照明を落とした廊下を足音を立てないようにシンタローは進んだ。
靴音で目指す病室の主が起きてくれるのならうれしいけれども、生憎と2日ほど前に行われた定期検査で脳波の結果は変わらないものだった。
一族特有の青い眼の威力と暗殺やら誘拐やらを考慮に入れてこのフロアにほかの入院患者はいない。
戦地で傷を負った団員や病んだ団員はこの階より下のフロアに入院している。
気にすることはないのだが、シンタローの足音はいつも微かなものでしかない。
足元を照らすわずかな灯りを頼りにエレベーターホールを抜け、角を曲がる。
白い壁は暗い中でも目立つが、角を曲がった少し先の弟のいる病室からひかりが漏れていて視界がさっきよりも数段明るく感じられた。
誰か見舞いに来てるんだろう。だが。
(――こんな遅くに誰だ?)
家族の誰かか叔父のどちらかか、と考えながらシンタローは歩んだ。
できれば、父親であって欲しくはない。
いや、父親が弟の看病をするのは喜ばしいことなのだけれども。
(顔、合わせるの気まずいんだよな)
ため息を吐くと、思いのほかその息遣いが廊下に響いてしまった。
もとより気配に敏感な父のことだ。気づかれだろう、と思ってシンタローは自身に舌打ちしたくなった。
今年の夏を境にシンタローの周囲は一変した。
それまでシンタローは、自分を溺愛し、弟のコタローに冷たく当たる父親のことを曖昧にしか理解できていなかった。
両眼が秘石眼だということだなんだというのだろう。
俺の前ではコタローはあどけない幼児でしかない。危険性なんてまったくない。
父親へ理不尽だと詰ったりもしたが、シンタローの望みをいつも叶えてくれる父はこればかりは譲ってくれなかった。
頑ななまでの父親の態度と周囲の腫れ物にでも触るかのような対応。
すべてに苛立ちと幻滅を感じて、家宝の石を持ち出して逃亡したのは今考えると子どもじみた行動でしかない。
辿りついた南国の島で、雁字搦めに囚われていた一族の因縁が解かれたのは結果としてはよかったけれども。
昔、ずっと幼い頃父親と過ごしてきたような毎日をみんなで手に入れることは叶わなかった。
意を決して、半開きになったコタローの病室へとシンタローは体を滑り込ませた。
「来てたのか?」
声をかけても、眠る弟のベッドの傍にある椅子に座る人は背を向けたままだった。
短めの金髪は従兄弟にもいるが、背を向けた人は彼のような白衣を羽織っていない。
こっくりとした葡萄酒色のセーターを着たその人は出来れば会いたくなかった父親だった。
「おい、親父?」
なぜ答えない、とシンタローは父へと近づく。
軍靴を鳴らしても振り返る様子も、飛びついてくる様子もない。
もっとも、今年の夏を境に父親がシンタローへ過剰なスキンシップを取るのは見られなくなっていたけれど。
無視かよ、とシンタローはムッとした。
24年間、顔を合わせればべたべたと抱きつき、愛情を口にしていた男だったというのに、最近は素っ気無い。
別にそれが嫌なわけじゃない。
うざったいくらいだったんだ、これなら普通の親子らしくていいじゃないかと思っていたけれど無視することはない。
聞いているのかよ、と腰を屈め、父親の顔を覗き込むと彼は眠っていた。
(……寝てる)
眉と閉じられた瞼はぴくりとも動かない。
すうすうと微かな息を立てた父親の顔には疲労が滲み出ている。
いつから看病していたんだ、と思ったがシンタローは声をかけて起こすことをしなかった。
「……このまんまじゃ風邪引くからな」
俺にはアンタは運べねぇし、と自身を納得させるように呟き、シンタローは抱えていた軍用コートを広げた。
季節はもう秋だ。夜になれば夏とは違う少し冷たい風が肌を冷やす。
空調が完備された病室だから、寒くはないだろうけれどもシンタローは広げたコートをそっとマジックへとかけ、その場を後にした。
*
夏を境に変わったことはもう一つある。
目覚ましを止め、洗顔やら歯磨きやら身支度を整えた後袖を通すものがそうだ。
ようやく着慣れてきた赤い軍服をきっちりと着込み、シンタローはダイニングへと向かう。
いつもより早めに部屋を出たから、父親の手伝いが出来るだろうと思ったが、ダイニングには朝食がすっかり並んでいた。
「よお」
すでに着席している従兄弟に視線を向けると、彼は朝には不似合いな剣呑な眼差しでシンタローを見た。
「……今日は早いな」
それでも返ってきた答えは出会った頃よりすっかりとマシになっている。
きっちりとスーツを着込んだ従兄弟、キンタローは髪も丁寧に撫で付けて紳士然としているが顔を合わせると殺意を向けてくる。
それでも少し前までならばともかく、今では人目がある場所や朝っぱらからやりあう気はないようだった。
「おはよ~!」
キンタローへの返答をシンタローが考えあぐねているうちにもう1人の従兄弟の元気な声が響いた。
「……よお、グンマ」
助かった、とこの場を持て余していたシンタローはほっとため息を吐いた。
キンタローはといえば、とくに変わった様子はない。
2人の従兄弟の微妙な空気をものともせず、グンマは「みんな早いね~」と明るく言う。
まあな、と応じるうちに、手伝いをすることもなく父親がトレイに朝食を載せてダイニングへと来る。
手早く並べ始めるキンタローに出し抜かれた格好となったシンタローはその場に立ち尽くした。
コーヒーの用意もキンタローと父親にされて、すっかりとやることがない。
「お父様。おはよう!ほらシンちゃんも座って」
とグンマに言われ、シンタローはあとの2人と共に着席した。
いつもどおり、食卓の話題は昨日あったことや今日の予定で占められている。
サラダにヨーグルトベースのドレッシングをかけ、それらに相槌を打ちながら食べ始めると会話の途切れたときに父親が口を開いた。
