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6.リキッドとシンタロー



 心臓が、飛び出してしまうのではないかと思うほど、動悸が激しい。そのためにいきは絶え絶えなのだが、整うのもまたずにリキッドは目の前の扉を叩く。

 ここまで来るのも大変だった。そもそも一族の住居区は敷地の奥深くであり、厳重なセキュリティシステムに管理されている。本来ならば一学生には入れない区域なのだが、よく報告を部下任せにする上司(仮)により、それらを潜り抜けられるパスを彼は与えられていた。本来の住人よりも時間はかかるが、これで中に入ることはできる。

 パスの認証のとき以外はずっと全力疾走だったため、それほどの時間はかからずにこの場に到着することができたが、その姿は思わずあっけにとられてしまうほどのものだった。

「・・・・・・お前・・・・・・・」

 ノックに反応して扉を開けたシンタローは、彼がここにきたことを訝しく思うより前にまず、形相に面食らったようだった。

「・・・・・・とりあえず、入れよ。今、水持ってくるから」

 面倒見のいい彼女はそう言い残し、急ぎ足で奥へ去る。それに続いて入った室内の、小さな対面机に腰掛けながら、リキッドは呼吸を整えた。後ろ姿はすぐに戻ってきて、彼の前にコップを差し出す。

「ほれ、ゆっくり飲めよ。むせるから」

 受け取ったものをいわれたとおりゆっくり口に運ぶものの、不足していた水分を口にすると、やはりむせてしまった。こぼさないようにバランスをとりながら、口を押さえて咳き込んでいると、部屋の主は慌てたように体に手を添えてきた。

「大丈夫かよ? 落ち着けって」

 暖かい手が背中を巡る。ゆっくりと手からコップが取り上げられた。咳が収まってくるとその柔らかな感触に反応し、先ほどとは別の鼓動が胸を打ち始めた。

「・・・・・・シンタロー、さん」

 もう大丈夫、という思いをこめて添えられていた手をつかむ。大きさは自分と大差ないが、思ったより細くてしなやかな指だということに、こんなときながら気付く。

(壊れちまいそー)

 存在を確かめるかのように強く握ると、つかんだ手が震えたのが伝わる。顔を上げると、怒りの中にかすかなとまどいをにじませた黒い瞳とぶつかった。

「・・・・・・いったい、何・・・・・・・!?」

「あなたが、好きです」

 かの人の表情が止まる。改めて見ると、とてもきれいだった。どうして今まで何も思わずにいられたのだろう。これまで何度も真近かでその姿を見てきたというのに。

 いまさらながら、過去の自分の愚鈍さを悔やむ。

「今日は、それを言いに来ました。この間の、お返事です」

 手をとったまま、瞳をそらさずに言葉をつむぐ。新総帥就任のことなど、いろいろと聞きたい話題はあるのだが、うまく言葉が出てこない。再び上がってきた呼吸をついで、これだけはどうしても、とどうにか声を絞り出す。

「俺のあげたセーター、着てほしいっす」

 シンタローは、目を見開きしばらく呆然としていたが、やがてこちらの瞳を見つめながら、ゆっくりとうなずいた。その頬は明らかに赤く染まっている。

「・・・・・・遅ぇよ、バーカ」

 けれど間に合わなかったわけではない。いまだ染まったままの顔を上げ、シンタローはリキッドを見上げ、微笑んだ。

「お待たせして、申し訳ありませんでした」

 まだ熱の収まらないリキッドの腕が、彼女の背中に回る。力の抜けた黒髪の頭が、そっと彼の胸に投げ出されてきた。

 互いの感触を感じながら、二人は同時に安堵のようなため息をついたのだった。








 なんか微妙ーに中途半端な気がしますが、これにて幕引きです。
 ついでに言うと、このシリーズもひとまずこれで区切りです。
 ここまでしか考えてないよっていう、意思表明。
 まあ、外伝というか、他の話を考えていないわけではないのですが。それはまあそのうちということで。

 相も変わらずマイ設定、かつ長い話をお読みいただき、ありがとうございました。
 ご感想などいただけたら幸いです。



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5.コタロー



(気に入らない・・・よりにもよって何で家政夫なわけ!?)

 足取りも荒く、コタローは歩を進めていた。向かうのは姉の部屋――小さい頃の家とも言えるような場所だ。

 彼は、姉であるシンタローが大好きだ。今でこそ父親とも仲がよく、友人もたくさんできたが、父に疎まれていた時代は小さかったせいもあるが、外部とは関わらず、姉とばかり遊んでいた。

 姉は、自分の母親代わりをしているつもりだったのだろう。惜しみない愛情を注いでくれたが、よく叱られもした。最も大抵泣いて謝れば、鼻血をたらしながら許してくれたが――。

 それはともかく。

 コタローにとってシンタローは、最愛の姉であり母でありあこがれの女性であり目標であり、幸せになるべき人でもあった。そんな人が、不釣合いな男に恋し(しかも本人は片思いだと思い込んでいる)思い悩んでいるとなれば、黙ってはいられない。一言口を挟むくらいはしないと、気はすみそうもない。

「もう! 悪い男がつかないと思ったら、見る目ないなんてさ! ホントもったいないよ、お姉ちゃんは。あんな優しくて美人でお金もあるんだから、もっとふさわしい人がいるはずなのに!」

 口に出しながら歩くコタローの言葉は、幸い誰にも聞かれていないようだった。誰にも会わないように、そう考えて道を選んでいたのだが、彼が曲がろうとする分かれ道の先に、人影を見つけてしまう。そしてその人物に言葉を聞かれてしまっていたようだった。

