グンマから相談を持ちかけら、数日間キンタローは渦中の親子を観察した。
確かにグンマの言っていたとおり、ただ行き違いが生じてよそよそしくなっているのとは違う。
物言いたげなシンタローと気づかない振りを続ける伯父。
口唇をかみ締めたシンタローはガンマ団総帥の威厳はない。
弱気な彼が、ひとたび仕事の時間となるといつものようなふてぶてしい態度の仮面をかぶるのを間近で見てキンタローは嘆息した。
言いたいことがあれば言えばいいのだ。
いつもどおりにしてくれと要望するなり、自分が何かしたのかと詰問するなり。
大体、伯父も伯父だ。
シンタローを遠ざけたいのなら、来月に控えた誕生日のように仕事を入れてしまえばいい。
引退して、いくつかの国との交流以外は個人的な活動しかやっていないのだ。
長期間の視察でも表敬訪問でも何でもすればいいのだ。何も本部に留まる必要はない。
自分から遠ざけているくせに、物言いたげな視線をシンタローが外すと、伯父はシンタローに切なげな眼差しを送る。
いい加減にしろ、と朝な夕な怒鳴りつけたくなったがキンタローとて彼らの関係を掴めてはいないのだ。
グンマの言うとおり、伯父であるマジックがシンタローを恋愛対象として見ていたとしてもシンタローの気持ちは分からない。
もう、互いに別個の人間なのだ。間近にいても心の揺れ動きまでは分からない己にキンタローは苛立っていた。
前総帥の任期中のことを纏めたデータは資料室にある。
一般の団員が任地へ赴くのと違い、任地の周辺だけを理解しておくわけにはいかない。
総帥ともなれば過去に執られた団の指針はもとより相手の国の情報は過去にまで遡って把握する必要だある。
総帥に就任する前から少しずつ手をつけていたとはいえ、まだまだ読んでおかねばならない資料はたくさんある。
折を見て、キンタローはシンタローとともに勉強に精を出していた。
「ようやく先々代のデータが終わるな」
「そうだな~。じいさんの時代は結構、世界中で動乱があったから本当ようやくだぜ」
ばらばらと分厚いファイルを捲りながらシンタローが言う。
今日からようやく伯父の代だ。資料を取ってこよう、とキンタローが立ち上がったとき内線が響いた。
「キンタロー、おまえ出ろよ」
分かっている、と従兄弟を一瞥し、キンタローは受話器をとる。
内線電話の相手は通信室だった。手短に用件を了承するとキンタローは受話器を置いた。
「なんだったんだよ?」
「通信室からだ。ハーレムが任地に着いた連絡だそうだ。了解して切ってもいいか通信員に聞かれたんだが……。
俺がちょっと叔父貴に用があるんでな。通話のままにした。すまないが少し中座する」
「ふうん。まあいいけどな。俺は親父の頃の資料見てるからさ」
行って来い、とひらひらと手を振ってシンタローはキンタローを送り出した。
*
現在、本部と通信中の部隊はハーレムの率いる特戦部隊のみだった。
通信機器の使い方を熟知しているキンタローはそれを確認すると室内の団員を人払いした。
ハーレムに大事な用がある、と最近加わったとはいえ青の一族の人間に命令されて従わないものはいない。
「ハーレム叔父貴、聞こえるか」
キンタローが呼びかけるとすぐに「おう」と答えが返った。
無事、任地に着いたそうだなとキンタローが言うとハーレムは
「前置きはいいからよ。それより、回線切らねえで待たすなんてなんの用だよ?」
と尋ねた。
「察しがよくてありがたい。いくつか叔父貴に聞きたいことがあったんだが」
答えてくれ、とキンタローが言うと画面に映し出されたハーレムは驚いた顔をした。
「おまえが俺に?高松じゃなくてか?」
研究のことなんて無理だぜ、と言うハーレムにキンタローは笑う。
研究のことなどハーレムにそもそも聞くわけがない。
「一族のことは一族の人間にしか聞けないだろう」
「サービスには聞いたのか?」
「アンタの方が適任だ」
キンタロー自身は末の叔父よりも自分の体を得てから傍にいたハーレムのほうが話しやすい。
