悪くはねぇか」
「まあ女性って恐ろしい」
お気に召すまま 3
「キンタロー様もグンマ様も行方がわかりません。御三方の携帯も、シンタロー様の部屋に残されていました」
チョコの報告を受けたマジックは、そうか、と言って紅茶を飲んだ。
前総帥の私室に強制連行されたオレたちは、とりあえず拘束具などはつけられずにソファに座らされているが、ティラミスに銃を構えて監視されていた。
マジックは静かにロイヤルコペンハーゲンのカップをソーサーに置くと、静かに語りかけてくる。
「君たちがどういう目的でここに来たのか、そして3人の行方を教えてもらおうか」
「オレたちはホンモノだって!起きたら3人とも女になってたんだ。オレたちだって困ってんじゃねえか」
「全く口が悪いね、君。どこまで嘘を突き通す気かな」
マジックの表情は冷ややかだった。
あくまでも噛み付くオレに、グンマははらはらしていたが、オレは止めることができなかった。
証拠を見せるチャンスもくれないなんて。
それどころか、危機だと言うのに息子を疑うなんて。
悔しくて悔しくて、涙さえ滲んだ。
威嚇してる子犬みたいにキャンキャン吠えていると、キンタローが落ち着け、とたしなめた。
やましいところは何もないのだから、と。
「ク・・・ッ」
ドカッと音を立ててソファに座ると、プイとマジックの方から目を逸らす。
助かる方法を考えなくてはいけないが、それよりも今はマジックの冷淡さへの怒りがどうしても収まらなかった。
「とりあえず、3人は別々の部屋で見張っていなさい」
「な・・・!ダメだッ!せめて一緒にいさせてくれ!」
ティラミスらに指示を出したマジックに、オレは思わずもう一度立ち上がって抗議した。
すっかり筋力も落ちてしまっているこの状態では、男ばかりのこの施設内にいることに恐怖を感じる。
恐らくガンマ砲も撃てないだろう。
もし1人のところを、理性のタガが外れた兵士が襲ってきたりしたら・・・。
特にグンマなどは元々戦闘の基礎もあまりできていないし、護身術も役に立ちそうにもない。
「キミたちを3人一緒にしておくメリットはこちら側にはないからね」
マジックは机の上に手を組んだまま、感情のこもらない声で静かに言う。
「じゃあ、せめて、グンマとキンタローは一緒の部屋にしてくれ」
その言葉に、キンタローとグンマは息を飲んだ。
「シンちゃん!ダメだよ!ボクは1人でもいいから・・・」
「いや、オレを1人にしろ」
「2人とも」
シンタローが2人を制した。
オレは大丈夫だ。
そう目で伝えるように、力強く頷いてみせる。
しかし、キンタローとグンマの不安そうな表情を変えることはできなかった。
「では黒髪のお嬢さんの言う通りにして、残りの2人は別の部屋にお連れしなさい」
「は」
マジックの指示に、オレは1人残された。
キンタローとグンマは、チョコに連れられて一族のプライベートスペースの空き室に閉じ込められた。
普段誰も使っていない部屋は、わずかながら黴臭い気がする。
「申し訳ありませんが、お2人にはここで待機していただきます」
チョコは、若干申し訳なさそうに言った。
その様子に、もしかしたらチョコは何か知っているのではないかとグンマは思った。
「ね。チョコレートロマンス!キミはボクたちがホンモノだって、わかってるんじゃない!?」
いつになく切迫した様子でグンマは詰め寄った。
「・・・」
チョコは答えない。
「どうなんだ?返答しだいでは、元に戻ったとき総帥権限で懲戒処分も考えられるぞ」
キンタローの目は本気だった。
普段の低い声とは違い、女性の声になってしまっているが、その硬質な響きは、威厳と迫力に満ちている。
「・・・あくまで私個人の見解ですが、御二人、いや御三方を見て、あまりにもご本人と似ていらっしゃるので、別人だと言うには、自信がありません。ですが、私はマジック様の意向に従うまでです。それで処分されるのでしたら構いません」
チョコのタレ目が、いつもより真剣だった。
グンマとキンタローは目配せをしあう。
「ただ、今のガンマ団は捕虜に対し、非人道的な扱いをすることを堅く禁じられています。捜査の関係上、この場所に拘束はさせていただきますが、部屋にあるものは自由に使って頂いて構いませんし、お食事もお好きなものをお持ちします」
