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!警告!
女体化ネタです。展開によっては成人向けな描写も入りかねません。 例の如くまだ未完です。無計画です。










「ったく、人使い荒いんだもんなあ、あのヒト……」
 パプワハウスから蹴りだされた際の腰の痛みをこらえて、リキッドは両手の水桶を抱えなおした。
 今日も今日とて、朝一番から独楽鼠のように働かされ、疲労感はすでにピークに達していた。朝食、蒲団干し、掃除に昼食とすませ、やっと少しの休息を得られるかと思えば、「おら、怠けてないでとっとと洗濯用の水汲んで来い!」と労わりの言葉すらないまま鬼姑に追い出されたのだ。
 ああ、報われない俺の人生。幸せの青い鳥は現れないんだろうか(薄幸の鳥人バードの加護なら十分に受けているかもしれない)――つらつらとそんなことを考えていると、ふと、頭上を小さな影が過ぎったのに気付いて、リキッドは立ち止まった。
「――?」
 羽音のした方向へと顔を向けてみるが、逆光に遮られ、音の正体まではわからない。
 あの羽の形からすると、テヅカくんかもしれない。
 ついでとばかりに空桶を下ろして、リキッドは額に伝った汗をぬぐった。
 入り組んだ森の中では、潮騒もどこか遠い。じっと耳を澄ましていれば、遠くからナマモノたちのいつもの喧騒が聞こえてきそうだった。
 今は自分の荒い息遣いだけが、沈黙の中でやけに響いて聞こえる。ガンマ団にいた頃と比べて、少しばかり体力が落ちてきたのかもしれない。そう考えて、いや、あの頃と負けず劣らずタフな毎日なんだけど、と思い直す。
「……四年かぁ」
 改めて言葉に出してみれば、どこか寂しいような、こそばゆい感慨が胸をくすぐった。この島に来てから、もうそれだけの時が経ったのだ。日々の苦労こそ絶えないが、小生意気なちみっ子と、夢の国顔負けの喋る動物達に囲まれた生活は、楽しくて時を忘れさせられる。
 前の番人は二百年近く、ほとんど一人で秘石を守ったと聞いていた。
 青の秘石が持ち出されてからは、島では存在を知られることもなく、独りぼっちでいたというが――いまは隊長の弟さんと、楽しくやっているんだろうか。
 あたりに生い茂る木々をぼんやりと眺めながら、リキッドは視界に入ったあるものに、目を瞬いた。道端の草陰に、見覚えのない花が咲いている。パプワ島の植物にしては珍しく、淡い単色のものだ。
 ここの道に、こんな植物があったろうか。
 地味な色と相まって芳香も薄いためか、南国独特のけばけばしい植生の中では、いささか埋もれがちな印象をうけた。けれど、儚げで凛とした風情は、見ていてどこか心惹かれるものがある。
 花瓶にでも生けてみれば案外、見栄えがするのかもしれない。
 指先で薄い花弁をつつきながら、余裕があれば帰り道に摘んでいこうかな、と、リキッドは咲いている場所をもう一度確認する。
 それにしても不思議なものだ。
 しょっちゅう行き来する道だというのに、今の今まで気付きもしなかったなんて。
 ドクター高松でもあるまいし、リキッドもなにも、島中の生態系を把握しようなどという酔狂な考えを持ったことはなかったが、炊事洗濯をこなす仕事柄、動植物についての知識はそれなりにあるつもりだった。
 それでもまだ、こんなに歩きなれた道ですら、知らず通り過ぎていたものに、今ごろのように気付かされる。
 ――まだ、たったの四年なんだ。
 新しい道を歩いたならば、それこそ数え切れないほどの新しい発見があるに違いない。子供じみた安堵とともに、リキッドはひとり微笑んだ。思えば、かつての仲間であった特戦部隊のメンバーのことですら、自分はちゃんとは理解していなかったように思う。この島で望まずも再会を果たして、改めて、彼らの強さと温かさを知らされたのだ。
 だから――シンタローさんに関してもきっと、同じことなのだろう。彼の知らない一面を、自分はまだまだ、これから見出していくのだ。それがいつまでの事かは、分からないけれども。
 まあ意外性という意味では、すでに十分知ってるのかもしれない、とリキッドは男前な新総帥の姿を頭に思い描いた。ブラコンで、動物に好かれて、徹頭徹尾抜かりなく家事をこなすあの人が、泣く子も黙る天下のガンマ団総帥だなんて、いったい誰が想像するだろう。
 ……あれでせめて、もうちょっとだけでも、優しくなってくれれば良いのだが。
「つーかもっと他の意味で、女性的だったら良かったのになぁ」
 ぼそりと呟いた言葉は、限りなく本心から出たものだった。