シンタローの敬愛するサービスよりも、ハーレムの方が親密なだけだったからにすぎないのだが、画面の中のハーレムは破願した。
「まあ、俺の方がアイツより尊敬される人間だからな。分かってんじゃねえか」
うんうん、と頷くハーレムにキンタローはそれは違うと否定したかったが、機嫌を損ねる必要はない。
誤解はそのままにハーレムに尋ねたいことをぶつける。
「聞きたいことと言うのは祖父のことだ」
「パーパの?」
パーパ、と口にしてすぐにハーレムはカッと頬を染める。
画面の向こうからくつくつと噛み締める笑い声が聞こえてきてキンタローは叔父のすぐ傍に特戦の人間がいることを理解した。
「少々調べていることがあるんだが、マジック伯父貴はシンタローに過剰なスキンシップをとっているだろう。
対して、俺の父、ルーザーは一度しか顔を合わせていないとはいえああいう態度はとらなかった。日常とは状況が違うがな。
それで、アンタとサービスは子どもがいないから分からないんだが、いたとしてもマジック伯父貴のような育て方をするか?」
「はあ?俺にガキがいたら?ンなもん、あんな兄貴みたいな気持ち悪ぃ接し方するかよ」
間髪入れずに返ってきた反応にキンタローはふむと考え込む。
「サービスについてはどう思う?」
「しねえだろうな」
双子の弟に対してもハーレムはきっぱりと否定した。
「可愛がりはするだろうけどよ。アイツは兄貴みたいな態度はとらねえと思うぜ。
むしろそういうのはジャンの野郎がサービスの子どもに取るだろうな」
「ジャンが?」
キンタローは思いがけない答えに目を見張った。
「ああ。そりゃそうだろ。アイツはあんな魔女みてえなヤツが大好きな野郎だぜ。
魔女のちっこいのがいたら同じようにべたべた引っ付いて下僕のように奉仕するに決まってる」
「……なるほど」
言いことを聞いたとキンタローは思った。
「じゃあ、同じ質問をもう一度聞くが俺の父さん、ルーザーの場合はどう思うか?
父さんは俺には情のある人間だったが、24年前は違っていたんだろう。マジック伯父貴のような態度はとらないと思うが……」
念のため聞く、とキンタローはハーレムをじっと見た。
自分と双子の弟のときとは違い、ハーレムは少し考えてから口を開く。
「……ルーザー兄貴はなあ。善悪の区別はつかない人間だった。
俺からすれば悪魔みてえな男だったけどサービスへの態度とか考えるとな……。表面的だったけど、家族は大切にしてたぜ。
おまえの言いたいのは生きてたらってことだろ?兄貴のような摂し方はまずしない。
むしろ、ガキのときの俺とサービスへの接し方と同じようになるだろうな。それか兄貴のことだから……」
「自分の父親がしていた接し方をすると言いたいんだろう」
科学者だった父のことだ。同じ事例を当てはめるに決まっている、とキンタローはきっぱりと断言する。
「そう。そう言おうと……ああ、だからてめえはパーパのこと聞いたのか」
「そうだ」
キンタローは叔父へと頷く。
「祖父は父さんを含めてあんたたち4人の兄弟、全員でなくても誰かしらに過度のスキンシップを求めたか?」
「過度の……ってマジック兄貴がシンタローに取ってるようなやつだろ?そんなもんねえよ。
俺がようやく物心ついたころに死んじまったけどな、誰に聞いても兄弟分け隔てなかったって言うぜ」
「そうか」
「聞きたいことはそれだけか?」
「いや。もうひとつだけある」
キンタローがそう言うとハーレムはため息を吐いた。今度はなんだ、と煙草に火をつけて先を促す。
炎の使い手ではなく、かちりとした音とともにライターから生み出された火が一瞬ハーレムの髪をオレンジ色に染めた。
「……アンタは親子ほど離れた年齢のヤツと恋愛できるか?」
キンタローが尋ねるなり、ハーレムはブッと煙草を噴出した。
画面には見えないものの周囲いる特戦の連中もさっきとは違い盛大に笑っている。
「……できるんだな」
叔父と彼らの反応からキンタローは結論を出した。
「じゃあ、その相手が幼い頃、そうだな……生まれた頃から知った相手ならどうだ?」