「捜査とやらが進むとは思えんが、いいか、シンタローに手を出させるな。もし、シンタローに何かあったら、オマエから殺してやる」
最近の紳士的な彼にしては珍しく、殺意を隠さないキンタローの鬼気迫る様子に、チョコレートロマンスのみならず、グンマは背筋に冷たいものを感じた。
「・・・承知、いたしました・・・」
やっとそう言ったチョコは、部屋の外に出て行った。
「チョコはやっぱりなんかヘンだと思ってそうだね」
グンマは腕組みをしたキンタローを見上げる。
「そうだな・・・。しかしヤツの意思だけで動くには限界がある。やはり伯父貴をなんとか説得しないと・・・」
顎に手をあてて考えこむキンタローは、クールで、女性の姿ながら非常に格好良かった。
その様子をほれぼれと眺めていたグンマだが、やがて自分がずいぶん空腹であることに気がついた。
「ねえ、キンちゃん、ご飯もってきてもらわない?さっき言えばよかったんだけど・・・」
「ああ、そうだな。オレも腹が減った」
グンマは部屋の電話の受話器をとると、秘書室の内線をかける。
「あと10分くらいで持ってきてくれるって」
ティラミスがいたって普通に応対してくれた。
「そうか。オレは、その間にシャワーを浴びようと思うんだが・・・」
「あ、いいよ。昨日の夜酒盛りしてから、ずいぶん汗かいちゃったもんね・・・。ボクも汗臭いから、じゃあ食べた後浴びる。着替えももってきてもらっちゃおうか」
「ああ、よろしく頼む」
そう言ってキンタローはバスルームへ消えて行った。
グンマはいちおう備え付けの箪笥の中を見たが、案の定服は入っていなかったので、もう一度秘書室に電話をかける。
バスルームから、水音が聞こえてきた。
「あ、ティラミス?何回もゴメン。着替えが欲しいんだけど・・・。え?女物がいいかって?真面目な声でそんなこと聞かれるとなんか笑っちゃうね。ボクはいいけど、キンちゃんは卒倒するんじゃないかなー・・・」
などど、余裕ぶっていたとき。
「うわあああっ!!」
絹を裂くよな女の悲鳴、もとい、玄関マットでも裂くような、男の悲鳴があがった。
「・・・って、男物で大丈夫みたい。また後でかけるね」
そう言うと、グンマは受話器を置き、バスルームへ直行した。
「キンちゃん・・・!」
そこには、水に濡れそぼって呆然とたたずむ、キンタロー(男)が、いた。
「み、水を浴びていたら、突然、体が・・・」
余りに驚いたようで、固まっている。
「水?なんかのマンガじゃあるまいし・・・。でも、どうしてだろう」
全く検討がつかない。
キンタローはとりあえずバスルームの正面についている大きな鏡を見ようとして、入り口にいるグンマに背を向けた。
「あ!」
目に留まったあるものに、グンマは思わず足が濡れるのも厭わず、キンタローに近づく。
「なんだ?」
「ここ!キンちゃんには見えないかも・・・。ここを、鏡で見てみて!」
キンタローはもう一度向きを変え、グンマが差したところを鏡に映し、体を捻った。
「なんだ、これは・・・?」
グンマが差した肩甲骨の下には、水で消えかけた、墨汁の後があった。
何かの文字が書かれていたのだろうか。
今は消えかけていて判別が難しい。
「・・・読めた」
グンマは頷く。
「つまり、ここに、『女』って書いてあったんだ・・・!」
「すると・・・、あれでか?」
「そう、あれ」
数多くの特殊技術、能力を持つガンマ団の精鋭の中でも、かなり特殊にして珍奇な技術の持ち主、東北ミヤギ。
彼の武器は、対象に漢字を書き付けると、対象をその漢字が意味するものに変化させてしまうという特殊な筆であった。
「しかし・・・ミヤギがシンタローの部屋に侵入することは不可能だ」
「それはまたおいおい考えよう。それより、ボクの背中も見て。その字をお父様の目の前で消して見せよう」
キンタローは手早くタオルを腰に巻くと、2人は一度バスルームを出た。
グンマはパジャマの上着を脱ぎ捨てると、長い金髪を両手でかきあげた。
「どう?」
男性体に戻ったキンタローは、かがんでグンマの背を見る。
その白いすべすべの背中には、何の文字も書かれていない。
「いや・・・無いな・・・」
「じゃあ前かな?」
グンマがくるりとキンタローの正面を向くので、キンタローは思わず目を逸らした。
「前は自分で見てくれ」