「そういえば昨日私にコートをかけてくれたのはどっちだったんだい?」
マジックはキンタローとシンタローの両方に視線を向けて尋ねた。
軍用の黒いコートはグンマは着ない。
叔父たち2人もそれぞれ特徴のあるものを持っている。
「俺だけど。コタローのとこ行ったら親父寝てたから」
トーストを裂きながら答えると父は目を細めた。
「悪かったね。うっかり寝てしまったから。ありがとう」
それでも返ってくる反応は前とは違う。
以前は食卓に身を乗り出して「うわ~。ありがとう。シンちゃんはやっぱりやさしい子だね。パパは感激だよ!」などとテンションも高く口にしていた。
それが今はありがとうの一言で終わっている。
なんだか釈然としない気分でシンタローはトマトをフォークで突き刺した。
「そういえば来月だよね。お父様の誕生日」
コートの話からコタローのことへと話題が移り、それからグンマが11月を捲ったばかりのカレンダーを見ながらそう言った。
「今年はどうするの?どんなパーティ?」
にこにことグンマがカフェ・オ・レに口をつけながら父親に目を向ける。
シンタローの誕生日も盛大なものだが、父のもやはり毎年華やかなものだ。
ガンマ団総帥だったこともあるが、団を上げて催され、各国からの賓客も多い。
それに毎年この時期になるとプレゼントの催促だとか、誕生日くらいパパのお願いを聞いて!とシンタローはねだられていた。
しぶしぶながら毎年、それに付き合っていたのが。
「え?今年?今年はやらないよ。引退した身だからね」
やらない、ときっぱり言った父にグンマがすかさずええ~!と声を上げる。シンタローも声を上げそうになった。
秘書たちにはそのつもりでいるように言ってあるから、と口にする父に誰もそれ以上言えない。
気を取り直して、グンマが
「じゃあ、家族だけでお祝いなんだね」
と言ったが、父親は表情を曇らせた。
「いや。ちょうどその日はイベントが入っていて帰れないんだよ」
だから、パーティはいいよと父親が微笑む。困ったようなその笑みにグンマはため息を吐いた。
「せっかくのお誕生日なのに……残念だね」
それきり、食卓から会話は途切れ、朝の時間が進むと共にみなばらばらに仕事へと向かった。
周囲は南国の島から戻ってきて以来、不自然なまでにぎこちない親子に気づかないでいる。
無理もない。
シンタローがマジックの実の子でないという事実は伏せられている。
それを知る人物は一族以外では特戦部隊の人間とシンタローが懇意にしている4人の団員だけだ。
ハーレムを恐れる特選の人間がそれを漏らすことはなく、また4人の元刺客も友情からそれを言うはずもない。
彼らは皆それぞれの任地へと赴いている。
シンタローも島から帰って以来新総帥として忙しい毎日を送っていた。
今までべったりとした関係だった親子がすれ違いの生活を送っていても誰も不審に思わない。
マジックの傍にいる秘書たちもプライベートには立ち入らないから、最近は本部がガンマ砲で壊されなくてよかった、と思っているくらいだろう。
だが、いつもどおりだと思っているのは彼らや一般の団員だけだ。
子どもの頃からシンタローに過度の愛情を注いでいたマジックを見てきたグンマからすれば今のような状態は不自然というよりも異常だといった方が正しい。
朝な夕な食事を共にするたびに彼らのよそよそしい態度に疑問を持ったし、それとなく喧嘩でもしているのかと探りを入れてみたが二人とも否定する。
なら、どうして?と詰問したくなったが、グンマはそれとなく訪ねたときに二人の間に走った緊張感から聞けないでいる。
ついさっき、夕食を共にしたときも食卓の話題は仕事や天気の話などと無難なものでグンマは退屈していた。
もう1人の従兄弟は何も思わないのか相槌を打っていた。
時折、シンタローと父の視線が交差したとき彼らの表情を看過できずにグンマがさりげなく話題を転じてもキンタローは眉ひとつ動かさない。
キンちゃんは2人の様子が気にならないのかな、と思ってグンマは食事後、研究を理由にラボへとキンタローを誘った。
自室と違い、ラボへとは連絡なしにシンタローも父も訪れはしない。
座ってて、とデスクの椅子を引きキンタローをグンマは少しの間待たせた。
数分かけてふわふわに泡立てたカフェ・オ・レへキャラメルソースをかけたものを出すとキンタローは怪訝そうな表情でグンマを見た。
「……騙してごめんね」
「研究のことじゃないのか」
就寝前の時間に無理やりに誘ったと言うのにキンタローは気分を害した様子は見られなかった。
「うん。あのね……シンちゃんとお父様の事なんだけれど」
聞いてくれる?とグンマは小首を傾げてキンタローへ尋ねた。
かわいらしい仕草はいつもの事だけれども、青い目は不安で揺れている。
頼りなげなグンマの様子にキンタローは、
「……とりあえず話してみろ」
と促した。
「最初はね。二人のことだから喧嘩でもしたんだと思ったんだ。
お父様がシンちゃんにちょっかい出して、シンちゃんが怒って。
謝ってもシンちゃんが許さなくて、そんなシンちゃんにお父様が気を使ったりしてああいう態度だと思ってたんだ。
シンちゃんが今更許すのは格好悪いとでも思って引っ込みがつかなくなるのはよくあることだから」
知ってるよね?とグンマはキンタローに聞いた。
秘石が施した呪縛が解かれるまでキンタローはシンタローの内に在った。
つい最近までシンタローのことを一番近くで見てきたキンタローは昔のことを思い出しながらそれに頷く。
意地っ張りだからね、シンちゃんは、と言って生真面目に頷いたキンタローにグンマは微笑んだ。
「でも2人に尋ねても喧嘩じゃないって言うし、2人を見てたら僕も喧嘩じゃないなって思ったの。
キンちゃん、気づいた?いつもなら謝りたいお父様から視線を逸らしたり逃げ出すのがシンちゃんでしょ?