恋愛対象になるのだろうか、キンタローは咳き込んだままのハーレムを見つめた。
「――わかんねえよッ!ンなもん人それぞれだろ!!」
俺は違うけどな、と喚くハーレムに笑い声が被さる。
聞きたいことは聞き出せた。
キンタローはぎゃいぎゃいと騒ぐ画面を冷静に見ながら、口を開く。
「まあ、そうだな。確かに恋愛はアンタの言うとおり人それぞれだ。時間をとらせてすまなかったな。礼を言う、ハーレム」
切るぞ、とまだ騒ぎの収まらぬ画面に言って、キンタローは回線を落とした。
ハーレムとの通信を終え、キンタローは止めておいた他の回線を回復させた。
通信中に本部へ接触を試みた部隊はなく、休憩を取らせていた通信員を戻す。
世話をかけたな、と通信員を労うとキンタローはその場を後にした。
「進んでいるか?今そこの廊下で……」
おまえの気に入りの津軽に会ったぞ、と声をかけようとしたがキンタローは言いかけていた言葉を引っ込めた。
戻ってきたキンタローに気づかない様子でシンタローが手元の資料をじっと見ている。
大分集中しているな。どのデータだろう、と思ってキンタローは席に着く。
覗き込むとシンタローが見ているページには1ページ丸々写真が印刷されていた。
「……シンタロー」
「え!?あ、戻ってきたのかよ」
驚かすな、と睨むシンタローにキンタローは嘆息した。
「随分と夢中になっていると思ったら、おまえ好みの少年だな」
シンタローが見ていたページの写真は短めの金髪を持った少年が写っている。
赤い服を着て笑顔を浮かべ、いくつかの国の首脳と会談していた。
「……俺好みって!ちっげえよ!これは総帥になったばっかの親父だっつうの!」
よく見ろ、とシンタローは顔を赤くしてキンタローへ投げつけるようにファイルを渡した。
言われてみれば、確かに面影が残っている。
「ああ。伯父貴だったのか。でも、おまえの好みには変わらないと思うが」
「好みってそういう問題じゃねえだろ!親父なんだから!」
シンタローはキンタローに掴みかかるほどの勢いで否定した。
「親父か……。それならばシンタロー。この写真の少年がマジック叔父貴じゃなくて赤の他人だったらどうする?」
「……はあ?」
とくに意図することはなかったがキンタローは従兄弟に尋ねてみた。
どう見ても、従兄弟の好みの顔立ちなのだ。きらきらした金髪も青い眼も、少年の年齢も。
怒っていたシンタローが急に大人しくなって、考え込む様子を見始めさせたのを見てキンタローは心中笑った。
「……冗談だ。早いところそのファイルから片づけてしまおう」
終業時刻まで1時間をきってしまったからな、とキンタローはさりげなくファイルのページを繰った。
*
白い靄がかかったような景色だった。
見たことのない場所だ。うすいヴェールのような靄を纏う木々も石造りの建物が立ち並ぶ小路もまったく見覚えがない。
人っ子一人歩いていない坂をシンタローは恐々歩んでいく。
シンタローの周りには誰もいない。補佐であるキンタローも従兄弟のグンマもガンマ団の団員も。
誰もいなかった。
石を敷き詰めた坂道を登り終えると、風車が見えた。
風車のある国……オランダか?などと推察してみたがシンタローにはそうは思えなかった。
ざあっと木々を揺らす風が吹いて、目の前の風車が少し右に動く。
風見鶏もからからと回った。
靄が晴れる。
誰か人に尋ねてみようと視界が晴れた道を歩き、シンタローは教会を見つけた。
教会とはいえ、ステンドグラスも何もない。白かったはずの漆喰が剥げて灰色がかった色びの教会だった。
扉がわずかに開いていて光が漏れている。
ぎいぃと軋む音を立てて扉を開けると祭壇に人がいた。
1人だ。
シンタローの背丈よりもずっと小さい。
駆け寄ると、少年が振り返る。
「シンタロー」
少年は何故だかシンタローの名を知っていた。
そして、見たことのある子どもだった。赤い服を着て金色の髪と青い眼の子ども。
ふわりと飛びついてきた少年にシンタローは戸惑う。
これは誰だ?
