お気に召すまま
「うーん…」
頭がじんじんと痛くて、オレはしかめっ面をした。
どうやら太陽が昇ってきたらしく、カーテンの隙間から入る光が染みるようで、二日酔い気味の頭には非常につらかった。
オレは光から逃げるように、寝返りを打った。
むにゅ。
その途端、普段なら滅多にしない感触がしてオレは戸惑う。
むにゅ?
顔が何か温かくて柔らかいものに当たった感触。
何だろう…?
まだ小さかった頃、母親と一緒に眠った時のような、しっとりと温かなものに包まれるような安心感にオレはほっとした。
まるで頭が割れんばかりの痛みさえ遠のいていくようだ。
オレはその柔らかいものに顔をうずめようとして、はた、と思考停止した。
待てよ、オレのベッドの上に何でこんな柔らかくてあったかいものがあるんだ?
もしかして…。
恐る恐る目を開けると、目の前にはそれほど大きくは無いが、案の定、確かに女の胸があった。
(…げ)
止まっていた思考がめまぐるしく回転し始める。
何で?どうして?
ここはオレ部屋のオレのベッドの上。
そしてベッドの上に女がいる。
そしてオレは頭が痛い。
そう、確か夕べは従兄弟3人でしこたま酒を飲んで…ああ、ダメだその後の記憶があんまりねえ。
まさかオレは、夕べ酔った勢いでどっかから女引っ掛けてきたのか?
ごくりと唾を飲み込んで、先ほどよりも恐る恐る目線を上に上げると…、軽くウェーブのかかった長い金髪の女性が、スヤスヤと寝息を立てていた。
(あちゃー…)
女性は商売女かどうかわからなかったが、化粧っ気はなく、目を閉じていてもわかるほど整った顔立ちをしていた。
そして、極め付けにオレのだぶだぶのパジャマを着ていた。
やべえ、こんなとこキンタローに見られたら、何を言われるか…。
ってキンタロー、夕べ一緒に飲んでたはずなんだが、どこ行ったんだ?
むくっと起き上がって女性がいたほうとは逆方向に顔をめぐらしたオレは、硬直した。
…もう1人、いた。
こちらは左隣にいた女性よりかなり背が高く、自分と同じくらいあった。
髪はこちらも金髪で、ボブくらい。
オレと同じように頭痛でもするのか、眉根を寄せて苦しそうにしている。
ちなみにこちらもオレのパジャマを着ていて、大きくてゆるすぎるのか、襟元から豊かな胸の谷間が覗いている。
悪い眺めではなかったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。
夕べ、オレ、ずいぶんはりきっちゃったのか…?
しかも金髪白人美女2人…。
思わず引きつった笑いを浮かべるが、とにかく、家人に見つからないうちに帰ってもらうことが先決だった。
もしキンタローに見つかったら、何て言われるだろう。
発覚の時はポーカーフェースでも、後からねちねち言うタイプだろうか。
それとも、意外に嫉妬に逆上する性質で、浮気者、とか言われて眼魔砲くらい撃たれるだろうか。
・・・・・・。
まず最初に気付いた左隣の髪の長い方の肩に手をかけ揺さぶると、安らかな寝息を立てていた女性は、「ん…」とゆっくり目を開けた。
その鮮やかな青色が、とても綺麗だ。
「あれ…シンちゃん…?」
シンちゃん、だって。
妙齢の女性にそんな風に呼ばせてたのか、オレは。
ガンマ団総帥の名が泣くぜ…。
童顔でちょっと甘い声の女性は、目を擦りながら、ベッドに手をついて起き上がった。
そして、可愛らしく欠伸をした後、オレの方を向き直ったかと思うと、その青い目を大円に見開いた。
「…シンちゃんだよね!?」
女性は急に大声を出してオレの両腕にしがみついて揺さぶってきた。
しーっ。
オレは部屋の外に女性の声が漏れてはまずいと思い、口に人差し指を立てて制した。
オレがこくり、と頷くと、女性は、もう1人の女性が寝ているはずのオレの隣を見た。
そして、先ほどのオレのように固まっている。
慌てたように、彼女はそのグラマラスな方の女性を揺さぶって起こした。
「キンちゃん…!起きて!」
キンちゃん…?