キンタローは少し赤くなっている。
グンマは脇や乳房の下を見てみたが、文字はない。
それなら、とグンマはパジャマの下も勢いよく脱ぎ捨てる。
足の全面にはない。
「キンちゃん、後ろ見て!」
「あ、ああ・・・」
キンタローは膝を突くと、グンマの腿の後ろを見ようとした。
そのとき、ガチャリと音がして、朝食のトレーを載せたチョコが、ドアを開け、目の前の光景に慌ててドアを閉めた。
「も、申し訳ありません!」
「チョ、チョコレートロマンス!これはだな・・・」
慌てたキンタローが、ドアの方に駆け寄っていった。
「す、すみませんでした!ノックしたのですが・・・!」
「誤解するな!」
キンタローは急いでドアを開けると、必死の形相で弁明している。
「あ!あった!!」
とんでもないところを見てしまったというチョコの誤解を解こうとするキンタローの背中で、グンマの歓声があがった。
お気に召すまま 4
その頃、マジックの私室に1人残されたシンタローは、ティラミスが持ってきた朝食を食べていた。
その様子を、机に肘を突いて、手を顔の前で組みながら、マジックがじっと見るものだから、なぜだか恥ずかしくなってマジックに背を向ける。
「なんだよ・・・見んなよ」
わずかに赤くなってそっぽを向いたシンタローは、ティラミスにコーヒーのお代わりを要求した。
ティラミスは何も言わずポットからまだ湯気の立ち上る熱いコーヒーを注ぐ。
食べ終わった皿が下げられていくのを見送りながら、コーヒーをすすり、どうしたものかと考える。
監視されているため脱出は不可能だ。
何とかマジックに自分がシンタローであることを認めさせるしかない。
それにはどうすれば・・・。
さっき試したが、眼魔砲はでなかった。
筋力、体力ともに落ちた体では、シンタローが唯一持つ青の一族の証を見せることができない。
せめて秘石眼を持っていたら・・・。
「クッ・・・」
シンタローは思わず唇を噛んだ。
その時、廊下がざわざわと騒がしくなった。
「困ります!」
廊下を警備していた若い兵の声が響く。
「あーん?うっせえよ!」
ドカッと鈍い音がして、兵が壁に打ち付けられたのがわかった。
「よっ!兄貴~!」
シンタローは頭を抱えた。
にやにやとした笑みを浮かべてマジックの部屋の扉を開けたのは、毎度お騒がせの叔父、ハーレムであった。
よりによってぞろぞろと特選の連中を引き連れている。
「ハーレム。どうした?お前達は呼んでないぞ」
マジックは片方の眉を上げて冷ややかに言う。
ハーレムは、がにまたでどかどかと部屋に入ってきた。
無駄に長い足で、がにまたが良く目立つ。
「大切な甥っ子の危機だって言うから、駆けつけてやったんじゃーん」
そういうと、体を硬くしていたシンタローを見下ろした。
「うわっ。どんなスパイさんかと思ったら、すげーかわいいじゃないですかあ」
陽気で女好きのイタリアンが、隊長を押しのける勢いでソファに座ったシンタローにかぶりついた。
そのとき、無表情だがピクッとマジックの眉が動いたのを、ティラミスは見逃さなかった。
「シンタローだって名乗ってんだって?」
「・・・」
シンタローはその舐めるような視線から逃れるようにソファの上で後ずさる。
「でもホントにシンタローに似てんなあ」
ハーレムがよく見ようと顔を近づけるため、シンタローは嫌そうに顔を逸らした。
「ホントにシンタローだったりして」
ハーレムがそんなことを言うので、シンタローは思わず叔父の両腕を掴んだ。
「ホントだ!オレはシンタローなんだ!朝起きたら女になってた!」
そう言いたかった。
しかし、普段反目しあっている叔父にそんなことを言うのは屈辱以外の何ものでもなかった。
(キンタローと2人がかりではあるが)互角にやりあっている男同士だったのに。
ぱくぱくと口を動かすが、すぐに思い直して腕を下ろす。
項垂れたシンタローを見て、おめでたい頭の叔父は何を思ったのか、にやりと笑った。
「まあ、かわいいから、シンタローでもそうじゃなくても、どっちでもいいかな」
そして、少しかがんだかと思うと、ちゅっと音をたてて、シンタローの頬にキスをした。
「・・・!」
シンタローは驚いて、頬を押さえ、真っ赤になりながらハーレムを見上げる。
ハーレムは相変わらずニヤニヤ笑っていた。
こいつ・・・!