きみはだれ、と尋ねるよりも早く少年がシンタローの口唇を塞ぐ。
軽いキスをされ、あっと思う前に飛びついた少年がたちまち成長した。
「シンタロー」
そうだ。さっきの子どもは……。
キンタローにも言ったはずじゃないか。これは親父だと。
開けっ放しの扉から靄が入り込む。
金色の髪が靄に包まれて、シンタローの視界が次第にぼやけていく。
「シンタロー」
抱きしめられ、シンタローは眉を寄せた。
どうしてそんなに優しい声音で俺の名を呼ぶんだろう。昔みたいに。
「シンタロー。愛しているよ」
現れたときの少年の姿と同じように、父であるマジックがシンタローの口唇に軽いキスを落とす。
父さん、と呼びかける前に白い靄に意識が包まれてシンタローは正体を失くした。
(――っ!!)
シンタローは毛布を跳ね除けるように上半身を起こした。
カーテンの隙間から差し込むひかりがシーツへと伸びている。枕元の時計へと目をやれば、時刻は7時を差していた。
シーツに置いた手はじんわりと汗ばんでいて、布地の皺を徐々に侵食していく。
ひとつにくくっていない髪はシンタローが息を吐くごとにばらばらと胸元へと落ちた。
後ろに流した髪だけは汗ばんだ襟足に張り付いて落ちてはこない。
(……なんなんだよ。あの夢)
思い出すに動悸が激しくなる。
昨日、勤務中に見た写真をそのままに現れた少年とのキス。そして、彼が成長した姿でのキス。
(――ッ!なんで親父が出てくんだよ)
別に夢の中に誰か知り合いが出てくるのはおかしいことではない。
けれども、あれはないだろう。よりにもよって、父親とキスをするなんて。
ばくばくと動く心臓を押さえるようにシンタローは自分の手を握りこんだ。
吐き出す息の荒さが収まらない。
心臓はこれ以上ないほどに早鐘を打っている。
寝汗の所為だけでなく、シンタローの体は火照っていた。
(ああ!なんでこんなに熱くなんだよッ!)
夢の中の出来事に興奮している自分にシンタローはじたばたと暴れだしたい気持ちでいっぱいだった。
(ちくしょう!なんで……こんなッ)
これじゃあ、親父の顔見れねえよ、とシンタローは乱れた髪を掻き混ぜる様に首を振った。
確かにグンマの言っていたとおり、ただ行き違いが生じてよそよそしくなっているのとは違う。
物言いたげなシンタローと気づかない振りを続ける伯父。
口唇をかみ締めたシンタローはガンマ団総帥の威厳はない。
弱気な彼が、ひとたび仕事の時間となるといつものようなふてぶてしい態度の仮面をかぶるのを間近で見てキンタローは嘆息した。
言いたいことがあれば言えばいいのだ。
いつもどおりにしてくれと要望するなり、自分が何かしたのかと詰問するなり。
大体、伯父も伯父だ。
シンタローを遠ざけたいのなら、来月に控えた誕生日のように仕事を入れてしまえばいい。
引退して、いくつかの国との交流以外は個人的な活動しかやっていないのだ。
長期間の視察でも表敬訪問でも何でもすればいいのだ。何も本部に留まる必要はない。
自分から遠ざけているくせに、物言いたげな視線をシンタローが外すと、伯父はシンタローに切なげな眼差しを送る。
いい加減にしろ、と朝な夕な怒鳴りつけたくなったがキンタローとて彼らの関係を掴めてはいないのだ。
グンマの言うとおり、伯父であるマジックがシンタローを恋愛対象として見ていたとしてもシンタローの気持ちは分からない。
もう、互いに別個の人間なのだ。間近にいても心の揺れ動きまでは分からない己にキンタローは苛立っていた。
前総帥の任期中のことを纏めたデータは資料室にある。
一般の団員が任地へ赴くのと違い、任地の周辺だけを理解しておくわけにはいかない。
総帥ともなれば過去に執られた団の指針はもとより相手の国の情報は過去にまで遡って把握する必要だある。
総帥に就任する前から少しずつ手をつけていたとはいえ、まだまだ読んでおかねばならない資料はたくさんある。
折を見て、キンタローはシンタローとともに勉強に精を出していた。
「ようやく先々代のデータが終わるな」