この人、キンちゃんって言うの?偶然ね…。
眉を顰めて苦しげに眠っていた女性は、「どう…した…」と途切れ途切れに声を出しながら、苦しそうに目を開けた。
片手で頭を抱えながら起き上がった女性は、大きすぎるパジャマがずり落ちて白い右肩が露になった。
しばらくきつく目を閉じていたが、やがて、2人の方を向き直った。
そして、息を飲んだ。
「な…っ」
女性が、見る見る間に真っ赤になっていく。
口を塞いで、普段はクールそうな青い目を見開いている。
「あなたはキンちゃんだよね…!?」
可愛らしいほうの女性が、先ほどオレにしたように彼女を揺さぶった。
一体どうしたんだ。
女性は頷くと、なぜかオレの方から目を逸らした。
「お前らは・・・誰だ?」
誰だだって・・・?
なんだ?
オレと同じように夕べの記憶がないのか?
オレたち、よくわかんないけど、夕べ3人でよろしくヤッちゃったんじゃないの?
しかし、次に女性の口から飛び出したのは、衝撃の言葉だった。
「ボクだよ、グンマだよっ。起きたらこうなってた。キンちゃんも、自分の体見てみて!」
グンマ?グンマってまさか・・・。
悪い考えがふと頭をよぎるが、まさか、と思って頭を振ってその考えを払拭する。
言われて、キンちゃんと呼ばれた美女は、戸惑ったように自分の体を見て、驚愕に目を見開いた。
何か言いたいようだったが、口がぱくぱくと動くばかりで、声になっていない。
「キンちゃん。気持ちは分かるよ」
まさか。
「何だよ・・・まさか・・・お前ら・・・グンマとキンタローだって言うんじゃねーだろうな・・・?」
オレが半信半疑で聞くと、2人の女性は、下を向いたまま頷いた。
・・・げ。
「そういうお前は・・・シンタローだな?」
「もちろん!」
オレが頷くと、なぜだか女の顔したキンタローはほっとしたようにため息をついた。
「まさか、お前ら、女になっちまったのか!?」
驚愕に声が上ずる。
普段よりずいぶん高い声が出ちまった。
すると、2人は顔を見合わせた。
キンタローは目を逸らし、グンマは、言いにくそうに、つぶやいた。
「シンちゃんだってそうじゃん・・・」
「は!!?」
何言ってるんだよ、グンマ。
と思ってオレは自分の体を見る。
ん・・・?
オレ、上半身裸だな。
そうだ、夕べ暑いから上脱いで寝たんだ。
って、この胸についてる2つの柔らかいものは・・・。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッツ!!」
気がつくと、力の限り、絶叫しているオレがいた。
お気に召すまま 2
「シンタロー、落ち着け」
相変わらず目を逸らし続けているキンタローが、自分もずり落ちたパジャマを直しながらたしなめた。
「これが落ち着いていられるかっ!!」
絶叫したお陰でわずかにかすれた声で、オレはまくし立てる。
畜生、声まで高くなってやがる。
キンタローはとりあえず起き上がると、クローゼットからオレのTシャツを持ってきてくれた。
どうやら身長も女性にふさわしく縮んでしまい、Tシャツもかなり大きくなってしまっている。
グンマはベッドから降りると、上着をめくったりズボンの中を覗いたりして自分の体を検分し始めた。
「無くなってるね・・・」
「言うな、それ以上先は」
オレはこめかみを押さえながら、ため息をついて制した。
ベッドの上に胡坐をかいてがりがりと頭を掻く。
どうしたらいいんだ。
つーかなんでこんなことになったんだ。
さらにため息をついていると、
「シンちゃん、どうしたのっ!!」
「!!!」
3人が一斉にドアを振り返る。
「おとーさま!?」
やべえ、馬鹿親父が来ちまった!
ロックがかかっているのでなかなか部屋に入れず、ティラミスがセキュリティ部に指示を出している声が聞こえた。
「やっべ、どうする?」
「事情を話せばいいんじゃない?」
「オレたちだって信じてもらえんのか?」
「それに、シンタローの身が危険だ」
「そうだよな、オレもそう思う」
「大丈夫だよ、おとーさまだってそこまで・・・」
ちゅどーん!!!!