「ずいぶんでっけぇ独り言だな、コタロー」

「叔父さん・・・! と、その愉快な仲間達」

 現れた大柄な男を睨みあげるように言うと、大人達の大半は苦い顔を見せた。

「愉快・・・・・・ですか」

「まま、マーカー。不景気って言われるよりいいじゃなーい」

「・・・・・・・」

 叔父の部下であるマーカー、ロッド、Gはそんな反応を見せたが、ハーレムのほうは、いやらしいニヤニヤ笑いを浮かべていた。

「へ、アホみたいにシスコンぶりを発揮している奴に、何言われたって痛かないね」

 見下すような口調に(実際体格は見下されている)コタローはむっとしたが、残る三人は互いに同じ突っ込みを心中で上司に入れていたのだった。

(あんたはいつ、誰に何を言われても痛くないだろ!)

 そんな彼らの内心を知ってか知らずか、叔父と甥は話を続ける。

「シスコンなんかじゃないよ! 僕はただ、お姉ちゃんを心配して・・・・・・・!」

「心配、ねぇ。しちゃ悪いってことはねぇけど、時と場合によるぜ。どさくさにまぎれて一緒に風呂はいるってのは、いくらシンタローが気にせずとも、そろそろやめた方がいいんじゃねぇの?」

「あれは・・・! 事故だよ、入ってるって知らなくて・・・・・! それに、一回だけじゃないか!」

「へぇぇ~。真っ赤になっちゃってまぁ・・・」

「叔父さん!」

 怒るよ! とこぶしを振り上げたコタローに、大人げのない叔父はようやく攻撃の矛先を収めた。いまだに顔に笑みはあるものの、話を聞く態勢に放っている。

「うっせーなー・・・・・・・。へいへいわかったよ、お子様。ところでさっきから何叫んでたんだ? “ふさわしい人がいる”とか何とか言ってたけど」

「そう! そうだよ叔父さん、家政夫は!?」

 はっと気付いたように顔色を変え、ハーレムを見上げる。当初の彼は姉の部屋に行こうと思っていたのだが、ここに来て気を変えたのだ。

(お姉ちゃんに聞くより、こっちをはっきりさせないと! ――何かしてたら承知しないよ!)

 もっとも問題の馬の骨とは、友人が同居しているので、めったのことはないと思う。思いつつも勢い込んだコタローは、叔父の返答を待つ。彼は目を瞬きつつも、困ったよう返してくる。

「リキッドか? 家にいるだろ、この時間は。つか俺の言ったことに答えろよ。あのアメリカ坊やが、その“ふさわしい人”なのか?」

「――っ、んなことあってたまるか!!」

 これまでにない激しい口調に、大の大人が4人、思わず飛び上がってしまった。激しい気性を持つ一族の血を、もっとも色濃く受け継いだものの一括だ。いくら子供とはいえ甘く見られない。以前も一度かんしゃくを起こしたこの子供に、ひどい目に合わされたことも、彼らにはあったのだ。

 もちろん今は落ち着いて、自分の感情をコントロールしようという気持ちはあるが・・・。

「な、何だよ。怒鳴らなくても・・・・・・・・」

「あいつが、家政夫が、お姉ちゃんにふさわしい男であるはずがない!」

「へ・・・・・・・」

 一瞬呆然としたハーレムだったが、荒い息をつく甥っ子の様子に、だんだんと納得がいってきたようだった。しばし間が置かれてから、小さな肩に手が添えられる。

「まあまあ、落ち着けって。気持ちは解らんでもないが、こればっかりは本人の問題なわけでなぁ・・・」

「解ってるよそんなこと! だけど、だけど、だけど・・・・・・・・」

 興奮に体を震わせながらどもるコタローは、それでもどうにか言葉をつむごうとする。唇を湿らせると、いつの間にかうつむけていた顔を、すっと上げた。

「だからって、納得できないよ。お姉ちゃん、総帥になるので大変なのに、あんなちゃらんぽらんな奴のどこが・・・、何だってあんな奴のために、あんなに悩まなきゃなんないのさ!」

「って、言われてもな――・・・・・・」

 ハーレムは困って泳がせた視線の先で、部下と顔を見合わせた。その様子を不満とともに見上げていた子供は、彼らのさらに向こうに見知った人影を見る。それは、彼の捜し求めていた男で――

「――リキッド!!」

 呼びかける、というには強い語調で言うと、彼は驚いたようにこちらを見返し、おびえたような動作で近付いてきた。

「な、何だよコタロー、いきなりそんな声出して――」

「何でお前なんだよ! しゃきっとしろよ! お前がそんなんじゃなければ・・・・・・もっとしっかりしてたら・・・・・・・!」

「まぁまぁ、落ち着いてください、コタロー様」

 訳がわからずあせるリキッドと憤るコタローの間に入り、二人をなだめる様子を見せたのは、マーカーだった。怒りの勢いのまま痩身の中国人を見上げると、彼はおかしそうな笑みを浮かべながら、コタローの頭を軽く叩く。

「その言い方ではまるで、このものがしっかりとさえしていれば、シンタロー様に沿わせてもいい、とおっしゃっているようですよ?」

「へ・・・!? え・・・?」

 目を瞬くリキッドには目もくれず、渋い表情でコタローはマーカーを見上げる。他の面々もニヤニヤ笑を浮かべているところを見ると、誰がどう見ても彼の言い分は、そういうように思えるものだったのだろう。