「そうだな~。じいさんの時代は結構、世界中で動乱があったから本当ようやくだぜ」
ばらばらと分厚いファイルを捲りながらシンタローが言う。
今日からようやく伯父の代だ。資料を取ってこよう、とキンタローが立ち上がったとき内線が響いた。
「キンタロー、おまえ出ろよ」
分かっている、と従兄弟を一瞥し、キンタローは受話器をとる。
内線電話の相手は通信室だった。手短に用件を了承するとキンタローは受話器を置いた。
「なんだったんだよ?」
「通信室からだ。ハーレムが任地に着いた連絡だそうだ。了解して切ってもいいか通信員に聞かれたんだが……。
俺がちょっと叔父貴に用があるんでな。通話のままにした。すまないが少し中座する」
「ふうん。まあいいけどな。俺は親父の頃の資料見てるからさ」
行って来い、とひらひらと手を振ってシンタローはキンタローを送り出した。
*
現在、本部と通信中の部隊はハーレムの率いる特戦部隊のみだった。
通信機器の使い方を熟知しているキンタローはそれを確認すると室内の団員を人払いした。
ハーレムに大事な用がある、と最近加わったとはいえ青の一族の人間に命令されて従わないものはいない。
「ハーレム叔父貴、聞こえるか」
キンタローが呼びかけるとすぐに「おう」と答えが返った。
無事、任地に着いたそうだなとキンタローが言うとハーレムは
「前置きはいいからよ。それより、回線切らねえで待たすなんてなんの用だよ?」
と尋ねた。
「察しがよくてありがたい。いくつか叔父貴に聞きたいことがあったんだが」
答えてくれ、とキンタローが言うと画面に映し出されたハーレムは驚いた顔をした。
「おまえが俺に?高松じゃなくてか?」
研究のことなんて無理だぜ、と言うハーレムにキンタローは笑う。
研究のことなどハーレムにそもそも聞くわけがない。
「一族のことは一族の人間にしか聞けないだろう」
「サービスには聞いたのか?」
「アンタの方が適任だ」
キンタロー自身は末の叔父よりも自分の体を得てから傍にいたハーレムのほうが話しやすい。
シンタローの敬愛するサービスよりも、ハーレムの方が親密なだけだったからにすぎないのだが、画面の中のハーレムは破願した。
「まあ、俺の方がアイツより尊敬される人間だからな。分かってんじゃねえか」
うんうん、と頷くハーレムにキンタローはそれは違うと否定したかったが、機嫌を損ねる必要はない。
誤解はそのままにハーレムに尋ねたいことをぶつける。
「聞きたいことと言うのは祖父のことだ」
「パーパの?」
パーパ、と口にしてすぐにハーレムはカッと頬を染める。
画面の向こうからくつくつと噛み締める笑い声が聞こえてきてキンタローは叔父のすぐ傍に特戦の人間がいることを理解した。
「少々調べていることがあるんだが、マジック伯父貴はシンタローに過剰なスキンシップをとっているだろう。
対して、俺の父、ルーザーは一度しか顔を合わせていないとはいえああいう態度はとらなかった。日常とは状況が違うがな。
それで、アンタとサービスは子どもがいないから分からないんだが、いたとしてもマジック伯父貴のような育て方をするか?」
「はあ?俺にガキがいたら?ンなもん、あんな兄貴みたいな気持ち悪ぃ接し方するかよ」
間髪入れずに返ってきた反応にキンタローはふむと考え込む。
「サービスについてはどう思う?」
「しねえだろうな」
双子の弟に対してもハーレムはきっぱりと否定した。
「可愛がりはするだろうけどよ。アイツは兄貴みたいな態度はとらねえと思うぜ。
むしろそういうのはジャンの野郎がサービスの子どもに取るだろうな」
「ジャンが?」
キンタローは思いがけない答えに目を見張った。
「ああ。そりゃそうだろ。アイツはあんな魔女みてえなヤツが大好きな野郎だぜ。
魔女のちっこいのがいたら同じようにべたべた引っ付いて下僕のように奉仕するに決まってる」
「……なるほど」
言いことを聞いたとキンタローは思った。
「じゃあ、同じ質問をもう一度聞くが俺の父さん、ルーザーの場合はどう思うか?