 しかし、だからこそ、その時は別に、深い意味などなかったのだ。





 パプワハウスの外から、夜明けを告げるものであろう、鳥の囀りが聴こえる。
 美しいメロディに呼び起こされるように、リキッドは、ぼんやりとまどろみから目覚めた。常夏の島の朝は、いつだって適度に清々しくて気持ちが良い。
「ふぁ~あ……ん?」
 間延びした欠伸をしながら、唸りながら伸ばしたリキッドの指先が、得体の知れない何かに触れた。予想だにしなかった感触に、リキッドは夢うつつのまま眉根をひそめる。
なんだこれ。
 ふわふわと温かく、指で押せば、妙に心地よい弾力を返してくる。触れている先をまさぐると、掌に少し余るほどの柔らかな膨らみが確認できた。
 ……なにか新手のナマモノでも入り込んだんだろうか。
 眉間に皺を寄せながら、歓迎できない自体を思い浮かべる。姑目当ての鯛かカタツムリかもしれない。だが目を開くのはどうも億劫に感じられる。結果として、半端な好奇心だけが先走ることになった。
 夢に片足を突っ込んだまま、リキッドは果敢にも、その膨らみをむんずと掴むという暴挙に出たのだ。
「――ってぇ!!」
「へ?」
 なんだ、いまの耳慣れない甲高い悲鳴は。
 薄目を開けたリキッドの左手首は、つぎの瞬間、骨が軋むような強さでがしっと拘束された。
「ぁにすンだよ、このヤンキーが……」
「え? あ、あの――ちょ」
 気の動転からすぐに覚醒できたのは、不幸中の幸いだったといえる。
 そのまま、朝一番に放たれたタメなし眼魔砲は、ギリギリで避けたリキッドの髪先を二センチほど消滅させると、パプワハウスの壁に大穴を空け、「愛しのリッちゃんへのモーニングコール」五秒前待機中だったウマ子もろとも、水平線の彼方へと散ったのだった。

 涼しい風とともに、差し込んでくる朝日がまぶしい。
 自分の髪の先端から漂うこげ臭い煙が風にまかれるのを感じながら、リキッドは、卒倒したヒキガエルがごとく腰を抜かしてのけぞった。
「んなっ、ななな……っ!!」
「避けやがったか」
 チッ、と心底残念そうな舌打ちを聞いて、恐々と後ろを振り返ると、仁王立ちする人影から、どす黒い殺気混じりのオーラが立ち上っていた。
 普段なら即座に三途の川への日帰り旅行を覚悟するほどの、不機嫌最高潮な鋭い眼光が、リキッドを射抜く。しかし彼はただ唖然と、口を開けて固まっている事しかできなかった。
「し……シンタローさん……?」
「ああ? テメー朝っぱらから人様の胸揉むたぁいい度胸してんじゃねぇかこの変態ヤンキー!!」
 普段よりも細く高い声。さらに、目前で揺れるその大きな膨らみは、リキッドの声を驚愕で裏返らせるのに十分な効力を持っていた。
「どっ、どうしたんスか、その身体っ!?」
「は? なに寝ぼけていやがる。俺の身体がどう……」
 闇色の瞳が、訝しげに自身の身体を見下ろす。
 途端。
 ――ぶっ。
「ぎゃああああッツ!! なんじゃこりゃあーーーーっ!!」
「し、シンタローさん、落ち着いてっ!!」
「……お前たち、うるさいぞー」
 叫んでいる両者の足元でそのとき、あまりの喧騒に目覚めたらしいパプワが、不機嫌そうに目をこすった。チャッピー餌、と起き抜けにぴっと騒音の原因を指差す。
 容赦ない号令を合図に、わうん!と跳び上がったチャッピーはしかし、その場の明らかな異変に気が付くと、困惑したように鼻を鳴らして少年を振り返った。
 見慣れぬ人影の存在に、勝気につり上がった少年の眼がわずかに見開かれる。
「シンタローなのか?」
 子供の単純な問いかけは時として、大人を冷静にしてくれるものだ。
「あー、パプワぁ……」
 胸元の双丘を持て余すように両手で支えながら、シンタローと思わしきその人物は、ぽつりと呟いた。
「俺、女になっちまったみてーだ」