「・・・・・・しょうがないじゃないか。お姉ちゃんはこいつが好きなんだから。でも、納得いかない! こんなのと一緒になっても苦労するだけだもん!」

「ま、そりゃそうだろ。総帥になんなら、旦那はそれなりの男じゃねぇとな」

 コタローの言葉を受けた彼の叔父がちらりとリキッドに目をやると、男の方が少しだけびくりと揺れたのが目に留まる、同じくコタローもそれに気づくが、叔父の言葉はなおも続いた。

「就任すりゃあ、いつまでも独り身ってわけにゃいかねぇだろうし」

「けど、高い地位につくんなら、金目当てのやからなんかも寄ってくるっしょーね」

 わざとらしいまじめ顔(と、コタローには見えた)で、もっともらしい事をロッドが言う。それは彼自身も心配していることなのだ。人付き合いは多いが、人の好意には慣れていない姉である。経験豊富な者の手管にかかれば、あっという間に落ちていってしまうかもしれない。

 だからこそ、今の思い人であるリキッドがしっかりしていれば・・・・・・と、思ったわけなのだが。

「シンタロー様、けっこう純情ですからね。案外ころっとだまされちゃったりして」

「そうでなくとも」

 真剣さを保ちきれずに笑い出したロッドをたしなめ、打ち切るようにマーカーが割って入る。

「評判を落とそうと、スキャンダルをかぎまわりに来るやからなどもいるでしょうしね」

「・・・・・・」

 Gは無言だったが、同僚の言葉に一つ一つうなずくと、仕上げとばかりにリキッドの肩に手を置いた。大人達の意識は最年少の同僚に向けられているようだったが、話しかけるのはコタローにばかり。そんな彼らのささやかなたくらみに気付いた子供は、同じくリキッドに一言いいたいがために、あえて乗ってみることにした。

「そう、だから僕これからお姉ちゃんのところに行ってこようと思ってさ。望みがないなら早くいい人見つけた方がいいし」

 僕が言えば、真剣に考えてくれるだろうしねー。と何気なく見上げると、男の顔は歪んでいた。加えて、少し青ざめているのが意外に思える。

(へ・・・実は案外真剣だったのか・・・・・・それなら大丈夫かなぁ・・・・・・つーかここに来てそんな顔するぐらいだったら、とっととまとまってくれてればよかったのに)

 姉の伴侶は姉を愛し、守り、迷惑をかけず、頼れる男であってほしい。姉の苦労を、目にしているから。だからこそ姉の選んだ相手には、厳しく対応していたのだ。本当の苦労は、この程度ではないのだから。

 今のリキッドには、その苦労を受け取るほどの力量があるとは到底思えない。が、もともとまっすぐなたちの男だ。思いが真剣ならば、コタローの理想の婿となってくれるかもしれない。

(さあ、ここまで言われてどうする、家政夫?)

 好奇心と期待のこもった視線の中でリキッドは、しばらくうなだれていたが、やがてさっと顔を上げると、一言こういった。

「俺、用事出来たんで、これで失礼します!」

 一礼すると、風のようにその場を去ってゆく。それを見送ったコタローは、呆れたように叔父を見上げた。

「どうなると思う?」

「さあねぇ。なるようになるんじゃねぇ?」

 いい加減な・・・と、ますます強く見据えた先で、ハーレムは面白そうに口にくわえていたタバコに火をつけた。



6 リキッドとシンタロー へ







4.リキッド-2




 ぼうっと窓の外を見ている。ガラスは室内との温度差で、白く曇っていた。その向こうは冬の乾いた景色で、寒さよりも埃っぽさをかもし出している。学生達はともかくとして、私服の大学生や社員は、一様に暖かそうな冬服に身を包んでいた。

(ま、大半はコートで隠れちまうんだけどな)

 窓越しに見える風景にそんな感想を漏らしてから、リキッドはため息をついた。そうしてから自分の行動に驚く。

(な、何で俺、ため息なんかついてんだ・・・!?)

 学校が始まって確かにいろいろ忙しいが、それはいつものことである。友人とも楽しくやっているし、家庭内も円満だ。それのどこにため息をつく要因があるというのか?

 自問しながら再び窓の外を見ると、長い黒髪をなびかせた女性が、ゆっくりと目の前を通り過ぎてゆく。背が高く、背筋をまっすぐに伸ばして歩くその姿が、シンタローによく似ていると思う。

ふと、胸にちくりとした痛みのようなものが走った。

「え・・・・・・・?」

戸惑ったような声を出しながらも、内心で彼は納得していた。自分は先日のシンタローとのやり取りが引っかかっているのだ、と。

(あれって、あれってやっぱ、告白・・・なんだよな・・・・・・?)

 自分の渡したプレゼントを手に、困ったような微笑を浮かべながら、好きだと言った彼女。あまりにもあっさりとした口調で、特に返礼を催促する様子もなかった。そのためか、顔を合わせなかった休みの間はずっと忘れていたのだが、先日たまたま顔を合わせたときに、どうして関心を持たずにいられたのかと思うほどに、鮮烈に思い出したのだ。

(やっぱ、ちょっと変だったよな、あれは・・・・・・)

 目が合い、思い出したとたんに真っ赤になって、すぐにあさってを見てしまったリキッドに対し、シンタローはとがめるでも声をかけるでもなく去っていってしまったのだ。それだけのことなら、気付かなかったのかと納得できもしたのだが、それから何度かあった邂逅の際も、彼女は決してこちらに注意を向けようとはしなかった。

 避けられている、というわけではなさそうなのだが、話す機会はめっきり減ってしまっている。告白を受けた身としては、この意味を考えずにはいられない。

(答えなくてもいいんかなぁ・・・。いやいや、そんなはずはない。告白して、返事がいらないなんてあるもんか。答えなくていいんなら、そう言うはずだあの人なら! ・・・・・・でもだとしたら何なんだ? ひょっとして、からかわれてる?)