オレがシンタローだとわかっていて嫌がらせをしているのか?
タイミングの良い登場といい、こいつが犯人か?
「ハーレム!何か知ってるんだろ!?」
思わず立ちあがって、胸倉を掴んだ、つもりだったが、実際に掴んだのはシャツの腹のあたりだった。
く、屈辱的な身長差・・・!
普段は数センチしか違わないのに、今はハーレムの鎖骨のあたりまでしかない。
その事実にますます頭に血が昇った。
「何のことだ?」
とぼけているような物言いに、カッとなった。
思わず殴りかかろうとすると、目の前の男に、動きを封じるには優しい手つきで抱きしめられる。
「まあまあ。かわいいのに暴力はよくないよ、お譲ちゃん」
普段なら絶対にこんな状況になることはありえない。
キンタローならまだしも、この放蕩叔父に・・・!
失神しそうなほどの怒りに、我を忘れそうになっていて、背後の不穏な気配には気付かなかった。
「ハーレム・・・」
ゴゴゴゴゴ。
多分マンガだったら彼の背後にそういう擬音が入っていただろう。
両目を青く光らせた男が、ゆらりと立ち上がったことに気付いたときには、すでに遅かった。
「ギャーッッ!!」
次の瞬間には、長身の叔父は吹き飛んでいた。
お気に召すまま 5
ハーレムが眼魔砲になぎ倒されるのと、部屋の扉が開いたのは、ほぼ同時だった。
「おとーさま!」
突然現れたグンマの声に、マジックはハッと我に返ったようだった。
「おや・・・?」
まるで、自分がたった今眼魔砲を撃ったことが、自分自身が意外で仕方がないというようにつぶやく。
「おかしいな・・・。ハーレムがその子に絡むのを見てたら、つい撃ってしまった」
青ざめながらも、恨めしそうな顔をして鼻血を流す弟を見て、マジックは首を捻る。
「グンマ、どうした?」
シンタローはマジックが眼魔砲を撃ったことにも驚いたが、先ほど別れたグンマが突然マジックの部屋に戻ってきたことにも驚いた。
「おとーさま、無理もありません。その人は、シンちゃんなんですから」
グンマは、至極真面目な顔で言った。
しかし、それは先ほどから何回も言っていることだった。
「グンマ、一体・・・」
問いかけたシンタローを遮るように、グンマは目で制した。
「こちらを見てください」
そういうと、扉の外に待機していたらしい人物に声をかけた。
「キンタロー!!」
現れたのは、男性の姿に戻った、パジャマ姿のキンタローであった。
オレは思わず近寄った。
「キンタロー?ホントにキンタローなのか?」
必死で見上げるシンタローに、キンタローは安心させるように微笑んだ。
「ああ。紛れも無くオレだ」
ああ。
その声。
その微笑。
元に戻ったんだ!
もしかしたら一生このままかもしれないと、不安だった。
堪えていた不安が一気に溶解するようで、情けなくも思わず涙ぐんでしまったが、キンタローがその長い指で、そっとシンタローの目じりに溜まった涙を拭ってくれた。
シンタローは周囲の目さえなかったら、今にも男に戻った従兄弟に抱きつきたいくらいだった。
「この通り、キンちゃんは元に戻りました。今から、ボクたちが女の人になったからくりをご覧に入れます」
そう告げると、マジックも、ティラミスも、特選部隊も、まじまじとグンマを見た。
グンマは、ソファの上に膝立ちになった。
「ここを見てください」
右足のくるぶしを、グンマは指差す。
皆が集まって、身を乗り出して凝視する。
「何・・・だって・・・」
シンタローは衝撃のあまり、顔面蒼白になった。
まさか。
かけがえのない友人が犯人だというのか!