でもね、さっきもだったけれど逃げているのはお父様の方なんだよ」
こんなのはじめて、とグンマは嘆息した。
甘いカフェ・オ・レに口をつけても心は軽くならない。
食事のたび、顔を合わせるたびに何か言いたげなシンタローの眼差しと辛そうな表情で眼を逸らすマジックにグンマは悲しくなっていた。
「シンちゃんはなんだかんだ言ってたけど、あんなに仲良かったのにさ。
それにね、キンちゃん。お父様、最近シンちゃんを抱きしめたりしないんだよ」
おかしいでしょ、とまだ湯気の立つカップを両手で握り締め、グンマが言う。
キンタローはその言葉に目を見張った。
「……なんとなくよそよそしいとは思っていたんだが」
グンマはそんなキンタローの反応に笑った。
まだ実生活の浅いキンタローは人の機微を分からなかったり、また自分自身の理解度を深めるのに夢中で周囲の空気を眼中に入れてないことも多い。
僕はここのところずっとご飯のとき針のむしろだったのになあ、とグンマは苦笑した。
「まあ、フツーの親子だったらさ。シンちゃんが独立したし、親離れ、子離れなのかなあと思うけどあの2人はフツーじゃないじゃない?」
「そうなのか?」
「うーん。なんていったらいいのか分かんないけどコタローちゃんとお父様の関係はやっぱり普通じゃないよ。
年の離れた末っ子でも溺愛しない親もいるからね。僕は……最近になってお父様が出来たけれどそもそも親がいなかった人生だったし」
「高松が親代わりだろう」
互いの後見人のドクターの存在をキンタローは指摘した。
けれども、グンマは首を振る。
「高松はたしかに僕を育ててくれたし、可愛がってくれてるけどね。やっぱり"お父さん"じゃないよ。
子どもの頃は僕には高松がお父さんなんだなあってシンちゃんを見て思ったりもしたけれど、高松はやっぱり一線を引いてたから」
「……」
高松は違う、と言われてキンタローは眉を寄せた。そんなキンタローにグンマが、じゃあと今度は問いかける。
「キンちゃんにとってお父さんは誰?」
グンマに問われてキンタローは怪訝そうな表情を浮かべた。
何を言っているんだ、といった表情のまま
「俺の父はルーザーだ」
と答える。するとグンマは口元に笑みを浮かべた。
「そうだよね。ルーザー叔父様だよね。
僕とおんなじでキンちゃんに色んなことを教えてくれるのは高松だけれど、高松はお父様じゃないでしょ?
それにシンちゃんの中で見ていたマジックお父様でもないでしょ?」
「ああ」
分かった、とキンタローは頷く。納得した様子にグンマは、話題を元に戻した。
「ええと、どこまで話したっけ?……ああ、そうだ。あの二人が普通じゃないってことだったよね?」
「ああ、そうだ」
キンタローはこってりと甘いキャラメルに閉口しながらも、グンマに視線で先を促した。
「僕とシンちゃんはガンマ団を束ねている一族の子だからあまり外へは出たことがなかったんだ。
お誕生日に遊園地へ言ったり、たまに外食する日はあったけれどね。
遊び相手だってシンちゃんと僕以外の子どもはいなかったから他のおうちがどうなのか知らなかったんだ。
たまに来る叔父様たちにも子どもはいなかったからね」
今もだけれど、と残念そうにグンマは肩を竦める。
「お父様はシンちゃんをべたべたに甘やかしてたし、僕だって過保護な高松に育てられたでしょ?