父さんは俺には情のある人間だったが、24年前は違っていたんだろう。マジック伯父貴のような態度はとらないと思うが……」
念のため聞く、とキンタローはハーレムをじっと見た。
自分と双子の弟のときとは違い、ハーレムは少し考えてから口を開く。
「……ルーザー兄貴はなあ。善悪の区別はつかない人間だった。
俺からすれば悪魔みてえな男だったけどサービスへの態度とか考えるとな……。表面的だったけど、家族は大切にしてたぜ。
おまえの言いたいのは生きてたらってことだろ?兄貴のような摂し方はまずしない。
むしろ、ガキのときの俺とサービスへの接し方と同じようになるだろうな。それか兄貴のことだから……」
「自分の父親がしていた接し方をすると言いたいんだろう」
科学者だった父のことだ。同じ事例を当てはめるに決まっている、とキンタローはきっぱりと断言する。
「そう。そう言おうと……ああ、だからてめえはパーパのこと聞いたのか」
「そうだ」
キンタローは叔父へと頷く。
「祖父は父さんを含めてあんたたち4人の兄弟、全員でなくても誰かしらに過度のスキンシップを求めたか?」
「過度の……ってマジック兄貴がシンタローに取ってるようなやつだろ?そんなもんねえよ。
俺がようやく物心ついたころに死んじまったけどな、誰に聞いても兄弟分け隔てなかったって言うぜ」
「そうか」
「聞きたいことはそれだけか?」
「いや。もうひとつだけある」
キンタローがそう言うとハーレムはため息を吐いた。今度はなんだ、と煙草に火をつけて先を促す。
炎の使い手ではなく、かちりとした音とともにライターから生み出された火が一瞬ハーレムの髪をオレンジ色に染めた。
「……アンタは親子ほど離れた年齢のヤツと恋愛できるか?」
キンタローが尋ねるなり、ハーレムはブッと煙草を噴出した。
画面には見えないものの周囲いる特戦の連中もさっきとは違い盛大に笑っている。
「……できるんだな」
叔父と彼らの反応からキンタローは結論を出した。
「じゃあ、その相手が幼い頃、そうだな……生まれた頃から知った相手ならどうだ?」
恋愛対象になるのだろうか、キンタローは咳き込んだままのハーレムを見つめた。
「――わかんねえよッ!ンなもん人それぞれだろ!!」
俺は違うけどな、と喚くハーレムに笑い声が被さる。
聞きたいことは聞き出せた。
キンタローはぎゃいぎゃいと騒ぐ画面を冷静に見ながら、口を開く。
「まあ、そうだな。確かに恋愛はアンタの言うとおり人それぞれだ。時間をとらせてすまなかったな。礼を言う、ハーレム」
切るぞ、とまだ騒ぎの収まらぬ画面に言って、キンタローは回線を落とした。
ハーレムとの通信を終え、キンタローは止めておいた他の回線を回復させた。
通信中に本部へ接触を試みた部隊はなく、休憩を取らせていた通信員を戻す。
世話をかけたな、と通信員を労うとキンタローはその場を後にした。
「進んでいるか?今そこの廊下で……」
おまえの気に入りの津軽に会ったぞ、と声をかけようとしたがキンタローは言いかけていた言葉を引っ込めた。
戻ってきたキンタローに気づかない様子でシンタローが手元の資料をじっと見ている。
大分集中しているな。どのデータだろう、と思ってキンタローは席に着く。
覗き込むとシンタローが見ているページには1ページ丸々写真が印刷されていた。
「……シンタロー」
「え!?あ、戻ってきたのかよ」
驚かすな、と睨むシンタローにキンタローは嘆息した。
「随分と夢中になっていると思ったら、おまえ好みの少年だな」
シンタローが見ていたページの写真は短めの金髪を持った少年が写っている。
赤い服を着て笑顔を浮かべ、いくつかの国の首脳と会談していた。
「……俺好みって!ちっげえよ!これは総帥になったばっかの親父だっつうの!」
よく見ろ、とシンタローは顔を赤くしてキンタローへ投げつけるようにファイルを渡した。
言われてみれば、確かに面影が残っている。
「ああ。伯父貴だったのか。でも、おまえの好みには変わらないと思うが」
「好みってそういう問題じゃねえだろ!親父なんだから!」
シンタローはキンタローに掴みかかるほどの勢いで否定した。