 そうだとしたら、何も言ってこないことにも説明がつく。少ない情報で混乱するこちらを見て楽しんでいるのだとしたら・・・・・・・。

 ありえないことではない。リキッドはとにかく人から遊ばれやすいたちで、さまざまな手でこれまで翻弄されてきたのだ。シンタローとて普段は彼をバカにすることが多い。そのランクをあげたと思えば全てに説明がつく。

「・・・・・・」

 だが、そう考えると今までよりもさらに落ち込みがひどくなる。彼女は今、周りにいる人々の中では、比較的信頼できる方だったからだ。確かにバカにされ見下されパシリにされてはいるが、最後には必ず助けてくれる。決してリキッドを無為に見捨てたりはしない。

 そんな人が、こんなことをするか?

「・・・・・・いいや」

 無意識につぶやいて、うつむけていた顔を上げる。

(あの人はしない。だますにしたってこういうやり方はしないはずだ。こんな、人の心をもてあそぶようなことは。それに・・・・・・)

 顔を合わせた数回を、頭に思い浮かべてみる。いつも場面は室内で、かなりの頻度だった。けれどその中のシンタローは、一度としてリキッドの贈ったセーターを着ていたことはない。

(あれは、どういう意味なんだろう?)

 よく考えれば、贈られた服がすぐに着られなくとも不思議なことではない。あわせるものがないとか、気候に合わないとか、洗っているなどだ。しかし今のリキッドはそれを思いつかず、何かの意味があると思えてしまって、仕方がなかった。

「うーん・・・・・・」

 頭を抱えて考え込んだ。こんなことは聞きに行くわけにも誰かに相談するわけにもいかない。第一、彼はシンタローの気持に対する返答を、まだ用意してはいないのだ。そんな状態では本人はおろか、他人に言いふらすわけにも行かない。

 からかわれているにしろ、真剣な告白にしろ、その一点だけははっきりさせておかなければ何も始まらない。終わりもしない。

「俺は、シンタローさんを・・・・・・」

「シンタローが、どうしたって?」

「うわぁ!」

 物思いにふけっていた背後から突然かけられた声に、驚いて飛び上がる。今まで部屋には誰もいなかったはずだ。

「な・・・・・・なんだパプワか・・・びっくりさせんなよ・・・・・・」

「それはこっちのセリフだ。僕はさっきからここにいたぞ。気付いてなかったのか?」

「え?」

 そういわれてみれば、入り口の戸が開いている。きちんと閉めたはずのものだ。立て付けが悪く、空けばきしむその戸の音に、全く気付かなかった。ばつが悪くて無意識に赤面する。

「何ぶつぶつ言ってたんだ? シンタローのことなんだな?」

「・・・・・・あ、まあな」

 リキッドは同居しているこの子供に嘘をついたことはない。両親を早くになくしながらも、よい養育者にめぐり合い、のびのびと素直に育ったパプワは、嘘にとても聡かった。しかしそれと同じくらい、人の気持ちにも聡かったので、言いたくないと思ったことに、深く追求してくることもない。

 彼はそんな自分の被保護者を、誇らしく思い好いている。偉そうだとか人使いが荒いだとか欠点はさまざまにあるが、この子供と暮らすのは楽しかった。

 そして、パプワとシンタローは親友でもある。子供は年上の友をとても大事に思っているのだ。少なくともリキッドよりは、彼女のことを知っている。

「何かさ、クリスマスからだろうな、たぶん。避けられてる気がするんだよ・・・」

「・・・・・・シンタローに、か?」

「ああ。あ、俺はただプレゼントを渡しただけで、変なことはしてないぜ!」

 妙な誤解をされないように先に釘を刺すと、なぜか不機嫌そうな顔をされた。

「本当だって!」

「解ってる。何かしてたらお前が無事なはずはない」

 切って捨てるような、そんなことはありえないといわんばかりの断定に、リキッドは複雑な表情で黙り込む。

 確かにその通りはその通りなのだが、女性相手に素直に認めてしまうのは、やぶさかではない事実だ。

「・・・・・・“俺は”?」

「え?」

 話し相手の気分にはかまわず続けたパプワの言葉の意味が解らず、これは素直に聞き返した。

「“俺は”何もしてないって言ったよな? じゃ、シンタローは何かしたのか?」

「・・・・・・えっと・・・・・・」

 まっすぐな瞳で見つめられ、返答に困ってしまう。子供相手には微妙な内容の話ではあるし、シンタローが真剣だとすると、人づてに親友に知られて嬉しいはずもない。

 困って黙り込んだりキッドに、何を思ったのかパプワが口を開く。

「まあ、言いたくないならいい。たぶんシンタローが総帥になるって話だろ?」

「そう・・・・・・。・・・・・・って、ええ!? し、シンタローさんが、そ、そ、総帥!?」

「何だ、違ったのか」

 驚きのあまり口を空いたままになってしまったリキッドに対し、パプワは平然としたものだった。先日、ハーレムとコタローからこの話を聞かされたときも、同じ反応を示した。

「ハーレムから聞いた。あいつが4月から新しい総帥になるって。・・・何をそんなに驚いている?」

「だ、だってよ・・・・・・。シンタローさんが、だぜ? ちょっと前まで学生だったのに・・・」

「学生だろうが総帥だろうが、シンタローには変わりないだろう」

 混乱していたリキッドは、ふとこの言葉で我に返る。パプワにとってシンタローは、初めて会ったときからずっと、同じシンタローのままなのだ。その肩書きが学生であろうと総帥であろうと――人にあらざる者だとしても――変わりはしない。何があっても態度は同じなのだ、シンタローはシンタローだと。