グンマの声は、眼魔砲の音にかき消された。
「おや、シンタローはどこへいったんだい?」
ドアの破壊音の残響で耳なりがする。
グンマとキンタローはオレをベッドの奥へ押しやり、2人でかばうように懸命に身を乗り出した。
マジックは愛息子シンタローの危機を察して部屋に飛び込んで来たのだろうが、どういったわけかそこには3人の女がいたことに戸惑っただろう。
眉を顰めている。
しかし、マジックの懸念はわからないでもない。
男にとって恐ろしいのは、遊びで連れてきた女性が実はスパイや刺客で、最も隙ができる情事の時に攻撃されることだろう。
他人を、そして滅すべき敵を見るかのような、冷ややかな青い目が、恐ろしかった。
「おとーさまっ。ボクです!グンマです」
「伯父貴、オレだ、キンタローだ」
明らかに「女性」の2人が懸命に訴えた。
マジックはさすがに驚いたように青い目を見開くと、顎に手を当てた。
「君たちはどうして我々の親族の名を騙るのかな」
そういう反応は仕方のないことだろう。
どうみても女性の2人が、自分の実の息子と甥のわけがなかった。
オレは青ざめながらごくりと唾を飲み込んだ。
「おとーさま、どうしても信じられないのはわかります。ボクだって信じられません。でも、ボクたちはホンモノです」
真剣な顔でグンマが訴える。
「何なら、うさたん16号をばらばらにしてもう一回組立ててもいいよ」
「この間オレが作った装置N-12214を起動して問題なく動かしても良い」
あれも、これも、と2人が証拠となるようなものを並べ立てていくのを、マジックは黙って聞いていたが、ふと、オレがずっと黙っているのに気づいたようだった。
「後ろの黒髪のお嬢さんは?まさかシンタローだなんて言うんじゃないだろうね」
とんだ茶番だ、とでも言いたげな笑いに、オレはむかっと来た。
なんだよ、いつもウザいくらい「シンちゃん愛してるーvv」とか言ってくるくせに、オレが女になったくらいで自分の息子かどうかもわかんなくなんのかよ!
オレは自分の考えていることが矛盾しているなんてちっとも思わなくて、悔しくて唸った。
「オ、オレはシンタローだッ!」
マジックの後ろに控えていた秘書2人が、息を飲むのがわかった。
「そうかい・・・。じゃ、とりあえず3人には、ここから出てもらおうかな。ティラミス、チョコレートロマンス、私の部屋へお連れして」
「は」
グンマとキンタローは顔を見合わせてため息をついたが、ここで暴れても仕方がないと思ったのか、ティラミスに腕をとられても抵抗しなかった。
キンタローは立ち上がってみると、女性にしては高いほうだろうが、ティラミスより少し身長が低くなってしまっている。
オレはチョコレートロマンスに腕を触られそうになって、思わず振り払った。
「気安く触んなッ!オレは総帥だぞ!」
身を捩って逃げようとするが、チョコだって秘書とは言えガンマ団の男だ。
あっさりと腕をとられ、ぐい、と引っ張られる。
「痛え!!」
思わず、反射的に蹴りが飛んだ。
チョコは驚いたようだったが、とっさに腕を出してブロックする。
う・・・、体が重い!!
それでもすぐに体制を整えて横っ飛びに転がり、飛びかかろうとすると、いつの間に後ろにいたのか、マジックに羽交い絞めにされてしまった。
あまりの身長差に足が浮いてしまう。
「可愛い顔してそんな言葉遣いは感心しないな」
振りほどこうとするが、案の上、筋力の落ちた体ではぴくりともしない。
「チッ」
捻って柔術で投げ飛ばしてやる!
すっと力を抜き、相手の力が緩んだのを見計らって、腕をとって投げようとしたが。
お見通しとばかりに、マジックに逆に腕を捻られてしまった。
「あうッ!!」
「シンタロー!!」
キンタローが思わず手を伸ばしたが、咄嗟にティラミスに抑えられた。
完全に間接が決まっていて、動けない。
「おとなしくしないと、怪我するよ」
どうあがいても無駄なようだった。
シンタロー行方不明の原因という嫌疑をかけられていることは確かだった。
「わ、わかったから・・・離してくれ・・・」
「いい子だ」
そうして、やっとチョコはオレの腕をとることに成功した。
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