「ったく、なんで突然こんなことに……」
 普段通りに、朝の食卓を囲みながら、しかし一人だけ普段とは異なる空気をはなつ人物が、ぶつくさと洩らしつつ頭をかきむしった。
「青玉の野郎が何かしやがったんじゃねーだろうな?」
 胡乱げなシンタローの視線に、チャッピーに乗り移った青の秘石が、心外そうに反論する。
『失礼な。いくら面白そうでも、人の肉体を勝手に作り変えたりはせんわ』
「人の死体は勝手にいじくりまわしたくせに……」
 そりゃあ一体どういう道徳観念だよ。顔をひきつらせるシンタローの横で、リキッドが恐る恐る口を開く。
「これって、異空間を移動してることの影響とかじゃないんですよね?」
『さーな。さっぱり分からん』
「いい加減叩き割るぞテメー」
 ぷるぷると拳を震わせるシンタローをなだめて、一同は顔を見合わせた。
 青の秘石の仕業ではないのだとしたら、原因は他にあるという事になる。
「この忍者ワールドって、とんでも怪現象を引き起こしそうなもの、ありますっけ……?」
「いや、ないだろ……住人の人間性を除けば、少なくとも俺には、いたって普通の世界に見えるぞ」
 忍者屋敷の建築もあと一息というところで、とんだ災厄に見舞われたものだ。
「シンタローさん、昨日の晩飯になんか、変な食材とか使ってませんよね?」
 雌雄同体の赤ちゃんとか、しめじに見せかけた毒キノコとか。考えられる原因は、むしろパプワ島の生態系にありそうなものだ。
 しかし案じるリキッドを尻目に、完全無欠の姑は、ありえねえよ、と顔を顰めた。
「俺がンな阿呆なミスするか」
「ですよねー」
熟練の先輩に断言されてしまっては、反論の余地もない。

 朝食を終えて一息ついたところで、パプワとチャッピーは日課の散歩に出かけた。相変わらずマイペースなちみっ子たちだ。
 汚れた食器を重ねながら、これからどうしたものだろうかと、リキッドは内心、途方に暮れる。 奇怪な現象なら何でもござれのパプワ島だが、完全な性転換というのは歴史になかった(と思われる)。
 女ッ気のない孤島で、生態系を維持するための不思議パワーが働いたのだろうか。
「――って、何してんスかアンタ!?」
「あ?」
 シンタローは恥辱の欠片もない顔で、平然と自らのパンツの中を覗き込んでいた。仮にも妙齢の女性が、しかも美女が、男の前で取るべき行動ではない。
 真っ赤になって悲鳴をあげたリキッドに、シンタローは、いやよぉと暢気に首をかしげる。
「俺、一体どこまで女になってんのかと思ってヨ。残念だな、これキンタローがいたらさぞかし研究したがるだろーに」
「な、何言っちゃってんスか! 仮にも女性なんですから、男にんなモン見せちゃダメッス! いくらお気遣いの紳士でも、絶対にダメ!」
「るせーな、なにムキになってんだよ、ヤンキーが」
 女扱いされるのが気に食わないのか――中身は男なのだから、当然といえば当然だ――面倒臭そうに口を尖らせる。
 そもそも、お気遣いの紳士どころか、今リキッドの目の前にいる出で立ちにすら十分に問題があると言えた。
 今までまともな成人女性が滞在したことなどないパプワハウスには、当然、女物の服など常備されていない。シンタローはとりあえず、いつものクンフーパンツとタンクトップを着てはいるが、どちらも現在の体系にはとうてい合っていなかった。タンクトップは脇も胸元も大きく抉れている上に、白という致命的な色のおかげで、下手をすれば胸の膨らみまでバッチリ見えてしまうのだ。
 これは絶対によろしくない。ちみっこ達への教育上も、俺の精神衛生上も。
「シンタローさん、とりあえず俺の上着貸しますから、これ着てて下さいよ。あと、包帯出すんでサラシにして巻いて、胸元ちゃんと隠してっ」
 今のシンタローには、リキッドの服の方がまだサイズが合うだろう。幸い、首元まで閉まるジャージのトップがある。ただ、唯一の問題はといえば――。
「……お前の服かよ……」
「えぇもう分かってますからそんなすんげぇ嫌そうな顔で汚物を摘むように持たないでっ! ファブりたかったら存分にして良いからっ!」