 その思いを感じ取り、リキッドの心から迷いが溶けていく気がした。

「シンタローさんは・・・俺のことが好きなんだな・・・・・・」

 あの告白に偽りはない、と確信した。
 
 唐突な言葉だったが、それを受けたパプワの瞳は一瞬疑問に揺れたのみで、何をいまさら、と物語る。

「だったら俺、答えないと・・・総帥になったら・・・・・・・」

 シンタローのさまざまな表情が浮かぶ。何気ない会話、叱ってくる表情、こちらをバカにするが満々の意地悪な顔、必死に相手を気遣う様子――思えばあのクリスマスの日も、彼女はこんな表情をしていた気がする。

 会えなくなる、という言葉は胸のうちでつむいだ。子供に余計な不安を与えたくなかった。

「そうだぞ、さっさとしろ。爺さんになる前にな」

 ハーレムの言葉をそのまま使った励ましだったが、彼にそんなことは解らない。ただ、どことも知れない場所を見る真剣な目で、深く頷いたのだった。



5 コタロー へ



nr9



 3.ハーレム


 学校は冬休みに入った。

 とはいえ中高大一環の大きな組織だ。部活動や追試、補講などで人がいないときはない。さすがに年末年始の数日間は、校舎に人影はなくなるが、研究等や会社自体では人が作業を続けている。

 そのほかにも寮や経営者一族の家には人が住んでいるし、その広さのために正確には敷地内だが、そうとは認識されていないほど遠くにあるショッピングモールや娯楽施設には、必ず少なからない人影がある。

 ここは休息のない地だ。

 24時間365日、絶え間なく人が動いている。

 それだけ広大なのだ、この企業は。

 その大きな企業を支えるのは(私企業であるから)一人の人間だ。これだけの大きさであるが、現在三代続いており、もうすぐ四代目へ移行しようとしている。

 新たな企業の責任者――総帥――となるのは現総帥の子供・・・・・・若干24歳の一人娘だった。

「たっく・・・何考えてんだよ、あいつらはよ・・・・・・!」

 そうこぼしながらショッピングモールを歩いているのは、タバコをくわえた金髪の男だった。背は高く、美形といってもいいような顔のつくりだったが、かもし出す乱暴な雰囲気が、それを覆い隠してしまっている。鍛え上げられた体つきといい颯爽とした動きと言い、彼の年齢を諮りかねるが、男はすでに40を超えていた。

「・・・・・・お?」

 苛立たしげに足を進めていた男は、前方に見知った人影があることに気付いた。特に訳もなく髪をかき上げ、自らが作る風にさらし近付こうかどうしようか、しばし迷う。

「・・・・・・」

 まあ、どっちにしろ進行方向だしな、と一瞬で迷いは晴れ、対象に近付いてゆく。その足音に気付いたのだろう。こちらが声をかける前に、向こうは顔を振り向けてきた。

「あ、叔父さん」

「ハーレム」

「よう」

 最年少の甥と、その彼と同い年の友人に声をかけられた男――ハーレムは、彼らの前でのろのろと足を止める。

「何やってんだおめーら。ガキは帰って宿題してな。最後に日に泣きついてきても知らねーぞ」

 にやりと笑ってやると、二人組みの子供は猛然と反発してきた。

「叔父さんじゃあるまいし、そんなことにはならないよ!」

「第一、僕らは、もう大体終わってる」

「っへー、生意気な! それになコタロー、俺ぁ宿題で泣きついたことなんざ、ねぇぞー」

 とたんに、嘘だぁーという言葉が甥のコタローから、視線がその友人パプワから届けられた。

「叔父さんが勉強してる姿なんて、想像できないよ~」

「そりゃそうだ。俺も想像できん。一度もしたことねぇもんな」

「は?」

 コタローの表情がぽかんとしたものになる。パプワは手を打ち、淡々と言った。

「そうか、初めからする気がないのなら、泣きつく必要もないな」

「よく解ってんじゃねぇか」

 誇らしげなハーレムに、威張って言うことじゃないだろ! と、我に返ったコタローが怒鳴る。低く笑いながら頭をかき回してやると、さらに怒りは募ったようだった。

「もう! やめてよ叔父さん! タバコ臭くなるし、セットが崩れちゃうだろ!」

「男なら、ちまちま髪のことなんか気にすんじゃねぇよ」

「はっ、これだからやもめ男はだめだね。アイドルはつねに人目を気にしてないと。そんなんだから、いつまでも彼女いないんだよ」

「・・・・・・ほほう・・・」

 邪険に払われた手を、面白そうにぶらぶらさせていたハーレムの表情がとたんに引きつった。目ざといコタローがそれに気付かないわけもなく、一気に畳み掛ける。

「それにね、これはお姉ちゃんにやってもらったんだからね! 今のトレンドだよ」

「・・・・・・シンタローが? 珍しいな。あいつ身飾りには全然興味なさそうなのに」

 パプワが話に加わると、子供はとたんに嬉しそうに友人に向き直る。

「そうなんだよねー。ま、おかげで見る目のない男がわらわらよってくるのは避けられるし、高価なプレゼントにもだまされることはないけど、きれいなところを見られないのは残念かな? けど、最近はよく僕のセットしてくれて、それは嬉しいんだけどね」