保護者ってああいうタイプだと思ってたんだ。士官学校に入るまではさ」
士官学校、と言われてキンタローは考え込んだ。
グンマがカップに口をつけている間に記憶の中に残るシンタローの過去を思い出していく。
幼い頃と同じで入学式にも父でなく末の叔父に駆け寄るシンタロー。
桜の舞い散る風景。制服。寮。それから帰省したときの……。
「……たしかに士官学校で親の話になったときシンタローは愕然としていたな」
キンタローが思い出した過去を口にするとグンマは微笑む。
「……僕もだよ。周りのみんなは大抵、あんな風な態度を親に取られていないようだったからね」
元気だった?寂しかったよ、と抱きつかれたり。
何かあったらどうしようかと思っていました、と滂沱の涙を流したり。
2人の保護者たちはそれぞれ近くにいるというのに帰省したとき過剰な反応をしていた。
シンタローにいたっては、南国の島に行くまで、一緒に風呂へ入ろうと誘われたり、あまつさえ人形を作られたりもしていた。
「シンちゃんがさあ、コタローちゃんを可愛がるのはいいんだ。
……まあ、ちょっと行き過ぎてるかなとは思うけどあのお父様の行動がベースになっているから納得できるし。
でもね。普通の親子関係って割りにドライなものだと思うんだ。僕とお父様みたいにね。お互い心配しあったりはするけど、あそこまでべたべたしないよ。
世の中、親子の数だけ色んな関係があるかもしれないけど……」
グンマは言葉を濁した。一定いものかどうか、悩んだままの従兄弟にキンタローは続きを促す。
「ああいうしつこいアプローチの仕方ってさ。親子のスキンシップって言うよりつれない年下の恋人に言い寄るオヤジみたいじゃなかった?」
「……」
「ねえ?どう思う?キンちゃん」
尋ねられてキンタローは瞠目した。
しばらく考え込んだ後、キンタローは躊躇いがちに口を開いた。
グンマの視点から見た2人だけでは状況が正確に掴めない。
納得しうる部分はあったが、2人の関係がおかしいというのもグンマに指摘されてから思い当たったのだ。
今、答えを出さずに色々と調査してからにしようとキンタローは考える。
「その……伯父貴のアイツに対する対応がなんなのかは俺からはなんとも言えない」
「うん」
「おまえの意見を仮定するとして、それで一体あの2人はどういう状態なんだ?
普通じゃない親子がよそよそしい、それはおかしい、けれどもこのまま一般的な親子関係になるのもおかしいと言いたいわけなんだろう?」
「うん」
僕とお父様みたいな関係にならないと思うよ、とグンマはきっぱりと言う。
「僕の意見、お父様の態度は恋人にするものだってやつを仮定するよ。
そもそもあの2人がおかしくなったのって最近じゃない?それもキンちゃんが来てから……あ、キンちゃんが原因じゃないよ。
つまりあの島を後にしてからだよね。島の中では相変わらずべたべたしてたし」
確かに、そうだとキンタローは思った。
「で、島から帰ってきて変わったことがあるよね。キンちゃんが従兄弟になったこと、コタローちゃんが眠ってること。
それから、僕にも関係することだけど一番重要なのが……」
グンマが自分にも関係することだと口にしたことでキンタローは彼が言いたいことが掴めてきた。
「シンタローがマジック伯父貴と血が繋がっていないということだな」
「そう。そういうこと。2人とも血が繋がってなくても親子だと考えているし、僕もそう思っていたけれどね」
思っていた、と過去形にされてキンタローは驚く。
思わず疑問を口にしようと口を開けるもグンマはそれを手で押し止めた。
「そもそもお父様は異常な愛情をシンちゃんに注いでいるよね。子どもが可愛いとかそういうレベルじゃないのはキンちゃんも理解したでしょ。
パパはシンちゃんが好きなのに~とかパパは何でも言うこと聞いてあげるよ、とかシンちゃんに対するとき、お父様は自分のことパパって呼ぶんだ。
スキンシップを取るときだけじゃなくて、例えばカレーを作ったときもね。"冷凍庫の中のタッパーはパパ作ったカレーだからね"とか。
ともかく自分のことはパパって呼ぶ。僕やコタローちゃんに対してはパパじゃなくていつも私って言うよ。パパって言うのはシンちゃんにだけなんだ。
それってさ、明らかにお父様はシンちゃんの父親って言うことを強調していない?」
そう思わない?とグンマはキンタローに畳み掛けるように言う。
「恋人にするような態度って言ったでしょ。お父様って、シンちゃんが好きで好きで仕方がないからそういう態度をとるんだ。
でも、親子だからやっぱり恋人にするようなことを実行しちゃいけないわけじゃない?
シンちゃんは息子!って自分を言い聞かせるためにパパって口にしてたのかなあって思ったんだ」
「自分への戒めのつもりか」
ため息を吐いてキンタローは温くなったカップに口を付けた。頭の中が色々なことが渦巻いてごちゃごちゃになっている。
「でも、シンちゃんはお父様と血が繋がってないのが分かったじゃない。ということは、今まで我慢してた先にも進めるんだよ」
それがいいのかはわからないけどね、とグンマは言う。
だって、血が繋がってなくても親子なわけだし、世間的にも養子に手を出す人間なんて認められないもの、とグンマは言う。
「倫理的には問題があるが、実の親子よりはハードルが低いと言いたいわけだな。
ガンマ団で伯父貴に苦言を言うようなヤツもいないし、実行には問題がないわけだ」
キンタローがグンマの言を引き継ぐとグンマは大きく頷いた。
「で、僕が考えた仮説は……お父様はシンちゃんへの気持ちに悩んでいてシンちゃんから遠ざかっている。
シンちゃんはいつもと違うお父様に納得がいかなくて、でも自分じゃ聞けないから2人ともぎこちない、って言うことなの。……合ってるかな?」
どう思う、キンちゃんと問いかけられキンタローは考え込んだ。
靴音で目指す病室の主が起きてくれるのならうれしいけれども、生憎と2日ほど前に行われた定期検査で脳波の結果は変わらないものだった。
一族特有の青い眼の威力と暗殺やら誘拐やらを考慮に入れてこのフロアにほかの入院患者はいない。
戦地で傷を負った団員や病んだ団員はこの階より下のフロアに入院している。
気にすることはないのだが、シンタローの足音はいつも微かなものでしかない。
足元を照らすわずかな灯りを頼りにエレベーターホールを抜け、角を曲がる。
白い壁は暗い中でも目立つが、角を曲がった少し先の弟のいる病室からひかりが漏れていて視界がさっきよりも数段明るく感じられた。
誰か見舞いに来てるんだろう。だが。
(――こんな遅くに誰だ?)