「親父か……。それならばシンタロー。この写真の少年がマジック叔父貴じゃなくて赤の他人だったらどうする?」
「……はあ?」
とくに意図することはなかったがキンタローは従兄弟に尋ねてみた。
どう見ても、従兄弟の好みの顔立ちなのだ。きらきらした金髪も青い眼も、少年の年齢も。
怒っていたシンタローが急に大人しくなって、考え込む様子を見始めさせたのを見てキンタローは心中笑った。
「……冗談だ。早いところそのファイルから片づけてしまおう」
終業時刻まで1時間をきってしまったからな、とキンタローはさりげなくファイルのページを繰った。
*
白い靄がかかったような景色だった。
見たことのない場所だ。うすいヴェールのような靄を纏う木々も石造りの建物が立ち並ぶ小路もまったく見覚えがない。
人っ子一人歩いていない坂をシンタローは恐々歩んでいく。
シンタローの周りには誰もいない。補佐であるキンタローも従兄弟のグンマもガンマ団の団員も。
誰もいなかった。
石を敷き詰めた坂道を登り終えると、風車が見えた。
風車のある国……オランダか?などと推察してみたがシンタローにはそうは思えなかった。
ざあっと木々を揺らす風が吹いて、目の前の風車が少し右に動く。
風見鶏もからからと回った。
靄が晴れる。
誰か人に尋ねてみようと視界が晴れた道を歩き、シンタローは教会を見つけた。
教会とはいえ、ステンドグラスも何もない。白かったはずの漆喰が剥げて灰色がかった色びの教会だった。
扉がわずかに開いていて光が漏れている。
ぎいぃと軋む音を立てて扉を開けると祭壇に人がいた。
1人だ。
シンタローの背丈よりもずっと小さい。
駆け寄ると、少年が振り返る。
「シンタロー」
少年は何故だかシンタローの名を知っていた。
そして、見たことのある子どもだった。赤い服を着て金色の髪と青い眼の子ども。
ふわりと飛びついてきた少年にシンタローは戸惑う。
これは誰だ?
きみはだれ、と尋ねるよりも早く少年がシンタローの口唇を塞ぐ。
軽いキスをされ、あっと思う前に飛びついた少年がたちまち成長した。
「シンタロー」
そうだ。さっきの子どもは……。
キンタローにも言ったはずじゃないか。これは親父だと。
開けっ放しの扉から靄が入り込む。
金色の髪が靄に包まれて、シンタローの視界が次第にぼやけていく。
「シンタロー」
抱きしめられ、シンタローは眉を寄せた。
どうしてそんなに優しい声音で俺の名を呼ぶんだろう。昔みたいに。
「シンタロー。愛しているよ」
現れたときの少年の姿と同じように、父であるマジックがシンタローの口唇に軽いキスを落とす。
父さん、と呼びかける前に白い靄に意識が包まれてシンタローは正体を失くした。
(――っ!!)
シンタローは毛布を跳ね除けるように上半身を起こした。
カーテンの隙間から差し込むひかりがシーツへと伸びている。枕元の時計へと目をやれば、時刻は7時を差していた。
シーツに置いた手はじんわりと汗ばんでいて、布地の皺を徐々に侵食していく。
ひとつにくくっていない髪はシンタローが息を吐くごとにばらばらと胸元へと落ちた。
後ろに流した髪だけは汗ばんだ襟足に張り付いて落ちてはこない。
(……なんなんだよ。あの夢)
思い出すに動悸が激しくなる。
昨日、勤務中に見た写真をそのままに現れた少年とのキス。そして、彼が成長した姿でのキス。
(――ッ!なんで親父が出てくんだよ)
別に夢の中に誰か知り合いが出てくるのはおかしいことではない。
けれども、あれはないだろう。よりにもよって、父親とキスをするなんて。
ばくばくと動く心臓を押さえるようにシンタローは自分の手を握りこんだ。
吐き出す息の荒さが収まらない。
心臓はこれ以上ないほどに早鐘を打っている。
寝汗の所為だけでなく、シンタローの体は火照っていた。
(ああ!なんでこんなに熱くなんだよッ!)
夢の中の出来事に興奮している自分にシンタローはじたばたと暴れだしたい気持ちでいっぱいだった。
(ちくしょう!なんで……こんなッ)
これじゃあ、親父の顔見れねえよ、とシンタローは乱れた髪を掻き混ぜる様に首を振った。
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