「何かに目覚めた感じか?」

「んー・・・・・・」

 自分の友人であり姉の親友でもあるパプワの問いに、首を傾げたものの、たいした間もなく答えは返った。

「そうだとしたら、自分のほうにも目を向けてほしいよね。そんな様子はないけど。・・・・・・・って言うかなんか、いつもより妙~に優しい感じ」

「・・・嫌なのか?」

「まっさかー」

 少し心配そうな友人に、そんなわけないじゃん、とからからと笑って否定すると、今度はハーレムに視線を向ける。

「そういや叔父さんにも、ほんのちょっぴりカケラくらい親切かもしれないなー、と思えるような行動してるよね、お姉ちゃん。やっぱクリスマスのことのせいかな?」

 その言葉に反応したのは、言われた当人ではなく、パプワのほうだった。気付いてとっさにそちらに目を向けたハーレムだったが、子供はじっと見返してくるだけで、何も言ってはこない。

「・・・・・・あのな、コタロー」

 それを気にしつつも、甥と目の高さをあわせるようにかがみこむと、声を低めてささやく。

「これは、言い回るなって言われなかったか? こんな誰にでも聞こえるような場所で、言っていいことじゃねぇ」

「・・・・・・解ってるよ。でも・・・」

「でも、じゃねぇ。まさかこいつにもべらべらしゃべっちまったんじゃねぇだろうな」

「それは、でも・・・だってお姉ちゃんのことだし、パプワ君が知らないのはおかしいよ!」 

 ハーレムはかがめていた腰を上げると、これ見よがしなため息をつく。

(それとこれとは別問題だろうが・・・)

 どう解らせたものか、と空を仰ぎながら頭をかいていると、再び下方から声が上がる。

「まあ、まだ言ってないけどさ・・・」

「何だそりゃ」

 拍子抜けした様子を隠しもせずに言うハーレムは、そのまま子供らを見下ろす。コタローはむっとした表情で見返してきたが、まったく話が見えないはずのパプワは、相変わらず落ち着いた視線を向けてきていた。

 いや・・・・・・と、ふとハーレムは、黒髪の子供の無表情の中に、小さなもやのような含みを感じ取った。この子供をそれほど理解しているとは言えないのだが、今まで彼の表情の変化を見違えたことは、なぜかない。どこか、一族の異端の姪っ子に似たところがあるせいだろうか? ともかく、かなりの確信を持って指摘してやる。

「おい、どうしたチビ。なんか言いたいことでもあんのか?」

「・・・・・・」

「え、何々パプワ君?」

 近親同士の二人にそれぞれ覗き込まれた子供は、しかし慌てもせずに視線を受け止めた。そうして口を開く。

「シンタローに何かあったんだな? クリスマスの日から」

「あ・・・う、うん、そうだけど・・・・・・」

 戸惑ったように答えるコタローは、ハーレムへと視線を流す。眉を寄せた彼は、パプワを注視した。

 この子供は、聖夜の出来事は知らないはずだ。なのにこの確信に満ちた物言いはなんなのだろう? 考えていると、コタローがゆっくりと混乱から抜け出していっていることに気付く。同時にふとある可能性がひらめいた。

「お前、クリスマスにあいつに何か・・・・・・いや、違う。ひょっとして、リキッドか?」

 パプワはおもむろにうなずくと、意味ありげな笑みを含んだ表情で二人を見やっていた。何か言葉を促しているようにも見える。

 パプワと一緒に暮らしている保護者のリキッドは、ハーレムの部下だ。正確には彼はまだ学生なのだが、おいおい部下にするつもりでこの学園へつれてきた。そのためハーレムは堂々と部下扱いをしているし、回りもそれを黙認(黙殺?)している。

 本人の意思はともかく、この乱雑そうな男はリキッドをよく知っているのだ。彼が――自覚はないようだが――姪に惚れていることも、その姪は自覚してリキッドに惚れていることも。

「あいつ、ついにやったのか!? へぇ~、案外やるじゃねぇか」

「別に、告白したわけじゃないみたいだぞ。僕には“世話になってるお返し”って言ってたし」

 その言葉に、ハーレムは呆れたように息をつく。

「ったく、まだんなこと言ってんのかよ! ぐじぐじやってたら、爺さんになっちまうぞ」

「僕もそう思う。けど、あいつもお前には言われたくないと思うぞ」

 タバコをくわえた中年の男は、目を丸くして黙りこくったが、すぐに機嫌を悪くしたようにそっぽを向く。パプワはただ面白そうにそれを見上げていた。

「ねえ、2人とも何の話してんのさ」

 その間に、ふてくされた様子でコタローが入ってくる。2人に割り込むように体を挟み込むところなど、かまってもらいたい子供の行動そのものなのだが、彼はそれには気付いていない。