家族の誰かか叔父のどちらかか、と考えながらシンタローは歩んだ。
できれば、父親であって欲しくはない。
いや、父親が弟の看病をするのは喜ばしいことなのだけれども。
(顔、合わせるの気まずいんだよな)
ため息を吐くと、思いのほかその息遣いが廊下に響いてしまった。
もとより気配に敏感な父のことだ。気づかれだろう、と思ってシンタローは自身に舌打ちしたくなった。
今年の夏を境にシンタローの周囲は一変した。
それまでシンタローは、自分を溺愛し、弟のコタローに冷たく当たる父親のことを曖昧にしか理解できていなかった。
両眼が秘石眼だということだなんだというのだろう。
俺の前ではコタローはあどけない幼児でしかない。危険性なんてまったくない。
父親へ理不尽だと詰ったりもしたが、シンタローの望みをいつも叶えてくれる父はこればかりは譲ってくれなかった。
頑ななまでの父親の態度と周囲の腫れ物にでも触るかのような対応。
すべてに苛立ちと幻滅を感じて、家宝の石を持ち出して逃亡したのは今考えると子どもじみた行動でしかない。
辿りついた南国の島で、雁字搦めに囚われていた一族の因縁が解かれたのは結果としてはよかったけれども。
昔、ずっと幼い頃父親と過ごしてきたような毎日をみんなで手に入れることは叶わなかった。
意を決して、半開きになったコタローの病室へとシンタローは体を滑り込ませた。
「来てたのか?」
声をかけても、眠る弟のベッドの傍にある椅子に座る人は背を向けたままだった。
短めの金髪は従兄弟にもいるが、背を向けた人は彼のような白衣を羽織っていない。
こっくりとした葡萄酒色のセーターを着たその人は出来れば会いたくなかった父親だった。
「おい、親父?」
なぜ答えない、とシンタローは父へと近づく。
軍靴を鳴らしても振り返る様子も、飛びついてくる様子もない。
もっとも、今年の夏を境に父親がシンタローへ過剰なスキンシップを取るのは見られなくなっていたけれど。
無視かよ、とシンタローはムッとした。
24年間、顔を合わせればべたべたと抱きつき、愛情を口にしていた男だったというのに、最近は素っ気無い。
別にそれが嫌なわけじゃない。
うざったいくらいだったんだ、これなら普通の親子らしくていいじゃないかと思っていたけれど無視することはない。
聞いているのかよ、と腰を屈め、父親の顔を覗き込むと彼は眠っていた。
(……寝てる)
眉と閉じられた瞼はぴくりとも動かない。
すうすうと微かな息を立てた父親の顔には疲労が滲み出ている。
いつから看病していたんだ、と思ったがシンタローは声をかけて起こすことをしなかった。
「……このまんまじゃ風邪引くからな」
俺にはアンタは運べねぇし、と自身を納得させるように呟き、シンタローは抱えていた軍用コートを広げた。
季節はもう秋だ。夜になれば夏とは違う少し冷たい風が肌を冷やす。
空調が完備された病室だから、寒くはないだろうけれどもシンタローは広げたコートをそっとマジックへとかけ、その場を後にした。
*
夏を境に変わったことはもう一つある。
目覚ましを止め、洗顔やら歯磨きやら身支度を整えた後袖を通すものがそうだ。
ようやく着慣れてきた赤い軍服をきっちりと着込み、シンタローはダイニングへと向かう。
いつもより早めに部屋を出たから、父親の手伝いが出来るだろうと思ったが、ダイニングには朝食がすっかり並んでいた。
「よお」
すでに着席している従兄弟に視線を向けると、彼は朝には不似合いな剣呑な眼差しでシンタローを見た。
「……今日は早いな」
それでも返ってきた答えは出会った頃よりすっかりとマシになっている。
きっちりとスーツを着込んだ従兄弟、キンタローは髪も丁寧に撫で付けて紳士然としているが顔を合わせると殺意を向けてくる。
それでも少し前までならばともかく、今では人目がある場所や朝っぱらからやりあう気はないようだった。
「おはよ~!」
キンタローへの返答をシンタローが考えあぐねているうちにもう1人の従兄弟の元気な声が響いた。
「……よお、グンマ」
助かった、とこの場を持て余していたシンタローはほっとため息を吐いた。
キンタローはといえば、とくに変わった様子はない。
2人の従兄弟の微妙な空気をものともせず、グンマは「みんな早いね~」と明るく言う。
まあな、と応じるうちに、手伝いをすることもなく父親がトレイに朝食を載せてダイニングへと来る。
手早く並べ始めるキンタローに出し抜かれた格好となったシンタローはその場に立ち尽くした。
コーヒーの用意もキンタローと父親にされて、すっかりとやることがない。
「お父様。おはよう!ほらシンちゃんも座って」
とグンマに言われ、シンタローはあとの2人と共に着席した。
いつもどおり、食卓の話題は昨日あったことや今日の予定で占められている。
サラダにヨーグルトベースのドレッシングをかけ、それらに相槌を打ちながら食べ始めると会話の途切れたときに父親が口を開いた。
「そういえば昨日私にコートをかけてくれたのはどっちだったんだい?」
マジックはキンタローとシンタローの両方に視線を向けて尋ねた。
軍用の黒いコートはグンマは着ない。
叔父たち2人もそれぞれ特徴のあるものを持っている。
「俺だけど。コタローのとこ行ったら親父寝てたから」
トーストを裂きながら答えると父は目を細めた。
「悪かったね。うっかり寝てしまったから。ありがとう」