 涙ながらの悲痛な叫びがシンタローの同情の琴線に触れたのかはともかく、とりあえずはファブリーズを引っ張り出すこともなく、“彼女”はサラシと上着を身に着けてくれた。
 ようやく身体の力が抜けたリキッドの気も知らずに、シンタローはいまだに自分の肉体検分に忙しい。
「サラシで抑えてこのサイズじゃ、動くとき明らかに邪魔だよな。自分についてるんでさえなきゃ大歓迎なのによー」
 ご尤もな意見に、リキッドは苦笑いしながらも内心で思う。いや、他人――それもシンタローさんほどまともな人間に――ついてるという点では、今の俺には眼の保養ではあるんですけど、ええ。
「ちくしょー、筋肉がかなり落ちてやがる……まーこれでナマモノどもに纏わり付かれずに済むならある意味、儲けモンだが」
「わーすごい前向き思考」
 だが実際、シンタローが女性になったところで、差し当たって深刻な問題はないのかもしれない。
 女として不利な点といえば、主に力仕事や戦闘が挙げられるが、しかし多少筋力が落ちたとしても、その分身軽さは増しているだろうし、シンタローほどの格闘センスがあれば、パワー不足もスピードで補える。そもそもパプワ島に、女性に乱暴を働くような不届き者はいないのだし。力仕事にしても、リキッドや、それこそスーパーちみっ子のパプワがいれば、すでに十二分に事足りているに違いない。
 カラクリ屋敷の建築なら、あとは連帯責任で心戦組の方達にでもお任せしておけば、とりあえずは万事解決だろう。
 眼魔砲も、朝一番に快調にぶっ放してたしなぁ。ていうか……うわぁ。
 改めてシンタローを眺めていると、リキッドは耳の先まで熱くなるのを感じた。いささかワイルドな印象こそあれ、目の前にいるのは、立派な美女である。たとえ中身は俺様でも。
 肉体の変化に伴って背丈も縮んだらしく、いつも見上げていたはずの頭はいま、リキッドよりも少しだけ低い位置にあった。それがますます現状への実感を生んで、知れず、ドキドキと胸が高鳴ってくる。
 うわ、どーしよ。
 芯の通った、媚びない感じの迫力美人だ。おまけに超グラマラス。こんな女性と同じ空気を吸ってるのって、もしかして、かなりの僥倖なんじゃ――。
「オラ、あんまジロジロ見てっと見物料取っぞ変態ヤンキー」

 幸か不幸かはいざ知れず、とりあえず男であろうと女であろうと、シンタローがシンタローである事だけは確かだった。
 靴の踵で頭をぐりぐりと踏みつけられて地面とお熱いキッスを強いられたリキッドは、塩ッ辛い涙と鼻血の水溜りに顔をうずめ、がくりと肩を落とした。
 さすがはロタローのお兄様といったところか。
 ……俺様転じて、筋金入りの女王様だよ、この人。