 指摘すれば怒り出すだろうことは、簡単に想像がついたので、パプワもハーレムもすぐにコタローをなだめにかかった。実際に仲間外れのような状態であったためもある。

「シンタローのことだよ。クリスマスに、ついにリッちゃんがやらかしたんだとよ」

「え・・・。あいつ、家政夫の分際で、お姉ちゃんに何かしたの!?」

 何かあったら承知しない、といった口調でハーレムに詰め寄るコタローを、後方からパプワが止める。

「違うぞ、コタロー。リキッドはシンタローにクリスマスプレゼントをあげただけだ」

「え・・・・・・? それはそれで、身の程知らずだよ」

 ハーレムはここで思わず吹き出すが、かまわずパプワは続けた。

「まあそういうな。僕も勧めたんだ。シンタローはリキッドが好きなんだから、プレゼンもらって喜ばないことはないだろう?」

「でも・・・・・・。って、え?」

「だから、嬉しそうにしていると思ったんだが、違うのか?」

 姉の心を聞かされて混乱したコタローから、ハーレムに子供の視線が移る。彼は複雑な表情で頭をかいた。

「楽しそうかっていや、違うな。いや、喜んでないこたぁはないと思うぜ。あいつ、男から贈り物されたことなんざ、ねぇだろうし。ただ、そうだな・・・・・・」

 言葉を濁し、ちらと自分と同じ色彩を持つ甥を見下ろすと、まだ困惑した様子をありありと見せている。さすがにこのままではまずいと思い、子供二人の肩を抱くと、歩くように促した。

「ここで立ち話もなんだ。俺が太っ腹にもご馳走してやるから、どっか入ってこうぜ」

 すると、とたんにコタローは我に返り、胡散臭そうに叔父を見上げた。

「いいけど・・・後でお姉ちゃんに請求しないでよ」

「男の甲斐性だな」

 2対の下方からのダメ押しに、ハーレムは顔を歪めて呟いた。

「そんなに俺ぁ信用ないか? 解ったよ。シンタローには金、せびらねぇ」

 内容がないようだしなぁ、と一人後地ながら、3人は近くの喫茶店へと入っていった。



4 リキッド2 へ




nr8



2.シンタロー


 クリスマスと言ってもクリスチャンの学校ではないので、その日が休日になるわけでもない。ただ、恋人や想い人がいるものは、イブの余韻や本番への期待で明るく浮かれている。

 そうでないものでも、なんとなく楽しそうなものは多い。まあ中にはふてくされているものもちらちら見えるが、同じ仲間と肩を叩きあい、励ましあったりしているようだ。

 シンタローはそんな人々の誰とも違う様子で、校舎を歩いている。

 分類するとすれば、彼女に恋人はいないが、家族が英国人なので、毎年そろってクリスマスパーティをするというのが恒例なのだ。どちらかといえば楽しそうな部類に入るだろう。なんだかんだといいつつも毎年それに参加し、それなりに楽しく過ごしている。が――

(それも今年で終わりかな・・・・・・)

 パーティの様子を思い出し、なんとなく寂しそうに笑う。

 大学院に進んで二年。外へ行くかと迷ったときもあったが、結局彼女は学園に残り、これからもいつづけることを決めた。それがきっかけだったわけでもないのだろうが、先日父親に呼ばれ、改まった様子である話を聞かされた。

(私が総帥・・・か・・・・・・・)

 いまだに学生とはいえ、かなり早くから仕事の現場には入っており、作業自体はともかく全体の流れはすでにつかんでいる。時には的確な助言をする彼女を、大半の作業員は一目置いており、新しい人材も多くは彼女を慕っている。

 変わり行く時代に対応するために、現総帥の父親は組織の改革を急いでいた。だが偉大な統率力を持つマジックとはいえ、一度作られてしまった組織形態は、なかなか動かせていない。これまで長くいた役員達の協力が得られないことも大きいようだ。

「だったらいっそのこと、すっぱり新しくしちゃおうかと思ってね」

 そう言って笑う父親は、晴れ晴れと引退を宣言し、娘に地位を譲ると言ってのけた。

 もちろん娘は反発した。そんなにうまく行くはずはない。私はまだ若すぎる。女にそうそう従うものか。大体まだ親父は現役だろう・・・・・・

 かなり感情的かつ乱暴な言葉を父親にぶつけた。しかし現ガンマ団総帥は、命令するでもなく子供に対する態度で上から押さえつけるでもなく、自分の後継者を説得した。

 これほど長く真剣に父親と話をしたのはいつ以来だろうかと、シンタローはひとりごちる。そのときマジックはひたすら娘を説得し、彼女の関心を総帥業に向けたのだった。

 最終的に受け入れたのは、互いに本音でぶつかりあったためだろう、とそう思う。しばらくぶりに感じた本心は、自身の心の重みもいっしょに吐き出してかのように次々と飛び出し、絡み合った。しかしそれは決して不快な体験ではなかった。

 ふう、とため息が漏れる。

 この親子の決断は、クリスマスに家族に、新年に職員達に知らされることになっている。正式に彼女が総帥になるのは、年度の入れ替わる4月になるのだろう。

 自ら決めたことながら、気が重い。

 日々が過ぎるにつれ、そのときが近付くにつれ、不安は少しづつ大きく、自信は徐々にしぼんでゆく。時には奮い立つときもあるが、とにもかくにも目前のクリスマスで、ひとつの決着がつく。身内の反対があればそれをどうにかしなければならない。なければいいのだが、あれば彼らの説得が、シンタローの初仕事となるだろう。

(親父も協力してくれるだろうがな)

 だがそれでは彼女自身が納得しない。やると決めたからには自分の力でやり遂げると、すでに決めている。・・・・・・・いることは、いるのだが。

 公共のベランダに寄りかかり、眼下の風景を見やる。ネオンが色鮮やかにクリスマスイルミネーションを形作っている。あちらこちらから聞こえるクリスマスソングに、買い物をする人々の、楽しそうな声。

 今の自分の心にそぐわなすぎて、逆に笑えてきた。

(総帥になれば・・・しばらくクリスマスなんていってられんな。今年くらいは楽しんどきたいが・・・できるかな?)