それでも返ってくる反応は前とは違う。
以前は食卓に身を乗り出して「うわ~。ありがとう。シンちゃんはやっぱりやさしい子だね。パパは感激だよ!」などとテンションも高く口にしていた。
それが今はありがとうの一言で終わっている。
なんだか釈然としない気分でシンタローはトマトをフォークで突き刺した。
「そういえば来月だよね。お父様の誕生日」
コートの話からコタローのことへと話題が移り、それからグンマが11月を捲ったばかりのカレンダーを見ながらそう言った。
「今年はどうするの?どんなパーティ?」
にこにことグンマがカフェ・オ・レに口をつけながら父親に目を向ける。
シンタローの誕生日も盛大なものだが、父のもやはり毎年華やかなものだ。
ガンマ団総帥だったこともあるが、団を上げて催され、各国からの賓客も多い。
それに毎年この時期になるとプレゼントの催促だとか、誕生日くらいパパのお願いを聞いて!とシンタローはねだられていた。
しぶしぶながら毎年、それに付き合っていたのが。
「え?今年?今年はやらないよ。引退した身だからね」
やらない、ときっぱり言った父にグンマがすかさずええ~!と声を上げる。シンタローも声を上げそうになった。
秘書たちにはそのつもりでいるように言ってあるから、と口にする父に誰もそれ以上言えない。
気を取り直して、グンマが
「じゃあ、家族だけでお祝いなんだね」
と言ったが、父親は表情を曇らせた。
「いや。ちょうどその日はイベントが入っていて帰れないんだよ」
だから、パーティはいいよと父親が微笑む。困ったようなその笑みにグンマはため息を吐いた。
「せっかくのお誕生日なのに……残念だね」
それきり、食卓から会話は途切れ、朝の時間が進むと共にみなばらばらに仕事へと向かった。
周囲は南国の島から戻ってきて以来、不自然なまでにぎこちない親子に気づかないでいる。
無理もない。
シンタローがマジックの実の子でないという事実は伏せられている。
それを知る人物は一族以外では特戦部隊の人間とシンタローが懇意にしている4人の団員だけだ。
ハーレムを恐れる特選の人間がそれを漏らすことはなく、また4人の元刺客も友情からそれを言うはずもない。
彼らは皆それぞれの任地へと赴いている。
シンタローも島から帰って以来新総帥として忙しい毎日を送っていた。
今までべったりとした関係だった親子がすれ違いの生活を送っていても誰も不審に思わない。
マジックの傍にいる秘書たちもプライベートには立ち入らないから、最近は本部がガンマ砲で壊されなくてよかった、と思っているくらいだろう。
だが、いつもどおりだと思っているのは彼らや一般の団員だけだ。
子どもの頃からシンタローに過度の愛情を注いでいたマジックを見てきたグンマからすれば今のような状態は不自然というよりも異常だといった方が正しい。
朝な夕な食事を共にするたびに彼らのよそよそしい態度に疑問を持ったし、それとなく喧嘩でもしているのかと探りを入れてみたが二人とも否定する。
なら、どうして?と詰問したくなったが、グンマはそれとなく訪ねたときに二人の間に走った緊張感から聞けないでいる。
ついさっき、夕食を共にしたときも食卓の話題は仕事や天気の話などと無難なものでグンマは退屈していた。
もう1人の従兄弟は何も思わないのか相槌を打っていた。
時折、シンタローと父の視線が交差したとき彼らの表情を看過できずにグンマがさりげなく話題を転じてもキンタローは眉ひとつ動かさない。
キンちゃんは2人の様子が気にならないのかな、と思ってグンマは食事後、研究を理由にラボへとキンタローを誘った。
自室と違い、ラボへとは連絡なしにシンタローも父も訪れはしない。
座ってて、とデスクの椅子を引きキンタローをグンマは少しの間待たせた。
数分かけてふわふわに泡立てたカフェ・オ・レへキャラメルソースをかけたものを出すとキンタローは怪訝そうな表情でグンマを見た。
「……騙してごめんね」
「研究のことじゃないのか」
就寝前の時間に無理やりに誘ったと言うのにキンタローは気分を害した様子は見られなかった。
「うん。あのね……シンちゃんとお父様の事なんだけれど」
聞いてくれる?とグンマは小首を傾げてキンタローへ尋ねた。
かわいらしい仕草はいつもの事だけれども、青い目は不安で揺れている。
頼りなげなグンマの様子にキンタローは、
「……とりあえず話してみろ」
と促した。
「最初はね。二人のことだから喧嘩でもしたんだと思ったんだ。
お父様がシンちゃんにちょっかい出して、シンちゃんが怒って。
謝ってもシンちゃんが許さなくて、そんなシンちゃんにお父様が気を使ったりしてああいう態度だと思ってたんだ。
シンちゃんが今更許すのは格好悪いとでも思って引っ込みがつかなくなるのはよくあることだから」
知ってるよね?とグンマはキンタローに聞いた。
秘石が施した呪縛が解かれるまでキンタローはシンタローの内に在った。
つい最近までシンタローのことを一番近くで見てきたキンタローは昔のことを思い出しながらそれに頷く。
意地っ張りだからね、シンちゃんは、と言って生真面目に頷いたキンタローにグンマは微笑んだ。
「でも2人に尋ねても喧嘩じゃないって言うし、2人を見てたら僕も喧嘩じゃないなって思ったの。
キンちゃん、気づいた?いつもなら謝りたいお父様から視線を逸らしたり逃げ出すのがシンちゃんでしょ?