「なんだね、それは・・・」
マジックは怪訝そうにつぶやく。
そこには、墨汁らしきもので「女」と書かれていた。
「なるほどな」
とニヤリとしながら頷くチャイニーズ。
「えっ?ナニナニ?どういうこと?」
と好奇心旺盛なイタリアン。
「・・・」
クマ以外のことでは無口なドイツ人。
「そういうことです」
グンマは、真面目な面持ちで頷き、持ってきた濡れタオルで、ごしごしと文字を消し始めた。
すると。
ドロン。
まるでマンガのように、一瞬でグンマの体つきがやや筋肉質なものに変化していた。
「・・・!」
マジックとティラミス、ハーレムは声も出ないと言った様子で目を丸くした。
「お分かりになりましたね」
今まで高い声だった分、普段あまり低いとはいえないグンマの声が、やや低く聞こえるのは耳が慣れないせいだろうか。
「これは東北ミヤギくんが所有している、『生き字引の筆』を使った犯行です」
「畜生・・・!ミヤギかよ!」
シンタローは唸った。
まさかだろ!
信じていた仲間だったのに。
裏切られたのだろうか。
元に戻るという喜びとともに、ともに闘ってきた戦友といえる人物が、この女体化騒ぎの犯人かもしれないという疑惑に、シンタローは戸惑った。
「ううん。シンちゃん。それは違うと思う。さっきチョコレートロマンスに調べさせたんだけど、ミヤギくんは夕べから行方不明なんだ」
「え?」
「もしかしたら、誰かに筆を強奪された可能性があるな。顔を見られて、犯人はミヤギを拉致している可能性もある」
キンタローの言葉に、シンタローは青くなった。
「そんな・・・!」
「とにかく!シンちゃんにもどこかに書かれてるはずだから、探しにいこ?」
そういうと、グンマはシンタローの手をとった。
男の姿に戻ったグンマは、少し今のシンタローよりも背が高い。
グンマの指ってこんなごつごつしてたっけなあ、とシンタローは思った。
気がつくと、女のままなのはシンタロー1人だ。
「ここでいいぜ、別に」
と言ってシンタローはTシャツをめくろうとして、キンタローとグンマに止められる。
「別室でだ」
キンタローに目線で示されて後ろをちらりと振り向くと、マジックが鼻血の海に溺れていた。
「兄貴!?」
ハーレムが慌てる。
「ああ・・・」
シンタローは引きつった笑みを浮かべ、私室に戻ることになった。
その後、キンタローとグンマの指揮の下、犯人探しとミヤギ探しが行われることとなった。
親友の失踪に青くなったトットリをグンマがなぐさめながら、ガンマ団の施設内を徹底的に洗い出す。
ミヤギは研究棟の物置で見つかった。
その腹のところに墨汁で「人形」と書かれていたから、全く動けなくなって抵抗できなかったに違いない。
トットリとミヤギは抱き合って再会を喜び合った。
ミヤギの口から聞かされた犯人の名に、キンタローとグンマは頭を抱えたという。
また、捜索の過程で、犯人の部屋から、女性の体になったジャンが縛られているのが発見された。
ガムテープで口をふさがれたその姿は、まるで総帥が痛めつけられた後のようで、捜索隊は動揺したという。
しかし肝心の犯人は、学会という名の口実で既に国外に逃亡していたらしい。
戻ってきたらどうしてくれようとキンタローとグンマは怒りに燃えた。
シンタローは、ことあるごとにもう一回女の子になってくれというマジックをけり倒すのにもう疲れた。
犯人のお仕置きには、オレも加えてくれというシンタローに、当然反対するものはいなかった。
end
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お気に召すまま
「うーん…」
頭がじんじんと痛くて、オレはしかめっ面をした。
どうやら太陽が昇ってきたらしく、カーテンの隙間から入る光が染みるようで、二日酔い気味の頭には非常につらかった。
オレは光から逃げるように、寝返りを打った。
むにゅ。
その途端、普段なら滅多にしない感触がしてオレは戸惑う。
むにゅ?