 楽しそうに振舞うことはできるだろうが、相手は彼女を小さな頃から知っている面々が大半だ。上っ面の笑顔など、すぐに見破るだろう。そうなれば、楽しむもの何もなくなってしまう。

(それに、総帥になったら――)

 もうひとつの物思いに沈もうとした、まさにそのとき、背後からの気配を感じ、それを中断する。不自然にならない程度に素早く(驚いたと思われるのはシャクだ)振り返ると、気配を視界に入れた。

「――リキッド?」

「はい。ああ良かった。今日中に渡せないかと思いましたよ。探してたんです」

 息を呑み、目を見張るシンタローとは対照的に、安心したような人懐こい笑みを浮かべるリキッドは、そんなことを言いつつ近付いてきた。

「な、何だよ。探したって、なんか用か?」

「用ってほどじゃないんすけど・・・」

 思わずどもってしまった言葉には気付かなかったのか、そ知らぬふりをしているのか、ともかく目の前の大学生は自分を見上げてくる。学年が上がって進学し、それでも二人の身長の差はそう変わりない。4:1が4:3になった程度だ。下からの追い上げこそ大きいが、シンタローが高いことに変わりはない。

 それでは意味がないのだ。問題はそこにあるのだから。

「ちょっと渡したいものがあって。今日クリスマスっしょ?」

 何気ない様子でそういい、背負っていたリュックから出したのは、きれいにラッピングされた包み。赤い包装紙と緑のリボンは、いかにもといった感じだった。

 包みに目をやってから顔をうかがっても、相変わらず視線を落としたままなシンタローは、表情だけで「これは?」と問いかける。

「あーえー、その、プレゼントっす。いつもお世話になってるから、お礼っていうか・・・」

 しどろもどろに答えながらも包みを差し出してくる。驚きに目を見張ったシンタローだったが、そこまで言われては手を出さないわけにも行かない。受け取る前に、いまさらながら周りを見回し、誰もいないと確認する。包みはふかふかして、手に乗せても軽かった。

「クリスマスプレゼント?」

「あ、はい」

 短く答えるリキッドの顔は、かすかに赤い。寒さのせいもあるのだろうが、緊張もしているのだろう。なんとなくおかしくなって、包みをためつすがめつしながら、ニヤリと笑って言ってやる。

「・・・嬉しいことは嬉しいが、こんなことして大丈夫なのか?」

「は・・・・・・? え、あ、お金のことはご心配なく。今はジャンさんの援助もありますし」

 家計が苦しくないか、という心配ととったようだ。確かにそれも少しはあったが、シンタローは首を振った。

ジャンのことは彼女も知っている。そもそものパプワの保護者で、彼が幼児のときに行方不明になり、その間はリキッドが彼の代わりにパプワを育てて(?)いた。
 
 昨年、ひょっこりと帰ってきてから、リキッドに養育費を援助しているのだが、金を出すぐらいなら引き取れば? と思わないこともない。

だがあちこちふらふらしている男に、子供の養育が無理だというのは、彼女もジャン自身もよく解っているのだ。

何よりパプワはあの家を離れることを望まないだろう。4年という月日は大人にすればそう長くはないが、10歳前後の子供には、人生の大半を費やしたことになる。

友人として愛してくれている子供のことより、異性として思っているものへの気持ちを優先させる自分の心に、苦笑いがもれた。少々やさぐれた気分になったシンタローは、そのまま言葉を続ける。

「そのことじゃない。クリスマスにただの知り合いとはいえ、女にプレゼントなんか渡すと誤解されちまうぜ。私に惚れてるって」

「え、あ、ええ!? いや・・・その・・・そんなつもりは・・・・・・」

 言われて初めて思い至ったらしく、一気に赤面したりキッドは、やはりなと思いつつ眺めていると、呼吸を整えてから、もごもごと言い訳じみた言葉をつむいでくる。

 当然といえば当然の反応なのだが、総帥就任を間近に控え、そうなってしまえば今のように気軽に会うこともできなくなる、と思い込んでいるシンタローにとって、その言葉は胸に大きく響いてきた。

 それならば。

(これが、最後になるなら・・・)

「だろうな・・・・・・けど、私はお前が好きなんだぜ?」

「ですから・・・・・・え?」

 向けてきたのは間の抜けた顔。先ほどからあまりにもいつも通りの反応ばかりなのだが、今わそれが切なくて仕方がない。なのに鉄面皮の顔は、いつもと変わらぬ笑顔を形作っている。

「だからもう、誤解されるようなこと、すんなよ? 私に限らず、だけどな」

「え・・・っと・・・? あ、はい・・・・・・」

 これは、理解されていないな、と思いつつも、繰り返し言い聞かせるようなことはしない。ひとまずプレゼントの礼を言い、この場は去ることにする。

「ま、とにかくサンキューな。・・・・・・大切にするよ。じゃあ、な」

「・・・・・・はい。さようなら・・・・・・」

 いまだ戸惑ったままのようなリキッドを残し、シンタローはバルコニーを出る。家族でのクリスマスパーティの時間が迫ってきていた。




3 ハーレム へ

  

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