でもね、さっきもだったけれど逃げているのはお父様の方なんだよ」
こんなのはじめて、とグンマは嘆息した。
甘いカフェ・オ・レに口をつけても心は軽くならない。
食事のたび、顔を合わせるたびに何か言いたげなシンタローの眼差しと辛そうな表情で眼を逸らすマジックにグンマは悲しくなっていた。
「シンちゃんはなんだかんだ言ってたけど、あんなに仲良かったのにさ。
それにね、キンちゃん。お父様、最近シンちゃんを抱きしめたりしないんだよ」
おかしいでしょ、とまだ湯気の立つカップを両手で握り締め、グンマが言う。
キンタローはその言葉に目を見張った。
「……なんとなくよそよそしいとは思っていたんだが」
グンマはそんなキンタローの反応に笑った。
まだ実生活の浅いキンタローは人の機微を分からなかったり、また自分自身の理解度を深めるのに夢中で周囲の空気を眼中に入れてないことも多い。
僕はここのところずっとご飯のとき針のむしろだったのになあ、とグンマは苦笑した。
「まあ、フツーの親子だったらさ。シンちゃんが独立したし、親離れ、子離れなのかなあと思うけどあの2人はフツーじゃないじゃない?」
「そうなのか?」
「うーん。なんていったらいいのか分かんないけどコタローちゃんとお父様の関係はやっぱり普通じゃないよ。
年の離れた末っ子でも溺愛しない親もいるからね。僕は……最近になってお父様が出来たけれどそもそも親がいなかった人生だったし」
「高松が親代わりだろう」
互いの後見人のドクターの存在をキンタローは指摘した。
けれども、グンマは首を振る。
「高松はたしかに僕を育ててくれたし、可愛がってくれてるけどね。やっぱり"お父さん"じゃないよ。
子どもの頃は僕には高松がお父さんなんだなあってシンちゃんを見て思ったりもしたけれど、高松はやっぱり一線を引いてたから」
「……」
高松は違う、と言われてキンタローは眉を寄せた。そんなキンタローにグンマが、じゃあと今度は問いかける。
「キンちゃんにとってお父さんは誰?」
グンマに問われてキンタローは怪訝そうな表情を浮かべた。
何を言っているんだ、といった表情のまま
「俺の父はルーザーだ」
と答える。するとグンマは口元に笑みを浮かべた。
「そうだよね。ルーザー叔父様だよね。
僕とおんなじでキンちゃんに色んなことを教えてくれるのは高松だけれど、高松はお父様じゃないでしょ?
それにシンちゃんの中で見ていたマジックお父様でもないでしょ?」
「ああ」
分かった、とキンタローは頷く。納得した様子にグンマは、話題を元に戻した。
「ええと、どこまで話したっけ?……ああ、そうだ。あの二人が普通じゃないってことだったよね?」
「ああ、そうだ」
キンタローはこってりと甘いキャラメルに閉口しながらも、グンマに視線で先を促した。
「僕とシンちゃんはガンマ団を束ねている一族の子だからあまり外へは出たことがなかったんだ。
お誕生日に遊園地へ言ったり、たまに外食する日はあったけれどね。
遊び相手だってシンちゃんと僕以外の子どもはいなかったから他のおうちがどうなのか知らなかったんだ。
たまに来る叔父様たちにも子どもはいなかったからね」
今もだけれど、と残念そうにグンマは肩を竦める。
「お父様はシンちゃんをべたべたに甘やかしてたし、僕だって過保護な高松に育てられたでしょ?
