悪夢
何度も、夢に見る。
腕や脚に全くと言って良いほど力が入らなくて、相手のなすがままにされている。
これだけ鍛えた肉体を持っているのに。
ガンマ団No.1と言われた戦闘力。
青の証である眼魔砲だってある。
それなのに、薬か何かを嗅がされたように動けないのだ。
相手の顔はよく見えない。
都合よく頭部に暗くもやがかかっていて、きっと顔なんか見たくないという願望がそうさせるんだな、と思う。
男の舌が体中を這う。
それは気持ちが悪いようでいて、まるで舌と肌を何か薄皮一枚隔てて触れられているような不思議な感触があった。
まるで自分の体ではないかのようだった。
愛撫されるって、こんな感じなのか?
わからない。
止めてくれ。
止めてくれ。
手足に力が入らないのならせめて、体をひねって逃げようとするが、男はいとも簡単に余裕でそれを制する。
にらむと、相手の口元がオレをなだめるように、そして安心させるように、柔らかく微笑んだ。
無理して、笑うなよ。
そんな目をして。
男はオレの両の膝裏に腕を入れると、体を近づけてきた。
止めろ。
それだけは。
他のものは何だってやるから。
せめて目で睨み付けるが、男は意に介していない。
畜生。
オレに片方だけでも目で人を殺せる力があったら。
オレ以外の青の一族みたいに。
ずん、と体の中心を貫かれて、息が詰まった。
「・・・!」
敏感な部分を無理矢理押し広げられ、引きつる。
思わず、抵抗して力を入れようとするが、やはりどうしても弛緩して力は入らなかった。
しかし、不思議だった。
痛くは、無かった。
ただ、先ほど舌を這わされていたときと違って、擦られる感覚だけが妙に生々しかった。
しかし、始めはゆるゆると動かされ、そして徐々に激しくなってくると、徐々に感覚が麻痺していく。
ただ男の動きに合わせて、ゆらゆらと抱えられた腰が動くのみだった。
浮遊感。
でも確かに自分の内部に何かが入ってきて、中を蹂躙しているのだけは何故かわかった。
いやだ。
痛いとか、痛くないとか、そんなんじゃない。
あんたにそんなことされるのがいやなんだ。
目を瞑って頭を振る。
誰か、目を覚まさせて。
誰か、誰か。
「・・・大丈夫か・・・?」
ほんの近くで、ささやかれた言葉に、オレはゆっくりと瞳を開けた。
光のわずかしか入っていない薄暗い視界に、ぼんやりと青が浮いている。
夢の続きかと思って一瞬すくんだ。
でも、すぐ声が違うのがわかって、体から力が抜けた。
瞼が異常に重かったが、それでも、暗い夢の世界から浮上を試みるように懸命に瞼を開ける努力をした。
目が慣れると、そこには2つの青い瞳がこちらを伺うように心配そうに覗いていることがわかった。
「キン・・・タロー・・・?」
やっとのことで声を出すと、その瞳が細められた。
「ああ。うなされていたぞ。悪い夢でも見たのか・・・」
夕べ一緒にベッドに入ったキンタローが、どうやらオレが夢にうなされていたから起きてしまったらしい。
カーテンからわずかに朝日が差し込んでいるが、まだずいぶん早い時間だろう。
横になりながら片肘をついて、髪を撫でてくれるその手が、気持ちいい。
オレはその手を感じながらもう一度だけ目を閉じて、唾を飲み込んだ。
気がついてみると、体中に汗が噴出していて、熱い。
特に、夢で誰かと繋がっていたあの部分が、疼いている。
「顔が赤いな・・・熱でもあるのか?」
キンタローはオレの前髪をかきあげて、額に手を当てて確かめようとした。
「いや・・・。熱はないと思う。疲れてて、ヤな夢を見ただけだ・・・」
ため息をつくと、代わりにキンタローは頬を撫でてくれた。
「どんな夢だ・・・?」
キンタローが心配そうに聞くが、オレは首をゆるく振って答えを言うのをやんわりと拒否した。
それに対してもちろん責めることはなく、キンタローは起き上がって洗面所からタオルをとってきてくれた。
「それとももう一度シャワーを浴びるか?」
と尋ねてくれるが、今はだるくて動きたくなかった。
自分で拭く、と言ってタオルを受け取ると、濡れたパジャマを脱いで全身を拭いた。
空調を切った室内はひんやりとして、ほてった体を徐々に冷やしていく。
一緒にミネラルウオーターを持ってきてくれたので、乾いた唇を濡らしながら一気に飲み干した。
ベッドに腰掛けてボーっとしていると、キンタローも水を飲みながら、隣に座った。
「まだ早いが、寝直すか?」
時計を見ると、まだ5時前。
いつも起床する7時までにはまだ2時間もある。
「起こしちまって悪い・・・でも、もう目が覚めちまった」
そうだな、とキンタローも言い、新しいTシャツや下着など着替えを持ってきてくれた。
「サンキュ」
礼を言って受け取るが、夢の後のだるさに指を動かすのもつらい。
まるで情事の後のように・・・。
そこまで考えて、オレは顔を覆ってうめいた。
それに体は冷えてきたのに、まだあの部分だけが夢以上にむずむずと疼いてオレは自分の卑猥さを恥じた。
何度も、何度も、夢に見た。
オレは、あいつに抱かれたかったのか?