顔が何か温かくて柔らかいものに当たった感触。
何だろう…?
まだ小さかった頃、母親と一緒に眠った時のような、しっとりと温かなものに包まれるような安心感にオレはほっとした。
まるで頭が割れんばかりの痛みさえ遠のいていくようだ。
オレはその柔らかいものに顔をうずめようとして、はた、と思考停止した。
待てよ、オレのベッドの上に何でこんな柔らかくてあったかいものがあるんだ?
もしかして…。
恐る恐る目を開けると、目の前にはそれほど大きくは無いが、案の定、確かに女の胸があった。
(…げ)
止まっていた思考がめまぐるしく回転し始める。
何で?どうして?
ここはオレ部屋のオレのベッドの上。
そしてベッドの上に女がいる。
そしてオレは頭が痛い。
そう、確か夕べは従兄弟3人でしこたま酒を飲んで…ああ、ダメだその後の記憶があんまりねえ。
まさかオレは、夕べ酔った勢いでどっかから女引っ掛けてきたのか?
ごくりと唾を飲み込んで、先ほどよりも恐る恐る目線を上に上げると…、軽くウェーブのかかった長い金髪の女性が、スヤスヤと寝息を立てていた。
(あちゃー…)
女性は商売女かどうかわからなかったが、化粧っ気はなく、目を閉じていてもわかるほど整った顔立ちをしていた。
そして、極め付けにオレのだぶだぶのパジャマを着ていた。
やべえ、こんなとこキンタローに見られたら、何を言われるか…。
ってキンタロー、夕べ一緒に飲んでたはずなんだが、どこ行ったんだ?
むくっと起き上がって女性がいたほうとは逆方向に顔をめぐらしたオレは、硬直した。
…もう1人、いた。
こちらは左隣にいた女性よりかなり背が高く、自分と同じくらいあった。
髪はこちらも金髪で、ボブくらい。
オレと同じように頭痛でもするのか、眉根を寄せて苦しそうにしている。
ちなみにこちらもオレのパジャマを着ていて、大きくてゆるすぎるのか、襟元から豊かな胸の谷間が覗いている。
悪い眺めではなかったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。
夕べ、オレ、ずいぶんはりきっちゃったのか…?
しかも金髪白人美女2人…。
思わず引きつった笑いを浮かべるが、とにかく、家人に見つからないうちに帰ってもらうことが先決だった。
もしキンタローに見つかったら、何て言われるだろう。
発覚の時はポーカーフェースでも、後からねちねち言うタイプだろうか。
それとも、意外に嫉妬に逆上する性質で、浮気者、とか言われて眼魔砲くらい撃たれるだろうか。
・・・・・・。
まず最初に気付いた左隣の髪の長い方の肩に手をかけ揺さぶると、安らかな寝息を立てていた女性は、「ん…」とゆっくり目を開けた。
その鮮やかな青色が、とても綺麗だ。
「あれ…シンちゃん…?」
シンちゃん、だって。
妙齢の女性にそんな風に呼ばせてたのか、オレは。
ガンマ団総帥の名が泣くぜ…。
童顔でちょっと甘い声の女性は、目を擦りながら、ベッドに手をついて起き上がった。
そして、可愛らしく欠伸をした後、オレの方を向き直ったかと思うと、その青い目を大円に見開いた。
「…シンちゃんだよね!?」
女性は急に大声を出してオレの両腕にしがみついて揺さぶってきた。
しーっ。
オレは部屋の外に女性の声が漏れてはまずいと思い、口に人差し指を立てて制した。
オレがこくり、と頷くと、女性は、もう1人の女性が寝ているはずのオレの隣を見た。
そして、先ほどのオレのように固まっている。
慌てたように、彼女はそのグラマラスな方の女性を揺さぶって起こした。
「キンちゃん…!起きて!」
キンちゃん…?