 一通り取り乱したり騒いだりした後、けっきょく二人は普段のルーティーンに戻り、チャキチャキと皿洗いに勤しんでいた。
「でも、これからどうします、シンタローさん?」
 横目で窺ったリキッドの問い掛けに、シンタローは怪訝そうに一方の眉を上げた。
「どーするって、一刻も早く元に戻る方法を探すに決まってんだろ」
「あ、そうなの……」
「なんだよその期待外れみたいな顔は」
 じと目で睨まれ、リキッドはアハハと乾いた声で笑った。
「いやその……どうせなら、ガンマ団の迎えが来るまで待つとか」
 そんな、急いで男に戻る必要もないのでは。
 そう提案したのはなにも、下心からばかりではなかった。
 リキッド達は今ただでさえ、秘石探しと家事の両立に四苦八苦している身なのだ。新たな異世界を訪れるたびに聞き込みや探索でそこら中を駆けずり回り、それでいてちみッ子らの要求する生活水準を調えるというのは、容易なことではない。そこに更なる課題が加わるというのは正直、ご勘弁願いたいのだ。
 いずれ、シンタローがガンマ団本部に戻れば、それこそお気遣いの紳士か、ドクター高松か、はたまた名古屋ウィロー辺りの人材が、元に戻るための薬でもなんでも開発してくれるに違いない。今、あてのない解決策を無理に探すよりは、とりあえず気長に迎えを待つほうが、負担も減るのではないだろうか。
 しかし、そう告げるとシンタローは、苦い顔で首を振った。背中の黒髪がその動きにともなってさらりと揺れる。
「高松の実験台になる気は毛頭ねえし、トップのこんな姿、部下の奴らには見せられねえよ。それに、いつ来るかも分からない迎えを待つんじゃ女の面倒事まで体験することになりかねん」
「え?」
 不思議そうに問い返したリキッドに、シンタローが白い眼を向けた。
「オメー義務教育受けてるか」
「しっ失礼っすね、これでもちゃんと高校まで行ってましたよ!」
 あんたの叔父に誘拐されるまでは! 忌まわしい記憶に思わずトリップしそうになる精神は、続くシンタローの冷静な声に引き戻された。
「なら保健体育で習ったろ。何事も経験とはいえ、俺はそんなモンまで経験したかねえ」
「え。あ、ああ……」
 はい、それまたご尤もです。
 言うところを察すれば、さすがに男としては同意するしかない。シンタローの肉体がもし、完全な女性体になっているとすれば、遠からず月経がくる可能性もあるだろう。いくら血に耐性があるといえ、慣れない場所からの出血には別の恐怖がありそうだ。
「でも、戻る方法って言ったって、原因もわからないんじゃあどうしようも……」 言いかけて、あっとリキッドは手を打った。
 その道のエキスパートならば、この島にだっているではないか。
「そうだ、シンタローさん! タケウチくんとテヅカくんならきっと、元に戻る薬を作ってくれますよ」

 しばらくして、ちみッ子達も散歩から戻ったところで、一行は早速、沙婆斗の森へと向かうことになった。心戦組にこの事態が知れるのは好ましくないという事もあって、周囲にやたらこまめに気を配りつつ、鬱蒼と木々の生い茂る道を進んで行く。
「へえ、あのテヅカくんがな……」
「そうか、シンタローはまだちゃんと会ってなかったんだなー」
 さも意外そうなシンタローの言葉に、パプワが扇子を広げて頷いた。
 かつてアラシヤマと戯れていたコウモリも、その後ウィローから得た魔法薬学の知識を上手に活かして、今では図太く逞しく島に店舗をかまえている。助手の性格とその商法にいささか問題があるのは否めないが、困った時にすがる相手としては十分に頼もしい存在だ。
「けどよ、性転換の薬なんてそう簡単に作れんのか?」
「うーん、かなりあくどい所はありますけど、あの二人の腕は確かだと思いますよ。俺も以前、『モテナイ薬』作って貰ったことありましたし」
「は?」
 モテるの間違いじゃねえの、というシンタローの疑問に、リキッドは哀愁漂う瞳で遠くの空間を見つめる。
「ハハハ……この島の常軌を逸した生態系の中じゃ、モテることに何のメリットもないって俺、気付いたんス」
「お前ってけっこう、不憫な奴だよな……」
 強く生きろよ。呟いたシンタローの手がリキッドの肩を軽く叩いた。それだけで、リキッドの鼓動はわずかに駆け足になる。いやに珍しいシンタローからの――それも女性の――スキンシップに、驚きとともに、喜びまで感じてしまうとはつくづく単純だ。
 もしかしたら、あの時モテナイ薬を飲まなくて正解だったのかもしれないと、そんな事さえ考える。
 ウマ子による被害は今も減らないが、シンタローが女性になった今、どんな事情であれ彼に毛嫌いされるのには耐えられない気がした。
 苛められ、こき使われる事はあっても、いつも肝心のところで、シンタローは自分を認めてくれるのだ。
 劣等感や、ほんの少しの嫉妬、気まずさ。そんなものでしかなかった気持ちは僅かの間で、羨望と憧憬にほとんどが取って代わられた。
 パプワ達とシンタローの間にある親密な信頼関係を、いまだに羨ましく思うことはある。けれどもその嫉妬心ですら、今となっては、誰に抱いているのかも分からなくなっていた。
 もし今、リキッドが『モテる薬』を飲んだとして、女性であるシンタローは、万が一ほんの少しでも、自分に優しくしてくれるのだろうか。
 さすがにコタローのように、鼻血を垂らしてまで甘やかされたいとは思わないが、そのアイデアは少しだけ魅力的に感じられた。