まさか。
オレが着替えもせずうつむいているのを見て、キンタローが再び心配そうに肩を抱いた。
「大丈夫か。こういう時は、どうする?体を動かしにでも行くか?・・・それとも、やはり寝直すか?気分が悪いなら、今日くらい遅れてもいいだろう」
肩を引き寄せられ、オレは、思い余ってキンタローに抱きついた。
「シンタロー・・・?」
キンタローは驚いたようだったが、すぐに冷えた体を温めるように抱きしめ返してくれた。
オレの髪に顔をうずめて、まるでオレを全身で感じているようだった。
オレは顔を上げて、キンタローの形のいい顎や頬にキスをした。
「キンタロー、・・・抱いて・・・」
オレは耳に口付けると、恥じらいにためらいながら、搾り出すように囁いた。
キンタローが息を飲むのがわかった。
体を強張らせたキンタローが、ゆっくりとオレの方を向いた。
「どうした、シンタロー・・・」
初めて許しを出したんだから、ちょっとは喜ぶかな、と思ったけど、キンタローは眉を寄せて幾分訝しげな顔をした。
何だよ、失礼だな、と思ったけど、よく考えたらオレがキンタローでも、突然弱ってる恋人にそんなことを懇願されたらどうしたのかと心配したくなるだろう。
「・・・ごめん、やっぱ、こんな時じゃヤだよな・・・。忘れてくれ」
力なく笑ってキンタローから手を離すと、羞恥に赤くなった顔を背けてTシャツを手に取った。
プールでも行ってこようか、と思う。
きっと欲求不満なんだ。
キンタローの言う通り無心に体を動かしたら何もかも昇華されるかもしれない。
そう思って立ち上がろうとすると、キンタローが突然オレの腕を引いた。
そのまますごい力で引っ張られ、ベッドに押し戻された。
仰向けに倒れたオレに、キンタローが覆いかぶさってきた。
目を丸くしていると荒々しく唇をふさがれ、オレはうめいた。
「ん・・・!」
驚いて抵抗しようとするが、両腕をすっかり押さえられて、全身で体重もかけられて動けない。
一瞬夢の再現のような恐怖に、再び身がすくんだ。
しかし、それは最初だけで、その重みや痛み、息苦しさこそがいつもの夢ではなく現実であることをオレに告げた。
自然と力を抜くと、キンタローの動きも徐々に優しく、官能をかきたてるような動きに変わった。
同時に、オレが抵抗しないとわかると、キンタローは抑えていた手を緩め両の指をオレの指に絡ませた。
下唇を吸われ、舌を侵入させ歯列をなぞられる。
ためらいがあったが、舌を受け入れて自分のを絡める。
長いキスをされながら、剥き出しだった胸を弄られた。
思わず鼻にかかったような甘い声が漏れた。
その声を聞いたキンタローは顔を上げ、オレの目を見つめた。
その視線は熱く、明らかに欲情していた。
「イヤなんて言ってない」
掠れているが、いたって真剣な声で、キンタローは言った。
そしてシーツを手繰り寄せると、2人の姿を覆い隠した。
そのまま濡れた唇をオレの胸に落とす。
白い闇の中、金の頭がオレの上でうごめいている。
冷えていた体が再び熱を帯び、従兄弟に触れられることに歓喜して跳ねる。
時々、愛おしそうに顔中にキスを落として、そしてまたオレの全てを味わうように舌を這わせた。
それは生々しく、夢ではないことをオレに教える。
金の髪がオレの上を滑るのも、濡れた舌が腰をなぞる感触も。
愛しい従兄弟の匂い。
ベッドに感じる重力。
何よりも、キンタローの吐息の熱さ。
五感の全てで感じる。
あの男に余裕で上に乗られていた夢とは違う。
オレはキンタローを掻き抱き、もう一度キスをねだった。
忘れさせて。
悪夢を。
まだきっと見続けるだろう、悪夢を。
青の覇王の、悪夢を。
お前の熱で。
end
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