この人、キンちゃんって言うの?偶然ね…。
眉を顰めて苦しげに眠っていた女性は、「どう…した…」と途切れ途切れに声を出しながら、苦しそうに目を開けた。
片手で頭を抱えながら起き上がった女性は、大きすぎるパジャマがずり落ちて白い右肩が露になった。
しばらくきつく目を閉じていたが、やがて、2人の方を向き直った。
そして、息を飲んだ。
「な…っ」
女性が、見る見る間に真っ赤になっていく。
口を塞いで、普段はクールそうな青い目を見開いている。
「あなたはキンちゃんだよね…!?」
可愛らしいほうの女性が、先ほどオレにしたように彼女を揺さぶった。
一体どうしたんだ。
女性は頷くと、なぜかオレの方から目を逸らした。
「お前らは・・・誰だ?」
誰だだって・・・?
なんだ?
オレと同じように夕べの記憶がないのか?
オレたち、よくわかんないけど、夕べ3人でよろしくヤッちゃったんじゃないの?
しかし、次に女性の口から飛び出したのは、衝撃の言葉だった。
「ボクだよ、グンマだよっ。起きたらこうなってた。キンちゃんも、自分の体見てみて!」
グンマ?グンマってまさか・・・。
悪い考えがふと頭をよぎるが、まさか、と思って頭を振ってその考えを払拭する。
言われて、キンちゃんと呼ばれた美女は、戸惑ったように自分の体を見て、驚愕に目を見開いた。
何か言いたいようだったが、口がぱくぱくと動くばかりで、声になっていない。
「キンちゃん。気持ちは分かるよ」
まさか。
「何だよ・・・まさか・・・お前ら・・・グンマとキンタローだって言うんじゃねーだろうな・・・?」
オレが半信半疑で聞くと、2人の女性は、下を向いたまま頷いた。
・・・げ。
「そういうお前は・・・シンタローだな?」
「もちろん!」
オレが頷くと、なぜだか女の顔したキンタローはほっとしたようにため息をついた。
「まさか、お前ら、女になっちまったのか!?」
驚愕に声が上ずる。
普段よりずいぶん高い声が出ちまった。
すると、2人は顔を見合わせた。
キンタローは目を逸らし、グンマは、言いにくそうに、つぶやいた。
「シンちゃんだってそうじゃん・・・」
「は!!?」
何言ってるんだよ、グンマ。
と思ってオレは自分の体を見る。
ん・・・?
オレ、上半身裸だな。
そうだ、夕べ暑いから上脱いで寝たんだ。
って、この胸についてる2つの柔らかいものは・・・。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッツ!!」
気がつくと、力の限り、絶叫しているオレがいた。
お気に召すまま 2
「シンタロー、落ち着け」
相変わらず目を逸らし続けているキンタローが、自分もずり落ちたパジャマを直しながらたしなめた。
「これが落ち着いていられるかっ!!」
絶叫したお陰でわずかにかすれた声で、オレはまくし立てる。
畜生、声まで高くなってやがる。
キンタローはとりあえず起き上がると、クローゼットからオレのTシャツを持ってきてくれた。
どうやら身長も女性にふさわしく縮んでしまい、Tシャツもかなり大きくなってしまっている。
グンマはベッドから降りると、上着をめくったりズボンの中を覗いたりして自分の体を検分し始めた。
「無くなってるね・・・」
「言うな、それ以上先は」
オレはこめかみを押さえながら、ため息をついて制した。
ベッドの上に胡坐をかいてがりがりと頭を掻く。
どうしたらいいんだ。
つーかなんでこんなことになったんだ。
さらにため息をついていると、
「シンちゃん、どうしたのっ!!」
「!!!」
3人が一斉にドアを振り返る。
「おとーさま!?」
やべえ、馬鹿親父が来ちまった!
ロックがかかっているのでなかなか部屋に入れず、ティラミスがセキュリティ部に指示を出している声が聞こえた。
「やっべ、どうする?」
「事情を話せばいいんじゃない?」
「オレたちだって信じてもらえんのか?」
「それに、シンタローの身が危険だ」
「そうだよな、オレもそう思う」
「大丈夫だよ、おとーさまだってそこまで・・・」
ちゅどーん!!!!