保護者ってああいうタイプだと思ってたんだ。士官学校に入るまではさ」
士官学校、と言われてキンタローは考え込んだ。
グンマがカップに口をつけている間に記憶の中に残るシンタローの過去を思い出していく。
幼い頃と同じで入学式にも父でなく末の叔父に駆け寄るシンタロー。
桜の舞い散る風景。制服。寮。それから帰省したときの……。
「……たしかに士官学校で親の話になったときシンタローは愕然としていたな」
キンタローが思い出した過去を口にするとグンマは微笑む。
「……僕もだよ。周りのみんなは大抵、あんな風な態度を親に取られていないようだったからね」
元気だった?寂しかったよ、と抱きつかれたり。
何かあったらどうしようかと思っていました、と滂沱の涙を流したり。
2人の保護者たちはそれぞれ近くにいるというのに帰省したとき過剰な反応をしていた。
シンタローにいたっては、南国の島に行くまで、一緒に風呂へ入ろうと誘われたり、あまつさえ人形を作られたりもしていた。
「シンちゃんがさあ、コタローちゃんを可愛がるのはいいんだ。
……まあ、ちょっと行き過ぎてるかなとは思うけどあのお父様の行動がベースになっているから納得できるし。
でもね。普通の親子関係って割りにドライなものだと思うんだ。僕とお父様みたいにね。お互い心配しあったりはするけど、あそこまでべたべたしないよ。
世の中、親子の数だけ色んな関係があるかもしれないけど……」
グンマは言葉を濁した。一定いものかどうか、悩んだままの従兄弟にキンタローは続きを促す。
「ああいうしつこいアプローチの仕方ってさ。親子のスキンシップって言うよりつれない年下の恋人に言い寄るオヤジみたいじゃなかった?」
「……」
「ねえ?どう思う?キンちゃん」
尋ねられてキンタローは瞠目した。
しばらく考え込んだ後、キンタローは躊躇いがちに口を開いた。
グンマの視点から見た2人だけでは状況が正確に掴めない。
納得しうる部分はあったが、2人の関係がおかしいというのもグンマに指摘されてから思い当たったのだ。
今、答えを出さずに色々と調査してからにしようとキンタローは考える。
「その……伯父貴のアイツに対する対応がなんなのかは俺からはなんとも言えない」
「うん」
「おまえの意見を仮定するとして、それで一体あの2人はどういう状態なんだ?
普通じゃない親子がよそよそしい、それはおかしい、けれどもこのまま一般的な親子関係になるのもおかしいと言いたいわけなんだろう?」
「うん」
僕とお父様みたいな関係にならないと思うよ、とグンマはきっぱりと言う。
「僕の意見、お父様の態度は恋人にするものだってやつを仮定するよ。
そもそもあの2人がおかしくなったのって最近じゃない?それもキンちゃんが来てから……あ、キンちゃんが原因じゃないよ。
つまりあの島を後にしてからだよね。島の中では相変わらずべたべたしてたし」
確かに、そうだとキンタローは思った。
「で、島から帰ってきて変わったことがあるよね。キンちゃんが従兄弟になったこと、コタローちゃんが眠ってること。
それから、僕にも関係することだけど一番重要なのが……」
グンマが自分にも関係することだと口にしたことでキンタローは彼が言いたいことが掴めてきた。
「シンタローがマジック伯父貴と血が繋がっていないということだな」
「そう。そういうこと。2人とも血が繋がってなくても親子だと考えているし、僕もそう思っていたけれどね」
思っていた、と過去形にされてキンタローは驚く。
思わず疑問を口にしようと口を開けるもグンマはそれを手で押し止めた。
「そもそもお父様は異常な愛情をシンちゃんに注いでいるよね。子どもが可愛いとかそういうレベルじゃないのはキンちゃんも理解したでしょ。
パパはシンちゃんが好きなのに~とかパパは何でも言うこと聞いてあげるよ、とかシンちゃんに対するとき、お父様は自分のことパパって呼ぶんだ。
スキンシップを取るときだけじゃなくて、例えばカレーを作ったときもね。"冷凍庫の中のタッパーはパパ作ったカレーだからね"とか。
ともかく自分のことはパパって呼ぶ。僕やコタローちゃんに対してはパパじゃなくていつも私って言うよ。パパって言うのはシンちゃんにだけなんだ。
それってさ、明らかにお父様はシンちゃんの父親って言うことを強調していない?」
そう思わない?とグンマはキンタローに畳み掛けるように言う。
「恋人にするような態度って言ったでしょ。お父様って、シンちゃんが好きで好きで仕方がないからそういう態度をとるんだ。
でも、親子だからやっぱり恋人にするようなことを実行しちゃいけないわけじゃない?
シンちゃんは息子!って自分を言い聞かせるためにパパって口にしてたのかなあって思ったんだ」
「自分への戒めのつもりか」
ため息を吐いてキンタローは温くなったカップに口を付けた。頭の中が色々なことが渦巻いてごちゃごちゃになっている。
「でも、シンちゃんはお父様と血が繋がってないのが分かったじゃない。ということは、今まで我慢してた先にも進めるんだよ」
それがいいのかはわからないけどね、とグンマは言う。
だって、血が繋がってなくても親子なわけだし、世間的にも養子に手を出す人間なんて認められないもの、とグンマは言う。
「倫理的には問題があるが、実の親子よりはハードルが低いと言いたいわけだな。
ガンマ団で伯父貴に苦言を言うようなヤツもいないし、実行には問題がないわけだ」
キンタローがグンマの言を引き継ぐとグンマは大きく頷いた。
「で、僕が考えた仮説は……お父様はシンちゃんへの気持ちに悩んでいてシンちゃんから遠ざかっている。
シンちゃんはいつもと違うお父様に納得がいかなくて、でも自分じゃ聞けないから2人ともぎこちない、って言うことなの。……合ってるかな?」
どう思う、キンちゃんと問いかけられキンタローは考え込んだ。
PR