『性転換の薬ですね。作れますよ』
 いざ店につき事情を説明すると、ラヴリーアニマルのタケウチくんは、くりくりとつぶらな瞳を店内の照明で輝かせながら、いともあっさりと頷いた。シンタローもリキッドも、半ば拍子抜けした気持ちでしぱしぱと瞬く。
「そりゃ助かったけど……そう簡単に出来るもんなのか?」
『はい、準備に少し時間がかかりますが、薬の調合自体には問題ありません。代金は念のため先払いでお支払い頂ければ、三週間以内には元の身体に戻してあげられます』
「良かったじゃないですか、シンタローさん!」
 とりあえず、血生臭いお客さまの到来までには、ギリギリ間に合うと考えて良いのだろう。
「で、その代金って、いくらぐらいなんだ?」
『800万円です』
「高ッ!!」
 いやちょっとまて、性転換の相場なんぞ聞いたこともないが、この値段は流石にボッタクリではないのか。でも、傷も残らず完全な性転換が可能というのなら、良心的な値段と言えないこともない……のかなぁ?
 思わず考え込むリキッドをよそに、当のシンタローが、すぱっと否定の声を上げた。
「ちょっと待った。俺いまそんな大金、持ってねーぞ」
「ええっ!? だって、仮にもガンマ団総帥なんじゃないんスか? カードとかでちゃちゃっと……」
「アル中と同じ物差しで俺を測るなっての。組織のトップであるのと、金を浪費するのとは別問題なんだよっ」
 確かに、ギャンブル狂いの叔父とは違い、普段の倹約主婦ぶりを見ていると、財布の紐は固いタイプなのだろう(ただのケチなんじゃと思わない事もないが)。金を金とも思わなさそうな青の一族に育った人間としては、唯一まともな神経の持ち主と言えるのかもしれない。
「もーちょっと安くなんねーのか? せめて後払いとかさ」
 頭をかきながら訊くシンタローに、タケウチくんは無情にも両手で大きくばってんを作った。28歳は子供のように唇を尖らせる。
「ちぇー」
 本来ならここで、「身売りしてでも払います」と言わせるはずであったラブリーチワワの眼力も、ナマモノの扱いに熟練したシンタローには、さして効力を持たなかったらしく、シンタローは今度は、平然とリキッドを振り返った。
「おいヤンキー、オメーヘソクリの少しでも貯めてんじゃねーのか」
 主夫の基本だろ、基本。支払いの矛先を向けられ、リキッドはまな板に乗せられた魚がごとく憐憫をさそう表情でさっと蒼褪めた。
「そ、そんな、無理ッスよ! 俺、父の日祝いでちみっ子達に浪費された分のローン、ようやく払い終えたとこなんスから!」
「ふーん、オマエ家政夫の分際で、コタローに父の日なんか祝ってもらったの……」
 いや、あれは嫌がらせ以外の何でもありませんでしたけど。シンタローの殺気立つ気配に、あわてて言葉を重ねる。
「シンタローさんもそのまま帰れば、母の日祝ってもらるじゃないスかっ」
「するかぁッ! そーいう問題じゃねえんだよっ!!」

「――シンタロー」
 いきりたつシンタローの服の裾を、それまで傍観していたパプワが、ふいにちょんと引いた。
「どうせならオマエ、この島でバイトでもしてみたらどうだ」
 チャッピーとパプワに見上げられて、シンタローは迷うように首をかしげる。
「えー、バイトぉ?」
「そ、そうですよ! せっかく女になったんだから、この際、保母さんでもしてみるとか!」
「めんどくせーなぁ……」
 三週間で八百万も貯められるバイトが、果たしてこの世に存在するのかは謎だが。アイデア自体はそう悪くもなかったらしく、しばしの逡巡の末に、シンタローはぼそりと呟いた。
「ま、せっかくだし、この際バカな野郎どもに金品貢がせてみるってのも悪くはねぇか」
「まあ女性って恐ろしい」


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