グンマの声は、眼魔砲の音にかき消された。
「おや、シンタローはどこへいったんだい?」
ドアの破壊音の残響で耳なりがする。
グンマとキンタローはオレをベッドの奥へ押しやり、2人でかばうように懸命に身を乗り出した。
マジックは愛息子シンタローの危機を察して部屋に飛び込んで来たのだろうが、どういったわけかそこには3人の女がいたことに戸惑っただろう。
眉を顰めている。
しかし、マジックの懸念はわからないでもない。
男にとって恐ろしいのは、遊びで連れてきた女性が実はスパイや刺客で、最も隙ができる情事の時に攻撃されることだろう。
他人を、そして滅すべき敵を見るかのような、冷ややかな青い目が、恐ろしかった。
「おとーさまっ。ボクです!グンマです」
「伯父貴、オレだ、キンタローだ」
明らかに「女性」の2人が懸命に訴えた。
マジックはさすがに驚いたように青い目を見開くと、顎に手を当てた。
「君たちはどうして我々の親族の名を騙るのかな」
そういう反応は仕方のないことだろう。
どうみても女性の2人が、自分の実の息子と甥のわけがなかった。
オレは青ざめながらごくりと唾を飲み込んだ。
「おとーさま、どうしても信じられないのはわかります。ボクだって信じられません。でも、ボクたちはホンモノです」
真剣な顔でグンマが訴える。
「何なら、うさたん16号をばらばらにしてもう一回組立ててもいいよ」
「この間オレが作った装置N-12214を起動して問題なく動かしても良い」
あれも、これも、と2人が証拠となるようなものを並べ立てていくのを、マジックは黙って聞いていたが、ふと、オレがずっと黙っているのに気づいたようだった。
「後ろの黒髪のお嬢さんは?まさかシンタローだなんて言うんじゃないだろうね」
とんだ茶番だ、とでも言いたげな笑いに、オレはむかっと来た。
なんだよ、いつもウザいくらい「シンちゃん愛してるーvv」とか言ってくるくせに、オレが女になったくらいで自分の息子かどうかもわかんなくなんのかよ!
オレは自分の考えていることが矛盾しているなんてちっとも思わなくて、悔しくて唸った。
「オ、オレはシンタローだッ!」
マジックの後ろに控えていた秘書2人が、息を飲むのがわかった。
「そうかい・・・。じゃ、とりあえず3人には、ここから出てもらおうかな。ティラミス、チョコレートロマンス、私の部屋へお連れして」
「は」
グンマとキンタローは顔を見合わせてため息をついたが、ここで暴れても仕方がないと思ったのか、ティラミスに腕をとられても抵抗しなかった。
キンタローは立ち上がってみると、女性にしては高いほうだろうが、ティラミスより少し身長が低くなってしまっている。
オレはチョコレートロマンスに腕を触られそうになって、思わず振り払った。
「気安く触んなッ!オレは総帥だぞ!」
身を捩って逃げようとするが、チョコだって秘書とは言えガンマ団の男だ。
あっさりと腕をとられ、ぐい、と引っ張られる。
「痛え!!」
思わず、反射的に蹴りが飛んだ。
チョコは驚いたようだったが、とっさに腕を出してブロックする。
う・・・、体が重い!!
それでもすぐに体制を整えて横っ飛びに転がり、飛びかかろうとすると、いつの間に後ろにいたのか、マジックに羽交い絞めにされてしまった。
あまりの身長差に足が浮いてしまう。
「可愛い顔してそんな言葉遣いは感心しないな」
振りほどこうとするが、案の上、筋力の落ちた体ではぴくりともしない。
「チッ」
捻って柔術で投げ飛ばしてやる!
すっと力を抜き、相手の力が緩んだのを見計らって、腕をとって投げようとしたが。
お見通しとばかりに、マジックに逆に腕を捻られてしまった。
「あうッ!!」
「シンタロー!!」
キンタローが思わず手を伸ばしたが、咄嗟にティラミスに抑えられた。
完全に間接が決まっていて、動けない。
「おとなしくしないと、怪我するよ」
どうあがいても無駄なようだった。
シンタロー行方不明の原因という嫌疑をかけられていることは確かだった。
「わ、わかったから・・・離してくれ・・・」
「いい子だ」
そうして、やっとチョコはオレの腕をとることに成功した。